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社会人様は外国人留学生に勝てるんですか?

日本人の「就職難」という問題も就職活動が孕む問題の一つとして考えなければならないテーマだが、一方で日本企業は世界市場での競争を見据えて、外国人採用を増やす方向へと動いている。


今月の28日、東商は外国人留学生向けの合同企業説明会を東京都内で開いた。会社側も「グローバル化時代の採用は国籍にこだわらない」「真面目な留学生は即戦力」「日本人の新卒を育てるより効率的」という意見を示し、日本の企業は日本の学生よりも外国人留学生の方がお気に入りであることが伺える。


このニュースに限らず、去年の6月には「パナソニック採用の8割外国人」というニュースが流れた。城繁幸さんは「大学で勉強していない人は就職が難しくなると思いますよ。中国人や韓国人は最低2か国語を話せて、専門知識の勉強もしています。これまでのような会社に就職してから教えてもらうという考えでは、外国人と同じ土俵に立てません」と述べ、日本企業にとって日本の学生よりも外国人学生の方が魅力的なのだという見解を示している。


今年の初めにも、武田薬品工業が2013年4月入社の新卒採用から、「TOEIC」(990点満点)で730点以上の取得を義務づける方針を発表した。これからも就活生に求められるハードルは、益々上がっていくことだろう。一方で気になることがある。就活生に求められるハードルが上がっていることは分かるのだが、その一方で現在働いている社会人の人たちは、一体どんな努力をしているんですか?まさか、普通にこれまで通り、自分の仕事を淡々とこなすだけじゃないですよね?


勿論、社会人の方々が学生とは比較にならない責任を負って仕事に臨んでいることは分かる。「社会人は学生とは違う」という言葉もよく耳にする。しかし、「学生よりも努力してる」からって、それがどうしたというんだ。重要なのは、学生相手に勝つことではなくて、厳しい競争に勝つだけの能力を自分が備えているかどうかという点だろう。


社会人は、自分達はへらへら笑って就職していったくせに、現在の「就活生」には高い水準を求めている。勿論、企業も生き残りに必死なわけで、新入社員に求める水準を高めること自体は理解できる。しかし、能力を高めないといけないのは新入社員だけじゃない。社会人たちは、若者ばかりに能力を高めることを求めて、自分達の能力を向上させることを怠っているという一面があるんじゃないか。


武田薬品工業の件に関しても、「TOEIC」で730点以上取れていない社員もたくさんいるんじゃないのか。これで社員が500点、600点くらいしか取れていなかったりしたら、就活生は彼ら・彼女らをあざ笑っていいだろう。「最近の若者の質が低いって言う割には、自分達も大したこと無いですよね」というように。むしろ、会社のお金で勉強させてもらっておいて、自分達がバカにしている学生よりも能力で負けるなんて、恥ずかしすぎるだろう。


日本人の就活生が海外の学生に負けているという点については、個人的にはその通りだと思っている。その点は、僕ら一人一人が社会に貢献するために、会社に頼りっきりにならずに自分の能力を高めていく姿勢を身につけることが必要なのは間違いない。しかし、頑張らなければならないのは社会人も同様でしょう。上で引用した城さんの発言にある「中国人や韓国人は最低2か国語を話せて、専門知識の勉強もしています」という点については、大概の社会人はそんな能力を備えていない。むしろ能力を高める暇があったら、へらへら笑って飲みに行ったり、電車の中でゲームをやったりするだけ。このような生き方が良いか悪いかは別として、就活生や若者に能力を高めることを求めるのならば、自分達も能力を高めたほうがよいと思いますけどね。


ところで、昨日の記事で「就活デモにおいては、就職難という問題に触れるべきではない」という意見を述べた。しかし、「若者に甘えて、自分の能力を磨くことを怠るおっさんを解雇しろ!」という主張をすることは有効だと思う。怠けているおっさんが会社から消えれば、その分会社も新入社員を雇う余裕が生まれるかもしれないわけで、若者の就職難の解決につながる主張だと言えるだろう。


そうすると、中高年の就職難という問題が新たに深刻化するわけだが、今まで若者相手に散々威張ってきているんだから、自分達の力で何とかできるでしょう!彼らを心配するなんて、むしろ失礼なことです。彼らのことは心配せず、若者の就職難の問題を解決する策についてだけ考えれば十分です・・・という皮肉を述べて、10月最後の記事を終わります。

社会人は「外国人留学生に比べて日本の学生は・・・」と言う割には、自分もその外国人留学生に勝てないんじゃないの?との考えに共感してくださる方はクリックをお願いします。
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「就活デモ」では「就職難」の問題に触れるべきではない

今日は用事があって、青山学院大学に行った。用事の合間に大学付近のコンビニに向かおうとしたところ、「反TPPデモ」を見かけた。僕はtwitterにて「就活デモ」を行う団体のアカウントをフォローさせていただいていることもあって「デモ」というものに関心はあった。しかし、実際のデモを見たのは久しぶりだったので、人が大勢並んで主張を叫ぶ姿に少々圧倒されてしまった。


家に帰って、11月23日に京都で行われる「就活デモ」のホームページを訪ねてみた。現時点では簡素なものとなっているけれど、デモの主張内容自体はたくさん並べられており、デモを行おうとする人たちの現在の就職活動への問題意識を感じた。


誠に勝手ながら主張内容を引用させていただきます(http://syukatudemo1123kyoto.blog.fc2.com/blog-entry-2.html)。

【主張内容】(ほんの一例です)
・就活始まるのはやすぎ
・今の就活は無法地帯
・就活にルール整備を
・内定とれないのは全部が学生の責任なのか
・いまは6割の学生しか就職できない
・9割就職できてた時代とは違う
・就活は学生だけの問題じゃない、社会全体の問題だ
・新卒一括採用で即戦力を求めるのは矛盾している
・就活生の不安につけこむ就活ビジネスいい加減にしろ
・不安を煽る広告、リクルートスーツ、果ては精神性にまで。就活には「押し付け」が多すぎる
・就活に金かかりすぎ
・学費と就活代、払えません
・大学生を採用したがるくせに平日の昼間に説明会や面接をして大学に行かせないのはおかしい
・就活で卒論が書けない
・在学中は学業に専念したい
・20歳そこらで今後のすべてが決まるのはおかしい
・卒業後にも就活できるようになってほしい
・就活で忙しくてバイトができない
・収入ゼロでどんどん出費
・今の画一的採用スタイルでは企業にも損失がある
・短期間に大量の学生を見て実務能力やマッチングが判断できるのか

以上のような主張内容を見て、このブログを読んでくださっている方はどのように感じただろうか。勿論、現時点ではあくまで主張内容も検討している段階、つまり上に挙げたものはあくまで「主張例」だと思う。そのことを承知で僕の意見を述べさせてもらえると、「内定とれないのは全部が学生の責任なのか」、「いまは6割の学生しか就職できない」、「9割就職できてた時代とは違う」という「就職難」に関連する主張を盛り込むのは妥当ではないと感じた。


理由としては、就職活動の中でも就職難の問題は、わざわざデモをしなくても既に社会において一応認知自体はされているだろうと考えるからだ。テレビや新聞などでも、「就職氷河期」という言葉は何度も使われているし、既に働いている人も現在の就職活動が厳しいものであるということ自体は分かっているだろうと思うのだ。


この点、デモを行おうとする人は「いや、現実として6割の学生しか就職できないという事情があるじゃないか」ということを言いたいかもしれない。でも、デモをしたところで採用人数を増やすほど企業もお人よしではないだろう。それに、就職難を訴える主張に対して企業が「いや、お金が無いんで無理です」と言ったら、デモ側としても反論できないんじゃないか。加えて、「私達はあなた方を雇えないですけど、あなた方が世の中に必要なサービスを編み出す会社を作って雇用を創出するほうが、デモをするよりも就職難の問題の解決に貢献できるんじゃないですか」とか言われたらどうするんだ。


加えて、就職難と言っても就職活動を乗り越えて働いている人はたくさんいる。デモを行おうとする人からすれば「そういう問題じゃないんだ」と言いたいかもしれない。しかし、あくまでもデモを見る人たちからすれば、やはり就職できるか否かという点については「個人の問題」としか捉えられないのではないか。問題の内容について詳しく語る時間があれば「就職難」という問題が孕む本質的な課題まで言及できるかもしれないけれど、デモという行為を通じてそんなことは出来ない。せいぜい「6割の学生しか就職できないぞー!」と大勢で叫ぶことができるくらい。そのようなメッセージを聞いた通行人たちが、就活の問題について思いを巡らせるようになるとは僕には全く思えないのだ。


せっかくデモを行うのだから、闇雲に包括的な主張をするのではなく、デモを行うことでより問題の解決につながる事項について主張したほうが良いと思っている。個人的な印象では、就職活動において「重大な問題にも関わらず世の中にあまり認知されていないことから、デモを行うことで解決につながりやすい問題」とは就職難の問題よりもむしろ、「企業が、就活生の都合を考えずに好き勝手採用活動を行っている」という問題なのではないかと感じている。いや、問題が認知されていないというよりは、企業が好き勝手採用活動を行うということが当たり前になりすぎて、多くの社会人の感覚が麻痺しているという表現のほうが正確だ。上の主張の中で「今の就活は無法地帯」「就活にルール整備を」という側面に絞ったデモの方が効果的なのではないかと僕は考える。


誤解しないで欲しいが、今日の記事では別に、就職難という問題について思考を止めるべきだという主張をしているわけではない。ただ、デモという活動の中で訴えることの意味はあまり無いような気がするし、そもそもデモにも時間制限があるんだろうから、より重要な主張(デモをすることで、皆があまり問題ではないと認識しているトピックに対して関心をもってもらえるようにするための主張)を訴えていくべきだと思うという話だ。


就活デモを行おうとする人たちも、就職難の問題よりも、企業が就活生に甘えて採用活動を進めていることを問題視しているのではないかと勝手に想像しているのですが(笑)、その点はどうなんだろう・・・。僕はデモには参加しないので参加者の問題意識は分からないけれど、今後も「就活デモ」について気づいたことをブログで書くことで少しでも役に立てたらと思っている。まぁ、参加者の方々がこのブログを読んでるか分かりませんけどね(笑)

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「手書きのエントリーシート」なんていらない

企業の採用試験には大きく分けて、書類選考と面接試験がある。中には「書類選考」における書類とは手書きのものを想像してしまう方もいるかもしれないけれど、現在では多くの企業が「webエントリーシート」という形で、インターネット上にて、エントリーシートの設問に対する解答を入力することを就活生に求めるという形式を採っている。


その一方で、就活生に対して、エントリーシートを手書きで書かせる企業も依然として多く存在している。今日はこのような企業の姿勢を否定する記事を書きたいと思っている。


手書きのエントリーシートを書き上げることを就活生に求める背景としては、「エントリーシートに書かれている字が丁寧であるか否かで、その人の人間性が分かる」という採用担当者の自惚れが挙げられる。


しかし、僕は採用担当者のそのような認識は間違っているのではないかと考えている。あるいは、採用担当者の認識が正しかったとしても、手書きのエントリーシートを書かせると言う負担を、ただでさえ忙しいはずの就活生に課すということが個人的には気に入らない。


そもそも、「手書きの履歴書の場合、字を丁寧に書かないとマイナスの評価を受ける」なんてことは、今時の就活生ならみんな知っているんじゃないか。だから、本来いい加減な人も、手書きのエントリーシートを企業に提出する時くらいは、そこそこ丁寧に書き上げるだろう。それは決して、「私のエントリーシートを読んでくださる採用担当者の方に読みやすいようにしたい」という気遣いではなく、「字の汚さなんかを理由に選考から落ちてたまるか」という打算に基づいているのは明らかだ。このような考えから、手書きのエントリーシートを書かせる結果、就活生の人間性を量ることが出来るとは僕は思わない。


加えて、「エントリーシートに書かれている字が丁寧であるか否かで、その人の人間性が分かる」ということを信じられない僕からすれば、「手書き」と言う意味の無いことに就活生の時間を使わせてどうするつもりだという思いもある。一度でも字を間違ったら、修正液を使うことが実質的に許されず、また最初から書き直さなければならないなんて、どこまで無駄な行動を就活生に取らせれば気が済むんだ。これがもし、「自分達に対する忠誠心を見せて欲しい」という社会人のわがままから、就活生に手書きのエントリーシートを出すことを求めてるとすれば、さすがに就活生も怒ってよいと思う。


一方で、勿論、既に社会人として働いている人たちも手書きのエントリーシートを忙しい中数多く書き上げてきたわけで、このようなことを言うのは甘えかもしれないとも感じている。しかし、特に現在採用担当者として働いている社会人の方には、自分の就職活動の体験を思い出して、「俺、手書きのエントリーシート書き上げて何か意味あったかな」という風に一度自問自答してみて欲しい。きっと、手書きのエントリーシートを書かせると言う負担を、ただでさえ忙しいはずの就活生に課すことのおかしさを感じてくださると信じている。


もしどうしても、「書類に書かれている字の丁寧さ」から人間性を量りたいという採用担当者の方がいるならば、手書きのエントリーシートを書き上げることを就活生に課すよりも、例えば「時間制限をそこそこ厳しくした小論文試験」を選考の過程で実施するほうが僕は良いと思っている。


きっと多くの就活生は、「設問に対して、どのような意見を書くのか」という点については注意を払うだろうけれど、「いかに文章を、採用担当者の方に読みやすいように丁寧に書き上げるか」という点まで注意を払うことは難しいだろう。特に、本来いい加減な人なんかは、試験に時間制限が課せられていることから、絶対に「自分の素の姿」を文章・・・というより文体に露呈してしまうと思う。この点、手書きのエントリーシートだと時間制限が特に無いため(勿論、締め切り自体はあるわけだけど)、字をあえて丁寧に書くという風に、いくらでも自分の人間性をごまかすことが可能となる。時間制限がある中でも、文章を丁寧に書き上げられる人の人間性は信用に値するのではないだろうか。


もちろん、僕が考えたアイディアは別に独創性のあるものではないし、問題点もある(多くの就活生に小論文試験を課すのは、それなりにコストがかかるだろう)ということを付け加えておく。


最後に、僕が「手書きのエントリーシートを就活生に書かせる」という事実以上に問題だと思うのは、「エントリーシートに書かれている字が丁寧であるか否かで、その人の人間性が分かる」ということを妄信している採用担当者の姿勢だ。生意気なことを書かせてもらうが、採用担当者が一体どこまで自分の頭を使って採用プロセスを考えているのか、僕は疑問だ。はっきり言って、就活生のことを「マニュアルバカ」なんて言ってられる身分なのか。僕の感覚を述べさせてもらえれば、就活生よりも遥かに人生経験を経ているにも関わらず自分の頭で物事を考えられない、それに加えて就活生のことを短絡的にバカ扱いする採用担当者などの社会人の方が、ずっとずっとバカだ。


「手書きのエントリーシートなんて、無駄なだけでしかない。就活生に余計な負担をかけさせるべきではない」という考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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なんで「常見陽平さんの言葉」を信じるの?

就活コンサルタント常見陽平さん著の「就活の神さま」、読破しました。このブログで度々書いているように、僕は「就活コンサルタント」の存在は好きではない。しかし、就職活動の問題を考えるにあたって、彼らの主張・活動などについても目を通さねばと思っているのだ。

「就活の神さま」とはどのような小説なのか、amazonから引用します。

非モテ、非リア充、学生時代に取り組んだことなし……。
そんな3流大生・晃彦が、ありとあらゆる失敗をしながら成長して、
就活を乗り切っていく「青春小説」。

前回の記事で僕は、「就活の神さま」という小説はマニュアル本みたいなもの、あるいは就職活動体験記を少し小説風にした程度のものだと思っていると書いた。読み終わった今振りかえってみると、この先入観は間違っていたと感じる。自分に自信を持てない大学生が、悩んだり失敗したりしながら就活に取り組んでいく描写は、個人的には共感できた。


就職活動を題材として扱った小説としては石田衣良さんの「シューカツ!」があるけれど、個人的にはその小説よりも好きな作品だと感じている。まぁ、石田衣良さんの「シューカツ!」は僕の中で最低の評価なのですが・・・(笑)


しかし、毒舌が売りのこのブログ(だからか、読者数はそんなに多くない笑)。褒めるだけでは終わりません。今日は常見さんの意見そのものを批判するのではなく、常見さんが書いた小説「就活の神さま」に対する、他の人の感想について思うところを書いてみたい。


twitterを見ると、同じく「就活の神さま」を読み終えた人が感想をつぶやいている。それを見ると、「涙が止まりませんでした!」「おすすめです!」など肯定的な評価が多く見られる。


しかし、うがった見方をして恐縮だけれど、この小説に対して安易に肯定的な評価を下している人が多くいるという状況を見て、僕は違和感を覚えた。このように考える背景として、小説の中のあるシーンを読んだことが挙げられる。


簡単に書くと、小説の中で、主人公があるIT企業の会社説明会に参加して、そこで社長(だったかな?)の語る熱い言葉に引き込まれるシーンがある。説明会終了後、主人公はその会社に夢中になっているのだが、主人公を支えるバイト先のマスター「ジミーさん」から、「会社は平気で嘘をつくよ。ちゃんと裏を取れ」というような言葉を投げかけられる。


以上のシーンを通じて、常見さんは、「答えなんか安易に求めないで、自分の頭で考えろ」というメッセージを込めたと認識している。小説内にこのようなメッセージがあるにもかかわらず、主人公をサポートするジミーさん(多分、ジミーさんのメッセージ=常見さんが伝えたいこと)が語るメッセージにはあっさりと共感して感動する人が多くいる点が不思議なのだ。


小説内の「会社は平気で嘘をつくよ。ちゃんと裏を取れ」という言葉じゃないけれど、「ジミーさんは平気で嘘をつくよ。ちゃんと裏をとれ」と考える人がいてもおかしくないと思うのだけれど・・・。たとえジミーさんが会社の嘘を主人公(+読者?)のために暴いたとしても、ジミーさんの語る言葉全てが「真実」とは限らないわけで。


例えば、この小説が発するメッセージのひとつとして、「等身大の自分で頑張れ!」というものがあると僕は思っている。しかし、例えばサークルの先輩の内定者に話を聞いてみたら「面接で嘘ついたに決まってんじゃん!」ということを言われるかもしれない。あるいは、社会人の人からは「会社に入ったら、等身大の自分なんていらない。等身大の自分と向き合ったら、会社なんか辞めちゃうよ(笑)」とか言われたりして。


誤解しないで欲しいが、僕は常見さんが小説に込めたメッセージ自体を否定・非難しているのではない。小説に込められたメッセージを安易に受け入れるような読者の姿勢が気になるのだ。あんまり常見さんの意見をあっさりと受け入れる人が増えると、就活コンサルタント嫌いの僕としては嫌だ(笑)というのもあるし、単純に他者の意見をそうあっさりと受け入れて良いのか?という問題意識もある。


ところが、常見さんのtwitterを見てみると、「就活の神さま」に高評価をしたツイートが多くリツイートされている。本来、そのようなツイートに対して「安易に、俺の書いたことを受け入れるんじゃない!ちゃんと裏を取れよ!」というツイートをしてもおかしくないと思うのだけれど、実際には常見さんは読者の(安易な)高評価に喜んでいる。一体どうなっているんだ。


大体、著者説明を見てもおかしい点がある。そこには、「結局、社畜になり、残業、接待、希望外の異動などサラリーマンらしいことをひと通り経験する」という記述があるのだが、これもおかしい話だ。小説の最後には主人公が「社会人として働くことの素晴らしさ」を噛み締めているシーンが見られるのだが、そのようなシーンを書いている人が、過去の自分を「社畜」と言ってどうするんだ。


なんか、小説を読破した人の中には「常見さんが書いたから」という先入観から、小説内のメッセージをあっさりと受け入れている人が見られるような気がする。しかし、いくら常見さんが採用活動の裏事情とかを知っていたって、あの人の意見は一社会人としての見解以上の意味は持たないはずだ。実際の選考では、もちろん常見さんとは違った感覚を持った面接官がいくらでも現れうるわけで。個人をけなすことの無礼さを許してもらえれば、常見さんを少々崇めすぎな人が多すぎるのではないか。就活コンサルタント側を擁護するのは癪だけれど(笑)、これは常見さんの問題と言うよりは情報を受け取る側の問題のような気がする。そのうち、「常見先生、常見先生」と呼ぶ就活生が出てきそうで頭が痛くなる。就活コンサルタントに「先生」なんかつけちゃダメだ。


とはいえ、「就活の神さま」面白かったです。就活体験談は基本的に先輩から聞くのがいいと僕は思っているので、この本は別に買わなくても良いと思う。代わりに飲み会代に使うのが良いかと(笑)でも、買っても別にハズレの作品ではないと思いますよ・・・と最後に小説を立てて終わります(笑)

常見陽平さんの言葉も安易に鵜呑みにしてはいけないだろうという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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就活の神さま、買う前に考えた

就活コンサルタント常見陽平さんが、「ジョブズの「愚か者であれ」をドヤ顔で言う大人ほど若手潰す(http://news.nicovideo.jp/watch/nw133859)」という記事で、採用活動において「普通の人」に目を向けることの大切さについて語っている。

貴社にスティーブ・ジョブズは、必要ですかね? いや、誰でも「これからはイノベーターだ!」「なんで日本にはジョブズがいないんだ」っていう話をするわけですが、あなたの部下、後輩がジョブズだったら、どうします?
神様スペック採用もいいですけど、普通の人をどう育て、化けさせ、活躍させるかも考えたいところです。それこそ、イチローだってドラフト4位で、彼が小学生の頃に行きたいと言っていた中日でも西武でもなくオリックスでしたしね。
そんな、普通の人でも活躍して欲しいという願いを込めて、新作を発表します。『就活の神さま』(WAVE出版)という、就活をテーマにした青春小説です。非モテ、非リア充、頑張った経験なしの主人公が、バイト先の謎のマスターのもとで就活修行をする物語です。魂かけたので、手にとってください。普通の人の可能性にかけましょう。

常見さんからしたら、「普通の就活生=非モテ・非リア充・頑張った経験なしの就活生」ということなのだろうか。これを見て、「ふざけるな」という就活生が出てきてもおかしくないんじゃないか。「そんな奴は普通の就活生というんじゃなくて、ただのバカというんですよって。」


「神様スペック採用もいいですけど、普通の人をどう育て、化けさせ、活躍させるかも考えたいところです」って・・・。企業にはそんな余裕がないから「厳選採用」とやらをしてるんじゃなかったのか。今更何を言い出すんだ。実際、同じく常見さんが書いた「就活負け組」はコミュニケーション能力が欠如している(http://wpb.shueisha.co.jp/2011/08/10/6342/)という記事も見てみると、以下のように書いてある。

「内定をいくつも取る“内定長者”の学生と、まったく内定を取れない“無い内定”の学生、その2極化がますます進んでいるのです。環境の変化により、企業はますます厳選採用をしていて、実際、求めている人材のレベルも上がっています。でも、企業が欲しがる学生のパターンなんてどこも似たり寄ったり。だから、一部の学生に内定が集中してしまうのです」

企業の求める人材のレベルが上がっているという話はよく聞く。それは企業の就活生に対する「甘え」だと僕は思っているのだが、企業がそのようなスタンスを取るのなら仕方が無い。常見さんが書いたこの記事を見る限り、「普通の学生」なんか相手にされなそうだけれど、これは一体どういうことなのだろうか?


最初に引用した記事によると、常見さんが書いた「就活の神さま」という小説で、主人公がバイト先のマスターの下で「就活修行」をすると書いてある。僕はまだ小説を読んでいないのだけれど、「どんなに冴えない学生でも、この本に書いてあるような就活修行をすれば、企業が求めるレベルに達した就活生になれるよ!」ということを言いたいんですかね・・・?小説という形式をとった、ただのマニュアル本だったりして。


あるいは、この小説は「青春小説」みたいなので、辛いときでも前向きに頑張ろうよ!というストーリーになっているのだろうか。でも、それだったら小説上の話よりも、先輩などの実体験を聞いたほうがよさそうですね。


「普通の人の可能性にかけましょう」というのが常見さんの小説にて伝えたいことなのかもしれないけれど、考えてみるとこの言葉もよく分からない。主人公が就活修行してレベルアップした時点で、もはや「普通の学生」とは言えない様な・・・。また、修行前の状態を「普通の学生」と定義するならば、上でも書いたように、企業は厳選採用をして内定者に求めるレベルを上げているわけだから、そんな学生相手にされないんじゃないの?という気もする。


どのような学生をもって「普通の学生」としているのかという定義がよく分からないから、こんなもやもやとした気持ちになるんだろうなぁと感じる。詳しくは小説を読まないと分からないということでしょうか。そもそも、最初の記事では自分の小説をただ宣伝したかっただけだったりして。興味がある人はリンク先に飛んでいただきたいのですが、僕個人としては、最初に引用した記事から常見さんが何を言いたいのかがよく分かりませんでした。


僕は何だかんだで、この「就活の神さま」という小説はマニュアル本みたいなもの、あるいは就職活動体験記を少し小説風にした程度のものだと思っているけれど、常見さんのtwitterを見る限り「名作だ!」と大絶賛している人もいるみたいなので、もっとクオリティが高いものなのかもしれない。ブログのネタ作りのため(笑)、一度は目を通してみたいと思うし、読んだ人などがいましたらぜひ感想を聞いてみたいです。

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合同説明会への参加が「大手病」を進行させる・・・かも?

11/3に、ベルサール渋谷ファーストにて「“未来の自分”と出会うOB・OB交流会」という、コンサル・IT・金融などのトップ企業で活躍する若手ビジネスパーソンからダイレクトに情報収集・意見交換することができるイベントが開催されるようだ(http://careervision-type.jp/c/event/111103.html参照)。

参加企業を引用させていただくと、以下のようになる。

* アクセンチュア * グーグル* 新生銀行* シグマクシス* シンプレクス・コンサルティング * ディー・エヌ・エー* デロイト トーマツ コンサルティング* 日本オラクル* 日本GE* 日本マイクロソフト* P&G* BNPパリバ証券/BNPパリバ銀行* PwC * UBS証券会社 * ユニクロ* ユニリーバ・ジャパン* バークレイズ・キャピタル * ワークスアプリケーションズ



どれもこれも、倫理憲章上の拘束を受けない企業なのかもしれないけれど、恐らく多くの就活生がこのイベントに参加することになるのだろう。経団連のみなさん、企業の新卒採用の開始を2カ月遅らせても、これが現実ですよ(笑)

参加企業一覧を見ると、殆どが大手・有名企業ばかりだということが分かる。このイベントに、「未来の自分」と出会うなんてキャッチコピーをつけちゃダメだろう。このイベントに参加する大半の就活生は、どうせ大して何も出来ずに上記の企業の選考から弾かれるのだから。誤解してもらいたくないのだが、別に現在の就活生がバカだという話ではなく、単純に上に挙げた企業の採用試験が超激戦だということです。

上で紹介したイベントは「OB・OB交流会」と表記されているけれど、実質的に企業の合同説明会みたいなものだろうと想像している。そして、どの合同説明会にも共通して言えることだが、説明会の案内に参加企業の一覧を載せて、「こんな有名企業も参加しますよー」という就活生を惹きつける餌をまく(笑)


これは就活生の意識の問題も大きいけれど、こうした合同説明会に参加することで「大手病」をこじらせることが考えられる。

僕は大学付近のホテルで行われた、企業の合同説明会に参加したことがある。大手企業から、言葉は悪いが無名企業まで幅広い企業が説明会に参加してくださったのだが、就活生が全部の企業の説明に耳を傾けるのかと言うと、それはまた別の話で。

各企業それぞれがブースで説明を行っているのだけれど、とにかく「企業間格差」がすごい。就活の経験者なら理解してくださると思うけれど、有名企業のブースにはたくさん就活生が群がり、無名企業のブースには一人か二人の就活生がいるくらいなのだ。本当に企業ごとにここまでムードが変わるものなのかと、当時大学3年生の僕は恐ろしくなってしまった。恥ずかしながら会場の様子を見て、いわゆる無名企業に入社するのが怖くなってしまったのだ。


勿論、このような僕の姿勢は非難に値するだろう。ただ、ここで言いたいのは単に僕がバカだったという話ではなく、今振り返ってみると、合同説明会においては、就活生同士が互いに大手病をこじらせあっている状況があったような気がしているということが言いたかったのだ。本当は、有名企業とかではなくて、自分の行きたい企業を訪ねるのが一番なのに。

この点、イベント開催側にも少し問題があると思っている。大手企業を多く呼んでおいて、さらにその企業から魅力的な社員を説明会に派遣したら、就活生としても「この企業の選考は厳しいけれど、こんな人たちと一緒に働いてみたい!」と思っても仕方が無いと思う。はっきり言って、彼らから大手病を非難されたくはない。

そうは言っても、大手病をこじらせるか否かは最終的には就活生側の意識の問題だ。大手病になるな、というアドバイスを本来するべきなのかもしれないけれど、今日の記事で言いたいことはそういうことではない。合同説明会に参加して有名企業のブースに足を運ぶ際に、少なくとも「本当に説明会に参加した社員のような人ばかりが会社にいるのだろうか・・・?この人は優秀そうに見えるけれど、たまたま優秀な人が今日の説明会に来ただけではないか?」というように物事を疑う姿勢を保つことが必要だと思う。就活において、「妄信者」は就活コンサルタントというハイエナの餌食になりがちなので、ご注意を。


ふと、「大手病=自分の能力を客観視できない、ダサいバカ」というコンセンサスが社会に根付けば、大手病にかかる人も減るのだろうかと考えたのだが、果たしてどうだろうか・・・。そこは分かりません・・・。

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「カリスマ内定者」というバカを崇める、バカな僕たち

マイナビの調査により、学生が愛社精神を感じる理由は「努力して内定をもらった」「やりがいがある仕事ができそう」に集中していること、そして、社会人(若手社員)が愛社精神を感じない理由は「仕事にやりがいを感じない」が最多で、「尊敬する上司・先輩が少ない」が続いていることが分かった(http://www.asahi.com/business/update/1021/TKY201110210408.html)


若手社員が、自分の職場に「尊敬する上司・先輩が少ない」と感じている理由の一つとして、上司・先輩が偉そうなことを言う割に、大して有能ではないというものが想像つく。しかし、今日の記事で書きたいのは、「内定者が自分達の価値を過大評価しているのではないか」という点だ。内定者の時点で必要以上に自分の価値を高く見積もってしまうがゆえに、会社の上司や先輩がバカに見えてしまうという一面があると思っているのだ。本当は、そのバカにしている上司・先輩以下の仕事しか出来ないのに。


個人的には、日本では、「組織に入ってから何をしたのか」ということよりも「組織に入るまでにどんな競争を勝ち抜いてきたのか」ということに価値を置き過ぎなような気がしている。例えば、学歴に関してもそう。確かに企業は採用試験において「大学に入ってから何を頑張ってきたのか」という点も重視するが、偏差値の高くない大学に在籍している学生の大学での努力は、そもそも審査する価値すらないとみなされる場合がある。


就職試験においても、会社に入ってから何が出来るのかという点が本来大事なはずなのに、大手企業の内定者なんかは、未だ何も社会に貢献していない立場にも関わらず必要以上にヨイショされている現状がある気がする。ついには、内定者の中にも自分を「カリスマ内定者」と考えるバカまで出てきた。より詳しく書くと、「カリスマ内定者100人の告白―大学生が書いた大学生が知りたい就活のホンネ」という本が発売されているのだ。


誤解のないように言っておくと、「カリスマ内定者100人の告白―大学生が書いた大学生が知りたい就活のホンネ」という本の本文自体は、そこそこ立派なことを言っている。タイトルに「カリスマ」とついているが、むしろ謙虚な文章が多い。


ところが、本文の前のアンケートを見てみると、やはり筆者たちはどこか「自分は特別な人間だ!」と勘違いしているような記述が見られる。例えば、「第一志望の会社から内定をもらった時点で就職活動を止めましたが、続けていたらあと数社は内定をもらえていたと思います」「内定をもらったのは1社ですが、人気ランキングbest5のところ。量より質ですね」という記述を見ると、やはり彼らのどこかに自惚れの気持ちがあるんじゃないかと僕は感じた。加えて本文についても触れれば、最初のカリスマ内定者のエピソードとして(確か)5社内定をもらった就活生が書いた文章が載っているのだが、その中で「5社のうち4社は人気ランキングbest100に入っている会社でした」という内容の記述が見られる。


口では、「私達は、普通の学生であることを自覚すべき」「謙虚であるべき」というようなことを言っておきながら、本心では自分が世間が羨む人気企業の一員になれたこと自体が、嬉しくて嬉しくてたまらないのだ。そして、自分があたかも特別な人間であるかのように錯覚している愚かさに気づかない。


後書きでは、カリスマ内定者たちの後輩と見られる人が「ぼくもカリスマ内定者になってやります!」なんてことを言っている。そんな、何の役に立たないものを目指してどうするんだ。


とはいえ、有名企業の内定者が自分の価値を勘違いしている理由としては、大手病の就活生の存在も挙げられる。自分自身が大手病だったから分かるのだが、内定者の就活体験談を聞くなら、いわゆる大手企業の内定を得た人の話を聞きたいと思ってしまうのだ。以前の記事で「内定者体験談は、大手企業内定者のものばかりじゃないか」ということを書いたが、これはある意味利にかなったことなのだとも思っている。


多くの就活生が自分達の体験を聞きたがる。そして話をすると、「すごいですね!」と崇められる。上で紹介したカリスマ内定者に限らず、内定者が就職活動の攻略法に関するセミナーを開いている場合が多々あるが、彼らに調子に乗るなと言うほうが難しいのかもしれない。何より僕自身が彼らを崇めていた就活生だったから、あまり偉そうなことはいえない。それでも、「カリスマ内定者」に対しては調子に乗るな!と胸を張って言えますけどね!(笑)


冒頭の話に戻るが、「尊敬する上司・先輩が少ない」という発言が飛び出す背景には、確かに先輩社会人たちの魅力のなさも挙げられると思う。しかし同時に、そのような発言をする若手社員の側にも自惚れがあるのではないか。そして、その自惚れの背景には、未だ何者でもない内定者の時点で必要以上に以前の僕みたいなバカな就活生に持ち上げられたという事情があるのではないか。あくまで想像ですけどね。


ここまで書いて、マイナビがどのような企業に所属する社員にアンケートをとったのかという点を見落としていることに気がついた。主に中小企業に属する若手社員にアンケートを行ったとしたら、今までの記述の妥当性が失われるような気がするけれど・・・。それでも最悪、現在の内定者、特に大手企業の内定者が自分の価値を勘違いしているのではないか?という考えを伝えられればそれでいいです(笑)


最後に自慢話をすることを許してもらえれば、僕は周囲の友人に恵まれていたと思っている。友人の中には、テレビ局などの競争が激しい企業の内定を得た人もいたのだが、その人たちには自分達の内定をひけらかそうとする意思が一切なかったのだ。後輩から相談を受けて、はじめて就活について話をするという感じ。「能力も高いのに、こんなに謙虚だから、倍率が高い企業の選考にも受かったのだな」と僕は考えていたのだが、カリスマ内定者みたいな明らかなバカも受かっているとなると、一体どういうことなんだという思いも芽生える。贔屓目もあるかもしれないけれど、僕は内定のコツを後輩に対して自ら積極的に語っているような人たちよりも、友人のように内定のコツをひけらかさない姿勢の方が遥かに格好いいと感じている。

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就活生はバカじゃないといけない

NEWSポストセブンというサイトで、「人事担当者「6+5×3=33」と答える就活生続出で不安になる」という下らない記事が載っている(http://www.news-postseven.com/archives/20111021_65656.html)。学生の基礎学力の低下が著しいということを述べる記事で、その一つの具体例として「6+5×3」という計算を33と答える就活生が続出しているというエピソードが、食品メーカーの人事担当者によって紹介されている。


僕が就活において腹が立つことの一つなのだが、一部の就活生のミスを大げさに取り上げて、そのミスをもって「近頃の若者はバカでどうしようもない」という風に若者全体を批判しようとするとする、バカな社会人が存在する。


大体、「6+5×3=33」と間違えるというエピソード自体にも疑問な点がある。食品メーカーの人事担当者が言いたいこととしては、「近頃の就活生は足し算より先に掛け算を計算するということすら知らないんですよー」というものだろう。つまり就活生が、「まず、6+5=11。そして11x3=33だから、答えは33!」という風に考えた上で答えを出したと思っている。


しかし、この「6+5×3」という計算だが、足し算と掛け算の位置を勘違いした上で33という答えを出した可能性もあるのだ。要は、「6×5+3」という計算式と勘違いしたのではないかということ。この計算式でも、答えは33になる。勿論、「足し算と掛け算の位置を勘違いした」というミスも褒められたものじゃないけれど、試験の制限時間が厳しい中で多くの計算をしていたら、このくらいのケアレスミスをしてもおかしくない。少なくとも、「近頃の就活生は足し算より先に掛け算を計算するということすら知らないんですよー」と短絡的に判断することは出来ないだろう。


大体、試験を受けた就活生が本当に「足し算より先に掛け算を計算する」ということを知らなければ、「6+5×3」以外の「足し算と掛け算両方が含まれている計算」も間違えているはずだ。その点はどうだったのだろうか。「6+5×3」の計算のミスのみをもって就活生のバカさを論じたいのだとしたら、その人事担当者こそただのバカだ。


話は少し変わるが、個人的に「就活コンサルタント」とは相当胡散臭い職業だなぁと思っている。しかし、上で紹介した人事担当者の滅茶苦茶な話を批判して就活生を守ろうとする動きを見せれば、その仕事の内容にも一定の価値があるといえる。


ところが残念なことに、NEWSポストセブンの記事には就活コンサルタントの常見陽平さんのコメントも書いてあるのだけれど、これがまた就活生批判なのだ。「6+5×3=33」の話とは全く関係ないのだが、一応コメントを引用すると、「就職活動だけやたら頑張った“就活のプロ”のようなタイプが増えています。企業研究もせず、手当たり次第に受けていくため、場慣れする。ところが、こうしたタイプは面接官から『君からわが社に質問はあるか』と逆質問を求められると全く対応できないのです」。こんな下らないコメントを寄せるだけでお金がもらえているとすれば、良いご身分だなと感じる。


NEWSポストセブンの記事に限らず、「学生の質が低下した」ということを示すエピソードを見かける機会は多い。計算ができない若者より、エクセルやパワポが使えないおじさん・おばさん達の方が仕事においては使えないと思うのだけれど、そのようなエピソードが紹介されることはない。


思うのだが、就活コンサルタントにとっては「就活生はバカだ」という話が広まることは都合がよいことなのではないか。口では若者の質の低下を嘆きながら、本心では「就活生はバカじゃないといけない!そうじゃないと、俺らが儲からない」と考えているのではないか。


常見陽平さんのことばかり取り上げて恐縮だが、彼は「株式会社クオリティ・オブ・ライフ(http://www.qol-inc.com/)」という会社のスタッフとして働いている。会社のサイトを見てみると、企業の採用支援についても取り組んでいる会社だということが分かる。


企業から採用支援のお願いを多く受けるためには、どうするか。その方法として、「近頃の就活生のバカさ」をアピールしているんじゃないか。「近頃の就活生の頭の悪さと言ったら、ひどいですよー。私達のサービスを受けないと、バカな奴を雇うことになっちゃいますよー」とか言っているんじゃないか。真偽は分からないけれど、少なくとも企業の採用支援も行う就活コンサルタントにとって、企業の採用担当者が「ゆとり就活生はバカばかりなんだろう・・・。変な奴採用したらどうしよう・・・」と不安に思ってもらえる方が都合が良いのは間違いない。


結局、こんな記事を書いても別に「若者の質が低下している」という声はなくならないわけで、ある種のむなしさは感じている。こちらとしては、バカな社会人の下らない若者批判なんか聞きたくないんですけどね。本当に一度、採用担当者とか、就活生を馬鹿にしがちな常見さんとかに学力検査を実施したいものだ。そして、自分達も「近頃の就活生」と大してレベルが変わらないということを、自分の身をもって体験してもらいたいですね。もう、就活生をムカつかせるだけの不毛な若者批判はやめてほしいですよ、本当に・・・。

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テレビの「就活報道」の内容が問題の全てではない

twitterで、就活デモを行うなどして、「日本の就職活動のおかしさ」を社会に訴えようと試みる方々をフォローさせていただいている。


ただ、就活デモも賛成の声ばかりではなく、むしろ「甘え」と捉える人もいるようだ。例えば、「就職難と言っても、内定をもらっている人はたくさんいる。自分の力が足りないだけなのに、社会を悪く言うのは甘えすぎ」という意見をどこかのブログで見た。


勿論、自分のことを棚にあげて社会のせいにする姿勢はおかしい。例えば、就活デモの主張が「俺がなぜ就職できないんだ!学生全員就職できるようにしろ!」というものだけだったら、僕も擁護する気にはなれない。


ただ、twitterやブログを見る限り、就活デモに限らず就活批判をしようとする方の主張は「職をくれ!」というものではないのだ。例えば、「就活どうにかしろデモ実行委員会」のブログを見てみると、就職活動基本法という法案を作成した上で、企業の採用活動に対して一定の規制をかけるべきではないかという主張をしていることが分かる(http://syukatudemo.blog77.fc2.com/blog-entry-80.html)。このような主張をしても、別に彼ら自身が大きく得することはないわけで、純粋に就職活動というものをより良くしたいと考えた上での活動をしていると僕は認識している。


少なくとも、就活デモを行おうとする人々に対して、短絡的に「甘え」と断定することはいかがなものかと思う。そして、なぜ就活デモの訴えは、短絡的に「職をくれ!」という内容だと判断されてしまうのだろうか。この原因の一つに、テレビによる就活報道のあり方が挙げられると思っている。


記憶はうろ覚えだけれど、僕が知る限り、テレビによる就活報道は大概以下のような形式で行われる。メインの登場人物は、就職活動に精を出してはいるけれど、中々内定をもらえない就活生。ネットカフェに入ってまで企業からの連絡を確認しようとする場面や、面接に落ちて頭を抱える場面などが映し出される。報道に出る就活生は「不安だけど、頑張らなければ」とけなげに話す。そして、最終的にどこかから内定をもらえる・・・かどうかは覚えていない(笑)あるいは、最近ではフジテレビが「ソー活」など流行の動きについて取り扱ったりしていたけど、この点は今日は置いておく。


テレビが報じたいストーリーとしては、「こんなに頑張っている学生でも、中々内定を取れないのです!現在の就職戦線は本当に厳しいものなのですよ。就活生は大変だけど、あきらめずに頑張って欲しいですね・・・」というものだ。そして、企業の採用活動の早期化という話や新卒至上主義の話などの少し難しい話は、テレビにおいて報道される機会は少ない。いや、僕自身は一度もそのような報道を見たことが無いので、本心では「報道される機会なんてない」と書きたいのだが・・・。注意したい点としては、テレビ局が、専ら内定を取れずに苦しむ学生らをニュースにおいて取り上げることで、「就職活動の問題=就職難」という思い込みが視聴者に植えつけられているのではないかということだ。そして、「企業の採用活動の手法などによって学生が苦しめられているという一面もあるんじゃないの?」という別の側面が見えなくなる。特に、就職活動というものに大して関心の無い人にとっては。


テレビ局志望で、且つ報道志望の就活生の方には残酷な話になるが、やはりテレビにとっては社会的意義よりも視聴率の方が大事なのだ。苦しむ就活生を番組にて取り上げることで、「かわいそうなもの見たさ」で多くの視聴者を惹きつけられる。一方で企業の採用活動の早期化という話や新卒至上主義の話など堅い話をしても、どれだけの人が見ることか。就活の現状に関心がある、本当に一部の人しか見ないんじゃないか。ゆえに、テレビ局もそれらのようなトピックを番組にて扱わない(扱うことが少ない)。


誤解しないで欲しいが、僕はテレビ局に対して「就職活動の問題は、別に就職難の問題だけではありません!もっと、企業の採用活動の手法の問題点についても報じてくださいよ!」と言いたいわけではない。テレビ局がどんなトピックを扱うかは僕が口出しすることではないし、別にテレビ局に対してそこまで期待をしていないという気持ちもある。


しかし、このブログを読んでくださる方、あるいは全く知らない方でも構わないのだけれど(笑)、テレビの就活報道で語られる問題提起のみが全てではないということを今日の記事で伝えたい。就職難というフレーズや、新聞などでも見られる「大卒内定率○○%」という数字などは分かりやすいけれど、そのような「職に就けるか否」かという次元だけで就職活動の問題は語れないと僕は思っている。別に僕は、デモに参加する予定は無いですけどね(笑)


最後に、勿論、デモなどで主張される就活批判の内容が全て正しいでしょと皆さんに訴えたいわけではないことを付け加えておく。僕自身、彼らの主張に部分的に賛成・部分的に反対という立場なので、その点誤解のないようにお願いします。


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大手病にかかるバカ者、大手病をけなす大バカ者

「大手病」という言葉がある。就職活動において、大規模な有名企業ばかりに目を向けて、その他中小企業・無名企業には目を向けない姿勢を指す。


そして、一般的に「大手病」にかかる就活生は、「企業名にブランドがあるかどうか」という薄っぺらい指針から進路を決めようとする、未熟なバカ者とみなされがちだ。この点については理解できる。


しかし、就活生の大手病を悪化させる大きな原因として「就活コンサルタント」という大バカ者の存在が挙げられる・・・というのが今日の記事の概要だ。具体的には、彼らは「大手企業への内定こそが、就職活動における成功だ」という価値観を広めているように思えるのだ。


例えば、就職支援会社ガクーが運営する「内定塾」という就職予備校のウェブサイトを見てみる。そのサイトには「卒業生の声」というページ(http://www.naitei-jyuku.jp/voice/)があるのだけど、その卒業生の肩書きを見てみると全て「大手○○会社内定」と書いてある。


また、この前、就活道場「森ゼミ」の代表を務めている森吉弘さんという方の著書である「内定者と先輩50人が教える就活を成功させる本」という本を本屋で少し立ち読みした。購入していないので本の詳しい内容は書かないが、その本に出てくる内定者の肩書きも「大手○○会社内定」と表記されていることが多かった。ここでも会社の前に「大手」という形容詞が見られる。あるいは、例えば「日本放送協会内定」というように、誰がどう見ても大手企業だろうという企業への内定者の就職活動の体験談を本の中で紹介している。


そして、「自分と本気で向き合って、キャリアを真剣に考えよう!」というメッセージを発信することで有名な我究館についても同様だ。book offで105円で購入した、我究館会長の杉村太郎著の「絶対内定 2008」が見つかったので目を通してみた。すると、本に登場する内定者のエピソードは、大概「たくさん苦しんで、たくさん悩みぬいたあげく、大手○○会社の内定を総なめにした」とか、テレビ局のキー局の内定を勝ち取った等と書いてある。


その一方で、中小企業内定者の体験談は、ブログでも本でもほとんど見たことがないのだ。就職活動の成功体験はおおむね「大手企業内定者」によってなされている。我究館の言うように「自分と本気で向き合って、キャリアを真剣に考える」ことが就職活動において重要なら、中小企業(というより有名とはいえない企業?)の内定者の話も紹介していいと思うし、少なくとも「大手」の企業に内定をしたと言う点について特に言及する必要は無いはずだ。


ここまでで何が言いたいか。就活コンサルタントなど、就職支援に携わる者は大概「企業名に惹かれて会社を選ぶなんて、短絡的だ」ということを言う。「中小企業にも素晴らしい会社はたくさんあるのに」という言葉も聞いたことがある。でも実際、彼らが発信しているメッセージは「私達の下で一生懸命頑張れば、大手企業への内定を取れますよ」というものなんじゃないか。就活生に対して企業名にとらわれるなと説教をしている方々が、なんで自分達のセミナーを受講した内定者の肩書きに「大手○○会社内定」というように、大手という形容詞をつけるのかが分からない。そんなに、大手という形容詞をつけたいのなら、「大手企業への内定こそが素晴らしいんです!」と正直に言ったらどうなんだ。


「大手企業の内定体験記」を就活生にアナウンスしたら、「自分も先輩のように頑張れば、大手企業に行けるかも!」という考えを持つ就活生が増えるのも仕方が無いんじゃないか。そして、益々中小企業には目を向けなくなると。就活生の側も、受験を通じて、「自分自身の持つ能力によって価値が決まるのではなく、自分が属している組織のレベルにより、自分の価値が決まる」という価値観を形成している。実際に企業は「効率的な採用活動を行うため」という目的があるとはいえ、偏差値が高い大学に在籍している学生を書類選考などにおいて優遇していて、就活生の側もそのような事情を知っているのだから、世間で評判の良い会社を狙おうとするのも無理は無いと思う。


「大手企業」内定者の話を本やウェブサイトに載せないと学生が食いつかないという事情があるのは、僕でも想像できる。また、就活コンサルタントがどんなメッセージを発信しようが、結局は学生の意識の問題でもあると思うので、大手病にかかる学生自身の意識を未熟と評価することも構わない。記事のタイトルに「大手病にかかるバカ者」というフレーズを含めたのも、このような考えが基にある。


しかし、自分達が学生の大手病を悪化させているという意識が就活コンサルタントには足りないんじゃないか。そんな奴らが就活生の大手病をけなすなんて、笑わせるなと思う。自分が就活生以上の「大バカ者」だということを、なぜ自覚できないのだろう。


加えて、就活コンサルタントにとっては「大手企業」への内定者を輩出することこそ、自分の価値を高めるために重要のはずだ。仮に、自分の講座を取っている多くの就活生が「大手企業よりも中小企業に行くほうが自分には合っていると思うので、中小企業を中心に受けます」と言い出したら、「いや、君には可能性があるんだから、大手企業に挑戦してみようよ!」とか言い出したりして。仮にそんなことになったら、企業名にとらわれるなという発言はどこにいったんだという話ですね。まぁ、就活コンサルタントの方は大手企業内定者にお世話になってるんだから、「企業のブランドで進路を決めるな!」という綺麗ごとを言うのは止めにしたらどうですか。


就職活動において、「大手病」が悪いことなのか、仕方のないことなのかという点について、僕は明確な考えを持っていない。しかし、少なくとも就活生が「大手病」にかかる原因を就活生側のみに求めるのはおかしい。社会人は、本当に就活生の「大手病」をけなせる身分かどうかを一度自問自答して欲しい。短絡的に就活生の側をけなすのは、社会人による就活生への「甘え」だと思う。

「就活生の大手病の原因は、社会人の側にもあるんじゃないか。自分が就活生の大手病をけなせる立場か、就活生を馬鹿にする前に考えてみたらどうなんだ」と社会人に対して思ってくださる方は、もし宜しければクリックをお願いいたします。
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