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就活関連の論者の文章を即座に鵜呑みにすることなく、きちんと評価することが必要だ

ここ最近「"アホ大学のバカ学生"の就活デモ評はでたらめなのでご注意を」、「"フリーターは正社員になれないというウソ"論の失敗」という記事など、就活関連の論客の文章を批判することが多い。賛成・反対以前に「(特にお金をもらっていながら)こんな文章を書くなんて、根本的におかしくないか?」というレベルの疑問を投げかけている。そして、前回の記事で取り上げた常見陽平さんの「ハンパな仕事しかできない若者たちが"ノマド"を名乗って陥る"新・ユートピア社会主義"」もこうした疑問を投げかける余地がある記事だということに気がついた。


特に問題なのは、2ページ目の「安藤氏と並んでノマド界で知名度が高いのが、独自のニュースサイトを手掛けているイケダハヤト氏。彼は"会社はオワコン(2ちゃんねる用語で"終わっているコンテンツ"の略)""ノマドになったら年収が増えた"といった言動で目立っている。要するに、会社という組織はもう終わりで」という記述と、4ページ目の「(会社はオワコンと言うが)いったいいつ、会社が終わったのか。ノマドがありがたがって使っているMacBook Airを作るアップルは"会社"だが、いずれノマドが"個と個のつながり"とやらで、こういう製品を作ってくれるのか」という記述。これだけ見ると、イケダハヤトさんが「会社なんかもういらないでしょ。個々のつながりがあれば何とかなるんだからさ~」と述べ、それに対して常見さんが怒りの声を上げているという構図があるように思える。


しかし、「会社はオワコン」というフレーズが気になって検索してみたところ、この構図は常見さんがイケダハヤトさんの意見を曲解したことによって生みだされたものなんじゃないかと感じた。イケダハヤトさんは今年の9月に、ダイヤモンド・オンラインの「ノマドってどうよ?~賛否両論から"働く"を考える~」という連載物に登場しているのだが、その際にインタビュアーと次のようなやり取りをしている。

――「会社はオワコン(=会社は終わった、役目を終えたなどといった意味)」なんて言うな(※1)って話ですね。

イケダハヤトさん:どちらも答えるまでもない問題、なんて言うとまた批判されるんでしょうが(笑)、まず「会社オワコン」については、ブログのエントリー本文を読んでいただけると分かるように書いたつもりですが、片仮名で「カイシャ」と書くような、旧態依然とした会社の終わりという話です。例えば、日本の学校の教育が時代にそぐわなくなった、古くなったと言っても、子どもに何らかの教育を行う機関はどうやってもなくなるものではない。僕が話しているのはそういう話です(http://diamond.jp/articles/-/24936?page=2

ここでイケダハヤトさんが述べた「ブログのエントリー」とは、今年5月に書かれた「ノマド論争で見過ごされている3つの論点」というものだ。実際にこのエントリーでは「終身雇用、社会保障、大オフィス、満員電車、年功序列、社外秘文化などなど、様々な観点で旧来的な意味での"会社"がオワコン化している」という記述が見られる。この直後にある「ノマド云々を語る上では"これからの会社のあり方"を議論するのが、生産的だと僕は考えます」という記述と併せて考えると、イケダハヤトさんは別に「会社」という活動形態そのものを否定している訳ではないことが分かる。「これからの会社のあり方」を考える必要性を認めるということは、同時に「会社」という活動形態を肯定していることにもなるので。


勿論人は「勘違い」をする生き物なので、「会社はオワコン」という言葉を聞いて「そんな簡単に"会社"が終わる訳ないだろ!」と反応する人がいても無理は無いと思う。しかし、恐らくお金をもらって記事を書いている常見さんの「いったいいつ、会社が終わったのか」という突っ込みはダメだ。上で触れたダイヤモンド・オンラインの記事は「会社でオワコン」と検索すれば最初にヒットするものなのだが、なぜそこで書かれている内容すら踏まえないで記事を書けるのか。あるいは、「ノマド論争で見過ごされている3つの論点」の内容すら踏まえないで記事を書けるのか。別に「お金をもらっているからには、常に完璧な文章を書くべき!」とは全く思わないけれど、これはさすがに適当すぎるだろう。昨日よりさらに「ハンパな仕事しかできない若者?それはあなた自身のことですか?」と突っ込む意欲が高まっている。対して、就活・労働関連の問題に関してコメントをすることの多い「論客」たちへの信頼度はここ1ヶ月でどんどん下がっているのだが・・・。


考えてみれば腹が立つ話ではないか。現在の就活生がなかなか内定をもらえなかったり、内定をもらえても入社したのがしょうもない会社で早期退職を余儀なくされている状態がある一方で、そこらの中学生の読書感想文レベルの記事を書いている人が就活生のキャリア観にダメ出ししたり、そこそこ多くの金を稼いでいたりすると言うことに。勿論これは僕の個人的な評価であり、中には石渡さんや常見さんを絶賛する人もいるのだろう。しかし僕の考えでは、好みの問題とか関係なく彼らの文章を即座に信頼することは出来ない。こうした曲解に基づく記事があると、別の記事でも何かしら適当な文章を書いているんじゃないか?と疑ってしまうので(勿論、僕も誰かの意見を曲解した上で記事を書き上げてしまっている可能性はあるので、このブログの内容も鵜呑みにしないで欲しいです!笑)。


何かの本のレビューで、「現在は"就活"について取り上げるだけでお金になる時代だ」という趣旨の文章を見た覚えがあるが、これはその通りだと思う。青臭い意見だが、だからこそきちんとしたことを言っている人をきちんと評価し、しょうもないことを文章を書いている人には低い評価しか与えないという心構えでいるべきだと思う。今度、僕の独断と偏見に基づく「就活論者ミシュラン」のようなものを記事で書こうかなと考えている。


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<ネタ>「ハンパな仕事しかできない若者たちが"ノマド"を名乗って陥る"新・ユートピア社会主義"」という記事が突っ込みどころ満載で面白かった件

SAPIOに掲載された常見陽平さんの「ハンパな仕事しかできない若者たちが"ノマド"を名乗って陥る"新・ユートピア社会主義"」という記事がネットでも読めるようになっている。はてなブックマークのコメントの内容を見てはじめて気づかされた点もあるが、全体的に今回の常見さんの記事は「お前が言うな」という感想を持たずにはいられない内容であると感じさせられた。


例えば1ページ目の「私が渋谷のカフェに入ったところ、隣で仕事をしていた若い男がパソコンの前で大声で話していたので静かにするよう注意したら口論になった。男の反論がふるっていて、"私はイギリスとスカイプ(インターネット電話)でやり取りしている"と言ったのだ。"スカイプ"で"イギリス"なら他人に迷惑を掛けてもいいのか。店長に相談すると、信じられないことに私が席を移るよう求められた」と正義感全開でノマド・店長の非常識な行動を批判しているわけだが、そんな常見さんもそのカフェの店長の勤め先と苗字をネットで晒すという中々非常識な行動をしている(http://togetter.com/li/294041)。「カフェで大声で電話すること」と結構良い勝負の行動だろう。


また、次の段落に「最近、カフェにノートパソコンを持ち込んで仕事をする人をよく見かけるようになった。それもスーツ姿の会社員ではなく、カジュアルな服装でお洒落メガネの若者が中心で、半日くらい居座ってガッツリ仕事をしていたりする」という記述があるけれど、それに対する「落ち着けよ。半日くらい居座ってる人を判断できるのは、半日以上居座ってる人だけだぞ」という超的確なツッコミを見て笑わせてもらった。恥ずかしながら僕はこのツッコミを見てはじめて気づいたのだが、カフェに長く居座るノマドを批判する常見さんも半日くらいカフェに居座り、恐らくそこで仕事をしていたということになる。この見方が正しいとしたら、常見さんは自分に甘くノマドに厳しすぎないか。


さらに、2ページ目に「00年頃には"とらばーゆ"が、"派遣で自由な暮らし"を提唱し、"サービス残業がない""9時5時で帰れる"といった派遣のメリットばかり強調して煽った。しかし、今では派遣社員もその不安定なあり方が問題となっている」とあるけれど、これに対しても「この人の経歴に"とらばーゆ編集部"ってある.仕掛けた側だったクセに」というコメントがついている。常見さんが「00年頃」にとらばーゆ編集部で働いていたかは分からないのでここはなんとも言えないところではあるが、常見さんの経歴を見ると、まさにこの時期にとらばーゆ編集部にいたような感じがするし(http://www.yo-hey.com/)、この感覚が正しければこれこそ「お前が言うな」としか言いようが無い。


この記事への突っ込みどころはもう少しあるのだが、一番感じたのは「この記事こそ"ハンパな仕事"の象徴なんじゃないか?」ということ。例えば2ページ目に「若いノマドワーカーのなかには、冒頭のスカイプ男のようにマナーを知らない者も多く、会社で何年か働いていればこうはならないだろうにと思わずにいられない。実力もないままノマドになってしまうと、仕事もろくにないという状態になる」とあるけれど、1ページ目にこのスカイプ男が仕事をしていた描写があるし、このスカイプ男が「仕事もろくにない状態」であるという根拠も書かれていない。これじゃあ、ただの私怨じゃないか。


また、記事全体として「ハンパな仕事しかできない若者たち(で、且つノマドを名乗っている人たち)」を批判していて、且つその若者たちの例としてイケダハヤトさんや安藤美冬さんが挙げられているわけだが、彼(女)らが「ハンパな仕事」をしている根拠も特に書かれていない。正直僕は、イケダハヤトさんや安藤美冬さんが具体的にどんな仕事をしているのかよく知らないが、それでも彼(女)らが生き延びているのは彼(女)らへの需要があるからじゃないかと思うし、そしてその需要があるのは彼(女)らの仕事にとりあえずは満足している人たちがいるからじゃないかと思うので、常見さんの記述は単に常見さんが個人的に嫌っている人たちをとりあえず貶めているだけのようにしか見えない。


おまけに、3ページ目の「ある著名なノマドはプロフィールで、会社員時代に所属する課で受賞した社長賞を自分個人が受賞したかのように書いている。これでは、ソーシャルネットではなく、サショウ(詐称)ネットである」という記述に関しては、安藤美冬さんは訴えようと思えば訴えられるんじゃないかと思った。「著名なノマド」で且つ「社長賞を受賞した人」といえば安藤さんを思い浮かべる人は多くいるだろうけれど(http://andomifuyu.com/#profile 「ノマド 社長賞」と検索しても安藤さんのページがヒットする)、安藤さんのプロフィールを見ても、安藤さんが常見さんが言うような「会社員時代に所属する課で受賞した社長賞を自分個人が受賞したかのように」という意図を込めているかどうかは断定できなかった。にも関わらず常見さんは「サショウ(詐称)ネット」とまで言っちゃっているし、これこそ「ハンパな仕事」なんじゃないかと僕は思う。


一つの記事でここまで突っ込みどころがあるのも中々珍しい。今回取り上げた常見さんの記事を真面目に読んで得るものがどれだけあるのかというとかなり疑問だが、突っ込みどころを見つけてそれを笑う分にはなかなか面白い記事だった。ただ常見さんにはこういう面白い記事を書くという「寄り道」をせずに、著書「僕たちはガンダムのジムである」で追いかけていると公言した「村上春樹のような作家になって芥川賞を取る」という夢に向かって頑張って欲しいと個人的には思う。 

「ハンパな仕事しかできない若者たちが"ノマド"を名乗って陥る"新・ユートピア社会主義"」という記事は突っ込みどころが多くて面白いという考えに共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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採用担当「facebookを見れば、就活生の素が分かるぞ!」 就活生「企業から好印象を持たれる為のfacebook就活対策セミナーというのがあるのか」

ニートのガラパゴス日本脱出日記」というブログを読んで知ったのだが、2週間ほど前に週プレNEWSの「人事部は就活生たちのFacebookのココを見ている」という記事がヤフーニュースに掲載されていた。その内容はギャグとして読む分には面白いけれど、就活生からしたら「シューカツってくだらないな」という感想を持つであろうものになっている。


記事の中で、企業向けにFacebook採用のコンサルティング業務を行なう「ちかなり」の兵頭秀一さんは、次のように述べる。

ある不動産会社の採用担当グループは、面接試験の後で別室に集まり、パソコンを囲みながら受験者のFacebookチェックを行ないます。最初に見るのは『友達』の数。ある女のコの場合、面接で物静かだったのに、Facebook上で300人近くの『友達』がいて、書き込みごとに数十件ものコメントがつき、ページ全体が活性化していたと。ここに着目した採用担当者は『これは人望がないとできない』と評価を逆転させました。面接じゃわからない素の様子を知るツールとして企業はFacebookを見ています

この箇所を読んで「おかしい」と感じる点が2つあった。第一に、兵頭さんの「評価を逆転させました」という発言から、この不動産会社の採用担当が「面接では、就活生のことが何も分かりませんでした」と言っているようなものだということ。これは特殊なケースなのかもしれないけれど(普通のケースを記事で取り上げることは無いだろうし)、Facebookのチェックの前後でここまで評価が変わると言うのもなかなか滑稽な話だ。これだったら、はじめから面接なんかやる必要は無かったんじゃないかと思わされる。


第二に「面接じゃわからない素の様子を知るツールとして企業はFacebookを見ています」とあるが、当の就活生の側も、企業のこうした動きに対応しようとする動きをとっているということ。今年の4月にNHKの「おはよう日本」でFacebookを利用した就職活動に関する特集が放送され、そこで「企業から好印象を持たれる為のfacebook就活対策セミナー」が紹介されたという(http://matome.naver.jp/odai/2133479644087065801)。そして、企業から好印象を持たれる為のコツとして「プロフィールアイコンは笑顔でアップの写真を使う」、「友達は50人以上フォローする」、「週に2回以上前向きな書き込みをする」というものが挙げられたらしい。


このNHKの番組に対して「就活、転職活動などで、Facebookを利用という報道があるが、採用側がSNSを重視してると感じれば、さとい応募者は即それに対応した"見られる"と云う前提でFacebookを展開するだろう」とコメントしている人がいたけれど、本当にその通りだ。即ち、兵頭さんが言う「面接じゃわからない素の様子を知るツールとしてのfacebook」という構図はもう成り立っていない、あるいはこれから徐々に成り立たなくなっていくのではないか。週プレNEWSの記事には、パソナキャリアカンパニーの新卒採用に携わる佐野創太さんの「私は友達の数よりも質を見ますね。他大学や社会人に"友達"がいるか。あるいは、もし外国人の友達がいて、大勢の外国人の中で本人が笑って写っている写真なんかがアップされていたら評価は上がります」という注文も載っているけれど、これも就活生のfacebook上の「演出」に活かされていくのだろう。


企業からしたらfacebookを見ても、就活生の素の様子を確認できない(もっとも企業が「就活生の素の姿」ではなく「facebook上でどれだけ"リア充"を演出できるのか、それをチェックしたい」と考えているのなら、現状何も問題ないということになる)。就活生からしたら「企業がfacebookを見ているかもしれない」という可能性を考慮して、自らのfacebookページを充実させることを事実上強いられる。これに対して「週プレNEWSの記事は全然一般例じゃないのだから、そんな記事に流されるほうがまずい」と言いたくなる人がいるかもしれないが、就活生からしたら、自分の行きたい企業がこっそりとfacebookページを確認する可能性が消えない以上は、念のためにfacebook上の友達を増やしておこうとか変な写真をアップしないようにしようとか、そういう意識でいることは合理的だといえるだろう。もっとも、その合理性の追求が就活生にとってはストレスになるのだろうが・・・。


ただ「ニートのガラパゴス日本脱出日記」の記事で取り上げられていたCNNの記事を読むと、アメリカの状況はもっと過酷なものであることが分かる。マイクロソフトの調査によって、アメリカの70%の企業がオンライン上で見つけた情報に基づいて就活生を不合格にしたという結果が出ている(http://edition.cnn.com/2010/TECH/03/29/facebook.job-seekers/ A recent survey commissioned by Microsoft found that 70 percent of recruiters and hiring managers in the United States have rejected an applicant based on information they found online・・・多分訳は大体合ってますよね笑)。ここでいう「オンライン上で見つけた情報」として、「就活生が発した不適切なコメント」、「不適当な写真や動画」、「前勤務先の雇用者・同僚などの批判」などが挙げられている。このような事情を受けて、就活生の側もfacebookの名前を変えたりプライベートを隠そうとしたりしているようだが、企業がfacebookページを見ることについてある就活生は「企業がfacebookページを見たがるのは分かるけど、その情報と仕事が出来るかどうかは関係ないだろう」と批判している。


これを見る限りでは日本はアメリカよりはマシだといえるし、別にアメリカ型に向かう必要も無いと思う。企業は「しっかりと面接をして、それでダメだったら仕方が無い」という気持ちでいるくらいで良いのではないか。facebookを活用しようとしても、就活生はその動きに備えて何かしらの対策を講じる・・・といういたちごっこが繰り返されるだけだろうから。少なくとも上で取り上げた不動産会社のように、ほぼfacebookページの内容「だけ」で評価を決めるなんて状況は馬鹿げている。


企業が就活生のfacebookを確認しようとすることはあまり意味が無いという考えに共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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「ブラック企業ではないけれど知名度の関係から応募者が来なくて、人手に困っている企業」を多く知っている論者の方は、もっとその知識を活用したらどうか

赤木智弘さんの著書「若者を見殺しにする国」には、赤木さんが森達也さんの主張を批判する記述がある。森さんは赤木さんの論考「"丸山眞男"をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争」に対して「探す気になれば安定した職業はいくらでもある」という反論をしたらしい。僕としては森さんがこんな馬鹿なことを言う人だとは思えないので「赤木さんが森さんの主張を勘違いしているのでは?」と少々疑っているが、一応赤木さんの記述によれば森さんがそういう主張をしたということになっている。


これに対して赤木さんは「安定した職業がいくらでもあるというなら、その職業を私に紹介していただきたい。私じゃなくても、森の周辺にはワーキングプアに悩む人を多く知っているような論者もたくさんいるでしょうから、そういう人たちに仕事を斡旋してあげてください。それで100人くらい正社員として就職させることが出来れば、私は素直に森に頭を下げましょう」と森さんの主張を批判している。これに対して森さんがどう反応したかは分からない。


森さんの主張とは少し違うかもしれないが、大学新卒の就職活動においても「ブラック企業ではないけれど知名度の関係から応募者が来なくて、人手に困っている企業はある」という主張が多々見られる。そして「就活生が就活に苦戦するのはそういう企業に気づけていないからだ」というように、苦戦の原因が就活生に押し付けられることもしばしば。


赤木さんではないけれど、そういう企業が少なからずあることを知っていて、且つその企業とコネクションがあるという人がいるのなら、その職業を就活生に紹介する事業を始めたらどうだろう。ハローワークで条件が悪い求人と睨めっこしている就活生はいくらでもいるだろうし、あるいは最近も「既卒者リレーブログ」というページにおいて、埼玉県若年者雇用促進事業に参加した方が社会人スキル研修後の就職斡旋にて、ハローワークと同等かそれ以下の求人しか無かったと報告している(http://kisotu.xii.jp/modules/blog/?p=322)。そういう人たちを「まとも」な企業と結びつける取り組みをやれば、ありとあらゆる人たちにメリットがもたらされる。


当然就活生からすればきちんとした会社に正社員として就職できることになるので、それが大きなメリットになる。また、人手不足で困っている企業からすれば必要な人材を確保できるので、そういう意味で助けになる。さらに、就活生がまともな企業に就職していけるということは、裏を返せばブラック企業に入社する人数が減ると言うことを意味し、ひいてはそれがブラック企業の淘汰につながるはずだ。


自らこのブログの存在意義に疑問を投げかけることになるが、「就活の~なところが問題だ!」と告発することなんかより、まともな求人をどんどん可視化してそれを就活生に知らしめる取り組みの方が何十倍も就活生のためになる。就活の問題点がいくら指摘されたことで、就活生の生活状況が向上するわけではないのだから。せいぜい気休めになるくらいでしかない。そういう意味でも、「ブラック企業ではないけれど知名度の関係から応募者が来なくて、人手に困っている企業」の存在を多く知っている人はそれだけで相当の価値があり、その知識を生かしてマッチングを進めれば良いのにと思っている。


僕としては、過去記事の「"知名度は低くても良質で、且つ正社員が不足している中小企業"ってそんなにたくさんあるのか?」というタイトルにあるようなスタンスである(勿論、「全く無い」という考えではない)。このブログのライターページにも「(ハローワークにて)印刷して頂いた求人票の中には年間80日以下の企業がゴロゴロ混ざっていました」、「紹介してもらえるのは休みが少なかったり、評判の悪い会社ばかり」、「既卒トライアルの面接に行った企業から"雇用保険適用できないけどいい?"と言われた」という不満が寄せられることがあったので(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-category-34.html)。ゆえに「~なところにこんなに良い求人があるのに!」と主張する論者は、その求人と就活生を結びつけるマッチング事業で活躍されたら良いのに・・・と感じるけれど、そういう動きはあまり見られないので一体どうなっているんだと思っている。


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「"フリーターは正社員になれない"というウソ」論の失敗

海老原嗣生さん著の「就職、絶望期 "若者はかわいそう"論の失敗」には、「"フリーターは正社員になれない"というウソ」という見出しがある。これは、日本経済新聞の2010年9月3日付けの記事「フリーターを正社員採用した企業は、全体の11.6%」を「厚生労働省の"平成21年・若年者雇用実態調査"のリリースをもとに作った、いわゆる偏向記事」と評し、その記事がもたらしたミスリードを批判している。


海老原さんの主張は、次のようにまとめられる。確かに「平成21年・若年者雇用実態調査」を見ると、過去1年間で9社に1社(11.6%)しかフリーターの採用実績は無いように見える。しかし、半数以上(52%)の企業はそもそも採用活動をしていない。そして、過去1年間で中途で若年者を正社員採用できた企業は21.7%しかなく、この21.7%を分母として、フリーターを正社員採用した企業の11.6%を分子におけば、実に5割強(53.0%)という数字になる。つまり、若年社員を中途採用した企業の過半数が元フリーターを正社員採用している、即ちフリーターには再チャレンジの門が大いに開かれている・・・というのが海老原さんの論理だ。そして、今日の記事の目的はこの内容に2つの疑問を投げかけることである。


第一に、海老原さんのデータの読み方に誤りがあるのではないかということだ。上の段落で「過去1年間で9社に1社(11.6%)しかフリーターの採用実績は無いように見える」と書いたが、海老原さんは本で「過去1年間でフリーターを採用したか」と題した棒グラフを作成し、それに「平成21年・若年者雇用実態調査」の数字を当てはめている。


しかし実際に「平成21年・若年者雇用実態調査」を確認したところ、フリーターの採用状況に関するパートにおいて「過去3年間のフリーターの応募採用状況をみると」という記述が見られた(http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/young/h21/dl/gaikyo.pdfのp9。あるいはhttp://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/young/h21/jigyo.html#04の「(2)フリーターの応募採用状況」という箇所)。つまり、海老原さんは「過去1年間で9社に1社(11.6%)がフリーターの採用実績がある」というグラフを作成しているが、実際には「過去3年間で9社に1社(11.6%)がフリーターの採用実績がある」という結果しか「平成21年・若年者雇用実態調査」からは読み取れないはずだと思われる。勿論、過去3年間全ての年でフリーターを採用した企業もあるだろうが、一方で「最初の1年間は採用したが、残り2年は採用していない」という企業もあるはずなので、海老原さんが言うほど門が開けているようには思えない。


正直、当初は本の誤植なのかと思った。僕が持っているのが初版だということ、且ついくらなんでも「過去1年間」と「過去3年間」を読み違える訳がないだろうと思っていたことに拠る。しかし、上で述べた「過去1年間で中途で若年者を正社員採用できた企業は21.7%しかなく、この21.7%を分母として、フリーターを正社員採用した企業の11.6%を分子におけば」という海老原さんの論理展開を見ると、海老原さんは本当に11.6%が「過去1年間」の採用実績だと思っているんじゃないかと考えられる。なぜなら「過去3年間で計11.6%」という認識を持っている場合ならば、同時に過去1年間のフリーターの採用実績は「11.6%」よりは低いということも認識できるはずで、即ち「21.7%を分母として、フリーターを正社員採用した企業の11.6%を分子におけば」という計算はできなくなるはずだからだ(ちなみに、「過去1年間で中途で若年者を正社員採用できた企業は21.7%しかなく」という記述の根拠は、http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/young/h21/dl/gaikyo.pdfのp5)。


もっとも僕の認識に基づく計算でも、「フリーターを採用する企業はそれなりの数ある」という海老原さんの主張がそれほど大きく揺らぐ訳ではない。しかし、やはり「平成21年・若年者雇用実態調査」を確認して、「過去3年間のフリーターの応募採用状況をみると」という記述を見落とすとはどうしても考えがたく、この点については海老原さんの本の記述に対するモヤモヤ感が残る。調査結果の本文だけでなく、表にも「表9 産業、フリーターの応募採用状況別事業所割合 (過去3年間)」と書いてあるのだ。あまりにもあり得ないと思いすぎて「もしかしたら僕の方が間違っているのかな」という気もしているので、「就職、絶望期 "若者はかわいそう"論の失敗」を持っている方がいたら、この点についてぜひ確認していただきたいです(笑)


もう一つは、フリーターを採用する企業の労働環境に怪しさを感じると言う点である。海老原さんは「確かに、大手企業を取り上げたらフリーターを正社員採用する企業など少ない。しかし、中小はまったく話は別。現状でもバラエティに富む中小企業群が雇用のセイフティネットとして日本型雇用と全く異なる慣習で若者を迎えている。近視眼的に大手企業の風習のみしか念頭におかない論評は、まったく現実の姿を捉えていない」と述べ、この見出しを締めくくっている。これだけ見ると、大いに希望がわいてくるように思える。


しかし本には書かれていないが、「平成21年・若年者雇用実態調査」の本文を読むと、どういう業界が積極的にフリーターを採用しているのかが分かる。本文には「産業別にみると、"(フリーターの)採用にいたった"は宿泊業,飲食サービス業が21.6%と最も高く、 次いで生活関連サービス業,娯楽業が15.8%、建設業が13.1%の順となっている」と書かれている。そして平成23年の雇用動向調査における「産業別の入職と離職」を見ると、建設業はともかく、「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」は入職率・離職率共に全産業の中でトップクラスであることが分かる。これはつまり、人の入れ替えが激しいということ、言い換えれば入社してもすぐに人が辞めるのでまた次の人が必要になるような労働環境があると言うことではないか。


勿論、そういう労働環境が待っているとはいえ求人があることには変わりないので、そういう求人も含めて「チャンスはある」と評価するのは個人の自由だ。海老原さんはそういう考えだということだろう。ただこのブログの立場は、過去記事「初めから若者を使い捨てることを前提としている会社の求人を含めて"求人はある!"なんて言うべきではない」のタイトルの通りなので、フリーターを多く採用している産業の求人をもって「チャンスはある」とは言いたくない。


前に「場合によってはこのブログで"若者はかわいそう論のウソのウソ"シリーズを設けて、とことん海老原さん(の主張)批判の記事を書こうと思う」と書いたが、まさかこんなに早く第一弾が書けるとは思っていなかった。記事を書いている最中にも、海老原さんの本の記述へのイライラ感がどんどん増していった。正直、この社会に「名誉毀損」という観念が無ければもっと過激な表現を用いたかった(笑)これからも海老原さんの記述を鵜呑みにせずに元データを確認し、必要ならばその誤りを指摘できればと思う。


海老原さんが言う「"フリーターは正社員になれない"というウソ」論は失敗しているという考えに共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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「就活による学業阻害の問題」と「大学教育の質の問題」をごちゃ混ぜにして語るべきではない

勤労感謝の日に、msn産経ニュースに「新卒一括採用」に対する常見陽平さんと加藤久和先生の意見が掲載された(http://sankei.jp.msn.com/economy/news/121123/biz12112307490003-n1.htm)。常見さんの方をチェックしてみると、「(新卒一括採用のメリットとは?という質問に対して)大学の教育力が不十分な中で、就職活動で初めて自分を見つめ、成長する充実感を覚える学生も実は多い」という記述や「(新卒一括採用は)多様な人材を採用できないとする意見もあるが、採用段階ではなく、入社後の人材育成によって多様性は実現されるものだろう」という記述が見られ、僕の頭の中は「???」というイメージでいっぱいになった。前者の記述に対しては「これは"新卒一括採用"という採用方式だから感じられるメリットなのだろうか・・・?」という疑問を抱き、後者の記述は単純に何を言っているのかがよく分からなかった。すんなり入ってきたのは、最後の「現在の就職活動には透明性が欠けている」という意見くらいだった。


中でも、特に大学関係者から反感を買いそうなのが、「就職活動の激化が学業をおろそかにする」という批判に対して、常見さんが「確かにそうした側面はある。しかし、日本の大学は少なくとも文系に関して言えば、そもそも学生を勉強させる仕組みになっていない。大学3年までに卒業に必要な単位を取れる場合もあるが、これは教育の放棄とも言えるのではないか。そこで就職活動だけを悪者にするのが正しいとは思わない。"新卒カード"を切らないために留年したり、大学院に進学したりするのはおかしいが、それを大学側が受け入れていることも批判されるべきだ」と答えている箇所。


新卒カードの件に関しては、学生があえて大学に籍を残そうとするのは、企業が新卒じゃないと応募を受け付けない、もしくは面接にて履歴書の空白期間を突っ込んでくることが予想されるからであり、これは完全に企業側の問題な気がする。そして大学からしたら、わざととはいえ卒業に必要な単位を取得していない学生を卒業させるわけにはいかないし、むしろ卒業させるほうが常見さんの言うところの「教育の放棄」だと思うので、それがなぜ「それ(わざと留年する学生)を大学側が受け入れていることも批判されるべきだ」という結論になるのか、僕にはよく分からなかった。もっとも大学院のくだりに関しては「勉強する気が無く、モラトリアムのつもりで入ろうとする人を入学させるんじゃない」という意味と思われるが、その意見は分からなくも無い。


実は常見さんの「日本の大学教育」に関する意見は、常見さんの著書「くたばれ!就職氷河期」にも記されている。該当箇所を引用すると、「"就活により学業が阻害される"と言われると、企業の採用担当者の立場で言うならば表向きは"すみません"と言うしかない。しかし、あえて暴言を言わせていただくならば、"では、大学の勉強は立派なものなのか?"ということをぜひ問いかけたい。自らの教育の中身を棚に上げて、就活だけを悪者にするのは、逆にエゴとしか言いようが無い」という部分になる。msn産経ニュースに掲載されている意見と、スタンスが同じであることが分かるのではないだろうか。


多分、大学関係者、あるいは就活デモの参加者の一部は「確かに大学の教育のあり方には問題があるかもしれないけど、その問題と"就活が学業を阻害している"という問題は別だろう。話を逸らすな」と思っているんじゃないだろうか。石渡さんの「アホ大学のバカ学生」でも、常見さんが言っているような主張に対して「その問題と、学業阻害の問題は違うよね」と評価する記述があり、その点に関しては同意見だった覚えがある。


しかも、大学関係者によっては「"大学の勉強は立派なものなのか?"とか言ってるけど、企業の方こそはじめから私たちに何も期待していなかったんじゃないか」と言いたくなる人もいそうな気がする。村上龍さんが編集した「教育における経済合理性」という本において、玄田有史氏が「企業はこれまでむしろ"(大学で)何も学んできてくれるな"と公然と言ってきました」と、寺脇研氏が「特にバブルの頃は、今言われたように、要するに"東大に入って、その後は4年間遊んでいた人間が欲しい"と公言する企業がたくさんありました。4年間遊んだやつは勉強をしてない。勉強してないから変な思想も持っていない。ただ要領だけは良いから入社したら出世するだろう、などということが公然と言われていた」と述べている。これが本当だとしたら、常見さんに対して「自らのこれまでのスタンスを棚に上げて、大学だけを悪者にするのは、逆にエゴとしか言いようが無いんじゃないですか」と言いたくなる人がいても不思議ではない。


本田由紀先生は、posseに収録されている常見さんとの対談で「企業と大学が悪い形で噛み合ってしまって、大学側も戦略的な教育が出来ていない場合が多くて、だからこそ企業側も(大学に)期待していないんだと思うんです(中略)大学の経営側や大学教員も90年代までのぬるま湯にあぐらをかいているところから脱しきれていないケースが珍しくないんです」と述べている。もっとも、玄田氏・寺脇氏によればその「ぬるま湯」を用意したのは企業側ということなので、その意味では企業・大学は共犯関係にあるといえるだろう。いや、「大学では適当に単位を取れれば良いや」と思っている学生も、同じく「共犯」と言うべきかもしれない。 


本田先生の言うところの「企業と大学の悪い形で噛み合い」を是正するための活動例として、「就活革命」の著者辻太一朗さんらが行う「大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会」が挙げられるけれど、正直すぐに成果が出るわけが無い。現時点ではせめて「就活による学業阻害の問題」と「大学教育の質の問題」を分けて考え、それぞれについて改善案を考えるしかないように思う。


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「アホ大学のバカ学生」の就活デモ評はでたらめなのでご注意を

昨日、新宿で就活デモが開かれた。デモでの訴えの内容は「雨空の新宿に響く "私たちは就活の奴隷じゃない"」という記事で確認できる。また、デモの様子はこちらのurlで見ることが出来る(http://www.ustream.tv/recorded/27214553#utm_campaign=t.co&utm_source=27214553&utm_medium=social


twitterで「就活デモ」と検索すると、案の定「就活デモとか暇人かよ」、「新宿で就活デモやってるらしい。後輩の諸君、お願いだからああいうことしないでね笑」など否定的な反応も見られた。でも、それは個人の感想だから別に良い。問題なのは、就活デモの目的・活動内容を誤った形で記し、それを本に掲載している人。そう、石渡嶺司さんである。


石渡さんは、今年のデモについて次のようにつぶやいている。
石渡さんは現在の就活のあり方に異議を唱える「就活のバカヤロー」の著者の訳だが、就活デモに対しては上のような反応だ。ちなみに、このブログによくコメントをくださるwilliam yaminさんは就活デモの活動に携わった経験を持つ方だが、彼は石渡さんと1対1で話した時に石渡さんから「"そんなことやったって何も変わらないんだから無駄な努力はやめるべき"といった具合に現状を変えようと行動を起こすこと自体を否定する発言」を多くされたらしい。


勿論、石渡さんが就活デモに反対するのは石渡さんの自由だから問題ない。正直、「"就活のバカヤロー"を出した割には、現在はただの就職指導の人みたいになってますね」という気持ちを石渡さんに対して持たずにはいられないが、彼がどのような仕事をするのかも彼の自由なのでそれも問題ない。石渡さんに対しては「(石渡は)どうせ就活についてはステークホルダーだから(だから、就活デモに反対しているんだろ)」という意見も寄せられたらしいが(http://reiji0.exblog.jp/15247836/)、それは筋が違うと思っている。


しかし、石渡さんの著書「アホ大学のバカ学生」における就活デモの評価は全く気に入らない。なぜなら、その本にはあたかも就活デモが「自分が就職できないことを社会に責任転嫁する活動」であるかのように書かれているからだ(石渡さんは本で、去年行われた「就活ぶっこわせデモ」について言及している)。


石渡さんの理屈としては、そもそもデモとは「個人ではどうにもならない大きな問題に対して世論に訴える手段」であり(冷静に考えて、この記述もおかしい気がする)、この点「内定の出る出ないは個人の問題」なので、デモとして訴えるトピックとしては不適切なのだということ。その上で、就活が厳しいと言っても過半数の人は内定が取れているということも言っていた。


しかし、ほんの少し就活デモについて調べれば、デモには内定者もいるということ(http://hosyukakumei.blog.fc2.com/blog-entry-8.html)、まだ就活を本格的にはじめていない大学3年生の方も参加していたこと(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-94.htmlで触れた朝日新聞の記事にて)、訴えの内容には「学生に勉強する時間を」「大学は就活予備校じゃない」などその訴えが通ったところで個人の内定を保証しないものが含まれていたこと(http://news.nicovideo.jp/watch/nw138804)がすぐに分かる。石渡さんが書いた就活デモに関する記述は、恐らく本当に最低限の調査すらなされないで書かれたものだと思う。本の記述を見る限り、石渡さんの中ではじめから「就活デモとは~な活動だ」というイメージが決まっていて、それをそのまま書いただけとしか思えなかった(良かったら、本屋でアホ大学のバカ学生の第4章を立ち読みしてください)。別に就活デモに反対するのは良いのだが、あんまり適当なことを書かないで欲しい。こんな記述が含まれている本を出すなんて、まともな仕事じゃない。


しかも、就活デモが「就職難を社会に責任転嫁する活動」と評価する根拠が、就活デモと無関係の、某左翼政党関連のシンポジウムにおける学生の発言と言うのもおかしなところ。確かにその学生は「自分は高い向上心があるが、企業はそれを相手にしなかった。だから就職難だ」と言っていたようなので、その学生の姿勢を批判するのは妥当だと思う。しかし、なぜその学生の発言から「就活デモの姿勢は~なものだ」と言えるのか。本を読んでも、僕にはそれが全く分からなかった。


就活デモに賛成するか、否定するかは個人の自由だ。しかし、石渡さんのように「就活デモって、どうせ~な活動なんでしょ」というイメージをもって、短絡的にデモの内容を決め付けることは止めるべきだ。せめて一度、就活デモについて書いた記事や動画を見て、その上で評価をするべきだと思う。


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「"若者はかわいそう論"のウソ・・・のウソ」を発表しようとするくらいで丁度良い

海老原さんの望みどおりかどうかは分からないが、実際、メディアも有識者もリクルートワークスのデータを根拠に「中小企業には求人がある!」と主張しているように思われる。日経新聞は今月1日「第3部シューカツ受難(1)"供給過剰"の大学生」という記事に「中堅・中小企業に目を向ければ求人はたくさんある。リクルートワークス研究所の調査では従業員1000人未満の企業の場合、来春採用の求人倍率は1・79倍。300人未満では3・27倍だ」という記述を載せた。また、NHKの「団塊スタイル」という番組でも、慶応義塾長の清家篤氏はリクルートワークスのデータに触れた上で中小企業には求人があることを述べていた。


しかし、「このデータを鵜呑みにして良いのか」ということは、これまでこのブログで何度も問題視してきた。また、個人的には少し驚いたのだが、小林よしのりさんも「ゴー宣ネット道場」においてわざわざ「若者はかわいそう論のウソのウソ」、 「若者はかわいそう論のウソのウソ・パート2(一部訂正)」というタイトルの記事を書いて、海老原さんの主張を批判している。


小林よしのりさんの主張はかなりたくさんあるので、詳しくはリンク先の記事を読んでいただきたいのだが・・・。一つ挙げれば、「そもそも、よく言われる "求人数"とは"必ず採用する人数"ではありません。一応求人はするが、人材がいなければ、募集人員を満たさなくても求人を打ち切る、もしくは全く採用しないこともある、そういう前提で企業が出した数字の統計です」という主張は、僕が以前書いた「リクルートワークス研究所の求人倍率調査などを根拠に"求人はある!"と述べる論者は、"空求人"の存在に自覚的であるべきだ」、「就職難が起きている理由は、就活生ではなく、むしろ企業が選り好みしているからではないか」という記事の内容と通じるところがある。小林よしのりさんは海老原さんが数字のトリックを用いて恣意的な分析を行っていると論じ、海老原さんの主張を「ペテン」とまで言っている。


海老原さんの仕事の特徴は、巷に溢れる俗説をデータをもって切ることにある。特に、「雇用の常識 ”本当に見えるウソ"」という本にその特徴が現れている。海老原さんのこういうスタンスは、とても良いと思う。しかし、この海老原さんの姿勢に対して、小林よしのりさんの言葉を借りれば「保守は "実感"をそう簡単に手放してはいけないと思います」という考え方をぶつけるべきだと考えている。


小林よしのりさんは、「"実感"がありさえすれば、妙なデータが出てきたときに、"変だな?そうは感じないが?"と疑念を抱くのが自然なのではないですか?」と疑問を投げかける。これを言い換えるならば、巷の俗説・自分の実感と異なるデータが出た時に、「本来存在しないはずの"俗説"がなぜ世に浸透しているのか」ということを一度立ち止まって考える必要がある、と表せると思う。


勿論、例えばマスコミ・一部の専門家などが間違った言説を流し、且つ僕らがその間違いに気づかずに「俗説」を信じ込んでしまうというケースも大いにあり得る。この場合、海老原さんのように「データ」を用いて「俗説」を否定することは非常に有用である。ただ逆に、本来俗説を切るために用いられた「データ」の読み方・解釈にこそ誤り・欠陥があるという可能性も認識するべきだと思う。僕はまだきちんと読めていないのでなんとも言えないが、「雇用の常識 ”本当に見えるウソ"」のアマゾンのレビューには「数字、グラフの読み方が無茶苦茶です。中学の数学が分かれば、筆者の説明がおかしい事が分かると思います」、「出典が書いていないもの、筆者の推論は全て疑って読んだほうがいいです」、「一般的な言説への反対意見ありきで、注目されることに主眼を置いているように見えます。特に著名な方への反論は凄まじく、曲解+作為的な数字の取り方で、反論にならない反論をしています」という感想が寄せられている(僕が読んだときに本の誤りに気づけなければ、僕は中学の数学が分からないということになるのか・・・。プレッシャーですね笑)。


小林よしのりさんは「海老原嗣生という人は、リクルートワークスなどでキャリアを積んだ、雇用のプロと言われる人です。その人がこんなデータの読み方を知らないはずがない。これは明らかにペテンです」と、海老原さんが確信犯としてわざと間違った言説を発表したと述べている。僕はさすがに海老原さんを「ペテン」とまで言う気は無いが(法的にも危なそうな表現ですし・・・)、海老原さんも人間である以上間違った主張を発表してしまう可能性があることは事実だと思うので、海老原さんの本の記述を鵜呑みにせずに、海老原さんの主張の根拠となっている元のデータに当たることが必要だと考えている。例えば、リクルートワークスの元データに当たったことで、「企業規模300人未満でも金融業、サービス・情報業の場合決して簡単に受かるものではない」、「製造業で従業員5000人以上の企業を狙わなければ求人はありそうだが、そもそも製造業の場合、特定の学部・学科を対象とした技術職の求人も多いと思うし(実際、理系の実学系の学部・学科は就職に強いと言われている)、そうなると求人はあってもほとんどの人が応募できないという求人が多いと考えられる」など、単純に「中小企業には求人がある!」という表現では済まされない事象があるだろうと論じてくださった方もいる(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-290.html)。


小林よしのりさんのように、「若者はかわいそう論のウソのウソ」というタイトルをつけ、海老原さんの主張に疑問の目を向けまくるくらいで丁度良いのではないか。正直、リクルートワークスの論証の件で、海老原さんの掲げたデータ・推論はとことん疑ってやろうという意欲を持つようになったので(繰り返すが、海老原さんを「ペテン」とまで思っているわけではない)、場合によってはこのブログで「若者はかわいそう論のウソのウソ」シリーズを設けて、とことん海老原さん(の主張)批判の記事を書こうと思う。


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海老原嗣生さんの主張は、「中小企業に目を向けない若者が悪い」という言説を強化した元凶なのか

過去記事「"ブラック企業を何とかせよ"と言うけれど、そうは言っても労働基準監督官の人数が全然足りない」という記事に、william yaminさんが次のようなコメントを残してくださった。

海老原氏についてですが、経済誌に寄稿した記事などを読んで薄々感じていたことなんですが、数年前と比較すると主張や立ち位置が変わってきているように思うのは僕だけでしょうか?労働環境の問題について積極的に発言し始めたのって割と最近じゃないですか?(中略)ぶっちゃけた話、僕はこれまで海老原氏と常見氏は、「雇用のミスマッチの原因を求職者および学生にばかり求めることで、企業側の問題をいかに覆い隠すか」に重点を置いた主張をする論者だと認識して来ました。その為、先日BSのプライムニュースという番組で常見氏が労働環境の問題について言及したと知った時は何かの間違いじゃないかと思ったぐらいです。同じく記事にリンクのある「四大卒も中小企業を目指せばいい」という記事を読む限り、海老原氏は少なくとも2011年の初め頃には労働環境の問題について言及し、雇用のミスマッチの企業側の問題についても明らかにしようとしているように感じられますが、「「若者はかわいそう」論のウソ」(2010年6月初版)を出版した段階などでは、海老原氏自身の言葉を借りればまさに<<<「中小に行け!行かない若者が悪い!自己責任だ」>>>といった主張が全面に出ていたように僕は感じます。

海老原さんの主張に対してこのような印象を抱いていたことから、william yaminさんは、海老原さんが労働環境の問題に代表されるような企業側の問題を取り上げることは傾向として望ましいけれども、同時に気味の悪さをも覚えると仰っていた。


この点、以前後藤和智さんも「海老原が現況の"雇用のミスマッチ"論を言いだし、それに呼応するかのように"今は就職氷河期ではない""学生の大手志向が問題"と叫ばれた」と述べており(http://www.facebook.com/kazutomogotooffice/posts/354783101278511)、海老原さんの主張が起爆剤となって「中小企業に目を向けない若者が悪い」という言説が作られたという立場を示した。後藤さんの見解を読んだ時点ではそれが正しいか否か分からなかったのだが、最近図書館で借りた「学歴の耐えられない軽さ」(2009年12月の本)を少し読んだところ、確かに海老原さんの主張(というか、文章の書き方?)が原因で、就職難の責任を若者に押し付ける言説が強化されたのだなと実感した。


海老原さんは本の中で「(若者は)選り好みせず、中小企業でも良いから、まずはちゃんと正社員になること」という主張をしている。その主張の根拠となるのが「中小企業に入ったとして、やはり景気が悪く安定性も低いなら、第二新卒として転職すれば良い。第二新卒の時期には景気も回復してかなり有利になっている」という文章である。


これに対して「"第二新卒の時期には景気も回復してかなり有利になっている"というのは本当なのか?」と感じた方もいるかもしれない。一応海老原さんの見解を紹介すると、「日本の景気は大まかに言って好況2.5年+不況1.5年=4年で1サイクルになる。とすると、就活時期に不況だった人は就職後の20代の前半(第二新卒時期)に好況を迎え、20代中盤で再び不況となるが、20代終盤で再度好況になる。逆に、就活時期に好景気だった人は、第二新卒期に不況となり、20代中盤に好況になるが、再び20代終盤は不況になる。つまり、どちらの場合も、20代に2回好況期と不況期がやってくる」というものになる(これに対して、後に触れる田中秀臣先生の書評では、この点について「就職が困難な時期が長期化することはいままでの日本の経験と、そして現状での政府の対応から十分予測できるので、海老原さんの期待はかなり楽観的に思えてしまいます」と述べられている)。


特に「中小企業に入ったとして、やはり景気が悪く安定性も低いなら、第二新卒として転職すれば良い」という文章から、海老原さんが「条件が悪い企業であっても、とりあえずは正社員になっておくべきだ」という主張をしていると読み取れるだろう。また、プレジデントオンラインに載っている海老原さんのインタビューにも「学生は学生で、せっかく大学を出たのだからそれなりの企業へ……と、えり好みする」という記述がある(http://president.jp/articles/-/2179 なお、学生が「それなりの企業」への就職を望むのは「せっかく大学を出たのだから」という気持ちではなく、「労働環境が悪いところで使い捨てられたくない」という気持ちが大きいと思っているのだが・・・。この記述も「若者の考えが甘い!」という世論を生成しようとしているように思えてしまう)。これらを見ると、william yaminさん・後藤さんが言う通り、海老原さんは若者の「まともな企業で働きたい!」という「選り好み」を批判する立場のように思われる。


・・・と言いたいところだが、田中秀臣先生により書かれた「学歴の耐えられない軽さ」の書評のページに対して、海老原さんは次のようなコメントを残している。

先生の指摘、実は最初の「えり好み」はまさにその通りなのです。えり好みで、「好きな雰囲気・風土・社風」などを徹底的に調べるべき。もちろん、ブラックではないか、給与待遇はどうか、などの即物情報も調べつくせ!と思ってます。人はえり好みするもの、それが基本ですよね。私の言葉足らずでした。書中のえり好みの意味は、「人気ランキング」とか、「やりたい仕事」では選ぶな、そんなもの、今だけのものだから、という意味なのです。ごめんなさい!(http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20091230/p5

このページを発見したときは、正直おったまげた(笑)何かの冗談なのではないかと。コメントを見て「いや、本では"とりあえずは正社員になっておくべき"、"安定性も低いなら、第二新卒として転職すれば良い"と主張していたじゃないか!」と感じたというのが率直な感想だ。別に「ブラックではないか、給与待遇はどうか、などの即物情報も調べつくせ!と思ってます」という考えは良いのだが、海老原さんの「言葉足らず」によって「中小企業に目を向けない若者が悪い」という言説が強化されたとなると、海老原さんは相当罪深いのではないか。


しかも海老原さんの本を読む限り、海老原さんの言うところの「選り好みをするな」は、田中先生に説明した「"人気ランキング"とか、"やりたい仕事"では選ぶな」という意味ではなく、やはり「条件が悪い企業であっても、とりあえずは正社員になっておくべきだ」という意味のように思えてしまう。なぜなら、海老原さんが「中小企業には求人はある」と述べる根拠はリクルートワークスのデータな訳だが、もしブラック企業の危険性を分かっていれば、リクルートワークスが発表した数字を単純に見て「ほら、ここにはこんなに求人があるじゃないか!」なんて言えないはずだからだ。実際、田中先生も「不況であっても中小企業は売り手市場のままです。もちろんブラック企業のようなものが採用を活発化させていることもありますし」と述べている。william yaminさんは海老原さんの一連の論調を「なんとも気味が悪い」と評していたが、僕も同じ気持ちだ。


やはり後藤和智さんが述べているように、海老原さんの主張が起爆剤となって「中小企業に目を向けない若者が悪い」という言説が作られたのだと僕も感じるようになった。ここのところ、海老原さんの「学歴の耐えられない軽さ」や「若者はかわいそう論のウソ」を読んでいるが、それを読む限りでも、いかに若者の能力が下がっているか、若者が選り好みしているか、という、いかにも「若者に問題がありまくりだ」という言説を強化しようとしているように思えてならない。本当に、海老原さんの主張は「監視」が必要なレベルなのではないか。


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茂木健一郎さん「日本の立派な企業が就活についてクソなポリシーをやっているんだったら、脱藩組でオルタナティヴな経済活動を起こして、そっちを大きくしちまえばいい」

茂木健一郎さんが「新卒一括採用」に強く反対していることは多くの人が知っていると思う。そんな茂木さんは、企業に「新卒一括採用」の廃止を求めることと同時に、次のような意見も述べている。茂木さんは、去年の1月に朝まで生テレビにおける就職談義に対する怒りをぶちまけるツイートをいくつかしていて、このツイートはその一つである(http://togetter.com/li/84910)。ここでいう「クソなポリシー」とは、勿論「新卒一括採用」のことである。一連のツイートの中で茂木さんは「国が法律作って、性別、年齢、学歴などの外形的基準で"入り口"で拒絶することを違法としちまえばいい」と提案しているのだが、同時に「新卒一括採用」という採用方式にこだわる企業なんか見放しても良いという発想も持っているわけだ。


今週行われる就活デモの目的は「新規学卒採用制度に関してデモという手法で世の中に疑問を提示する」ことである。ただ学生にとって苦しいのは、卑怯な人から「でも、あなたたちだって大学在学中に就職しようとしているじゃないか。あなたたちも新卒一括採用の維持に加担しているんですよ」と言われかねないこと。確かに、新卒一括採用に違和感を覚えながらも在学中に就活する人はかなりいるだろうけれど、それはその学生が、既卒になったら就職が不可能とは言わないまでも厳しくなることを分かりきっているからだろう。そんな状況があるのに、「新卒一括採用が嫌なら、起業するなり、既卒で就活すれば良いじゃん」と当たり前のように言える人はちょっとおかしいと思う。


とは言え、茂木さんが言う「脱藩組」が増えなければいつまで経っても状況が変わらないのも事実。この点、ここ2つの記事で取り上げた「なむ」さん、近藤さんの例は「脱藩組」の良い例であると考えている。しかし彼らのエピソードを見て「でもこれは、優秀な人だから出来るんじゃないか」と感じた人もいるかもしれない。ただここ最近、現在の就活事情に違和感を覚える就活生の「脱藩」をサポートする組織も徐々に存在してきていると思えるので、それらを紹介したい。


例えば「デコボコラボ」という取り組みがある。これは「面接廃止、エントリーシート廃止、服装髪型自由。既存の就職活動に違和感を感じる‘就活アウトロー’と‘ギーク’のための全く新しい就職サービス」である。会社説明会に参加できるのは「就活を辞めた大学4年生、就職浪人生、既卒生」となっており、確かに「就活アウトロー」のみが参加できるような形になっていることが分かる。会社説明会には「2013年春採用希望のメーカー、広告代理店、ITベンチャーなど様々な企業」が集まっているらしく、ミーティング・ワークショップ・合宿など時間はかかるけれども自然なコミュニケーションを取れる様な形で就活生・企業双方が互いの縁を確かめ合っていくという仕組みのようだ。特に「現在の面接なんか、ただの茶番だろう」と感じる人にうってつけのサービスと言える。


また、僕個人は面識は無いが、既卒者カフェと関わりがある「よりよく生きるプロジェクト」が実施する「わか部」という取り組みがある。サイトを見ると「わか部」が「社会に違和感を感じている"職ガネーゼ"が社会を変える働き方を実現するための活動」と説明されていることが分かる。


「よりよく生きるプロジェクト」代表の矢辺さんは、「従来の職探し」の特徴が「主に履歴書を使い、求人広告やネット上の求人で応募する」、「求人している会社を探す」、「すでにある求人の中から自分の履歴にあったものを探す」という点にあると分析する。その一方で「社会を変える働き方探し」の特徴は「自分のテーマに合うセミナー・勉強会などに参加し、コネクションを作り、活用する」、「空きポストに関わらず、働きたいと思う組織を探す。働きたいと思う組織がなければ、理想の仕事・働き方を自ら実現する」という点にあると述べ、こうした活動を応援していく旨を意思表示している。その上で、この後者の活動に取り組めるのは「職ガネーゼ」という「現在の社会、現状の働き方に違和感がある人たち」だと述べている。矢辺さん個人も就職活動を一切したことがなく、過去に所属した組織は全て入社が決まってから履歴書を提出したという。その経験から、従来の職探しに違和感を覚える人たちの「社会を変える働き方探し」を応援していくようだ。この活動の具体的な成果はよく分からないが、これも「新卒一括採用」を打破するための一つの有効な発想方法であることは間違いない。


僕の想像だが、「新卒一括採用はクソだ。しかし自分に、そのレールを外れて生きていけるだけの力はあるのか・・・?」と不安に感じる人は少なからずいると思う。その不安を解消するために「脱藩」の成功例、模索例を一般に開示することや、「脱藩」をサポートする組織を増やしそれを就活生に周知させることは有効なのではないだろうか。就活デモを否定するわけではないけれど、「新規学卒採用制度」の打破のためのより効果的な活動は、デモよりもこういう姿勢なのではないかと思う。

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