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<既卒者カフェ取材 後編>~既卒者カフェが抱える課題と、その課題への対策~

今回の記事は、既卒者カフェ取材の後編だ。前編では既卒者カフェの意義、良かったところを中心に書いたが、一方で課題も感じられた。そこで後編ではその課題と、その課題を克服するために有効だと思われる策について書いていきたい。


第一に、会が「ファミレス」で開かれたという点に改善の余地があると感じた。ファミレスで会が開かれることのデメリットとしてはお金がそれなりにかかるということであったり、参加人数に制限をかける必要性が出てくるということであったり、あるいはこの会では問題にならなかったが周りの客が騒がしくてじっくりと話ができないといった要素が挙げられる。特に、一度に参加できる人数が限られてしまうということは参加を強く望む人が参加できなくなる危険性を孕んでいるわけで、これは改善を要する要素だと思う。


これに対しては、第4回の既卒者カフェが開かれた、渋谷の鉢山公園にある一軒家などを有効活用することが対策として考えられる。山口さんも、出来れば今後もこの施設を活用していきたい旨を話していた。ここが拠点となればお金はかからないし、人数もそこそこ収容できるし(家に収まらなかった人たちは外に出て公園で話すことも出来る。もっとも僕が知る限り公園付近は住宅街なので大騒ぎはできないが・・・)また、たまたま渋谷近くにいる就活生辺りがドタ参することも容易になる。ぜひ、鉢山公園内の施設が自由に利用できる方向に話が進んで欲しいと思う。


第二に、初参加者の少なさが課題であると感じた。僕が参加した会の参加者は8人中6人がリピーターだった。好意的に見れば、これは会の雰囲気が参加者に支持されていることの証といえる。しかし一方で、同じようなメンバーが集まる状況が続いてしまえばそのメンバーのみのストレスが軽減されるに過ぎないわけで、これでは組織の存在意義はどうしても見出し難くなる。


この課題に対しては、山口さんがツイッターなどを活用して既卒者カフェの広報をひたすら頑張ったり、僕がブログで取材のレポートを書いたりすることも少しは有効だ。実際、前編の記事には「けいすけ」さんが「新宿であれば、足を運べる範囲なので自分も参加したかったです」というコメントを寄せている。


これらの方法に加えて、僕は既卒者カフェに参加したメンバーの「声がけ」が重要だと思う。例えば、グループ面接やグループディスカッションの後、一緒に選考に臨んだメンバーでご飯に行ったり、最寄り駅まで一緒に歩いたりすることはよくあるので、その際に既卒者カフェに参加したことがあるメンバーが「この会に参加したんだけど、すごく良かったよ」と会の存在を就活生に伝える。もしかすると「今度の会、一緒に参加しましょうか!」という流れになってもおかしくないし、そうすれば初参加者にとっても一応面識のある人と一緒に参加できるということで、参加を決めるにあたってのハードルはかなり下がるはずだ。


このような「声がけ」が大事だと思うのは、ネット上の宣伝だけでは限界があると考えるからだ。さすがにネットを使えない就活生はいないと思うが、それでも「求人情報」、「就活を乗り切るためのテクニック」などの情報へのアンテナを張っている人は多くとも、「既卒で就活をする人が情報交換をするコミュニティ」という情報を積極的にキャッチしようとする人はそれほど多くないかもしれない。また、僕は既卒者カフェ参加後ツイッターで「既卒」と検索して既卒で就活する人をフォローしようとしたのだが、その際に長い期間アカウントを放置しているユーザーが少なくないことを実感した。こういう人たちに向けてネットを通じて情報を発信してもあまり意味は無いわけで、だからこそ面と向かって「声がけ」をして情報のシェアをする必要性を感じるのである。


第三に、就活に行き詰っている大学在学中の学生を既卒者カフェのターゲットに出来るのではないかという可能性を考えたい。こう思ったのは、会で参加者が「選考が終わった後に、"面接で話したように私は既卒なんだけど、既卒になるとこんな大変なことがあるよ"と4年生の子に話したりしてます」と話していたことがきっかけである。こういう話を聞きたい在学中の学生は結構いるのではないだろうか。就活に行き詰っている学生は自分が既卒で就活をする可能性を少なからず想定しているだろうし、だからこそ既卒者カフェに参加し、既卒で就活をすることが在学中の就活と比べてどのくらい苦しくなるのか等を既卒者から聞くことで、その学生はいざ自分が既卒で就活をするにあたっての心構えを持つことが出来るようになる。そして「こんな不条理があるのか」ということを事前に想定しておくことで、いざその不条理にぶち当たった時の精神的ショックを軽減することが出来る。


また、既卒者カフェは単に既卒者の居場所作りに精を出すのではなく、卒業後の就職活動やギャップイヤーを当たり前にしようとする意識を元に活動をされているので、そういう意味でも大学生に「卒業後すぐに就職をするのではなくて、もっと他の道も見てみないか」というメッセージを届けることは活動の趣旨に沿うはずだ。もっとも、大学生の参加が増えたらそれはもはや「既卒者カフェ」というネーミングからかなり外れると感じる人がいてもおかしくないし、また大学生の参加希望者が増えることで既卒者が参加できなくなってしまったら「社会的に孤立しがちな既卒者にとっての居場所を確保すること」というコンセプトが根底から崩れる。だから、この点についてはあまり自信をもって主張できないと言うのが正直なところだ。


以上、前編・後編を通じて既卒者カフェの実態、長所、課題などを記述した。今後も都合が会えば、既卒者カフェを取材し、その取り組みをブログに書きたいと思う。最後に改めて、山口さんをはじめ参加者の皆さんにお礼を申し上げます。機会がありましたら、またお話を聞かせてください!

既卒者カフェにはいくつか課題があるが、その課題を克服すればもっと良い場になるとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします(※この記事はコメントを受けて、「処方箋」という表現を「対策」「策」という表現に変えました)
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<既卒者カフェ取材 前編>~既卒者の「横のつながり」を担保する意義を持つ既卒者カフェ~

7月25日(水)の夕方から夜にかけて、第5回既卒者カフェが「デニーズ新宿中央公園店」で開催された。僕はこれまでブログで既卒者カフェの活動について取り上げてきたが、たまたま予定が空いていたこともあって、この度この会に参加させていただいた。参加メンバーに「この会のことを後でブログで書きたいので、話の内容をメモしても良いですか?」と尋ねたところ皆さん快く快諾してくださったので、こうして記事を書くことが出来る(前回の記事の最後に「また近日、今までの記事とは少し趣向を変えた記事をアップするので良かったらそれも読んで頂けると嬉しいです」と書いたが、それは「取材」の記録をアップしますよという意味だった)。主催者の山口さんをはじめ、参加メンバーの方々にはただただ感謝しております!


既卒者カフェのホームページによると、既卒者カフェは「既卒者数人とゲスト、色々な人が集まり、情報交換や意見を交換する」場であり、そのコンセプトは「社会的に孤立しがちな既卒者にとっての居場所を確保すること」にある。僕は参加に際して、そのコンセプトがどの程度実現できているのかを自分の身で感じてみようと考えていた。


僕がデニーズ前に着いたときには、主催者の山口さん、そして参加者の女性2人が既に到着して話をしていた。僕は簡単な自己紹介として「既卒で就活をしているわけではないけれど、就活批判ブログを書いていて・・・」とたどたどしく述べたところ、女性二人は「読んだ事あります!」との反応。さらに、その後来た人も「(「就活生に甘える社会人」は)有識者の人が書いているブログなのかと思っていました!」という言葉をくださったり、「あぁ、このブログ書いている管理人の人かぁ」と思っているかのような表情をしている方もいたりで、嬉しさと共に「僕の文章、ひょっとして結構な人に知られているのか。あわわわわ・・・」という焦りを抱いていた(笑)最終的な参加人数は僕を含めて、男性5人(その内、途中参加2人、途中退出2人)、女性3人(その内、途中参加1人)の計8人。途中参加、途中退出自由と、多少時間の都合が合わなくても参加しやすい形式になっている。


色々と話し始める前にそれぞれが自己紹介をしたのだが、参加者のプロフィールは山口さんのブログに書かれているので、それを引用したい(http://ameblo.jp/laugh11/)。

・最近お金がなくなってドラクエXが買えなくて困っている人
・美術関係で働きたくて、ゆるーく就職活動を行なっている人(初参加)
 アートアニメーション関係でインターンを経験。超絶ブラック。
・今日の既卒者カフェのためにネタを仕入れてきた方(3回目)
 来る前にヒトカラと映画を楽しんでくる。
・関西から来てくれた方。新潟での就職活動経由で来てくれた。(2回目)
 塾講師アルバイトからの正社員登用も目指す。
・紹介予定派遣中(3週間目に突入)(2回目)、やっと決まった紹介先なので行かないとといけない雰囲気だった。しかし…
・ホームレス、ホームレス予備軍の人対象の住居支援を始めた画家さん(3回目)
 味噌汁を飲んで途中で帰る。
・意外と法学部だった既卒者カフェSNSの創始者。(2回目)
・「就活生に甘える社会人」の管理人さん
 ブログ:http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/

そう、この会にはリピーターの方が多数参加していたのである。かといって、初参加の人が参加しにくい雰囲気では全く無く、初参加の女性の方はブラック企業でのインターン経験について詳しく話してくださった。


各自自己紹介をした後は、特定のテーマを設けるというよりは、参加者それぞれが感じている就活のおかしさをざっくばらんに語っていくという流れになった。「人はなぜ、大学3年次に会社説明会に参加し、4年次に選考を受けるという画一的な"シューカツ"の流れに飲み込まれてしまうのか」、「大学の就職課は特定の業界(金融)の就職ノウハウはあるが、それ以外の業界のノウハウが・・・」、「"その辺掃除しておいて"など指示があまりにも適当なインターン」、「ハローワークの面接会に行ったところ、一つの企業に70人集まって、面接の時間まで待たされた挙句に人事ときちんとコミュニケーションできなかった。人事の人たちも明らかに疲れていた」、「営業職が男性のみという縛り」、「ハローワークの面接会でも既卒者の応募不可の求人があった」、「就活にお金がかかるので、交通費くらいは何とかならないか」、「紹介予定派遣として働いているが、そこでは挨拶以外の日常会話は皆無で、昼休みはそれぞれ携帯をいじっている。そんな職場で働き続けるのも・・・」などなど沢山のトピックが話された。もっとも、ネガティブな話題だけではなく、新潟で就活をした女性は「就活はやっぱり縁だと感じた。この人たちと働きたいと感じた」という思いを抱くことが出来たことを明かすなどポジティブな話題もあった。


正直参加前は、「就活で苦しんでいる最中の人が多く来るのだろうから、もしかすると沈黙の時間も長くあり、山口さんが何とか皆をリードしていく展開になるのかな」と想像していたが、それは間違いだった。皆悩んでいるのだろうけれど、その悩みを他人に見せない強さを持っていて、ネガティブな話題でも明るく話すそれぞれの参加者の姿が印象的だった。むしろ、主催者の山口さんが一番口数は少なかった(笑)山口さんはひたすら参加者の発言に耳を傾け、それをメモする黒子役に徹していた。本当は一応「取材」に行った僕もそのような姿勢であるべきだったのだが、途中から取材ノートを放り出して普通に皆さんと話していた(笑)帰りの電車に乗り込んだときに初めて焦ったが、山口さんがブログに書いた議事録のおかげでだいぶ記憶が復元されたので、本当にありがたかった・・・。


この既卒者カフェは4時間を超える長丁場だったのだが、その長さを全く感じられないくらい、楽しく、そして勉強になった会だった。機会があれば、今度はある特定の話題を掘り下げる形で話を聞いてみたい。例えば、ハローワークの実情なんかは本ではあまり書かれていないはずなので、そういう点を生の声を聞くことを通じて勉強してみたい。


さて、上述したように僕がこの会に参加する際に考えていたのは「既卒者カフェは本当に"社会的に孤立しがちな既卒者にとっての居場所"としての意義を果たしているのか」ということだったが、僕の感覚ではこれは"yes"だ。ある参加者は会で「既卒になると横のつながりが無くなるから・・・」と述べていた。これは、一緒に就職活動をしていた大学の友人がいなくなり、他者と情報交換をしたり、一緒に愚痴をはいたりすることが難しくなるということだ。この点、既卒者カフェという場があることで、そのようなコミュニケーションを既卒者間でとることが可能になる。加えて、別に就活と関係ないことを話しても良いわけで、会では「一人カラオケ」の楽しさで盛り上がり(僕には理解できない・・・笑)、「今度一緒に行きましょう!」という流れの会話もあった。そして実際に、既卒者カフェの翌日に女子会が開かれたとのことだ。
こういう展開が生まれるだけでも、就活生の精神面はだいぶケアされるだろう。ハートネットTVでは「就活生のうつ」について取り上げていたらしいけど、これに山口さんが出ていれば・・・と思わされた(まだ「既卒者カフェ」はそれほど有名とはいえないので仕方ないけれど)。言い方は悪いけれど、就活生に必要なのは「就活の大変さを実況中継する大人」よりも「就活と関係ないことを含めて、色々話せる若者」だと思うし、そういう意味でも後者のような若者と出会えるフィールドを生み出している山口さんの活動は評価されて然るべきものだ(褒めすぎですか?笑)。


もっとも、実際に参加したことで既卒者カフェにはいくつか課題もあるのではないかとも考えるようになった。それについては後編に譲ることとしたい。

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「現在の大企業中心の社会構造が変わっていくと言うことは間違いない」VS「いい加減なカタチで企業社会を批判するのはやめなさい」

ダイヤモンドオンラインで「"ノマド"ってどうよ?~賛否両論から"働く"を考える~」という連載が始まった。第1回はジャーナリストの佐々木俊尚さんを迎えて、ノマド賛否両論が入り混じる現在の状況を佐々木さんがどのように感じているのか、恐らく今後社会構造が変化していく中で個人はどのように行動したら良いのかなどをインタビュアーが聞き出そうとしていた(http://diamond.jp/articles/-/22028?page=5)。


このインタビューで特に印象に残ったのは、佐々木さんの次の発言だった。

なぜ一部の若者が大企業を辞めたり、成長もしない社会起業系の小さなビジネスをやったりしているかと言うと、これは明らかに危機感の表れ。脱サラは確かにかっこいいかもしれません。でも、起業するモチベーションとしては、かっこいいことをやりたい、といった短絡的な理由ではなく、10年後、20年後の生活設計を考えることを自分なりにやっているわけですよね

僕は若手起業家について全くといって良いほど詳しくなく、佐々木さんの言う「成長もしない社会起業系の小さなビジネス」をやっている若者の具体例が誰も浮かんでこない。しかし、特に若者が「将来がどうなるかなんて、誰も明確に予想できない。"大企業に入れば安泰"という時代は終わった」という言説のシャワーに晒されている傾向が強い現在、会社に頼らず生計を立てていく手段を確立しようと考える若者が一定数いてもおかしくないだろうなというイメージはあるので、佐々木さんのこの発言がそんなに間違っているとは今のところ思っていない。佐々木さん自身も「今の大企業中心の社会がこれから50年ぐらい続くかもしれない。そう判断するのであればこれまでのように就職して一生会社で働き続けるのが良いと思います。しかし、今のような時代、先なんて誰も予測はできない」、「現在の大企業中心の社会構造が変わっていくと言うことは間違いない」との認識を示している。


僕の感覚では、このような認識を強く表明している論者として瀧本哲史さんが思い浮かぶ。瀧本さんがノマドを推奨しているかどうかは知らないが、著書「武器としての決断思考」では「いまや大企業に入ったからといって"一生安泰"ということはありえません」と述べているし、著書「僕は君たちに武器を配りたい」では自分を他と交換可能な歯車化、即ちコモディティ化することに警鐘を鳴らし、交換不可能な人材「スペシャリティ」を目指す必要性を説いている。瀧本さんはインタビューでも、これら2冊に「組織なんてあてにならない、自分の頭で考えて生き抜け」というメッセージを込めた事を明かしている(http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20111021/288163/?ST=career&P=3)。


その一方で、「現在の組織のあり方は、近いうちに変わるはず」、「現在の組織はもうダメだ。組織に頼らず自分の力で生きていくしかない」というメッセージを安易だと切り捨てる人もいる。佐々木さんのインタビューに対して常見陽平さんが次のようにつぶやいている。
「いい加減なカタチで企業社会を批判するのはやめなさい」という記述からすると、多分常見さんは瀧本さんの主張も嫌ってそうだけど・・・、どうなんだろうか。常見さんのツイートに対しては、「なんでそんなに"ノマド礼賛論"に噛み付いているんだろう?(そもそも、「ノマド礼賛論」ってそんなに社会に流通しているか?という疑問もあり)」とか「常見さんって、そんなに自分の発言に責任を持っている人だったっけ?(常見さんの講演やトークショーに足を運んだことのある採用担当の方が、常見さんが“ゆとり世代 = バカ”というレッテル貼りをしていたとブログにコメントしてくださった http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-200.html)」といったことを思ったが・・・。その一方で常見さんもノマドの件に関してダイヤモンド社から取材を受けたということで、その内容には目を通してみたいと思っている。


それはやはり、現在は「現在の組織のあり方は、近いうちに変わるはず」、「現在の組織はもうダメだ。組織に頼らず自分の力で生きていくしかない」という現状を批判する方向性のメッセージが圧倒的に流通しているので、それに対する批判があるならば目にしてみたいと思うからだ。「日本の現状は、ノマドとか有識者が貶めているほど危機的な状況ではない!」という意見も出てくれば、それはそれで面白い。加えて、「将来どうなるか分からないから・・・」という言葉は多かれ少なかれ若者を不安にさせたり、あるいは危機感を抱かせることが出来るがゆえに、こうした言葉をキャッチコピーに掲げて下らないセミナーを開いて金儲けに走る人が出てきてもおかしくないため、そうしたセミナーを撲滅するためにも適切な現状認識を若者だけでなく社会全体に届けることには意義があると思っている。そんな訳で、常見さんの主張を鵜呑みにするというわけではないが、インタビューの掲載は楽しみにしている。

現在は「現在の組織のあり方は、近いうちに変わるはず」、「現在の組織はもうダメだ。組織に頼らず自分の力で生きていくしかない」という現状を批判する方向性のメッセージが圧倒的に流通しているので、それに対する批判があるならば目にしてみたいとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。また近日、今までの記事とは少し趣向を変えた記事をアップするので良かったらそれも読んで頂けると嬉しいです。
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「カスタマー・ハラスメント」の撲滅により、就活生・労働者が得られる利益は大きいはずだ

昨日、あるブログに書かれていた「カスタマー・ハラスメント」という記事を読んだ。これを一言で言えば「自分はお金を払っている客なんだから、店員は俺のどんな要求も呑め」という態度のことで、ブログには次のような事例が書いてあった、

1.地元のマクドナルドにて:

ヤンキー中学生3人「(席から)ねえ、ちょっと、水3つ!」
店員「かしこまりました!」

ヤン「ちょっと!水まだなの?」
店員「はい、ただいまお持ちします!」

店員「お待たせ致しました!」
ヤン「おせーんだよ!」
店員「申し訳ございません!」

自分はお金を払っているんだから、店員の都合とか関係なく、自分が求めているタイミングで飲み物を持って来いということですね。このケースでクレームを付けているのは中学生だけど、別に中学生じゃなくても従業員に対して偉そうにする客はたくさんいる。例えば、人身事故で電車が止まっている状況において、何も悪くない駅員に対して「ふざけるな!」とクレームをつける人はよくいるだろう。「日本人は謙虚」とよく言われるけれど、僕は逆に、日本人ほど図々しい人たちはいないんじゃないかと思っている。


引用元のブログの管理人さんは「日本は商売する側が顧客の振る舞いを何でも許容する事で、働く側には不必要にストレスやコストがかかるようになっている」、「そうした社会の仕組みは、働くのを嫌がったり怖がったりする若者が増える原因になっている」と指摘している。全くその通りだと思うが、それらの問題点に加えて僕は「働きたいと思っている人でも、対人コミュニケーション能力不足を理由にバイトとしてすら中々採用されない」という問題点も指摘したい。カスタマー・ハラスメントをしてくる迷惑な客の存在は、従業員にそういった客を穏便にあしらうだけの対人スキルを要求する。そして、働く意欲はあるけれどそうしたスキルを備えていない人は労働市場へ参入することが困難になる。


特に迷惑な客がいない状況下においても、会社の方針だからか、やたらと必要以上のサービスを客に提供しようとする店員もいる。例えば、僕はよく「ブックオフ」という古本屋に足を運ぶけれど、そこではよく本の整理をしている店員が何回も「いらっしゃいませ、こんにちは~」と大声を発している。お笑いコンビ・サンドウイッチマンのコントでは、富澤さん扮するハンバーガー屋が「いらっしゃいませこんにちは~!いらっしゃいませこんにちは~!いらっしゃいませこんにちは~!」と連呼したのに対して伊達さん扮する客が「ブックオフか、お前!?うるせえ何回も何回も!一回でいいんだよ!」とツッコミを入れるけれど、本当にその通りだ。店員は大声を上げて接客して疲れるのに、そのサービスを受ける客は「うるさい」としか思っていない。一体、誰が得しているんだろう。いい加減、こうした慣習はなくなって欲しい。


僕はこのブログで海老原嗣生さんの主張に疑いの目を受けることが多いけれど、海老原さんの著書「仕事をしたつもり」にカスタマー・ハラスメントを批判する記述があるのは非常に好印象だった。海老原さんは、客が従業員に度を越えた要求をした場合、会社は客に対して毅然とした態度を取るべきだと述べる。「お客様が望む過剰なサービスはうちでは提供できませんので、お客様がわが社のサービスを永久に利用できないようにしておきますね」というように。僕も、この意見に賛成だ。悪いのはどう考えても過剰な要求をしてくる客の方なのだから、そんな人のニーズに応える必要は無い。このような対応をすると客が少しは減るかもしれないけれど、代わりに従業員の労働環境の改善という利益を得られるし、そこまでまずい事態とは思えない。


「カスタマー・ハラスメント」の撲滅には、「対人スキルが著しく高い人でなくても、労働市場へ参入しやすくなる」、「従業員が過剰なストレスを感じずに働くことが出来る」というメリットがある。「お客様は神様です!」という言葉に甘えてわがままを言ってくる客の利益なんか考える必要は無い・・・というレベルの意識が浸透する位で丁度良いと思う。

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「生きろ!のアドバイスが死ぬほどツライ。こんな気持ち、分かりますか」という記述を見て思ったこと

滋賀県・大津市の中学生がいじめを受けて自殺した問題が話題になっているけれど(いじめと自殺の因果関係を否定している人もいるけど、このケースでは普通肯定でしょう!)、これを機にこの間の週末に地元の図書館で「いじめ」に関する本を探してみた。


僕が手に取ったのは、「いじめの現場―子どもたちの叫び声」という本。朝日小学生新聞と朝日中学生ウィークリーに掲載された、いじめに関する記事や投書をまとめた本だ。最初の方は流し読み程度で読んでいたのだが、第2章にあった次の記述に目を奪われた。

●生きろ!のアドバイスが死ぬほどツライ。こんな気持ち、分かりますか
「いじめ伝言板」を見てると、ほとんどが「生きることは素晴らしい」「自殺はダメだ」とかだと思います。反対意見は無いのですか?私はこれから反対意見を書きますが、どうか怒らずに読んでください。

私にとって人に生きろと言われることは死ねと言われるくらいつらい。みなさん、生きろって簡単に言いすぎじゃないですか。私はそんなこと簡単には言えない。人に生きろって言うことはすごく無責任な気がします。人の命ってそんな簡単に他人が責任を取れるくらい簡単なことでしょうか?自分の生き方は自分で決めなきゃいけないと思います(以下略)

一般的に、自殺を考える人に対しては「あなたは生きていていいんだよ」という言葉を投げかけることが常識とされているが、この人のように全く逆のことを考えている場合もある。一言で「自殺を考えている人」と言っても、そのような人が他者からどのような言葉を求めているかは個人によって異なる。勿論、「死ぬのはダメだ」というメッセージで救われる人が多数派だろうが、一方で「本当に苦しくなったら、その時は死んで楽になれば良いじゃないか。あなたが"生きたい"と思えば生きればいいし、本当に"死にたい"と思ったらその時は死ねば良いんじゃないか」という、一見すると不謹慎な言葉を求めている人ももしかするといるかもしれない。そして僕自身は「自殺は許される」という立場なので、基本的には後者の不謹慎な言葉を発すると思う。


しかし、世間の価値観上不謹慎とされていることを言うと、普段「自殺問題」のことなんか微塵も考えていない人がここぞとばかりにバッシングしてくるから面倒なものだ。苦しんでいる人の中には、世間が不謹慎とみなす言葉を求め、そのような言葉で立ち直る人もいるかもしれないのに。あるいは、こういうことを言ってくる人もいる。

2ヶ月ほど前に松田公太さんがツイッターで「そんな事で自殺したら駄目だよ。就活がうまくいかなければ、起業でも何でもしてみよう。死ぬ気になれば何でも出来るはず」とつぶやき、僕は記事でそのつぶやきを部分的に擁護したのだが(勿論、批判もした)、恐らくその擁護した箇所に腹が立ったのか上のようなリプライを頂いた。このリプライを飛ばしてきた人が実際に「自殺するまで追い込まれたこと」があるのかは知らない。しかし、仮に「俺は嘗て自殺するまで追い込まれたことがある。だから、自殺志願者の思いが俺には分かる。そんな俺からすると、松田さんの発言はおかしいし、それを擁護しているこのブログはクソだ」と思っているとしたら、それは非常に傲慢な態度だ。全ての自殺志願者が自分と同じように考えているとは限らないのは自明なのに・・・。


これは他の社会問題を考える際にも援用できる考え方だと思うけれど、自分がある社会問題の被害者だからといって、他の被害者も自分と同じようなことを考えていたり、あるいは問題に対して同じ処方箋を求めていると決め付けるのは危険なのではないか。このようなことを、「生きろ!のアドバイスが死ぬほどツライ。こんな気持ち、分かりますか」との記述を見て思った。


ちょっと全体的に「自殺すること」を擁護しすぎた気がするので補足すると、僕は自殺は許容されるという考えは変えないが、それでも人がなるべく自殺を考えないようにするための仕組みは充実させていくべきだと思っている。学校における「いじめ」が原因の自殺に関していえば、単に悩んでいる子供の声を聞く体制を充実させるレベルに留まるのではなく、「クラスを強制的に決められ、そのクラスの中で友達をつくらなければいけない」という特徴を持つ日本の学級制度の改革を考えても良い。後は、大津市教育委員会のメンバーみたいな訳が分からない人たちを教育に携わらないようにしたり・・・。大津市の事件は明らかに加害者、教師共に狂っていることは自明だが、そんな事件がおきてしまった以上はせめてそれを最大限反面教師にするべきだ。

自分がある社会問題の被害者だからといって、他の被害者も自分と同じようなことを考えていたり、あるいは問題に対して同じ処方箋を求めていると決め付けるのは危険だとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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若者が自己実現に走るのは、若者だけでなく、現在の「シューカツ」にも原因があるのではないか

以前書いた「理想と現実のギャップに悩む若手社員が面倒くさいなら、企業は就活生に"入社後にやりたい仕事は何ですか?"といったことを聞くのを止めたらどうか」という記事に関連すると思われるツイートをこの間目にした。
僕は常見陽平さんの著書を結構買っているほうだと思うが、この「"キャリアアップ"のバカヤロー」は持っていなかったので、常見さんがこのような主張をしていることを初めて知った。


このツイート(正確には、常見さんの記述)を見ると、相変わらず「若者は勝手に"自分のやりたいこと"を見つけて、自己実現に走ろうとする」との構図の存在を広めようとする態度が感じ取れる。それに対して僕は、若者が「自己実現」に走る背景には、シューカツにおいて企業から「君は仕事を通じて何をしたいんだ!」ということを考えることを求められてきたという事情が相当介在していると思っている。


大体、常見さんも「私は何度も"やりたいこと"に踊らされて、路頭に迷う若者を見てきた」と言いながら、最近「就活の栞」というサイトに掲載された「優等生が陥りがちな就活のワナ!内定式までに間に合う就活再起動法」という記事では次のように述べている。

先日、実践女子大学の教え子から、相談のメールがきました。

「就活が上手くいっていない。相談にのって欲しいです」

さっそく、時間をつくって面談しました。
(中略)
彼女の就活はこれまで上手くいっていなかったのか?まったくダメだったのか?
実はそんなことはありませんでした。

むしろ、エントリーシートはかなりの確率で通りますし、SPIなどで落とされることもあまりないようです。
面接も2次面接どころか、最終面接までいきます。
でも、内定に至らないのです。

なぜでしょうか?

履歴書を見て、話を聞いて、納得したのは...。
「彼女を採用する決め手がない」ことでした。

一見すると、彼女の履歴書は完璧です。
文字も綺麗を通り越して、しっかりしているという感じ。内容も具体的でした。

ただ...。

その企業に対する熱が感じられなかったのですね。
よく読むと志望動機に具体性と、熱がありませんでした。
他の部分もよくできているのですが、その企業を意識したものにはなっていませんでしたね。
実際、企業の人事からも「何がやりたいのかわからない」「本気かどうかがわからない」というコメントをもらっていたそうです。

これを読んだ人は、「結局"やりたいこと"に踊らされないと、企業から熱意がないと評価されてしまうのか」と受け取るのではないか。皮肉だが、自己実現に走る若者を批判する常見さんも、案外そのような風潮の生成に関与しているのかもしれない。どうでも良いけれど、「文字も綺麗を通り越して、しっかりしているという感じ。内容も具体的でした」とコメントしたすぐ後に「よく読むと志望動機に具体性と、熱がありませんでした」という記述があるのは一体どういうことなのか・・・。具体性があったのか無かったのか、よく分からない(勿論、最終的には「無かった」ということなんだろうけど、最初に「具体的」と感じたからにはそれなりに具体性もあったはずなのだが・・・。どんな内容のエントリーシートだったんでしょうね)。


勿論、現在の就活を乗り切るための戦略として「エントリーシートを書いたり、志望動機を述べたりする際には、応募先の企業のことを意識するべきだ」とのアドバイスをすることは分かる。しかし、「私は何度も"やりたいこと"に踊らされて、路頭に迷う若者を見てきた」と述べる常見さんがすべきことは女子大生の課題を指摘するよりも、むしろ「入社後にやりたいこと」を深く聞いてくる企業に対してミンティアのCMのごとく「志望動機なんてお前が入る時あったのかよ!」と突っ込むことではないか。しかも、常見さんは著書「くたばれ!就職氷河期」において「(企業は)あえて志望動機を聞かないのも有効なのではないだろうか」、「一度も働いたことの無い学生に、限られた情報で志望動機を言えと言うのも傲慢なのではないだろうか」と述べているので、一層そう思う。でも就活の栞の記事を見ると、常見さんは志望動機の存在を大事に思っていそうだし・・・。どうも、主張が一貫していないように僕には思えて、それが気持ち悪い。


僕の考えでは、企業は別に若者に対して「自己実現に走るな!」というメッセージを発してもそれは全く問題ないと思う。会社は別に、社員の自己実現のために存在する場ではないので。しかしそれだったら、企業は面接にて、志望動機とか「入社後にやりたい仕事は何ですか?」といったことを深く問い詰めないようにした方が良いと思う。ある方がコメント欄で、「(企業は)理想を語らないと採用せず、いざその理想を志向すると冷や水をぶっ掛けるというのはどうかと思います」と仰っていたけれど、本当にその通りだ。入社後に自己実現に走ろうとする社員が不要ならば、入社前の採用試験の段階で「~な仕事がしたいという熱意」を最初から語らせなければそれで済む話。入社後にさほど必要ではない、むしろ有害となる要素を持っているかどうかを採用試験において重視するのは非常に無駄だと思う。


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「倫理憲章違反」の中でも、特に大学や学生に大きな不利益を蒙らせる違反を優先的に批判していくべきだ

取り上げるのが少し遅れたが、経団連が、2014年春に卒業する大学3年生向けの会社説明会の解禁を昨年と同様12月1日にすることを17日に公表した。昨年の12月の時点で経団連の米倉会長は倫理憲章について「何年ごとに見直すとか、いまは考えていない」と朝日新聞の取材にて答えていたので、予想通りといえば予想通りである。企業の広報活動の解禁が12月へと先送りになったにも関わらず、選考活動の解禁は4月1日と従来のままのため会社説明会の日程が過密になったりするなどのデメリットが挙げられているが、米倉会長の認識は「(大学3年の就活について)このぐらい忙しくてもよい」というものなので、そんな簡単に何か変わるなんて始めから考えられなかった。


そんな訳で、2014年春の入社を志望する就活生の就活事情を考えるに際しては「倫理憲章の規定は2013年度と変わらない」という前提を足場に据えた上で、「どうしたら就活生の負担を軽減できるだろうか」などの課題を考える必要がある。


この点、自戒を込めて言いたいが、倫理憲章を巡る議論はどうしても「倫理憲章は、実は水面下で破られているんです!」という告発に終始することが多い。そして、その告発の延長線上として「形骸化している倫理憲章は、もう廃止したほうが良い」といった論調が出てくることもある(http://www.s-shiori.com/con3/archives/2012/07/2014.html)。その方向性の議論が誤りとまで言う気はないが、当の倫理憲章にサインしている企業に2014年春に入社を希望する人たちの就活は、その問題のある倫理憲章の内容に少なからず左右されることを避けられない。論者がいくら「倫理憲章を廃止せよ!」と叫んでも、就活を控える人たちはそれに対して「外野は黙ってろ!」としか思えないのではないか。倫理憲章の形骸化を告発するのみではなく、倫理憲章の存在を認めた上で、それとどう付き合っていくかを考えることもそれなりに重要だと思う。


僕の考えでは、経団連が「確かに倫理憲章には拘束力は無いけれど、~な行動は特に慎むべきだ」とのアナウンスを企業に対して行うことが少しは有効だと思う。倫理憲章の完全な遵守を企業に求めることは難しいけれども、大学や学生の利益を考えると、このラインだけは超えないで下さいという境界線を敷くイメージだ。ここでいう「~な行動」の例として思い浮かぶのは、大学の学事日程中に面接や、参加必須の説明会を開くことである。


倫理憲章上の「正常な学校教育と学習環境の確保に協力し、大学等の学事日程を尊重する」、「学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため」との表現を目にすると、倫理憲章の役割の一つが、企業の採用活動が大学の学事日程や学生の勉強を侵食しないための歯止めであることが分かる。この点、一言で「倫理憲章に違反している」といっても、その違反が大学や学生の利益を侵害しているケースもあれば、そうでないケースもある。そこで、特に前者のケースが起きないようにするために経団連が特別のアナウンスをすることが必要なのではないかと考えている。


具体例を挙げると、例えば僕は以前、「"会社説明会への参加"をエントリーの必須要件とする企業は、就活生を苦しめている~会社説明会の予約で精神的に追い込まれる就活生~」という記事にて、企業が4月以前に「参加しないとエントリーの資格を得られない会社説明会」を開くことを批判したことがある。どういうことかというと、「採用選考に関する企業の倫理憲章の理解を深めるための参考資料」を読むと、本来4月1日に解禁すべき「実質的な選考活動」には「当該活動に参加しないと選考のための次のステップに進めないもの」が含まれるため、これに照らすと「参加しないとエントリーの資格を得られない会社説明会」を4月1日より前に開催することは倫理憲章に抵触していると批判したのだ。


しかし、仮に企業が2月の中旬とか3月に参加必須の会社説明会を開いたとして、それは大学の学事日程や学生の勉強を侵食していると言えるだろうかとの疑問が浮かんだ。むしろ、大学の講義がない期間に採用活動を行っているということで、大学や学生に配慮していると評価できるのではないか。別に倫理憲章に違反しているという事実自体は変わらないけれど、その違反を原因とする大学や学生の利益の侵害はそれほど大きいとはいえない。それに対して、1月下旬という、普通に考えて大学の試験真っ只中に参加必須の説明会を企業が開いたならば、それは倫理憲章違反であることに加えて、大学の学事日程を無視しているという点で大学・学生に大きな不利益をもたらしていると評価できる。だから、経団連が「大学の試験が行われている時期は参加必須の会社説明会を開くことは特に自粛すべき」とのアナウンスをする必要性はそこそこあるのではないかと思っている。そうすれば、例えば就活生はテスト勉強と並行して、会社説明会の予約のためにパソコンやスマホとにらめっこするなんていう下らない負担を負う必要は無くなる。


企業が倫理憲章を守っていないのは明らかだからその違反を批判しようと思えばいくらでも批判できてしまう。けれど、徒に批判をするのではなく、特に大学や学生に大きな不利益を蒙らせる違反を優先的に批判していくべきだ。それが、就活生の環境の向上に少しはつながるのではないかと思っている。


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既卒者カフェ提案の「私の既卒就職活動体験記」が果たし得る意義

昨日、「既卒者カフェ」という集まりが渋谷で開かれた。
既卒者カフェとは、大学等を卒業し就職活動を継続中の若者が集まるコミュニティである。この度第4回目の開催を終えたということで、地道に活動を続けられていることが伺える。


既卒者カフェのホームページやツイートを見ると、団体の一番の関心は「卒業後のギャップイヤー」を当たり前にすることにあるように思えた。しかし、ホームページにある「既卒者カフェの発展アイデア」を見て僕が一番関心を持ったのは、次のアイデアである。

◆『私の既卒就職活動体験記』として、電子媒体等で販売。(50円で販売。サイト作成者10円、僕10円、既卒者30円)
意義:既卒就職活動の現状をリアルタイムで届けられる。有料にすれば、既卒者の活動資金となる。サイトの作成者にも資金が入る(できれば既卒者にお願いしたい。)うまくいけば、体験記を見てくれた人が採用してくれるかも。

結果として、「既卒者リレーブログ」という形で既卒者の就職体験記が続々とストックされている(http://kisotu.xii.jp/modules/blog/?cat=4)。


現在書店に並んでいる就活対策本は、主に倍率が高い難関企業の内定者の体験記が書かれていることが多い。最近よく取り上げている「カリスマ内定者100人の告白―大学生が書いた大学生が知りたい就活のホンネ」もそうだし、あるいは森健さんの著書「ぼくらの就活戦記」も、三菱東京UFJ銀行やソニー、テレビ朝日など難関企業の内定者40人の証言がまとめられている本である。また、「絶対内定」に書かれている体験記も大概「たくさん悩んで、たくさん行動した結果、こんな難関企業に入れたのです!」というストーリーだ。つまり現在就活産業が就活生に提示しているメニューは「大学3年生に就活を始め、良い準備をして4月の面接に臨んで内定を貰う」というレールを上手に乗り切った人の体験記に偏っているのだ(これで就活生に「大手病になるな!」というのも、無理な話である)。それに対して、例えば「入社を希望した企業全てに落ちたが、そこから立て直して就活をして内定をもらった」といった体験記は、就活生からの需要は恐らくそこそこあるにも関わらず、その供給は追いついていない。


そして勿論、「在学中に内定をもらえかったが既卒として納得のいく内定をもらえた」という体験記も、大学を卒業して職を得ていない若者が10万人以上出ている状況の割には供給があまりにも少ないのではないかと考える。amazonで「既卒」と検索してみると一応79件ヒットするが、その内既卒者の就活について書かれているであろう本は「既卒なんてこわくない!」、「それでも就職したいあなたに―既卒、フリーター、第二新卒の大逆転内定獲得術」、「27歳からの就職術」の3冊のみ。しかもその内「既卒なんてこわくない!」は実際に読んだことがあるのだが、著者の秋庭さんの「新卒で納得のいかない企業に入るくらいなら既卒で就活した方が良いって!」という精神論が多く、既卒者の就活体験記に割かれたページは殆ど無かったと記憶している。


既卒者の就活体験記が明るみになっていないのは、在学中の就活生にもプレッシャーを与えているはずだ。「既卒になったらどのくらい不利になるのか」、「応募できる求人はブラック企業しかないのではないか」、「なぜ既卒になったのか、面接官からとことん問い詰められるのではないか」・・・こうした情報の不明瞭さが、学生に「"既卒での就活"はまるで暗闇の中に飛び込むかのような恐怖心に晒される」というイメージを抱かせているのではないか。にも関わらず、就活関連の論者は、そうした暗闇を照らすための言説をこれまで殆ど提供してこなかった。「私の既卒就職活動体験記」は、既卒者のみではなく在学中の学生にも役に立つコンテンツとなるはずだ。


既卒者カフェは「電子書籍等」で発売と書いているが、うまくいけば普通に一般の書籍として売り出せると僕は思う。僕だったら、一人の既卒者につき「既卒者による就活体験記の独白」、「既卒者との対談」、「既卒者に内定を出した会社の人事へのインタビュー」の3段階で構成し、その流れを複数回繰り返し1冊の本にまとめる。上で取り上げた「ぼくらの就活戦記」は各企業につき「内定者の独白」「人事の独白」で構成されているに過ぎず、それの繰り返しだけで本として出版できているので、僕の案でも結構いけるような気がしている(笑)


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能力があったり、努力をしたから内定を取れるのではなくて、内定を取れた結果としてその人の能力や努力が後付けで肯定される・・・?

カリスマ内定者に限らず、就活本で就活の成功体験記を語っている学生は、大概、自分の「内定を取るに至るプロセス」がいかに優れていたかを語り、だからこそ内定をとれたのだというストーリーを作る。一方で、リクナビ編集長は現在の就活を次のように語っている。
この五十嵐さんがリクナビ編集長という訳ではないので誤解の無いように(笑)「入試じゃなくて、恋愛結婚と考えてください」ということは、就活において相性に比して能力の重要性が低いことを意味している。これは、大学1、2年生や高校生からしたら驚きのことだろう。


実は、現在の就活の特徴が五十嵐さんの言う「評価軸不在の全人格的評価」であることを理由に、「能力があったり、努力をしたから内定を取れるのではなくて、内定を取れた結果としてその人の能力や努力が後付けで肯定される」と考察する論者がいる。例えば、「若者を見殺しにする国」などの著書で有名な赤木智弘さんは「本来的な意味での"メリトクラシー(能力主義)"に沿った選抜など実現されず、"業績"を得た結果として"能力+努力"があとづけで肯定されるという、因果関係が真逆の偽メリトクラシーでしかなかったと考えています」と述べている。


また、「大卒就職の社会学」などの著書を出し、多分日本で一番就活を学問的見地から考察しているであろう学者である本田由紀先生は、「軋む社会」という本で赤木さんと同じようなことを述べている。例えば、次のような記述がある。

企業の採用面接の際に、いかなる振る舞い方がもっとも適切とされ、高く評価されるかは、面接官の好みや経歴によって左右される。同じ大学の出身であることによって話が合い採用されたとしても、それは応募者の「意欲」や「コミュニケーション能力」が高かったからだと説明される。それゆえ、ハイパーメリトクラシー的な評価や選抜には、常に不当な差別や不公正さが入り込む。にも、関わらずそれらは隠蔽される。

「ハイパーメリトクラシー的評価」とは、頭の良さとかよりも、意欲や対人関係能力、創造性など人格や感情の深部、人間の全体に及ぶ能力を評価の遡上に載せる評価形式のことで、五十嵐さんの言う「全人格的評価」と同じような意味と考えてもらえれば良い。また、別のページにも同じような記述があった。

「人間力」という概念そのものが怪しげなものであり、相対的に有利な社会集団が「ゲームのルール」を自らにとって都合の良いものにするために打ち出した恣意的な評価基準を、そう名づけているに過ぎない可能性がある。(中略)このよく分からない選考基準を真に受けて、それに振り回されすぎてはいけない。

就活における「相対的に有利な社会集団」とは既に働いている社会人や、競争率の高い企業の内定を得た人たちのことを指すと考えて良いだろう。本田先生の言葉に従えば、彼らは自分の価値を高めるために、本当は自分がなぜ内定したかもよく分かっていないのに、あるいは厳格に能力を審査されたのではなく単に他愛も無い話をして内定をとったに過ぎないのに、「自分には"人間力"があったから内定を取れた。内定を取れていない人には"人間力"が足りていない!」とか「自分は面接で熱意を見せた結果、内定を取れた。内定を取れていない人は熱意が足りないんじゃないの?」などの構図を作り上げていることになる。これは想像だが、もし本田先生が就活本に書かれている就活成功体験記を読んだら「あたかも自分が努力したから内定を取れたという風に書かれているけど、面接官があなたを評価した理由は努力の中身じゃなくて、単にあなたと話が合ったからというだけかもしれないですよ」と思われるかもしれない。 


勿論本田先生に対して、「面接官は、ちょっと話が合ったからって内定を出すほどバカじゃない。一体、あなたは面接の実態をどのくらい知っているのか」と反論したくなる人がいてもおかしくないだろうなとは思う。ただ、面接官全体に占める割合は分からないが、就活生のポテンシャル云々よりも単に自分の好みを優先して選考に通す人を決める面接官が一定数いることは恐らく間違いない。正直、昨日取り上げた大手銀行内定のカリスマ内定者も、別に能力や考え方が評価されたのではなく、単に彼が纏う「雰囲気」が面接官に好まれて内定を勝ち取ったに過ぎないと僕は想像している。はっきり言って、彼の物事の考え方は最低のレベルなので・・・(「大きな会社で歯車になりたくない」「人に使われたくないから起業する」なんて僕から言わせれば負け犬の遠吠えです、なんて言っている人なので)。もしかしたら、面接では必死にキャラを誤魔化していたのかもしれないが。


現時点で赤木さんや本田先生の考察をどのくらい信頼してよいかは僕には分からない。ただ、仮にこの考察の信頼性を高められれば、中々内定を取れずに苦戦している人への風当たりを弱めることが出来ると感じた。例えば、大前研一さんなんかは「20社受けても内定を取れない、優秀でない学生への支援のために税金を使うな」と主張していたけれど(http://news.livedoor.com/article/detail/5068028/)、このような主張を黙らせることも出来るようになる。「こんな意見を発する大前さんこそ、実は優秀でもなんでもないんじゃないですか」と言えるようになれば理想だ。


「能力があったり、努力をしたから内定を取れるのではなくて、内定を取れた結果としてその人の能力や努力が後付けで肯定される」という考え方はあながち間違っていないのではないかとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。肝心の僕はまだ考え中ですが・・・(笑)
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「カリスマ内定者」なら何を言っても良いのだろうか

随分と前の話だが、このブログで「カリスマ内定者」について取り上げたことがある。この言葉は僕の造語ではなく、実際に「カリスマ内定者100人の告白―大学生が書いた大学生が知りたい就活のホンネ」という本が発売されているのだ。以前の記事では「自分のことを"カリスマ内定者"と言うなんてバカじゃないか」というようなことを書いたのだが、今はこのブログを読んでくださっている方も増えたので、もう少しオブラートに語ろうと思います(笑)


この本の内容を一言で言えば「就活が上手くいった学生のインタビュー集」である。「カリスマ内定者」というタイトルから傲慢なことを言う人も多いのではと感じる方もいるかもしれないが、実際その就活体験記を読み進めると、むしろめちゃくちゃ謙虚な考え方をもって就活に臨んでいた人が大半で、体験記の文章にもその謙虚さが表れていることが分かる。しかし一方で、中には明らかに調子に乗り「いくら"カリスマ内定者"だからって、こんなことを言うのはおかしくないか」と思わせる文を書いている人もいて、この記事で取り上げるのはそのような人の話である。


今回取り上げる「カリスマ内定者」は大手銀行内定の方なのだが、彼の主張の要旨は「マスコミは中小企業に目を向けろというけど、そんな声に耳を傾けてはいけない。まずは大企業を受けるべき。大体、"中小企業に目を向けろ"と言うマスコミだって大企業じゃないか」というもの。断っておくと、この意見自体には同意できて、今後このブログでもこの意見を支持する記事を書きたいと思っているくらいだ。しかし一方で違和感を持つ記述もある。まずはこれ。

やっぱり大企業に行きたいというのは誰もが持つ自然な願望ですよ。先行きの見えない時代ですし。「大きな会社で歯車になりたくない」、「人に使われたくないから起業する」なんて僕から言わせれば負け犬の遠吠えです。

せっかく大手銀行に内定するだけのポテンシャルを持っているのに、驚くほど視野が狭い考え方を持っていることを純粋に勿体無いと思った。とはいっても、この記述はあくまでも前座で、今回の記事で主に取り上げたい記述は次のもの。

大企業に行けばそれだけ大きな仕事にチャレンジできるチャンスがあります。お給料だって安定しています。仕事が出来る人が多くいる環境であれば、それだけ多くのことを学ぶことができ、結果、自分の成長にもつながるのです。

「お給料が安定している」と言うのは分かる。しかし、「大企業に行けばそれだけ大きな仕事にチャレンジできるチャンスがある」、「仕事が出来る人が多くいる環境であれば、それだけ多くのことを学ぶことができ、結果、自分の成長にもつながる」とまだ働いていない段階で断言するのはおかしいのではないか。細かいけれど、「大企業に行けばそれだけ大きな仕事にチャレンジできるチャンスがあると感じた」、「大企業は仕事が出来る人が多くいる環境だと思ったので、それだけ多くのことを学ぶことができ、結果、自分の成長にもつながると思った」と自身の推測を語るのなら話は分かる。しかし、まだ働いていない段階で「大企業に行けばそれだけ大きな仕事にチャレンジできるチャンスがある」、「大企業には仕事が出来る人が多くいる(→だから、自分もその人たちから学び成長できる)」と全てが分かっているかのように断言するのはおかしいのではないかと思う。


僕がこのような考えを持つ背景には、サッカー日本代表の内田篤人選手の著書「僕は自分が見たことしか信じない」における以下の記述がある。

僕が評価や批判をするときには、僕なりの定義がある。それは「自分が経験したことがあること」についてなら、評価や批判をしてもいいというもの。

例えば、僕はJリーグで3連覇した。まだ鹿島しか成し遂げたことが無いことだから、3連覇の難しさを話すことは出来る。欧州チャンピオンズリーグでもそう。ベスト4までいったのは、日本人では僕しかいないのだから、それについて意見や考えを言うことは出来る。

逆にいえないのは、自分が経験したことが無いこと。

僕はこの考え方をすごくフェアなものだと感じた。先の大手銀行内定のカリスマ内定者の例で言えば、彼が「大手銀行の内定をとるために必要な行動、心構え」を語ることはまるで問題ない。それは彼が実際に経験したことだからだ。聞き手は嫌かもしれないけど、別に自慢めいた口調で語っても良いとすら思う。しかし、「大企業で働くのは~だ」と断言するのは、彼が実際に会社で何年か働いた後ではないとおかしくて、いくら"カリスマ内定者"といえどもそこまで語るのは明らかに分不相応だ。
このツイートにあるように、「カリスマ内定者」は何者でもない。「お前は何者でもないから、何も語るんじゃない」というのは間違っていると思うけれど、それでも語ることが適切な話題とそうでない話題の区別はすべきだ。いくら就活の成功者が語った意見と言えども、それを無条件にチヤホヤしないで、批判する余地のある意見はきちんと批判したほうが良いはずだ。


余談だが、就活デモに対して「就職できなかった連中がわめいても仕方がない」という意見が寄せられることがある。しかし、上で紹介した内田選手の基準に照らせば、就職できなかった人であっても、実際に就活をしていく中で不条理な経験をしたことがある場合は、それについて語ることは何も問題ないことになる(勿論、語った意見が反論に晒されることは大いにありえるが、「そもそも意見を語ってはいけない」ということは無い)。大手企業内定者は内定を取るコツについて語ることはできるが、比較的遅い時期まで就活をすることの苦しみを語ることはできない。逆に、就職できなかった人は内定を取るコツについて語ることは出来ないが、大手企業内定者が語れない、就職が中々決まらないことの苦しみ・既卒で就活する苦しみなどについて語る事は出来る。大手企業内定者、就職できなかった人どちらの意見が優れているかを比べることに意味は無く、どちらも現在の就活の実態を浮き彫りにする貴重な声なのだ。


カリスマ内定者により発せられた意見であっても、その意見が筋違いのものなら、チヤホヤしないできちんと批判すべきだとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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