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2011年の「就活生に甘える社会人」を振り返る。そして、2012年は・・・

今年も残り約1時間。振り返ってみると、今年の後半はこのブログの執筆に結構な時間を割いてきたように思う。

「就活生に甘える社会人」というタイトルや個々の記事を通じて、主に企業の採用活動の進め方、選考に関わる採用担当者・面接官の意識・言動などによって、就活生が振り回されたり、必要の無い負担を課せられたりしている・・・という視点を発したいと考えていた。


勿論、社会人の側が全面的に悪くて、就活生の側がそんな社会人に一方的に苦しめられているという構図があるとは僕も思わない。ただ、就活生の未熟さについてはわざわざ僕が書かなくても、就活コンサルタントの方々、常見陽平さんなどの人材コンサルタント、石渡嶺司さんなどのライターなどが指摘する(余談だが、「石渡嶺司」とグーグルで検索したら「石渡嶺司とかいうバカ」というページがヒットしたのだが、一体どうなっているんだろう笑 後で読んでみたい)。

しかし一方で、企業の採用活動の進め方などに関する問題について指摘する媒体はそれほど多く無いと個人的に感じていた。現在の就活に問題があるとすれば、それは就活生だけではなく、企業など社会人側にも責任はあると思っている僕からすれば、就活生側の未熟さばかりがクローズアップされる傾向が強い現状をフェアではないと考えずにはいられなかった。そこで、僕としては意図的に「企業=悪」という印象を読者の方が持つように文章を書くことを意識してきた。


今年書いた記事で、特に読者の方が支持してくださったのが、マイナビ2013の広告に関する記事。後は、大手企業内定者による盗撮に関する話題も、そこそこ多くの拍手数を頂けた。これには嬉しさも感じる一方で、自分自身の力不足も痛感させられた。これらの記事は、社会の構造的な問題に踏み込むことが出来たから評価されたのではなく、ただただインパクトが強かったからという理由で評価されたという程度のものでしかない。来年はインパクトがあるという理由で評価される記事よりは、一見面白みがない話題でも記事を一読してみたことで、読者の方が自己の頭に思考の「種」を植えつけられるような感覚を得たからこそ高く評価される記事を多く書きたい。

当然、読者の方に迎合するような記事は少ないけれども、アクセス数は増加している・・・という状態を作ることも目指したい。やっぱり多くの方に読んでいただけると、こちらのモチベーションも上がるので。ただ、マイナビの広告を取り上げた時みたいに、1日1万を超えるアクセスが来るのは正直恐ろしいですが・・・(笑)でも、恐ろしくてもそれくらいのアクセスがあるのは、やはり嬉しい。今度は、マイナビの広告のインパクトに頼るのではなく、記事の中身で多くの読者を引き寄せるようなブログにしていけたらと思います。


最後に。最初は、人が来るのか、コメントがつくのかという疑問を抱えながら記事を書いていましたが、幸いにもこんな毒舌だらけの偉そうな記事が多いブログに温かいコメントをくださる方も多く、それが継続的にブログを書き続けるにあたって大きな助けとなりました。有難うございました。来年もよろしくお願いいたします。

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就活デモの後に「合コン」を開くことは、そんなに問題なのか?

今月の21日に、先月話題になった「就活ぶっこわせデモ」が中心となり、現在の就活の問題点について議論する勉強会が開かれたようだ。ブログを見ると、その勉強会のレポートも公開されている。


しかし、そのような勉強会に対して「単なる合コンだろ」と決め付ける人も居たようで。「就活ぶっこわせデモ」という団体が一体何を目指しているのか・・・という点があまり明確にされていないという背景もあるのかもしれないけれど、彼らの活動に「合コン」というレッテルを貼る人が少なくないような気がする。


確か就活ぶっこわせデモの後に、デモ参加者による「打ち上げ」が行われたと思うのだが、その打ち上げを「合コン」と称した上で、「デモの後に合コンなんかやっているようだから、そんなに真剣じゃないだろ」というコメントを残している人も居る。個人的には、このような批判は不思議だ。


就活デモ関連の人は、そもそも「いや、別に合コンなんかしていない!」ということを訴えたいかもしれない。しかし僕自身は、デモの後にデモ参加者の人たちが本当に「合コン」をしていたとしても、それは全く問題は無いと思う。


社会に対して問題を訴える人は、常に眉間にしわを寄せて、ウンウン唸ってなければいけないのだろうか。デモ企画者・参加者の人も普通の人間のはずだ。いくら真剣に訴えたい主張を自らの中に抱えていたとしても、24時間365日ずっと、その主張について考えているわけがないだろう。デモが終わってもなお、険しい顔をしている必要は無い。仮にデモ参加者の人たちが、同じくデモに参加した人たちと交流をしたいと考え実際に交流会を開いたとして、それが責められる意味が僕には分からない。


確かに、デモの最中に男女でイチャイチャしていたら、デモを見る側としては「この人たち、真剣に訴える気があるの?」という気持ちを抱くのが自然だろう。でも、デモが終わった後に打ち上げを行う彼らの行動をもって、デモそのものが真剣ではないという評価を下すのはおかしいと思う。デモの評価は、あくまでデモにおけるデモ参加者の態度・主張内容・表現方法などに対して行われるべきだ。これらのような観点から先月の就活デモに対する批判が行われるのならば、話は分かる。


これは就活デモに限らず、あらゆるデモが孕む危険性だと思うけれど・・・。「社会」という言葉は抽象的だけれど使わせてもらうと、社会はデモ参加者に「社会に苦しめられている人として生活すること」を求めているような気がする。単にデモ自体を真剣に行うことを求めるというレベルを超えて、デモの時間外でも、デモ参加者たちに「社会で苦しめられている人」というポジションから外れないことを求める。例えば、デモ終了後に打ち上げなどを行ったら「あれ、今苦しんでるんですよね?なんで、皆で笑ってるんですか?デモでの訴えは本気じゃなかったんですか?」という言葉を、多くの日本人が吐きそうな気がするのは僕だけだろうか。個人的には、このような社会の姿勢は、どんなデモをも圧倒的に上回る危険性を秘めていると思う。


デモに対する批判はあくまでデモの中身に向けられるべきであり、デモ後の交流会をもって、デモの評価を下げる姿勢には反対だと言う意見に共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。 
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就活生は、経団連なんかボロクソに言ってよいはずだ

昨日の記事では書かなかったけれど、倫理憲章の規定が来年も変わらない理由としては単に米倉会長が何も考えていないというものではなく、経団連が各企業の話を聞いた上で倫理憲章の改定に伴い生じた問題点を抽出するということに、短くない時間が必要とされるからというものが挙げられる。


昨日も取り上げた朝日新聞の「会社説明会、12年も12月(http://www.asahi.com/national/update/1219/TKY201112190637.html)」という記事には、「経団連では、今年3月に改定した倫理憲章の検証を大手企業が採用活動を終える来年6月以降に始める方針。各社の話を聞いて問題点を調べるのに「数カ月かかる」(幹部)ため、倫理憲章を再改定するとしても、適用は早くて再来年になる」と記されている。


この記述を見て、経団連の意思決定があまりにも遅いと感じた人もいると思う。確かに経団連の言うように、各社の選考がひと段落着いた6月くらいに倫理憲章の改定の効果を検証しないと意味は無いのかもしれない。しかし、「企業の採用活動開始は12月、選考の開始は今までどおり4月」という就活の短期集中化による弊害は、既にマスコミ・就活コンサルタントなどにより散々紹介されたと思うのだけれど・・・。これでも経団連は、来年も企業の採用活動を12月にスタートさせ、変更は早くても再来年というスタンスを貫くのだろうか。


しかし、僕がより気になったのは、「各社の話を聞いて問題点を調べるのに「数カ月かかる」」という点だ。具体的には、実際に例年より2ヶ月遅い12月から就活を本格的にスタートすることを余儀なくされた、主に2013年卒の学生の声を聞かなくても良いのかという疑問が浮かんだのだ。


確かに倫理憲章は、企業の採用活動のあり方を規制するルールであり、そのルール作りにあたって就活生の声を反映するのは筋違いなのかもしれない。しかし、少なくとも今回の「企業の採用活動の開始を、大学3年の12月以降とする」というルールの趣旨は「学生の勉強の時間を確保するため」というものだったわけだが、経団連のそのような認識に対して就活生側が反論をすることは認められても良いと僕は思っている。今回の改定の趣旨が果たせたかどうかについては、企業へのヒヤリングよりも他ならぬ学生の声を考慮する方が、より正確な評価を下すことができると思うからだ。


それにしても、今年は就活デモの東京・京都同時開催、就活生組合の誕生など、就活生の意見を主に経済界に届けようとする動きが活発化しているにも関わらず、経団連が特にこれらの活動に考えを揺さぶられたと言うことは無い・・・って当たり前か。就活の短期集中化による弊害に関する報道が多くなされても、会長が「就活はこれくらい忙しくてよい」と言ってしまう団体ですからね。


すごく危険な思想だけれど、就活を原因とした自殺の増加、あるいは以前起こった就活生によるバスジャック事件のような、就活に追い詰められた結果起こしてしまった犯罪の多発ということが起きない限り、経団連はまともに動かないんじゃないかという気すらする。就活デモのブログに対して「もっと主張を明確にするべきだ」という批判が寄せられていて、その批判自体は凄く正しいのだけれど、主張内容が明確な批判を理解できるのはまともな人だけ。即ち、経団連の人たちには・・・と、ここで止めておきます(笑)就活生の声が届くのは、まだまだ先のことなのだろうか。


不謹慎な文章に見えてしまうかもしれないが、時々、「就活生」と「(特に少し前の)犯罪被害者の方々」が重なるときがある。誤解しないで欲しいが、「現在の就活生は、犯罪被害者の方々と同じくらい苦しんでいる」と言いたいわけではない。事件の当事者であるはずの犯罪被害者の方々が刑事手続の蚊帳の外に置かれてきた(あるいは現在進行形で置かれている)状況と、就活の当事者であるはずの就活生の声が就活に関するルール作りに際して考慮されることが無く、蚊帳の外に置かれている状況が重なると言う意味だ。


企業にも採用活動の自由があるわけで、就活生の願いを全て聞いて欲しいという願いが叶うとは思っていない。しかしそうは言っても、就活生の言い分に耳を傾ける振りだけする、あるいは「文句を言うなら選考を受けるな!」という声で就活生側の意見を封殺し、蚊帳の外に置こうとする姿勢は間違っていると思う。就活生の言い分をどこまで認めるのか・・・という基準を立てることは難しいが、僕の感覚では、少なくとも今回の改定により定立された「企業の採用活動開始は12月、選考の開始は今までどおり4月」というルールについては反対の声を上げることは認められると思う。体裁を整えただけに過ぎないかもしれないとはいえ、採用活動開始の時期を遅らせたのには「就活生の利益の保護」という目的があった。しかし、その目的は全く果たされているように思えない・・・と就活生が考えるのならば、「企業の採用活動開始は12月、選考の開始は今までどおり4月」という就活の短期集中化という現象に対しては、大いに経団連の方針転換を否定するべきだ。だって、間違っているものは間違っているのだから。


経団連、あるいは企業の過ちを指摘しようとする際に、もしかすると「就活生組合」という組織としてまとまって意見表明をしたり、あるいはデモという形で皆で一斉に就活生の気持ちを訴えるというのも有効かもしれないと感じている。

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経団連・米倉会長 「就活は、これくらい忙しくて当たり前!」・・・何言ってるんだ、この人 

このブログでは、企業の新卒採用の開始を2ヶ月遅らせ「大学3年の12月以降」とした経団連の倫理憲章の変更を「おっさんの思いつき」と表現してきた。そもそもこの変更の趣旨は「学生の勉強時間を確保すること」だった訳だが、企業の採用活動の開始をたかだか2ヶ月程度遅らせたくらいでは何の意味も無いことは分かりきっていた。それに気づいていなかったのは、経団連のおっさん達だけ。こんな下らない思い付きのせいで、就活生・企業双方が迷惑を蒙ってきた。


今年の反省を生かして、来年企業はどのように採用活動を進めていくのかと考えていたところ、今月の20日の朝日新聞に掲載されていた経団連・米倉会長の発言を見て、驚かずにはいられなかった。「会社説明会、12年も12月(http://www.asahi.com/national/update/1219/TKY201112190637.html)」という題の記事には、来年も企業の採用活動が12月にスタートするという方針を継続することが記されている。これだけでも驚きなのだけれど、極めつけは経団連の米倉会長の言葉。なんと、「(大学3年の就活について)このぐらい忙しくてもよい」と述べ、現状の就活に問題はないとの考えを示したのだ。


僕が知る限りでも、倫理憲章の変更により、特に就活生が混乱に陥ったことを報じるニュースがいくつかあった。例えば、11月の読売新聞では「就活もう過熱…短期決戦化が逆効果、焦る学生」というタイトルの記事で、就活塾が以前にも増して盛況となっている旨が報じられた。また、10月の毎日新聞の「新卒採用:経団連、開始2カ月延期 就活、大学側は「準備急げ」」という記事でも、「12月までの2カ月こそ大切な時期」と就活生に対して述べる大学関係者の声や、9月末時点で就職予備校に申し込む学生が100人近く増した旨が報じられた。結果論といってしまえばそれまでだが、「学生の勉強時間を確保すること」を目的とした倫理憲章の変更に実効性が無かったことは、誰の目から見ても明らかだった。

また、経団連の方針転換で迷惑を蒙っているのは企業も同様だ。米倉会長の発言には、就活生だけではなくて企業側も怒ってよいのではないか。このブログの昨日の記事で紹介したジョブウェブのアンケートを見ても、企業側も就活が短期集中化することで適切な人材を採用することが難しくなる旨を述べていることが分かる。今回の倫理憲章の変更は誰も幸せにすることは無く、完全に失敗だった。それにも関わらず、米倉会長の認識としては「え、何か問題あるの?」というもの。ボケるのもいい加減にして欲しい。


米倉会長の発言を読む限りでは、経団連は、就活生、そして主に企業の採用担当者に負担を全て押し付けることで、自分達が倫理憲章の中身を再考するという面倒な作業から逃れようとしているように僕には思える。米倉会長が「就活は、このくらい忙しくてよい」と偉そうに言うのも、結局のところは「いかにして、倫理憲章の規定を就活生・大学・企業など、全ての主体にとって適切なものにするか」ということについて、自分が何らビジョンを持っていないからじゃないか。米倉会長のビジネスの才覚は知らないけれど、少なくとも就職活動の現状認識については、多くの人が馬鹿にした就活デモ・就活生組合の人たち以下の考えしか持っていないのは明らかだ。


現在の就活生・企業の混乱の原因が全て米倉会長、経団連にあるというつもりは無い。また、就活生・企業がそれぞれ就職活動・採用活動を進めるにあたって、一切苦労をするべきではないということを言いたいわけでもない。しかし拘束力が無いとはいえ、また水面下で破る企業が多いとはいえ、多くの企業が倫理憲章の規定に従う現状がある以上、倫理憲章の規定に問題がある場合には、その点は速やかに再考されるべきだ。少なくとも、「(大学3年の就活について)このぐらい忙しくてもよい」とかいう発言に逃げて、現状の問題点から目をそむけるような姿勢を見せてはいけない。それはあまりにも無責任な姿勢だと思うから。


「就活はこれくらい忙しくてよい」という米倉会長の発言を無責任だと思ってくださる方、「就活はこれくらい忙しくてよい・・・訳ないだろ!だったらお前が就活してみろ」と米倉会長に対して憤りを覚える就活生の方々は、もし宜しければクリックをお願いいたします。
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企業の採用活動見通し「苦戦」の理由を、就活生だけのせいにするな

2週間ほど前に、人材採用コンサルティング会社の株式会社ジョブウェブなどが行った、2013年4月入社の新卒採用活動を実施する企業の採用担当者を対象とした、採用活動についての意識/実態調査の結果が発表されていた。どのような企業群にアンケートを行ったのかはわからないけれど、153社から回答を得たらしい(http://www.leggenda.co.jp/news/press/pdf/news_111214_01.pdf 今後も、随時このurlから引用)。


ジョブウェブなどの発表によると、日本経団連の倫理憲章の変更で採用広報活動が12月1日以降となったことや、約90%の企業が「採用人数」よりも「採用基準」を重視しているという事情から、各採用担当者も適切な人材の確保に必死のようだ。


アンケートによると、企業の採用活動の見通しは“苦戦する”と答えた企業が66%を占めたとのこと。そして、苦戦すると感じる理由は、主に「学生の意識・準備不足」というものらしい。アンケートでは、企業の「就職意識が醸成されないままの活動となると、決断できない・内定辞退する学生が増えると考える」、「倫理憲章により、採用活動期間が短縮されることになった。学生は手広く企業にエントリーすることが予想され、それ故に深堀できていないエントリーシートや芯を食っていない面接が展開されることが目に浮かぶから」という意見が紹介されている。


「学生の意識・準備不足」という問題があるのは事実だろう。確かに、企業の採用活動開始が12月に延期になったとはいえ、例えば、別に「大学1年・2年のうちにOB訪問をしてはいけない」などのルールが存在するわけではない以上、倫理憲章の変更により企業側の採用プロセスが変わろうが、「学生の意識・準備不足」の責任は学生にもあることは否定しない。


しかし一方で、採用活動見通し「苦戦」の理由を就活生だけのせいだけにする姿勢が企業側にあるとすれば、それは違うだろうと言いたい。少なくとも今年に関しては、経団連のおっさん達の思いつきに基づいた倫理憲章の方針転換が「学生の意識・準備不足」という状況を引き起こしている側面もあるはずだ。採用活動がうまく進まない理由を就活生側ばかりに求めるのではなく、企業側自身が、自らの採用活動の進め方を再考することも必要のはずだ。この点については、twitterで本田由紀先生と常見陽平さんがやりとりしていた。特に常見さんは、「採用の仕方」を見直すべきが「時期」の議論にすり替わり、そこに終始する、と。突き詰めると、多くの企業が企業力も採用力もない・・・と述べていた。


以前マイナビの調査で、内定者の「質・量とも満足」している割合は40.1%にとどまると言うデータを見た。その主な理由としては、「学生の質の低下」とのこと(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-25.html)。「思い上がるのもいい加減にしてくれ、自分達が学生の時はそんなに凄かったのか」と企業には言いたいけれど、より問題なのは、ただでさえ就活生の質の低下が叫ばれている中で、他ならぬ企業の側こそが(倫理憲章の変更により)就活生の就業意識の不足・就活対策の準備不足を引き起こしやすい状況を作っているという点だ。


世間知らずで、且つ残酷なことを言えば、倫理憲章の変更ごときで右往左往する採用担当者の方が続出すること自体がおかしいんじゃないか。これは、前回の記事のコメント欄にも見られるけれど、各企業が「~な人材を~な手法で欲しい」という軸がないことを示しているのだと思う。そんな企業に「学生の質の低下」を嘆く資格なんか無い。


採用活動を進める際に困難にぶつかった場合、就活生だけではなく、企業の側にも落ち度がある。僕はすごく当たり前の意識だと思うけれど、採用担当者は就活生だけが悪いと思っているのだろうか。そうだとしたら、「就活生に甘える社会人」というレッテルを貼るしかないですね。


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採用担当者「就活生には英語力を求める!え、具体的にどういう能力が必要なのかって?それはちょっと・・・」

昨夜、ニュースJAPAN&すぽると!で就活生の英語力について放送されたようですね。僕自身は見逃したのだけれど、この放送に関するツイートがまとめられていたので、どのような内容だったのかは大体把握できた(http://togetter.com/li/230352)。


番組の中では、「英語力を標準装備」という表現が使われていたらしい。想像になってしまうけれど、いまや英語力は特別な価値ではなく、全ての就活生が当然備えていなければならない価値であると言うことだろうか。本当に企業も良いご身分ですね。仮に、英語力が出来ない社員は容赦なく解雇されるなどの状況があれば(あり得ないけれど)、就活生に高い基準を設けるのも分かるんですけどね。余談だが、このブログ「就活生に甘える社会人」というタイトルの背景の一つとして、おっさん社員が自分たちのことを棚にあげて、就活生ばかりに高度な能力を求めているという事情に対する怒りがあります(笑)


しかし、そもそも「英語力」という言葉の定義が僕には分からない。番組の中で「TOEIC800点は欲しいですねー」という女性が登場したらしいけれど、その女性の努力の方向性は本当に正しいのだろうか?「英語力」という言葉の意味。それは、TOEICで900点以上取れることなのか?それとも、入社後に海外の大学に留学させるから、それに備えてTOEFLのスコアが求められるということか?あるいは、パーティーなどで外国人の人とも談笑できるようなレベル?TOEICの点数などは低くても、外国人相手に啖呵を切れる姿勢があれば十分・・・?突き詰めて考えていけば、キリが無い。「就活生の英語力をどのように見極めるか」という点について、企業は確固たる哲学を持っているのだろうか?


一つ当然のように考えられるのは、企業がTOEICの点数を参考にしていると言うことだ。多くの企業のエントリーシートには、大概TOEICの点数を書きこむ欄がある。また、武田薬品工業のように、TOEICの点数を脚きりに使う企業もある。


しかし僕は、企業がTOEICの点数を参考にすることに違和感を覚える。そもそも、最低限の英語力(この場合、特に英語の聞き取り&英文読解能力)を備えている人は、TOEICで900点以上などの高得点をとることの価値なんて大したものじゃない(満点はすごい気がする)ということに、絶対に気がついている。各セクションの攻略法が既に確立され、問題もパターン化している以上、英語力はさほど無くても案外簡単に高得点は取れてしまう・・・というのがTOEICというテストの特徴だ。失礼なことを書くが、そのようなテストで高得点が取れないのは、勉強が足りないか、あるいは英語力が相当低いかのどちらかだと思う(誤解しないで欲しいが、英語が出来ないからといって、能力が低い人間である訳ではないのは当然のことだ)。


就活生の中にも「TOEICなんて意味無いだろ」と思う方が多くいるだろうけれど、それでも企業の採用担当者さんがTOEICという物差しで就活生の英語力を測ろうとする以上、TOEICという茶番に付き合わないといけない。多分、企業は真に英語力がある人が欲しいのではなくて(勿論、そういう人を実際に採用できればベストだが)、採用された者が後に海外勤務で結果を出せなかったときの「言い訳」の材料が欲しいのだと僕は思っている。採用担当者「よーし、失敗の言い訳できた・・・」(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-32.html)という記事にも書いたけれど、人事部はとにかく保守的な部署で、問題がある社員を採用してしまって問責を受けたとしても「○○という素質があったので・・・」というエクスキューズが成り立つような社員を採用する・・・と元採用担当者の方が言っている。このケースで言えば、採用担当者が「いや、この人はTOEIC900点あったので、大丈夫だと思いました!」という言い訳を用意しようとしている可能性がある。


どうしても英語の試験の結果を通じて英語力を測ろうとするのならば、まだTOEFLの方がましな気がするけれど・・・。しかし、そうすると、就活生の「英語の勉強に割く時間」が増してしまい、ただでさえ大きい負担がさらに大きくなってしまいますね。受験料も高額なので、一人暮らしの学生には特にキツくなる。難しいですね。英語の資格試験(TOEICでも良い)の結果と、英語面接の結果を総合的に判断するという方式がベストなのだろうか。


以上のような、「就活生の英語力をどのように見極めるか」というトピックも大事であろう。しかし、僕がより重要だと考えるのは、やはり「就活生には、高度な英語力が求められます」という採用担当者のメッセージの発信の仕方だ。あまりにも抽象的過ぎるという点で問題だと思っている。こんなメッセージを発する採用担当者が、一体どうして、就活生の「私には、コミュニケーション能力があります」という発言を笑えるのだろう。就活生の発言の抽象さを注意する採用担当者自身も、就活生に対して意味が分かりにくい抽象的なメッセージを発しているのだから、訳が分からない。もし採用担当者が就活生に混じってグループディスカッションに参加したら、言葉の定義を明確化すること無しに議論に参加しようとして、案外就活生の足手まといになっちゃったりして。


採用担当者は、もし採用試験にエントリーする就活生に英語力を求めるというのならば、自分の企業において必要となる「英語力」の定義を明確に示すべきだ。「就職難」という状況を背景に、就活生も「企業の求める能力」に関連するメッセージを受け止めることに敏感になっている。このような状況下では、企業の採用担当者の発するメッセージは、もはや単なる一採用担当者のつぶやきにとどまらず、各就活生の努力・訓練の方向性をも決定付ける重要なものとなっているのではないか。採用担当者の発するメッセージが抽象的であることを背景に、例えば、本当は「TOEICの点数などは低くても、外国人相手に啖呵を切れる姿勢」が重要なのに、面接に現れるのが就活に備えてTOEIC対策を中心にやってきた者ばかりだったら、どうなるか。「全く、近頃の若者は何も分かっていない!」と説教したい社会人の方はともかく、普通の感覚だったら、それは社会にとっても損失だと考えるはずだ。勿論、就活生側も安易にTOEICに飛びつかないで、言葉の定義を考える必要はあるだろうが・・・。


企業の採用担当者も、あるいは採用担当者の声をニュースで取り上げるマスコミも、言葉の定義を明らかにしたうえで就活生に向けたメッセージを発するべきだ。放送を見ていないのであまり大きなことは言えないけれど、仮に今回の放送が「いやー最近の就活生は大変なんですね!頑張ってください!」というメッセージを発しただけじゃなかったのなら良いのだけれど・・・。まぁ、例えばマスコミが役に立たないのなら、マスコミの放送の仕方に疑問を抱いた人がブログなどでより問題の詳細を掘り下げることが出来る。このブログでも、「視聴率につながらない」、しかし重要と思われる問題、視点について書いていけたらと思っている。

採用担当者は、もし採用試験にエントリーする就活生に英語力を求めるというのならば、自分の企業において必要となる「英語力」の定義を明確に示すべきだとの考えに賛成してくださる方は、もし宜しければランキングへのご協力をお願いします。 
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採用担当者「体育会系の学生、大好き!」~体育会系信奉はバカなのか?~

初めて知ったのだけれど、「東京六大学就職リーグ」というものがあるんですね。どのようなものかというと、「東京六大学の体育会に所属する学生のみを対象にした合同企業説明会」とのこと。六大学就職リーグに参加している企業は、「ここで出会った学生を採用しよう」という意識を強く持っている(http://www.toyokeizai.net/business/management_business/detail/AC/5ab1ff308a0bf66ba51ea4bb38524982/page/1/)。


企業の採用担当者は、とにかく体育会系の学生にぞっこん。「体育会学生は1つのことに打ち込んでいるので、自信を持っている」(商社)「目標を持って学生生活を送ったことを評価する」(製薬)、「同期の中でリーダーシップを発揮してくれることが多い」(金融)・・・など。その他にも、体育会系学生の人脈や組織運営経験を評価している(http://www.toyokeizai.net/business/management_business/detail/AC/65e341cbe9a2a3f12fd9e6aa7c386562/page/2/)。


当初、「体育会系学生以外にも、自信を持った人・目標をもった学生生活を送った人・リーダーシップを取れる人・人脈・組織運営経験がある人はたくさんいるじゃないか!」という疑問を持った。しかし、これらの資質を複数備えた就活生が「体育会系学生」にある程度集中していると企業が考えるのならば、効率性の観点から(少ない労力で多くの結果を得る)、企業が体育会系学生にターゲットを絞るのは分からなくも無い。


しかし、企業は「体育会系」を贔屓しすぎなんじゃないか?という気もする。東洋経済オンラインの記事によると(引用しすぎ?笑)、体育会系の学生は「部活で就職活動している時間がない」「体育会活動中心の学生生活で、就活関連情報を集めることが難しい」「運動ばかりで勉強していない。入社のペーパー試験に受かるだろうか?入社してから周囲についていけないのでは?」といった不安や不満を抱えている(http://www.toyokeizai.net/business/management_business/detail/AC/7a68d86e93ce5af439049444ed5a9357/)。不思議なのだけれど、体育会系に所属していればこういう不安を漏らしても「甘え」とは言われないんですか?あるいは、「体育会系への所属を決めたのはあなた自身。それで就職が難しくなっても、自己責任」とか言われないんですか?(まぁ、実際言われる訳ないんでしょうけど・・・)特に3つ目の「運動ばかりで勉強していない」とか、企業の嫌いな「ゆとり」じゃないんですか?


体育会系の部活に所属し、その活動に打ち込むことによって得られるものが大きいのは否定しない。しかし、学生時代に何かに一生懸命打ち込んでいる人は「体育会系学生」だけではないけれど、体育会系以外の学生が「自分は大学で~の研究に力を入れているが、研究が忙しくて就活の時間が取れない」とか言ったら、即「甘えるな!」と非難されそうじゃないか。体育会系の学生の「甘え」を見過ごしても、なお優遇すべき価値が体育会系の学生にあるのだろうか。


答えとしては、「ある」と言わざるを得ないんでしょうね・・・。東洋経済オンラインの記事には書いていないけれど、やはり体育会系学生の「上下関係がきちんとしている従順さ」、「飲み会大歓迎」など、おじさんが喜ぶ性格を備えていることが大きいような気がする。勿論、体育会系学生の魅力がそれだけとは全く思わないけれど、数多くいる「学生時代に何かに一生懸命打ち込んだ人」の中で、特に体育会系学生が企業のおじさんから好かれやすい理由が何かあるに違いない。僕はそれが、活動から得たスキルではなく、おじさん好みの性格をしていたり、行動を取れたりするという点が大きいと想像している。「好き」というシンプルな感情が、あらゆる理屈、あるいは体育会系学生の持つ弱点を消滅させる。


しかし、「これからは創造性のある学生が、企業から求められる」ということをよく聞くけれど、実際に企業・・・というか採用担当者や面接官が好むのは、従来と同じようなタイプの学生。即ち、おっさん達を気持ちよくさせてくれる就活生。就活生に格好良いことを言っておきながら、企業は依然として「仲良し集団」の集まりだったんですね!現在の就職活動の合否を決定しめる基準が「一緒に働きたい人!」という、幼稚園児でも言いそうなふわふわしたものである理由も、例えば大学時代の学業の成果を見ることで、自分達を気持ちよくさせてくれる就活生を逃すのが嫌だからじゃないか。


以前僕は、「就活の問題を考える際には、就活そのもののみに着目するのではなく、社会に出る前の教育についても考えなければいけない」という内容の記事を書いたことがある(「就活生の質の低さを嘆く前に、教育を見直せ」)。例えば本田由紀先生(「教育の職業的意義」などの著書有り)など学者の方の中にも、同じような問題意識を抱いている方は多い(むしろ学者の方々が僕より先に、就職活動と教育の関連性について研究をされています・・・)。しかし、仮に教育の中身がいくら変わっても、企業の採用に関する意識が変わらない場合、それは全く無意味なものになってしまう。


企業がどのような人材を採用するかは、各企業の自由。しかし、口では変化が必要といいながら、結局は従来と同じような就活生を採用し続ける企業の側を否定する余地は無いのか。否定した上で、例えば、社会に出る前の教育をどのように変えていくのか・・・。様々な問いが絡まった、難しい問題である。

口では変化が必要といいながら、結局は従来と同じような就活生を採用し続ける企業はもっと批判されるべきだという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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面接官は「本当のあなた」を発見できていない・・・かも?

就活においては、やたらと「本当の自分」という言葉が飛び交う。あと、僕は言われたことは無いけれど、面接官の中には「そんな答えでは、本当のあなたが見えない!」と言う人もいるらしいですね。「自分を偽って入社しても、後で困るだけだよ」という空気が蔓延する就活という世界。就活生も企業も、やたらと「本当の自分」というフレーズにこだわっている。


しかし、いくら「本当の自分」を発見するための努力を積み重ねようが、面接官は就活生の心の中を見ることは出来ない(同様に、就活生は面接官の心の中を見ることは出来ない)わけで、就活生の「本当の姿」を発見出来ているかは疑わしい。普通に考えれば「出来ない」に決まっている。この点、「あんな短時間の面接なんかで、就活生がどんな人かは分からない」と、就活生相手に威張ることなく、面接と言う手法の限界を認めている謙虚な面接官も多くいらっしゃると思う。ただ、「面接官は人を見るプロ。彼らの目はごまかせない」という訳がわからないことを言う社会人もいるのが現実ですが・・・。


今日の記事も、面接官の頭の中を心理学的側面から推測してみるシリーズです(ちなみに、僕は心理学専攻でも何でもないです。就活生の方はこんな適当な記事を読むより、実際に社会人の方のお話を聞かれた方が良いと思いますが・・・。良かったら読んでください笑)。ここで、前回の記事でも取り上げた、斉藤勇先生の「人は、なぜ足を引っ張り合うのか」という本の中から、「人間は人の性格をどのように決め付けるか」(p.153-162)というトピックを紹介したい。


結論から言えば、一般的な通念や常識に反した行動は、その人個人の「性格特性」と受け取られやすいということらしい。本に書かれている具体例が分かりやすいので紹介するが、例えばあなたが仕事の場でよく喋る営業マンに接したとして、その営業マンが特別に「話し好き」で「明るい性格」の人とは思わないのではないか。それは、一般的に客の前では明るく喋ることが営業マン社会において「一般的」だからである。一方で、本来明るく喋るべき場(仕事などの場面?)においてすら無口な営業マンがいたら、その営業マンは真に無口で内向的な人とみなせるのではないか・・・という考えがある。


このトピックにおいては、就職試験におけるケースも実験の一例として紹介されているので面白い。エドワード・ジョーンズという心理学者は、以下のような実験を行った。

 被験者たちに「ある組織で就職希望者に面接を行ったときのテープ」を聞かせて、そのときの就職希望者の返答からその人の性格を探り当てるという実験。被験者はテープを聴く前に「この面接は宇宙飛行士の選抜試験である」と聞かされる。加えて、「宇宙飛行士という職種には内向的な性格な人の方が向いている」という情報も与えられる。
 テープには、宇宙飛行士の仕事に適した「内向的性格」を印象付けるように発言する志願者のテープと、それに反する「外交的性格」を印象付けるように発言する志願者のテープの2種類がある。各被験者は2種類のテープのうち1種類を聞き、就職希望者の性格を判断する/p>

結果としては、「内向的性格」を印象付けるように発言した志願者の性格は、不確かで曖昧に判断されたという。このことから、就職希望者から、面接官が期待しているような言動や性格がその期待通りに表れると、その言動が明確なものであっても大した特徴とはならずに、集団の中であまり目立たないことを表している・・・と評価されている。この実験から、面接において、就活本に書いてあるようなマニュアル、あるいは使い古されているようなエピソードや考えを言ってはいけない理由が明らかになっているような気がする。


一方で、「外交的性格」を印象付けるように発言した志願者は、本当に「外交的性格」を有していると判断された。これは、「内向的性格」を持つ人に適性がある宇宙飛行士の就職試験の場において、「外交的性格」を印象付けるような発言という、一般的な通念や常識に反した言動をしたからだろう。


ただ、被験者が各就職志願者の性格をどのように受け取ろうが、「内向的性格」を印象付けるように発言した志願者は本当に内向的な性格の人だったのかもしれない。あるいは、「外交的性格」を印象付けるような発言をした人は、本当はただの根暗かもしれない。いきなり「被験者」という言葉を「面接官」に置き換えさせてもらうが、面接官も所詮は自分の都合の良いように他人の性格を「解釈」しているだけなのではないか。これは面接官に限ることではなく、恐らく人間誰もが、他人の真の姿を理解しているのではなく、あくまで他者の行動や言動から他者の性格を推定しているだけに過ぎないだろう。しかも、その解釈・推定の精度はちょっとした要因(上で紹介した宇宙飛行士の実験で言えば、「宇宙飛行士という職種には内向的な正確な人の方が向いている」という情報を被験者に吹き込むこと)、あるいは各人の持つ先入観によっていくらでも変わりうる。人が人を判断するという行為なんて、所詮はその程度のものなんじゃないか。


結局就活生は自己分析を通じて「本当の自分」を見つけることよりも、自分が他人からどのような性格であると「解釈」されやすいのかを見極めることが重要なのだと思う(あれ、「面接ではウソをつけ」という本の主張と同じ方向に話が進んできたのでは・・・笑)。加えて、例えば集団面接(複数の就活生が同時に行う面接。就活生4人対面接官2人とか)の場においては、他の人のプレゼンの中身を聞くことでその面接における「一般性」を発見して、その上でその「一般性」から逸脱する意見を述べることが有効であるといえるかもしれない。まぁ、色々と戦略があるのでしょうが、このブログはそういう戦略を紹介する場ではないので、その点には触れません。


ただ、仮にある就活生が面接官からどのように「解釈」されやすいのかという視点を無視して、「内定が取れないのは自己分析不足だからだよ!頑張れ!」という人がいるとすれば、それはすごく残酷だな・・・と僕は思います。

面接官は就活生の「本当の姿」を発見しているのではなく、ただ自分の都合の良いように人間性を解釈しているだけではないかという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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面接においては、第一印象が「重要」どころか「全て」・・・?

「面接官は人を見るプロだ!」と就活生相手に威張っている社会人の声をよく耳にする。しかし威張っているのは大概、就活コンサルタントや一部の勘違い採用担当者ばかりで、肝心の面接官自身(普段は人事部ではなく営業の仕事などをしているが、採用試験のときだけ面接官を務めるような人)は「いや、面接なんかでどんな人かは分からない」ということを認めている気がする。所詮、面接官も就活生一人一人の「真実の姿」を浮き彫りにしているのではなく、自分が都合の良いように就活生を解釈しているだけに過ぎないのだ。


この点、社会心理学者である斉藤勇先生の「人は、なぜ足を引っ張り合うのか」という本の中で(p130~140参照)、「人が他者の評価を下す際に、いかに自己の先入観や第一印象に縛られるのか」ということに関する面白い文章がある。具体的には、人間に対する先入観がいかに変わりにくいかということを証明した実験について触れている。ソロモン・E・アッシュという社会心理学者は、A,B2つの集団に、ある人の性格特性として「6つの性格特性語」を次の順序で聞かせた。

●A集団に聞かせた性格特性の順序

1、知的な
2、勤勉な
3、衝動的な
4、批判的な
5、頑固な
6、嫉妬深い


●B集団に聞かせた性格特性の順序

1、嫉妬深い
2、頑固な
3、批判的な
4、衝動的な
5、勤勉な
6、知的な

AとBに聞かせた性格特性の内容自体は一緒であるが、その順序が逆であると言うことが分かる。大事なのは、A集団には「知的な」という「良い印象を与える性格」を最初に聞かせて、一方でB集団には「嫉妬深い」という「悪い印象を与える性格」を最初に聞かせたという点である。


結局のところA集団もB集団も、「ある人」がどのような性格を有しているのかという点について全く同じ情報を得ているので、A集団もB集団も「ある人」に対して同じような印象を抱くと思う方も多いと思う。しかし結果は、A集団の人たちは「ある人」を良い人であると評価し、B集団の人たちは「ある人」を悪い人だと評価したのだ。


この実験を受けて、アッシュは「最初に良い人という情報を得ると、後から悪い性格という情報が入っても、最初に作られた印象の基調は簡単に逆転しない。むしろ、後から入ってきた情報を、既に作られている印象の基調で裏づけして受け取る」と考えた。実験の結果から、人間に対する先入観がいかに変わりにくいかということが証明されたように見えるが、これを「印象形成における初頭効果」というらしい。


これらの記述を見て、以前このブログでも紹介した「所さんの目がテン!」という番組の中で行われた「ホントに顔採用はあるのか?」という実験の結果に対する理解が深まった気がする(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-91.html)。この実験では、面接官が、質問に対して的確な回答をした普通の学生よりも、明らかにバカな回答をした容姿端麗なプロのモデルの方を採用したという結果が出た。番組内で専門家は、面接官がバカなモデルを採用した理由として「日本の企業の場合、能力だけではなく、仲間としてうまくやっていけるかという関係も重視するため、第一印象が採用に影響を及ぼす」と答えたらしい。結局、各面接官がそれぞれ、モデルに対して「イケメンだ」「かわいい」という第一印象を形成し、普通の学生に対しては「なんだ、こいつ冴えないな」という第一印象を形成して、結局その第一印象に最後まで拘束されていたということか。


断っておくと、モデルの人はあくまで「演技」でバカな振りをしていたに過ぎない。ただ、モデルの受け答えは、今の首相の名前を間違えたり、報告・連絡・相談のほうれんそうの意味を全部間違えたりする(訪問、連携、掃除と答えていたらしい!)というもの。いくらモデルで容姿端麗といえども、そのような人を採用することを決めるなんて、番組に出てきた面接官は一体何を考えていたんだろう。人にもよるだろうけれど、面接官は、修学旅行の班決めをする小学生と同じ程度の発想で一緒に働く人を決定しているんじゃないか。


しかし、実験に参加した面接官の方々も普段は社会人として普通に働いている人のわけで、正常な判断が全く出来ない人とも思い難い。普段は正常な判断が出来る人でも、明らかにおかしく、幼稚な判断をさせてしまう魔力が「第一印象」というものにあるのかもしれない。そもそも「人間に対する先入観は変わりにくい」という前提が間違っている可能性もあるけれど、面接官がどのようなことを考えて各就活生の選考の合否を決定しているのかという点について、心理学的側面から解明するのも面白い。面接官自身は自分が極めて理性的に人を判断していると思っていても、実際は自らの「本能」に絶えず拘束されている可能性もある。


勿論、ある人と一緒に長い時間を共に共有すれば、出会った時の印象は徐々に変わっていく可能性はある。「あれ、この人、面接ではいい感じの人だったけれど、実際はどうしようもない奴だぞ・・・」というように。しかし、面接は15~1時間程度という、非常に限られた時間の中で完結する。その限られた時間の中で、面接官の第一印象を覆すのは相当難しいだろう。記事のタイトルではないけれど、面接においては第一印象が「重要」どころか「全て」というくらい決定的なものだという意識が各就活生に根付くことが望ましいのかもしれない。


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就活生組合の活動をバカにする人が多くて残念だ

ニコニコニュースによると、ひろゆき(西村博之氏)と「就活生組合」との間で論戦があったようです(ひろゆき、就活デモに「スキルアップを見せつけるほうがベスト」 学生側代表は反論 http://news.nicovideo.jp/watch/nw162883)


そもそも、「就活生組合」とはどのような団体なのか。twitterのアカウントを見ると、「就活生―企業間対等」の理念に基づき就活生が団結し、就活生の地位向上を目指す団体であることが分かる。


「就活生組合」が目指すところは、「無法状態の『就活』を打破したい。企業から温情的に与えられたルールではなく、(就活生と企業が)対等な立場でルールを作っていきたい」というものだ。ここで、再度「就活生組合」のtwitterのアカウントを見てみると、彼らが「就職活動基本法」を作ろうとしていることが分かる。具体的にどのような規定を盛り込んでいるのかは分からないけれど、少なくとも現在の就活のあり方(制度や慣習)を見直すことを目指しているのは間違いない。


この点、ニコニコニュースの記事のタイトルを見れば分かるように、ひろゆきは就活ぶっこわせデモを「学生がデモで『大学生活の結果を企業に見てほしい』と思っているのであれば、デモをするよりもスキルアップした結果を見せつけるのがベストだと思う」と評価している。また、「企業は学校と違って営利目的で動いているので、利益にならない人に給料を払う意味がありません」とも言っているけれど、就活生組合からしたら「俺達はそういう点を問題にしているんじゃない!」と言いたいだろうなと僕は思う。ひろゆきの言う「各人のスキルアップ」は確かに大切だけれど、就活ぶっこわせデモ及び就活生組合が目指すところは「俺達を就職させろ!」というものではなくて、あくまで就活を取り巻く制度や慣習の見直しのはずなので。どうも議論がかみ合っていないように思える。


ただ、ひろゆきと就活生組合の議論がかみ合っていないことよりも、ニコニコニュースに寄せられたコメント欄の方が問題だと僕は思っている。具体的には、「企業と就活生が対等なんてあり得ない」という内容のコメントを見て、胸糞が悪くなった。

・デモ側に聞きたい。就活生の論理って何?選ぶのは企業。企業に従うのは当たり前でしょ。こんなことやってないで自分を魅せる方法考えろ。

・就職活動に「就活生の論理」なんてある訳無い、あるんだったらただの我儘。そもそも「自分の適性」を自分自身で判断できる訳無いだろうが

・採用するのは企業なんだから、企業の論理で採用するのは当たり前じゃん。企業は就活生のために採用してるんじゃないんだから。

・甘ったれるな、寝ぼけ学生ども。学生と雇用する側が対等なんてあり得ないぞ。悔しければ世の中の仕組みを変えてみろ。

・雇われる側に権利かww理念的(笑)な企業体制ですか?笑えますね。そんなにほざくなら自分でその会社つくりなwまぁできればの話だが

・「対等な立場でルールを作っていきたい」ってどうやって?wまず、立場が対等っていう発想に違和感というか全学連臭というかw

「企業と就活生が対等」というフレーズに腹を立てている人たちがいる。確かに、仮に就活生組合が「俺達は企業のために働いてやるんだから、俺らの言うことを全部聞け」というスタンスだったら、上で引用したようなコメントをするのも分かる。しかし、「(就活生と企業が)対等にルール作りをしたい」と言って、何でそんなに叩こうとするのか僕には分からない。「対等」の立場と言うことは企業の言い分も一定程度尊重するわけで、どこかで両者の主張の妥協点を探すことを図るはずである。そのような活動までも「甘え」とみなす姿勢が僕には理解できないし、理解できるような人間にもなりたくない。


確かに企業への就職を望む者は、その企業が求める能力・姿勢を示すべきだと思うので、就活生側の言い分が完全に通るというのは現実的ではないと思う。しかし、就活を取り巻く制度や慣習の見直しについて考えようとする人たちを「甘え」とみなす意見は大嫌いだ。引用したコメントを見る限り、就活のあり方に関連して、企業の側が変わる気は一切ないと考えていそうだから恐ろしい(勿論、就活生組合側を擁護するコメントも多くあります)。彼らのような人たちが、企業が好き勝手に採用活動を進めることによって生じる歪みを就活生に押し付けることを当然と思う、「就活生に甘える社会人」達といえますね。


もしかしたら、現在の就職活動のあり方がベストである可能性もある。どのような制度・慣習になったとしても、「完璧な制度・慣習」というものはあるわけが無いので、結局は課題が残ると思う。しかし、そもそもデモをしたり、議論を巻き起こそうとする姿勢がなければ現状より良くなるはずも無い。いや、「現状維持は後退と同じ」というフレーズもあるから、現在の慣習に無批判な姿勢を貫くことで、気づいたら「歪み」だらけという状態になることもありうる。そういう意味では、就活生組合の活動は意義がある・・・かもしれない可能性はある。少なくとも、短絡的にバカ扱いできる活動ではないと僕は思う。


残念ながら、ニコニコニュースの記事のコメント欄を見ると、就活生組合の活動をバカ扱いする人が多い。しかし、現時点でバカ扱いしている人の考えが逆に間違っていると認識されるのもそんなに遠くはない気がするし、遠くないことを祈っている。

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※追記
どうやら「就活生組合」の代表が最近代わったらしく、元代表の人はtwitterで「私を信じなさい。神よ、すべての人よ、愛しています。私の無限の愛を捧げます」というようなことを連呼しています(参考:就活生組合代表の宮内春樹氏が神の啓示を受ける)。勘違いしている方はいないと思いますが、このブログは「神よ、すべての人よ、愛しています」とつぶやきまくる元代表の姿勢を「全く」支持しておりませんので(笑)、その点はご理解をお願いします。
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