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常見陽平さんが「意識高い系(笑)」と見なす人の中には「頑張ってる人」も含まれてるんじゃないか?

いきなりツイートを引用しまくってしまった。見ての通り、佐々木俊尚さんによる「意識高い系」を揶揄する声への非難を発端にして、加野瀬未友さんがその非難が不当である旨を述べている。


加野瀬さんは常見さんが述べる「意識高い系」が「口だけで行動してない人」のことであると認識している。それ自体は正しいと思うのだが、一方で僕の理解では常見さんがバカにする「意識高い系」はそれだけではないとも思っている。なぜそう思うのかと言うと、本の最初に次のように書かれているからだ。

例えば、日本の未来について考えている、社会問題に対する関心が高い、自分のキャリアについてよく考えている、勉強熱心、積極的に人と交流する、リーダーになりたいと思っている・・・(中略)ネット上で語られる「意識が高い人」はというと・・・。もちろん彼らはこれらのことをよく考え、取り組んでいたりする。しかし、だ。あまりにも前のめりに取り組んでいるがゆえに、時には滑稽に見え、痛いなと思ったり、ウザいなと感じたりする。気持ち悪いなと思うことすらある。中には、表面的に取り繕っていることがバレバレな人もいる(p.3-4)。

特に太字で強調した文章に着目すると、実際にちゃんと考えて行動している人であっても、それが(常見さんから見て)あまりにも前のめりである場合には「痛いから」という理由で常見さん流の「意識高い系」に含まれることになる。即ち、加野瀬さんは「ボランティアとか実際に行動しているような意識の高い若者を椰揄する人はいない訳じゃないだろうけど少数派では」と言っているけれど、常見さんはその「少数派」に含まれる側だと言える。


さらに常見さんは本のp.37にて、「意識の高い学生(笑)」に特徴的な言動・行動の一つとして「やたらと前のめりの学生生活を送る」というものを挙げ、その文脈の中で「海外でボランティアをする学生」を「他人に自慢できる経験をしようとしている」・「前のめりなのはいいのだが、周りに認めてもらいたい、あるいは就活で自慢できるネタにしたいという下心が見え見えなのがいやらしい」などと評している。加野瀬さんは佐々木さんを批判しているわけだけど、こういう記述があれば佐々木さんのような指摘をする人が出てくるのも当然ではないかと思う(佐々木さんが「"意識高い系"という病」を読んでるか否かは知りませんが)。


この点、常見さんはp.5で「頑張ってる人を否定したり、批判するつもりはない」と言っている。しかし、その割には前述のように前のめりで頑張っている人を「痛い」・「ウザい」呼ばわりしているので、その記述は単に予防線を張ったものとみなしてよいだろう。最近「常見陽平氏の意見は、誰のためでもなく、自分のブランディングのためだけです」、「常見のブランディングに釣られてはいけません」というコメントを頂いたけれど(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-142.html)、常見さんの「頑張ってる人を否定したり、批判するつもりはない」という発言も彼流の「好感度を下げないためのプランディング」と言っていいんじゃないかと思うし、且つそれに釣られないようにするのが得策ではないだろうか。

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「"就社志向"の研究」から見られる「マッチポンプ」という視点(2)

常見陽平さんは2010年に出した「くたばれ!就職氷河期」という本で「就活断層」という概念を提唱した。この概念が示す現象は次のようなものである。

大手企業は学生全てに「私の会社は~な良いところがあります!」とPRするが、実際には一部の上位大学の学生しか採用する気がない。にも関わらず、上位大学の学生のみならず中位・下位大学の学生も大手企業を目指そうとして、中小企業には目を向けない。人が欲しい中小企業はあるのだが、大手志向の学生は中小企業に目を向けないので、そこですれ違いが発生してしまっている

新聞などで、リクルートワークス研究所のデータを参照した上で「大企業はともかく、中小企業の求人倍率は高い」と主張する文章を目にしたことがある人は少なくないだろう(例えば、日経の「中小企業への就職を促そう」という記事など)。ここでいう「中小企業の求人倍率は高い」という文言は就活生が中小企業を志望しない傾向があることを暗に訴えているし、「就活断層」も就活生が中小企業に目を向けないことを前提とするコンセプトと言える。


常見さんはこの「就活断層」が存在することを証明するにあたって、本の中で「学生は大手企業・有名企業しか受けない」という見出しを設け、学生がいかに中小企業に目を向けていないかを論証した。その論証の際に根拠として使われた資料の一つが、上記の新聞記事でも参照されたリクルートワークス研究所のデータである。本で言っていることも新聞と同じで、「大手企業の求人倍率は厳しいけれど、中小企業の求人倍率は高い。学生は大手・人気企業志向だね」という主張だ。常見さんはこのデータに触れた上で次のように述べる。

この人気企業ランキングと規模別の求人倍率で考えるならば、学生は大手企業、人気企業を中心に就活をしていることが顕著となる。「就活が上手くいかない学生は、憧れから総合商社や広告代理店を一通り受けて全滅。5月になって持ち駒がなくなり、就活にも疲れ、活動を辞めてしまう」という声をよく耳にする。

つまり常見さんの話をまとめれば「学生は大手志向であり、その大手を落ちた結果として疲れて就活を止めてしまう(つまり、中小企業を受けずに終わる)」ことになっている。本には他にも「"大学関係者によると、納得して中小企業を受ける学生はまだまだ少ない"ということだ」という記述があり、いかに学生が中小企業を敬遠しているか、それが問題の根幹(の一つ)であるかを強調していると言える。


「学生は大手企業・有名企業しか受けない」ことを主張してきた常見さん。しかし、こうした論調に疑問を呈する声もあり、それは当ブログにもアップされた。「11卒業務未経験無職」さんという方は「大企業志向で中小企業を受けないことが就職難の原因か」という記事を書いてくださり、常見さんが言ったような主張に対する疑問を表現した。


その記事で指摘されたのは、「調査データ(※リクルートワークス研究所のデータのこと)のp.10の一番下に、*で、各従業員規模と各業種への就職希望率は、第一希望の情報をもとにしていると記載されています。そりゃあ、第一希望を聞かれたら、内心では大企業に入るのは難しいと思っている人でも、高望みして答えてもおかしくないのでは」・「この調査の対象なっているのはリクナビ会員で、実施時期が就活が本格化しはじめる2月6日~3月15日頃の調査となっていますが、掲載料等の関係から大企業が利用していると言われているリクナビを就職活動本格化する時期から利用していて、尚且つこういった調査アンケートに答える層というのは少なくとも就活に対する意識が平均以上にある人たちだと思います。そういった人たちにアンケート就活が本格し始める段階で、第一希望の企業規模を質問すれば、そりゃあ企業規模が大きいところを選ぶのではと思います」という点。簡単にまとめると、リクルートワークス研究所のデータ上「学生が大手志向で中小企業は敬遠しがち」という結果が出るのは、そのデータの調査形式・調査時期に拠るところが大きいのではないか?という主張だ。これは納得できる指摘ではないか。


僕個人はこの指摘を受けて「指摘はもっともだな。一方で常見さんの分析はおかしい」と思っていた。しかし、ここ最近ブログで取り上げている常見さん著の「"就社志向"の研究」を読んだことで認識が変わる。具体的には、常見さんの論調に変化が見られたのだ。「"就社志向"の研究」には次のような文章がある。

また、毎年、このデータ(※リクルートワークス研究所のデータのこと)で話題になるのは学生の大手志向、さらには人気企業志向であり、安全・安定志向であり、セットで中堅・中小企業の志望者の増減が話題になるのだが、これもほぼ不毛な議論である。というのも、若者は最終的には中堅・中小企業に進んでいるからである。あくまで就活が始まる初期段階でのデータなのだ。その段階では大手企業しか認知することができないわけで、当然そうなるのだ。(p.97)

特に「あくまで就活が始まる初期段階でのデータなのだ」という点はまさに「11卒業務未経験無職」さんが指摘していたことだ。したがって、この主張自体には異論はない。


問題なのは、リクルートワークス研究所のデータを根拠に学生の大手志向・中小企業の志望者の少なさを話題することを「ほぼ不毛な議論である」と評している他ならぬ常見さんこそ、こうした議論を展開した張本人の一人だったはずだという点。それは、この記事の前半部を読み返してもらえれば分かるはず。「くたばれ!就職氷河期」と「"就社志向"の研究」の記述を見比べると「これ、本当に同じ人が書いたのか?」と疑問に思ってしまうくらいだ。


繰り返すが、「"就社志向"の研究」で展開されている主張そのものは妥当だと僕は思う。よって、この主張のみを目にした人が「常見さんは問題を的確に分析している」と感じてもおかしくないと思う。しかし、「くたばれ!就職氷河期」で展開していた主張を知ると、常見さんに対して「自分こそリクルートワークス研究所のデータを根拠に"学生が大手志向で中小企業を受けない"ことを主張してきたのに、ここにきてそ知らぬ顔でその主張を"不毛な議論である"とか言ってるんじゃないよ」という気持ちが芽生える。僕としては「これはただのマッチポンプじゃないか?」と思わずにはいられない。

リクルートワークス研究所のデータを根拠に学生の大手志向・中小企業の志望者の少なさを話題することを「ほぼ不毛な議論である」と評している他ならぬ常見さんこそ、こうした議論を展開した張本人の一人だったはずだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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「"就社志向"の研究」から見られる「マッチポンプ」という視点

前回の記事で常見陽平さん著の「就社志向の研究」のレビューを掲載し、本の内容を酷評した。ただ、僕はこのブログで常見さんを何度も批判している身であり、彼に対する嫌悪感が本を不当に評価することにつながっている可能性がないとは言い切れない(勿論、自分としては出来る限り純粋に「本の中身」に着目して本を評価したつもりだけれど)。


ここでいう「彼に対する嫌悪感」とは「マッチポンプしやがって」という反感と言い表すことができる。wikipediaによると、マッチポンプとは「問題や騒動について、自身でわざわざ作り出しておきながら、あるいは自身の行為がその根源であるにもかかわらず、そ知らぬ顔で巧妙に立ち回り、その解決・収拾の立役者役も自ら担って賞賛や利益を得ようとする、その様な行為を指して用いられる表現」のことを言う。最近書いた「常見陽平さんによる"就活生紹介"との付き合い方」という記事も、常見さんがポストセブンで「意識の高い学生(笑)」の波が来ていることを報告しておきながら、後に自身の著書で「思わずいじりたくなる意識高い系の人たちというのも、絶対数はどうやらそれほど多いわけではなく、象徴的な行動だけが独り歩きしていることを伝えたかった」という火消しに走っている、即ちマッチポンプを批判した内容である。


「就社志向の研究」のレビューには書かなかったけれど、実はこの本の中でも「常見さんはマッチポンプをしているのでは?」と疑問に思わせる文章が見られる。具体的には次の記述。

「新卒一括採用」や「就活」に関しては、俗にいう都市伝説のような情報が流布する。例えば「体育会は有利」・「サークルの会長は有利」・「アルバイトの体験はアピールしない方がいい」・「浪人・留年は2年までじゃないと不利」・「有名大学は有利だが、文学部・教育学部辺りは不利」・「資格を持っていた方が有利」・「ビール会社は酒が飲めないと内定が出ない」・「カタイ金融機関でも私服で面接に行って内定することは可能」・「美談美女は有利」などである。私自身、メディアでこの手の言説にコメントを求められたことはよくあるし、過去の著書でも一部は言及してきた。これらの言説は実に面倒である。というのも、就職活動をする学生たちやその取り組みを紹介するメディアは要約して一つの法則を伝えようとするが、一般論として成立しにくい(p.56-58)

一応「私自身、メディアでこの手の言説にコメントを求められたことはよくあるし、過去の著書でも一部は言及してきた」とあるけれど、どこか他人事のようにメディアを評しているのは気のせいだろうか・・・。常見さん自身も就活に関して「要約された一つの法則」という「面倒な言説」を積極的に発信していたじゃないかと僕は思っている。


例えば、ポストセブンの「Fラン学生が一流企業に内定 必ず読んでる本は司馬遼太郎」という記事。元々常見さんは「就活の栞」というサイトで「内定が出る就活生は司馬遼太郎を読んでいる!?の法則」という記事を掲載し、そこで「(前略)私は"きたー!"と思いました。"内定が出る就活生は司馬遼太郎を読んでいる"の法則は現在も生きているのだと確信したのでした」という訳が分からないことを言っていたのだが、このポストセブンの記事もその発言と関連する内容となっている。

この間Fラン(偏差値が極端に低い大学)学生で一流企業の内定を取った学生に取材していたんですが、彼が内定した理由は、司馬遼太郎を読んでいたことでした。彼に限らず、就職戦線でキツそうな大学の子でも大企業に就職した子の鞄には必ず司馬遼太郎が入っています(中略)なぜ司馬遼太郎かというと、面接官のおじさんたちも好きだからです。就職試験で不安なのは学生だけではありません。面接する側も「この人はどういう人なんだろうか」という気持ちが底にある。学生と自分の「接点」を見つけようとエントリーシートを眺めていったときに「司馬遼太郎が好き」とあると、嬉しくなって「あの作品はどう思う?」と会話が弾む。「竜馬がゆくのなかで誰が好き?」という質問を通してその人の人間観、組織感を把握することも出来る

このような記事を書いた人が、現在他人事のように「就活」に関する都市伝説のような情報の流布を危惧しているというのは中々おかしなことである。仮に「メディアの取材に答えた結果、情報が単純化されて発信されてしまった」という話なら常見さんを責める余地は殆どなくなるけれど、このように自ら積極的に「都市伝説のような情報」を発信してきた人がここにきて「これらの言説は実に面倒である」と他人事のように言っているのには違和感がある。


また、同じくポストセブンに掲載された「高校名重視の面接官 灘→東大最強、慶應内部生に疑問抱く人も」という記事も同様の例として挙げられるかもしれない。

面接官の間で、昔から使われているテクニックがあります。それは、「高校名に注目しろ」というものです。大学は一流でなくても、名門高校に通っていた学生は地頭がいいのではないかというわけです。名門高校は自由な校風のところも多くて遊び呆けてしまう人もいるわけです。逆に受験勉強がガチガチに厳しく、ドロップアウトしてしまう人も。だから、有名大学ではなくても、高校が名門校なら優秀じゃないかと考えるわけです。上場IT企業の採用責任者は「いまや、一番信頼できるのは高校名では?」と語ります。

見ての通り、「どのくらいの企業が実際に"高校名"を見ているのか」・「高校名を見ているとして、それがどれだけ評価に影響するのか」という点が検証されておらず、特に「偏差値が低い高校から有名大学に進学した就活生」を不安にさせる記事となっている。この記事を読んだ人の中には「また常見か。こいつは就活を面白おかしく煽って稼ぐクズ」と述べる人すらいる(http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-4602.html)。繰り返すけれど、その常見さんは現在「就活」に関する都市伝説のような情報の流布を危惧する立場に回っている。


僕はこの「就社志向の研究」に星1つをつけた、即ち最低評価を下した身なので、立場としては「そもそも、この本の購入を薦めない」というものである。しかし、もし本を購入した人がいるならば、そうした人には読書の過程で「冷静に事態を分析しているように見えるけど、これはマッチポンプじゃないか?」という視点を持ってもらいたいと思っている。実は今回取り上げた箇所以外にも、もう一つマッチポンプと思われる箇所がある。「本を読み直したところ、僕の勘違いでした」なんてことにならない限り、その点についても文章を書けたらと思う。

「就活」に関する都市伝説のような情報の流布を危惧する常見さんも、そうした情報を積極的に発信してただろうという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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常見陽平さんによる「就活生紹介」との付き合い方

常見陽平さんが書いた「就活女子 "20時退社"が"キラキラ"とこだわり持つ人多数」という記事がポストセブンに載っていた。その記事によると、女子大生が企業選びの新基準として「キラキラ20時退社」というものを設けているとのこと。定時に仕事が終わるのはなんだか働いていない気がしてしまい、逆に21時以降の退社だと自らを「社畜」と感じてしまうので、「20時」というタイミングで退社することが適度に充実感をもって仕事に取り組めている気がするという意味で理想的なのだそうだ。


この常見さんの記事を読んで呆れたのは、記事のタイトルには「こだわり持つ人多数」と、記事本文には「この最新トレンド(つまり「流行がある」ということ)をご紹介しましょう」とあるのに、その記事の半ばで「サンプル数の少ない、インタビュー調査ではありますが、ただ、気持ちは分かります」と書いてあったこと。サンプル数が少ないんだったら、その結果から「20時退社」「キラキラ」を就活女子全体のトレンド(あるいは「就活女子にはそういう人が多い」)とは言えないはずだろう。ちなみに、常見さんの記事に対するコメントの中に「現役で女子大の4年生だが、まわりは20時退社にこだわりを持つ人なんていなかった。バリバリ総合職狙いか一般職狙いだったなあ」というものがあったのには笑った(http://netnavi.appcard.jp/e/119wf)。


この「キラキラ20時退社(を求める就活女子)」に限らず、ポストセブンには常見さんによる「こんな就活生がいますよ」という紹介記事が掲載されることがしばしばある。それ自体は別に良いのだが、個人的には常見さんの就活生紹介はどうも「針小棒大」という印象を受ける。前述のように、「キラキラ20時退社」も元々は「サンプル数の少ない、インタビュー調査」でしか確認されていない事象に過ぎないのに、ポストセブンのタイトルや常見さんの記述を見ると、それがあたかも就活女子全体の趣向であるかのように紹介されていた。


また、ポストセブンに載っている常見さんの就活生紹介の記事と言えば「意識の高い学生w」ネタも欠かせない。例えば一昨年に書かれた「就活"意識の高い学生ww"の根っこはヤンキーと同じと専門家」は文字通り「意識の高い学生w」について触れている記事であるが、その記事の冒頭には「"意識の高い学生ww"の波がきています」と、就活現場で「意識の高い学生w」がトレンドになっていることを示すかのような記述がみられる。


ところが、昨年に出た常見さんの著書「"意識高い系"という病」の最後の方には次のような記述がみられる。

「意識の高い人(笑)」と言われる人、あるいはそう認定される行動をしている人たちは、いったいどれくらいいるのか?正確な数は分からない。それこそ、首都圏を中心とした文化や、よっぽどネット好きの人の文化だったりする。日本全体から言うと、ごく一部に過ぎないのだ(中略)「意識の高い人(笑)」の構造も全く同じで、彼らはごく一部の盛り上がりを参考にし、それを真似して、意識の高い行動パターンをとる。一定の広がりを見せるものの、全体で言うならばほんの一部の話であるわけだ(中略)思わずいじりたくなる意識高い系の人たちというのも、絶対数はどうやらそれほど多いわけではなく、象徴的な行動だけが独り歩きしていることを伝えたかったのである

つまりポストセブンで「意識の高い学生(笑)」の波を報告した他ならぬ常見さんが、後に「意識の高い人(笑)」がそんなに存在したわけではないことを言っているという、なかなかおかしなことになっているわけである(僕はこれらの記述を目にしたときは「この人、今更何を言っているんだ?」と感じた)。「"意識高い系"という病」の記述だけを見ると常見さんが冷静に実情を分析しているかのような印象を受けるかもしれないが、そもそも「意識の高い人(笑)」発生の話題を無駄に盛り上げたのも常見さんだったじゃないかと僕は思っている。


この「意識の高い学生w」ネタについての文章からも伺えるように、常見さんが「波が来ています」と言っていても、実際には全然来ていない(というよりは、来ていても全然大したものではない)と受け取るくらいで丁度よいのではないか。そうなることで、批判の矛先が「最近の就活女子はバカだ」と就活生に向かうのではなく「常見さんの記事は内容が酷い」と常見さんに向かえば良いと思っている。

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「充実した生活を送るように!」というメッセージと「意識高い系(笑)」という揶揄に挟まれ得る学生たち

毎日新聞の「<国公立大入試>2次の学力試験廃止 人物評価重視に」という記事が話題になった。これによると、政府の教育再生実行会議が、国公立大入試の2次試験から「1点刻みで採点する教科型ペーパー試験」を原則廃止する方向で検討することが分かったという。廃止に伴い、2次試験は面接や論文、課外活動の評価を重視するものと変わるらしい。


面接重視になるということで、帯広畜産大学・人間科学研究部門の渡邊芳之教授のように「端的に言ってしまえば大学入試も就活と同じになる。面接苦手な人は大学に入れなくなる,ということだ」と批判する人もいる。教育再生会議の検討通りの受験になった場合、高校生は大学に入るための準備として、これまで以上に課外活動に力を入れることが予想される。恐らく多くの高校生は何かしらの部活に入っていると思うので、差別化のために大学入試のためのネタ作りとしてボランティアなどに参加することを考える高校生が増えるかもしれない。


ここで高校生が「ネタ作り」に走ることは責められないと思う。恐らく高校生も、就活で大学名が少なからず関係することは知っているのだから(「学歴差別」という言葉くらいは知っているのだから)、少しでも大学から評価する確率を高めるための行動を取るのは当然のことだ。アメリカの入試でも、高校生の時に何か特別な事をやったかどうかが書類審査の際に重要な決め手になるために、有名校を目指す優秀な高校生は大学の入試担当官に極めてウケる課外活動と評される疑似裁判をやったり、演劇部に所属したりするらしい(http://markethack.net/archives/51802124.html)。


しかし、現在の大学生の行動を評価する言説を見ると、課外活動に取り組もうとする高校生を揶揄する言説が生まれないかが心配である。この危惧の背景には、人材コンサルタントの常見陽平さんが考察した「意識高い系(笑)」という概念がある。常見さん著の「意識高い系という病」を見ると、「意識高い系(笑)」の特徴の一つとして「やたらと前のめりの学生生活を送る」というものがあることが分かる。常見さん曰く、夏休みに企業のインターンシップをはしごしたり、海外でボランティアをしたりと他人に自慢できる経験をしようとする人は、周りに認めてもらいたい・就活で自慢できるネタにしたいという下心が見え見えなのがいやらしいとのことだ。


この言説を踏まえると、高校生(まぁ、別に高校生に限らず学生)が「勉強の成果だけじゃなくて"人間力"も評価するから、充実した学生生活を送るように!」というメッセージと「大学入試で自慢できるネタにしたいという下心が見え見えなのがいやらしい」というメッセージの間に挟まれる危険性があるように思われる。仏のような高校生じゃない限り「僕らはどうすればいいの?」と感じずにはいられないだろう。


確かに「いろいろな活動を頑張っているように見せかけながら、実は何も頑張っていない」という振る舞いは批判に値すると思う。しかし、さすがに「大学入試・就活に自慢できるネタにしたい」という気持ちまで批判するのは酷なのではないか。このように感じることから、「意識高い系(笑)」という概念は、本当に存在が恥ずかしいものだと思っている。

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