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「実は、倫理憲章の規定は守られていないんです!」「えぇっ!」・・・このような次元の議論はそろそろ卒業して、次の道へと進みたい

少し前にアゴラに、常見陽平さんが書いた「『大企業内定だしたなう』経団連、倫理憲章オワタ?」という記事が掲載された。常見さんは「経団連の倫理憲章にサインしている大企業が、学生に内定を出し、すぐに入社を決意するよう促した」という声を聞いたらしく、この声などを根拠に既存の倫理憲章が機能不全に陥っていることを指摘する記事となっている。


倫理憲章上「面接等実質的な選考活動については、卒業・修了学年の4月1日以降に開始する」と規定されている訳だが、この規定が水面下で破られていることは、別に常見さんじゃなくても皆知っている。このブログでもリクルーター面接・参加しないと選考に進めない説明会の開催が倫理憲章に抵触するのではないか?という問題提起をしてきた。


当然採用担当者らも、自分が倫理憲章を破っていることくらいは気づいているだろう。それを口に出さないだけの話で。例えば選考を「説明会」という風に言葉だけ変えたりして、「私たちは決して選考を行っている訳じゃないんですよー。ルールはちゃんと守っているんですよー」と必死に取り繕っている。


森健さん著の「就活って何だ」という本では、JR東海の採用担当が堂々と倫理憲章に違反していることを公言しているから面白い。人事部長の巣山さんは以下のように述べる。

うちの総合職の面接は基本的には1対1。時間も30分から1時間はかける。選考に膨大な時間をかけています。選考の前段階で社員と1対1で話す機会を設けることもあります。この段階では、JR東海はどんな会社かを理解してもらうことに比重を置いているんです。こんな会社で、使命はこうで、こういう人がいると。担当するのは、入社数年を経過した社員です。―(中略)―さらに当社への理解を深めてもらおうという場合には、いくらか年次の高い社員と会ってもらいます。社歴が長くなる分、話す内容もより踏み込んだものになります。―(中略)―こうして選考に入る前の段階では学生さんの持ち味を引き出してあげることに力点を置きつつ、人事部面接からは、そうして引き出された学生さんのよさを見極めていきます。

ここでは「選考に入る前の段階」という言葉が使われており、恐らくリクルーター面接のことを指していると思われる。そして巣山さんの「さらに当社への理解を深めてもらおうという場合には、いくらか年次の高い社員と会ってもらいます」という言葉から考えると、「会社への理解を深めてもらわなくても良い」人はここで縁が切れるということになる。「選考に入る前の段階」という風に表現だけ変えて、実際は水面下で選考を進める。企業の体質に疑いの目を向けたくもなる。


常見さんは「私は経団連批判、倫理憲章批判をしたいわけではありません。守れない約束なら、見直しをかけるべきではないかと言いたいのです」と述べる(これは「倫理憲章批判じゃないんですかね・・・)。まぁ、これと同じようなことを、多くの人がバカにした「就活生組合」が言っていたわけだけれど(確か、就活生を保護するきちんとしたルールが無いから、実効性のあるルールを作ろう!というのが彼らの主張。今となっては休止状態になってしまったけれど)。もう倫理憲章に実効性が無いことに気づいている人は、雇用のプロでなくとも沢山いる。


既存の倫理憲章体制の見直しの手段として、「そもそも何の役にも立たない倫理憲章は無くす」という考え方が一つ思い浮かぶ。就活生組合のように就職活動基本法を作ることも一つの手だし、あるいは既存の法律に新たな規定を盛り込む・・・という形も考えられるだろう。「新たな規定」の例としては、企業の「サイレントお祈り」を規制する条項を盛り込めれば良いなぁと個人的には思っている。


あるいは倫理憲章を維持するのならば、違反している企業の企業名を晒す仕組みを作ることも考えられる。これは僕のような個人ブログをやっている人でも、例えばtwitterで協力を募れば一瞬で多くの違反企業が明らかになりそうだ(便利な世の中になりましたね!笑)。というのも、常見さんも他の論者も「倫理憲章違反が横行している」ことを問題提起する割には、具体的にどの企業が違反しているのかを示してくれない。別に違反は違反なんだから、堂々と指摘すれば良いのにと僕は思っているのだが・・・。法律上何か問題があるのだろうか。


いろいろ道はあるけれど、少なくとも現状の倫理憲章が持つ「うやむや」な側面を排除していくことが望ましい。もう、「実は、倫理憲章の規定は守られていないんです!」「えぇっ!」なんて議論をする時期は終わりにしたい。倫理憲章の問題も含めて、企業に出来るだけ負担がかからない形で、現在の就活のあり方を変えるための理屈を編み出せればよい。これまでは割と疑問に浮かんだことをだらだらと書いてきたけれど、これからはそのまま企業・経団連等に提出する要望書になるような形で記事を仕上げていくことを増やしていきたいと思っている。


どうも、就活を悪者扱いすると批判的な声が上がる風潮がある。だから僕は、「現在の就活には課題があることは否定できないが、その課題を克服できれば、企業・就活生双方に利益になる就活のあり方を見つけられるはずだ」という理念の元、問題提起をしていきたい(その意味では「就活生に甘える社会人」という、社会人に責任を押し付けるかのようなブログタイトルは好ましくないなぁ・・・と最近思い出している笑)。


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JR東日本の「書類選考の合否の伝え方」を他企業は反面教師にするべきだ

4月から多くの企業が面接をスタートさせる。3月下旬というこの時期は、4月からの面接開始に備えて、企業が書類選考の合否を次々と明らかにしていく時期といえる。


どのような基準で書類選考の合否を決定するかはそれぞれの企業が決定することであって、外部が口を出すことではない。しかし、「書類選考の合否の伝え方」については、もう少し就活生の立場を考慮した形でなされても良いのではないかと感じることがある。


その例として、JR東日本の選考フローを取り上げたい(http://www.jreast.co.jp/recruit/student/recruit/screening/potential.html)。採用ホームページを見ると、今年のエントリーシートの締め切りは3月5日、適性試験の締め切りは3月14日に設定されており、且つ選考期間は4月であることが分かる(ポテンシャル採用の第1回の選考について取り上げています)。常識的に考えて面接は4月1日から始めるのだろうから、就活生からしたら遅くとも3月下旬までに書類選考の合否を知りたいと考えるのが自然だ。


ところがJR東日本の選考フローには、「書類選考に伴う面接へのご案内は2012年4月23日までにお電話にて連絡いたします。期日までに連絡が無い場合は、ご縁がなかったものとご理解ください」と表記されている。このような案内では、合格の場合に具体的にどの期間に通過連絡が来るのかが分からず、4月に多くの面接を控える就活生のスケジュール調整を一層困難にさせる点が問題である。


合格者だけでなく、書類選考の不合格者に対しても不親切だ。第一に、そもそも書類選考の合否を伝えないという「サイレントお祈り」について突っ込むことが出来る。第二に、書類選考の不合格者に4月の中旬位まで無駄に通過の希望を持たせてしまう可能性があることが問題である。間違いだったら申し訳ないが、「合格者のみに、4月23日までに電話で連絡する」とホームページに書かれていても、例えばJR東日本が「4月22日」に書類選考通過の連絡をすることは事実上考えられないだろう。こんな案内は極めて形式的なものに過ぎず、全く中身が無い情報と評価せざるを得ない。


「書類選考の通過連絡をする時期」という情報は、ある程度具体的に示さないと意味が無い。また、「書類選考の合否」という情報は、就活生がその情報を求めるタイミングで伝えられて初めて意味を持つものだ。4月23日に「あぁ、やっぱり連絡が来なかった。エントリーシートが通らなかったんだな」ということに気づかされても、就活生からしたらそれは全く意味が無い。残念ながらJR東日本の案内を見るとどちらの要素も満たしておらず、採用担当者の就活生に対する気遣いの欠如が伺える。


誤解しないで欲しいが、何も就活生を神様扱いすべきだという話ではない。ただ、「合格者のみに、4月23日までに電話で連絡する」という案内を、例えば「原則として、合格者には3月2○日くらいに電話で連絡する予定です」、あるいは「去年は3月2○日~2○日に、合格者に面接の案内をしました」と表記するだけで情報の価値は全く変わる。合格者が4月のスケジュール調整をしやすくなることは明らかだし、不合格者も自分が落ちたことを認識して次の選考に気持ちを切り替えられる。採用担当者がその程度の気遣いすら出来ない理由が僕には分からないし、他企業はJR東日本の選考フローの案内を反面教師にするべきだと思う。また、同じような案内をしている企業を知っている方は、ぜひコメント欄で教えてください(笑)


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企業の掲げる「求める人物像」は中途半端すぎる。人物像を明確化するか、あるいは不開示にするべきだ

就活生が面接にて「私にはコミュニケーション能力があります」と言ったら、恐らく面接官から「また、マニュアルにあるようなことを言って」と心の中でバカにされるだろう。しかし他方で、企業が「コミュニケーション能力がある人」を求める人物像として掲げても、それは殆ど批判されることは無い。この不公平さはどうにかならないものかと思っている。


企業の「求める人物像」なんか大体決まりきっていて、「コミュニケーション能力がある人」だとか「向上心がある人」だとか「自律性」だとか、何かを言っているようで何も言っていない要素の羅列ばかりだろう。新聞の社説にある「~のために深い議論を願う」というフレーズと大体同レベルの意味の無さ。企業は就活生に「自分の言葉」で語ることを求めるのならば、自分たちこそ意味の無い常套句に逃げないで、自社の求める人物像を「自分の言葉」で語るよう努力するべきなんじゃないか。


このような中途半端な「求める人物像」は、就活生・企業双方にとって害だと思う。仮にこの考えが大げさだとしても、「求める人物像」を明確化するか、あるいはいっその事不開示にすることで、少なくとも現状よりはマシな就活になるのではないかと考える。


まず、「求める人物像」を明確化することで、就活生は「自分に明らかに合わない企業を受ける」という労力を費やさずに済む。また、企業からすれば自社へのエントリー数を抑えることが見込まれることで、ひいては採用にかかるコストの軽減につなげられる。


「求める人物像」の明確化の一例としては、1950年代のソニーの採用キャッチコピーである「英語でタンカの切れる日本人求む」というものが参考になる。これは常見陽平さん著の「就活格差」に載っていたのだが、確かにこのキャッチコピーを見て、少なくとも人見知りの人・英語でコミュニケーションをとることを恐れる人などがエントリーすることは無いだろうなと感じた。勿論、現在このキャッチコピーを使うことが必ずしも正しいという訳ではないが「英語でタンカの切れる」というレベルの具体性を求める人物像に盛り込むことは有益だと考える。


ただ、採用担当者などが熟考したところで、必ずしも自社の求める人物像を的確に表す言葉を見つけられるとは限らない。中途半端な表現しか思いつかないくらいなら、求める人物像をあえて開示しないというのも手である。というのも、上で紹介した常見さんの「就活格差」にも書かれているが、企業が求める人物像を開示することで、就活生がその人物像に合わせて演技してしまうという問題がある。求める人物像が開示されなくなれば、この問題を多少は解決することが出来るのではないか。就活生には(企業に合わせずに)自分が良いと思った自己PRをしてもらって、その上で面接官が良いと思った人は採用され、合わないと感じた人は縁がなかったということで不採用。それで良いのではないか。


企業に対して「求める人物像」を明確にすべきだという声は一定数あるが、あえて求める人物像を開示しないことを薦める提言は異質かもしれない。しかし僕は、そもそも企業は「求める人物像」を知りたがる就活生に協力する必要は無いと考える。「求める人物像」は就活生自身が調べ上げるべきものだと思うので。僕はむしろエントリーシートの設問に「企業研究の結果、弊社の求める人物像は何だと思いましたか?」というものを盛り込んでも良いくらいだと感じている。


そうは言っても、求める人物像の明確化には決して反対しない。僕が反対なのは、企業の掲げる「求める人物像」が意味の無い常套句と化している現状だ。


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宿題を放り投げて遊びに行く人こそ、人間力アリ!?~「人間力」という言葉を聞いて常識的に皆が持つであろうイメージは、案外間違っている~

企業は採用ホームページに、よく「人物重視の選考です」という言葉を載せている。この「人物重視」とは、就活生の資格・能力だけではなく、その人の人柄を重視しようとする姿勢のことを指す。


このような状況を受けてか、現在の若者には「人間力」という感情や人格の深部に根ざすような曖昧で柔軟な諸能力が重視されるようになってきていると、本田由紀先生は著書「軋む社会」にて論じている。本田先生は度々「人間力」という概念の曖昧さ・怪しさを主張している。しかし僕は単にそれらを指摘するだけでなく、「人間力」という言葉を聞いて常識的に皆が持つであろうイメージは、いとも簡単に覆される程度のものでしかないということを論じるべきだと考えている。


一般的に「人間力が備わっている」というフレーズを聞くと、さすがに「聖人君子」とまではいかないまでも、「明るい」、「向上心がある」、「人に気を遣える」などポジティブな要素を備えているのではないかという推測を働かせる人が多いと思う。しかし、僕の考えではこの推測には誤っている部分がある。どういうことかと言うと、ケースによっては「こんな行動をしておいて、人間力が備わっているといえるのか!」と驚く場合もあるのではないか?ということだ。


例えば、ビジネス雑誌「プレジデント」の2011年10月17日号「大学と就職・出世・結婚・お金」の人事部対談における、IT業界の採用担当者のコメントが参考になる。

「うちが適性試験で最も重視しているのは働く動機だ。(略)たくさんの設問があるが、たとえば『宿題をやっているときに、友達から遊びの誘いがありました。あなたはどうしますか』という質問がある。答えの選択肢には『宿題が終わってから遊びにいく』『宿題を放り投げて遊びにいく』というのがある。うちで活躍しているのは、宿題を放り投げて遊びにいくやつなんだ(笑)。つまり、楽しい話があれば、すぐに飛び乗るタイプが仕事でも成功している。(略)」

このエピソードを耳にした時に、各々の視点によって、人間力があるか否かは異なってくるのではないか。この採用担当者のように「宿題を放り投げて遊びにいく」ことを肯定的に捉える人もいれば、ただのバカと捉える人もいるだろう。例えば、友人に宿題を見せてあげることが多い人としては「宿題をやらない奴を評価するなんて、社会人の頭はおかしいんじゃないか」と考えても不思議ではない。


また、例えば企業から、自社の商品を多くの友人に売ることを迫られたケースについて考えてみる。この場合、「いや、友人たちに悪いんで、私にはそれは出来ないです・・・」という人には優しさがあると評価できる。「友人に迷惑をかけたくない」という気持ちの表れといえるからだ。ただ、企業からすればそんな優しさを見せられても「いや、利益出せよ」としか思わない。そういう意味では、あまり親しくも無い人にまで図々しく商品を売りつけようとする人の方が「人間力が備わっている」と企業から評価されやすいのではないか。


「宿題を放り投げて遊びにいく」、「友人に対して、図々しく自社の商品を売りつけようとする」・・・これらのフレーズを見ると、とにかくネガティブなイメージしか浮かばない。しかし、企業からすれば、これらの要素を備えている人を「人間力が備わっている」と評価しているかもしれない。一見どうしようもない姿勢・行動であっても、見方次第で簡単に「人間力が備わっている」と評価できてしまう。これが「人間力」という言葉の持つ恐ろしさだと思う。

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就活デモは「後ろ向き」な活動なのか?~「問題提起する=社会のせいにする」という構図が皆の頭にあるのでは?~

就活デモは、「現在の就活には問題があるぞ!」という声を可視化しただけではなく、人々のデモに対する反応から、「皆がデモ活動というものをどのように受け止めるのか」という点を可視化したことにも意義がある。


僕はたまにツイッターで「就活デモ」と検索して、人々の「就活デモ」への反応を知ろうとしている。デモから数ヶ月経った現在でも就活デモについてツイートすることに驚いたけれど、それでも、デモに対する評価は否定的なものが多く残念に思った。それも、主張内容への批判とかなら良いんだけれど、デモを行ったこと自体を批判する人もいて、本当にこの国は大丈夫かな?と心配してしまった。


中には「就活デモをしているような人間は、ぜひこういった前向きな積極的な人間の動き、生き方に刺激をもらってほしいと切に思う。社会が悪いのは、会社や学校や国や親やしょぼい大人のせいだと主張するのは自由だが、そんなことを言ったって仕方がない」とか言っている人もいる。僕はこのような考え方の人より、実際に行動を通じて問題提起をした就活デモの人たちの方が数倍前向きな集団だと思うけれど。


どうも、就活デモが「後ろ向き」な活動として評価されてしまう理由としては、デモが「自分たちのことを棚にあげて、責任を社会に転嫁する活動」という風に思われることが挙げられる。そしてこのような想いの背景には、多くの日本人の中に「問題提起する=社会のせいにする」という構図が染み付いてしまっていることが大きいのではないか。確かに、デモ参加者の中に「全てを社会のせいにする」姿勢があるとすればそれは非難されるべきものだ。でも実際に、デモにて単純に「社会に責任転嫁する」主張ばかりなされていたかというと、それは絶対に違うと思う。


「社会のせいにしないで、自分たちに問題が無いか考えてみよ」・・・この考えは正しいけれど、このような聞こえの良い言葉が社会の問題にメスを入れることを阻んでいるんじゃないか。


就活デモが行われる前に、学者の本田由紀先生が冷静にデモという行為の意義を評価していた(http://hosyukakumei.blog.fc2.com/blog-entry-44.html)。

現代社会において、すべての人間は、考えや意思を表明する自由を手にしています。デモはそのような手段の一つです。ですから、自分がおかしいと思うことについて、同じように考える人たちと一緒に、おかしいという声をあげることは、まったく正当な行動ですから、自信をもって実行していただきたいと思います(中略)別の言い方をすれば、仮にデモが「失敗」したとしても、がっかりなどしなくていい。それに取り組んだこと自体がすばらしいのであり、これが始まりなのです

本当にその通りだと思うし、多くの人もこの意見には賛成すると思う。ただ「就活デモ」という聞き慣れないデモの場合でも、このような気持ちを保てるのか。去年の就活デモで、それが無理だったことが明らかになったと僕は感じる。


もっとも本田先生は「できるならば、そうした声をあげることが、できるだけ実質的な問題の是正につながるように、試みていただきたいと思います。現状の問題点や改善の方向を、デモに参加せず外から見ている人たちにもわかりやすい形で提示することや、より広い範囲の人々からも賛同してもらえるような観点で取り組むことが、おそらく有効だと思います」とも言っているので、就活デモを安易に全肯定している訳ではないということを付け加えておく。すなわち、デモに賛成する本田先生であっても、デモが単なるお祭り騒ぎとなっていた場合には、それは評価しないということだ。本田先生は就活デモをどのように評価したのか、興味がある。


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形だけの「通年採用」が根付いても意味が無い

21日の日本経済新聞には、「人材の質損なう『就活』長期化の是正を」という記事が載っている。日本経済新聞は就活の問題を取り上げることは多いけれど、主張内容の進歩が特に見られないのが残念である。


僕のイメージとして、日本経済新聞は「一括採用」に反対している傾向が強く、社説の中で「通年採用」の導入を主張していることが多い。今回の社説でもそうだし、11月の社説でも「学生が4年生になったばかりの4~5月に企業の選考が集中し、新卒者をまとめて採る新卒一括方式が定着している。春に選考に漏れると、その後面接などを受ける機会は大幅に減ってしまう(中略)より効果があるのは企業が新卒一括方式の採用を柔軟にすることだ。既卒者採用や、4年生の秋や冬にも選考試験をする通年型の採用を広げたい」と主張している。


今回の社説によると、「新卒者の通年採用を実施している(経団連の会員)企業は4社に1社にとどまる」ことが分かっている。この社説を受けて「通年採用の実施を活性化すべきだ」・・・と主張するのは簡単だ。しかし、同時に形だけの「通年採用」が根付いても意味が無いということも分かっていなければいけない。


例えば、ある企業が春採用だけでなく秋採用もやっているといっても、その採用人数が春採用と比べて激減する様であれば、いくら面接を受ける機会自体が保障されているとしても学生の実質的な保護にはつながらない。実際に、ある採用担当者の方は「内々定を枠一杯出し終えたら、遅いES締切日に応募した方たちは最悪『書類選考落ち』として記録される事もあり得る。以前勤務してた日系メーカーで3つのES締切日を設定し第一、第二の締切日で内々定の枠が一杯になり、第三締切日の応募者は全員書類選考落ちとなった」とツイートしている。


当たり前だが通年採用になろうが企業の採用人数自体が増えるわけではない。即ち必要な人数を採用できたら、その後応募者が控えていようが採用を終了させるのは企業からしたら合理的だ。そういう意味では、「新卒者の通年採用を実施している(経団連の会員)企業は4社に1社」という数値も当てにならない。形だけの通年採用なんて何の意味も無いからだ。


「形だけの通年採用」は単に意味が無いと言うだけでなく、応募者に無駄な労力をかけさせる点も問題である。先の採用担当者のツイートが事実ならば、選考に参加できると信じて書類を作成した応募者の努力はどうなるのか(これが「手書きエントリーシート」だったら、この上無くムカつきますね!笑)。勿論、「早い締め切り日に応募しなかったのが悪い」という意見もあるだろうが、僕の感覚では「そもそも殆ど採用する気が無いのだから、初めから募集をしなければいいのに」という考えである。


形だけの通年採用は問題だが、その問題点のみを見て通年採用の可能性を閉ざすのは、それはそれで有害である。というのも、例えば就活デモでは「卒業後に就活を!」ということが訴えられているが、中には「在学中に就活をしたい、あるいは金銭面の関係でしなければならない。しかし、就活が原因で学業・サークルなど学生生活に支障が出るのは最小限にとどめたい」という人もいるはずだからだ。このような人たちの存在を考えると、採用時期の多様化について検討する必要・意義は大きい。


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就活生に「入社後にやりたい仕事」を考えさせといて、面接で「希望する部署に配属にならないかもしれないですけど、いいですか?」と聞くのはおかしくないか

先日、10年春に就職した56万9000人の内、19万9000人が3年以内に離職している実態が明らかになった。調査を行った内閣府は、早期離職者が多数出ている原因として、学生が自らの適性や就きたい職業を十分に検討しないまま就職しているなどの課題を指摘している(http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120320k0000m010058000c.html)。


しかし、現在の就活生は自己分析・志望動機を練り上げることを通じて、むしろ「自らの適性や就きたい職業」を検討しすぎというくらい検討している気がするのは僕だけだろうか。少なくとも、会社説明会などで入社した理由を問われた時に「人です!」と返答してくるおじさんたちには「最近の就活生は、志望動機が浅い!」と言われたくないと、皆思っているんじゃないか。


早期離職の原因にも、様々なものが考えられる。勿論、単に辞めた側がだらしなかったというケースもあるだろう。しかし他にも、例えば、ワタミみたいな苛酷な労働環境に耐えられなくなったというケースがあることは明らかだ。


また、今回の調査に関する内閣府の「学生が自らの適性や就きたい職業を十分に検討しないまま就職している」という発表と絡めて早期離職の理由を考察すれば、「就職したけれど、やりたい仕事が出来なかった」という理由も考えられる。これに対して「やりたい仕事が出来なかったくらいで辞めるなんて、甘えだろ」と考える人もいるかもしれない。


しかし、就活生に「働くとは何か」、「入社して、どのようなキャリアを歩んでいきたいか」を散々考えさせといて、いざ入社して希望する部署に配属にならなかったら、それは辞めたくもなるんじゃないか。「やりたい仕事が出来なかったくらいで辞めるな!」という言い分は分かるけれど、それだったら面接時に志望動機を過度に掘り下げる風潮を止めるべきではないか。「企業において実現したい自分の夢」が就活生の心に芽生えることによって、入社後にそれが裏切られたときのショックは大きくなる。これは、就活生の未熟さも原因だと思うけれど、就活生に夢を持つことを事実上強制する企業・就活コンサルなどの責任も大きいだろう。


大体、就活コンサルは就活生に対してやたらと「就社ではなく就職を!」と言うけれど、実は企業のほうこそ就活生に「就社」して欲しいと思っているんじゃないか。というのも、面接時に「入社したらやりたい仕事」を語る就活生に対して、「希望する部署に配属にならないかもしれないですけど、いいですか?」と聞いている訳だから。「一体、なんのために入社後にやってみたい仕事を聞いたんですか?」という話で、考えてみれば相当おかしなことだろう。まさに「就職」しようとする就活生・「就社」を求める企業という構図があると言え、このようなギャップが入社後のミスマッチを生んでいるのではないだろうか。


あまり語られることは多くないという印象だが、これだけ「自己分析」・「志望動機」を練り上げる空気が蔓延している今日の就活においては、配属リスクを前提とする「総合職」採用はもはや馴染まないものとなっているのかもしれない。代わりに職種別採用を促進するか、あるいは総合職採用を維持するなら「志望動機を不問とする」選考を導入することが、入社後のミスマッチを抑えるための対策として考えられる。


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「就活により学業が阻害されている」というフレーズにおける「学業」とは何だろう

今までこのブログでも何回か取り上げてきたが、現在の就活に対する不満の一つとして「就活により学業が阻害されている」という主張がある。この点、ここでいう「学業」という言葉の定義は一体何なのだろうという疑問を抱いている。恐らく「(大学での)学業」と耳にして、全員が同じイメージを共有することはないのではないかと想像する。


第一に「学業」を「卒業に必要な単位を取得すること」と定義することが考えられる。このように定義する人にとっては、「就活により学業が阻害されている」という主張は単なる甘えの発散としか見なせないのではないか。「就活が忙しくて卒業が危なくなるなんて、単なる自己責任だろ」という具合に。僕自身も、就活が原因で卒業が危なくなった人に対しては特に救済の必要を感じないけれど、就活による学業阻害を訴える人は別に「就活のせいで卒業が危なくなったんですよ!」とは考えていないだろう。


第二に「学業」を「登録した講義に欠かさず出席すること」と定義することが考えられて、就活による学業阻害を訴える人たちの殆どはこのような定義づけを行っていると想像する。このように定義した場合には、「卒業に必要な単位を取得すること」と定義した場合に比べて、学業が阻害されているという主張の切実さが伝わるのではないか。例えば、倫理憲章上は「採用選考活動にあたっては、正常な学校教育と学習環境の確保に協力し、大学等の学事日程を尊重する」と書かれているけれど、現実には講義が行われている時間帯に説明会が開かれることも珍しくない。また、全部の企業の事情は知らないけれど、倫理憲章にサインしていない企業が特段、大学の学事日程を尊重しているということは無いだろう。


ただ、このように定義した場合においても「確かに講義が行われている時間帯に説明会は開かれているかもしれないけれど、それでも講義に全部出れないと言うことは無いだろうし、自分の工夫次第で両立できるんじゃないの?」という反論を受けそうである。このような想いを抱いている人にとっては、「就活により学業が阻害されている」という訴えには共感し難いのだと思う。


第三に「学業」を「自分が学びたい分野を学びたいだけ学ぶこと」と定義することが出来ると考える。このように定義する人にとっては、現在の日本の就活の慣習には非常に憤りを覚えると思う。このような定義づけは「卒業後に就活をさせてくれ!」という訴えと結びつきやすい。


以前コメント欄で「(授業を受ける権利だけではなく)自主学習も阻害されてはならないものですよね?」 という意見を頂いたことがある。確かに「学業をする」というのは、何も講義を受けることで完結するものではない。講義はあくまできっかけであって、そこから自分の好奇心に従って探求したい分野を調査してこそ、「学問に打ち込んでいる」状態と言えるのではないか・・・と僕はイメージしている。この点、茂木健一郎さんはツイッターで「就活の片手間に出来るほど、学問というものは甘いものではない」と言っており、もし「就活と学問なんて、頑張れば両立できるでしょ?」という人がいるのならば、その人は実は学問を修められていないのかもしれない。


ただ、これに対して「本当に勉強したいなら大学院に行けば?」という反論を受けることが容易に予測される。また、大学の講義だけでなく自主学習まで含めて「学問」と称する人は正直少ないと思うので、そもそもこのような定義づけに基づく学業阻害論はあまり受け入れられないのかもしれない。


「学業」をどのように定義しようが、結局は何かしらの反論を受けることは避けられない。ただ、「就活により学業が阻害されている」という主張を耳にした時に、主張をしている人が「学業」をどのように定義しているかを掴まないと見当ハズレの反論をすることになるだろう。例えば、「学業」を「自分が学びたい分野を学びたいだけ学ぶ」と定義している人に対して、「別に就活してても、卒業は出来るでしょ(笑)」という批判を浴びせたら、もう何がなんだか分からない。裏を返せば、就活による学業阻害を訴える人も、自身が考える「学業」とは何なのかを明確にすることが求められる。


就活により学業が阻害されている」という主張をする際には、「学業」をどのように定義しているかを明確にすることが必要だという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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就活の問題を考える院内集会~結局、何を主張したいのかがよく分からなかった~

16日に「就活の問題を考える院内集会」が参議院議員会館で開かれた。僕は参加しなかったのだけれど、Ustreamを通じて院内集会の概要を把握することが出来る(http://www.ustream.tv/recorded/21138240 など)。


そもそも院内集会とは、「国会議員」の方々に対して当事者の生の声を届けるためのイベント。つまり、「国会議員に対して何をして欲しいのか」ということを明確にした上で主張することが重要となる。


去年「就活どうにかしろデモ実行委員会」のメンバーにより行われた院内集会は、「国会議員に何をしてほしいのか」という点が明らかになっていたと思う。「就職活動基本法」というものを独自に作成した上で集会内で配布し、「就職活動のルール整備のために、以下の企業側・大学側・行政それぞれの責務を盛り込んだ、包括的な法律の策定」を要望していることが、誰の目から見ても分かるようになっていたのだと想像する(http://syukatudemo.blog77.fc2.com/blog-entry-80.html)。ただ、去年の集会の感想を書いた雨宮処凛さんの記事を見ると「就職活動基本法」について何も触れられていないので、実際には全く話題にならなかったのかもしれないが・・・。


僕自身は、現在の就活の歪みに対して国会議員が何か出来るとはあまり考えていない。これは国会議員が無能だからというよりは、企業の採用活動を法律をもって規制することは難しいのではないかと考えていることに因る。ただ、僕の考えが全てではないので、冒頭で紹介したUstreamの動画の中で「大学生の訴え」、「国政への要求」というトピックを聞いてみた。国会議員に何を期待しているのかを効率的に知りたかったし、そもそも全部見るのは少し疲れるので(笑)


僕の動画を見た感想を書くと、訴えの中身はあまり良くなかったと思っている。それは、全体的に「国会議員に何をしてほしいのか」という点が不明瞭という印象を受けたからである。


例えば、訴えの中には「国会議員の皆様には、企業と就活生の間の法的なルール作り、それも就活生の意見を十分に取り入れた形でお願いしたいと思っております」というものがあった。ただ、僕の印象では「具体的にどんなルールを作って欲しいのか」という点は明確に示されていなかった。ただ単に「現在はルールが無くて就活生の側が苦しんでるから、ルールを作ってくださいよ」という感じ。僕が国会議員だったら、このような訴えを受けても何も出来ない。


「具体的にどんなルールを作って欲しいのか」ということを想像する手がかりとして、動画の中の「大学生の訴え」というチャプターを見た。内容としては、「就活により学業が阻害されている」という典型的な学業阻害論。ただ、「就活により学業が阻害されている」という感情を持つこと自体は良いとしても、「だから、国会議員にどうしてほしいのか」という点はもっと明確に述べるべきだったと感じた。「そもそも、大学在学中の学生を対象に、企業が採用活動を行えないようにしてほしい」というレベルのものから、「講義が行われている時間帯に、企業が説明会などを開けないようにしてほしい」というレベルのものなど、妥当性を無視すれば様々な要望が思い浮かぶのだが、登壇をしていた方々が何を実現して欲しいと考えているのか、僕にははっきりとしたことが分からなかった(動画を全部見れば、明らかになるのでしょうか・・・)。


その他に「採用情報の偏在の是正」「悪質な“就活コンサルティング”の制限」という訴えがあったのだが、国会議員の方にどこまで伝わったのか・・・。僕が見た限りでは、集会の企画者らはせっかく行動に移したのに、どうも消化不良になってしまって勿体無いという印象を受けた。気力がある方は、記事の冒頭に動画のurlを貼ったので、見た上でコメント欄に感想を書いていただければ大変嬉しいです!(笑)


院内集会を行う場合は、「国会議員に何をしてほしいのか」という点を明確にした上で訴えるべきだという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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茂木健一郎さんは、自身の「新卒一括採用批判論」に対する海老原嗣生さんの批判を相手にしないと思う

新卒一括採用という慣習に批判的な人として、茂木健一郎さんを思い浮かべる人も多いと思う。実際に、茂木さんはtwitterを通じて複数回「新卒一括採用に対して宣戦布告」をしている(http://togetter.com/li/40223http://togetter.com/li/221383 等)。


茂木さんのツイートを見ると、新卒一括採用が合理性を欠いていると考える理由としては、「組織を強くしようと思ったら、多様な人材をそろえるのが合理的である」、「日本の企業がiPadのような革新的な商品、googleやyoutubeのような革新的なサービスを出せない理由の一つに、大学3年から従順に就職活動をするような人材しかとっていないという事実がある」というものを挙げている。


これに対して批判的な意見を述べる人もいる。例えば、僕は今海老原嗣生さんの「就職、絶望期 若者はかわいそう論の失敗」を読んでいるのだが、その本の中で海老原さんは茂木さんのことを「にわか雇用論者」と表している(僕にはよく分からないけれど、海老原さんはいつ、にわかではない「雇用論者」になったのでしょうか・・・)。


海老原さんは著書の中で茂木さんの「新卒一括採用という慣習は経済的に合理性を欠く愚行としか言いようが無い」というツイート(2010年8月のツイートです)を引用した上で、それに対して「企業が既卒無業者を差別せずに新卒採用に応募できるようにしたら、その枠に若手社会人が応募してくるに決まっている。その結果、無業者は益々不利になるし、新卒学生も同様に苦しくなる」という旨の主張をしている。一読した時は「この人、何を言っているんだろう?」と思ったけれど、確かにソニーなんかは既卒3年以内の社会人経験者も新卒採用の枠で募集していたはずなので、考えてみればそんなにおかしな問題意識でもないのかもしれない。


海老原さんの問題意識がよく現れている記述としてはこちら(意味が変わらない程度に記述は変えました)。

大学レベルは同じ2人。人物的にも甲乙つけがたい。1人は既卒フリーター。もう1人は社会人経験者。しかも後者は、中小企業ながら同業での勤務経験があり、商品知識・顧客折衝にも慣れている。あなたが企業の人事担当なら、以上のどちらを採用するのか?(2人の年齢差は1~2歳)

海老原さんからしたら、「社会人経験者の方を採用するに決まっているでしょ?」という思いを抱いているのだろう。


現実としては、海老原さんの言う通りなのかもしれない。ただ、僕の考えでは海老原さんの批判を見たところで、茂木さんが自身の考えを変えることは無いと思う。なぜなら、茂木さんの考えとしては「企業は抜本的に意識を変えろ」ということだと思うから。


つまり、従来の考えだったら、上で紹介した海老原さんの設問に対して企業は「社会人経験者」を採用するのだろうけれど、その考えを改めて「(卒業した後、世界各地でボランティア活動をしたり、プログラミングの自習をしたりした)既卒フリーター」を採用する方向に動いていくべきだと茂木さんは考えているはず。茂木さんからすれば「中小企業ながら同業での勤務経験があり、商品知識・顧客折衝にも慣れている人物」であろうが、その人が大学3年次に就職活動を始めた「従順な人材」である以上は、企業は安易にそのような人材に飛びつくべきではないという考えだろう。


茂木さんの主張には「厳しさ」もあるように思う。茂木さんの主張の通りになれば、応募者はもはや口八丁で内定を勝ち取ることは困難になり、今まで以上にきちんとした経験・知識を身に着けることが求められるだろう。大学時代をのんびりと過ごしたい人、金銭的にゆとりが無い人にとっては茂木さんの主張が通ることは望ましくないかもしれない。常見陽平さんは茂木さんの主張に対して「上位5%の神様スペック人材をさらに優遇して、『名ばかり大学生』たちの雇用は切り捨てるのねってことに気づいた方がいいかも」と指摘している(http://blog.livedoor.jp/yoheitsunemi/archives/51143679.html)。


ただ、改めて茂木さんの「組織を強くしようと思ったら、多様な人材をそろえるのが合理的である」というツイートを見ると、「日本企業が現在の採用方針を継続した場合、結局は組織の弱体化につながり、ひいては国際競争に勝てなくなるんじゃないの?」という危惧を感じる。常見さんの言う「名ばかり大学生たちの雇用は切り捨てるのね」とか、そんなことを言っている場合じゃないだろうと。元も子もないことを言ってしまえば、茂木さんは、主に大学3年から就活を始めた従順な人たちにより構成された日本企業の組織力なんか、全く大したこと無いと思っているんじゃないか。


茂木さん・海老原さんの考えのどちらが正しいかは僕には分からないが(感覚的には、僕は茂木さん派)、2人の間には根本的に認識のズレがあることは間違いない。抜本的な意識変革を説く茂木さんと、比較的現状維持派の海老原さん。どちらの主張に共感する人が多いだろうか。


僕は茂木さん派なので・・・新卒一括採用は合理性を欠いており、新卒一括採用にこだわる日本企業はいつかしっぺ返しを食うという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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