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「大卒のリストラは、もっとも多かった年でも4万人」という発言は正しいのか?~労働力調査を確認してみた~

こちらの記事のコメント欄(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-406.html#cm)で「11卒業務未経験無職」さんが紹介した現代ビジネスのページによると、海老原嗣生さんは「いわゆるリストラ、つまり会社事情による強制退職は、最も多かったリーマンショック後の2010年でも、大卒の就労者で4万人なんです」と述べている(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33808)。


この発言の根拠は、内閣府が出している労働力調査のデータという。そこで実際にデータを確認してみたところ、本当にこの発言は正しいのだろうか?という疑問が浮かんだ。「会社事情による強制退職は、最も多かったリーマンショック後の2010年」、「大卒の就労者で4万人」という発言、どちらも誤っているのではないかと感じたのだ。


海老原さんが労働力調査のどの項目の数値を見て「リストラ、つまり会社事情による強制退職」した人数としているのかというと、それは「人員整理・勧奨退職」という項目だと思われる。実際に海老原さんは、著書「若者はかわいそう論のウソ」の中で、城繁幸さんへの反論としてこの項目を参照した上で「大卒男性のリストラは年間3万人に過ぎない(これは「平成20年」の労働力調査を根拠としている)」と論証しているからだ。そこで僕も労働力調査におけるこの項目の数値を見たところ、海老原さんの発言に違和感を覚えたというわけである。


まず、前者の「会社事情による強制退職は、最も多かったリーマンショック後の2010年」について。会社事情による強制退職は2010年が41万人なのに対して、その前年の2009年が49万人となっている。2009年の数値は「平成21年 労働力調査年報」における「II-A-第15表 前職の離職理由別離職した完全失業者数」の「人員整理・勧奨退職のため」という項目を(http://www.stat.go.jp/data/roudou/report/2009/)、2010年の数値は「平成22年 労働力調査年報」における「II-A-第15表 前職の離職理由別離職した完全失業者数」の「人員整理・勧奨退職のため」という項目を見れば確認できる(http://www.stat.go.jp/data/roudou/report/2010/index.htm。これらを見比べると、会社事情による強制退職が最も多いのは2010年ではなく、2009年といえる。


続いて、後者の「(2010年にリストラされたのは)大卒の就労者で4万人」について。そもそも2010年にリストラされた大卒・大学院卒の人数は4万人ではなく7万人のはずである。これは「平成22年 労働力調査年報」における「II-B-第13表 世帯の種類・教育・年齢階級・失業期間,求職理由・仕事につけない理由別完全失業者数」を見れば確認できる。加えて、2009年にリストラされた大卒・大学院卒の人数は8万人となっている。これは、「平成21年 労働力調査年報」における「II-B-第13表 世帯の種類・教育・年齢階級・失業期間,求職理由・仕事につけない理由別完全失業者数」を見れば確認できる。従って、この点にも誤りがあるように思える。


さらに注意すべき点は、例えば「平成22年 労働力調査年報」における「II-A-第15表 前職の離職理由別離職した完全失業者数」のエクセルデータを見てみると、但し書きとして次のような記述が見られる。それは「離職した完全失業者とは、前職のある完全失業者のうち、前職を辞めたことを理由として求職している者」というものだ。つまり、この数値には「会社にリストラされた後、求職していない人」は含まれていないといえる。実際そのような人がどのくらいいるのかは分からないが、少なくとも労働力調査のデータで確認できる数字が全てではないということはいえると思う。


このように海老原さんの発言には疑問が残った。一方で海老原さんが「そこ(「人員整理・勧奨退職」の項目の数値のことか?)に、早期優遇退職で辞めた人を含めるかどうかという問題もあります。会社にとってはいてほしい有能な人が、高い金をくれるからという理由で、早期優遇退職で出ていっちゃうケースも多い。リストラじゃなくて、本人希望で辞めてしまう」と述べているように(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33808?page=2)、労働力調査における「人員整理・勧奨退職」で辞めた人のすべてが苦しんでいるとは限らないという点に関しては海老原さんが正しいと思われる。


また、「11卒業務未経験無職」さんが海老原さんの発言に対して述べた「posseの調査で若者の場合、自己都合退職の中でも解雇等に値するケースがかなりあると指摘されています」という発言に関しても、海老原さんを擁護したほうが良いのかなと感じている。というのも、海老原さんが述べているように「内閣府が出している労働力調査は、企業ではなく個人に聞いたデータ」であるからだ。つまり、解雇に近い自己都合退職をしたと感じている人は、労働力調査に回答するにあたって「"人員整理・勧奨退職"で辞めた」と答えるはず。そして上述したように、海老原さんは労働力調査における「人員整理・勧奨退職」の数値を見て大卒でリストラされた人数としているわけなので、海老原さんが言う「大卒の就労者で4万人なんです」には「11卒業務未経験無職」さんが指摘する「解雇等に値する自己都合退職」が既に含まれていると言えるのではないだろうか。


以上、労働力調査を確認することを通じて海老原さんの発言を検討してみた。もし興味があれば、リンクに飛んで労働力調査の数値を実際に見て、僕の記事の内容も確認していただけると嬉しい(笑)


「大卒のリストラは、もっとも多かった年でも4万人」という発言は正しいのか?という疑問に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします(※すみません、この記事を書き上げたのは昨夜で、この記事を書いてからコメント返信をしていこうと思ったのですが、力尽きました・・・。コメントの返信・本日頂いたコメントの承認は、今夜可能な限り行っていきたいと思います
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いかに稚拙な論理で「学生は大手企業、有名企業しか受けない」という主張が紡がれたか

前回の記事のコメント欄で「11卒業務未経験無職」さんという方が「就職難という問題になると海老原さんの主張している志望する企業規模のミスマッチ対策に良く焦点が当てられていますが、問題はそんな単純ではない」という意見を述べてくださっている。「11卒業務未経験無職」さんは海老原さんの主張について触れているが、同様に常見陽平さんも「就活断層」というコンセプトをもって「志望する企業規模のミスマッチ」の問題を指摘している。


「就活断層」というコンセプトがどういうものなのかを簡単に述べる。要は、大手企業は学生全てに「私の会社は~な良いところがあります!」とPRするが、実際には一部の上位大学の学生しか採用する気がない。にも関わらず、上位大学の学生のみならず中位・下位大学の学生も大手企業を目指そうとして、中小企業には目を向けない。人が欲しい中小企業はあるのだが、大手志向の学生は中小企業に目を向けないので、そこですれ違いが発生してしまっている・・・というのが「就活断層」という言葉が示す現象だ。


この「就活断層」というコンセプトは「くたばれ!就職氷河期」という本に書かれているものなのだが、その中にはなんと「学生は大手企業・有名企業しか受けない」という見出しがある。あたかも、学生側に全て問題があるかのような見出しでムカつくけれど、その主張・主張を支える理屈が妥当なものならば、それは受け入れなければいけない。しかし本文を読んだ後、僕は「こんな稚拙な論理で"学生は大手企業、有名企業しか受けない"なんて言っちゃって良いのか?」という感想しか持てなかった。


学生が大手企業・有名企業志向である根拠として、第一に、リクルートが2010年4月7日に発表した「大学生の就職志望企業ランキング」が用いられている(http://www.recruit.jp/news_data/library/pdf/20100407_01.pdf「くたばれ!就職氷河期」が出されたのが2010年の9月なので、本を出そうとしている時点における最新のランキングを参照したということなのだと思う)。確かにこのランキングにはJTBグループや東日本旅客鉄道など、いわゆる大手・有名企業がランクインしている。


しかし、「学生は大手企業・有名企業しか受けない」という見出しの中でこの調査を参照するのはいくつかの問題点があるように思える。第一にこの調査が「第1志望から第5志望まで、"働きたい企業"を自由想起で入力」というものであるが、学生がその志望度が高い企業「のみ」を受けるとは言い難いこと。第二に、この調査が行われたのは「2010年2月3日~2月17日」であり、この時点における「就職先の第1志望から第5志望」を聞けば大手・有名企業が多くランクインのも無理はないということ(ちなみに常見さんは本文で「もちろん、このランキングは毎年2月に投票が行われるので、就活の初期~中期において知っている企業に応募が集まることからこのようなランキングになったと言えるだろう」と予防線を張っている。だったらなんでこのランキングを参照したんだという話ですが笑)。そして第三に、この調査の対象は「リクナビ2011会員 437,619人」なのだが、その内回収できたのは約15000人、回収率はなんと3.5%に留まっているということ。そんな調査をもって「学生は大手企業・有名企業しか受けない」という主張を紡ぐのは相当苦しいと思うのだが、「くたばれ!就職氷河期」のp.38-9ではそういう主張が書かれている。


学生が大手企業・有名企業志向である根拠として、第二に、リクルートワークス研究所が発表した「大卒求人倍率調査」が用いられている。これについては今までもさんざん批判してきたが、その批判の内容は、「11卒業務未経験無職」さんの言葉を借りれば「各従業員規模と各業種への就職希望率は、第一希望の情報をもとにしていると記載されています。そりゃあ、第一希望を聞かれたら、内心では大企業に入るのは難しいと思っている人でも、高望みして答えてもおかしくないのでは」というものになる(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-290.html)。要は、大手・有名企業を優先的に志望している人がいたとしても、その人が中小企業を受けないとまでは言い切れないのではないかという話だ。


その他、常見さんは「就活がうまくいかない学生は、憧れから総合商社や広告代理店を一通り受け手全滅。5月になって持ち駒がなくなり、就活にも疲れ、活動をやめてしまうという声をよく耳にする」とも述べている。確かにそういう人も一定数いることは間違いない。しかし、そのような学生が「就活がうまくいかない就活生の全て」なのかといえば当然そんなことはない。ハローワークに足を運んでいる人もいるし、takeshiさんがコメント欄で教えてくださったように、自己肯定感が乏しく「就活で自分が落ちるのがわかるからなかなか行動しない」人もいる(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-390.html)。にも関わらず、「学生は大手志向で中小企業に目を向けない!」という話で就活の問題点の全てが説明されてしまっているような空気が現在あるのではないか。この空気を打破するための策の一つとして、論者が掲げる「学生は大手企業、有名企業しか受けない」という主張がいかに稚拙な論理で支えられているかを明らかにすることが有効だと思う。


「学生は大手企業、有名企業しか受けない」という主張を支える論理は稚拙だという考えに共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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上西充子先生による、海老原嗣生さんの主張内容への批判

法政大学キャリアデザイン学部および同大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻准教授の上西充子先生が、海老原嗣生さんの著書「決着版 雇用の常識"本当に見えるウソ"」の内容を批判的に検討されている(http://togetter.com/li/444945)。まとめの中で、何と僕の過去記事「"フリーターは正社員になれない"というウソ論の失敗」の内容にも触れてくださっている。


上西先生及び僕の批判の共通点として「海老原さんが本で紹介している数字と、元データの数字が異なっているのでは?」というものが挙げられる。例えば上西先生は、「海老原嗣生 決着版 雇用の常識 本当に見えるウソ p.178、20~24歳の総人口が91年と98年ともに932万人で増減0というのは、ほんと?と思って総務省統計局のデータで集計してみたら、91年は939.2万人、98年は925.9万人」、「海老原(2012)"この間に20~24歳の基礎人口が24万人減少している"p.179(中略)前述の統計局データの私の理解が正しければ、この間の20~24歳人口の減少は13.3万人」というように、海老原さんが紹介している数字と実際の元データの数字に不一致があることを指摘されている。僕の批判については、上述の「フリーターは正社員になれない"というウソ論の失敗」を読んでください(笑)


少し上から目線の言い方になってしまうが、今回上西先生が行ったような検証がなされることを僕は待ち望んでいた。もしかしたら僕が知らなかっただけかもしれないが、海老原さんの著書の記述にはツッコミどころがそれなりにあるはずなのに、専門家の方々がそれについて突っ込むことが皆無だと感じていたので、個人的には違和感を覚えていたのだ。


過去記事を振り返ってみると、海老原さん批判の記事として「"フリーターは正社員になれない"というウソ論の失敗」、「"若者はかわいそう論"のウソ・・・のウソを発表しようとするくらいで丁度良い」、「海老原嗣生さんの主張は、"中小企業に目を向けない若者が悪い"という言説を強化した元凶なのか」、「定年延長は若者の雇用を奪わない?~NHK「団塊スタイル」における議論~」、「"就活生は大手企業への入社を望み、中小企業への入社を敬遠する"という語り口の限界」、「海老原嗣生さん著の"四大卒も中小企業を目指せばいい"という論考の欠陥」・・・などを書いていることが分かった。一体どんだけ批判しているんだという(笑)それくらい、海老原さんの主張には納得できない点が多く、突っ込まずにはいられなかったのだろう。


このような問題意識から、過去には「"就活の専門家"による発信の中身をチェックする機能が足りない」という記事を書き、「専門家による発信が同じく専門家によるチェックに晒されないということは問題に関する"正確な事実の共有"が出来なくなることを意味し、これは危惧するべきことだろう」と問題提起した。勿論上西先生はこの記事を読んでいないだろうし、また上西先生のツッコミが全て正しいかというとそれについては別途検証が必要なのだが、海老原さんという「専門家」の見解に対して、上西先生という「専門家」による批判がなされたのはとても良い傾向だと思う。冒頭に紹介したtogetterの中身は、一人でも多くの人に見ていただきたい。


それにしても、もし仮に上西先生の批判が全て正当なものだとしたら、海老原さんの論考は適当すぎると感じる。さすがに「分析に際して、全くミスをするな!」とまでは思わないけれど、あまりにもデータの読み取り方に問題がありすぎるのではないかと・・・。その一方で常見さんは海老原さんの著書を「本当にすごく充実した内容の本だと思います」と絶賛していたりして(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33745?page=3)、一体どうなっているんだと思わされる。「正確」な分析は一体どこにあるのだと・・・。


少なくとも、本の中でデータに触れながら主張を展開している場合であっても、そのデータの使い方・解釈が間違っている場合があり得るということを、上西先生作成のまとめを見ると感じさせられる。実際、上西先生は海老原さんが「就業構造基本統計調査」の読み取りに際して誤読、もしくは曲解していると評価している。面倒だけれど、真実を知りたい場合、もっと穿った言い方をすれば専門家に騙されないよう意識する場合は、自分の目で一次資料に目を通すしかないということなのだと思う。

1.31追記

この記事で取り上げた内容に関する参考資料をブログ記事本文に追記という形で記載します。

・「なぜ若者の敵=海老原が、POSSEで語るのか?(http://blog.goo.ne.jp/posse_blog/e/6e2b1a79bee4cc7858194ef40475c871)海老原嗣生さんがNPO"posse"に寄稿した記事です。

・就業構造基本調査のデータから海老原(2011)の記述を検証する(http://togetter.com/li/446946)上西先生による検証です。

・海老原氏からのリプライに対する私のリプライ(作成中)(http://togetter.com/li/447906)こちらも上西先生による検証です

・「海老原氏のリプライに対する私のリプライhttp://togetter.com/li/447906」上西先生の最終回答です(こちらは2/5に追記)

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安藤美冬さんの言葉を鵜呑みにして路頭に迷う若者が現れても、それはその若者自身の責任であるはずだ~意見の受け手側の責任を追及しよう~

宇野常寛さんが編集をした「"PLANETS vol.8" 僕たちは〈夜の世界〉を生きている」には、「ノマド・ブームの功罪」と題された宇野さんによる安藤美冬さんへのインタビューが収録されている。その中で宇野さんが「"安藤さんの言説を聞くと若い学生やサラリーマンが勘違いする"という批判があるけど、どう思う?」と問いかけていて、それに対して安藤さんは「そんなのは勘違いする人の勝手なんだから、知ったこっちゃないです(中略)ある人が何かを言った時にどう受け止めるかなんて自由なんだから、勘違いしたければすればいいし、勘違いすることに対してこちらが責任を負う必要もない」と答えていた。その通りだと思う。


宇野さんが言う通り、安藤さんの言動を危険視する主張は確かにある。例えば、「さようなら、憂鬱な木曜日」というブログは「"ノマドワーキングという生き方"安藤美冬が日本の若者をリスキーな道へ誘導している」と題した記事において、安藤さんが出演した情熱大陸を見た感想として「この生き方(※ノマドのこと)が広く認知され、選択肢の一つとして若者に定着してしまうと何が起こるのか?簡単に言えば、勘違いした人間がフリーターになって、人生を踏み外してしまうのである。安藤美冬がどうして食べていけるのか、を正確に分析しないで、"ノマド"という自由なイメージに惹かれて就職しない、あるいは退職する人が出てくる可能性は低くないと思う」と記している。他にも、同様の意見を発している人は恐らくいるだろう。


僕も安藤さんが出演した情熱大陸を見たけれど、確かに番組では「安藤さんがなぜノマドとしてやっていけているのか」という点はさほど掘り下げていなかったと記憶している。しかし、それでも安藤さんの生き方に惹かれてそれを真似しようとした若者が後に路頭に迷うことになったとしても、それはその若者の自己責任ではないのかと僕は思っている。僕自身ささやかながらブログを執筆し意見を発信する側に回っているからかもしれないが、もう少し「意見の受け手」側の責任を認めても良いのではないかと感じている。


僕の考えでは、受け手がある意見を鵜呑みにしても仕方がない場合としては、「専門家が自身の専門分野に関する事実・意見を述べている」というものくらいしか思い浮かばない。例えば、就活コンサルが就活を乗り切る方法を語っていたとして、就活生がそれを鵜呑みにするのは分かる。あるいは弁護士が法律知識について話している場合、依頼者がそれを信じるのも分かる。


ただそれに対して安藤さんはキャリア論の専門家でもなんでもなく、言葉は悪いけれど「元集英社で、ノマドでちょっと有名な一般人」に過ぎないわけで、それ以上でもそれ以下でもない。そして、そのような一般人による「~な生き方をすれば、上手くいきますよ!」という主張が必ずしも正しいわけないことなんてあまりにも明らかなはずで(実際には安藤さんは「ノマドという選択肢があるよ」という話しかしていなくて、「ノマドという生き方をすれば、全て救われるよ」という主張はしていないと思いますが。過去記事http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-200.html参照)、その主張を鵜呑みにした帰結として安藤さんにクレームをつけるのは受け手側の甘えに過ぎないと感じる。


この記事で安藤さんを擁護している理由として、第一に、純粋に安藤さんへの批判の中におかしいものがあると感じていることが挙げられる。そして第二に、単にノマドという選択肢を提示しているに過ぎない安藤さんに対する「安藤さんの言説を聞くと若い学生やサラリーマンが勘違いする」という主張が認められてしまうと、若者が勘違いしようがない超無難な話しかできなくなってしまうではないかという危険性を感じていることが挙げられる。その危険が現実のものになってしまえば、それはあまりにも息苦しい。


誤解しないで欲しいが、今回の記事は「安藤美冬さんへの批判は、全て的外れだ」ということを主張するものではない。例えば安藤さんは現在「安藤美冬がセレクトするあなたのレベルを上げるような書籍・文具・雑貨、そしてフードやドリンクなども加えた詰め合わせセット」を5000円で販売しているけれど(https://www.box2you.com/contributors/andomifuyu)、購入した人が「この中身で5000円は、どう考えても高いだろう!」と批判することは全然妥当だと思う。あくまでも「安藤さんの言説で、若者が勘違いする!」という主張をもって安藤さんを批判することがおかしいと言いたいだけである。

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「やりがい搾取」という概念を作ったのは本田由紀先生です

去年の9月に、may_romaさんが常見さんの「僕は最近、英語をやり直しているんですが、NHKの教材は最強です。初歩的なことから高度なことまで、月に数百円で学べるなんてすごいですよ(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33615?page=9)」という発言に対して「私は英語だけじゃなくノマドのまとめとなどもあまりにも(私がこれまで述べてきたことと)似ているから怒っているんです」と怒りを顕にするという出来事があった。このやり取りは、一部togetterでまとめられている(「常見さんへの@May_Romaさんからのパクリ疑惑 の続きのまとめ」)。


正直英語の学習法のくだりに関してはmay_romaさんの言いがかりだと思っているが(ノマドについては分かりません)、この出来事以来これまで以上に「プレジャリズム」という言葉を頭の隅に置くようになった。あるサイトでは「プレジャリズム」とは「思考、考案、文章などの剽窃(ひょうせつ-盗んで自作として使うこと)」のことを意味し、その行為の例として「ほかの人のアイデアやワーク、リサーチデータをリファレンス無しに使用すること」が挙げられると説明されていた(http://www.interq.or.jp/pacific/rikki/html/plagiarism.html)。僕は記事を書く際に参考文献を参照することが多いので、ある概念・考えを紹介するときは、そのアイディアを生み出した人を明記するよう心がけている。


そんなことを思いながら、久しぶりにふと「やりがい搾取」について調べ、その一環で常見さんの「アップルが新入社員に渡すメッセージがブラック企業みたいな件」という記事を読み返したところ、ある違和感を覚えた。それは「この記事だけ見ると、"やりがい搾取"という言葉は常見さんが考え出したものみたいだな・・・」と。


記事の詳しい内容はリンク先に飛んで見て欲しいのだが、記事には「若者たちよ、"やりがい搾取""明るい過労"に負けてはいけないのだ」、「"やりがい搾取になっていないか?"冷静に見て頂きたい」と、2度「やりがい搾取」という言葉が使われている。これに対して、記事を読んだ人の中に次のようなツイートをした人がいる。特にこのツイートの「"やりがい搾取"とはうまいネーミング」という感想にムッとした。なぜなら、この「やりがい搾取」は本田由紀先生が名づけた概念のはずなのに、あたかも常見さんがこのような概念を編み出したかのような読まれ方をされているように感じたからだ。本田先生は2007年に「やりがいの搾取 拡大する新たな働きすぎ」という論考の中で、阿部真大先生の「自己実現系ワーカホリック」という概念をさらに発展させる形で「やりがいの搾取」という概念を作っているのだ。ちなみに、常見さんの記事には本田先生の名は出てこない。 


さらにもう少し調べたところ、「常見さんが"やりがい搾取"という言葉・現象を発明した」と勘違いする人がいても全然おかしくないなと感じた。例えば、常見さんの著書「僕たちはガンダムのジムである」には「僕たちがジムになる理由3―会社員という日々」という見出しがあり、その中に「企業は個人を飲み込みつつも、その個人を主役であるかのように演出するのが実に上手なのである(p.83)という記述や、「がんばってしまう自分に酔ってしまう構造とは?」という小見出しがあり、明らかに「やりがい搾取」という現象について説明している箇所が見られる。しかし、本文中には本田先生の名は出てこない。もっとも、p206の参考文献一覧で本田先生の「軋む社会」を参照した旨は書かれているのでこれはセーフといえるのかもしれないけれど、僕としてはちゃんと本文中で本田先生の「軋む社会」を参照した旨を明記して欲しいと思った。


ここでは常見さんの文章が「プレジャリズム」にあたるか否かを論証するつもりはない。単に、僕が最も勉強させてもらっている先生の概念が、僕が最も評価できないと感じている人が編み出した概念とみなされる場合があることに苛立ちを覚えたということだ(笑)だからここで、「やりがい搾取」という概念を作ったのは本田先生だし、その概念について勉強する場合は本田先生の文献を目にして欲しいということを伝えたい。「軋む社会」という本は800円くらいで買えます。


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既卒者カフェさんが「これ以上若者を使い捨てにしないで下さい」という緊急声明文を発表しました

タイトル通り、本日既卒者カフェさんがホームページを通じて、経営者に向けて「若者に関する緊急声明文」を発表しました。この声明文が伝えようとしていることはただ一点、「これ以上若者を使い捨てにしないで欲しい」ということに尽きます。ぜひリンク先に飛び、全文に目を通してみてほしいと思っています。


この声明文が書かれたきっかけは、既卒者カフェとつながりがある男性が自殺未遂を起こしたことです。声明文によれば、この男性は高等教育機関を卒業後、次のような苦しい状況に置かれていたとのことです。

彼は、二ヶ月間研修があると偽りの言葉を掛けられたまま入社した一社目の会社で、いきなりプロジェクトのメンバーになり毎日のように終電まで仕事をしました。当然、残業代は出ません。一週間で同期二人が辞める中、三週目までなんとか踏ん張り退社。


その後再起して就職した会社でもパワーハラスメントや待遇の悪さにより体調を崩し長く通院する事態に。働きながら再度就職活動を行い待遇まで隠すことなく話し合った結果、今度は十月から新しい会社で働くこととなりました。


彼が三つ目の会社で働き始めた頃、私は彼に会いました。その前の二社の状況を聞いていたため、『今度の会社は大丈夫そう』という彼の言葉を聞いて安心していました。


しかし、今日、つい先程です。彼が大量服薬による自殺未遂を起こしたという痛ましい一報が届きました。最悪の事態が避けられたことは不幸中の幸いでした。

僕は自殺未遂を起こした人と直接会ったことはありません。しかし、彼はこのブログにコメントしてくださったことがあり、またtwitterで「(就活・労働問題の)発信の為、自分も記事を書いてみたい」という趣旨のメッセージを頂いたこともありました。


彼自身「ブラック企業」といえるようなところで働いていたからか、「就職先を選り好みするな。甘えるな」という論調に対して、「酷い労働環境の会社で働きたい奴がいるのか?甘えるなとか言う奴はこういう会社行ってみろ」と怒りをあらわにしていたことを今でも覚えています。


僕も過去の記事で「初めから若者を使い捨てることを前提としている会社の求人を含めて"求人はある!"なんて言うべきではない」という記事を書きました。リクルートワークスなどが算出した有効求人倍率を根拠に「中小企業には求人があるじゃないか!」と、安全なところから欠陥ありまくりの主張をしている人に対して怒りを覚えていたからです。この記事の最後では「単純に有効求人倍率の数字を機械的に読み取るだけの議論はあまりにも意味が無いし、もっと労働環境の実態を含めた議論をするべきだと思う」と書きましたが、今回の件でこの意識はさらに高まりました。


他にも、千葉で開かれた既卒者カフェには、ハローワークの求人で医療事務に内定したけれども、残業200時間で当然のように残業代が出ない環境などに嫌気がさして辞めた人が参加しています(http://ameblo.jp/laugh11/entry-11357945725.html)。このように、既卒者カフェは就職先が決まらずに悩んでいる人だけでなく、一度は就職したけれども労働環境の酷さから会社を辞めた人が参加する場ともなっているのです。今後の開催予定はわかりませんが、同じような境遇の人は一度参加してみると良いかもしれません。


この記事を読み、既卒者カフェの声明文の存在を知る人が増えれば嬉しく思います。また、すぐ下に既卒者カフェの声明文に関するツイートを載せますので、もし問題意識を抱いた方がいればリツイートをしてくだされば幸いです。そして何より、自殺未遂にまで追い込まれてしまった彼の回復を望みたいと思います。
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「今の就活生は、何十社もエントリーする」という表現は誇張なのか

常見陽平さんの「内田樹氏とライフネット生命 新卒採用に関する2つの問題提起は雲泥の差」という記事が少々話題になっている。この記事の内容を一言で言うと「内田樹さんの主張は根拠がなく、それに対してライフネット生命はデータに基づいて主張しているから、後者の方が優れている」というもの。


twitterを見ると、「スッキリ納得できる論調」、「この時代はファクトをしっかり把握しないと知識人(?)はダメなんだなぁと思う」というように常見さんの記事を好意的に評価する声がいくつか見られ、それに対して否定的な意見はほとんど見られなかった。かくいう僕は常見さんの記事を読んで、いつも通り「相変わらず変なツッコミしてるなぁ・・・」と感じている(笑)


例えば内田樹さんのインタビュー(http://www.asahi.com/job/syuukatu/2014/hint/OSK201301040041.html)における「就活をしない若者たちは、概して無欲です。車やバイクも洋服もいらない。海外旅行もしない。ミシュランの星つきフレンチで高いワインを飲みたいとも別に思わない」という記述に対して常見さんが「若者が無欲であることについて述べているが、まったくエビデンスが無いので何を言っているのかわからない。(中略)当たり前だが"無欲"なのと、"お金がなくて消費できない"のはまったく違う」と反論している箇所。反論の前半部は間違っていないと思うけれど、内田樹さんが「就活をしない若者」の話をしている一方で、常見さんが「若者全体」の話をしているので話が噛み合っていない。常見さんが言うような「お金がないから消費できない」と困っている場合ならむしろ就活をして生計を立てられるようにするはずで、やはり就活をしない若者は「消費するためのお金」を得ようとしていないという意味で無欲だと言えるのではないか。


他にもいくつか変だと感じた箇所はあるのだが、今回メインに取り上げるのは常見さんの記事における次の記述。

冒頭から「何十社、何百社とエントリーする」などとあるが、まず、これは違う。就職ナビによる採用の時代となり、エントリー数などが肥大化したのは事実だが、さすがにこれは誇張だ。

誰でもわかるが、何百社もエントリーしません。何十社というのもやや誇張だ。そして、これは「プレエントリー」であって、「エントリー」ではない。「2013年卒 マイナビ学生就職モニター調査 4 月 の 活 動 状 況」によると、2013年卒の学生が大学3年の3月末時点でプレエントリーした数は62.7社であり、そのうちの39.8社は最初の月にプレエントリーしたものだ。就職ナビがオープンした際に知っている企業を中心にポチポチと押していったものだと想像される。実際、エントリーシートを書いた数は、同調査によると大学3年の3月時点で5.6社だ。学生にとって就活が、企業にとっては採用が肥大化しているのは事実であり、その背景には就職ナビによる採用の時代になったこと、学生の数が増えたことなどがあげられるが、内田樹氏が言うほどには膨張していない

これは内田樹さんの「何十社、何百社にエントリーし、勝ち抜いた者が成功者で、負けた者は二十歳少し過ぎたところで人生の敗残者、というような競争にさらされてきた先行世代を見て、揺り戻しが来ている」という記述に対する反論。さすがに「何百社もエントリーしません」というツッコミは妥当だと思うけれど、「何十社というのもやや誇張だ」という記述には違和感を覚える。


過去記事「"100社受けてすべて落ちた"というフレーズにおける"100社"に"プレエントリーした会社"も含まれる?」でも触れたけれど、どうも常見さんは「世間で言われるほど、就活生は大変じゃない!」という論証に力を入れているように思える。事実、常見さんは以前webronzaの記事で次のように述べていた。

例えば、「100社受けてすべて落ちた」という報道をよく目にするが、たいていは就職ナビサイトでクリックしてプレエントリーしただけの数であり、多くは就活を始めた最初の月に集中している。つまり、「とりあえず応募してみた」程度の数字がひとり歩きをして、「何十社受けても内定をとれない」という話になって広がっているのだ(http://astand.asahi.com/magazine/wrbusiness/2012080900009.html?iref=webronza)。

勿論「就活生に必要以上の保護を与える必要はない」という考えからこういう方向性の論証をすることは問題ないと思う。しかし僕の考えでは、この常見さんの主張の場合は肝心の論証の中身が終わっているところが問題である(笑)


苛立ちの一番の理由は、常見さんが内田樹さんへの反論の根拠として「2013年卒 マイナビ学生就職モニター調査 4 月 の 活 動 状 況」を持ち出していることだ。これは「2012年4月25日~2012年5月1日」に「2013年卒業予定の全国大学4年生及び院2年生」を対象に行われた調査。つまりタイミング的に言えば、大手企業内定者やその他一部の例外でもない限り、まだまだこれから活動量を増やしていくであろう段階で行われた調査なのだ。仮に就活生皆が一律に大学4年生の4月に就活を止めるならばこの時期までの活動量に注目するのは分かるけれど、勿論現実はそうでないのだから、常見さんの論証に一体どんな価値があるんだと思ってしまった。


どうも僕には分からないのだが、マイナビが発表しているデータの中には「2013年卒学生」を対象に「2012年10月29日~11月9日」に調査が行われた「2013年卒学生の現状調査」というものがある、つまり常見さんが触れたデータよりもはるかに新しいデータが存在するのになぜそちらを見なかったのかが気になる。このデータを見ると、確かに就活をさほどしていない層の存在も確認できるけれど、一方で数十社「面接」を受けてもなお内定をもらえていない層も一定数いることも分かる。


加えてアンケートには「これまで何社の面接を受けましたか」という設問があるのだが、面接が書類選考を通過した後に行われることが多いことを鑑みると、数十社の「選考」を受けて落ちた人の数は数十社「面接」を受けた人の数よりも多いことが推測できる。また、こういうことを言うとキリがなくなるかもしれないが、就活に奔走している人はそもそもこんなアンケートに答えている余裕などないので、実際にはアンケートの数字以上に何十社もの選考を受けている人はいると考えて良いと思う。あれ、常見さんのwebronzaの記事には「プレエントリーしただけの数が独り歩きして、何十社受けても内定をとれないという話になっている」と書いてあったはずなのだが、一体どういうことなのだろう・・・。


さすがに、「就活生皆が、数十社受ける」というのは嘘だろう。また、何十社受けても内定を取れない就活生の場合、単に就職が厳しいという事情だけでなくその就活生自身に足りないところがあることも考慮すべきだろう。しかし、常見さんのように「数十社受けても、それはプレエントリーした会社を含めてるんだって!」と言うのはおかしくないだろうか。そもそも僕は「今の就活生は、何十社もエントリーする」という表現を誇張だと考えないが、仮にこれが誇張といえるとしても、少なくとも常見さんのいうようなアプローチが説得力を持たないことには変わりない。


「今の就活生は、何十社もエントリーする」という表現は誇張とはいえないという考えに共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします(コメントは今夜まとめて返します!)
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「何者」の著者・朝井リョウさんの記事「なぜ僕たちは就活におびえるか」を読み、つくづく「社会人」という言葉は邪魔だと思った

就活を題材にした朝井リョウさんの小説「何者」が直木賞を取り、正直同じく就活を題材にした文章を書いている僕としては若干の嫉妬心がある(笑)しかし、これで現在の就活事情に関心をもつ人が増え、ひいては「就活の~な点は変えていったほうが良いよね」という案が出されたり、このブログへのアクセス数が増えたりすると良いなと思っている(今回の記事のタイトルは、若干「朝井リョウ 何者」で検索してこのブログにヒットするようになることを狙っています笑)。まだ「何者」は読めていないのだが、出来れば今週末を利用して読破したい。


その代わりと言っては何だが、中央公論の最新号「大学と人材─"育てる""求める"の乖離」に収録された朝井さんの記事「なぜ僕たちは"就活"におびえるか」には既に目を通した。記事には、例えば「日本には自分のことを良く言う文化があるとはいえないのに、就活では自分の良いところを言い続けなければならない」など、就活生が「就活」という営みに戸惑いを覚える理由がいくつか記されている。


記事を読み、朝井さんが一番伝えたかったことは、「学生と社会人の壁」を良い意味で壊していくべきだということなのだと僕は感じた。朝井さんによると、大学生活の中で大学生としか付き合っていない人は「大人も実はたいしたことない。普通の人だ」という事実に気づくことができず、ゆえに面接でも「面接官はすごい人なのだから、普通のことをしゃべるだけでは足りないのでは・・・」と思ってしまいがちになるという。そのような事情がひいては、就活生・面接官間のコミュニケーションを歪ませてしまうということだろう。


誤解しないで欲しいが、これは「社会人は全然たいしたことないんだから、就活生は彼ら・彼女らを見下していって良い」という主張ではない。朝井さんの考えは「学生対社会人という触れ合いではなく、もっと人間対人間の触れ合いができれば良い」というものだ。この考えに反対する人は、恐らくいないのではないか。


もっとも朝井さん自身、どのようにその考えを具体化していくかという点については頭を悩ませている。単純に考えれば「大学生活の中で社会人と関わる機会を設ける」というアイディアが思い浮かぶだろうし、それは僕も考えてみたことだったが、そのアイディアについて朝井さんは「大学生活の中で社会人と関わる機会を増やせばいいか、というと、それはきっと実行されたその瞬間に別の意味になってしまうと思います。例えばインターンを促すとか、有名会社の若手エリート社員を講師に呼んで講演会を催すとかになると、入り口から違ってしまう。学生と社会人としての出会い方では、学生は初めから社会人を見上げてしまいます」と実効性の無さを指摘している。


朝井さんの言う「人間対人間の触れ合い」が実現されるためには、その人間同士が互いに「この人も同じ人間であり、対等だ」という意識を持つ必要があるはずだ。しかし現在、そのハードルとして「社会人」という言葉の存在が挙げられるように思え、つくづくこの言葉は邪魔だなぁと感じる。というのも、「社会人」という言葉には「会社など、どこかで働いてから初めて"社会に出た"といえる=学生は"社会に出ている"とはいえない」という暗黙の了解が感じられ、それがひいては「社会人が上・学生が下」という上下関係を生み出していると僕は考えているからだ。かといって、「"社会人"という言葉を無くしていこう」という、何かを言っているようで何も言っていないことを書いてもしょうがないわけで、僕もこの点に頭を悩ませている。


ただ、「社会人」という言葉自体を無くすことはできなくても、せめて「社会人」という言葉のイメージを変えることはできると思う。その例として、かつて海外ニートさんが述べたような「人は誰でも生まれた瞬間から"社会人"なんだぜww」という発想を導入することが挙げられる。この発想をもって、例えば学生・現在無職の人らが「自分は今は働いているわけじゃないから・・・」と自虐的になることを防ぎ、企業で働く人を過度に崇めるのを止めさせることができるのではないかと考える。この発想方法が適切かどうかはわからないが、少なくとも「学生と社会人の壁」を壊すためのアプローチがもっと検討されるべきだということは確信している。


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三菱樹脂事件という「企業の採用活動の自由」に関する判例~「あなたは就活デモに参加していたから不採用」と企業が考えるのもOKか~

このブログでは、「企業の~な採用活動はおかしい」というダメ出しをする記事が多い。しかし一方で裁判所は、企業の採用活動の自由を広く認めている。企業の採用活動の自由について裁判所が見解を示したのが、三菱樹脂事件というケース。憲法を勉強したことがある人は絶対に一度は耳にしたことがあるはずの、とても有名な判例である(「カクさん」さんが「不採用の理由が分からずに苦しむ就活生をサポートする役割を担うべきなのは企業ではない」という記事のコメント欄でこの事件を紹介していますが、僕もそれ以前からこの事件の概要は大体は知っていた・・・ということを一応書いておきます笑)。


これは三菱樹脂株式会社に採用された人(以下、X)が、在学中に学生運動をしていたにも関わらず入社試験でそのことを隠していたという理由で3ヶ月間の試用期間終了時に本採用を拒否されたことに異議を唱えた事件。Xは裁判所に対して本採用の拒否が有効であるかどうかを争い、地方裁判所・高等裁判所はXの言い分が正しいと判断したのだが、その判断は最高裁によって覆された。


細かい理屈を書くと記事を読むのをやめてしまう人が現れかねないので(笑)いきなり結論の一部を大雑把に書くと、この事件で最高裁は「企業が誰を採用して、誰を不採用にするかはその企業の自由。だから、企業が特定の思想・信条を有することを理由に採用を拒否しても、それは当然に違法行為とはみなされない。さらに、企業が労働者を採用するか否かを決めるにあたっては、応募者の思想・信条を調査することも問題ない」と判断している。憲法の22条や29条上、企業は営業・その他経済活動を行う自由が認められており、その自由の一環として企業には「自分が採用したいと思った人と契約を結ぶ」ことが認められているといえる。


確かに企業が国から「この人を採用しなさい」なんて強制されたらたまったものではないので、この権利が尊重されるべきことは疑いようがない。しかし、この裁判所の判断に対する批判は強かったらしい。例えば、憲法学者の芦部信喜先生は、「絶対的に保障される思想・信条の自由について判決のように考えるのは疑問だ」と裁判所の判断を批判し、且つ「学説上も批判的な立場が有力である」と他にも判決の内容に異議を唱える学者がいることを示唆している。


芦部先生の見解としては、三菱樹脂事件における裁判所の見解を貫くと「~な活動に参加したいけれど、その活動に参加していたことがバレたら就職に不利になってしまう・・・」という萎縮効果をもたらす危険性があるということだと思う。その具体例として考えられるものの一つに就活デモが挙げられる。例えば就活デモをやりたいが、デモの企画者となるなら実名を晒さないと参加者が怪しがって集まらなくなるかもしれない。しかし、就活デモのホームページを作ってそれに実名を載せ、それを企業に見られたら就職がどうなるか分からない。だから、やっぱりやるのは止めたほうが良いという自制心が働いてしまう、と。


三菱樹脂事件で裁判所は「法律その他による特別の制限」がある場合には、企業の採用の自由が制約されるとも判断しているが、労働政策研究・研修機構によれば「思想・信条:思想や信条(考え方)を理由として採用しないことに関しては、明確にこれを禁止する法律の規定がありませんので、原則として認められることになります」ということなので、企業が応募者の氏名を検索した上で「この人、就活デモに参加してたみたいだから、雇うのを止めておくか」と判断することは法律上問題はないということになるのだと思われる。もっとも、その不採用理由を応募者に正直に伝えたら民法上の不法行為にあたる可能性が出てくるようだが。


このケースから伺えるのは、企業の採用活動の自由を貫くと、一方で応募者の利益が損なわれる場合があり、両者の利益の調整が必要になるということだ。あまりにも企業の自由を認めると、極端な話「女性は子供を産んで辞めるだろうから、いらないよ。男女雇用機会均等法なんか必要なくね」ということにもなりかねないし、それは性別が自分の努力でどうこうできるものではないことを鑑みると非常にまずいと思う。かといって、企業に過度に「応募者間の平等」を求めても、それは企業からしたら「私たちが採用したいと思った人を、素直に採用させてくれよ」と考えるに違いない。もっとも何をもって「企業の採用活動の自由と、応募者の利益の調整ができている」といえるかは分からず、それは現在考えているところだ。


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<ライターページ>情報を多く集められた人が自分の行きたい企業に行ける採用というのはどうなのか?

実に久しぶりにライターページへの投稿を頂きました。今回は、2013年卒で就職活動を終えた「ぱんこ」さんからのご投稿です。ありがとうございました。丁度そろそろtwitterを通じて「ライターページっていうのがあるんですけど、誰か書きませんか?」という呼びかけをしようかと考えていたところでした(笑)


今回の記事は、企業が水面下で特定の就活生を対象にした選考を行う、あるいはインターンに参加した就活生を優遇する企業の振る舞い、及びその企業の行動に関する情報を掴んだ就活生が有利になることに疑問を投げかける記事となっています(恐らく「ちょっと早く情報をつかめた」云々よりも、もっと評価の際に考慮すべき要素があるでしょという主張なのではないかと僕は解釈しています)。


個人的には情報を集め、その内容に基づき積極的に行動するのも一つの能力だと思うので、その能力を備え実際に行動した就活生が優遇されることにはあまり違和感を覚えません。ただこのような企業の振る舞いが就活生に「このイベントは選考に関わるのか、そうでないのか?」という疑心を植えつけ、それがひいては就活生にとってストレスになりますから、そういうマイナス面があることは可視化すべきだと思います。


あと、最後の段落にある学校推薦制度ですが、「推薦でしか受けられない企業があります」という記述に驚きました。さすがに推薦で内定を取ったら他の企業に行けないというのは知っていましたが、一般のルートで受けることすら許されない場合があるのですね。仰るとおり内定辞退されたら困るというのが理由でしょうけど、なんか企業の器の小ささを感じますね(笑)


それでは、以下本文です。



2013年卒で就職活動を終えた学生です。実際に就職活動は情報戦だなという印象でした。しかし、情報を多く集められた人が自分の行きたい企業に行ける採用というのはどうなのでしょうか?


例えば、私の内定した会社には夏に行ったインターンを受けた学生がかなりいます。インターンに行ったほうが内定率が高いという情報を知らなくて、その会社に行きたい人は不利です。


また、リクルーター面談という名前を用いて経団連が発表した倫理憲章よりも前に事実上の面接を行い、「あなたは弊社とは合わない」というような旨のメールを送ってきた会社もありました。この会社はリクルーター面談があるという情報を得た人が有利になります。


もちろん就活している最中はこのような情報を必死に集め、それがかなり役にたったのも事実ですが、そのような採用基準を知っているか知らないかで、採用不採用が決まってくる就職活動というものにかなり幻滅しました。


また、学校推薦制度について疑問を覚えました。私の大学(学科)には推薦でしか受けられない企業があります。そして、内定したら他の企業には行ってはいけないのです。もちろん、企業にも方針がありますので、内定辞退者が出ると困るのは理解できます。しかし、企業も学生を不透明な採用基準で採用活動を行い選んでいるのにも関わらず、学生から選ぶ権利を奪う制度にしか思えませんでした。


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