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就職活動研究会が出した「会社別就職試験対策シリーズ」は就活生を舐めているのか?

久しぶりに本屋の「就職試験」コーナーに足を運んでみたところ、「就職活動研究会」が出している「会社別就職試験対策シリーズ」という本がずらりと並んでいることに驚いた。これは「三菱商事の会社研究 2014年度版」、「川崎重工業の会社研究 2014年度版」、「NTTドコモの会社研究 2014年度版」、「三菱UFJ モルガン・スタンレー証券」など、業界単位ではなく、所謂一流企業と言われるところの個々の会社ごとに研究が出来る形をとっている(http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AC/s?ie=UTF8&field-author=%E5%B0%B1%E8%81%B7%E6%B4%BB%E5%8B%95%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A&page=1&rh=n%3A465392%2Cp_27%3A%E5%B0%B1%E8%81%B7%E6%B4%BB%E5%8B%95%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A)。


本の表紙を見た段階では、「おそらく、会社のビジネスの詳細について詳しく説明したり、会社の社員が出てきて社内の雰囲気を伝えたりして、就活生の企業理解を深める中身に仕上がっているのだろう」と想像していた。しかし、試しにいくつか本を手にとって立ち読みしてみたところ、一気に「これは、ただのぼったくりじゃないか?」と考えが変わった。正直「ここまで酷い本は初めて見た」と言ってよいレベル。とてもじゃないが、こんな本に1575円の価値はない。


勿論こんな本は買っていないので覚えている範囲で本の基本的な構成を述べると、「①企業概要・選考プロセスの説明→②どのように就職活動を進めていくか、その一般的な説明→③SPI対策→④話題になったニュース紹介」というものになる。そして「酷い」と感じた点は2つある。


第一に、いくつか本を手に取った限りでは、上で説明した構成の②~④の中身がどれも共通しているということだ。この時点で「就職活動研究会」の手抜きが感じられる。例えば、筆記試験の出題形式は企業ごとにそれぞれ異なるのだから、企業ごとに対策本を出すとすれば「A社の筆記試験はSPIだからSPI対策が出来るような構成に、B社の筆記試験は玉手箱だから玉手箱対策が出来るように・・・」と考えるのが自然のはずだ。しかし、この「会社別就職試験対策シリーズ」にはそのような違いは見られない。そんなことすらしないで、企業ごとに本を出すんじゃない。


第二に、上で説明した構成の内の①は企業ごとに内容が異なるのだが(当たり前)、その内容も酷い。これはぜひ立ち読みしてほしいけれど、内容の大半が有価証券報告書のコピペだったので(笑)企業のホームページを見れば確認できるレベルのものでここまで堂々とページ数を稼げる神経は、逆にすごいとすら思える。このシリーズの本を買ってしまった人からすれば、間違いなく本を燃やしたくなるレベル。


実際にamazonのレビューを見てみると本へのブーイングが寄せられているので、ご紹介。やはり「この本はクソだな」と感じた僕の感覚は間違っていなかった。

このシリーズは買わない方が良いです。中身ゼロです。(装丁にだまされてはいけません)(本の大半を占めている)最新の企業情報→有価証券報告書の貼り付け(企業のHPで無料で見れます)採用データ→おそらく「みんしゅう」のコピペ(情報薄すぎ)一般常識試験問題→企業対策本に必要ありません。就活生を馬鹿にしているとしか思えない内容です。こんなクオリティの低い本を初めて見ました。あまりにむかついたので、本を破いて捨てました。皆さん、気をつけてください(三井不動産)。

これは酷い。あまりにも酷い。会社研究とか書いてるけど,みん就の内容そのまま。そして,100ページ以上にわたって有価証券報告書をそのまま貼り付けてある。まとめも解説も一切なく,ただそのまま貼り付けてある。こんなの,ネットで無料で見れるよ・・・

自己分析・エントリーシート・面接攻略法,と書いてるから,てっきり日立のESや面接に重点を置いた内容かと思ってたら,そんなことはなかった。敬語の使い方とか,5W1Hとか,ひたすら一般論が述べられてるのみ。筆記試験はWebテストって第1章に書いてるのに,2章以降は一般常識試験の対策法,論作文の書き方説明が書いてあるし.手抜き感が半端ない。タイトルに釣られて買ってしまった自分が馬鹿だった・・・(日立製作所)

僕はこれらのレビューに心から共感する。どうせこのシリーズの「2015年度版」も出るのだろうけれど、この本のクソさがこの記事を通じて広まって、本を買うのをやめる就活生が増えれば嬉しく思う。そして理想を言えば、本を出した「就職活動研究会」、並びに「協同出版」ともに消滅してもらえると助かります、冗談抜きで。

就職活動研究会が出した「会社別就職試験対策シリーズ」はクソ過ぎるという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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「批判的に物事を見る力」を養うにあたっては「芸人の書籍」が有効なテキストとなり得る

前回の記事でたびたび「考える力」という言葉を用いたけれど、その言葉が具体的に何を意味するのかははっきりと示さなかった。DSSのホームページを見る限りでは、辻さんがこの言葉を「新しい発見を得ようとしたり、前例のない問題に挑戦したりする時に、自分の頭で考え、方針を決め、正解を探す力」と捉えていることが分かる(http://www.npo-dss.com/faq.html)。しかし、これでも依然として抽象的である感は否めない。


もっとも、辻さんの「新しい発見を得ようとしたり」という記述から考えるに、少なくとも「考える力」の一つに「批判的に物事を見る力」が含まれることは間違いないはずだ。まさか、人の意見を鵜呑みにしまくる人が「新しい発見」を得るなんて事はちょっと考えがたいだろう。


この「批判的に物事を見る力」は、池上彰さんが著書「学び続ける力」にて「大学で身につけたいこと」の一つとして挙げている能力でもある。池上さん自身も学生時代、ゼミの指導教授から「参考文献は批判的に読め。すべては疑い得るものだ、という観点で勉強しなければならないのだ」と教わったらしい。そして池上さん自身も「少なくとも学者や読書の世界においては、とりあえず全てを疑ってみることが大事です」という考えを持つに至っている。


この「批判的に物事を見る力」をどのように養うか。この点、池上さんは「批判力を身につけるのに大切なのは、何についても"引っかかるところを見つける"ことです。本も、引っ掛かりを見つけるつもりで読む、著者はこんなことを言っているけれど、本当かな?と思いながら読む、そうすると時々"あれ?"ということに出合います」と述べている。これが間違っているかというとそういう訳ではないのだけれど、一方で「それはそうでしょ」という以上の感想を持てないのも否めない。肝心なのは、池上さんの言う「引っかかるところを見つける」感度を如何にして高めていくかという視点ではないのか。


では、その感度を身につけるにはどうしたらよいのか。正直それが分かれば苦労はしないのだが(笑)、一つ思うこととしては「引っかかるところを見つけた上で、ツッコミを展開した例」にいくつか触れてみることが有効なのではないかと考えている。そしてその例は、芸人の書籍に記されていることが多いという印象がある。


例えば、千原ジュニアさんの著書「うたがいの神様」には「鵜呑みにする」というフレーズに関する思考が記されている。

そもそも「鵜呑み」という言葉が鵜呑みにできない変な言葉です。鵜飼い漁って一度はみんなテレビで見たことあると思いますけど、鵜は魚を丸呑みした後で、そのまんま漁師に吐き出してますからね。呑んでもないし、消化もしてない。ということは、「よく理解せずに物事を受け入れる」という意味の先に、「受け入れたフリをして、そのまんま吐き出す」という意味もあるはずで。一回飲み込んで、呑みこんだと周囲を油断させておいて「吐き出す!」みたいな。

この思考に賛同できるかどうかは、この際あまり問題ではない。大事なのは「鵜呑みにする」という普段何気なく使っている言葉に対しても、頭の使い方しだいでツッコミを展開し、新たな解釈を提出することが可能になるということだ。こういう例をいくつか目にすることで、少なくとも「批判的に物事を見る姿勢」くらいは身につけることができ、それがひいては「引っかかるところを見つける」感度を、さらに長期的に見れば「批判的に物事を見る力」の養成につながっていくのではないだろうか。個人的には特に、ビートたけしさんの「だから私は嫌われる」という本をお薦めします。実際に読めば分かるけれど、文章がキレキレ過ぎる・・・。


なお、千原ジュニアさんは前書きで「普段当たり前のように使っている言葉の中に"何かおかしいぞ?"と思うことはたくさんあります。当たり前のようにみんなが見てるものの中に、"これ、あかんぞ?"と思うものがたくさんある」と述べている。特に芸人の書籍をヒントにした上で、例えば移動中の機会にでも、日常生活でよく使うある特定の概念・フレーズを頭に思い浮かべ「これに何か突っ込むことは出来ないか。あるいは、違う解釈を編み出すことは出来ないか」と思考を紡ぐ練習をしてみると良いのかもしれない。


「批判的に物事を見る力」を養うにあたっては「芸人の書籍」を読み、彼らの思考法を知ることが役に立ちそうだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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「大学の講義なんか、どれも役に立たない」と考える人が覗いてみるべきサイト

本屋で「なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?」というタイトルの本を目にしたことがある人も中にはいるかもしれないが、この本の著者の辻太一朗さんは「DSS」というNPO活動に取り組んでいらっしゃる。この「DSS」の正式名称は「大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会」という(http://www.npo-dss.com/index.html)。


辻さんの問題意識は、DSSのホームページにも書かれているように「大学・企業・学生の3者間に"負のスパイラル"が存在している」ことにある。この「負のスパイラル」とは具体的にどのような事態を意味しているのか。それは、辻さんの著書「就活革命」に書かれている(冒頭で取り上げた「なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?」は、ちょっと値段が高いと思ったので、買ってません笑)。


その「負のスパイラル」とは、次のように書き表せる。

企業「大学教育は信用できないし、優秀な人材を早く確保したいから、さっさと人材を募集してしまおう。大学の成績は不問ということで」→学生「じゃあ、勉強しなくて良いや」→大学「学生が早く就活を始めてしまうから十分な教育が出来ない・・・」→企業「なんか弱い学生が増えている気がするなぁ。尚更、さっさと人材を募集しなきゃ!」→学生「じゃあ、勉強しなくて良いや」・・・(以下、ループ)

このような「負のスパイラル」を受けて、辻さんは「日本全体で弱い学生を作っている」と評価する。その上で、そのような「弱い学生」を生み出すスパイラルに歯止めをかけないことで企業の競争力が低下することの危険性、並びに熱心に勉強している他国の学生に太刀打ちできなくなる可能性を指摘する。


このような問題意識から、辻さんはDSSの活動内容の一つとして「"考える力"を評価している授業、育成している授業を調査・公表し、採用活動時の参考として活用してもらえるように企業にご提供する」というものを据えている(http://www.npo-dss.com/company.html)。要は企業に、例えば「この人は"考える力"を評価している授業で好成績を取っているから、論理的思考力や分析力が備わっているんじゃないか?」と推定させることを狙っているということだ。


そしてこの間久しぶりにDSSのホームページを見て驚いたのだが、DSSが既に「調査結果」として、「"考える力"を育成している授業」、「"考える力"を育成している授業」の例を公表していることが分かった(http://www.npo-dss.com/results.html)。前者の例を一つ紹介。

講義名:国際関係論  講師名:重村 智計

<授業内容>
授業は学生から先生への質問をさせたりディスカッションを行うなど学生に考えさせる内容が8割程度を占めているらしい。具体的には北朝鮮問題について新聞記事をもとにしたディスカッションや、ニュースの受け売りではない自らの意見を表明することが求められる。6割程度の割合でなんらかの課題が出される。配布された資料を読んでくることや、3回に一回程度簡単なレポートが課されたりする。また毎日新聞を読んで時事をチェックすることが求められる。

勿論、企業がすぐにDSSの公表を鵜呑みにすることは無いだろう。しかし、このような優れた講義を公表していくことによって、一部の企業・面接官が持っているであろう「どうせ大学の講義なんか何の役にも立たないだろう」という偏見を無くしていくことが出来るかもしれない。そして辻さん曰く、もともと企業が採用活動を早期化させていった背景として「大学教育への不信」があったわけで、裏を返せばその不信感を除去できれば、学生が自分の好奇心に沿って学びたい分野を学ぶことで力をつけ、企業がそれを評価するというサイクルが出来る可能性があるといえる。


僕自身もこの間反省したけれど、印象論で「日本の大学教育はダメだ」と判断してしまう人は、一度その姿勢に疑問を持つべきではないか。「100%大学教育を礼賛する姿勢」はさすがにちょっとどうかしていると思うけれど(笑)、一方で中には学生に力をつけさせるきちんとした講義もあるということをDSSのサイトを見ることで感じることが出来る。現時点では調査対象が首都圏の有名大学に偏っているけれど、おそらく今後調査対象は拡大していくだろうし、また学生の側から「~な力をつけられる講義が私の大学にはあるんですよ」とDSSに情報提供することで、さらに現在の大学教育の質に関する情報のストックを積み上げていくことが出来るだろう。特に「せっかく勉強をがんばったのに、どうも企業はそもそも学業の話に興味を持っていないように思えるな」という違和感を覚えている人は積極的に情報を提供するとよいかもしれない。


DSSが公表する「"考える力"を育成している授業」、「"考える力"を育成している授業」の例は興味深いという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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<小ネタ>モンスターエンジンの漫才を見ながら、柳井正さんらを笑おう

今日は息抜きを兼ねて、小ネタとしてある漫才を一つ紹介したいと思います。


お笑いコンビ・モンスターエンジンのネタの一つに「不良を説得する」というものがあります。そのネタの開始1分半くらいからのやり取りが、「激しい競争を勝ち抜くためには、労働基準法違反も仕方がない」という趣旨の主張を笑い飛ばすために有効なものなのです。    
興ざめかもしれませんが、動画が消えた時のために該当箇所の文字起こしを。

タバコは20歳からです。決まってます。社会のルール。それを皆が守っていくから世の中が流れていくねんな。何にでもルールあります。サッカーでもそう。サッカーは手は使ってはいけません。足だけでしましょう。それがサッカーな。それを君は、サッカーのグラウンドでボールを鷲掴みにしたまま走り回ってるんですよ君は!分かりますか!君はボクシングでずっと蹴りまくってるんですよ、バンバンバンバン!君はマラソン大会ですぐタクシーに乗る!図書館でエレキギターを弾きまくってるんですよ!電話ボックスは、カラオケボックスちゃうからね!

例えばユニクロなんかは「サービス残業が常態化している」と批判されることがあるけれど(http://news.livedoor.com/article/detail/7464206/)、もし「労働基準法違反云々だとか、法律の話はとっつきにくいな・・・」と感じる人がいるとするならば、その場合はモンスターエンジンの漫才を見て「サッカーのグラウンドでボールを鷲掴みにしたまま走り回ってる柳井さん」や「マラソン大会ですぐタクシーに乗る柳井さん」を思い浮かべてみると、面白おかしく日本の労働環境について違和感を持つことが出来るようになるかもしれません。勿論柳井さんを笑い飛ばすだけでは事態の改善には何もつながらないけれど、あくまでもこれをきっかけにして「手を使わずに、ちゃんと足をつかってゴールを奪おうとするチーム(会社)が不利になるのはおかしい」、「マラソン大会で、まじめに自分の足で走っている人よりも、タクシーを使って先にゴールしたほうが評価されるのはおかしい」といった疑問を持つことにつなげることが出来れば、それはそれで有益といえるのではないでしょうか。

モンスターエンジンの漫才でなされている「ルール違反の例え」は面白いし、的確だという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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「"良い会社"から内定を得た人→優秀」、「内定がない人・不人気な業界に就職することを余儀なくされた人→無能」という構図に対する疑問

以前「朝井リョウさん"就活の時期は、人を測る目盛りが"内定がある・内定がない"というたった一つだけになる"」という記事を書いたことがある。ここでいう「人を測る目盛りが"内定がある・内定がない"という一つだけになる」とは具体的には、特に俗に言う「良い会社」から内定を得た人には「十分な能力を備えているし、様々なことに努力して充実した人生を送ってきた人だ」という評価が与えられる一方で、内定がない人・不人気な業界に就職することを余儀なくされた人に対しては「能力が十分でなく、堕落的な生活を送ってきたのだろう」という評価が与えられる傾向があることを指していると言って差し支えないと思う。


確かに「"良い会社"から内定を得た人→優秀」、「内定がない人・不人気な業界に就職することを余儀なくされた人→無能」という構図は必ずしも間違っているとは言えないのかもしれない。しかし僕は、「"良い会社"から内定を得た人」を過大評価し、「内定がない人・不人気な業界に就職することを余儀なくされた人」を過小評価する声があるのではないか?という問題意識を抱いている。


最近この問題意識を強めた理由としては、松本孝行さんの「餃子の王将のスパルタ研修…他の方法はあるのか」という記事を読んだことが挙げられる。僕はこの記事を受けて「松本孝行さんによる"社会にでるまでに教育をしっかりとされて来なかった人たちをどうやって救うか?"という問題提起は重要だ」という記事を書き松本さんの問題提起を高評価したが、一方で「"外食産業に就職する人=社会にでるまでに教育をきちんと受けてこなかった人"と推測するのは安易だ」と松本さんを批判する文章も書いた。


松本さんは自身の記事の中で「読み書き計算もろくにできない状態で、コミュニケーション能力も低い状態の少年少女がいきなり仕事が出来るでしょうか」と記し、即ち外食産業に就職した人が「読み書き計算もろくにできない状態で、コミュニケーション能力も低い」という前提に立っている。だから「一つ一つ論理的に説明して理解できるレベルの人材ではないからこその研修方法なのでしょう」とスパルタ研修を肯定する考えをお持ちになった(ちなみに松本さんはBLOGOSのコメント欄で「外食産業=バカとは言っていませんが、他の企業で採用されなかった人達が多く集まるのが外食産業というのは間違いないと思います」と言っているけれど(http://blogos.com/article/60148/)、それに対しては「いや、松本さんの文章を読む限り明らかに"外食産業=バカ"と言ってますけど」としか思えない)。


しかし、この前提は果たして妥当なのだろうか。もし外食産業に就職した人、あるいは内定がない人・(外食産業に限らず)不人気な業界に就職することを余儀なくされた人が松本さんの記事を読んだ場合、次のような思いを抱くのではないかと僕は想像している。それは「確かに多くの会社から断られたということで自分は面接が下手なのだろうけれど、読み書き計算は別に問題なく出来るんですけど・・・」という思いだ。要は、過去記事にも書いた通り「勉強はきちんとやってきたけれど、自分をアピールするのが苦手な性格のためになかなか就職が決まらず、最終的に外食産業に就職したという人」もいる可能性が十分考えられるということだ。


さすがに多くの会社から断られた人が「万能」な能力を備えている(そして面接官がその「万能さ」を見抜けなかった)とは正直考え難い。加えて、その人が何かしら致命的な欠点を備えているという可能性すらある。しかし一方で、そのような人が部分的に十分な水準の、あるいは他社と比べて優れた能力を備えている場合も考えられないか。例えば、もしかすると「読み書き計算」能力に関して言えば、「多くの会社から断られた結果として外食産業に就職した人」の方が「webテストを友達にやってもらって大手・有名企業に就職した人」よりも優れているという場合もあるかもしれない(ただ勿論、webテストを友達にやってもらった結果として大手・有名企業に就職したといっても、その人が「読み書き能力」とは別の能力を備えていることは恐らく間違いない)。このようなケースを想像してみた上で松本さんの主張に目を通すと「"多くの会社から断られた"という事実をもって、"~な能力がない、~な能力もない"と単純に推定するのは安易すぎるんじゃないか」という気がしてくる。


これは既に何度か書いていることだが、内定が出ている人・内定が出ていない人共にそれぞれ「長所」、「短所」双方があるはずなのに、特に内定が出ていない人(+不人気業界に就職した人)に対しては「内定がないんだから(不人気な業界に就職することを余儀なくされたのだから)、~な能力も、~な能力も欠けてるんでしょ?」という推定がなされ、その長所に目が向けられないのだということを松本さんの記事を読んで再確認した。しかし、そのような考え方はどうなのだろうか。別に内定が出ていない人+不人気業界に就職した人の能力を過大評価する必要はないと思うけれど、安易に人を過小評価する考え方には僕は同意できない。

<補足>
松本さんの問題提起を知るには、本記事で取り上げたエントリーよりも、コメント欄で「ななし」さんが紹介してくださった「下流層を切り捨てますか、下流層と共に生きますか?(http://agora-web.jp/archives/1530845.html)」を読むのが良いと思います。

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雇用者「あなたの大学の専攻には、あんまり興味ないです」・・・企業が大学教育に注文をつける動きは、海外でも同様らしい

ここ最近「就活開始時期を遅らせよう」という議論が活発化してきている。就活時期の後ろ倒しの趣旨の一つは、就活が学生の勉強する時間を奪っている事情があることを鑑み、その学業の時間を確保するためとされている(http://seiji.yahoo.co.jp/close_up/1279/)。


しかしこのような議論に対しては、「"就活が学業を阻害している"と言うけれど、そもそも大学の講義が魅力あるものとは言えない」という批判が寄せられることが多い。実際に、経団連の米倉会長は4月8日の記者会見で「就職活動期間の短縮化は学生が学業に専念することを目的としているが、そのためには大学も魅力的な授業を行い、学生の学業に対する関心を高めていく必要がある」と発言している(http://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2013/0408.html)。また、常見陽平さんも著書「くたばれ!就職氷河期」にて「"就活により学業が阻害される"と言われると、企業の採用担当者の立場で言うならば表向きは"すみません"と言うしかない。しかし、あえて暴言を言わせていただくならば、"では、大学の勉強は立派なものなのか?"ということをぜひ問いかけたい。自らの教育の中身を棚に上げて、就活だけを悪者にするのは、逆にエゴとしか言いようが無い」と批判している。


このように、経済界の立場からすれば大学教育の質に対して疑問の目が向けられていることが伺える。そして日本とは話のレベルが異なるとは言え、「学生が必死に勉強している」というイメージが強いアメリカでも、企業が大学教育に注文をつける動きがあることが分かった。


今月の10日に、ウォール・ストリート・ジャーナルに「Your College Major Is a Minor Issue, Employers Say」と題した記事が掲載された。これをざっくりと意訳すると「"あなたの大学の専攻には、あんまり興味ないです"と雇用者は言った」という表現になるだろうか。


ウォール・ストリート・ジャーナルが参照したのは、"Association of American Colleges and Universities"という組織が行った調査である。そして、組織のホームページを見てみると、その調査の具体的な内容が"It Takes More Than a Major: Employer Priorities for College Learning and Student Success"と題したレポートにまとめられていることが分かる。


ウォール・ストリート・ジャーナルの記事のタイトルの元となった記述は、恐らく同調査における"Nearly all those surveyed (93%) agree, a candidate’s demonstrated capacity to think critically, communicate clearly, and solve complex problems is more important than their undergraduate major."というものだ。これはつまり、雇用者が「求職者の大学の専攻」よりも「批判的思考」、「コミュニケーションが円滑に出来るか」、「複雑な問題を解決できるか」という能力を採用に際して重視していることが分かる。


なぜ雇用者は、求職者の大学の専攻を重視しないのか。それはウォール・ストリート・ジャーナルの記事における"Just 56% of employers expressed satisfaction with the job colleges are doing to prepare graduates for workplace success. And while 67% believe college graduates have the skills and knowledge needed to succeed in entry-level positions, just 44% think graduates have what is required for any real advancement in their organizations"という記述から伺えると言えるだろうか。要は「雇用者は、大卒者が大学で身につけてきた能力に満足していない」ことを示す記述である。ウォール・ストリート・ジャーナルはこの事実を受けて"Schools have plenty of room for improvement"と、つまり大学教育に改善の余地が大いにあると評価している。


正直僕としては、アメリカの大学は講義が厳しい代わりにきちんとした教育の機会を提供し、且つ学生も必死に勉強しているという印象を抱いていたので、このウォール・ストリート・ジャーナルの記事には驚いた(もっとも、「雇用者の要求水準が日本と比べて高い」とは言えそうだけども・・・)。アメリカの大学に対する評価すらここまで厳しいものなのだから、仮に今回の調査に回答した雇用者が、日本の大学・学生を評価したら一体どのようなことを言ったのか。想像してみると、正直恐ろしい(笑)しかし、主に日本の大学関係者は、それを想像することから逃げてはいけないと思う。 

※(4.21追記)コメント欄で指摘されているように、今回の記事は論理展開にかなり問題があります。コメント欄では僕の記事の問題点、並びに議論の軌道修正がなされているので、この記事を読む際にはコメント欄まで目を通すことを強くお薦めします

※(さらに4.21追記)コメントを受けて、一部の表現を修正しました。これで滅茶苦茶だった文章の流れを多少は修正できたのではないかと。

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日本の若年失業率/失業率を低くしている要因は、「ブラック企業の存在+悪質な労働環境を我慢する労働者」なのではないか?

以前このブログでも取り上げたことがある「ブラック企業アナリスト」の新田龍さんが、自身のブログで、自民党による「ブラック企業」公表提言の評価をしている(http://ameblo.jp/nitta-ryo/entry-11508075279.html)。新田さんは、自民党の提言には評価できる点と共に懸念点もあると考えている。


その懸念点とは「政府が正社員の雇用と待遇を改善しようとすればするほど、企業は正社員の採用を躊躇することになるだろう(中略)(正社員の採用の)"負担が重い"と感じられれば必然的に採用基準が厳しくなり、失業者が増えることになりかねない」というものだ。これは裏を返せば「現在企業が正社員の採用をそれほど躊躇せず行い、失業者を比較的少なく抑えられているのは、政府・企業共に正社員の雇用と待遇を改善しようとする意思が希薄だからだ」ということを言っているようなものではないか。つまり、企業が「社員にサービス残業させたり、低賃金でこき使っても別に良いでしょ?」と思い、且つ政府も事実上それを黙認してきたからこそ企業は人を雇えているのであって、仮に政府の黙認状態が解除された場合企業は「入社してきた社員の待遇をきちんと整備しなきゃいけないことを考えると、あまり簡単に人を雇うわけにはいかないな」と考えるようになるであろう・・・というのが恐らく新田さんの考えだろう。


新田さんが言う懸念点を目にして、一つの考えが思い浮かんだ。それは「日本の若年失業率/失業率を低くしている要因は、ブラック企業の存在+悪質な労働環境を我慢する労働者なのではないか?」というものだ。


一般的に、日本の若年失業率が欧米と比べて低く抑えられている理由としては「新卒一括採用」の存在が大きいと語られている。この意見の前提としては、欧米の企業では業務未経験の人材が受け入れられにくいのに対して、日本企業は「新卒一括採用」という採用慣行を通じて何もできない業務未経験の新卒を採用し、且つコストをかけて採用した人材を育ててきたことで多くの若者が働けるようになってきた、というストーリーがある。そのストーリーが全面的に間違っているとは言わないが、一方で「日本の若年失業率の低さ」という実態が示す現状は必ずしも明るいことばかりではないのではないか。


以前「初めから若者を使い捨てることを前提としている会社の求人を含めて"求人はある!"なんて言うべきではない」という記事でも書いたが、現在企業が出している求人の中には「若者を入社後にこき使うこと」や「助成金目当てで若者を雇用した挙句に、切り捨てる」ことを意図しているものがある。なぜこのようなふざけた求人がまかり通っているのかと言うと、企業がそのようなふざけた求人を出し、且つ入社後に低条件で働かせても、それが問題となる動きが鈍い状況が続いてきたからではないか。そして、一部の若者・・・というか求職者は金銭の必要性などからそういった企業で働くことを受け入れざるを得ず、且つ離職しても次の仕事が見つかるか分からないので、そのふざけた企業で働き続ける。僕としては、失業率の数字が低く抑えられている背景にはこのような事情もあるのではないかと考えている。


今回の記事を書く過程で、「"新卒一括採用"という採用慣行がない欧米の若者たちは苦しんでいるのか?」という記事のコメント欄に、次のような意見を頂いていたことを思い出したので、紹介したい。

失業者の定義もそうですが、果たして仕事のない欧米(ヨーロッパと言っても国によって賃金水準が非常に異なると思うのでここで言うヨーロッパは日本やアメリカと賃金水準が同等や近い国です)の若者が日本でブラック企業と言われるような労働条件・環境の企業に就職口があったとして、就職するのかな?という疑問が浮かびます。つかないとすれば(そもそも社会的にそういった求人は認められない?)、失業率が低いとはいえ、ブラック企業に就職せざるを得ない若者も多いと考えられる日本と比較すれば、そりゃあ失業率も高くなるのかなと思います。これに関しては、若者に限らず全年代について言える事ですが。

これを換言すると「日本の若年失業率が低いと言っても、その低さは"ブラック企業に仕方なく入社した若者"の存在によって支えられている」という意見と言える。もしこの考えが正しければ、仮に数字上日本の若者が欧米の若者と比べて恵まれているように見えたとしても、本当にその数字を鵜呑みにして良いのか?という疑問が浮かぶ。まだ仮説の段階だけど、僕個人は「新卒一括採用」の存在よりも、今回の記事で書いてきたような事情の方が「日本の若年失業率が他国と比べて低い理由」として適切なものだと思っている。

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常見陽平さん「自民党のブラック企業対策案は、人気取りにすぎない」・・・はぁ?

Yahoo!みんなの政治の「政治クローズアップ」というページにて「ブラック企業は公表で減るか」というテーマが議論されている(http://seiji.yahoo.co.jp/close_up/1275/)。これは、自民党雇用問題調査会が検討している若者対策の一つとして、俗に言う「ブラック企業」対策が掲げられたことを日経新聞などが報じたことを受けてのものだ。日経によると、対策の具体的な中身は「(1)重大・悪質な場合の司法処分と企業名の公表 (2)問題企業への就職抑制策の検討 (3)相談窓口の開設」の3点らしい(http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakajimayoshifumi/20130412-00024370/)。


これらの提案については大筋では文句があるはずはなく、あとは如何にしてこれらの提案を効果あるものにしていくのかという点を詰めていくことを考えるのが生産的だ。今はまだ「検討」の段階に過ぎないので、現時点で日経が報じる自民党の対策案に懸念となり得る事項が見られたとしても、それをもって「自民党の案はダメだ」と根本的に切り捨てるのはどうかしている。このような考えから、僕は山本一郎さんの「もちろん、一足飛びに必要な政策をいきなりすべて打てると言うわけではないのも事実ですから、今回政府が打ち出した政策がいけないという話ではありません。ただ、これを一里塚として、どのような将来像を示すのか、未来の我が国の労働環境というのはどういうものを理想として改善を図っていこうとするのかは、もう少しきちんと見せてもらい、国民の間での議論として盛り上げていくべきだろうと感じます」というスタンスに賛成だ(http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20130414-00024399/)。 


ところがyahooのページを見ると、その「どうかしている」記事が一つ紛れ込んでいることが気になる。常見陽平さんの「自民党のブラック企業対策案は、人気取りにすぎない」という記事だ。


別に自民党も常見さんにこんな記事を書かれたからといって「そんなことを言うなら、もうブラック企業対策なんかやらない!」なんて子供みたいなことを言い出すわけはないだろう。ただ自民党が文句を言わないにしても、僕からすれば、よくも常見さんは自民党が検討している3点の対策案を「人気取りにすぎない」なんて言えたものだと思う。「これら3点の案を、どのように運用していくか」ということは確かに考えなければいけないけれど、これらが労働者の保護のために必要な対策であることには疑いがないと感じるからだ。そのような必要性を備えた対策を提案することを「人気取りに過ぎない」と評するなら、①なぜ、自民党の対策案は妥当ではないのか②別の実効性ある策をそれぞれきちんと述べて欲しいところだけれど、常見さんの記事を見る限りどちらも微妙・・・。


①について。常見さんは例えば「(1)重大・悪質な場合の司法処分と企業名の公表」という案に対して「不当解雇やサービス残業などは問題だが、そのようなものはなかなか表面化しない。あるいは異議申立てをしづらい。また早期離職については、これは、リクルートやアクセンチュアのように、独立志向の自立型人材が多数入社し、どんどん卒業していく企業なども早期離職が多い会社に数えられてしまうとしたら問題だ。早期離職というのは単に数字だけで把握してはいけない問題である」と批判している。要は「運用がうまくいかない or 難しいだろう」という話だ。


しかし一方で安藤至大さんの「社名の公表をする際には,先述の通り基準が必要となる。人によって求めるものと許容範囲が異なるため,これは誰にとってもアウトであるという基準を設定し,その基準に抵触する企業をまずブラック企業として公表する必要がある」という主張(http://bylines.news.yahoo.co.jp/andomunetomo/20130415-00024408/)、中嶋よしふみさんの「問題のある企業を政府の裁量で"ここまでは公表しないがこれ以上は公表する"と勝手に判断して公表するのではなく、問題発生の兆候となりうるデータの公表を全ての企業に義務付ければ良い。例えば以下のような項目を公表させれば、経営者の行動は確実に変わるだろう。 平均的な残業時間、勤続年数、新卒社員の3年後離職率、育児休暇の取得実績、有給休暇の取得率、自殺者数、労災認定数」という主張(http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakajimayoshifumi/20130412-00024370/)、あるいは渡邉正裕さんのというツイートから分かるように、やり方次第では―具体的にはきちんとした基準をいくつか設けてこれらを総合的に判断した上で「重大・悪質な場合」であると認定するようにすれば―、常見さんが懸念するような「独立志向の自立型人材が早期離職していくことが多いリクルートやアクセンチュアも問題企業になっちゃうじゃないか!」という事態は起こりにくくなるだろう。上記の3人の主張を目にした後だと、とにかく常見さんの話が薄っぺらく見えてくる。


②について。自民党の案を批判した常見さんの代替案を見ると、その代替案は「労働者へのリテラシー教育」というもの。正直自民党の案を「人気取り」とまで言っておきながら提示したのがこの程度の案なのかと思っている。勿論、この提案そのものが悪いという訳ではないけれど、この案とは別に自民党が提案しているような対策も確かに必要なのではないか。むしろ労働者・学生一人ひとりに教育を施していくよりも、自民党案の「(3)相談窓口の開設」に関連して、相談窓口の広報活動の過程で「~なことで困ってる人は、一度相談してみませんか?」と呼びかける方が、リテラシー教育を施したのと同等で、且つ短期的な効果が見込めるのではないかと僕は思う。


僕としては、自民党が掲げているとされる対策案の方向性は概ね良いものだと感じる。勿論僕の感覚が間違っている可能性はあるけれど、少なくとも常見さんの記事を読んだことで考えが変わるということはなかったし、常見さんが言う「(自民党の案は)ブラック企業という流行語にのっかった人気取りではないかとすら思ってしまった。これでは00年代後半から続くネット上でのブラック企業都市伝説を面白がる風潮とまるで変わらないのではないかと考える」という意見には全く共感できなかった。常見さんの解釈は相当歪んでいるんじゃないか。歪んだ解釈に基づいて必要な対策を試みようとする動きに疑問の目が向けられるのは避けたいし、まずは常見さんのような人にはとにかく黙っててもらうことを求めるのが、ブラック企業対策の一環として必要なのかもしれない。

自民党が掲げているとされる対策案の方向性は概ね良く、常見さんのツッコミはズレているという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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松本孝行さんによる「社会にでるまでに教育をしっかりとされて来なかった人たちをどうやって救うか?」という問題提起は重要だ

以前「新入社員のコンプレックスにつけこんで、彼らを"働きすぎ"の状態に陥らせる経営者たちはクソだ~"餃子の王将の新人研修"を題材に~」という記事で餃子の王将の新人研修を批判したことがある。僕の見解では、当該研修が単に「気持ち悪い」というレベルを超えて、研修後に社員を過剰に働かさせるための機能を担っていると感じたからだ。ところが一方で、つい最近当該研修を評価する記事が書かれている。


それが「アゴラ」に掲載されている松本孝行さんの「餃子の王将のスパルタ研修…他の方法はあるのか」という記事だ。記事の内容を簡単に言えば「餃子の王将に入社してくるような人は能力が低い可能性が高いから、そういう人材を"使える"ようにするためにスパルタ研修を課すことも一理あるのでは?でも、自分はスパルタ研修は無くすべきだと思うから、スパルタ研修の代わりになるものがあれば教えてください」と表現できるだろうか。


松本さんの記事に対しては「"外食産業に就職する人=能力が低い"という推定は、あまりにも極論じゃないか?」などの批判がなし得ると思う。ただ、松本さんの問題提起に一理あることも否定できないと僕は感じる。具体的には「コミュニケーション能力・主体性・チャレンジ精神・協調性・誠実性」の内の複数の能力、あるいは全ての能力が低いレベルに留まっている人をどう育てていけば良いのか?という点は、確かに考えるべき課題だろう。これは別の言葉で言えば、松本さんがアゴラのコメント欄で述べているように「社会にでるまでに教育をしっかりとされて来なかった人たちをどうやって救うか?という問題」といえる。


勿論、「外食産業に就職する人=社会にでるまでに教育をきちんと受けてこなかった人」と推測するのは安易だということは繰り返し述べたい。松本さんは記事で「一つ一つ論理的に説明して理解できるレベルの人材ではないからこその研修方法(※スパルタ研修)なのでしょう」と述べており、これは即ち外食産業に就職する人の学力を低く見積もっているわけだけど、もしかしたら「勉強はきちんとやってきたけれど、自分をアピールするのが苦手な性格のためになかなか就職が決まらず、最終的に外食産業に就職した」という人もいるかもしれないので。この記述に関して言えば、むしろ松本さんの学力の方が問題なんじゃないかとすら思える・・・。


しかし、別に外食産業に限らず「一つ一つ論理的に説明して理解できるレベルに達していない人材」が入社し、且つ企業にその人を育てる必要性があるという場合も確実に存在するだろう。「近頃の若者はなってない」と若者を十把一絡げにして批判する姿勢は論外だが、同様に「若者は皆、きちんとした能力を備えている。馬鹿な大人がその能力に気づかないだけなんだ」という構図を定立することもふざけている。ひどい言い方をすれば、名探偵コナンとは逆で「見た目は大人、頭脳は子供」という人も一定数いるはずだ。そして現状、憲法には勤労の義務が定められているし、ベーシックインカムなど「働かずに生きていく」選択肢を担保するための仕組みも整っていないわけで、「見た目は大人、頭脳は子供」の人をいかに育てていくかという視点は確かに必要なはずだ。


このことから、松本さんの記事には問題点もあるとはいえ、一方で「言いにくいはずのことをきちんと言ったなぁ」という感想を持った。スパルタ研修に代わるものは今のところ思い浮かばないけれど、そのような研修の存在意義が「研修の受講者が、一つ一つ論理的に説明して理解できるレベルの人材ではない」というものであることを鑑みると、その「論理的な説明を理解する能力」を教育の段階で身につけられるようにするというのが、スパルタ研修を無くしていくための策の一つになるのかもしれない。自分で書いていて「言うは易く、行うは難し」としか思えないけれど・・・。

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バズワード化していく「新卒一括採用」

現在の就活に関する議論の中で最も議論の遡上に載せられるトピックの一つが「新卒一括採用」である。ただこのトピックに関しては、その是非云々を問うこと以前に、そもそも言葉の定義が定まっていないように思われる。このことを確認するために、ここ最近記事で取り上げている茂木・常見対談(http://www.youtube.com/watch?v=wDIGqSxX1bk)の9分過ぎから始まる話を紹介したい。

常見:茂木さんの言う「新卒一括採用」って、どのことを言ってますか?

茂木:各社のエントリーシート、というかエントリーポイントがありますよね。そこに「何年以降に生まれた者」だとか、「○年新卒見込みの者」と書いてあるじゃないですか。それ以外の人は、我が社を受けに来るなってことでしょ?

(中略)

常見:まず「新卒一括採用は何か」って聞いて、そこを茂木さんはちゃんと答えていない、あるいは答えたけれども、今の新卒一括採用を誤解されてます。まず、これは経団連の調査なんですけれども、今採用活動において年齢に関して要件を設けてない会社が、経団連の調べによると、経団連加盟企業の中、つまりそこは大手企業中心なんですけども7割がそうです(11:30~)


(中略)

常見:丁寧に新卒一括採用の現状を見ると既卒者採ってるし、既卒者に門開いてるし、3年以内にフリーターから5割が正社員に変わってますっていうのが、ちゃんとデータで出てるんですよ(14:16~)

この点、多くの人は「新卒一括採用」という言葉を聞いて、茂木さんが説明したような採用方式を思い浮かべたのではないか。wikipediaでは「新卒」という言葉が「大学や専門学校、高校などを今年度中に卒業する学生を表す用語」であると説明されているが、確かに「新卒」をそのような意味と認識し、ゆえに「新卒一括採用」を「卒業見込みの者のみを対象にした採用方式」と捉える人は多くいると思う。


加えて、「現代思想 2013年4月号 特集=就活のリアル」に収録されている児美川孝一郎さんのインタビューを読み、児美川さんも「新卒一括採用」という言葉の意味について茂木さんと同じようなイメージを抱いているのではないかと僕は推測した。というのも、児美川さんは「それでも僕は、新卒一括採用というシステムはもはや限界を超えており、メリットよりも弊害の方が遥かに大きいと判断しています」と述べた後に「(新卒一括採用というシステムで)疲弊し消耗しているのは学生だけではありません。学生も企業も大学も、みな膨大な時間とエネルギーを就活に傾けていて、それでいて結果に満足しているわけではありません」と発言しており、これらの発言からは、児美川さんが「新卒一括採用とは、学生のみを対象とした採用方式である」という認識を持っていることが伺える。


一方で常見さんの話を追っていくと、頭が混乱してくる。特に14分過ぎからの「丁寧に新卒一括採用の現状を見ると既卒者採ってるし」という発言は一見訳が分からない。既卒者を採用しているのなら、それはもはや「新卒一括」採用とは言えないだろうと感じるのが普通だと思う。しかし現実として、常見さんは既卒者(具体的には、既卒無業者)も採用の対象となっている採用方式であっても、それを「新卒一括採用」と見なしている。ここで「新卒一括採用」という言葉を、茂木さんのように「卒業見込みの者のみを対象とする採用」と捉える立場と、常見さんのように「既卒者からの応募をも受け付ける採用」と捉える立場があることが伺える。


見ての通りこの2つの立場は「新卒一括採用」という言葉の定義の捉え方が異なっており、ゆえに単に「私は新卒一括採用を肯定しますor新卒一括採用には否定的です」という意見を目にしただけでは、その人が何を考えているのかは依然としてはっきりとしないこととなる。例えばこのような意見を述べた人に「そうは言っても、新卒一括採用は既卒者にとっては厳しいのではないですか?」という批判をしたとしても、それに対して「え?現在の新卒一括採用は既卒者も採用しているわけで、だから肯定してるんですが・・・」と言われたりすることが考えられる。本当は考えていることは同じなのに「私は新卒一括採用に反対です」、「いや、私は良いと思いますけど・・・」という、あまりにも不毛な意見の対立を生みかねない(まぁ、この件に関しては互いに話せばすぐに分かり合えるでしょうが)。


はじめに述べた通り、「新卒一括採用」は就活の問題点を考察する際に議論される最も代表的なトピックであるにも関わらず、議論が整理されていくどころか、むしろ「新卒一括採用」という言葉のバズワード化が進んでいるような気がしてならない。このような流れを歓迎するのは、就活の問題点を考察する文章を書いて金を稼ぎたい人だけなんじゃないか。失礼なことを書いているは自覚あるけれど、普通時が経てば議論は成熟していくはずなのに、むしろ後退しているというのは一体どういうことなんだと思わずにはいられない。もっとも、ブログを書き始めてからもう1年半ほど経っているはずなのに、今頃になって「新卒一括採用」の定義について混乱している僕も相当しょうもないけれど・・・。

「新卒一括採用」という言葉のバズワード化を招いた「就活論壇」はしょうもないという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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