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茂木健一郎さんの「日本の大学教育・大学入試」に対する憤りはもっともだ

昨夜、「日本の大学教育はこれでいいのか?茂木・常見のデスマッチ」と題した、茂木健一郎さんと常見陽平さんの対談を開始20分過ぎくらいから見た。この2人の間には新卒一括採用・大学入試に関する考え方に相違があって、常見さんは著書「意識高い系という病」で約10ページにわたって茂木さんを批判していたので、そんな2人が対談をするということに興味を持った(http://blog.nicovideo.jp/niconews/ni038645.html)。

<追記>
対談の動画がyoutubeにアップされていたので、紹介したいと思います。最初の15分くらいまでは、茂木さん・常見さん共にキレていて、ちょっと面白い。


本来ならば、茂木さん・常見さんの間で意見が衝突したトピックを記事で取り上げるのが妥当だろう。しかし、対談を見ていた人は分かると思うが、どうも常見さんの話がめちゃくちゃで、且つ一つ一つの話が無駄に長く、コメントにも「常見チェンジ」、「(一応同席していた)池田信夫と代われ」という意見が殺到していたくらいだったこともあって(そして、常見さんはコメントを見て怒り出し、茂木さんらに「コメントなんか気にしなくていい」と諭されていた・・・)、そのような形で記事を構成するのは少々難しい。そこで、茂木さんと池田さんの話を取り上げたい。


対談の中で茂木さんが怒りをあらわにしていたことの一つが、僕の言葉で表現すると「社会が学生に、何の役にも立たない知識を身につけることを求めていて、そのことが学生の可能性を奪っている」点であるといえると思う。歴史の細かい年号の丸暗記だとか、英文和訳・和文英訳をするだとか、「大学で学ぶ」、「仕事をしていく上で役に立つ」という観点から全く無駄なタスクを学生に課している点が問題であるという。


どういう意味で無駄なのかというと、例えば「英文和訳・和文英訳」については茂木さんの過去記事「日本の大学入試、英語問題の改革を」における「時代がかわって、インターネット、グローバル化の時代になった。このような時代には、英語をいったん日本語に直して理解、処理していたのでは、スピードが間に合わない。英語で読み、英語で話し、英語で書くという"直接性の原理"の中に自らを投げ込まなければならない。このような時代に、日本の大学の英語の入試は、すっかり時代遅れとなった」という記述が参考になる。これはつまり「英文を日本語で表現する」という能力を身につけることがこれからの社会を生きていく上で何か役に立つのかというと役に立たないということ。にも関わらず、大学入試がこのような能力を備えることを学生に求めている現状があるということが伺える。また、歴史の年号を入試で問うことに関して、茂木さんは以前次のようにつぶやいている。加えて、予備校が作成する「偏差値」によって、茂木さんが「無駄」と評するタスクを高レベルでこなせる人こそが優秀だという価値観が根付き、受験生もその「偏差値」を高めることで希望の大学に入ろうとすることを目標としてしまっている現状がある点に茂木さんは憤りを覚えている。学生が茂木さんのいうところの「古い学力」の鍛錬に時間を費やし、その分これから生きていくにあたって必要な能力の鍛錬に割く時間が削られる、あるいは一切時間が割かれない現状がもしあるとすれば、それは確かに問題ではないだろうか。


かくいう僕自身、以前「就活が茶番な訳は、企業が就活生に求める努力のベクトルがおかしいからではないか?」という記事を書き、そこで「別に就活生に求めるハードルを上げるのは仕方がないけれど、一方で就活生に"PCではなく、時間がかかっても手書きでエントリーシートを書き上げなさい!"といった"そのタスクをこなすことが入社後に何か活きてくるのか?"という疑問を感じざるをえないようなタスクを課すのは止めるべきだ」という主張をした。この点については、茂木さんと問題意識は同じかもしれない。


ただ、池田信夫さんがおっしゃったこととしては、池田さん自身が記した「霞ヶ関の権威と権力」という記事の内容と同様のもので、「(科挙は)特定の専門的な成果(performance)を問う試験ではなく、任意の問題を処理する能力(competence)を問うシグナリングなのだ。この場合、問題の内容には意味がなく、それを解くコストが小さいことをシグナルできればよい。この伝統は日本の大学入試や就職試験にも受け継がれ、企業は学生がどんな専門知識をもっているかは意に介さない。偏差値の高い学生は、つまらない仕事でもこなせる順応性が高いことをシグナルしているのである」ということだ。つまり、茂木さんは入試問題に対して「なぜ、そんな無駄な問題を作るんだ!」と憤っていたわけだけれど、池田さんの話からすれば、日本企業が必要としているのはその「無駄な問題」に文句を言わず付き合えるかどうかであり、むしろ問題の内容に意味があっては困るとすらいえると思う。


ただ池田さんも、そして勿論茂木さんも、このような形の入試がもはや限界であることは実感されているように僕個人は感じた。茂木さんのいうところの「学力観が古い」入試問題を再考し、学生が無駄な能力を養うことに時間を費やす現状は改めていくべきではないだろうか。

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「就活生を食い物にしている」とは、どのような行為を指すのか

今更ながら当ブログには「就活生を食い物にする就活コンサルやライター」というカテゴリがあり、そのカテゴリに属する記事の内容の説明として「就活生が抱える不安や、あるいは彼ら・彼女らの知識不足につけこんで、彼ら・彼女らからお金を奪おうとしたり、あるいは"こんなバカな学生がいますよ~!"というように就活問題を肴に大騒ぎしてお金を稼ごうとするコンサルやライターの仕事を批判する」という文章を記した。後半はともかく、前半部の「就活生が抱える不安や、あるいは彼ら・彼女らの知識不足につけこんで、彼ら・彼女らからお金を奪おうとする」という記述に関しては、今更ながらその表現の適切さについて考えるようになった。


きっかけは、「たろう」さんという方から「もし本当に就活生の為に行動しようとするのであれば、わざわざお金を取ったりしないでしょうし、地道に行った確かな調査や確固たる信念を基に自分の言葉を発信する筈です」というコメントを頂いたことだ(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-426.html)。このコメントからは「就活生から金を取る→本当に就活生の為に行動しているとはいえない=就活生を食い物にしている」という構図の存在が浮き彫りになっているように僕には思えた。


かくいう僕自身も、過去に「就活生だけでなく"親"をも食い物にし始めた就活コンサルタント」という記事において「就活生の親向けのセミナーを20000円で開く(ただし"日経ビジネス"半年間(25冊)の購読と、新書"就活生の親が今、知っておくべきこと"付)」という行為をもって脊髄反射的に「就活ビジネスが"親"をも食い物にし始めた」と表現したことがある。即ち「就活生の親から金をとる→就活生の親を食い物にしている」という、「たろう」さんと同じような構図を定立したことがあるといえる。しかし、このような考え方が果たして妥当なのか、再検証するようになった。


というのも、誰がどう見ても「就活生を食い物にする仕事」というフレーズからは悪いイメージしか感じられないはずだが、仮に「就活生から金を取る→就活生を食い物にしている」という構図を採用してしまうと、例えば「働きたいけれど、働けない若者」たちにジョブトレの機会を提供するNPO法人「育て上げネット」も、「就活生を食い物にしているNPO」と言えてしまうことになる(ジョブトレの料金 http://www.sodateage.net/jobtra/program.html)。個人的な価値判断としては、このような社会的意義が大きい活動に取り組んでおり、且つ実際に成果も出しているであろうNPOを「就活生を食い物にする」と評することには違和感がある(「成果」について詳細は分からないのだが、代表の工藤さんの本を読む限りでは、多くの若者が"育て上げネット"の支援を受けて正社員になったことが感じ取れる)。


また、このブログでも取り上げたことがある「凡人内定戦略」の出版に対して「就活生を食い物にして」と非難することは果たして妥当だろうか。いやらしい言い方をすれば「本の出版を通じて、就活生から金をとろうとしている」側面は多少はある訳だけれど、それでも「就活をどう乗り切ったらよいかわからない」という悩みを抱えている蓋然性が高い「凡人学生」に特にフォーカスしたことの意義・説得力がある理論を展開し、且つ読み物として面白いものへと仕上げて多くの読者を満足させた成果を考慮すると、この本の出版を「就活生を食い物にする」ことには、またまた違和感がある。


一方で「就活生を食い物にしている」と評して罪悪感が全く感じられない取り組みの例としては、例えば一昨年に行われた「カルト就活やめなはれデモ」で問題視された「高額な料金を設定し"こういう心持で行うべきだ"といった精神論を説いたり、果てには合宿を行い滝行までさせる、非常に宗教的な"修行"を提供しているビジネス」が挙げられると思う。なぜ僕がそう感じるのかというと、それは「就活生が抱える不安や、あるいは彼ら・彼女らの知識不足につけこんで、就活の成功につながる可能性が低い適当なビジネスを行って彼ら・彼女らからお金を奪おうとする」と表せるかなと思う。


ただ、仮にある就活予備校が「就活の成功につながる可能性が高いノウハウ」をきちんと提供していた場合でも、最近ブログで問題視した「一生懸命塾」のように、勧誘方法に大きな問題がある場合にはそれは「就活生を食い物にしている」と評価しても差し支えないような気がする。その理由としては、「就活生が元から有している就活に対する不安を無理やり拡大させることで就活生から判断能力を奪い、そこに付け込んで契約を締結させようとする事情があるから」というものが思い浮かぶ。


事実東京都は、問題となった一生懸命塾の勧誘のやり口を具体的に説明しており、それを見ると「Eは"そんな優柔不断な態度で、今ここで決められないようなら、今後差し迫った状況になっても決断なんてできない"とも言い、乙は自分が責められているように感じた。乙は判断が鈍ってしまい、Eが差し迫った様子で言うからには今決めなければいけないと思い、契約することにした」、「丙は、このまま話をしていても切りがないと思い始めた。また、周囲が見えない状況で判断が鈍ってしまい、入塾を承諾した」、「塾に入ると言わない丁に対して、勧誘は長時間続けられた。丁は、個別のブースの中で拘束され、Iからたたみかけられ、強い口調で成功しないなどと決めつけられているうちに、Iの話は正しいのかもしれないと思い始め、また契約するまで帰れないと不安に思った」と、勧誘行為が原因で就活生(乙・丙・丁のこと)の判断能力が鈍り、それにより契約締結に至った事情があったことが分かる(http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2013/03/20n35500.htm)。このような事情があると、仮に勧誘行為の後に良質なサービスが提供されるとしても、このようなビジネスを好意的に捉えるのは難しい。


どのような就活ビジネス(予備校の開設・セミナーの主催・本の出版など)を問題視するのかは各々の価値判断によるだろう。かくいう僕自身も未だ自分の考えをはっきりと言語化することが出来ていない。ただ一つ言えるのは、就活生からお金をとる営みを十把一絡げに批判するアプローチが誤りであることは間違いないということだ。

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若者支援団体は、若者からのありとあらゆるクレームを受け入れるべきなのか~既卒者カフェを活動中止に追い込んだかもしれない要素~

このブログでも取り上げたことがある「既卒者カフェ」さんが活動を終了したそうです。なぜ活動を中止することになったのか、その理由は書かれていない。ゆえに以下書く事はあくまでも僕の推測が大いに含まれていることをご了承頂きたいが、活動中止の理由の一つは「既卒者カフェと利用者間のトラブル」にあると考えている。


しばらく前に、当ブログのライターページに、これまで何度も投稿してくださった「すみ」さんという方が次の文章を送ってきてくださった(ちなみに、僕の判断で記事の公開をお断りしました)。

この間、既卒者カフェ様のアカウントにおいて、情報、サービスの求人がありました。僕はこの求人に興味を持ち、「詳細が知りたいですw」とリプライを送りました。すると、既卒者カフェ様から「なぜ「w」をつけるのですか…?それではちょっと紹介できません。」とのリプが。言い方にすこしカチンときてしまい、ついつい棘のあるリプを返してしまいましたが、そこで感じたのは、なんで「w」という文字一つで、ここまで言われなければならないのだろうかということです。その後のツイートのやり取りにおいて「ウチは公共の団体でも民間企業でもありません。その中でも求人の紹介となると信頼と信用の関わり合いになります。細かい所とは思いません。詳細の問い合わせはHPからとあるように、「各種お問い合わせ」からお願いします。Twitter上で行うことではありません。」そこで疑問に感じたのは、「w」という言葉尻だけを捉えてなぜ、信頼、信用の関わり合という話になるのか、ということです。

既卒者カフェ(正確には代表の山口さん)が、「すみ」さんから見て些細な理由で求人情報の開示を断ったということがあり、これをきっかけに両者の間で言い争いが起きていた。この点に関して、確かに山口さんの対応にも大いに疑問があったのだが、一方で3月2日からはじまる「すみ」さんの既卒者カフェを批判する一連のツイートの中でも「これは既卒者カフェが活動をやめても仕方がない」と感じられる発言があり、この点が今回の既卒者カフェの活動中止に大いに関わるものだと僕は思っている(山口さんは決してそうは言わないでしょうが)。


僕の感覚では、例えば次のようなツイートは正当な批判だと思う。

ツイート削除(3.25)

これらは当初の「求人情報を公開しなかった」という事実と関連する批判ではないけれど、「既卒者カフェに~な問題点があって、それを是正するべきだ」という意思が伝わり、既卒者カフェもこれを無視するのは妥当ではないものだと思う。ただ問題なのは、このような正当な批判に加えて次のようなつぶやきもあったことだと思う。

ツイート削除(3.25)

恐らくこのツイートが大きな原因となって既卒者カフェは「すみ」さんをブロックすることになるのだが、このことがきっかけに既卒者カフェに対して、正当な批判と共に次のようなブーイングがつぶやかれる。

ツイート削除(3.25)

これは各々で判断が分かれるだろうけれど、僕が山口さんだったらこのようなことを言われたら、あるいは言われているのを見つけたら既卒者カフェの活動は絶対にやめます(笑)自分にとって耳が痛いことでも、「組織運営に関して~な点が問題があるので、それを是正してください」という声は聞けるけれど、さすがに「あの人、既卒者を利用しているんじゃないか?」とまで言われてまで時間と労力を割いて既卒者の活動をすることは出来なくても仕方がないと思う。もしかすると「若者支援団体は、誹謗中傷に近い声も聞き入れて活動をするべきだ」という意見もあるかもしれないけれど、僕はそうは思わない。さすがに人格批判をされてまで既卒者のために活動を続ける責務なんかはあってたまるかと思う。


「すみ」さんのブロックを通じて、他にもこんな声が発せられる。

ツイート削除(3.25)

これは一見正論のように見える・・・というかほぼ正論なのだけれど、場合によっては「異を唱える者を排除」することが認められる例もあるのではないか。その例として、上で取り上げたような「既卒者を利用しているんじゃないか?」という形での異議申し立てを受けた場合は含まれるのではないかと僕は思う。こうした異議申し立てを排除することをもって「宗教みたいなもの」なんて言われたら、僕が山口さんの立場だったら「ふざけるな、こっちはサンドバッグじゃないんだぞ」と言ってきっぱりと活動をやめます(笑)


再度断っておくと、山口さんの対応には問題はあったし、また今回主に批判した「すみ」さんのつぶやきにも正当なものは多く含まれていた。ただ、「すみ」さんの批判ツイートの中で人格批判もなされていたことは大いに問題はあると思うし、これが既卒者カフェの活動中止につながっていると僕は思っている。そして今回の出来事が、利用者の若者支援団体に関する関わり方を考えるきっかけになることを願っている。僕の目から見て、今回既卒者カフェという若者支援の場を中止に追い込んだのは、他ならぬその活動で恩恵を受けるはずの利用者の声だったと思うので。何も利用者は若者支援団体に対して「このような場を与えてくれて、本当にありがとうございます!」と過度に感謝をする必要は一切ないと思うけれど、一方で批判を述べる際に最低限の注意をするなどのことは意識するべきではないだろうか。

※元々は「ツイート削除(3.25)」の箇所にはツイートが引用されていたのですが、最終的に僕の判断で消去いたしました。そのため記事の脈絡が掴みにくくなっていますがご了承ください。ツイートが消去されるに至った事情は、僕のコメント返信を見れば分かると思いますので、興味がある方は見てみてください。

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就活生になりすまして偽のtwitterアカウントを開設して、そこで問題発言を発信しまくるケースの危険性について

WBCの準決勝で盗塁死して涙した内川選手の「なりすまし」が話題になっている。偽物は「@UchikawaSei1」というアカウントを取得し、「WBC日本代表に熱い声援を送って下さったファンの皆様、それを支えて下さった国内、国外の関係者の皆様、本当にありがとうございました。短い間でしたが、素晴らしいチームでプレー出来て本当に幸せです。チームに戻っても常に全力を出し切り"一笑健命"プレーするので、応援宜しくお願いします」、「空港でファンの皆様の"お疲れ様"という声をいただくなり思わず涙がこぼれました。いろいろ思い込んでた部分もあるけれどシーズンに向け前向きにプレーします!」など、いかにも本人がつぶやきそうなことを発信している。しかし、内川選手本人はブログで「コメントでも質問が来てましたが僕はツイッターはやってません。初めての経験なので何て表現すれば良いか分かりませんが間違いなく僕ではないですし僕のつぶやきではありませんのでお気をつけください」と注意喚起している(http://ameblo.jp/uchikawa24/)。


twitterのなりすましに関して言えば、ノンスタイル井上さんの場合など、偽物と本人が絡んでこっちが笑わせてもらうことも正直あったりするけれど(参考:「ノンスタイル井上の偽ツイッターワロタwwwwwww」)、大概の場合はなりすまし被害にあった人からすればたまったものじゃないだろう。例えば、剛力彩芽さんのtwitterなんかは本人から訴えられてもおかしくないレベルなんじゃないかと思うが・・・。


twitterのなりすましは、多くの場合「無名の人が著名人を装う」というケースであると思うが、一方で就活に関連して言えば、嫌いな誰かになりすましてアカウントを開設して、そこで問題発言を発信しまくるというケースの存在が伺える。それが1年前くらいに話題になった「岩原ひとみ@早稲田大学3年生(就活中)」というアカウントである。例えば、こんなつぶやきがある。このアカウントに関しては「つぶやき」の内容を見れば明らかになりすましだと分かるレベルだと思うし、そもそも「早稲田大学の岩原ひとみ」という人が実在するかも定かではない。このアカウントが話題になったのは1年以上前であるにも関わらず現在もまだこのアカウントはつぶやき続けていることを鑑みると、実際のところ特に被害者はいなかったのかもしれないけれど(つまり「岩原ひとみ」さんは実在しなかったのか、それともこのアカウントはまさに「岩原ひとみ」さん本人がつぶやいているものなのか)、それでもこのケースは「就活生になりすまして、その人の評価を下げる、就活を妨害する」ということを、やろうと思えば全然できるということを証明しているところが怖い。


以前株式会社garbsが行った調査で「応募者や面接予定者のソーシャルメディアアカウントをチェックしたことがあるのは約半数(の企業)であるのに対し、実際にその結果不採用にした経験がある担当者は1割程度である」という結果が出たことがあった(http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000005321.html もっとも回答数は187社と、サンプル数はそこまで多くない)。仮に人事がチェックの過程でなりすましのアカウントを見つけたとしたら、最悪の場合「この人面接では良かったけれど、なりすましにあっているということは、普段は周囲の人から恨まれているんじゃないか」と評価されて落とされることも考えられるのではないか。このように、就活生のなりすましは、なりすまされた側の就活を妨害することにつながる可能性が十分想定できる。なりすまされた側からすればたまったものじゃないはずなので、このようななりすまし行為の規制をしっかりとすべきだと思う。


ちなみに去年の10月に、当時ノーベル賞の受賞が決まった京都大学・山中伸弥教授のTwitterなりすましに関して、梅村正和弁護士が法的視点からの解説をしている(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1210/19/news070.html)。具体的には「刑事上、なりすまし行為によって、なりすまされた人の仕事に悪影響が出た場合や、名誉が毀損された場合には、業務妨害罪や名誉毀損罪などの犯罪になることはあり得ます」、「民事上、なりすまし行為によって、なりすまされた人が金銭的な損害あるいは名誉や肖像権侵害など人格的な損害を被った場合には、損害賠償責任が発生します」とのこと。山中教授のなりすましの場合は「法律上違法性がないわけではないが、事実上損害賠償請求される程度までにはなっていない」と評価される可能性が高いらしいが、恐らく「つぶやき」の内容の悪質さなど様々な事情を総合的に考慮した上でどの程度の制裁を受けるかが決定されるということだろう。この基準に照らすと「就活生になりすまして問題発言連発」という行為は、なりすまし側の責任を十分追及することが出来そうなので、なりすまし被害にあってしまった就活生は「法的措置を取る」という可能性を忘れないで欲しいと思う。

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企業に対して「選考結果の通知にかかる期間を定め、なるべくその通りに合否を通知する」努力義務を課しても良いかもしれない

過去記事の宣伝で申し訳ないが、最近「JR東日本の"書類選考の合否の伝え方"を他企業は反面教師にするべきだ」という記事の拍手ボタンをクリックしてくださる方が増えている。これは、昨年たまたまJR東日本の採用ホームページを見たところ、書類選考・適性試験の受験の締切が3月14日に設定されているにもかかわらず、その選考結果の通知が「面接への案内は2012年4月23日までに電話にて連絡」という形であったことを受けて、「これでは、書類選考の通過連絡をする時期が漠然としすぎていないか。就活生からしたら"いつ選考の結果が来るか"という予測可能性が担保されておらず、スケジュール調整を無駄に困難にさせるのではないか」という趣旨の批判をした記事である。ちなみに今年の採用ホームページを見てみたところ、この記事を書いた甲斐なく、昨年と全く同様の形で書類選考の合否連絡の通知がなされることが分かって少々萎えている(笑)(http://www.jreast.co.jp/recruit/student/recruit/screening/potential.html


僕は上記の記事において「"書類選考の通過連絡をする時期"という情報は、ある程度具体的に示さないと意味が無い。また、"書類選考の合否"という情報は、就活生がその情報を求めるタイミングで伝えられて初めて意味を持つものだ」と述べた上で、JR東日本のやり方がどちらの要素を満たしていない点を批判した。このように、僕は元々「企業の選考結果の伝え方」について関心を持っているわけだが、最近「KY」さんという方からのコメントを頂いた事で問題意識がさらに強まっている。


KYさんが直面した問題とは「よく履歴書を先に送ったのに、何時まで経っても書類選考の合否を通知してこない会社が多々ありました」、「求人票では"10日程"と記載しておいて実際には一カ月以上待たされた、と言うのはざら」、「求人票にもHPにも"書類到着後〇日で結果通知"という事を記載していない会社を見かけた」というものである。これらはいずれも、KYさんから「いつ選考の結果が来るのか」という予測可能性を奪い、ひいてはKYさんのスケジュール調整を困難にさせたり、精神的なストレスを与えたりするものと評価できると思う。


KYさんが指摘する問題点は、例えば平成22年7月5日に公表された「厚生労働省に寄せられた"国民の皆様の声"の集計報告について」でも確認できる。「求人事業所あて応募書類を送付したが、求人事業所から選考結果の連絡が来ない。事業主を指導して欲しい」という声が厚生労働省に届けられているのだ。厚生労働省はこれに対して「求人受理時には、速やかに採否結果を通知するように指導していること、一定期間を経過しても連絡がない場合には、ハローワークから問い合わせる旨ご説明し、ご理解いただきました」と答えている。ただ、KYさんの声を見る限り、問題の根本的な解決には全く至っていないといえる。


僕は基本的に、企業の採用活動に対する法規制を強めることには懐疑的な立場だけれど、それでも企業に対して「選考の合否連絡の通知をする予定を示し、なるべくその予定通りに選考結果を通知することを求める」努力義務くらいは課しても良いのではないかと考えている。イメージとしては、行政手続法という法律の第6条に規定されている「標準処理期間」というルールのようなものを浮かべている。6条は「行政庁は、申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間を定めるよう努めるとともに、これを定めたときは、これらの当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により公にしておかなければならない」と規定し、申請者に「自分の申請の処理にかかる期間はこのくらいだな」という予測可能性を与えると共に、行政側の恣意的な取扱いの防止にも役立つルールとなっている。


このルールの考え方を、就活の場面においても適用することが有益かと思う。企業に対して、選考結果の通知にかかる期間を定めるように努めることを求めることで、就活生に「いつ選考結果が伝えられるのか」という予測可能性を与え、且つ「就活生が提出した書類を受け取ったまま、長期間放置する」という企業の恣意的な行為を防止することを図る・・・ようなルールが出来れば良いのではないかと考えている。


もっとも、KYさんは「求人票では"10日程"と記載しておいて実際には一カ月以上待たされた」というケースを教えてくださったわけで「努力義務だと、とりあえず期間だけ適当に定めて、実際には書類選考の通知をしない企業が続々出てくるんじゃないか」と懸念する人がいるかもしれない。僕としては、さすがに罰則までつけるのはどうかと思っているが、かといって努力義務で十分なのかという疑問も抱いているので、その点に難しさを感じている。現時点で明確な結論は出せていないが、「何時まで経っても選考の合否を通知してこない」という企業の振る舞いを抑制するための適当な策を、何か考えられればと思っている。

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ビートたけしさん「日本という国は、楽な仕事ほどお金がもらえる。どういう訳だか、一番きつい仕事が安いんだ」

前回の記事でネタにさせてもらった常見陽平さんの肩書きの一つは「人材コンサルタント」であるが、この職業はしばしば「人材コンサルタント(笑)」という風にバカにされることがある。その理由について、当の常見さんは著書「"意識高い系"という病」において次のように自己分析している。

これは個人的な好みの話になってしまうが、勝手に肩書きを作る人は信用できない(中略)もちろん、今までになかった仕事を創るという意思を感じることもある。ただ、何かこう、「ごっこ遊び」的で痛いのである。


そんな私も以前は「就職ジャーナリスト」なる肩書きを名乗っていたことがあった。いや、名乗らされていたとも言える。「人材コンサルタント」だっていまだにしっくりこない。今思うと恥ずかしい、生きていてすみませんというレベルだ。まぁ、分かりやすさ、他人との違いを打ち出そうということなのだけど。今では二度と名乗りたくないのだが、出版社や講演会の主催者など周りがそう表記したがるのでそう書く事は未だにある。当然、私のアンチたちはそこをバカにする。(p.55-56)

この文章を少し補足すると、常見さん曰く「人材コンサルタント」という肩書きがバカにされる理由は高城剛さんが名乗っていた「ハイパーメディアクリエイター」という肩書きが馬鹿にされる理由と同じで、要は「肩書き名が痛いから」ということらしい。引用した文章を読むと、常見さんの「俺は"人材コンサルタント"という肩書きを名乗っているけれど、本当は嫌なんだ。周りに名乗らされるから、仕方がないんだ。俺はその他の"痛い肩書き"を名乗っている人とは違うんだ」と必死に弁解する姿勢を感じる。その割には、本人が自由に編集できるはずの常見さんの公式ホームページを見ると、一番上に「人材コンサルタント・作家・大学講師」という肩書きが書かれているのだが・・・(http://www.yo-hey.com/)。


「人材コンサルタント」という肩書きを名乗ることについて「生きていてすみません」とまで言う必要は無いんじゃないかと僕は思うけれど、一応常見さんとしてはそう感じているらしく、且つそれがアンチから馬鹿にされる理由だと考えているようだ。当の常見さんがそう言っているのだから本来これ以上突っ込む意味はないのかもしれないが、しかしそれでも明らかにアンチの一人である僕の感覚からすれば(笑)、「人材コンサルタント(笑)」とバカにする人たちは別に「肩書きの痛さ」を問題にしているわけではないと思っている。


特に常見さんが書いた記事「就活スラング"意識の高い学生www"たちの残念行動13パターン」への評価をいくつか見れば、なぜ「人材コンサルタント(笑)」と馬鹿にされているのかがよく分かる。具体的には次の記述が参考になる。

・城とか海老原とか就活で稼ぐ奴はいるが賛否はあっても方向性は常に一貫してる。この常見とかいうアホはその時その時面白キャラ取り上げてオモシロ話してるだけだろ。スベッてるし。あんま調子のんなよ

・実際これらの行動(※意識の高い学生wwwがしている行動のこと)をしている学生としてない学生のの就職成功率比較などが示されてるかと思えば、そんなこともないし。最初からそつのない行動をすればまたケチをつけるだろうし。人材コンサルタントなんかのいうことなんか聞く耳持たなくていいよ

もう一言で言ってしまえば「仕事内容がクソだから」ということに尽きるだろう(笑)具体的には「"意識高い系"という病」から引用した文章の始めにも「これは個人的な好みの話になってしまうが」と書かれているように、単なる主観・個人的な好みを垂れ流しているに過ぎない文章をもって「コンサルタント」としてお金を稼いでいる点が「人材コンサルタント(笑)」と批判される所以なのだと僕は思っている。レベルとしては、就活生による「あの面接官、個人的にムカつく!」という不満の発散とほとんど変わらないわけで、そのような形でお金を稼ごうとすれば馬鹿にされるのも仕方がない。


前回に続いて常見さんの文章をネタにするのもそろそろくどくなってきた感があるので真面目な話に戻ると、前回と今回の記事の内容を通じて、ビートたけしさんが著書「みんな自分が分からない」にて記した次の記述について各々考えるべきではないかと思っている。

商売の根本を考えれば、誰がどのくらいの賃金を取るべきか分かるはずだ。本当に必要な仕事を真面目にやっている人ほど3Kだと思われていて給料が安い。それに対してバブル商売をやってる奴が、文句をたれているだけで高給をとっていたんだからね(中略)日本という国は、楽になるほどお金がもらえる。どういう訳だか、一番きつい仕事が安いんだ

補足すると、ここでいう「バブル商売」とは「空間デザイナー」、「スーパーバイザー」などのカタカナ商売のことで(恐らく「人材コンサルタント」もこれに含まれる)、たけしさんはこのような商売を「あんなのは町中の手相見以下なんだからね」と評している。現実問題として、前回の記事の最後でも触れたように、たけしさんの言う「町中の手相見以下」の人が世に「空回りをやめて、現実を見よう」、「まずは今を一生懸命生きないと、現実を直視しないと、明るい未来なんてものはないのだ」というメッセージを発信している訳で、これはもう「世も末だ」と言って良いかもしれない。「誰がどのくらいの賃金を取るべきか」・・・僕の感覚ではこの点については考え直さなければならない点が山積みだと思っている。


ビートたけしさんが言う「日本という国は、楽な仕事ほどお金がもらえる。どういう訳だか、一番きつい仕事が安いんだ」という指摘はもっともだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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<ネタ>「"意識高い系"という病」という本の記述が「いちゃもん」のオンパレードだった件

前回の記事でも軽く触れた、常見陽平さん著の「"意識高い系"という病」には次のようなレビューがついている(http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4584123918/ref=cm_cr_pr_hist_1?ie=UTF8&filterBy=addOneStar&showViewpoints=0)。

ところどころ事実とは異なる、もはや作者の主観を超えて事実無根の現象を作り出し、社会的評価を下げたい一群を攻撃するための武器にしてしまっているところがある

僕も本を一読した際にこれに近い感想を抱いたので、このレビューには共感できた。勿論全てがそうだというわけではないのだが、ところどころ「これはただ、いちゃもんをつけているだけじゃないか」としか思えない記述も見受けられたのだ。今回の記事では、軽いネタとしてこれらを紹介したい。就活・キャリアに関する提言をすることも多い常見さんが、実のところどんな文章を書いてお金を稼いでいるのかを知るのも一興ではないだろうか。

①人を見下す

一方、人を見下すのも意識の高い学生(笑)の特徴だ。「自分が尊敬できる奴としか話したくない」、「○○さんの意見は大したことなかった」、「先輩と会ったけどハズレだった」なんてことをソーシャルメディア上やリアルな場で言い出す。やたらと評論家モードで偉そうなことを言う。一方、こういうことを思っていても絶対に口にしない人もいる。「いい人」、「大人の自分」アピールだ。これもまた、セルフプランディングというわけだ(p.37~38)

前半部はともかく、「一方~」から始まる文章はただのいちゃもんとしか思えない。これじゃあ、常見さんに「お前、人を見下してるだろ」というレッテルを貼られたら、実際には人を見下しておらず、且つ人を見下すような発言をしていなくても「どうせ"いい人"、"大人の自分"アピールをしてるんでしょ?」と言われてしまうことになる。本当にしょうもない文章だ。正直常見さんは学生らから見下されても仕方がないと思う。

②学歴&出身企業

この手の経歴を見ていて面白いのは、自慢できる経歴とそうじゃない経歴があるということだ。例えば、学歴である。これは自慢できる場合は徹底的に自慢し、あまり自慢できない場合は出来るだけぼかすものである。旧帝大と早慶、それに準じる一橋大、東工大、東京外語大、筑波大、首都大学東京、神戸大学くらいの出身者は大学名を正直に書き「ドヤッ」という顔をする(中略)これもまた有名企業出身者はドヤ顔で(プロフィールに)表記することが多い。大手企業の場合は特にそうだ(p.59~60)・・・これは組織・時間・場所の自由を手に働く「ノマド」といわれる生き方、働き方を実践している人たちによく見受けられるのだが、実は有名大学・有名企業出身というケースをぼかしているケースがある。「こんな私でも○○できた」とアピールするのだが、お前、普通の人とは違うだろうと思わずツッコミたくなる(p.64)

これはすごい。有名大学・有名企業出身であることを開示したら「"ドヤ顔"で自慢しやがって」と批判して、あまり有名大学・有名企業出身であることをアピールしないようにしたら今度は「実は有名大学・有名企業出身というケースをぼかしている!」と批判するという訳か。これを「いちゃもん」と言わずして何と言うんだろう。

③怒らないこと

いかにも謙虚そうな人にも要注意だ。怒らないことがプランディングなのだ(p.64)

これもえげつない。何か不愉快なことを言われた際に「雰囲気悪くしたくないな」と思って怒らないようにしたら「プランディングしやがって」と言われて、かといって怒ったら怒ったで今度はどうせ「子供じゃないんだから、怒り出すなんてみっともない」とか言い出すんだろう。一体どうすれば良いんだ。

④人脈バカ

よくいる人脈バカの例といえば、やたらとパーティーを開く人だ。「毎回100人を超える参加者を集めてパーティーを開いている」なんてことを言い出したりする。有名な例で言うと「出逢いの大学」などで知られるリクルートグループ社員の千葉智之氏だ。彼は「パワーディナーの会」などの異業種交流パーティーを開催していた。百数十名が集まる異業種交流会である。会社員をやりながら異業種交流をするのは立派だと思うが、やや意地悪な言い方をすると「○人を動員したパーティーをやっている俺」というプランディングに人脈を利用しているように見えてしまうのである。いや、もちろん悪気がなく善意でやっている人もいるのだろうが(p.68)

名指しで批判をしている割には、その批判内容は「プランディングに人脈を利用しているように見えてしまう」というただの言いがかりレベルのものとなっている。最後に「もちろん悪気がなく善意でやっている人もいるのだろうが」と書かれているけれど、なぜ千葉さんが「悪気があり、善意でやっているようには見えない」のか、それも説明されていない。一体どうなってるんだ。 

⑤モレスキン

セルフブランディングバカたちがよく使うものといえば、モレスキンの手帳やノートである。たしかに、これは普通の手帳、ノートの相場から言うと少し高いが、手が届かないわけでもない。使っているとお洒落に見えるという効果があり、「クリエイティヴなオレ」を演出できる(p.76)

たかが「モレスキンの手帳やノートを使う」という行為にこんな意味を見いだせることは逆に凄いんじゃないかと思えてきた。相変わらずのレッテル貼り、お疲れ様です。

⑥読書

読んでいる本というのも、その人のプランディングに使える(中略)特にこれからの働き方を書いたダニエル・ピンクの本などは、「これからの世の中を考えています」風のオーラを醸し出せるので便利である(中略)そうして、「読んでいる本」を使って、頭の良い自分、自分磨きに取り組んでいる自分を演出するのである。本当の「本読み」は、だまって1日1冊くらい読んでいたりするものであり、しかもビジネス書にはしがみつかず、歴史や文学の本を読んでいることが多い(p.80)

これもただの言いがかりだし、大体常見さんの言う「本当の"本読み"」の定義もよく分からない。いつからこんな定義が作られたんだ。ちなみに、飯田泰之さんは著書「ダメな議論」という本において「真の××論法(今回の記事で言えば××には「本読み」が代入される)」というものについて解説をしており、具体的には「"真の××"論法は、決して勝負がつかないフィールドに論争を持ち込むことで、少なくとも"間違いだということが確実になる"ことだけを避けようとしているのです。これは第1章で言及した、はずれない予言を繰り返して信頼を勝ち取るのと似た戦略です」と述べている。つまりは、そういうことなんでしょう(笑)


・・・これだけでなく、他にも「服装&髪型」などに関しても根拠に欠けるふわふわとした文章が綴られている。この本の最後の方には「空回りをやめて、現実を見よう」と読者を諭す記述があるが、他ならぬこの本の記述が一番空回っているところが面白い。そして、この本の最後には「まずは今を一生懸命生きないと、現実を直視しないと、明るい未来なんてものはないのだ」と書かれているけれど、僕がこの本から学んだのは「現実を直視するのではなく、多少捻じ曲げてでも注目を浴びたほうがお金を稼げるんだな」という、全く逆のことだった(笑)よくこんな、就活生のエントリーシートにも劣る文章が売り物になっているものだと思う。bookoffでとはいえ、本を購入した僕がどうこう言えることではないですが(笑)

<おまけ>
以上のように著書を通じてしょうもない「いちゃもん」をつけまくった常見さんですが、以前こんなことをつぶやいていたようです。説得力がありすぎ・・・。

「"意識高い系"という病」という本の記述は「いちゃもん」のオンパレードじゃないかという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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「企業の採用基準が"神様スペック"と揶揄されるほど上がっている」という議論は結局何だったのか

8日の毎日新聞に「キャンパる:2012〜13就活最前線 人材コンサルタント・常見陽平さんに聞く どう臨む?心構えは?」という記事が載っていた。記事の中で次のような記述がある。

1、2年生の時から積極的に就活に取り組む学生も多く存在するという。彼らはインターンシップに参加したり、企業人を招いた講演会を開催したりするなどして、早いうちから社会人との交流を行っている。留学や資格取得にも積極的だ。もしそのような友人が周囲にいれば、自分は遅れているのだと焦ってしまいそう。

常見さんによれば、無理に意識してそうなろうとする必要はないそうだ。「多くの大学生って学業もバイトも部活やサークルも、いつも全神経を投入するわけではないけれど、力を入れるところは本当に頑張って、後は遊んだりデートしたり。気がつけば3年生の12月を迎えている。大学院には行かないし、さあ就活しなきゃって感じだと思うんです」

なるほど。確かに記者もそうだった。

でも実際、そんな“普通の大学生”たちは先行している層に比べ不利にならないのだろうか。実は、企業側も特別なことをしたすごい学生だけを欲しがっているのではないのだそう。読む、聞く、書く、話す、考えるなどの基礎能力があり、成長が見込め会社に合った人材を採りたいのだという。

これと同様の発言は、常見さんと海老原嗣生さん・飯田泰之さんとの対談「学生は自分の”キャラクターにあった企業”を探せ!"ニコ生×BLOGOS特別編~就活の真実~"」でも見られる。具体的には常見さんは飯田さんの「俺、大学時代に他の人が体験していないようなことは何もしていないですよ。普通にバイトして、サークル行ったり、旅行したり、合コンしたり。普通の人生でした。(就活生が面接で)特別な体験を語らなきゃいけないプレッシャーって結構多いと思うんですよ」という発言に対して「僕はよくないなと思ってて、人事は"何をやったか、よりもどうやったか"を見ているんですよ。今は結構、誤解されている部分だと思う。凄い体験が必要だといって、被災地に行って、ボランティアしている様子をガッツポーズして写真をとったりとか」と答えている(http://blogos.com/article/44854/?axis=&p=3)。この見解自体は正しいと思う。


ただ、この見解が正しいとなると「常見さんが語っていた"神様スペック採用への警鐘"の議論はなんだったんだ?」という違和感を覚える。これだけだと何を言っているかわからないと思うので、2010年10月の朝日新聞の「"神様スペック採用"見直しを」という記事を紹介したい。そこで常見さんは次のように述べていた。

数年前だったら通ったレベルの学生が通らない。理由は求人数の減少によるものだけではない。グローバル化など環境の変化などから、企業が学生に期待する力は上がっている。気づけば企業の採用基準は「神様スペック」と揶揄(やゆ)されるほど上がってしまった。普通の学生はスゴイ力と経験がなく焦り、就職対策に躍起になりマニュアル人間になる。内定を3~6持っている「内定長者」と、内定がゼロの「無い内定」に2極化。企業側も内定長者に逃げられている。あえて青臭いことを言わせて頂くと、大学の教育がイマイチでも、そこそこの人材でも育成し、化けさせることが日本企業の強みだと信じたい。若者への責任転嫁はいかがなものか

これを読むと、企業が人材育成を放棄してはじめからハイスペックな若者を求めている現状があり、スゴイ力と経験があるハイスペックな若者は「内定長者」となり、そうでない普通の若者が「無い内定」となる構図があるように思える。加えて常見さんは去年の1月の「富士通の職種別採用...、真の意図とは?」という記事でも次のように述べている。

正社員の総合職は、いわば幹部候補生として採用されるわけで、求める能力の高度化が進んでいます。気づけば、どの企業も採用基準がハイパー総合商社マンみたいになっています

これを読むと、冒頭に紹介した記事の「読む、聞く、書く、話す、考えるなどの基礎能力があり、成長が見込め会社に合った人材を採りたい」という記述は一体何だったんだという気がしてくる。


仮に多くの企業が就活生に求める基準が「基礎能力があって成長が見込める」程度のものなら、上述の朝日新聞の記事のように企業に対して「(神様スペック採用をして)若者への責任転嫁はいかがなものか」と突っ込むのは妥当ではないはずだ。また、もし企業が就活生に「神様スペックを備えること」を採用の必要条件に据えているのならば、上述の毎日新聞の記事にある「実は、企業側も特別なことをしたすごい学生だけを欲しがっているのではない」なんてことは言っちゃいけないだろう。常見さんの記述を追っていくと「結局、真実は何なんだ?」という疑問を抱かずにはいられない。まぁ、常識的に考えて「神様スペック」を備えている人「だけ」が内定をとるなんてことはある訳がないので、個人的には朝日新聞の記事などでなされている「神様スペック採用への警鐘」に関する議論の方に違和感を覚えるというわけだ。


なおこれは余談だけれど、常見さんは「就活 "意識の高い学生w"はもはや大学では公害で人害と識者」という記事や著書「"意識高い系"という病」で学生生活、特に就活に前のめりで取り組んでいる学生を「痛い」と評しているけれど、そういう学生を生み出したのは「企業の採用基準は神様スペック揶揄されるほど上がっている」と発信した常見さんの影響もあるんじゃないか?と感じた。「企業が就活生に求めるスペックを高度化させている」という発信がなされていれば、学生もそれに合わせて就活を見据えた学生生活を送るのも無理はないと思うので・・・。常見さんの「企業は神様スペックの学生を求めるようになっている!→学生生活にやたらと前のめりな人、痛くない?」という発信の流れ、こういうのを「マッチポンプ」と言うんじゃないだろうか。


常見さんの一連の発信は「マッチポンプ」と評価できるんじゃないか?という意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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都から是正勧告を受けたはずの「一生懸命塾」の勧誘活動が普通に続いている件~個人情報を聞き出そうとする人からは逃げよう~

前回の記事で取り上げた株式会社もといは「一生懸命塾」という名称の就活塾を運営している(http://www.motoi-isyoukenmei.com/company.html)。軽く検索してみたところ、以前からこの就活塾の勧誘方法が問題視されていたことが分かった。この点については特に「やや日刊カルト新聞」というサイトの「就活学生を狙う【一生懸命塾】の勧誘手法に違和感」、「"入れ替わっている""全部が全部じゃない""新しい理念で"一生懸命塾の勧誘員、グローバルトリニティとの関連を認める」という記事が詳しい。勧誘の様子を画像で確認することもできる。


そんな「一生懸命塾」だが、5日に都から「消費者を威迫して困惑させ、又は消費者に迷惑を覚えさせるような方法で、契約の締結を勧誘しないこと、又は契約を締結させないこと」などの是正勧告を受けたことで、勧誘方法の是正・改善措置を都知事に報告することが求められている(http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2013/03/20n35500.htm)。「これでひとまずは安心だな」と思ったものだが、「一生懸命塾」の勧誘活動は僕の予想を超えていた。


便利なもので、twitterで「一生懸命塾」と検索するだけで、家にいながらして塾の評判・勧誘活動の実態が少なからず分かる。繰り返しになるが都が是正勧告をしたのは今月の5日だが、その後も勧誘行為が行われていたことが分かった。「一生懸命塾」の勧誘方法に対する是正勧告がなされたことは誰でも見れる東京都のホームページに公開されたわけだからさすがにもう少し大人しくするのかと思いきや、全くそんなことは無いようである。


東京都は「一生懸命塾」の勧誘行為の特徴の一つとして「大学や就職合同セミナーの会場付近で、学生に対して、就職活動や学生生活に関するアンケートを実施して連絡先を聞き出し、"明日、就活セミナーがあるので来ませんか"、"絶対にためになる説明会だから聞きに来てください"などと、有料の『就活対策講座』等の受講契約を勧誘する目的以外のことが主要な目的であるかのように告げて、事務所(一生懸命塾)への来訪を要請する」というものを挙げていたけれど、今のところ「アンケートを実施して連絡先を聞き出す」、「"就活セミナーがあるので来ませんか"と告げる」のくだりは何も変わっていない・・・。個人的には「駅や大学前でビラ配りだけ行う」という形の勧誘方法なら分かるけれど、相変わらず就活生から個人情報を聞き出して、その後電話をかけるという方法を採っているようである。


確かに現時点では、「一生懸命塾」が「有料の"就活対策講座"等の受講契約を勧誘する目的以外のことが主要な目的であるかのように告げて」という行為をしたかは明らかでない(もしかしたら、本当にセミナーの勧誘を目的とした声かけかもしれないので)。しかし、正直セミナーをやってそれで終わりになるということはちょっと想定し難い。


また、就活生が事務所に行かずに済んだ場合でも、仮に勧誘電話を何度もかけて就活生に「これだけ電話かけてこられるのは迷惑だな・・・」と思わせるとすれば、それはそれで問題ではないだろうか。ちなみに前述の「やや日刊カルト新聞」の記事には「一生懸命塾のチラシを見せ、説明会へと誘う。そして後日記入させた携帯電話番号にしつこく電話を掛け説明会へ来る約束をさせるのだ」という記述があり、恐らく電話がかかってくるのは1度ではなく何度もかかってくるものと予想できる。この場合は就活生に金銭的な被害はないとは言え、精神的なストレスを被るのは間違いない。


前回の記事で「ななし」さんという方が、こうしたビジネス(というか悪徳商法?)への対応策として「アンケートに答えない。あるいは、知らないところからの連絡に反応しない」、「個人情報を与えない」、「事務所へ行かない」の3点を挙げてくださった。これらはいずれも正しい策だと思うが、就活生の場合はエントリーした企業から連絡が来ることも多いことを鑑みると「知らないところからの連絡に反応しない」という策は取りにくいと思うので、そもそも他人に簡単に個人情報を与えないという点を徹底するべきではないだろうか。個人情報を聞き出そうとする人からは逃げるに限る。


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「あんたは一生成功しない」と強い口調で圧迫して就活生に契約締結を迫った就活ビジネスがあったそうです

以前「こんな就活ビジネスが東京都から是正勧告を受けている」という記事を書いたことがある。他県のことは知らないが、少なくとも東京都は条例に基づき悪質な就活ビジネスを行う企業に対する勧告を行い、且つ勧告の詳細をホームページに記している。問題となった勧誘行為が具体的に記されていたり、企業名も明示されていたりして、これを読むだけでも勉強になる。


そして、東京都は今月の5日にもホームページで「"あなたは一生成功しない"と就活生の不安を煽り、就活支援講座の受講契約を執拗に勧誘していた事業者に是正勧告」という資料を発表した(http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2013/03/20n35500.htm)。これは、「"就活対策講座""人財育成講座"等と称する講座の運営」を業務内容とする株式会社もといに対する是正勧告。会社のホームページを見ると「人間力パワーアップ講座」、「人間力グレードアップ講座」といった名称の講座を開講していることが分かるけれど(http://www.isyoukenmei.com/course.html)、「人間力養成」を謳う企業が都から是正勧告を受けてどうするんだ。


東京都によると、問題となった勧誘行為は①大学や就職セミナーの会場周辺で、「就活生の意識調査」「学生生活のアンケート」などと学生に声をかけて、連絡先を聞き出し、「就活セミナーがあるので来ませんか」「絶対にためになる説明会だから聞きに来てください」などと、「就活対策講座」と称する就職活動を支援する講座等の受講契約の締結以外のことを主要な目的であるかのように告げて、消費者を事務所に来訪させ、契約について勧誘している事実があった②契約を締結しない意思を示した消費者に対し、「今ここで決められないようなら、今後差し迫った状況になっても決断なんてできない」「あんたは一生成功しない」と怒った強い口調で告げるなど、消費者を威迫して困惑するような言動で契約の締結を勧誘③「金額が高いし、入るかどうかは考えたい」「4万円のお金は今ちょっと払えない」などと、消費者が経済的な理由で断りの意思を示しているにもかかわらず、さらに勧誘を継続するなどの迷惑を覚えさせるような仕方で勧誘の3点となっている。①の行為は販売目的不明示、②の行為は威迫困惑、③の行為は迷惑勧誘であることから、それぞれ東京都消費生活条例の第25条に抵触するとしている。


ちなみに①の販売目的不明示、③の迷惑勧誘だが、これは冒頭で記した過去記事「こんな就活ビジネスが東京都から是正勧告を受けている」で取り上げた「株式会社キャリアコンサルティング」がやった行為でもある(http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2010/03/20k3i300.htm)。どうやら、まずは当たり障りのない理由で就活生を事務所に誘い、もし事務所にやって来たらその段階で執拗な勧誘を行う・・・というのが悪質な就活ビジネスの常套手段といえそうである。したがって、就活ビジネスの社員(又は社員の息のかかった学生)が声をかけてきた段階で講座の契約締結に関する話が出てこないとしても、それは警戒を怠る理由にはならないということだ。


東京都は「若者を取り巻く雇用情勢の厳しさに伴い、就活を支援する塾や、コミュニケーション能力向上等をかかげた、いわゆる自己啓発セミナーに関する相談が、都内消費生活センターに寄せられています」と述べている。被害にあったけれども相談をしていない人も含めれば、それなりに多くの人数が悪質な就活ビジネスの執拗な勧誘にあい、最悪の場合は契約締結に至ってしまっているといえるのかもしれない。就活生の不安につけこんで一儲けしようとする輩について、このブログで取り上げたことがある既卒者カフェでもこんなことがあったそうな。誤解しないで欲しいが、これは既卒者カフェが就活生を食物にしようとしていることを意味するわけではないし、また現在既卒者カフェは「営業・勧誘行為は禁止です」という注意書きも付している(例えばhttp://kokucheese.com/event/index/66183/)。あくまでも、就活生が勧誘のターゲットになりやすい現実があるということを言いたいだけである。可能な限り変なビジネスに引っかからないよう意識するに越したことはないし、もし引っかかってしまった場合は、事後的な対応策として東京都消費生活総合センターなど、適切な相談窓口に問題を訴えることが重要だ。

就活生の不安を煽った挙句に「人間力養成」の講座を開講するなんておかしいんじゃないかという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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