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指原が1位なんてウソだろうが!!

AKBの総選挙をテレビで見た。総選挙の楽しみ方はトップ争い以外にも「あのメンバーは64位までに入れるのか」、「選抜に入れる16位に滑り込むのは誰か」など様々なものがあるのだが、それでも今年の総選挙に関していえば「速報で1位だった指原がそのまま逃げ切るのか」というトップ争いに最も大きな注目が集まったことは間違いない。


そして結果として、まさかの指原1位ということに・・・。なぜ「まさか」と書いたのかというと、次のツイートにあるような事情が影響している。僕がakbのメンバーだったら、絶対これと同じようなことを思った自信がある(笑)「え、あんなスキャンダル起こした人が1番支持されるんですか?投票した人は一体何を考えてるんですか?」と。ファンの人から見れば指原は魅力あるメンバーなのかもしれないけれど、そうでない僕から見るとなぜこの人が1位なのかが全く分からず、投票した人に何を考えて投票したのかを聞いてみたいくらいだ。


akbの総選挙は、1人1票ではないとはいえども、一応どのメンバーが多くのファンから評価されて、どのメンバーがそれほど評価されていないのかが明るみにされるイベントである。そして去年も少し考えたけれど、ファンから評価されるメンバーと評価されないメンバーの差は一体どこにあるのかという点が気になる。「人による人物評価」の訳の分からなさを体感しようとしているのだ。なぜあのメンバーが上位に入って、同じくらい魅力がある(と僕は感じた)あのメンバーがそこまで評価されないのか・・・というように。


なぜそのようなことを考えるのかということをこのブログの存在に引き付けて言うと、これは就活の場面においても当てはまる問題意識だからである。「なぜあの人が企業から評価されて、同じくらいの実力の人になかなか内定が出ないのか?」というように。このブログのコメント欄にも「普段そこまで真面目に講義や実習を受けてないやつに内定が出るのはなんでなんだろう」と、人物評価に疑問を抱く意見が寄せられたことがある。


この点、ビートたけしさんは著書「間抜けの構造」で芸能人の評価について次のように述べている。

なぜ芸能人が占い師とか怪しい神様にはまるのかというと、どうして売れたかが自分でもよくわからないからなんだ。理由なんていくら考えてもわかるはずがない。


「実力があったから」なんて言う人もいるけど、実力なんてたかが知れている。だったら、実力があっても売れない奴の説明がつかない。実力以上の何かがないと、そこそこは売れるかもしれないけれど、大ブレークはしない。嘘でもその理由を教えてほしくて、怪しいスピリチュアルとかにはまるんだよ。


同じくらいの実力だと思っていたやつがいて、なんであいつが売れてこっちが売れないんだとか、その逆とかさ。「なんか絶対理由があるはず」と思っているとどうしても目に見えない怪しいものに理由を求めて、すがっちゃうんだろうね。

akbの総選挙に「やらせ」といった裏事情が無ければ、もしかすると指原も「いくらなんでも私が1位はないだろう!」だとか「票数多すぎるだろう!」と内心思っているかもしれない。


特に票数について言えば、指原には150570票入った訳だけれど、その半分でも7位の松井玲奈さん(73173票)に勝ててしまうというのはいくらなんでもおかしいだろうと思う(笑)あるいは開票前に「指原さんに負けているところが見つからない」と言ったこじはるも(そして、実際負けているところはないと僕も思う笑)指原の半分以下で約8万票差の67412票に留まっている。つまり現実には「松井玲奈×2+α」や「こじはる×2+α」が指原の評価なわけで(前述の通り1人1票ではないから、本来は一概にこうは言えないのだが、いろいろ考えるのも面倒なのでそういうことにしときます笑)、一体「人物評価」とは何なんだと思わずにはいられない。単純に1位という順位自体も十分おかしいと僕は思うけれど、加えて票数のぶっちぎり具合もおかしいのである。


指原にたけしさんの言う「実力以上の何か」があるということなのだろうか・・・。評論家でakbにはまっている濱野智史さんや宇野常寛さんあたりに、指原が持っているであろう「実力以上の何か」を言語化してほしいものである。

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自分にとっての「普通」が周囲にとっては「挙動不審」だったと知ったとき~きょどりたくてきょどってる人なんているのか~

イケダハヤトさんのブログを見て、「風になる 自閉症の僕が生きていく風景」という本の存在を知った(http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/18457)。この本の著者は重度自閉症の東田直樹さんという方。本を発行したホームレス支援団体・ビッグイシューによると、東田さんは頭に浮かんだ言葉を覚えていることが難しく、通常の会話が出来ないという。


イケダハヤトさんは自身のブログで本の中で特に印象に残った記述を紹介しているのだが、この記事ではその中で次の記述を紹介したい。

僕は、会話ができないだけではなく、声のコントロールもできません。口を閉じて静かにすることさえ難しいのです。やりたくないとか、我慢できないとかいうものではなく、どうすれば声を出さずにいられるのか、その方法がわからないからです。僕が、好きで奇声を出していると思っている人もいます。けれども、それは違います。奇声をあげている時の心の中は、恥ずかしくて、情けなくて、悲しい気持ちでいっぱいなのです。人から冷たい視線を浴びるたび、この世から消えてしまいたくなるくらいです

僕もたまに電車で奇声をあげる人を目にすることがあり、正直そんな時は「なんで黙ることくらいできないんだ」という不思議さと苛立ちが混在した気持ちを抱きながらさっさと車両を変えることが多い。だからこそ「どうすれば声を出さずにいられるのか、その方法がわからない」という記述には驚いたし、自分のこれまでの考えを恥ずかしく思った。


恐らく誰もが、自分の知り合い・他人問わず一人くらいは「挙動不審な人」を目にしたことがあるだろう。そして、時には「あいつの行動変じゃない?」と話のネタにして盛り上がることもあるだろう。ただ、東田さんの文章からは「人は挙動不審でありたくて、挙動不審の行動をしているわけではない」ということが伺えるのではないか。実際に、上述のとおり東田さんは「奇声をあげている時の心の中は、恥ずかしくて、情けなくて、悲しい気持ちでいっぱいなのです。人から冷たい視線を浴びるたび、この世から消えてしまいたくなるくらいです」と告白している。


東田さんの場合は「自己の行動が社会的には"異常"だということを認識しながら、その"異常"な行動を止めることができない」というケースだが、周囲から「挙動不審」と見なされることがある人が直面しているであろう苦しみをもうひとつ付け加えるならば「自分としては"普通の行動"をしているつもりなのに、周囲から見たらそれが"挙動不審"とみなされる」というものが挙げられると思う。


例えばこれは些細な例だが、僕が友達と観光をしていた時に周囲を過度にきょろきょろしていたらしく、その行動が友達から「何、きょどってるの」といじられることにつながったことがある。ここで僕は「過度にきょろきょろしていたらしく」と他人事のように書いているが、これは自分としては「挙動不審」と言われるほどきょろきょろしているつもりが全くなかったからである。当たり前だが、僕も「挙動不審」と思われたくて挙動不審の行動をとった訳では全くない(笑)僕の感覚ではあくまでも普通に移動していただけなのだが、周りから見るとそれが「挙動不審」と評価されたのである。この時は「僕の行動が世間でいう"普通"になって、"きょどってるよ"と言った人の行動が"異常"とみなされる逆転現象が起きれば良いのに」という暗さ満点の気持ちが沸き起こったものである(笑)同じような想いをしたことがある人も中にはいらっしゃるのではないだろうか。


世間から見て挙動不審の行動をしている人たちが実のところ何を考えているのか。これは案外可視化されていない分野な気がするし、僕がこの記事で紹介した「自己の行動が社会的には"異常"だということを認識しながら、その"異常"な行動を止めることができない」、「自分としては"普通の行動"をしているつもりなのに、周囲から見たらそれが"挙動不審"とみなされる」以外の想いを抱く「挙動不審とみなされがちな人」もいるかもしれない。もしいるのなら、どのような考えを持っているのか興味がある。


ちなみに今回の記事で紹介した「風になる 自閉症の僕が生きていく風景」は書店・amazonでは売っていないらしい。イケダハヤトさんによると「1月10日まではビッグイシュー販売者による路上での独占先行販売(中略)。1/10以降はビッグイシューサイトからの通信販売も実施予定」ということで、いずれにしてもビッグイシューから直接購入することが求められているようだ。購入するかどうかはわからないけれど、少なくともこのような本が存在することを知ることが出来て本当に良かった。


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有吉弘行さん「"寂しい、寂しい"と感じる人は、そもそもそんなに人から好かれていないことに気づくべき」

昨日、NHKの首都圏ネットワークという番組の中の「プロジェクト2030」という特集で既卒者カフェが取り上げられた。この特集は「高齢化、単身化がより深刻になる西暦2030年を見据え、これから社会を支えていく若者に何が起きているのか、また若者たちが将来をどう考えているのか」を描写することを目的としているものだ。


今回のテーマは「ネット社会で感じる“孤立”」というもの。まずは既卒者カフェではなく、多数のSNSに登録し、twitterで1000人以上のフォロワーを有していても孤立を感じる若者が登場する。「他人からよく思われたい」と願うばかりにネット上で理想の人格を形成し、ゆえにネット上でのつながりに実感を持てないという。それでも「自分が認められていないのではないか」という気持ちを味わったり、「相手との関係が切れる」ことには恐怖感を抱くらしい。


その次に登場する若者は、facebook上で200人もの友達とつながっているけれども、自分が送ったメールに対して友人が書いたtwitterの書き込みに傷ついた経験から、なかなか「本当の自分」を出せずに悩んでいる女性。この人も、最初に登場した人と同様に「関係を壊したくない」という気持ちを強く抱いているらしい。「人に嫌われることほど怖いことは無い」「一人ぼっちは寂しいじゃないですか。それはやっぱり嫌だなと思う」と述べて彼女へのインタビューは終わり、既卒者カフェへの紹介に移る。


個人的には、この2人の気持ちはあまり理解できなかった。確かに友達は大事だけれど、同時に「別に一人だったら一人でいいや」とか「なんか関係こじれてるし、もうこの人との関係はいいか」とも感じる、つまりそこまで過度に人間関係を大事にしないタイプなので(勿論、このような考えはプライベート上の付き合いに対するもので、仕事上の付き合いには当てはまらない)。こう思うようになったのは、有吉弘行さんの「お前なんかもう死んでいる」という本を読んだ体験が大きい。


有吉さんはまず「1人でいることに慣れちゃうと、実はそんなに寂しくないんじゃねーかなっていう」と述べる。そこらの人と比べたら1人でいる時間を比較的長く取っている僕からすれば、この感覚には頷ける(むしろ、なんで皆そんなに人と連絡を取るんだ?とかなり不思議に思っている)。勿論、これに同意できない人もいるだろうけれど、そういう人もその次の「そもそも、"寂しいから"って自分から人を誘って来てもらうぐらいなら、"そんなにそいつに好かれていないんじゃねーかな"って思うし。もし好かれていたら、もっと向こうから誘ってくるだろ!って思うんですよ。それが"寂しい"って思うぐらいに人から誘ってもらえないってことは、そもそもそんなに人に好かれて無いだろって。そこに気づいたほうが良いと思うんですよね」という記述には納得出来るのではないだろうか。


誤解しないで欲しいが、有吉さんは"一人ぼっちで寂しい"と感じる人を突き放しているわけではない。有吉さんは「別にそんなに自分のこと好きだと思ってもいないようなヤツ誘って寂しさ紛らわせてもしょうがないと思うんですよね」と述べていて、これは本当にその通りだと思った。有吉さんが本で言っていることは「そんなに自分のこと好きだと思ってもいないようなヤツとの飲みでお金を無駄遣いするな」ということなのだが、この考え方はこの度NHKの番組に登場した若者にも向けることは出来る。例えば「自分が送ったメールに対して友人が書いたtwitterの書き込みに傷ついた経験」を持つ女性について言えば、メールへの文句を女性本人に言わずtwitterでこそこそと書き込んでいる時点で、その「友人」は番組に登場した女性のことをそんなに好きだと思っていないことが伺えるし、そういう友人と付き合って寂しさを紛らわせてもしょうがないのではないかという気は確かにする(番組はhttp://www.nhk.or.jp/shutoken/2030/index.htmlで見れるので、エピソードを詳しく知りたい方はこちらへ)。それだったら、facebookの友達数やtwitterのフォロワー数は減るかもしれないけれど、自分のことをある程度は好きだと思ってくれている人と関わる事を大事にすればそれで良いのではないだろうか。


勿論、自分の性格を抜本的に改造したり演技したりして「超社交的人間」として振る舞い、とことん沢山の人と交流するのも一つの道ではある。むしろ、以前「文転就活生」さんが「極端な話ですが"SNSに参加していない人=コミュニケーションが苦手な人=ダメな人"という認識が完成されつつあるような気がします(特に学生の間で)」とコメントしていたことを鑑みると、「SNS上の友達が少ない人=コミュニケーションが苦手な人=ダメな人」という共通認識も若者間であるのだろうし、恐らく友達を減らすという選択をする人はあまり多くなく、「相手との関係が切れること」に恐れながらコミュニケーションを続ける人が多数派なのではないかと思う。いつか誰かしら精神的にパンクしそうな気がするのは僕だけだろうか・・・


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普段の僕「日本人はもっと"失敗"に寛容であるべき(キリッ」・・・五輪サッカー 日本VSホンジュラス観戦時の僕「ニュージーランド戦でミスをした村松、後半のキックオフでミスをした杉本を早く下げろー!」

久しぶりに通常の記事を書きます。この度はブログの炎上により見苦しい記事、コメント欄をお見せしてしまったにも関わらず多くの方が温かいコメントを下さり、とても勇気付けられました。本当に有難うございました。今日の記事は、炎上前に書いた、「なぜ"日本人"はイノベーションを起こせないのか」ではなく「なぜ"私"はイノベーションを起こせないのか」という問題設定のほうが良いのではという記事の続きだと思ってください。それでは、始めます。


「なぜ"日本人"はイノベーションを起こせないのか」ではなく「なぜ"私"はイノベーションを起こせないのか」という問題設定のほうが良いのでは、という記事では、日本でイノベーションが起きにくい理由を環境に求めるのではなく議論に参加している個人の姿勢に求めることで、より問題の所在がクリアになるのではないかとの問題提起をした。それに対して、「ななみ」さんが「問題は個々人の責任を追及して済む訳ではなく、日本社会全体の問題だと思います」とコメントをして下さっていて、それはその通りだと思った。「日本社会全体の問題」と聞いてどのようなことを思い浮かべるかは人それぞれだろうが、僕はこれに関して「"失敗"に寛容ではない日本人の意識」という要素を思い浮かべた。


実際に論者の中にも、このように考える人はいる。前の記事で紹介した「徹底討論!ニッポンのジレンマ」という本で、エコノミストの飯田泰之さんは「一番イノベーションが生まれやすいところというのは、何回でも失敗しても、もう1回できるという状況でしょう」と述べている。確か今年2月に放送された、朝まで生テレビ「激論!絶望の国の若者の幸福と夢」でも荻上チキさんが「失敗したら即アウトの状況では挑戦なんかできるわけない」と言っていたような気がするのだけど・・・、そこは記憶が曖昧だ。そして、荻上さんの発言の最中に井戸実さんとか宋文洲さん辺りが「そんなことないって!個人の努力次第でどうにでもなるから!」とでも言いたげな表情をしていたような気がするが、これも記憶は曖昧なのであまり信じないで下さい(笑)


前に書いた記事では僕も井戸さんや宋さんと同様、日本でイノベーション、というよりイノベーションを起こすための挑戦が起きにくい理由を個人の意識の問題として回収した。しかし、それに対して「経済成長って何で必要なんだろう」という本において、飯田さんは「失敗したら奈落の底です。それこそ崖を目の前にして"さぁ、向こう岸に飛べ"と言われてるんですよ。普通、足がすくむでしょう。それが心の問題にすり替えられると、何となくオチがついたというか、一通り説明できた気分になってしまう。しかし、そんなのは実際の解決法でもなんでもない」と述べている。


スポーツなどで結果が出せない選手に対して「意識の問題だ」と語られることはよくあると思う。しかし、社会問題を考えるに当たって、その解決策を「人の意識の変化」に求めるのは何かを言っているようで何も言っていないようなものだと思うし、多分飯田さんも同じようなことを思っているのだと僕は感じている。人の意識なんてそう簡単に変わるものじゃない。


僕を例に挙げると、僕は大学1年~2年辺りまでは「"失敗"した人はもっと努力すれば成功できたはずなのだから、それはただの自業自得」という考えを持っていたが、きっかけは覚えていないけれど、いつからか「日本人はもっと"失敗"に寛容であるべき」という考えを持つように意識していたつもりだった。しかし最近、僕の意識は大して変わっていないのではないかと思わされる出来事があった。それが、記事タイトルにある「五輪サッカー 日本VSホンジュラスの観戦」だ。


現在、準決勝まで勝ち進んでいる男子サッカー日本代表は、予選リーグの第3戦でホンジュラスと戦った。試合に勝つか引き分けるかでグループ首位通過、そして敗れたら2位通過という状況。仮に試合に負けても決勝トーナメント進出は決まっていたからか、この試合はこれまで出場機会に恵まれなかった控えメンバーが多数出場した。もっとも観戦していた僕からすれば、2位通過だと強豪国ブラジルと1回戦で当たってしまうので何が何でも1位通過して欲しいと思っていたし、試合を観戦していた人の殆どは同じ気持ちだったはずだ。


このような気持ちでいたからか、一人のメンバーの出場に不安を抱いていた。それは、右サイドバックで出場していた村松大輔選手。五輪前のニュージーランド戦で試合終了間際に自陣で不用意にボールを奪われ、同点弾を浴びるきっかけを作ってしまった選手だ。正直、山村選手辺りにも不安を抱いていたけれど、このミスがあまりにも印象的でホンジュラス観戦時には「また何かやらかすんじゃないか・・・早く代わってくれないかな・・・」という気持ちが絶えなかった。一体、「日本人はもっと"失敗"に寛容であるべき(キリッ」といっている普段の僕はどこに行ったんだという話。


また、後半開始早々、今度は杉本選手の起用に不安を覚え始める。それは、後半のキックオフのパスをミスしたことで、相手にチャンスを与えてしまったからだ。僕はサッカーにはそれほど詳しくないが、五輪という大舞台でキックオフのパスをミスすることが理解できず、ゆえにテレビの前で「後半のキックオフでミスをした杉本を早く下げろー!」と一人で叫ぶことになる(笑)普段、失敗に寛容であるべき必要性を述べているんだから、「ドンマイ!次、頑張れ!」とでも言えば良いのだが、試合観戦中はそんな思いを微塵ももてず、一晩経ってから「あの時の僕の観戦態度、普段の僕が言っていることと完全に矛盾していなかったか?」と思うに至る。


僕個人の例を全体に当てはめるべきではないけれど、やはり人の意識なんてそう簡単に変わるものじゃなく、「意識の問題」という解決策を頼りに問題への対処を考えるのはあまりにも実効性に欠けると思う。この点、飯田さんは「意識の問題」という精神論に逃げずに具体的な解決策として「企業については流動性供給をしてあげること。つまり、お金を貸してあげることで、企業が今後伸びていく準備をしてあげることです。個人については、所得保障をしてあげることで、"暗闇への飛躍(=挑戦)"をしても、死ぬまではいかないぞと支えてあげる」というものを提言している。ここでいう「所得保障」というのは、ベーシックインカムであったり、あるいは「日雇い派遣+公的補助」で暮らせるシステムの導入のことを指す。飯田さんの姿勢は素晴らしいものだと思うし、彼の提言には期待したい(「就活問題」を肴にドンチャン騒ぎをする大人や学生が蔓延する、こんな現状だからこそ・・・という記事では飯田さんのことを批判したけれど、それとこれとは話が別)。飯田さんのアプローチは就活問題を考える際にも援用すべきで、単純に問題の当事者の意識の変化に期待するのではなく、具体的な提言を編み出していかなければいけないのだと思う。


社会問題の解決策を考える際には、単純に人々の「意識の変化」に期待するのではなく、実効性を備えた具体的な提言を発することが必要だとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。なお、勝手で申し訳ありませんが、記事へのコメント返信はこの記事から再開します!よろしくお願いします。
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「なぜ"日本人"はイノベーションを起こせないのか」ではなく「なぜ"私"はイノベーションを起こせないのか」という問題設定のほうが良いのでは

日本でよく議論されることの一つに「なぜ、日本人はイノベーションを起こせないのか」というトピックがある。僕が何度も読み返している「徹底討論!ニッポンのジレンマ」でも学生が「アメリカであれだけイノベーションについて話が出て、欧米でも2%のイノベーションが出ていたと思うんですけれども、じゃなんで日本は大きなイノベーションが出ないのかなと」という問いを発している。これに対して、エコノミストの飯田泰之さんや評論家の荻上チキさんらがそれぞれの考えを述べていた。


記事で取り上げておいてあれだが、僕はこの議論の展開について全く知識が無い。ただ、思うのは「なぜ"日本人"はイノベーションを起こせないのか」という形で問題設定をすることへの違和感。それよりも「なぜ"私"はイノベーションを起こせないのか」という問いを立てた方が、ありとあらゆる問題点が浮き彫りになる気がするのだ。


このような問いの立て方ならば、そもそも自分が「イノベーション」の定義すらろくに分かっていないこと、自分でイノベーションを起こす意欲なんてさらさら無く「誰かイノベーション起こさないかなぁ」という他力本願の姿勢でいること、「自分でイノベーションを起こそう」と考えたことは少しはあるが結局のところあまり考える時間を取ってこなかったこと・・・などが浮き彫りになるのではないか。


3つ目に挙げた「考える時間を取ってこなかったこと」という要素に関して、人気ブロガーのちきりん(この人と「荻上チキ」さんは別人です!笑)は「みんなすぐに"考える力"とか"思考力がある、ない"とかいうけど、違うんです。基本は"どんだけ考えたか"です。"考えた時間の量"がめちゃくちゃ大事なんです(中略)ちきりん自身、必ずしも思考力がめちゃくちゃ高いわけではありません。だけど、やたらと長い時間考えるんです。トピックによっては何年もの間、考えていたりするんです。1時間や2時間考えたくらいで"スゴク考えました!"とか言うの、やめてほしいです」と主張していて(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120610)、これはもっともな意見だなと思った。僕はイノベーションを起こしている人間でもなんでもないけど、もしイノベーションを起こす天才が「なぜ、日本人はイノベーションを起こせないのか」という問いを議論している人たちを見たら「そんな議論してる暇あったら、何かビジネスのアイディアを考えれば良いのに」と言いそうな気がする。


このブログによくコメントをくださる黒 紅 茶さんという方が自身のブログの「無責任社会あるいは国家としての日本」という記事で「私が謎に思うのは、なぜ私たち――誤解を招かぬためにも“私たちの多く――それも私個人が思い考えている人々”がというべきかもしれない――はあらゆる問題について、他者にその責任を問い非難の声を投げかけながらも、自己の責任の所在についてはまったく考えようとしないのだろうか」と問題提起をしている。僕も人のことは言えないのであまり偉そうなことはいえないが、冒頭に挙げた「なぜ、日本人はイノベーションを起こせないのか」という問いからも、主語を「日本人」と曖昧にして、自分という「個人」がイノベーションを起こせない責任を考えることを避けようとする態度が伺えるような気がしている。


最近も、黒 紅 茶さんの問題提起の具体例として格好の記事を見つけた。それは常見陽平さんの「"朝まで生テレビ!"はいつまで続くのか?」という記事。常見さんはこの記事で現在の「朝まで生テレビ!」に対して「テーマ設定、登場する論客選びをサボっているのではないかと感じる」、「今は若手論客と言われる人たちが登場しているが、まともなのは東浩紀、城繁幸、津田大介、飯田泰之、荻上チキ、収監されたホリエモンくらいのものだろう」という痛烈な批判を浴びせた挙句に「日本に言論とか討論はもう無理なんじゃないかと絶望してしまう」と述べる。これらの記述を見て「すごいビックマウスだな・・・」と感じたのだが、しかし常見さんはその後すぐに「ぶっちゃけ、番組があるうちに呼んで頂けたら光栄なのだが、それは、ますますの番組の劣化につながるので、いい」と言ってしまっている。まさに「日本に言論とか討論はもう無理」な理由の一端を垣間見た気分だ。BLOGOSでもこの記事に対して「常見陽平氏もここまで言うのなら、あなたが田原氏に代わって新たな討論番組を作ってはどうだろう。日本には、口先だけで自分では何もできない・やらない・しかし他人はコケ降ろす"知識人"が多すぎて、日本国の発展の大きな妨げとなっている」とのコメントがついている(http://blogos.com/article/43921/)。


この問題に関しても、「なぜ、日本でまともな討論番組が根付かないのか」という問いよりも、「なぜ私は、まともな討論番組を作れないのか」、「なぜ私は、もし"朝まで生テレビに出演してください"と言われたらびびってしまうのか」という問いを立てた方が良いのかもしれない。そうすれば、例えば、「結局のところ自分が討論番組に出演しても、討論番組常連の東浩紀さんや荻上チキさんなどからの鋭い意見に耐えられるだけのキャパがない」、「生放送は緊張するので自分には無理」というあっさりとした答えが出て、それで「皆も同じような感じなんだろうなぁ」という結論に達して終了だと思う。


黒 紅 茶さんが言う「あらゆる問題について、他者にその責任を問い非難の声を投げかけながらも、自己の責任の所在についてはまったく考えようとしない」態度を個々が自覚するだけで議論がすっきりとするトピックは、もしかすると結構あるのかもしれない。


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