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会社説明会に履歴書・エントリーシートを持ってくることを求める企業はおかしい

このブログでは何回か「手書きエントリーシート」の無駄さを主張してきた。それでも、企業としては「手書きエントリーシートという手間のかかるプロセスを課すことで、応募者の熱意を確かめたい」、「手書きエントリーシートを面倒だと感じる人は応募してこないかもしれないから、応募者の絞込みが出来る」、「エントリーシートに書かれた字を見れば人間性が分かる(笑)」というような、企業なりの考えがあるのではないかとも思っていて、その考えを頭ごなしに否定することは難しいと感じている。


ただ、ある意味手書きエントリーシートより問題だと感じるのが、会社説明会に履歴書・エントリーシートを持ってくることを求める企業の姿勢である。本来、会社説明会は人事の人たちが会社の概要について説明し、その説明を元に就活生が選考にエントリーするか否かを判断することを促す機会だと思っていた。それなのに、その説明会の前に「志望動機」を含めて履歴書・エントリーシートを書くことを求める企業の姿勢は、僕はおかしいと感じている。そもそも説明会を踏まえて選考に参加するか否かを決めたい人にとっては、こんなにも無駄なプロセスは無い。


去年の12月1日、つまり採用活動の解禁日に、twitterで「いまの就活を知ってください(まとめは、http://togetter.com/li/221650)」というタグをつけ、各人が感じた就活の苦しさや悲しさ、憤り等をつぶやく運動の中でも「『説明会に履歴書を必ず持参』という企業(はおかしい)。企業も言い分はあると思うけど・・ネットだけで知り合った人にラブレター書くみたいな気分」という意見が出された。これを見て、僕も確かにと思ったものである。


もちろんホームページを見ることで、志望動機を書き上げることは出来るかもしれない。しかし、企業のホームページに志望動機を練り上げるための十分な情報が掲載されているとすれば、なぜわざわざ時間を割いて会社説明会を開くのだろう。就活生にとっても、企業にとっても無駄でしかないのではないか。このブログではコメント欄で「会社説明会って実はいらないんじゃないか?」という話になりかけているけれど(笑)、他ならぬ企業側も自分がなんで会社説明会を開催しているのか、その位置づけが分かっていないのかもしれない。効率を優先することが全てだとは思わないけれど、履歴書・エントリーシートを書いてきた(つまり、志望動機も書いてきた)応募者に対して説明会を開くのは無駄なような気がするので、その点は改善の余地があるのではないかと思う。


加えておかしいと思うのは、会社説明会に持参する履歴書・エントリーシートの形式は大概「手書き」だということ。中途半端な志望動機を考えるだけでも面倒なのに、それを手書きで一文字一文字書かなければならない手間・・・。そのような手間を就活生に課していること自体も問題だと思うが、ましてやテストなどで忙しいはずのこの時期にそのような手間を課している企業があるとすれば、それに対してはおかしいといいたい。


採用選考に関する企業の倫理憲章の理解を深めるための参考資料」によると「エントリーシートの提出など、日程・場所等に関して学生に大幅な裁量が与えられているものについては、学事日程への影響がない場合もあるため、当該活動が早期開始を自粛すべきか否かの検討を行う際には、倫理憲章の趣旨を十分に踏まえた上で、各企業が活動の実態に合わせて適切に判断することが求められる」と書いてある。つまり重要なのは、企業の採用活動が学事日程に影響を与えるか否かということになりそうだ。これは倫理憲章にサインしていない企業でも、大学の学事日程に配慮して、就活生の学業に影響を与えないように心がけることをCSRの一環として行うべきだと考える。こんなの倫理憲章に書かれていなくても、あるいは倫理憲章にサインしていなくても守るべき最低限のことじゃないかと言うのは言いすぎだろうか。


企業なりに色々考えがあるのかもしれないけれど、無駄な手間を(学事日程中に)就活生に課して彼らを精神的に疲弊させることを目指しているのか・・・?と思われても仕方が無いような企業が多いような気がする。中途半端な志望動機を手書きで書き上げることなんて、成長につながるプロセスとは微塵も思えないし・・・。日本企業は総力を挙げて日本の学生を弱くしようとしているのではないか。穿った見方かもしれないけれど、案外そのような見方をおかしく感じないことを恐ろしく思う。


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常見陽平さん&海老原嗣生さん「どうせ文系の学生の多くは勉強なんかしないんだから、文系の学生については学生の本分が就活に侵食されてるとは言えないんじゃないですか?」

現在の日本の就活の問題点として取り上げられるものの一つは「大学生の本分である学業が、就活により阻害されている」というものである。例えば、一昨年の9月の朝日新聞の社説「脱・就活―「新卒一括」を変えよう(茂木健一郎さんのホームページで全文が読めます http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2010/09/post-fcf9.html)」では、「大学生の就職活動は、3年生の秋が来る前から本格化している。既にいくつかのインターンシップを終え、これから企業のセミナーや説明会シーズンだ。冬はエントリーシートをせっせと埋め、春をまたいで面接を繰り返す。就活という長距離レースに、大学教育は大きく侵食されている」という記述が見られる。こういう問題提起をしておきながら、自分の会社もその問題に少なからず関わっているというのが、新聞社などマスコミの面白いところである。


また、去年の秋に行われた「就活ぶっこわせデモ」でも「大学は就活予備校じゃない!」というシュプレヒコールが叫ばれた。また、「カルト就活やめなはれデモ」のホームページを見ても、就活により学業に支障が出ていることが問題である旨が記されている。


ただ「学生の本分である学業が、就活により侵害されている」という訴えに異を唱える人もいる。例えば、常見陽平さんは彼なりに複数の理由を挙げ、特に文系の学生は学業を阻害されているとはいえないという考えを示している。その理由の一つが「多くの学生は勉強に打ち込んでなどいない」というもの。誤解しないで欲しいが、これが常見さんが「学業が就活により侵害されているわけではない」と考える唯一の理由というわけではなく、あくまでも数多くある理由の一つに過ぎない。


親の浅知恵で口出ししたら、お子さん内定取れませんよ」という親の不安を煽る帯が特徴の常見陽平さんの最新の著作、「親は知らない就活の鉄則」には「就職予備校としての大学をどう活用するか」という章がある。そして、その章の中に「大学を就職予備校化するなというけれど」という見出しがあり、その中で就活から大学院進学に切り替えた人の声が紹介されている。その声を本からそのまま抜き出すことは避けるが、「就活が無くても、多くの学生は勉強なんかしないんじゃないですか。自分も就活がなかったらサークルをやりたかったっていうのはある」というようなことを言っている。このような声などをもって、メディアにあふれる論調より、特に文系に関しては、就活は学業阻害になっていないというのが現実だ・・・と結論付けている(就活デモの人たちは、これに関して何か思うところはないのだろうか・・・?)。


同じようなことを、海老原嗣生さんが「就職、絶望期 若者はかわいそう論の失敗」という本の中で言っている。具体的には「大学4年の4月に内定を得た学生は4年次まるまる就活と縁が切れる。そのような学生は4年次に学業に勤しんでいるのか?」「その昔、採用活動が10月1日解禁だった頃の学生は、1・2・3年+4年の前半と長く学業に勤しんだ結果、みな経済や法律や政治に詳しかったのか」という疑問を発している。


実のところ、彼らの言いたいことも分からないでもない。大学生の意識調査などのデータがあるのかは分からないけれど、感覚的に、今の(もちろん昔も!)学生の多くが必ずしも大学の講義に熱心であるとは言えない、むしろだるいとすら思っているような気はする。しかし、一方で就活デモが起きたことからも分かるように、就活により学業が阻害されていると感じる学生が一定数いるのも事実。


「就活により学業阻害は起きてない」という主張を裏付ける理屈として「多くの学生は別に就活が無くても勉強しない」というものを持ち出すのは、個人的には少し疑問がある。実際、大学3年次から就活は始まっているわけで、就活が学生の本分である学業を侵食していること自体は否定しがたいと思う。ただ、その学生の本分が侵食されていることを痛くも痒くも感じない学生が多いというだけの話で。常見さんや海老原さんが「学業阻害は起きているけれど、別にそれがどうしたの?多くの人は別に不満を抱いていないようだけど・・・?」という主張をしているのなら話は分かるけれど、「多くの学生は別に就活が無くても勉強しない」という理屈から「そもそも学業阻害が起きていない」という結論に至るのは僕には違和感があった。


もっとも、繰り返しになるが常見さんも海老原さんも「多くの学生は別に就活が無くても勉強しない」という理屈のみをもって「そもそも学業阻害が起きていない」という結論を出しているわけではない。したがって、今日の記事をもって、就活による学業阻害は起きていないという意見は誤りだった・・・ということは到底言えない。なので、この件については今後複数回に渡って記事を書いていけたらと思っている。


ただ、今日取り上げた「多くの学生は別に就活が無くても勉強しない」という理屈を支持する人が増えると、採用活動の自由化が加速し、それに伴い多くの学生が大学1年生から就活しているという事態が引き起こされるかもしれない。そうすると、一体何のために大学はあるんだ?学歴をつけるためだけ?学歴を得るためだけに、4年間も高額の授業料払わないといけないのか?・・・という疑問が新たに浮かぶ。しかし他方で、最終的に就職先を見つけられれば、且つ大学の外で人生経験を積めるならば、別にいくら学業を疎外されても良いと感じる人も多そうである(むしろ、こっちが多数派?)。


最後に常見さんをフォローしておくが、改めて常見さん著の「親は知らない就活の鉄則」を見ると、大学を「教育機関」としてのみではなく「就活予備校」という側面もあるという二面性を認めることが大事だという記述がある。つまり常見さんも、大学生活が就活に「完全」に侵食されることは望ましくないと考えているのだと僕は感じた。確かに学生が勉強したい専門科目の研究が就活に阻害されるなどの状況は問題だが、一方で社会人として働いていく上での心構えを大学在学中に全く養わないのも問題な気がする。「大学は教育機関である」「いや、大学は就活予備校である」という両極端な捉え方ではなく、あるいは「大学は教育機関としての役割が○○パーセント、他方就活予備校としての役割が○○パーセント」という風に数字で表すわけでもなく、ただ両方の役割が入り混じっている機関である・・・という捉え方は大学のあり方を考える上で参考になるかもしれない。


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就活コンサルタントはただのおじさん・おばさんであり、それ以上でもそれ以下でもない

ツイッターを見ていて面白いと感じるのは、採用活動に携わる社会人の本音が浮き彫りになったツイートを見た時である。ちょっと前に、このようなツイートを見つけた(リツイートしたので、詳しくは僕のtwitterを見てみてください)。

今年は新卒採用説明会の先輩社員代表(笑)から逃れることが出来たので感無量です。あれ心臓に悪いです。やりがいとか無いです。


会社説明会では仕事のやりがい等を語っている社員も、内心ではどこか気持ちが乗っていなかったり、就活生のテンションを下げることのないように言葉を選んで発言したりしているのかもしれない。


また、以前このブログでも紹介した「面接ではウソをつけ」という本でも、面接が始まるまでは面接官同士が他愛のない雑談をしていて、いざ面接が始まると言う段階であわてて面接官モードになる・・・という内容の文章が書かれている。皆が皆、「意識の高い面接官」というわけではないのだろう。


たまに就活コンサルタントのブログを読むことがあるけれど、その文章には「採用活動に携わる社会人は皆真剣なんです!あなたたちもしっかりしなさい!」という空気が漂っている感がある。しかし、本当にそうなのだろうか。大体、就活コンサルタントやライターなどはまるで自分達が「社会人代表」かのごとく気取っているけれど、冷静に考えて彼ら・彼女らはただのおじさん・おばさんに過ぎず、それ以上でもそれ以下でもないはずだ。いや、会社員は就活コンサルタントに対して「いや、お前ら学生相手に偉そうに話しているだけじゃないか。お前が社会の厳しさを語るな」とか思っているかもしれない・・・(笑)これは穿った見方だとしても、要は就活コンサルタントの意見が絶対であるはずはなく、彼らと同じように考える社会人もいれば、当然そうでない人もいるということだ。


確かに、就活コンサルタント達の存在意義が無いわけではない。就活を始めたばかりの人は大概、まるで荒波に突き落とされたかのように、そもそも何をどうしたら良いのか分からない状態になっている。そのような人たちの道標としての役割を果たすと言う意味では、就活コンサルタントは就活生の心強い味方だ。


ただ、彼らの指示が万能というわけではない。例えば就活コンサルタントは「入社したら、どのような仕事がしたいのか」ということをしっかりと練り上げることをセミナーの受講生に求めると思う。しかし、そのような指示の信頼性を揺るがすようなエピソードが、リンクを貼らせて頂いている「無能の就活」の中の「人事『ウチに入社したら何がしたい?(はー、学生の知ったかは聞き飽きたよ)』」という記事に書かれている。簡単に言えば、社会人は「働いたこともねェクソガキが、知ったような口で仕事を語るんじゃあねェよ」と思っている・・・ということを主張する記事である。


「無能の就活」の管理人さんと人事のやり取りを引用する。

人事「ウチの会社に入ってどういう仕事したい?」

無能「全然わかりまてん!」

人事「……」

無能「それまさに未知の領域ッス!」

人事「……」

無能「いや、もちろんよく考えました。いろんな社員さんのお話も説明会などで詳しく聞けました。でもやっぱり学生の身分から知れる仕事の情報は少なすぎると思うんです。~大部分中略(詳しくは「無能の就活」の記事本文を読んでいただけたらと。全て引用したらさすがに失礼にあたるので)~正直言ってわかんないですよ、学生には」

人事「……あのね」

無能「……はい」

人事「僕もまったくその通りだと思うよ」


というやり取りを経て、内定まで頂いたらしい。就活コンサルタントが言っていたことはでたらめだったのかという気がしてくる。


ただ、就活コンサルタントを擁護することになるが、「学生なんで、どんな仕事をやりたいかなんか分からないです!」という答えは面接官によっては「いや、ちゃんと答えろよ・・・」と感じる人ももしかしたら居るかもしれない。就活コンサルタントの指示がトンチンカンという話ではなくて、決して万能なものではないということを言いたい。いくら就活コンサルタントから好かれても、彼らが実際に内定を出すことはない。


全ての就活コンサルタントがそうというわけではなくて、むしろ一部だろうけれど、どうも「就活のカリスマ」気取りの社会人が現れてきているような気がしていて、それは気に食わないというのが僕の考えだ。今は亡くなってしまったけれど「絶対内定」の杉村太郎さんや、現在では石渡さんや常見さんとか・・・。彼らの知名度が高いがゆえに覆い隠されがちだけれど、彼らは別に普通の会社員の人より優れているとかそんなことはなく、ただのおっさんに過ぎない。仮に彼らの人を見る目が普通の会社員より優れていたとしても、あるいは採用担当の裏事情に詳しいとしても、実際に面接をして内定を出すのは彼らではなく普通の会社員の方々のはずである。「就活のカリスマ」なんか、そんなもんはいるわけないし、いたとしても大して意味は無い存在だと思っている。


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「会社説明会への参加」をエントリーの必須要件とする企業は、就活生を苦しめている~会社説明会の予約で精神的に追い込まれる就活生~

一般的に企業の選考はエントリーシートの提出や筆記試験で始まることが多い。しかし中には、「会社説明会への参加」を就活生が企業にエントリーするための必須の要件として掲げている企業も少なくない。


倫理憲章上、面接などの選考活動が4月1日から解禁になることは多くの人が知っていると思う。しかし、ここでいう「選考活動」という言葉が意味するものは本当に「面接」だけなのか。この点、経団連の「採用選考に関する企業の倫理憲章の理解を深めるための参考資料」によると、早期開始を自粛すべき「実質的な選考活動」には「当該活動に参加しないと選考のための次のステップに進めないもの」が含まれることになっている。どうやら「当該活動に参加しないと選考のための次のステップに進めないもの」の中には「参加しないと選考に参加できなくなる会社説明会」も含まれそうである。4月1日の前に「参加しないと選考に参加できなくなる会社説明会」を選考プロセスの中に盛り込み、且つ倫理憲章にサインしている企業は倫理憲章違反を犯しているということになりそうだ。そういった企業があったら、ぜひコメント欄で教えてください(笑)


以上の解釈が正しければ、そもそも(倫理憲章にサインしている)企業が4月1日以前に「参加しないと選考に参加できなくなる会社説明会」を開くことすらおかしいことになる。しかし現実として、そのような説明会は多くの企業により開かれており、それに参加しないと就活生はエントリーの権利を手に入れられなくなってしまう。ゆえに、就活生は「説明会の予約をいかに他の人より早く済ませるか」ということを意識せざるをえなくなる。


余談だが、本屋で大人気となっている「自分のアタマで考えよう」の著者である人気ブロガー「ちきりん」さんは「採用慣行に混乱あれ!」という記事で、就活生が企業の説明会を予約しようとする様を「アホみたいな『説明会申し込み画面クリック大作戦』」と称している。そのアホな作戦を就活生に課しているのは他ならぬ企業、ちきりんさんの世代の大人の方々なんだけれど・・・。それでも、社会人はスマホとにらめっこしている就活生を「こいつら痛いなー」と思っているんですかね。一体どこまで調子に乗れば気が済むんだ。


しかし、このような「アホみたいな『説明会申し込み画面クリック大作戦』」が起こる大きな理由の一つは、多くの企業が「会社説明会への参加」を就活生が企業にエントリーするための必須の要件として掲げているからだと僕は思っている。やはり、その説明会に参加できなくなることでエントリーすらできなくなってしまうわけだから、それはパソコン・スマホにかじり付くに決まっている。


当たり前だが、説明会への参加が選考に参加するための必須の要件になっている企業だと、説明会の予約をきちんとできるか否かが鍵となる。よく「説明会の予約が取れなくても、直前にキャンセルをする人はいるので、会場に行けば何とかなる」という人がいるけれど、説明会への参加を必須とする企業の選考に参加したい就活生にとっては、単に説明会に参加できるだけでは物足りない。当たり前だが、選考に参加する権利をも獲得できないと意味が無い。マイページを通じて説明会の予約が出来た人が選考に参加する権利を得るのは明らかだが、マイページを通じての予約が出来ずドタ参した人も同じく選考に参加する権利を得られるのかどうかは、かなり疑問の余地がある。採用担当者が「え、あなたのマイページを見ると説明会に参加されていないようなんですが・・・」とか言い出すかもしれないし。このような危険性を考えると、就活生が説明会の予約をとるために必死になるのも理解できるだろう。


この点、企業は「何日の何時から説明会の予約が出来るのか」ということを明示することは少なく、ある時突然就活生に対して「予約が出来るようになりました」とのメールが送る。時間帯としては、講義中、あるいはこの時期だとテストの最中に説明会の予約をスタートさせたりすることも珍しくない(人事の勤務時間中に仕事を済ませるためかもしれない)。遊んでたから予約が取れなかったのならともかく、仮に講義に出ていたから説明会の予約が取れなかったなんて事態が起きたら、そんな馬鹿な話は無い。


任意参加の説明会だったら「別に出なくても良いか」と気持ちを切り替えられるかもしれないけれど、「参加必須の説明会」の予約を逃したときの苦しさはかなりのものだ。学生がテストをサボることはさすがにないと思うが、いつでも説明会の予約が出来るように講義をサボること、あるいは講義中にスマホをいじくることを余儀なくされることは十分に考えられる。就活において「学業阻害」の話になる際には「企業の採用活動の開始時期」についての議論になることが多いけれど、説明会への参加を必須とする企業が大学の講義中・テスト中に説明会の予約をスタートさせるなどの振る舞いも「学業阻害」と見なすべきではないか。


また、いつ説明会の予約が可能になるかが分からないため、就活生は外出中も気が落ち着かない。説明会の予約を確実にするためにスマホに買い換えることを余儀なくされた就活生もいるのではないか。企業からのメールは届くけれど、予約は出来ませんでした・・・では全く話にならないわけで。また、スマホに変えても、最近のドコモのように通信障害が起きたら企業からの連絡を受け取れないという可能性もある。そんなことで第一志望の企業の選考に参加できなくなるとか、就活生からしたらたまったものではない。


以上のような問題は、会社説明会が選考に参加するための必須の要件になっている場合があるからこそ引き起こされているのではと思っている。そもそも何のために企業が説明会を開くのかといえば企業研究の機会を作るため。逆に言えば、就活生が説明会に参加していなくても、OB訪問などを通じて企業研究を進めていればそれで十分なはずなので、どうも「参加が必須の説明会」を選考プロセスの一環として課す企業の姿勢は、就活生を大いに苦しめる割にはメリットに乏しいような気がする。上に記したように、このようなタイプの説明会のせいで就活生は相当精神的に削られている。そして、そもそも倫理憲章違反の疑いも強い(笑)企業には、こうした採用活動のやり方を一度見直して欲しく思う。

※この記事はコメント欄のご指摘を受けて、一部加筆・修正しました。


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「手書きの履歴書・エントリーシートはおかしい」と言う声を広めるべきだ

早いもので、今年も徐々にエントリーシートの締切などが発表されていたり、締切間近の企業もあったりする。中には「手書き」でエントリーシートを書き上げることを課すクソ企業も多いようだ。エントリーシートは全てwebで書き上げるという形でよいじゃないかという考えを持つ僕からすれば、このような企業の姿勢は腹立たしい。


この段階で手書きのエントリーシートを課す企業は、かなり残酷だと思う。今年に関しては、原則として企業の採用活動は12月に始まったわけだし、それに加えて1月の中旬~下旬は学生には大学のテストがあったりした。つまり、1月下旬現在も「もっと多くの企業の説明会に参加したい」と考えている就活生が多いことは想像がつく。そのような時期に就活生が同時並行で手書きでエントリーシートを書き上げることを余儀なくされたならば、「視野を広げるために参加したい!」と考え参加を予定していた説明会に参加しにくくなる可能性もある。勿論、就活生がタイムマネジメントをしっかりすることも重要にはなるけれど、それでも時間は有限なので・・・。


就活生に手書きのエントリーシートを課す採用担当者は説明会にて「この会社だけでなく、色々な企業を見てくださいね」と優しく就活生に語りかける癖に、実際には「手書きのエントリーシートだと時間がとられて、他の企業の説明会に参加しにくくなる?いやいや、本当にうちの会社に入りたいなら手書きででもエントリーシート書けるでしょ?さっさと書け」というようなメッセージを就活生にぶつけている。これでよく「社会人」を名乗っているなと常々思っている。自分の会社に応募してきた学生すら苦しめてるくせに「社会のために頑張って働いてます!」というような善人面はしないでいただきたい。



このブログでも何回か手書きエントリーシートの非効率さ、就活生にかける負担の重さを指摘してきた(「手書きのエントリーシート」なんていらないバカ採用担当者「履歴書は手書きが好印象」)。そもそも書き上げるのにも時間が掛かる上に、「あと1行で全て書き終える・・・!」という段階で間違えてしまったときの空しさ、苦しみは就活生にしか分からない。就活生が抱えているストレスは「内定をもらえるか否か」という分かりやすい次元のものばかりではないということは、もっと「常識」として広まって欲しい。


「手書きのエントリーシート」に反対していくためには、手書きのエントリーシートを就活生に課すことの合理性の無さを指摘していくことが一つの方法だ。ただ、それ以前に、そもそも「手書きのエントリーシートを課す企業の振る舞いに対して文句を言っても良いんだ」という意識を各人が持ってよいということを確認しなければならないと考えている。


もし「忙しい時間の合間を見つけて手書きでエントリーシートを書かないといけないのは非効率な気がするけど、就活ってそういうものなのかな・・・」と思ってしまえば、企業が就活生に対してやりたい放題やる構図はいつまで経っても変わらない。「おかしい」ものは「おかしい」と言ってよいと思う。前回の記事で紹介した「海外ニート」さんが「仕事なんてクソだろ?」という言葉で「仕事」に関わる慣習を相対化したように、「手書きのエントリーシートなんてクソだろ?」という考えが生まれてきても良い。


中には「企業の説明会に参加しながら、同時に手書きのエントリーシートを書き上げることは出来る。出来ないのは努力が足りないからだ」という人もいるかもしれない。そのような意見は否定しないし、現実として多くの企業が手書きエントリーシートを課している以上は就活生もそれに取り組まなければならない。「私はこの会社への入社を志望しますが、手書きのエントリーシートはおかしいと思うので、それには取り組みません」という意見は通るわけが無い。


ただ、努力をすれば「説明会への参加」と「手書きのエントリーシートを書き上げること」の両立はできるという意見は、「手書きのエントリーシート」の非効率性を指摘することを妨げないと僕は思う。これを他の人がどう感じるかは分からないけれど、僕はこれからも企業が「手書きのエントリーシート」を就活生に課すことに反対していくつもりだ。


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海外ニートさんの「仕事なんてクソだろ?job is shit!」という言葉を忘れないでいたい

ニート&パチプロ(職歴なし男28歳)から海外留学、海外就職、シンガポールにて日系から外資系に転職。そんなキャリアを歩んできた人が書いていたブログが嘗てあった。その名も「ニートの海外就職日記」。実際に海外の会社で働いた経験から、日本の労働環境が如何に歪んでいるのかを鋭い切り口で語っていた、大変面白いブログであった。残念ながら、現在ブログは閉鎖されている。


この記事のタイトルにある「仕事なんてクソだろ?」「job is shit!」は、まさしく海外ニートさんの口癖であった。海外ニートさんの仕事観はかなり偏っており、

基本的に大抵の仕事ってクソなんだよな。もうこれは否定のしようがない。日本で働こうが海外で働こうが、日系だろうが外資だろうがクソはクソ。仕事の性質そのものが楽しめる仕事なんてまあ滅多にないだろ? 


なんて言ってしまう(http://ameblo.jp/anti-capitalism/entry-10473267341.html参照)。さすがにそれは言いすぎなのではないかと僕は思っている(笑)


ただ、日本と海外の労働環境の違いについては、少々極論に走っている感はあるとはいえ、無視できないことを指摘していると思う(これも、http://ameblo.jp/anti-capitalism/entry-10473267341.html参照)。

日本の典型的なクソ会社と海外の会社で何か違う点があるとすれば、それは「仕事そのもの以外」の部分だと思う。日本ではクソ仕事はクソ労働環境で行われる。長時間労働で、ろくに休みも取れず、度々怒鳴られながら、プレッシャー下に置かれ、ストレスで追い込まれながら、数々の理不尽にひたすら耐えて、「我慢料」という名の給料を貰うのが日本流。
俺が思うに、海外では仕事そのものはクソだって認識する事から始まってると思う。仕事はクソだ。それはしょうがない。じゃあ、どうすればそのクソと少しでも快適に付き合って行けるのか?って感じ。だからこそせめて社員が気持ち良くクソ仕事をできるようにと、仕事は定時キッカリで終わりにして、有給などの休みもしっかり与えて、(勤務時間内で)気分転換のイベントを行ったりして「クソな事をなるべくクソだと思わずに社員が気分良く働けるようにする企業努力」をしているんだと思う。


海外から見て日本の労働環境、あるいは人生における「労働」というものの位置づけが異常であるということは、例えば「日本人を苦しめる『仕事は家族より優先』という異常な発想」という記事でも指摘されている。このような記事をわざわざ紹介しなくとも、外国人の友達を持つ人なら「日本人は何であんなに働くんだい?」というようなことを一度は言われたことがあるかもしれない。


一方、日本で就職活動をしていると「仕事を通じて自己実現!」「御社で仕事に打ち込めるなら、何日か徹夜でも大丈夫です!」というように、企業そのもの、あるいは「仕事」への忠誠心をしっかりと持つことが求められる。それだけなら良いのだけれど、平野稔さん著の「あなたが就職試験に受からない理由」という本には「年次休暇」「育児休暇」のことについて聞くな!と書かれていたりする。平野さんの意見は若干大げさかもしれないけれど、何となく説明会の場で「福利厚生」について聞くことは望ましくない・・・という「空気」があることは否定できない。あくまで就活生は、自分が会社にどのような貢献が出来るのか、いかにその会社で働きたいのかということをアピールすることに専念しなければならない。少なくとも、「残業したくないんですけど、大丈夫ですよね?」なんてことを言ったら、面接では即アウトだろう。会社にもよるだろうが、会社という組織に入ることは「長時間労働」に服することを承認することと同義といっても、決して言い過ぎではない気がする。


「働きすぎ」「長時間労働」という言葉を耳にすると、「会社という組織が醸し出す圧力が、人を労働に服させる」ということをイメージされる人が多いと思う。それは正しいと思うのだが、本田由紀先生の「軋む社会」という本では「有限会社てっぺん」という会社を取り上げ、サークル的・カルト的な「ノリ」の中で、自分の「夢」や「成長」を目指して、結局は働きすぎに巻き込まれるケースが紹介されている。別のケースを挙げれば、リクルート系のベンチャー企業なんかは、説明会のムービーで就活生を感動させて「この会社なら長時間働いても大丈夫!」というイメージを植え付けにかかっているような印象がある。社会学者の阿部真大さんの言葉を借りれば、これは「自己実現系ワーカホリック」につながり得る。


なお、有限会社てっぺんの動画がありました。



勿論、人生を仕事に賭けるという選択肢は決して非難されるべきものじゃない。しかし僕は、「仕事よりも優先したいものがある」という考えも同じか、あるいはそれ以上に尊重されるべきだと思っている。少なくとも、仕事が原因で健康を害する、あるいは命を落とすなんて、そんな馬鹿なことはあってはならないと感じている。今はもう消去されてしまったけれど、僕は海外ニートさんの「自分、もしくは家族の健康にも優先する仕事なんてこの世に一つもない」というタイトルの記事が今でも印象に残っている。


誤解しないで欲しいが、僕は「有限会社てっぺん」を馬鹿にしているわけでもなければ、「夢」を語る就活生を馬鹿にしているわけでもない。ただ、日本人の気質的に日本人の「労働」への打ち込み度合いが徹底すれば徹底するほど、それについて来れない人への風当たりが強くなると思うのだ。「自分は、皆は頑張っているのに、何でお前は頑張らないんだ」というセリフは、サークルなどでも耳にすることもあるだろう。


あるいは、例えば飲食店に入ったときに店員に対して「お前は従業員。私は客なんだから、もっとしっかりと仕事をしろ」というように、自分の会社外の労働者に対する要求も高くなるかもしれない。そして、要求された従業員はストレスを溜める。「庶民」という言い方は失礼かもしれないが(僕は間違いなく「庶民」です!笑)、日本は「庶民」が「庶民」のクビを絞めあう傾向が強い社会だと思う。こんなにも経営者達にとって楽な状況は無い。


僕は海外ニートさんと違って、全ての仕事が例外なくクソとまでは思わない。ただ、仕事は素晴らしいものだからといって、「サービス残業」「過労死」なんて事態は引き起こしてはいけないし、労働者を苦しめるモンスターカスタマーなんていうのも現れてはいけないと思っている。こうして文字化すると当たり前のことを書いているだけだということを改めて実感するのだが、日本では「仕事」という営みが社会の中で実に面倒なポジションを掴んでおり、「仕事のためなら、いくらでも自分を犠牲にする」「お客様の要求には、従業員は全て従え」というような価値観がまかり通る。


現在の日本の就活では、殆ど「仕事」の素晴らしさ「のみ」が就活生に伝えられる。でも、少し冷静になれば分かるが、日本における「仕事」は時には人を死に追い込むことがある。そして、自明のことだが「仕事」ごときが人の命を奪う力を持ってはいけない(まぁ、仕事じゃなくても人の命を奪ってはいけませんが)。このことを確認するために、要は「仕事」という営みを相対化する視点を持つために、海外ニートさんの「仕事なんてクソだろ?job is shit!」という言葉は非常に大きな役割を果たす。


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就職氷河期 サイコー!・・・なのか?~「ちきりん」さんはうざいけれど、参考になる点もある~

少し前に今春卒業予定の大学生の就職内定率(昨年12月1日時点)が71.9%で、過去2番目に低い数値であると言う報道がなされた(大卒内定率71.9% 北海道・東北は前年比減)。


「雇用」は各々の衣食住を成り立たせるための核となるもの。加えて、仕事に就くことで人は他者とのつながりを得られる側面があるわけだが、逆に言えば仕事を得られないことで他者とのつながりをも得られず、精神的にも追い詰められることとなる。このブログではこれまであまり触れてこなかったけれど、「就職難」は数多くある問題の中でも「最優先で」解決しなければならない問題の一つだろう。


ところが、違った見方をする人もいる。要は、就職氷河期を「サイコー!」と評する人もいるのだ(就職氷河期 サイコー!)。その名は、「ちきりん」。人気ブロガーであり、最近では「自分のアタマで考えよう」という本を出している。


ちきりんさん曰く(ちきりんさんは「就職氷河期 サイコー!」という記事への補足として「実はひとつだけ“思ってもないこと”を書いてます。それ以外は全部マジです」と書いているので、下の記述も、もしかしたらちきりんさんの本心ではないものが混じっています)

「雇ってもらえる限り、みんな大企業に行くでしょ。今更大企業に行ってもしょうがないのに・・・。でも氷河期がやってくれば、行きたくても行けない人が続出する。就職氷河期により『雇ってもらう』」ことをあきらめ、起業する若者が増える!おー、すばらしい!!」

「(就職氷河期が続けば)当面、若者はどんどん貧乏になるから、高い家賃が払えなくなっていやおうなくシェアハウスに住む人も多くなる。子供の頃から個室が当たり前で育った僕ちゃんは、このままではアジアでなんて絶対働けない。でもお金がなくなるとそうはいかない。いやでも住む場所を他人とシェアすることになる。すると、性格がおおざっぱになり、雑多な環境にも慣れる。そう、インドや中国でぐちゃぐちゃになりながら働くのに適した性格の人がいつのまにか増えるのだ!お~!! 日本、明るい!!!」

「おぉ、こんな視点もあったのか!」と思った人もいれば、「馬鹿丸出しですね」と思った人もいるでしょう。ちなみに僕は、「ちきりんさんってただの馬鹿じゃないか」と結論付けたいのを「いや、気に食わない意見も一度は受け入れなければ・・・」「馬鹿なのは、ちきりんさんの本当の意図を読みきれていない僕の方に違いない・・・」という自制心をもって抑えています(笑)


これは内定を取れなかった人に限ることではないけれど、大手企業からの内定をもらった人も含めて、就活生のうちどのくらいが「自分の力でお金を稼ぐ能力」を備えているのだろうか。その中でまだ「利益を出せそう(あくまで出せる人ではなく出せ「そう」な人)」が競争率の高い大手企業の内定をもらっているのだろうし、中には「俺は実力があるから、努力をしたから内定をもらえたんだ!」と息巻く人もいるかもしれないけれど、そういう人も会社に入ったら会社が提供する研修を「じっくり」と受けるわけで。「俺には実力がある!」と就活生に自慢している内定者は、就活生に対してではなく、ぜひ会社の人に「私には実力があります。なので、私の研修にお金をかける必要はありません。すぐに一人前の仕事をしてみせます!」とでも言って欲しいですね。


でも、多分「会社の決まり」という要素を置いておいても、内定者にはそれは出来ない。日本の大きな問題点の一つだけれど、ほとんどの若者(大学新卒者)は、仕事を遂行する上で必要な具体的なスキルや知識を身につけることなく社会に放り出される。これには、社会人も文句は言えないはずだ。自分達だって会社に丁寧に育ててもらったことで現在の自分を形成してきたのだから。


ひろゆきは「若者に起業を勧める嘘つきな大人たち」という記事で起業を薦める大人を否定する。

「不況で就職出来ないなら、起業すればいい。」みたいな文章を見かけることがありますが、こういうことを言う人は嘘つきか、バカか、無責任な人だと思うのですよ。

そもそも、社会人経験も資本金も無い人が、商品を作って、広報をして、売り上げをあげて、、、みたいなことをするのは、かなり難しいのですね。

10年前のIT業界みたいに、需要はあるけど、業者がそこまで多くないという時代であれば、ITの知識はあるけど、商売に関しては、よく知らないという若者でも、仕事が降ってきたので、なんとかなったと思います。

しかし、現在は、ITの知識もあって、商売の知識もあるという会社はごろごろしています。しかも、知識も経験もある会社でも仕事が無くて困ってたりするので、素人がいきなり参入しても失敗する確率はかなり高いです。

確かに「起業」という選択肢は実現不可能なものではない。しかし、相当に厳しい選択肢であり「起業っていう選択肢もあるじゃん!」という風に気軽に進める人は相当おかしい。ただ普通に考えて、ちきりんさんも起業の困難さ・リスクについて知らないわけがない。「起業にリスクなんかあるわけないじゃーん!」と考える人が「自分のアタマで考えよう」という本を出しているなら、それはほとんど「ギャグ」の域だ。


ちきりんさんは「中途半端に変わる必要はないです。そのままどうぞ!」というエントリーで書いているように「(国の制度ではなく)個人が変わること」の重要性を訴えたがる傾向がある。個人的にはちきりんさんの文章を読む限り、ここでいう「個人」とは「若者」のみを指し、「中高年」を指していないように見えることが気に食わない(穿った見方をすれば「私達大人は何もしないけど、若者さんは頑張って!そんじゃーねー!」というニュアンスを感じる)。ただ、確かに「閉塞感」を問題視する若者が多いような気がする割には、その「閉塞感」に満ち溢れている世界に望んで入ろうとする姿勢が見られることは否定できず、それはおかしい気がする。なんだかんだで、みんな「変化」の重要性を認識しつつも、実際に自分の生き方を「変化」させることは少ない。「学生時代、海外回って人生観広げてきました!」という人も、最終的に「大手企業」への入社を決めたりすることは珍しくない。


ちきりんさんの「就職氷河期 サイコー!」という記事のタイトルにも、文章のトーンにもムカつくし(釣りかもしれませんが。気になる人はちきりんさんの記事全文を読んでみてください。多分、少なからず「うざい」と感じるとは思います笑)、本文も非常に無責任なところがある。若者に「起業」を薦めるという方向性は妥当性が無いと感じるが、若者が長年理想とされてきた生き方を踏襲すること(新卒で大手企業に入社して定年まで勤める)で、既得権益にしがみつくおっさんを助け、且つ自分も権益を得ようとする姿勢があるのではないか・・・ということは一度自問自答してみる価値はあるのではないかと感じた。


「就職氷河期 サイコー!」というちきりんさんはうざいけれど、個人の生き方が知らず知らずのうちに「社会の常識」に基づいて決定されている可能性については危機感を持つべきだという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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会社説明会は、極力「動画配信」にするべきだ

就活の栞というサイトに、常見陽平さんの「経団連会長、本当に『このぐらい忙しくてもいい』ですか?まず、1月の修羅場を乗り切ろう」という記事が載っている。


僕も自分のブログ記事で取り上げたけれど(経団連・米倉会長 「就活は、これくらい忙しくて当たり前!」・・・何言ってるんだ、この人 )、経団連の米倉会長は今年の大学3年生の就活について「このぐらい忙しくてもよい」という見解を示している。企業の広報活動が2ヶ月後ろ倒しとなりながらも選考開始時期は変わっていないという「就活の短期集中化」により、就活生にかかる負担は例年より重くなっているにも関わらず・・・。米倉会長が今の就活生に混じって就活をしたら倒れちゃうんじゃないか。


冒頭に紹介した常見さんの記事は、「テストと就活の両立をどうするか?」という問題提起をしている。当たり前だが、学生は1月や2月は大学のテストやレポートで忙しいに決まっている。中には「それまで単位をとってこなかった奴が悪い!自業自得だ!」という人も居るかもしれないけれど、大学によっては履修制限があって、フル単を続けてきても大学3年の後期時点で卒業に必要な単位を全て取得できないという場合もある。自分の成功例を安易に普遍化するのは良くない。


常見さんの記事の結論としては、「就活生はタイムマネジメントを意識しなさい」というもの。実のところ記事の終盤になるにつれて「結局記事を通して、何が言いたかったの?」という疑問を浮かべざるを得ないくらい要領を得ない文章になっているのだが、タイムマネジメントの重要性について語っていることは間違いない。「就活の栞」というサイトの特性からか、経団連を非難すると言うよりは、就活生がどのような心構えを持っているべきかという内容の記事になっている。正直、肝心なところは非難しないんだなという印象を受けたが。


今回の倫理憲章の変更が無茶苦茶なのは言うまでも無い。確かに、就活生にもタイムマネジメント能力が求められるのは当然だ。また原則として、就活に臨む条件は皆同じである以上、倫理憲章の変更を理由に内定がとれなかったという訴えは妥当ではない(ただ例外の一つとして、地方の学生は説明会に参加するために要する移動時間が他の学生よりかかるという要素があり、この点は平等とは言い難い)。しかし、企業側も就活生が服する時間的・地理的制約に配慮した形で採用活動を進めることが望ましいのではないか。


その一例が、2つ前の記事で「モコ」さんが指摘してくださった「会社説明会の動画配信」という取り組みだ。既に取り組んでいる企業も多くあるだろうが、もっとこうした取り組みが普通になればよいと思っている。


正直、なんで「会社説明会」をどこかの会場を利用して行うのかがあまり分からない。会社説明会の流れなんて、大概「オープニングムービー→会社紹介→事業紹介→社員の仕事紹介(ムービーで)→質疑応答→今後の流れ」というもの。勿論、各就活生の心構え次第で得るものは沢山あるのは否定しないが、その情報を得るために説明会の約2時間+移動時間が掛かるのは少々割に合わない気がする。「なら、行かなきゃ良いじゃん」という声が飛んできそうだけれど、会社説明会は殆どの時間、採用担当者のプレゼンが占める。それだったら、エントリーした各就活生が持つマイページで動画配信をした方が、就活生も好きな時間に好きなだけ見れるわけだから、大いに助かるのではないかと思っている。説明会の参加のために移動時間を必要とするであろう、地方の学生は特に。


就活生と社員が対面する場においては、人事のつまらないプレゼンに時間を割くのではなく、常に「質疑応答を中心とした座談会」のような形にした方が、就活生・企業(社員)双方にとって有意義且つ純粋に楽しいのではないかと思う。その場で、会社説明の動画を見て抱いた疑問なども発することも出来る。特に地方の学生が会社説明会に参加するために何時間もかけて会場にやってきて、そこで聞けた話がパンフレットと書いてあることと殆ど変わらなかったら、どう考えてもショックじゃないか。その点、座談会形式だったら、参加した社員の方がよほど酷くない限り、あるいは就活生が自分で質問をきちんと考えている限り、そこそこ有意義な場になる。


言い方は悪いが、社員の方々も、就活生も「時間を割いて」会場にやってきて会社説明会に参加する。現状の会社説明会が果たしてその時間を割くだけの価値を有しているのか。仮に価値があるとしても、他にもっと有意義な形で採用活動を進めることは出来ないのか。そういう検証が必要だと思う。


今回記事で取り上げた「会社説明会の動画配信」のコストがどのくらい掛かるのかは正直分からない。ただ、企業がCSRの一環として就活生が服する時間的・地理的制約に配慮した形で採用活動を進めることには、一定の意味があるのではないかと思う。純粋に就活生のためになるだけではなくて、企業のイメージアップにつなげられる可能性もある。「自分達は選ぶ側だから、やりたいように採用活動をやる!」という企業が多い中で、就活生への配慮を意識した企業が出てくれば、その企業は他社との差別化を図ることが出来るかもしれない。


企業はCSRの一環として、会社説明会を極力「動画配信」にするなどして、就活生の負担に配慮した採用活動を行うべきだという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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就活生組合と石渡嶺司さんの考えには共通点がある・・・?~就活生と有識者の連携が重要だ~

結局、「就活ぶっこわせデモ」×岡田斗司夫さんの対談を見ることは出来なかった。デモ側がかなり岡田さんにやられていたというのはどこかで目にしたけれど、多分岡田さんの批判は就活デモをつぶすためのものというよりは、就活デモ(就活生組合)の主張の穴を指摘することでデモ等の活動の実効性を高めるためのものだと想像しているので、きっと互いにとって有意義な対談だったのであろうと信じる。


就活ぶっこわせデモは岡田さんとの対談をもって解散したらしいけれど、就活生組合という、就活ぶっこわせデモのメンバーが中心となって出来た組織は今後も活動をしていくようなので、その継続性が彼らの活動に説得力を付与することを願う。


「就活ぶっこわせデモ」が著名人と対談をすることになるとは、正直全く想像していなかった。しかも、その対談の相手が岡田斗司夫さんだということにも驚いた。岡田さんがそんなに日本の就活の問題について関心を持っていたのかという思いもあるが、対談が実現するにしても、その対談の相手は以前から就活のあり方について警鐘を鳴らしている人だと想像していたのだ。例えば、石渡嶺司さんや常見陽平さん等が対談の相手になり得るだろうと思っていた。


2人は、既存の就活の中でいかに内定をとるのかというノウハウ・考え方も著書などで発表しているが、他の就活コンサルタントとは異なり、現在の就職活動のおかしさについても意見を述べている。このことから、むしろ、なぜ2人は就活ぶっこわせデモや就活生組合のことについて殆ど言及しないのかを不思議に思う。さすがに、これらの活動を知らないということは無いはずなのだが・・・。確か石渡さんはツイッターで「就活ぶっこわせデモ」については「相手にする価値が無い」というように言っていた気がするのだけれど、多分常見さんは就活ぶっこわせデモや就活生組合を完全にスルーしているので・・・。


「就活を変えたい!」という二人が「現在の就活はおかしい!」という組織・活動と接点を持とうとしないことは少々不思議だけれど、あるページを見て、少なくとも石渡さんと就活生組合の間では部分的に考えに共通点があるのではないかと感じた。具体的には、現在の就活を法的に規制するべきなのではないかという点で主張の一致が見られる。


一昨年の10月に、石渡嶺司さんと(ジョブウェブ社長の)佐藤孝治さんが「”働く”とは何か~これからの就活の話をしよう~」というテーマで対談を行っており、その対談全文もネットで公開されている(石渡嶺司氏×佐藤孝治対談の全文)。また、佐藤さんが石渡さんの主張を抜き出してくださっているので、それを一部引用する(主張の要約全文は、なぜ、石渡嶺司氏×佐藤孝治対談は噛み合ないのか?に掲載されている)。

採用活動を規制する法律がないために選考のタイミングが早期化している。

・就職情報会社は就職活動を早期化長期化させ、学生を就職活動で振り回し、学業の邪魔をし、大学生活を阻害をすることによって利益を上げている。

・総合商社や一部の企業が採用時期を遅くしようとしているが、一部の企業だけが、後ろにずらしたところで、根本的な解決には繋がらず、就職活動の長期化が進むだけだ。

・就職活動の早期化長期化という現実に対して、文部科学省、厚生労働省、採用業界、企業関係者など誰も責任をとろうとしていない。

・大学3年生の後半のタイミングまで学生と企業は接点を持つべきではない。

就職活動、インターンシップを含めて、法律を作り、学生を保護しなくてはいけない。

・ただの会社説明会である一日インターンシップは就活の時期に実施すれば充分である。学生にとって貴重な時間である、3年生の夏休み、学期期間中に平日に実施するべきではない。


石渡さんは、さすがに就活生組合の就職活動基本法(全文はhttp://www.shukatsu-union.org/about/kihonho.html)の規定全てに賛成することはないと思うけれど、企業・就職情報会社の動きを法律で規制して学生を保護しようという方向性は、就活生組合に通じる所がある。


就活生組合からすれば、自分達の活動を石渡さんに取り上げてもらうことで知名度を高められるだろうし、石渡さんからしても、(いやらしい話だけれど)就活生組合の活動は記事の「ネタ」になり得る。もしかすると、連携する余地はあるのかもしれないと勝手に感じた。繰り返しになるが、常見さんは就活生組合を完全にスルーしているので、現時点では連携は難しい。


「就職活動はおかしい」という人が複数いたとしても、それぞれが同じ画をイメージしているとは限らない。それだけ、「就職活動はおかしい」という言葉には多義性がある。ただ、「就職活動がおかしいと言っていれば、お金が入ってくるぞ・・・。どんどん、おかしくなってしまえ・・・」と就活生の苦しみを金儲けの手段に利用しようとするコンサルタント・ライター等は無視すればよいとしても、「就職活動はおかしい」という思い自体は複数の人が共通して抱いているのに、些細な主張・方向性の違いで対立・無視が起こるとしたらそれは勿体無い。


声を束ねる必要性を考えるのは、今まで就職活動のあり方に警鐘を鳴らす本がいくつか出てきても、結局は殆ど何も変わっていないじゃないかという思いがあるからだ。僕の本棚には石渡さん著の「就活のバカヤロー」、常見陽平さん著の「くたばれ!就職氷河期」、辻太一朗さんの「就活革命」、豊田義博さんの「就活エリートの迷走」、佐藤孝治さんの「<就活>廃止論」、樋口弘和さんの「新入社員はなぜ期待はずれなのか?」等の、現在の就職活動の問題点について触れた本が並んでいる。それぞれの本は、決しておかしなことは言っていないけれど、これらの本、あるいはこれらの著書の活動によって、現在の就職活動のあり方が何か改善したのか?という思いがある。勿論僕が知らないだけかもしれないけれど、現実には、むしろどんどん就活生を苦しめるだけの方向に動いているような気がする。


就活の問題点は、何も有識者だけが語ってよいというわけじゃない。例えば就活生組合のような団体は、現実に就活のどのような点に苦しんでいるかということを自分の肌で感じているわけだし、且つデモなどの活動を行えるなど有識者達には無い行動力も備わっている。その一方で主張に稚拙な点があるのだろうが(企業側の視点が無いなど)、そこは有識者の人たちが補っても良いのではないか。就活生と有識者の考える「就職活動のおかしさ」にはズレはあるのだろうけれど、共通して「おかしい」という考える点については連携して経済界に訴える視点もあってよいのではないかと思う。


就活の問題点を訴えるにあたっては、就活生と有識者の連携が重要になるという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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就活による「学業阻害」とは、具体的にどのような状況を意味しているのか?

リクルートエージェントの「5分で読める採用の達人」というページに、「就活後ろ倒しの是非を考える」という記事が掲載された。具体的には、「企業の広報活動の開始=大学3年の10月1日以降、面接等の選考活動開始=大学4年の4月1日以降」から、選考開始時期は従来と変わらないまま、広報活動の開始時期が12月1日と2ヶ月後ろ倒しになった、経団連の倫理憲章の変更について書かれている。


今年、企業の採用活動が2ヶ月遅らされた趣旨は「学生の本分である学業に専念する十分な時間を確保する」というものだった。この考えの前提として、従来の、企業の広報活動が大学3年の10月に始まるという状況は、学生の勉強する時間を阻害するという現状認識が経団連の中であったのだろう。これに関して、すっかり就活コメンテーターと化している感のある石渡嶺司さんと常見陽平さん(なんで、いつもこの2人の意見ばかり取り上げられるんだろう・・・)が、そもそも「学業阻害」が本当にあったのかどうかという点について、それぞれ意見を発している。


ここで重要なのは、石渡さん・常見さんの意見そのものではない。「就活による学業阻害」という言葉の定義が人それぞれで違うかもしれないということを、石渡さんと常見さんの現状認識の違いから確認することこそが重要である。


「就活による学業阻害」という言葉をオーソドックスに定義しているのは石渡さんの方だと僕は感じた。石渡さんは記事の中で以下のように述べる。

以前は10月から、平日に会社説明会を開催する企業が結構あり、明らかに学業を阻害していたと思います。今回、夏休み中の実施が多かった1日インターンシップも禁止の対象になりましたが(筆者注:インターンシップは5日間以上かつ説明会ではなく実務型に限る、とされた)、これもよかったと私は思っています。というのも、インターンシップといっても名ばかりで、会社説明会同然のものが多かったからです。3年の夏休みはゼミ活動にとって重要な時期なのですが、インターンシップの準備や実際の参加によって、ゼミ活動に支障が出た学生も多かったようですから

石渡さんの考える「就活による学業阻害」とは、「授業が行われているorゼミなどの活動が行われている可能性が高い時間帯・期間に、企業が広報活動を行うこと」と称することが可能だろう。これは、就活デモが考える「就活による学業阻害」ともほぼ一致するのではないか。僕自身も「就活により学業が阻害される」というフレーズを用いる時はこのような意味で使っていた。


一方で、常見さんの意見は若干異なる。常見さんは記事で以下のように述べる。

「学業阻害論は感情論ではないか」(中略)「就職ナビサイトをチェックし、説明会にいくつか出かけることがなぜ学業阻害になるのか、よく分かりません。逆に、広報活動開始前であっても、就活のことが頭から離れず何も手につかないという学生がいたら、立派な学業阻害になっています。

最初は何を言っているのかよく分からなかったけれど、ツイッターにて、前半部分は「授業の合間に説明会を予約したり、行ったりすることが何故学業負担になるのが分からない」という意味、後半は「就活の後ろ倒し(企業の広報活動が10月→12月になったこと)によって学生が行き場のない不安に駆られ、学業が手につかなかったら、それは立派な学業阻害だ」という意味では?・・・と教えてくださった方がいた。僕も、確かにその通りかもしれないと感じた。教えてくださった方、有難うございました。


常見さんの発言を読むと『企業説明会に参加するかしないかは、自分の予定に合わせてコントロールできる。だから、授業が行われている可能性が高い時間帯に企業が広報活動を行っていても、その事実をもって「就活による学業阻害」とは見なせない』というように考えていると思われる。もし僕の解釈が正しければ、常見さんは石渡さんが言う「就活による学業阻害=授業が行われているorゼミなどの活動が行われている可能性が高い時間帯・期間に、企業が広報活動を行うこと」という定義付けには賛成しないことになる。


また、常見さんは石渡さんが述べていない要素を一つ挙げている。それは、「広報活動開始前であっても、就活のことが頭から離れず何も手につかないという学生がいたら、立派な学業阻害になる」という部分。この発言によると、就活のことが頭から離れないか否かは個人の問題の訳だから、同じ学年の就活生でも、ある人は学業が阻害されていて、また別の人は学業が阻害されていない・・・という状況が成立することになる。それとも、多くの学生が就活に不安を抱く蓋然性が高い状況になっていれば、全ての学生の学業が就活により阻害されていることになるのだろうか。そして、「多くの学生が就活に不安を抱く蓋然性が高い状況」とは一体どのような状況なのか?突き詰めて考えると、よく分からない。


ただ、あくまで今日の記事で大事なのは「就活による学業阻害」という定義は一つではないかもしれないということ。正直、「就活による学業阻害」と言う言葉を、石渡さんの言うような「授業が行われているorゼミなどの活動が行われている可能性が高い時間帯・期間に、企業が広報活動を行うこと」だという意味で、批判精神無しで使いすぎた。


でも、常見さんの言うように、いくらスケジュールを自分でコントロールする余地があるといっても(つまり、授業があるなら会社説明会に行かなければいいだけという考えを常見さんは持っている?)、企業の会社説明会は大概どこも同じような時期に集中的に開催されるので、いくら予定を調整しても、結局は学生にとって学業に取り組みにくい状況になっているんじゃないか。常見さんは「説明会にいくつか出かけること」という表現を使っていたけれど、正直説明会に「いくつか」出かけるくらいじゃ済まないのが現在の就職活動だろう。かといって、「説明会に行かずに授業に出る」という選択をして内定が取れなかった場合には「甘え!」「あなたが授業に出てた時に、私達は企業研究頑張ってたから。自業自得じゃない?」「努力が足りなかったんだ」という風に周囲から言われるのは容易に想像がつくし・・・。就活生は「どの企業の説明会に参加するのか」という選択権を有しているようで、実質的にはその選択権を自分の意思で行使することが困難な状況に置かれているのだと思う。


話がそれたが、就活に関して議論をする際には・・・例えば今回のように「学業阻害」について話しあう場合には、どのような状況を持って「学業阻害」とみなすのか、なぜそのような見なし方をすることが妥当なのか。要は、言葉の定義を明確にすることと、自分がなぜそのように定義したのかということを合理的に説明できるようにすることの必要性を各人が自覚しなければならない。

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