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石渡嶺司さんと倉本由香利さんの「起業」に対する考え方の違い

自分でも理由がよく分からないが、なぜか「そういえば、石渡嶺司さんって就活についてあまり意見述べなくなったな」ということを感じ、久しぶりに彼のツイッターに目を通してみた。ある程度さかのぼると、彼が学生起業について述べているツイートを見つけ、それに興味を持った。


 
見ての通り、「安易」な理由、考え方で起業をしようとする学生を批判するツイートである。恐らく石渡さんは「学生起業」そのものを否定しているのではないのだろうが、何だかんだで組織に属さず一人で仕事と向き合い戦っている石渡さんからすれば「そんな甘い考えで起業にチャレンジするの?」との感覚を持たずにはいられなかったのかもしれない。そして、その感覚は理解できる。


しかし、僕が彼のツイートに興味を持った理由は彼のツイートの内容に共感したからではなく、最近別のブログで、起業に関して石渡さんとは異なる考え方を目にしたからである。それは、最近「グローバル・エリートの時代 個人が国家を超え、日本の未来をつくる」を出版した倉本由香利さんの「My Life After MIT Sloan」というブログだ。元々はTOEFLの勉強論を知ることを目的としてそのブログを読んでいたのだが、最近は「起業家社会論」のカテゴリに属する記事にも目を通している。


そして、石渡さんとは異なる(と僕は感じた)考え方が書かれているのが「どんだけマッチョじゃないと起業できないんだ、日本は。」という記事だ。アメリカ(というか、ボストンやシリコンバレー)で起業する人たちを多く目にしてきた倉本さんの感覚からすれば、日本で起業しようとする人によく浴びせられるであろう「たかが企業にも就職できない人が、起業して成功する訳がない」、「本当にそんな覚悟はあるのか?」、「起業するのはいい考えだと思うけど、すごく大変だよ?」、「逃げてる気持ちでは、起業は成功しません」との批判に驚きを隠せないそうだ。


詳しくはリンク先の記事を読んでもらいたいが、例えば、倉本さんは「最初に起業した理由?そんなの最初に入った会社の上司がクソだったからだよ」と、日本では「逃げ」と受け止められる理由で起業した人を目にしている。また、石渡さんがツッコミを入れたがっていた学生団体の「ビジネスが失敗しても最後の手段として就活すればいい。就活でビジネスの経験をしていたというのは大きな武器になる」という記述についても、倉本さんは「アメリカだったら、起業に失敗しても、就職できる」との認識でいる。だから、倉本さんは「起業するのに、そんなすごい理由や覚悟は、本来必要ない」と考えている。


誤解しないで欲しいが、倉本さんも現在「日本」で起業することのハードルの高さは十分認識している。つまり、石渡さんも倉本さんも「現在、日本で起業することは安易な考えでは難しい」との認識を共通して持っている。僕が感じた二人の違いは、石渡さんは「日本での起業は厳しいんだから、安易な考えで起業するな」という考えなのに対して、倉本さんは「確かに現在の日本で気楽に起業するのは難しいが、その現状を変えて、若者が起業しやすい社会にした方が良いのではないか」と考えているところにある(倉本さんの考えを知るに当たっては「若者が起業しにくいなら、起業しやすい社会に変えていけば良い」という記事を読むことも有効)。


僕は起業のプロセスについて全く詳しくないが、漠然と「日本で起業することはハイリスク」との感覚を持ち、だからこそ「とりあえず起業して、失敗してもその経験を企業が買って就職できる」ような流れがあれば良いのではないかと感じていた(勿論、単に起業サークルを作って「私たち、起業に取り組んでるんですよー!」というポーズを見せておきながら実際はビジネスに全くチャレンジしていない・・・という学生は放っておけば良いと思う)。また、「若者よ、起業せよ」みたいなことを安易に言い出す人に対しても「どうせ起業して失敗したら『自己責任だから、その後の生活に苦労するのは当然』みたいなことを言い出すくせに」と穿った考えを持っていた。そもそも「若者が起業しやすい社会を目指すべきなのか」との問いに答えを出す必要はあるが(この点、倉本さんはこの問いに一定の答えを出している)、もしその問いに「yes」との答えが導き出せたら、単に若者のチャレンジ精神を喚起するだけではなく、社会としてそのチャレンジ精神をサポートする動きを活発化させること、あるいは若者の考えに「甘さ」が見えてもそこで門前払いするのではなく、考えのブラッシュアップをサポートすること等が必要となるだろう。


「若者が起業しにくいなら、起業しやすい社会に変えていけば良い」という方向性の倉本さんの意見に共感できるとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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海老原嗣生さんが危険視した「就職絶望期」は現実のものとなっているのか

「既卒3年=新卒扱い」とする企業は少しずつ増えてきていると思うが、今一度、なぜ企業に卒業後3年以内の人を新卒枠で受け入れる動きを進めることが求められたのかを確認したい。


結論から言えば、「新卒者のうち未就職の者の応募機会を確保すること」が理由となる。「新卒一括採用」のデメリット面としてよく語られるが、一度大学を卒業してしまうと企業へのエントリーがしにくくなるということを厚生労働省も問題視していた。そこで、雇用対策法に基づく「青少年の雇用機会の確保等に関して事業主が適切に対処するための指針」の一部改正により、事業主は、学校等の新卒者の採用枠に学校等の卒業者が学校等の卒業後少なくとも3年間は応募できるようにすることを求められたのである(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000wgq1.html)。


この背景に照らせば、企業は既卒者の中でも「既卒無業者」の応募機会を確保することを求められたと言える。例えば、三菱電機の募集要項には「既卒者・既修了者で、最終学歴卒業後、他社での勤務経験のない方、ポストドクターも可」、「既卒者で、最終学歴卒業後、他社での勤務経験がある方は、キャリア(経験者)採用として募集を行っています」と書かれているが、これは既卒無業者の応募の機会を一応保障していることの表れと言える(http://www.mitsubishielectric.co.jp/saiyo/graduates/recruit/info/info_april/index.html)。


ところが、企業の中には一見「既卒無業者」に新卒枠での応募機会を与えているようで、実は与えていないのではないかと思われる募集要項を公表しているところもある。どういうことかというと、既卒3年以内の無業者だけではなく、社会人経験者も新卒採用の枠で受け入れようとしているということだ。なぜ社会人経験者のエントリーを受け入れることが実質的に既卒無業者の応募機会を与えていないといえるのかというと、「無職の人より、社会人経験を積んだことで多少なりともマナーを身につけている若手社会人の方が必要とされるに決まっている」という単純な理屈が理由である。この点、海老原嗣生さんは「就職、絶望期」という本にて「既卒3年=新卒扱い」の効果の無さを主張しているのだが、その理由となっているのが「企業が既卒者のエントリーを可能にしても、その枠には若手社会人が応募してくるに決まっている」という理屈である。


海老原さんの記述を目にした当初は、正直「いや、『既卒3年=新卒扱い』は既卒無業者の救済のための動きだから、若手社会人が新卒の枠でエントリーできる形にはならないはずだ」と感じていた。しかし、この考えがまず覆したのがソニーの募集要項だ。ソニーの「新卒のルールを変えます」との宣言には多くの人が注目していたと思うが、その新卒枠に若手社会人が応募できることについて触れる人は少なかったように思う(ちなみに僕は触れました笑→http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-124.html)。ソニーは採用ホームページにて「2013年3月末時点で、最終学歴卒業後3年未満の場合は、職歴のある方もエントリー可能です」と明言していたのである(http://www.sony.co.jp/SonyInfo/Jobs/newgrads/faq.html#block2)。


最近、軽く大手メーカーの採用ホームページを眺めていたのだが、そこで他にもソニーと同じように若手社会人を新卒枠で受け入れることを明示している会社があることを知った。例えば、リコー。その募集要項には、「2013年3月末までに国内外の4年制大学、大学院その他これらに類する学校(以下「大学等」)を卒業予定の方、若しくは大学等を卒業し、就業経験がない方又は就業経験が3年以内の方で新卒予定者と同等の枠組での入社を希望される方」と書かれている(https://ricoh.saiyo.jp/2013/contents/recruit/index.html)。また、富士通の募集要項にも「大学、大学院、高等専門学校を2013年3月に卒業(修了)見込みの方 または既卒の方で新規卒業予定者と同じ枠組みによる採用を希望される方 (職歴の有無は問いません) 」と書かれていることから、既卒3年以内の社会人経験者も新卒枠にエントリーできるといえる。


他にもトヨタの募集要項には応募資格が「2012年4月~2013年3月に卒業・修了見込みの方、または2009年4月~2012年3月に卒業・修了された方」であることが示されているが、三菱電機と違い、特に若手社会人のエントリーを妨げる記述は無いので、もしかすると既卒3年以内の社会人経験者も新卒枠でエントリーできるのかもしれない(http://toyota-saiyo.com/biz/i_recruit/index.html)。同様に、パナソニックの募集要項も「既卒の方も新卒採用への応募は可能です」となっているに過ぎないので、若手社会人のエントリーが可能なのかもしれない。


ご覧の通り、超大手メーカーの募集要項ばかり紹介してきたが、社会人経験者を新卒枠で受け入れる動きがあることは伺えると思う。これは大手メーカーだけの動きなのか、それとも他の業種も調べたら同じような方針を採っている企業は案外少なくないのか、それは分からない。


誤解しないで欲しいが、別に若手社会人を新卒枠で受け入れようとするソニーらが悪いということを言いたいのではない。ただ、「既卒3年=新卒扱い」の動きに、必ずしも「新卒者のうち未就職の者の応募機会を確保すること」という本来の趣旨が内包されているとは限らないことは認識しておくべきだ。


海老原さんは「既卒3年=新卒扱い」により「若手社会人が新卒枠にエントリーすることにより、既卒無業者は救われないし、新卒も若手社会人に新卒枠を取られ苦しくなる」ことを問題視し、これを「就職絶望期」と称している。もっとも、企業が若手社会人のエントリーを受け付けたからと言って、新卒・既卒無業者が必ず不利な状況に置かれているとは限らない。僕は上で若手社会人が有利と思われる理由を「社会人経験を積んだことで多少なりともマナーを身につけている」としたが、企業によっては「他社で中途半端に仕事をかじった人より、まっさらの人の方が良い!」と考えるところもあるかもしれない。海老原さんの言うところの「就職絶望期」が起きているかを検証する方法は一つ思い浮かぶが、それはまた次の記事で。


「既卒3年=新卒扱い」の動きに、必ずしも「新卒者のうち未就職の者の応募機会を確保すること」という本来の趣旨が内包されているとは限らないことは皆が認識しておくべきだとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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そもそも「社畜」とは何だっけ?・・・「社畜のススメ」の著者、藤本篤志さんの定義と海外ニートさんの定義

本棚を整理していて、実に久しぶりに「社畜のススメ」という本を目にしたのだが、そこでふと「そもそも社畜とは何だっけ?」という疑問が浮かんだ。


wikipediaを見ると、「社畜」とは「企業に飼い慣らされてしまい自分の意思と良心を放棄し奴隷(家畜)と化したサラリーマンの状態」を揶揄した言葉であると説明されていた。ここで気になったのは「自分の良心を放棄し」という記述。wikipediaを見る前の僕の印象では、「社畜」とは「会社の言いなりになる人」という意味だと思っており、「自分の良心を放棄する」という要素が含まれるとは特に考えていなかった。また、「社畜のススメ」においても、著者の藤本篤志さんは「社畜」の説明として「会社に言われれば何でも愚直に言うことを聞く、奴隷のようなサラリーマンの姿を連想するでしょう」と述べていて、その後の記述も併せて読むと、藤本さんは「社畜=会社の歯車」と認識されているように僕には思えた。そして、「会社の歯車」であるということから即「自分の良心を放棄する」という要素が導けるかと言うと僕には疑問だったので、「社畜」が特定の人を揶揄する言葉として機能することはおかしいと感じた。


しかし、一方で「『社畜』がこの定義だったら、人を揶揄する言葉として機能することも問題ないだろうな」と感じさせる定義も目にした。それは、日本の労働環境を徹底的に批判してきた海外ニートさん流の定義で、「一介の雇われの身なのに何を勘違いしたのか経営者視線でモラル的、法律的にも間違った価値観(サビ残、休日返上当たり前。有給を使わせないなど)を押し付けて来るような連中を指します。会社の間違ったやり方に加担して、本来は同じ立場であるはずの労働者の権利を奪う側に回っている人たちや、『俺らがこんなにキツい思いしてるのに楽するヤツがいるのが許せない!』って感じで協調性(と言う名の同調圧力)や、不幸の横並びを強要して来る人たちの総称(http://ameblo.jp/helpinghand/entry-10616500735.html)」というもの。これは特に会社から命令されている訳ではないが、社員が自発的に、例えば他の社員に対して「おい、何有給取ろうとしているんだ。仕事をなめてるのか」といったことを言い出している状況を指していると言え、単に「会社の歯車」になっているに留まらず他人に危害を加えるレベルに達している。経営者にとっては大助かりだろうけれど、勿論こんなことが許されていいはずが無い。


結局のところ「社畜」の意味をきちんと調べたわけではないので(笑)、この言葉の本来の意味はよく分からない。「社畜」の定義の理解は人それぞれだろうが、少なくともこの言葉が特定の人を揶揄する言葉として機能していることは皆の共通認識となっていると思う。そこで僕は、自分が「社畜」という言葉を使う際には、海外ニートさんの定義に従う形で使いたい。つまり藤本さんのように、単に社員が「会社の歯車」になっている状況をもって、それを社畜と呼ぶという形を僕は採りたくない。理由は単純なもので、「会社の間違ったやり方に加担して不幸の横並びを強要して来る人たち」は十分揶揄されるべき人であると感じるのに対して、単に「会社の歯車」となっているに過ぎない人を揶揄すべき理由がよく分からないからである。加えて、「会社の歯車」となっていることを揶揄し始めたら、殆どの社会人が揶揄される客体になって息苦しいのでは・・・との思いもある。


「意識の高い学生」の定義を考えた際にも同じような事を述べたが、人を揶揄する意味を持つ言葉を使う際には、バカにする人の範囲をきちんと限定することでバカにされてもしょうがない人のみが不愉快な思いをするようにし、本来揶揄されるべきではない人に「あぁ、また私はバカにされている」と思わせないように注意すべきだと僕は考えている。「そもそも、他人を揶揄すべきではない」と考える人もいるかもしれないが、僕は人間が出来ていないので(笑)、そのような考えは採りません。今後このブログで「社畜」という言葉が使われた際には「会社の間違ったやり方に加担して不幸の横並びを強要して来る人たち」が批判の対象で、単に「会社の歯車」となっている人を「社畜」として批判することはないので、そのつもりでお願いします。


「社畜」とは「会社の間違ったやり方に加担して不幸の横並びを強要して来る人たち」のことであり、そんな人たちは揶揄されて当然との考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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倫理憲章に「情報の公開」に関する規定を復活させるべきだ

去年の朝日新聞の記事が正しければ、経団連は去年3月に改定した倫理憲章の検証を大手企業が採用活動を終える6月以降に始めるとしている(http://www.asahi.com/national/update/1219/TKY201112190637.html)。つまり、現在も倫理憲章の内容について検討をしている最中なのかもしれない。そこで僕自身も改めて倫理憲章に目を通してみた所、一つ前の倫理憲章にはあるが、現在の倫理憲章には無い規定があることに気がついた。


それは、「学生の就職機会の公平・均等を期すとともに、落ち着いて就職準備に臨めるよう、企業情報ならびに採用情報(説明会日程、採用予定数、選考スケジュール等)については、可能な限り速やかに、適切な方法により詳細に公開する」という「情報の公開」に関する規定である(2009年10月20日改定の倫理憲章 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/087.html)。


倫理憲章の理解を深めるための参考資料に目を通しても、2009年の資料には「広報活動」の定義は「業界情報、企業情報ならびに説明会日程、採用予定数、選考スケジュール等の採用情報を、学生に対して広く発信していくことを目的とした活動」と書かれているのに対して、去年の資料では「広報活動」が「採用を目的として、業界情報、企業情報などを学生に対して広く発信していく活動」と説明されている。「業界情報、企業情報など」という記述に「説明会日程、採用予定数、選考スケジュール等の採用情報」も含まれないとは言い切れないが、明記されていない以上、経団連の感覚としてこれらの情報を就活生に確実に提供することの重要度は下がったのだと思われる。


僕の感覚では、就活生は業界情報、企業情報と同じくらい説明会日程、採用予定数、選考スケジュール等の採用情報に飢えていると思っているので、最新の倫理憲章に「情報の公開」に関する規定が削除されたことが理解できない。これらの情報がきちんと公開されてこそ、就活生は就活と学生生活との両立を図りやすくなるし、またこれらの情報の公開を企業に求めることがそれほど重い負担とも思えない。だから、僕はこの規定を復活させるべきではないかと考える。


また、採用情報の公開に関しては、企業は就活生の予測可能性を担保することを意識するべきだと思う。以前、このブログでも取り上げたが、JR東日本の採用ホームページを見ると一応採用フロー、採用スケジュールの公開はなされている。しかし、ポテンシャル採用(総合職)第1回の採用スケジュールを見ると、書類選考の合否が通知され得る期間が3月15日~4月23日と非常に幅広い(http://www.jreast.co.jp/recruit/student/recruit/screening/potential.html)。これでは、就活生も「いつ企業から連絡が来るのか」という予測を立てることは事実上難しいだろう。JR東日本にも事情はあるのだろうけれど、このような採用スケジュールの公開は形式的なものに過ぎないと評価せざるを得ない。一方で、ポテンシャル採用(総合職)第2回の書類選考の合否が通知され得る期間は5月17日~5月31日と、まだ期間が限定されているので就活生の予測可能性はまぁまぁ担保できていると言えるかも知れない。



情けないことに、ある採用情報の公開が就活生の予測可能性を担保できているか否かを判断する明確な基準が自分の中には無いが、少なくともポテンシャル採用(総合職)第1回の書類選考の合否の通知のように、書類選考の合否が通知され得る期間が1ヶ月以上に渡っている場合は、明らかに就活生の予測可能性を担保出来ているとはいえないだろう。


まとめると、①倫理憲章に「情報の公開」に関する規定を復活させるべき、②その情報の公開は形式的なものにするのではなく、例えば「採用スケジュール」という情報の公開だったら、就活生が「いつ企業から連絡が来るのか」という予測を立てられるような形で情報を伝達する・・・というものになるだろうか。他にも倫理憲章には改善すべき点はあるので、それについても新たに、あるいは改めて触れていきたい(そもそも、「倫理憲章」は破られまくっているから存在意義が無いという人もいるけれど、何だかんだで倫理憲章は当分は存在する可能性が高いので、それとどのように付き合うかを考えることも重要だと僕は考えている)。


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小暮真久さん「英語で書き上げた修士論文を面接官に見せたら『こんなもの読めるわけない』と突き返された」

最近このブログでよく取り上げているDSS(大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会)の問題意識の一つとして「企業は採用活動の際に大学の成績を参考にしたくてもできない」というものが挙げられる。DSSの認識によると、企業が大学の成績を参考に出来ない理由は、「多くの文系学生は単位をとることには熱心になっているが、良い成績をとるために一生懸命になっているわけではない」、「大学の授業の評価方法にばらつきがある(学生に考えさせる課題を出して優れた結果を残さなければ「A」をつけない教授もいれば、授業にすべて出席すれば「A」をつける教授もいる)」という点にある(http://www.npo-dss.com/company.html)。この問題を解決することがDSSの目的の一つである。


しかし、そもそも「就活生が大学での勉強の話をすることを本当に企業側は望んでいるのか?」を今一度考え直してみるべきではないか。例えば、仮にある就活生が「教授から評価されるレベルの学術論文を書き上げ、結果として賞をもらえた」とのエピソードを話したにも関わらず、面接官がその話に興味を示さず、論文作成のプロセスに突っ込みを入れなかったケースがもし存在するならば、DSSの活動の前提となっている「企業は採用活動の際に大学の成績を参考にしたくてもできない」との考え方自体怪しくなってくる。


実際に、このブログによくコメントを下さるWilliam Yaminさんは「僕は面接で大学で勉強したことを聞かれたので、ゼミや英語の授業、またプライベートで研究していたヨーロッパサッカーにおける経済の影響や、クラブチームの経営に関する話をしたら、途中で止められたことがあります。質問をしてきたから喋っただけとはいえ、向こうが本気でそんな話を聞きたかったとはとても思えなかったです」と述べている(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-248.html#cm)。多くの面接官は、一応は「大学で何を学んだのか」を就活生に聞くが、別にそれについて関心があるから聞いているのではなく、単に形式的に聞いているに過ぎないのかもしれない。


また、TABLE FOR TWOの活動で有名な小暮真久さんは、著書「『20円』で世界をつなぐ仕事」で、ある大手メーカーの面接でオーストラリアの大学院にて英語で書き上げた修士論文を持参したところ、面接官から「こんなもの読めるわけない」と論文を突き返されたエピソードを紹介している。それに対して小暮さんは「これが日本のグローバル企業の実態なのか」と落胆したそうだ。一方、小暮さんが就職先として選んだマッキンゼーの面接では、小暮さんの研究の説明に対して、その研究について門外漢のはずの面接官が「それはこういうことだよね」と理解し、且つ「これをこうしたらどうなの?」と改良のアイディアも出してきて、小暮さんは話をしていて楽しい面接だったと振り返っている。


小暮さんのエピソードを読むと、いくら学業を通じて能力を培っても、評価する面接官によっては「豚に真珠」で終わることもあるのだなということを思い知らされる。大手メーカーの面接官がきちんと論文を目を通せば小暮さんの英語力や文章構成能力、論理的思考力などを確認でき、それに加えて口頭でのコミュニケーション能力を確認すれば十分会社の利益に貢献できる人材を獲得できたはずなのに・・・。DSSの認識としては「企業は、学生の学業の成果を参考にしたくても出来ない。なぜなら、現状は学業で成果を出すこと=能力を身につけたと評価できないから」というものだけれど、小暮さんは明らかに学業に打ち込むことを通じて仕事にも使える能力を培ってきたにも関わらず、それが日本企業の面接官からは評価されなかった。これが僕の中で「就活生が大学での勉強の話をすることを本当に企業側は望んでいるのか?」との疑問が強くなる所以である。


就活と学業の関連についての話においては、割と「日本の学生は勉強していないし、そもそも大学の講義の中身自体がクソ。だから、企業も学業の成果を見れないんだ」といった日本の学生・大学の帰責性を問う論が語られることが多い。しかし、この記事で取り上げたように、仮に就活生が学業を通じて能力を培ったことが強く推定される状況下においても、どうせ企業はその学業の中身について関心を示さないのではないか。このような視点も、就活と学業との関連を考える際に必要だと思う。


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飲み会、社員旅行への「強制参加」を通じて、社員の「組織との一体感」を高めようとするのは如何なものか

前回取り上げた「正直やめて欲しいと思う会社のルール・習慣ランキング」を見返すと、「組織との一体感」を高めるためと思われる慣習が結構多いなと感じた。具体的には、「忘年会や新年会は強制参加」、「社訓の復唱がある」、「強制参加の飲み会が自腹」、「社員旅行に強制参加」、「上司や同僚をニックネームで呼ばなければいけない」といった要素が該当する。


労働政策研究・研修機構が公表した「『第6回勤労生活に関する調査』結果」によると、「組織との一体感(会社や職場への一体感を持つこと)」について約9割の支持率を示している(ここでいう「支持」とは、「良いことだと思う」「どちらかといえば良いことだと思う」の合計)。このことからも、日本人が「組織との一体感」を重視していることが伺えるし、それ自体は別に間違ったことではない。


問題は、その一体感の醸成が「強制」によりなされることだ。まず、飲み会や行事への強制参加に対して良く思わない社員が一定数いることは「正直やめて欲しいと思う会社のルール・習慣ランキング」を見れば明らか。加えて、「強制」によって社員間の仲を深めようとしても、そんな取り組みに一体どれだけの効果があるのか。例えば「上司や同僚をニックネームで呼ばなければいけない」なんて、何も知らない人が見たら社員間の仲は良く見えるかもしれないけれど、表面上だけ仲良く見えてもそんなことには何の意味もないはずだ。


勿論、飲み会や旅行への参加の強制もおかしいのは言うまでも無い。別に飲み会や旅行の開催自体を否定しているのではなくて、あくまでも「強制参加」という点がおかしいと思っている。別に「参加したくない人は参加しない」でいいはずなのだけど。「飲み会に皆来なきゃ嫌だ、嫌だ!」って、普通に子ども並みの考え方では・・・。


もっとも、飲み会や社員旅行の意義も一応あるとされていて、だからこそ「お前が参加しないことで、会社の雰囲気が悪くなるといった損害が発生するんだ!」みたいなことを思う上司もいるのかもしれない。会社の中には補助金を出して「飲みニケーション」を支援する所もあるが、その目的は「仕事の生産性を上げるために他なりません」と臨床心理士・尾崎健一さんは述べる(http://www.j-cast.com/kaisha/2012/04/27130615.html?p=all つまり参加しない人が出てくると、仕事の生産性が下がる危険性があるということだろうか)。尾崎さんによると、部下の上司に対する信頼感は、上司の「仕事の能力」「誠実な態度」「部下の幸せに対する思い」の3点によって高まるという研究があるが、前の2つは主に仕事で示せるのに対して、3つめは仕事だけでは伝わりにくいものであり、だからこそ「飲みニケーション」を通じて飲食をしながら「私的な話」をすることに意義があるとのことだ。そして、「飲みニケーション」により上司の「仕事の能力」「誠実な態度」「部下の幸せに対する思い」が浮き彫りになることで、ひいては部下の上司に対する信頼感が高まり、結果として社員の「組織との一体感」の醸成につながるということだろう。


しかし僕は、尾崎さんの意見を見た後でも、相変わらず、「部下の幸せに対する思い」を尊重したかったら益々飲み会への参加を強制することを止めるべきなのでは・・・としか思わなかった。そもそも飲み会に行きたがっていない社員が飲み会に参加しても、尾崎さんの言う「上司の、部下の幸せに対する思い」を感じ取るわけがないと思うし。僕の考えでは、別に飲み会などのイベントを開かなくても、普段の仕事の中で上司が親身に部下に接していれば、自然と部下の上司に対する信頼が高まり、それが社員一人一人の「組織との一体感」の醸成につながると思う。「組織との一体感」を社員に植え付けるためにイベントを必要とする考えはよく分からないし、ましてやそれが強制力を伴うものだったら、そのイベントの存在価値は無い・・・どころか社員の精神力を削ると言う意味ではただただマイナスでしか無い。


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「サービス残業が当たり前」、「意味のない定例会議」、「先輩や上司より早く帰れない」・・・社員を肉体的・精神的に追い込むバカな習慣を無くしていくべきだ

gooランキング編集部で「正直やめて欲しいと思う会社のルール・習慣ランキング」の調査が行われ、その結果が載った記事を読んだ。順位としては、以下のようになる。

1.サービス残業が当たり前
2.意味のない定例会議
3.先輩や上司より早く帰れない
4.トイレットペーパーの1回の長さが決められている
5.忘年会や新年会は強制参加
6.社訓の復唱がある
7.強制参加の飲み会が自腹
8.決定事項がころころ変わる
9.女子に雑用をやらせる
10.忘年会や新年会を除く飲み会にも強制参加

また、11位以降には以下のような習慣がランクインしている(http://sierblog.com/archives/1638422.html

バレンタインデー、ホワイトデーの習慣 上司への接待が頻繁にある
社員旅行に強制参加 始業時間の30分以上前に出勤しなくてはならない
お茶係が決まっている 遅刻した時、罰ゲームがある オフィスが禁煙ではない
上司や同僚をニックネームで呼ばなければいけない 社内恋愛禁止
電話を1コール以内にとらなければいけない 表に出にくい業務を軽んじる
朝礼でラジオ体操 各種申請システムが複雑 年功序列
事務など業績に直結しない業務を軽んじる 髪型や髪の色が決まっている
服装にうるさい(ブーツ・ネイルアート禁止など) クールビズ不可
定時以降は冷暖房がストップする オフィスでの飲食禁止

いや、何と言ったらいいか・・・(笑)正直、これらのルール・習慣を重要だと思っている人なんかより、宇宙人との方がまだ分かり合える気がしてしまうくらいだ。若者の離職率の問題を考える際にも、企業の意味が分からない習慣について目を向けるべきではないか。さすがに、上で取り上げた慣習が全て存在する企業があるとは思わないけれど(笑)、どれか複数あるだけでも会社を辞める理由としては十分だ。


もっとも、このような意味の無い習慣の存在に異議を唱えると「社会とは理不尽なものだ!」と言い返してくる人がいるから救いようが無い。しかも僕の感覚としては、「理不尽な慣習を無くすべきだ」との主張よりも、「社会は理不尽なものに決まっているから文句を言ってもしょうがない」という主張の方が支持されやすいような気がするので、一体どうなっているんだと思っている。どう考えても責められるべきなのは無意味な慣習を維持して、その結果社員を精神的に苦しめる会社(というか上司?)のはずなのだけれど・・・。本来尊重されるべき意見が「甘え」とみなされて、本来淘汰されるべき意見が「社会は理不尽なものなんだ!」という訳が分からない理屈の後ろ盾を得て支持される。これが日本の社会のおかしさの一つだと僕は考えている。


これらの意味の無い習慣にこだわっている企業に見習って欲しい例が、2012年5月から「1日6時間労働」をスタートした「スタートトゥデイ」の取り組みだ(http://www.j-cast.com/kaisha/2012/06/06134754.html?p=all)。J-CASTニュースの取材によると、労働時間を短縮しても給料は変わっていないし、また業務も滞りなく行えているとの事だ。その背景には、「社内会議の資料の簡素化(パワーポイントを使わない)」や「会議時間の短縮」、「口頭で連絡ができる場合は、メールを使わない」など、業務を効率化するための工夫がなされていることが挙げられる。加えて、「朝礼や日報は、本当に必要なのか」といった検討も行われている。


日本では「長時間労働」、「過労」が深刻な社会問題となっているけれど、その解決のための視点の一つとして「この習慣は本当に必要なのか」というものが大事になってくる。無駄なことに時間を費やして、無駄に会社に遅くまで残って、その上仕事で結果が出るわけではない・・・。こんなんじゃ、誰も幸せになるわけがない。大事なのは「頑張っているフリを長時間する」ことではなく「仕事で結果を出す」ことのはずなのだから、そのためにも、社員を肉体的にも精神的にも追い込むバカな習慣を無くしていくべきだ。


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面接官「就活生の話は旅行・バイト・サークルのことばかりで飽きた」

1年以上前の記事の紹介で恐縮だが、去年の2月に就職難のなか20~30代がどう生き残るべきかを話し合う「これからの商売の話をしよう」という対談が行われた(http://news.nicovideo.jp/watch/nw31200)。エコノミストの飯田泰之准教授が司会を務め、ゲストにカリスマバイヤーとして知られる坂口孝則氏、作家・経済評論家の三橋貴明氏を迎えて議論がなされた。飯田泰之准教授は、確かBSフジの番組でもオピニオンアナリストとして就活と雇用の問題点について話していたので、現在の就活のことについて何か優れた考えを持っているのかもしれない。


ところが・・・、今回紹介する記事のタイトルは「旅行・バイト・サークルの話しかしない就活生に、面接官は飽きている」という、どうしようもないもの。このタイトルの由来は、坂口氏が面接官から聞いた「学生が面接で話すことは3つしかない。海外旅行の話、バイトの話、サークルでリーダーシップをとった話。面接官は飽きている」というエピソードを紹介したことだ(勿論、全ての面接官がこの面接官と同じ意識であるわけは無い・・・はず)。この面接官は、さぞかし多くの人をワクワクさせるような学生生活、会社員生活の武勇伝をお持ちなんでしょうね。加えて、坂口氏が紹介したエピソードに飯田准教授も「学生のエントリーシートを添削することがあるが、まさにそれ」と同意している。この人も一体何様なんだろう。


これを受けて坂口氏は「自分を高く売るためには他人の逆をいくべき」と述べる。まぁ、それは良いとしても、その「他人の逆をいく」例がかなりクソで、「面接でバイトやサークルの話をするくらいなら、『4年間ずっと勉強だけをしていました』とアピールするほうがいいのでは」とのことだ。現在、多くの企業がエントリーシート・面接にて「皆と協力して何かを成し遂げた経験を教えてください」みたいな設問を設けていると思うのだけれど、本当に「4年間勉強だけしてた」で通用すると思っているんだろうか。就活生がサークルやバイトの話をよくする背景には、勿論彼らがあまり勉強していないという事情もあるだろうけれど、単純に企業の問いかけに対応するために当然の行動を取っているとも言えると思う。


この記事からは、「自分のことを棚にあげて、就活生の話をつまらないと言い出すワガママ面接官」、「無責任で、適当なアドバイスをする社会人」の存在が浮き彫りになっている。特に後者は厄介だと思う。例えば、常見陽平さんが以前「就活のネタをつくるためにやたらと変わった体験をしようとする学生」を批判していたけれど(http://news.nicovideo.jp/watch/nw270962)、そういう学生が生まれる背景には坂口氏のように無責任なアドバイスを吐く社会人の存在があるのではないか。他にも、自己紹介なんかで変わったことを言う就活生なんかは「自分をアピールするためには、人と同じじゃダメだ・・・」という強迫観念に駆られているのかもしれない。勿論おかしなアドバイスを批判精神無しに受け入れる就活生も悪いのだが、一方で社会人面して適当なことを言う坂口氏のような人もいるということは注意しなければならないのではないか。


最近は「企業=強者、就活生・労働者=弱者」との構図を破棄することを意識してきたけれど、今回のような記事を読むと、やはり企業・社会人が就活生に対して圧倒的に優位な一面もあるということを再確認させられる。ただ、「旅行・バイト・サークルの話しかしない就活生に、面接官は飽きている」という記事には「就活生からしたら毎度毎度同じ質問ばっかりでホントに学生を知りたいと思ってるのかと感じるが」、「飽きたって・・凡庸な生き方であっても、いち学生の歴史を一言で切り捨てるとか何様のつもりなんだろうな。あきれを通り越して怒りすら感じる」・・・など就活生を擁護する立場を採るコメントも多数ついていて、そこには希望を感じた。


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「就活の矛盾を学生の力で変えませんか?」・・・DSS活動学生推進委員会というものが出来るらしい

これまで現在の就活を批判する動きとして「就活デモ」、「就活の問題を訴える院内集会」、「やっぱ、おかしい日本のシューカツ!? 学生がホンネで語ろう!就活シンポ4(+そのシンポジウムの実行委員会が作成した「就活改革提言」)」を紹介してきた。それに加えて、この度「DSS活動学生推進委員会」というものが出来るらしい(http://www.npo-dss.com/dss_web_0522.pdf)。


一般的にはあまり知られていないが、DSSとは「大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会」のことを指す。これは「就活革命」、「面接官の本音シリーズ」などの著作で知られる辻太一朗さんが代表を務めるNPOであり、活動内容は「大学の授業内容と成績評価内容の調査及その結果の公開」、「企業に対する大学の成績の活用促進と活用手法の提案」だ。そして、このNPOから派生して、学生主体の委員会が出来るという動きがあり、現在は委員会の発足メンバーを募集している最中のようだ。


これまで紹介した就活批判の動き、そして僕のブログは、比較的「企業・社会に問題があり、その是正が必要」との立場を採っている。この点、「DSS活動学生推進委員会」は少し方向性が異なる。この委員会は「就活の矛盾」を「企業は、特に文系学生に対してアルバイトやサークルなどの課外活動を評価し、大学の成績をあまり参考にしていません。それゆえに学生も大学の授業に熱を入れるより、課外活動に打ち込んだ方が自分の将来のためになる」と捉えている。この認識に立脚して、その活動内容は「企業人事部長・大学講師の取材、学生への調査を通じて正規(大学の講義)と課外活動(サークルなど)の両方が重要であることを学生・企業に伝える」というものになっている。具体的には、例えば企業に「大学での授業に力を入れることは重要なのか」、「大学の成績はどうすれば参考に出来るのか」などの取材をするらしい。就活デモなどの活動や僕のブログがやっていることとは違うけれど、これはこれで意義のある活動に思える。


一つ危惧されるのは、「DSS活動学生推進委員会」の発足メンバーに与えられる特典だ。発足メンバーは「人事専門家が発足メンバーの就業力向上を徹底支援」という特典を得ることが出来、具体的には富士通株式会社が開発中の「就業力強化支援システム」を無償で利用できたり、「採用・就職専門家による各大学ごとの専任サポーターによる就業力・就職力アップの支援」の恩恵を受けれたりする。ここでいう「採用・就職専門家」とは辻太一朗さんの他、常見陽平さん、小宮健実さん、外村学さんら人材関連を専門とする人たちのことで、彼らがDSSの学生をサポートするということだ。これを見ると、「就活の矛盾」を指摘することを目的とする団体というよりも、「就活を有利に乗り切るための団体」というイメージを少なからず持つ。加えて、なぜか発足メンバーの対象大学は「青山学院大学、慶應義塾大学、国際基督教大学、上智大学、中央大学、東京大学、一橋大学、法政大学、明治大学、早稲田大学、立教大学」と関東の偏差値の高い大学に限定されており、なんか高偏差値大学生のための就活対策団体という気もする。


下手すると、この団体のメンバーは常見陽平さんの言う「意識の高い学生w」に該当するのではないか。というのも、常見さんは自身の記事(http://news.nicovideo.jp/watch/nw270962)で「意識の高い学生w」を「学生生活、特に就活に前のめりで取り組んでいるのですが、何かズレていて滑稽な学生」と説明しており、且つここでいう「何かズレている」とは「就活につながることだけを頑張ること」を意味している可能性があるからだ。そして、「DSS活動学生推進委員会」では「就業力強化」という、モロに「就活につながること」に集中して取り組める場がある訳で・・・。もし常見さんが記事で「意識の高い学生w」を馬鹿にしておきながら、彼らを支援するプログラムに参加しているという構図が出来るとすれば少し滑稽である。勿論、団体の実態はまだ分からない訳で現時点ではなんとも言えないけれど、僕には「就活の矛盾」を指摘する団体の特典に「就業力アップ」のプログラムがついてくる理由がよく分からない。


とは言え、大学教育と職業生活の接続が上手くいっていないことが日本の就活の課題の一つであることは間違いない。そして、この課題が企業に「就活が学業を阻害している?や、そもそも大学の学業なんて意味ないでしょ」という意識を植え付け、企業のそんな意識が一部の学生に「就活のせいで講義に出れない!」といった不満を抱かせている・・・という負の連鎖をもたらしている。その負の連鎖を断ち切る可能性を感じさせるという意味で、DSS及び「DSS活動学生推進委員会」の活動には意義があるかもしれない。


「大学教育と職業生活の接続」を機能せしめるという意味で、DSS及び「DSS活動学生推進委員会」の活動には意義があるとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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「終身雇用」約9割の人が支持~多くの日本人は「重症」なのか~

最近、終身雇用・解雇規制の緩和に関する記事を勉強不足なりに書いてきたけれど、NHKが報じた「『終身雇用』約9割の人が支持」というニュースを見ると、僕の意見はあまり支持を得られるわけではないらしい(笑)


NHKによると、この調査は、厚生労働省が所管する「労働政策研究・研修機構」が去年11月から12月にかけて行い、全国の2200人余りが回答。終身雇用について「良いと思う」「どちらかと言えば良いと思う」と答えた人は87.5%で、年代別に見ても20代から70代以上までのすべての年代で80%を超えており、特に20代では10年前、平成13年の調査より20ポイント以上増えたそうだ。ちなみに、勤続年数とともに給与が増えていく「年功賃金」についても「良いと思う」と「どちらかといえば良いと思う」と答えた人が74.5%だったらしい。


僕がこの前ブログで紹介した一橋大学大学院商学研究科の守島基博教授の記事(http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120602-00000001-president-bus_all)には「最近の若者は転職を前提に就職するようになっている」といったことが書いてあったけれど、これは決して「自分のキャリアアップのために、積極的に転職したい」との意味ではなく、自分の会社がダメになった時の「保険」として「転職」という選択肢を残しておきたいという学生の心理を表しているのだろう。まぁ、これ自体は非常に合理的な判断と言わざるを得ない。


20代の回答結果はひとまず置いておいて、30代より上の人たちは就活生の安定志向を散々否定しておいて、自分は終身雇用+年功序列にしがみ付く気ですか(笑)現時点では、別に終身雇用を好む人の価値観を否定はしないけれど(それでも本当に、今後も終身雇用が当たり前との意識で良いのかとの疑問はあるが)、それだったら就活生に向けて「チャレンジ精神を求める!」といったメッセージを発するのも止めるべきではないか。他ならぬ自分も安定志向なのだから、せめて就活生の安定志向も認めましょう。


ただ、20代の回答結果も決して褒められるべきものではないような・・・。僕は漠然と、公務員の新卒採用抑制のニュースなどを通じて「若者を見捨てて自分たちだけ助かろうとする老害は本当にクソだな」みたいな(笑)感覚を持っている人は少なくないのかなぁと思っていたのだけれど、この回答結果は若者も老害と何も変わることのない存在だということを表しているのではないか。ちょっとショック・・・。ある人がツイッターで「『天下りを廃止しろ』『生活保護の支給を減らせ』と叫びながら、9割の人が「終身雇用」を、7割の人が「年功序列」を支持している。他人の特権は許さないが、自分が社会の寄生虫になるのは構わない・・・となると、この国はかなり重傷かも知れない…。」と言っていたけれど、確かにまさに日本は重症なのかもしれない。


個人的には終身雇用が前提の社会には「どうせ、年功序列とか終身雇用なんて言ってられない時代が来る」、「雇用の流動性を妨げ、労働者が合わない会社にしがみ付くことを事実上余儀なくされる」などのマイナスのイメージを持っているので、これをあまり支持できない。それに、以前コメント欄で教えていただいたのだが、OECDの調査で「労働者の平均勤続年数が短い国ほど高い生産性の伸びを示す傾向」との結果も出ているし・・・(http://www.oecd.org/dataoecd/2/43/2380415.pdf p.67 More generally, in some of the countries where multi-factor productivity has accelerated, employment tenure tends to be low (Figure IV.6). Though the causes are not established, it is clear that a certain degree of mobility is needed to seize new business opportunities)。いくら多くの人が「終身雇用」を望んでいて、それを裏切る結果となるとしても、企業の「終身雇用」前提の社会のモデル作りは止めたほうが良いのではないかと僕は思っている。


「終身雇用」約9割の人が支持というニュースは、多くの日本人が「重症」であることの表れだとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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