スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

常見陽平さんの「意識の高い学生w」批判こそ、公害で人害じゃないか

またまた常見陽平さんが「意識の高い学生w」を批判する記事を書いている。タイトルが「就活 『意識の高い学生w』はもはや大学では公害で人害と識者」と、中々過激なものになっている。


ブログを書く際のネタ探しとして常見さんの記事を良く読むのだが、あの人の記事は全体的に何が言いたいのかが分からなくてストレスが溜まる(笑)今回の記事でも、常見さんは冒頭で「意識の高い学生w」を「学生生活、特に就活に前のめりで取り組んでいるのですが、何かズレていて滑稽な学生」と定義しているのだけれど、この定義自体何を言っているのかが全く分からない。


記事を読み進めると、第二段落で「頑張っている人を批判するつもりはまったくありません。むしろ学生らしくていいと思います。でも、頑張る方向が間違っていたり、自分より頑張っていない人を見下したりするのはちょっと違うと思います」と書いてあったので、「意識の高い学生w」は頑張る方向が間違っていたり、頑張っていない学生を見下す人のことを指すのかと一度は思った。しかし第5段落では「意識の高い学生w」の説明として「だらしない格好でくる、待ち合わせに遅れる、事前に勉強してこない、セミナーの依頼を受けるが、内容が二転三転する、ギャラありだと聞いていた講演が突然ノーギャラになる、集客数が聞いている話と違う、当日の見送りがない、あとでお礼のメールの1つもないなんてザラです」と書かれていて、「結局、どのような要素を備えている人が『意識の高い学生w』なんだ」と思わされた。こんな記事を書く人が「就活生のエントリーシートは日本語として成立していない、読み手のことを考えていない(http://www.s-shiori.com/con3/archives/2012/02/post-142.html)」と言っているのだから、一体何の冗談だとでも言いたくなる。


常見さんの訳が分からない文章を手がかりに(特に第5段落を参照して)何とか「意識の高い学生w」の定義を推測すると「就活のネタ作りのためにイベントなどを企画はするが、その準備やアフターフォローなどはいい加減にやる」というものになるかと思う(本当かよ?と思った方は、常見さんの記事の原文を読んで確かめていただけると有難いです)。つまり、活動を頑張っているポーズはとっているけれど、実際は何も頑張っていない人。これだったら「意識の高い学生w」が揶揄される対象になるのも分からなくはない。


しかし、常見さんの記事の第1段落に書かれている「意識の高い学生w」の例示列挙を見ると「やたらと学生を集めてイベントを開く、暇なベンチャー企業の社長の講演会を企画する、就活のネタをつくるためにやたらと変わった体験をしようとする」学生は、どんなにそれらの活動の準備・アフターフォローを一生懸命やっていても「意識の高い学生w」と認定されてしまうかのようにも見える。だから僕には「意識の高い学生w」という言葉の定義はすごく曖昧なものに感じられるのだが、もしかするとこの曖昧さが、本来「意識の高い学生w」として揶揄される対象とならない人に「私は一生懸命、学生生活や就活に取り組んでいるのに、それをバカにされるのか」と自分が揶揄されているような思いを感じさせているのかもしれない。実際、このブログのコメント欄に「意識の高い学生w」という言葉を聞き「大学時代、一生懸命頑張ったこと、努力で成し遂げた成果を馬鹿にされている気がする」とのコメントを下さった人もいる。常見さんも生活があるのだろうから一部の学生をバカにする記事を書くのは百歩譲って良いとしても、「意識の高い学生w」など学生を揶揄する言葉を使うなら、もっとその言葉の意味を明確にしてから使うべきだ(つまり、言葉の意味を明確にすることをもって、揶揄する対象の範囲を明確にすべきということ)。常見さんの記事を読む限り「意識の高い学生w」の定義が明確とは思えなかったので、僕は常見さんの記事こそ「公害で人害」だと思っている(※この段落は、トラックバック先の記述を見て、5月29・30日夜に追記・修正)。


ところで、今回取り上げた常見さんの記事はニコニコニュースに掲載されているもので、そのコメント欄を見ると「何を言いたいのかまったくわかりません」、「人を馬鹿にしすぎ」など記事を批判するコメントが多く見られる。そのような批判をされるような人が就活の有識者としてのポジションを掴んでいるのが現状だ。常見さんの文章がいつもふざけているかというとそういう訳でもなく、例えば「くたばれ!就職氷河期」という本は就活問題を考える上でも一度は読むべき本だと思う。しかし今回のように、就活をネタにして人(特に学生)をバカにするだけの文章があまりにも多すぎる。もうそろそろ、この人を就活の有識者として持て囃すのは止めるべきではないか。


常見陽平さんの「意識の高い学生w」批判こそ、公害で人害との考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

「エントリーシートの文字を見れば人間性が分かる!」といった類の常識に疑いの目を向けていくべき

以前「海外就職日誌『国境なき就職活動』」というブログの「手書き履歴書を辞めれば、年間約27万本の木を節約できる? 」という記事を紹介したけれど、その管理人さん(ダメサピさんという方)がまたガツンと言ってくれた。「『文字から人柄が分かる(笑)』などと言って手書きで履歴書を書かせ、さらに面接も何度も繰り返した結果が、『ゆとり社員をどう扱ったらいいかわからない』ですよwww」と。本当にその通りだ。


就活においては「エントリーシートの文字を見れば人間性が分かる!」の他にも「面接で○○な質問をすれば、就活生の~な資質が分かる!」といった類の言説が常識として定着しているように思える。中には信用性の高い言説もあるだろうが、一方で依拠したところで効果が薄い言説があるのは明白。そしてダメサピさんが仰るように、「文字から人柄が分かる(笑)」は信頼性の低い言説といって良いだろう。企業が効率性のない採用活動を行って自ら苦しむこと自体は勝手だけれど、それに付き合わされる就活生はたまったものじゃない。


そんな訳で、手書きエントリーシートに関するダメサピさんの認識に僕は賛成の立場だ。しかし、気になることが1点。本来、「~をすれば就活生の人柄が分かる!」という類の常識に疑いの目を向けるべきなのはダメサピさんや僕ではなく、人材コンサルの役割ではないのか。現在は、就活生の資質・能力を測るための手法が無駄に氾濫している。だからこそ、どの手法が適切でどの手法が適切でないのか、その区別をするのが人材コンサルの仕事ではないのか。


しかし人材コンサルがやっていることといえば、やたらと「企業は~な点を見ています!」と単に紹介するだけ。中でも下らないと思った記事が常見陽平さんの「人事は新卒採用で大学名より高校名を重視する!」という内容の記事。具体的には「面接官の間で、昔から使われているテクニックがあります。それは、『高校名に注目しろ』というものです。大学は一流でなくても、名門高校に通っていた学生は地頭がいいのではないかというわけです」とのこと。常見さんは学生の味方を気取っている感があるから、本来ならば「人事は高校名を重視しているようだけど、大学生活で何をして何を学んだのかを審査すれば、高校名なんてものを考慮する必要は無い!」と言って欲しいところ。ただでさえ就活生に対する注文のレベルが上がってきてるのに、そればかりか「高校名」まで考慮されたら、とことん学生に対するプレッシャーになるからだ。しかし実際に常見さんがやっていることといえば「人事が高校名を重視する」との現実を批判精神抜きで紹介しているだけ。


加えて酷いと思ったのは、「ヤバイ就活」という本で常見さんが「(エントリーシートで)名前だとかニックネームは意外と見ています」と言っている箇所。それらを見ることで意外な人柄が分かるとの事らしい。僕にはただの妄想としか思えないが・・・。こんな訳が分からないことを言っても、常見さんは一応元採用担当者だから「ほほぉ、採用担当者はそんな点も見ているんですね!」と反応されるだけだろうから楽なものだ。人事・採用担当者の方々のセカンドキャリアは万全ですね。「元採用担当者」との肩書きを身につければどんなに下らないことを言っても、それがお金になるのだから。


僕は一度「~をすれば就活生の人柄が分かる!」という類の常識を抜本的に見直すべきだと思っている。話は違うけれど「ウサギ跳び」の例からも分かるように、効果があるとされていた手法が、実は効果が無いばかりか有害だったなんてこともあり得るからだ。そして、頼りになるはずの人材コンサルは「企業は~な点を見ています!」との紹介に熱心なだけ。だから、気づいた人が「新卒採用において、こんな点に着目するのは意味ないんじゃないか?」と問題提起することが必要なのかもしれない。


「~をすれば就活生の人柄が分かる!」という類の常識に疑いの目を向けるべきとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事

「就活デモやります詐欺」にご注意を~怪しいアカウントは、ぜひスパム報告を~

気味が悪いのであまり触れたくはないけれど、「就活デモ」を呼びかける、あるアカウントの存在について書こうと思う。


見たことがある人もいるかもしれないが、ツイッターで「若者維新の会」というアカウントが「6月に就職による企業の横暴やめろデモやりますので、参加者募集中!! 本当に就職活動の社会を変えたいと思います!」と呼びかけている(ちなみに「若者維新の会」と検索すると女子大生起業家「岩崎千夏」さんという方のブログがヒットし、且つその人は現在の就活に違和感を覚えている人なのだが・・・。多分、この人は全くの無関係だと思います http://ameblo.jp/chinatsu-nyny/theme-10043365020.html)。勿論就活デモをやることについては全く異論は無いのだが、このデモの呼びかけに関して言えば、単なる「就活デモやります詐欺」だと思っている。


実際に、確かこのアカウントは以前にも「東京ビックサイトで就活デモをやります!」と呼びかけていたのだが、その呼びかけに応じて(恐らく興味本位で)デモを見に行った人が「ビックサイト付近ではデモらしきことは行われていなかった」とつぶやいていたのを目にした(笑)アカウントのプロフィール欄には「百人くらい参加が見込まれる大規模な就職活動の不条理問題点に対する抗議デモを決行します」と書かれているけれど、恐らくそれは嘘だ。


実際このアカウントの呼びかけに「本気」で応じる人はいないと思う。ツイートの内容を見る限り、デモの準備が整っているようには思えないので。過去に行われた「就活ぶっこわせデモ」や「カルト就活やめなはれデモ」、「就活どうにかしろデモ」などと比べても、デモに関する情報開示の質・量共にお粗末なものだ。加えて「人事や会社役員を攻撃しましょう!」、「経団連を襲撃しよう」など訳が分からないツイートも多いので、これを見て「この人、本気で就活の問題を考えようとしている・・・」なんて思う人がいるはずがない。


もはやこのアカウントは、真面目に相手にするのではなく、単にネタとして放っておくのが得策と思われる。あのアカウントを放置することで「就活の問題点を訴えている人って、皆あんなにおかしいのか」と思う人が増えるのなら問題だが、さすがにあのツイートを見れば「単にあの人個人がおかしいだけなんだな」と感じる人の方が多いと僕は思っているので。


しかし僕は単に無視するだけでなく、スパム報告をしておいた(笑)過去に就活デモを実行した人に無闇に絡んだり、人のツイートを自分の発言かのごとくツイートするなどして、彼ら・彼女らを困らせていたからだ。実際、「若者維新の会」からの絡みを迷惑に感じた人もいると記憶している。現時点ではアカウントは凍結されていないのだが、もし「このアカウントは怪しい」と感じた人がいれば、ぜひ「スパム報告」をしていただけたらと思う。以前書いたように、問題提起をするにあたっては「ネタ」の要素が少なからず含まれていても良いと僕は思っているけれど、「若者維新の会」はさすがにやりすぎだ。


「就活デモやります詐欺」の疑いのあるアカウントをスパム報告しようとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事

「こんな行動は、明らかにマナーに反している!」と怒る人に「人にそこまでの気遣いを求めるあなたが図々しいのでは?」と言う発想

少し前に「サルのおてぽん」という番組をほんの少しだけ見た。これは「マナー・常識・処世術など誰もが出会うシチュエーションで人間力をガチでテストする」番組である。僕が見たのは、鈴木奈々さんと坂口杏里さんがビジネスマナーの抜き打ちテストに答えていく様子。具体的には、お客様を会議室に案内する場面にて必要なマナーが分かっているのかを競っていた。しかし鈴木さん・坂口さん共に行動に問題があり、マナー講師の平林都さんが厳しく突っ込んでいた。


マナーが大事ということには、全く異論は無い。しかし、仮にあまりにも厳格に「こんな行動は、明らかにマナーに反している!」と指摘する人に対しては、「それは寧ろ、人にそこまでの気遣いを求めるあなたが図々しいのではないですか?」と返す発想があっても良いと思う。


例えば、「履歴書を茶封筒で送るべきではない。白封筒で送るべき」というマナーについて。「履歴書 茶色 封筒」と検索すると「茶封筒で履歴書を送ったらダメなんですか?」という質問がヒットするのだが、それに対しては「白で送るべき」、「どちらでも良いけれど、心配ならば白で送ったら?」との解答が見られる(一方で「大事なのは書類の中身です」と答えた人もいる)。このマナーの存在意義として「茶封筒は実用的な封筒であり、白封筒は値段も高いですが、清潔感もありますので、就活や履歴書の送付には茶封筒でなく白封筒が使われます」との理屈があるらしい。その他には「茶封筒だと中身が透ける」との問題点もあるらしい。


勿論、履歴書を受け取る方への気遣いとして「書類を折らずに入れることができる、大き目の封筒で送る」、「封筒に『履歴書在中』と明記する」などのことは最低限すべきだと思う。しかし、さすがに封筒の色は茶色だろうが白色だろうが、そんな点はどうでも良いのではないか。もし「履歴書を入れる封筒は白じゃなきゃ失礼です!」と言っている人がいるとすれば、その人を「人に過剰な気遣いを求める図々しい人」と見なしても良いと思う。


マナーの大切さを極端に訴える人は、単に人に窮屈な思いをさせるだけでなく、日本の就活の歪みを生み出しているのではないかと考える。その象徴が、企業が「クールビズで来てください」と言っても就活生がリクルートスーツを着てくるというケースだ。


レジェンダ・コーポレーションの去年の調査では、「2012年4月入社を希望する大学生・大学院生に『就職活動でのクールビズに賛成ですか?』と尋ねたところ、『賛成』が68.9%と『反対』の7.4%を大きく上回った。しかし、『クールビズで選考にお越しください』と言われた時、どのような格好で参加します(した)か」と聞くと、『スーツ着用』が56.3%と『クールビズ』の43.7%を上回った」との結果が出た(http://spa2ch.doorblog.jp/archives/4215700.html)。「クールビズで選考にお越しください」と呼びかける企業の気遣い自体は素晴らしいものだけれど、実際にクールビズで選考に臨むと「そんなの建前に決まってるじゃないか。マナーがなっていない!」と面接官から思われる可能性がある・・・という就活生の心理を反映した結果と言える。これも就活生が「面接は、常にスーツで臨むのが常識だ!」と就活生に厳格なマナーを求める面接官の存在を想定しているからだろう。面接は我慢大会じゃないのだから、暑い日ならば礼を逸さない範囲で当然に涼しい格好で選考に臨むことが当たり前になれば良いと思う。その「礼を逸さない範囲」の定義が人によって異なるからこそ、中々難しい問題なのだが。


人を気遣えることが日本人の長所の一つなのかもしれないけれど、場合によっては個々がマナーの存在を気にしない、他人のマナー違反と思われる行為に寛容になることも必要だ。「クールビズで選考にお越しください」との呼びかけが無くても、暑い日は就活生・面接官共にクールビズで面接に臨み、互いにそれを気にしない。こういう空気が醸成されれば望ましいが、そんな日は来るのか・・・。


「こんな行動は、明らかにマナーに反している!」と怒る人に「人にそこまでの気遣いを求めるあなたが図々しいのでは?」と言う発想があっても良いとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事

就活を巡る議論には、もっと「極論」が必要だと思う

再び、「面接において『○分間で自己PRをお願いします』なんて会話はいらない」という記事への補足となるが、この記事に対して「自己PRが不要か否かという2極論は分かりやすいですが、単純過ぎる」とのご意見を頂いた。これは恐らく、「『○分間で自己PRをお願いします』という会話にも~な意義があるので、一概に不要とは言えないのではないか?」との問題意識が背景にあるご意見だと思う。


感覚として、一般的に「極論」を主張することが良しとされることが少ないのは分かる。しかし僕は、目的さえしっかりとしていれば極論を発することに問題は無いと思う。このことを裏付ける材料として、落合博満・前中日ドラゴンズ監督の著書「采配」の「『極論』から物事の本質を見直してみる」という章が挙げられる。これは、「ファンにとって観戦価値の高い日本シリーズを提供するためにはどうすれば良いのか」を考えることを目的として、万全と思われる現在のルールにあえて「極論(レアケース)」をぶつけることの重要性を語る章だ。誤解しないで欲しいが、落合さんは「極論」を通すこと自体が目的ではなくて、「極論」を通じて議論を活発化させることを意図している。


同じことが就活を巡る議論でも言える気がしている。単に「就活に嫌気が差している人を扇動する」ことを目的とした極論の提出は望ましくないだろうが、「企業・就活生双方が満足する就活のあり方を考える」との目的をもって「就活において、当たり前とされていること」に極論をぶつけることには意義があると僕は考えている。


前回・前々回の記事で取り上げた「面接において『○分間で自己PRをお願いします』なんて会話はいらない」という極論(こんなのが「極論」といえるのか、と言いたい人の気持ちは分かります・・・)は「面接では自己PRを語るのが当たり前」との常識を相対化するものだ。その結果「そもそもなぜ、面接官は自己PRを語らせるのか」、「自己PRをすることは、就活生が自分の能力・適性をアピールするのに役立ち、且つ面接官が就活生の能力・適性を審査する際に役立っているのか」、「自己PRを語らせること自体はおかしくないけれど、もっと良いやり方があるかもしれない」などの思考が生まれ、ひいては議論の活性化につながる。


他にも、例えば「企業は就活生を対象に、会場を借りて会社説明会を開く」という常識に対して「そもそも会社説明会は必要ないのでは?」との「極論」をぶつけることを考えてみる。そうすることで「会社説明会は一体何のために開かれるのか」などの根本的な話を見つめ直すことにもつながるし、もしかすると「今までは会場を借りて会社説明会を開いてきたけれど、会社概要を理解してもらうという目的を果たすためだったら、採用ホームページ上に従来より詳細な情報を載せれば足りるな。会社説明会を開かない分、社員と就活生間の座談会を増やそう」などの結論に達する企業が出てくるかもしれない。これは「会社説明会を開くか否かは企業の判断次第」との結論に始めから飛びついてしまっては到達できない境地だと思う。極論の主張者に他者の意見に耳を貸さない姿勢があるならばそれはマズいが、極論を語ること自体には意味があるのに、単に一度極論を主張しただけで「単純だ」との批判がなされるのは勿体無いことだ。


現在の就活には非合理的なプロセスがかなり組み込まれているが、それにも関わらず、そのような非合理性が常識として定着しているというもどかしさを感じている。どのようなことを非合理的だと感じるかは人それぞれだが、僕の感覚では、過去記事の「会社説明会に履歴書・エントリーシートを持ってくることを求める企業はおかしい」が30拍手以上獲得していることから(有難うございます!)、説明会に履歴書・エントリーシートの持参を求める企業の姿勢に違和感を覚えている人は少なくないのだと認識している。勿論、これは単なる一例に過ぎず、他にも非合理的な慣習はあるだろう。それを浮き彫りにするためにも、「就活における当たり前」に疑いの目を向ける「極論」を提出することが重要だと思う。


就活を巡る議論には、もっと「極論」が必要だと思うとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事

「第一印象」という誘惑と戦う武器としての「雑談面接」

前回の記事で「雑談面接」について紹介したが、これについて少し誤解している人もいるかと思うので補足する。「雑談面接」と聞くと穏やかな雰囲気で会話を楽しむ面接のことを想像される方も多いかもしれない。確かにそのような一面も無いわけではないが、実際は就活生・面接官双方にとって厳しい面接でもある。繰り返すが、「雑談面接」とは過去の行動事実を浮き彫りにする面接。就活生に関して言えば、このような面接では、事前に用意してきたことを吐き出すことはできないし、また嘘をついて面接を乗り切ろうとすることも難しい。面接官がとことん過去の事実について掘り下げてくるからである。


しかし雑談面接は、就活生よりも面接官にとって厳しい面接といえる。なぜなら、面接官は就活生の過去の行動事実を掘り下げる深い質問をしていかなければならず、且つ就活生が自分の良さを面接官に分からせると言うよりは、面接官の側が就活生の強みを会話から積極的に感じ取ることが求められるからだ。「学生時代に頑張ったことは何ですか?」、「あなたの強みと弱みは?」など予定調和的な質問をすることは雑談面接においてはタブーであり、あくまで自然な会話の中から就活生の人間性を浮き彫りにすることが面接官の役割なのだ。就活生・面接官双方の負担は大きいが、その分互いに納得して選考を終えられるというメリットがある。


以上のようなメリットを提示しても、もしかすると「面接官が誰と働きたいと思うかをどのように決定するかは、その面接官の自由。雑談面接じゃなくて、普通の面接で良い人材が採れると面接官が考えているのならば、その意思は尊重されるべき」と考える人がいるかもしれない。妥当な考えのように聞こえるかもしれないが、「会社に必要な人材を採用する」という採用活動の趣旨に照らせば、面接官個人の気持ちを尊重するよりも、就活生の人間性がより浮き彫りになる雑談面接の方がベターだと僕は考える。


大体、「学生時代に頑張ったことは何ですか?」、「志望動機を教えてください」などテンプレ通りの質問がなされるだけの面接では就活生も中身のある答えを返すはずが無いし(これは就活生のせいではなく、面接官の力量の無さが原因だと思う)、結局面接官が依拠するのは「第一印象」、「好き嫌い」という感覚的な要素になりかねない。「それでも良いんだ!」という面接官もいるかもしれないけれど、それに対しては「あなたは良いかも知れないけれど、人材を受け入れる企業としては良くないんだよ」とか「曖昧な評価基準で評価される就活生の身になるべきだ」とのツッコミが可能かと思う。


そもそも「雑談面接」は「新入社員はなぜ『期待はずれ』なのか」の著者の樋口弘和さんが薦めているものだが、彼がなぜ雑談面接を薦めているのかと言うと「ベテラン面接官であっても、ほとんどが第一印象のマジックに勝てません」との問題意識があるからだ。彼は採用コンサルティングの会社の社長なので宣伝の可能性もあると考えて彼の記述に接するべきだが、人が他人の評価を下す際に第一印象に依拠する傾向が強いのは心理学的にも証明されている。この点については、このブログの過去記事「面接においては、第一印象が『重要』どころか『全て』・・・?」で詳しく書いたが、社会心理学者である斉藤勇先生が「人は、なぜ足を引っ張り合うのか」という本で、人間に対する先入観がいかに変わりにくいかという「印象形成における初頭効果」という概念を紹介している。それに関連してではないが、樋口さんは「見抜き力のある面接官は、第一印象と戦う人です」とも述べる。


人間である以上他者を評価する際に、「第一印象」、「好き嫌い」といった感覚的な要素を完全に無視することは出来ないだろう。しかし、可能な限りそれらの要素を排除することを意識した選考を行わないと、企業・就活生双方に害を与えると思う。企業に関して言えば「なんで、こんな人採ったの?」との不満を後に持つかもしれない。また、特に落とされた就活生は「あんな淡白で、訳が分からない面接で落とされるなんて・・・」と精神的に苦しむかもしれないし、少し前の日経の「就活生は見た あきれた面接官」という記事でも「(面接の質問が)『学生時代何をやっていましたか』といった定番のものばかりで不安になった」との声が載っている。そのような弊害を避けるためにも、極力「過去の事実」を評価の基準にする雑談面接は有効だと僕は思っている。

面接官が就活生を審査する際に「第一印象」など感覚的な要素に極力左右されないための武器として、「雑談面接」は重要だとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事

面接において「○分間で自己PRをお願いします」なんて会話はいらない

ここ2回の記事では「卒業後就活」について書いているけれど、このようなことを書くと「日本の就活はダメ、その点海外の就活は素晴らしい」という海外礼賛者に思われそうな気がしている。しかし、僕には「海外の就活は素晴らしい」という気持ちは無い。なぜなら僕は、海外の就活事情について大して知らないからである(笑)「卒業後に就活してもハンディキャップにならない」、「大学の専攻と入社後の仕事がつながっている」などの漠然としたイメージはあるが、それらはあくまでイメージであり知識じゃない。


日本の就活のおかしさを指摘する際には、海外の就活事情に詳しくないよりは詳しい方が良いに決まっている。だから勉強しようとは思っているのだが、一方で海外の事情に詳しくなると自分が「海外では~だから、日本の就活はおかしい」という文脈を用いてしまいそうで、それが少し怖いと思っている。海外の事情関係なしに、おかしい慣行をおかしいと指摘するのが理想なので。


そんな自分の中の理想に沿った問題提起の一つが、面接官が就活生に「自己PR」を語らせることの不毛さである。「自己PRをしてください」との要求は日本に限らず海外の就活においても定番ともいえる行為のはずだが、日本の就活においてはそのような定番を採用する必要は無いのではないかと考えている。いかに海外企業で就活生に自己PRをさせることの重要性が語られていようが、日本の就活(特に面接の場面)では自己PRはいらないとの立場に僕は立つ(※この段落は、コメントの内容を受けて5月23日に修正しました。修正前の記述についてはコメント欄参照)。


就活の自己PRについて一番辛らつなことを言っていると思われるのが作家の曽野綾子さんで、彼女は以下のように述べている(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31782?page=2)。

自分の美点を人前で恥ずかしげもなく披露できる人は、他者の視点で自分を見ることができていないということです。だから平気で『自分はリーダーに向いています』なんて面接で言ってしまう。周囲は『出しゃばりな奴だな』と思っているかもしれないでしょう。自分のことをこうだと思い込むと、結局は自分勝手で幼稚な自己表現しかできなくなると思います

また、「就活のバカヤロー」では、大手広告代理店でリクルーターをしていた人の声が載っている。

印象に残る学生と言うのは、わざわざ自分から○○のような人間だとは言いません。会った後に、あいつは○○だったなと自然に評価されるものですよね

著者の石渡さんもこの意見に同意しており、就活生の自己PR・自己分析を否定している。


しかし、曽根さんとリクルーターの声を見て、あることを言いたくなった人も少なくないと確信している。そう、「就活生に自己PRを求めているのは、他ならぬ面接官の皆さんですよね?」と(笑)自分で自己PRを求めておいて、いざ就活生が自己PRをしたら「痛いわー」とか言い出す社会人。一体何を考えているんだろう。いい加減、自分がどれだけおかしなことを言っているか気づいて欲しいものだ。


人にもよるだろうけれど、就活生だって好き好んで自分の強みを語っているわけじゃないだろう。面接官が求めてくるからそれに答えているだけで。まさか企業は、「自己PRをしてください」との要求に対して「自分の長所を人前で恥ずかしげもなく披露することは私には出来ません!」との答えを求めているわけではあるまい。ちなみに、自己PRを求められた際の石渡さんの答えは「自分はバカ学生だった。勉強もサークルもろくにやってこなかった。でも、将来は○○な仕事で世界を変えたいと思っている」というものなのだが、現状の就活でこんなことを言ったらアウトになる可能性の方が圧倒的に高いはずだ。


就活生は面接官に求められて、仕方なく自分の強みを語っている。そして面接官は「就活生の自己PR痛いわー。普通、自分で『私は○○のような人間』だとは言わないから(笑)」と思っている。そんな状況下では、もはや自己PRなんか面接の場で語らせる必要なんか無いんじゃないか。


代わりに「新入社員はなぜ『期待はずれ』なのか」という本の第5章で紹介されている「雑談面接」が当たり前になれば良いと僕は思っている。この本はあまり読者からの評判が良くないのだが(笑)、その中でも5章だけは一定の評価を受けている。「雑談面接」とは志望動機や自己PRは不問で、徹底して過去の行動事実を浮き彫りにし、それを評価対象にする形式の面接だ。実際にヒューレット・パッカード(HP)社では、このような形式の面接が行われているらしい。自己PRを聞かずとも面接が成立する一例といえる。


加えて雑談面接には就活生・面接官共にマニュアルに頼らない、自然な会話をしやすくする効能があるように思える。「○分間で自己PRをしてください」との質問は、「はい、私の強みは○○です。学生時代、私は~な活動に取り組み・・・」というテンプレを答えることにつながりやすい。就活生のマニュアル依存が批判されるけれど、自己PRを求める質問に対しダイレクト且つ簡潔に答えようとすると、どうしてもテンプレ通りのものになるのは避けられない。それに対して雑談面接だと用意してきた答えを喋ることは少なくなり、自然な会話が成立しやすくなるのは想像に難くない。


ヒューレット・パッカード社が「雑談面接」をしているからといって、他の海外企業が同じ形式を採っているとは限らない。もしかすると海外でも就活生に自己PRを求めるのが普通なのかもしれない。しかし海外で「雑談面接」がそれほど主流じゃないとしても、それが日本で主流になっちゃいけない理由は無い。もし日本では、就活生・面接官共に「自己PR」なんか茶番でしかないと思っているのなら、雑談面接がメインになるのがお互いのためになるのではないか。


人気ブロガー「ちきりん」は「もうひとつのゼロベース思考」という記事で「既存制度を前提とせずに、あるべき論(あるべき姿)を考えよう」と主張していて、この考えは就活のあり方を考える際にも有用だと思った。就活において「自己PR」は当たり前のものとされているが、もっと良いやり方は無いのか。あるいは、面接にて自己PRを語ることが本当に就活生が自分の能力・適性をアピールするのに役立ち、且つ面接官が就活生の能力・適性を審査する際に役立っているのか。このような思考を経て、面接において「自己PR」なんかいらない+代替策として「雑談面接」が良いとの主張をするに至った。僕の感覚では就活の有識者は「基本的には現状維持がベスト」との立場の人が多くて、「あるべき論」はただの理想論として切り捨てられる傾向が強い(しかし、ちきりんの見解に従えば、それはただの「思考停止」とのこと)。僕はもっと「自分がゼロから就活のあり方を作っていいよ」と言われたつもりで色々考えたいと思う。

面接において「○分間で自己PRをお願いします」なんて会話はいらないとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事

「学生に勉強する時間を!」と訴える就活デモ参加者が、結果的に自分で自分の首を絞めようが知ったことではないはずだ

前回の記事では「卒業後就活」に「学生が在学中に学業や、留学などのその他活動に専念できる環境が整う」、「企業が、エントリーしてきた応募者が大学で何を学んできたのかを厳しく問う形式にすることで意欲・能力がある人を採用しやすくなる」という長所があるとの考えを記した。これは就活デモなどでよく主張される「就活のせいで勉強できない!(正確には「就活のせいで勉強する時間が削られる」という意味の訴えだと僕は思っている。いくら就活があっても勉強する時間を少しも確保できないとは思えない)」という訴えに応えることにつながる。


個人的にはおかしなことだと思っているのだが、「ゆとり」と評される就活デモ参加者が「学生に勉強する時間を!」と訴えて、社会人代表を気取っている感のある就活・人材コンサルが「新卒一括採用だからこそ、学生は勉強しなくても就職できるんじゃないか!」と主張しているところが面白い。一体どちらが「ゆとり」なのかって感じもする。加えて、非難されるのは概ね前者の訴えという点に日本の危うさがあるように思う。


もっとも、就活デモが掲げる「学生に勉強する時間を!」という主張に、例えば「どうせ就活がなくても、お前らは勉強しないでしょ?遊びたいだけなんでしょ?」との反論がなされるのも分からなくは無い。例えば去年行われた「就活ぶっこわせデモ」の公式ブログでは、文面・中身共に適当な文章が掲載されることもあり、本当に学業に打ち込んでいる人の主張とは思えないことも多々あった(そういえば、結局彼らが何を考えていたのか、よく分からないままで終わってしまいましたね)。


加えて、このブログの過去記事「常見陽平さん&海老原嗣生さん『どうせ文系の学生の多くは勉強なんかしないんだから、文系の学生については学生の本分が就活に侵食されてるとは言えないんじゃないですか?』」で紹介したように、常見陽平さんと海老原嗣生さんら数活の有識者も「就活が無くても、多くの学生は勉強なんかしない」との感覚を抱いていることも無視できない。もしかすると、就活デモ参加者の本心はただ騒ぎたいだけで、勉強なんかどうでも良いというものなのかもしれない。


しかし、「学生に勉強する時間を!」との訴えの説得力を考える際に「本当に主張者は勉強する気があるの?」と疑問を感じることには大して意味は無いのではないか。仮に就活デモの訴えに共感し「卒業後就活」の形を採る企業が増えれば、その企業は同時に採用選考にて従来より「大学で何を学んできたのか」を厳しく審査する可能性が高い。そのような状況下では、口では「学生に勉強する時間を!」と主張しながら実際は遊びまくることしか考えていないデモ参加者は困難な状況に陥るわけだが、それはそれで良いのではないか。単純に自業自得な訳だから。


もしかすると「本当に就活デモ参加者は勉強する気があるのか?」を気にする人は、強いて言えば「学生に勉強する時間を!」と訴えていた人が、学生時代の成果を厳しく審査する企業に対して「求める人物像の高度化反対!ゆとりにゆとりを!」と再度デモをしてくる可能性を想定して面倒臭い話になることを危惧しているのかもしれない。しかし、そんな一貫性に欠ける訳が分からない訴えは無視すればよい。「いや、あなたたち『学生に勉強する時間を!』と言ってたじゃないですか。そして実際に在学中に学ぶ時間は確保されたんだから、企業が学業の成果を厳しく聞くのは当たり前じゃないですか」と返せば良いだけの話。「学生に勉強する時間を!でも、企業は学生時代の成果を厳しく聞かないで下さい」との訴えは、さすがに擁護できません(笑)


そんな訳で「どうせ就活デモ参加者は勉強なんかしない」との意識を前提に「学生に勉強する時間を!」との訴えを退ける姿勢には反対の立場だ。正直「大学で勉強する時間を奪わないでくれ」という、どう考えてもまともな訴えが退けられるとしたら、そもそも「企業は、学生の学業の成果なんか根本的に興味ない!(あるいは、学業が大事じゃないとまでは言わないが、もっと重要視したい要素があり、その要素に比べれば学業の成果はどうでも良い)」という、誰もが分かりきっているけれどあまり口に出さない理屈しか考えられない。もしかすると企業(社会人)は、自分たちが学業の成果に興味を持たないことを隠すために「いやー、私たちは学生にもっと勉強して欲しいと思っているんですが、どうせ学生は勉強しないですから、就活システムは現状のままが良いんじゃないでしょうか」と言う、つまり学生をスケープゴートにすることで「学生に勉強する時間を!」との訴えを退けようとしていたりして・・・。


「学生に勉強する時間を!」と訴える就活デモ参加者が、結果的に自分で自分の首を絞めようが知ったことではないはずだとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事

なぜ「大学で専門知識を学んでいない人」の利益を考えて、新卒一括採用を支持するのか

就活の現状を評価する際に、あるいは改善案を考える際に重要になるのが「現状の慣習を貫くことで、あるいは特定の案を実行することで、誰にどのようなメリットがあるのか?」という視点を意識することだと思っていて、実際にプロ・アマチュア問わず就活について意見を述べる人はこの視点を多かれ少なかれ意識していると思う。そして「誰のメリットを一番考慮すべきか」という価値判断の違いが原因で、就活を巡る議論はしばしば混乱する。


例えば「新卒一括採用」の話について。新卒一括採用を否定する人の代替案は様々なものがあるのだが、ここでは「新卒一括採用はダメ。大学卒業後に就活をするような仕組みにするべきだ」との主張を取り上げる。この主張をもう少し詳しく言うと「これまで企業は採用選考で学業の成果を軽視してきたけれど、今後は企業が在学中の学生を選考することを止めて、学生が在学中に学業や、留学などのその他活動に専念できる環境を整える。その分大学で何を学んできたのかを厳しく問う形式にする」というものになる。


それに対して、新卒一括採用の良さを主張する人は「新卒一括採用という慣行があるからこそ、大学で専門知識を学んでいない人が採用される可能性がある」と反論する。実際に常見陽平さんの著書「くたばれ!就職氷河期」にこのような理屈が書かれている。加えて常見さんは「大学4年間を、就活のことなど考えずに学業やその他活動に専念し卒業後に能力開発を行う、海外を旅して知見を広げるなどの行為は人間を豊かにする。この考えを私は否定しない。ただし普通に考えれば分かると思うが、これができるのは、もともと自立していて意欲が高く、それなりの経済力がある学生である。勝ち組が、ますます勝ち組になるという構造になる」とも述べる。常見さんの議論は「新卒一括採用」を支持する理屈の代表的なものといって差し支えないと思う。


前者の主張は「大学できちんと学業を修めた人や、その他活動に打ち込んだ人」が「採用選考の場で、活動の成果がきちんと評価される」という利益を受ける。その他にも「全就活生」が「企業の求める人物像が曖昧な状態の、ふわふわとした就活に時間を費やさずに済む」という利益を受ける(面接官という「人」が就活生という「人」を評価する以上恣意的な要素を完全に排除することは出来ないが、それでも恣意的な要素の介在を薄めることはできる)。それに対して後者の主張は「大学で専門知識を学んでいなかったり、特に何もしてこなかった人」が「面接で人間性を評価されれば職を得ることができる」という利益を受けることができる。


どちらの主張も一理あるかもしれないが「卒業後就活」と「新卒一括採用」は両立しないわけで、どちらの主張がより優れているかの価値判断をしなければならない。この点について個人的には、新卒一括採用を支持する議論を耳にする際にいつも思うのが「え、なんで大学で何かに打ち込まなかった人の救済を第一に考えなければいけないんですか?その価値判断、おかしくないですか?」ということ。要は新卒一括採用支持者は「大学で専門知識を学んでいなかったり、特に何もしてこなかった人」のメリットを考えた上で自己の主張を展開しているように僕には思えるのだけれど、なぜそのような人たちのメリットを考える必要があるのかについての理屈をきちんと考えているかが疑わしいのだ。


もう一度常見さんの理屈を引用すると、卒業後就活にすると「もともと自立していて意欲が高く、それなりの経済力がある学生(勝ち組)が、ますます勝ち組になるという構造になる」ことを危惧しているが、それの何が問題なのか。自立していて意欲が高い人材が評価されて、そうでない人は評価されない構造はフェアだろう。経済力に関しての話は分からなくは無いけれど、経済力が無ければ企業が魅力を感じる有意義な体験が出来ないかと言えばそうではないと思うので、あまり説得力を感じないというのが正直なところだ。


誤解しないで欲しいが、今までの話は「大学時代に何もしない人は、職を得られないことで苦しんで当然」との主張ではない。加えて上では述べなかったのだが、常見さんは「卒業後就活」を導入することで「大学を卒業した職務未経験者が職探しの際に第二新卒者と競合することになる」との問題点も挙げていることも、議論をフェアにするために述べておきたい(上で挙げなかったのは少し卑怯でしたかね・・・)。とりあえず大学時代に怠けて職を得られなかった人について述べると、彼ら・彼女らに対しては職業訓練・既卒インターンシップなどのフォローが必要で、加えてそうしたフォローに携わる企業が得をするような仕組みを充実させることが必要だと思う。ただ、あくまで原則としては「学生時代に一定の活動に打ち込んだ人や、成果を出した人がより評価されやすいような仕組み」である方が就活生にも、そして就活生の意欲・能力をなるべく正確に測りたい企業にとっても良いと思う。


現在の就活は少なからず只の「嘘つき大会」になってる側面があって、それは「自分は大学で何もしていないけど、嘘をつくことで何とか就活を乗り切りたい!」、「大学ではとにかく遊びまくって、就活は先輩からアドバイスをもらって適当に乗り切ればいいやー」等と思っている人が得をする可能性が高い形になっていることを意味する。そして、そういう人たちの利益を尊重すべきかを考えた時に僕は「そんな必要は無い」としか思えなかったので「卒業後就活」を割と推している。第二新卒者との競合についての話については、ちょっと考えてみます(笑)


今回は「新卒一括採用」を取り上げたけれど、他にも「誰のメリットを一番考慮すべきか」という価値判断に接した際に「え、なんでそんな人の利益を第一に考えた慣習を支持されるんですか?」と疑問に感じずにはいられないことがあるかもしれない。ある主張がなされるに至った価値判断の背景にツッコミを入れると、案外日本の就活を巡る議論も錯綜せずに済むだろう。


なぜ「大学で専門知識を学んでいない人」の利益を考えて、新卒一括採用を支持するのか?との疑問に共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事

ブログランキングの不正に勤しむ、ランキング上位の人たち

少し前に「不正でブログランキング上位に食い込もうとする人の気持ちが分からない」という記事にて、ズルをしてブログ村のINポイントを稼いでランキング上位に食い込もうとする人の存在について取り上げた。ここでいう「ズル」とは「ブログ村の利用規約違反」のことであり、僕が指摘したブログは利用規約に反する「ランキングUPなどのために、不正なリンク(騙しリンク)を行ったり、クリックを強制する行為」を行っていたことにより、ブログ村からポイントを没収されていた。


ブログを始めてから「どのようなブログが支持されるのか」を検討するために、ブログ村の様々なカテゴリーのランキング上位のブログを見てみたけれど、正直「なんで、このブログはこんなにINポイントを得ているのだろう?」と疑問に思わずにはいられないサイトを多く目にした。もしかしたら、僕と同じような疑問を抱いている人もいるかもしれない。


ズルでランキング上位に食い込もうとする人に1位を取られた経験から、他にもブログランキングの不正があるのではないかと漠然と考えていた。そこで調べてみたところ(「調べた」といっても「ブログランキング 不正」と検索しただけですが笑)、むしろ上位のブログはランキング不正をしていて当たり前ともいえる状態であることが分かった。


ここでいう「不正」とは利用規約が禁じる「ランキングUPなどのために、システムを利用しまたは示し合わせた上で手動にて定期的に友達や仲間同士でクリックし合う行為」のことである。良い記事を書いて共感を得たことの証として読者の皆さんにランキングに協力していただくのではなく、自分がどういう記事を書くかは関係なく最初からランキングポイントを稼ぐことを目的としている人が少なからずいる。


一番明確に不正をしていると断言できるのは「ブログランキング応援団」とかいうコミュニティに入っている人たちだ。コミュニティの説明によると「ランキングバナーをなかなかクリックしてもらえない・・毎日自分でポチっとしていませんか?そんなあなたを応援します!!そしてこのコミュに入っている人で応援しあう!という目的のコミュです」とのこと。具体的には「はじめまして。相互応援よろしくお願いします。お返し応援には必ず行かせて頂きますので、よろしくお願いします」みたいなことを言ってスレッドを立て、それに対して「本日5/8応援させて頂きました!!今後も宜しくお願いします(^^)」と反応している人たちがいる。ここでいう「応援」とはランキングのバナーをクリックすること。これは明らかに規約が禁じる「示し合わせた上で手動にて定期的に友達や仲間同士でクリックし合う行為」に該当している。


他にも「あし@」、「おきてがみ」などのツールもブログランキング不正を助長しているらしい。不正をしているブログを通報する活動をしている(そんなブログがあったんですね!)「きよし君のブログ 2 ~ 相互クリック調査隊 ~」の記事によると、「置手紙はブログパーツのひとつで、メッセージや訪問履歴を残すことができます。健全に使っていれば何も差支えがないんですが、置手紙ユーザーの殆どが相互クリックをしているのが現状です(中略)置手紙ユーザーには暗黙のルールがあり、訪問履歴を置手紙に残せばランキングを応援した合図になります。こうやって複数人がグルになって相互クリックをし合っています。ポイントが入ればランキング上位になり、より多くの訪問者が期待できるからです」とのこと。


そして実際に、この掲示板(http://spider2.bbs.fc2.com/)に「おきてがみ」を活用しているブログが載っている。いくつかのブログを見てみると、確かにポイント数の割にアクセス数やコメントが少なすぎる怪しいブログが多い。断言は出来ないけれど、恐らく不正をしているのだろう。


勿論ブログ村の規約に違反しているからといって、それがどうしたという話。ただ僕みたいに「上位のブログには、何か支持される要素があるに違いない!文章力かネタか・・・」と思っている人がいるのならば「いや、彼ら・彼女らは単にズルしているだけですよ」と言いたい。「ブログランキング不正」の可能性について知らなかった頃は「僕のブログとランキング上位のブログ、一体何が違うんだ!なんでこんな写真が載っているだけのブログがこんなに支持されているんだ!」みたいなことを思っていたので(笑)今思うと、そんな真面目に考えるだけ損だったが・・・。このブログを読んでくださっている方で「ブログ村」などのランキングに参加されている方は、ランキング上位の多くは不正だと認識されると良い&「ブログランキング応援団」に参加するより、自分の記事の中身の向上が先だという気持ちでいるのが良いと僕は思う。


「ブログランキング応援団」に参加するより、自分の記事の中身の向上が先だという気持ちでいるのが良いという考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村
関連記事
main_line
main_line
ブログランキング
おかげさまで、ブログ村の「就職バイトブログ」のカテゴリで「1位」を取ることが出来ました。この場を借りて、お礼を申し上げます。これからも記事を多くの人に読んでいただけたらと思いますので、もし宜しければ、今後ともランキングへのご協力を宜しくお願いいたします。
RSSリンクの表示
follow us in feedly 
最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
リンク
FC2カウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
プロフィール

lingmu

Author:lingmu
FC2ブログへようこそ!

最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。