スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「ブラック企業スパイラル」という言葉が秘める2つの意味

前回の記事で取り上げた堀江さんの一連のツイートにおける主題が「ブラック企業で働くことが嫌なら辞めれば良い。新たな就職先が見つからなければ起業でもすれば良い」というものであることは自明だ。しかし、堀江さんがそのこと「だけ」を語っていたのかというと、僕はそうではないと思う。


堀江さんは「不当に安い労働力を確保するブラックのダンピングに対して関連法規を順守している企業が不利になり、結果業界全体がブラックみたいな様相になるのが問題なのでは」という発言を受けて、「そんな企業やめちゃえば市場から淘汰されるのにね、それをしない働く側も問題」とつぶやいている。即ち、一連のつぶやきの中ではマイナーな話題とはいえども、「あるブラック企業の存在が、同業他社をもブラック企業にする」という問題も一応語られているのである。


この問題は、posseの「ブラック企業対策会議」という本における山本一郎さんの「フェアな経営のためにブラック企業をつぶせ」という論考でも指摘されている。山本さんは経営者の立場から「労働者を不当に働かせることで、コストダウンしたり品質を上げたりするブラック企業から競争を挑まれると、業界全体がそちらに引きずられてしまい、労働条件が大いに引き下げられます。それが常態化したときに必ず無理が発生して、労働者を使いつぶさないと経営が成り立たないような環境になってしまいます」と述べる。


これを読むと、以前ブログでも取り上げたモンスターエンジンの漫才が思い出される(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-443.html)。競争におけるルール違反とは、サッカーのグラウンドでボールを鷲掴みにしたまま走り回っていたり、マラソン大会ですぐタクシーに乗ったりするようなもの。そんなルール違反を犯してくるような奴に対抗するために、こちらもルールを犯すしかないと考えるのは自然なことだろう。


ブラック企業の被害者というと、第一にそこで働く労働者を思い浮かべる人が多いと思う。しかし、山本さんの論考から分かるのは、あるブラック企業の存在が社外の人間・組織にも被害を与えるということだ。


「ブラック企業スパイラル」という言葉がある。これは「最初にブラック企業に入る→すぐ辞める→転職しようにも、優良企業はろくにキャリアもないすぐ辞めた人なんか採らず、門が開いているのはブラック企業だけ→ブラック企業に入社→すぐ辞める」という負の連鎖、即ち一度ブラック企業に入ると会社自体は変われど「ブラック企業」からは逃れられないということを意味するのが一般的だ(http://www.geocities.jp/akina200x/shuukatu/black.html)。しかし山本さんの論考を踏まえると、「ブラック企業の存在が新たなブラック企業を生み出し、そのブラック企業がまたまた新たなブラック企業を生み出す」ということも「ブラック企業スパイラル」と言って差支えないと思う。


ブラック企業は単に一私企業の労働環境の問題にとどまらず、広く社会に悪影響を与え得る。だからこそ、今野晴貴さんも著書「ブラック企業」で述べたように、ブラック企業を社会問題として捉える視点が必要なのだ。

「あるブラック企業の存在が、同業他社をもブラック企業にする」という問題を認識することが必要だという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村  
このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事
スポンサーサイト

堀江さんの「ブラック企業で働く側も問題だ」という意見に共感する人が多いなら、今後「選ばなければ職はある」という言葉を廃らせていくべきだ

堀江貴文さんが「ブラック企業」に勤める人について「嫌だと思ったら辞めればいいのでは?辞めるの自由よん」と述べたことが話題になっている。堀江さんの一連のつぶやき・つぶやきへの反応は「堀江貴文さんのブラック企業に対するツイートをまとめました」にまとめられている。


僕が見たところ、堀江さんの「嫌だと思ったら辞めればいい」という意見に賛成する人は多くいた。一方でこの意見に対しては「今やめても次の就職先が見つからず仕方なく務めている場合はどうなのでしょうか?」、「辞めるに辞められない弱い立場と言うのもあるのですよ」という反対意見が寄せられているが、実のところこのやり取りにはあまり興味はない。僕が関心を抱くのは、むしろ次のツイートである。これはブラック企業の存在が経営者のみではなく、そこで働く労働者によっても支えられていることを述べる主張だ。確かに理屈としては、ブラック企業で働く労働者がいなくなることでその企業はもはや存続しえなくなる。しかし僕としては、この意見に対して違和感も覚える。


というのも僕の認識では、なかなか就職が決まらずに悩む人たちに対しては「選ばなければ職はある」という言葉がぶつけられていたはずだからだ。特に「選ばなければ」という表現から、この言葉は就活生にブラック企業に就職することをも促すものだと思っていた。


しかし、今回取り上げた堀江さんの意見を見ると、いざ仕事を選ばずにブラック企業で働き続けたらそれはそれで「ブラック企業で働く労働者がいるから、ブラック企業が無くならないんだろ」という非難がなされる。そして十中八九間違いないと思うけれど、実際にブラック企業を辞めて、且つ新たなブラック企業を回避しようとして就職先を吟味することで無職期間が長引いた人がいたら、恐らくその人には再び「選ばなければ職はある」という言葉がぶつけられるだろう。あるいはブラック企業から逃れるために転職回数が増えた場合、その人には「忍耐力・協調性がない奴」というレッテルが貼られるだろう。


どうも首尾一貫していないように思えるのだ。もし「選ばなければ職はある(ブラック企業とはいえ求人はあるんだから、そこで働け)」という主張をするなら、ブラック企業で働く労働者を責めるべきではない。しかし現実には、就活生にブラック企業への就職を促しておきながら、そこで働き続けることを非難している構図があるように思える。僕のこの認識が正しいとすれば、それはさすがにおかしくないか。


もし、堀江さんの言う「ブラック企業で働く側も問題」だという認識に共感する人が多いのならば、今後「選ばなければ職はある」という言葉を廃らせていくべきだ。そして就活生・労働者を非難するのではなく、批判の矛先を専らふざけた労働環境を作り上げている企業に向けるべきだ。

堀江さんの「ブラック企業で働く側も問題だ」という意見に共感する人が多いなら、今後「選ばなければ職はある」という言葉を廃らせていくべきだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村  
このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事

職場のいじめ・嫌がらせに関する相談件数→平成22年度:39405件、平成23年度:45939件、平成24年度:51670件

21日に「いじめ防止対策推進法」が成立した。NHKによると、これは全国でいじめを巡る問題が相次いだことを受けて、児童・生徒がけがをするなど重大な被害が起きた場合には学校が調査を行い事実関係を保護者らに伝えることを義務づけた法律とのこと(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130621/k10015469121000.html)。


この法律の成立を受けて、大津市でいじめを受けて自殺した男子生徒の父親が記者会見にて「いじめで命を落とす子どもが1人もいなくなるよう、徹底してこの法律を生かして欲しい」、「現場では、いまだにいじめが起き、命を絶つ子どもやかけがえのない子どもを亡くし、学校や教育委員会の不誠実な対応に苦しんでいる遺族がいる。きょうを境にいじめで命を落とす子どもが1人もいなくなるよう、徹底してこの法律を生かして欲しい」と訴えたらしい。もっともな訴えだと思う。


これに加えて今回の記事では、職場におけるいじめ・嫌がらせも年々増加しているということを記したい。子どものいじめばかりがクローズアップされることで「私たちのころはそんなにいじめがなかったのに、近頃の子供は何を考えているのか・・・」という超典型的な俗流若者論が展開されるような気がするので、それに対抗して「現在進行形で、職場のいじめも増えている」ということは明らかにしておくべきだと思っている。


先月の31日に、厚生労働省は「平成24年度個別労働紛争解決制度施行状況」を公表した(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000339uj-att/2r985200000339w0.pdf)。それによると、民事上の個別労働紛争相談件数(25万4719件)の内、「いじめ・嫌がらせ」に関する相談が51670件と最も多かった。前年までは「解雇」に関する相談が一番多かったのだが、平成24年度はその順位に変動があった。


しかも、平成22年・23年の「いじめ・嫌がらせ」の相談件数を見ると、それぞれ39405件・45939件となっている。これらの数字と比較すると、平成24年度の「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数がいかに増加しているかが分かる。


ここでいう「(職場の)いじめ・嫌がらせ」の定義とは何か。明確なものは無いようだが、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議 ワーキング・グループ報告 参考資料集(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021hkd-att/2r98520000021ien.pdf)」には、「職場およびそれに隣接する場所、時間において従業員若しくは使用者らから一時的若しくは継続的になされる心理的、物理的、暴力的な苦痛を与える行為の総称(水谷英夫著 "職場のいじめ・パワハラと法対策")」、「職場(職務を遂行する場所全て)において、仕事や人間関係で弱い立場に立たされている成員に対して、精神的又は身体的な苦痛を与えることにより、結果として労働者の働く権利を侵害したり、職場環境を悪化させたりする行為(東京都産業労働局パンフレット "職場のいじめ 発見と予防のために")」というものが定義の例として挙げられている。


「平成24年度個別労働紛争解決制度施行状況」、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議 ワーキング・グループ報告 参考資料集」それぞれに、職場のいじめ・嫌がらせの具体例が載っている。前者には、例えば作業内容に関する「申出人は、業務中に腰を負傷した。申出人の勤務内容は上司が割り振りを行っているが、負傷後も他のラインのスタッフと比較して過酷な作業が割り振られ、負傷箇所に悪影響を与えている。上司に作業の割り振りの見直しを求めるも、改善がなされなかった」という事例、暴言・暴力の問題に関する「申出人は店長より業務のことで馬鹿呼ばわりされ、大声で叱責された。また、出社した際に店長に挨拶をしたところ、直後に頭を叩かれた。抗議するとさらに叩かれ、謝罪を求めても応じなかった」といった事例が紹介されている。特に後者の事例は何かの冗談だと思うけれど、これは現実に大の大人が起こしたいじめなわけで、何とも情けなくなる。


また、後者には「段ボールで突然叩かれる・怒鳴る」、「0℃前後の部屋で仕事をさせられる」という身体的苦痛を与えるケース、客の前で「バカ、ボケ、カス、人としてなってない」と言って精神的苦痛を与えるケース、「社員旅行参加を拒絶される」、「中国転勤を断ったところ、仕事を与えず小部屋に隔離」という社会的苦痛を与えるケースが載っている。特にバカ、ボケ、カスと言った挙句に「人としてなってない」なんて抜かした人には「お前の方が人としてなってないだろ」と言い返したいところ。わざわざ書くのもアレだが、いずれのケースもクソなのはあえて説明するまでもないだろう。


しかし現実には印象論ではなくデータ上、そんなクソみたいなケースが年々増加している・・・というのが厚生労働省の公表により明らかになっているわけだ。子どもによるいじめも間違いなく問題だけど、子どもにいじめの酷さを伝えるならば、同様に大人によるいじめもきちんと問題視する必要がある。

子どものいじめがよく問題視されているけれど、職場のいじめ・嫌がらせもどんどん深刻になっているという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村 
このエントリーをはてなブックマークに追加   
関連記事

大学院生の学業が就活により阻害されているという問題

就活時期の議論に関する資料を探していたら、とんでもないものが見つかった。それは、レジェンダ・コーポレーションの資料(http://www.leggenda.co.jp/knowledge/knowhow/comment/pdf/voice-01_01.pdf)。何が「とんでもない」のかというと、就活時期に関する意見が2072件も載っているということ。しかも、各意見には意見を述べた人の大学(大学院)名・文系か理系かという点も記されているため、それも含めて勉強になりそうである。


難点なのは、意見が2072件も載っているということで、pdfファイルが85ページもあるということ。当然、簡単に読み切れるわけがない(笑)そこでまずは、ポイントを絞ってみることにした。


僕が注目してみたのは「文系の大学院生」の意見だ。なぜなら、第一にその層ならば全2072件のうちそこまでの数を占めていないと考えられたため、短時間ですべての意見に目を通すことができると判断したことが挙げられる。理系の院まで含めるとさすがに膨大な数となるので、まずは「文系」に絞って意見に目を通してみた。


第二に、以前理系の院生の方から「就活中は殆ど研究室に来ることが出来ません。実験系は研究室に来ない限り、何も出来ません(過去の論文を読むことは出来ますが、それは本人の実績にはなりません)。修士の場合、二年間しか時間はありません。時間との勝負なのに、就職活動で半年とか消えてしまうのです」とのコメントを頂いたことが頭に残っていたことが挙げられる(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-191.html)。他にも、非公開コメントで文系の院生の方から、授業と就活の両立はできたけれども、自分の研究テーマを勉強する時間がほとんど取れなかったことを嘆く意見を頂いていたことも大きい。


「就活による学業阻害」というと、どうしてもまずは「学部生」のことが頭に浮かんでしまう。しかし、学業に取り組んでいるのは院生も同様だ。加えて、例えば就活が上手くいかなかったことを理由になんとなく大学院に進んだ人はともかく、院生は特別に学びたい分野があったからこそ大学院に進んだわけで、そういう人たちの学業が就活により阻害されているとすれば、それは可能な限り是正されなければいけないと思う。


レジェンダ・コーポレーションの資料に載っている意見を見ても、例えば青山学院大学大学院に進んだ女性は「修士のため学部生と同じだけ就活に時間が割けない。そのため、効率的にやる事を意識してはいる。しかし、説明会などが授業とかぶることも少なくなく、特に志望している企業の説明会には授業を欠席して行く様な状態である。勉強がしたくて修士に進んだのに、勉強に集中しきれない現状で、悲しい」と述べている。また、慶應義塾大学大学院に進んだ男性も「修士の人(特に留学生)にとっては、入学して一年間足らずに就活を始めなければならないのはちょっときついです。勉強のために来たのか、就活のために来たのか、わからなくなっちゃう」との葛藤を表現する。さらに国際基督教大学大学院に進んだ女性は「大学院生は本当に忙しく、課題だけでなく自分の研究も進めなければなりません。しかし、2年しかない修士のうち、半分以上が就職活動でつぶれてしまう予定です。研究もおろそかに、せっかく入学したのに勉強に集中できません」と問題点を指摘する。引用はこれくらいにしておくが、他にも立教大学大学院に進んだ女性もこれらと同様の意見を述べている。


勉強がしたくて大学院に入ったのに、ただでさえ大学の4年間より短い2年間の大学院生活が就活に費やされることになることに苛立ちを覚える人は確かにいる。かといって、企業が新卒を好む傾向が少なからずあるはずの現在の状況下では、大学院では研究に専念して卒業後に就活をするという選択はし辛いだろう。すぐ上で取り上げた、国際基督教大学大学院に進んだ女性は「大学院生は1年生のうちの就職活動による内定か、2年生最後に2~3か月集中的な就職活動か、なにか別の方法があるとよいと感じています」と、企業が院生の採用を学部生とは別の形で行うことを提案している。


この女性の意見を即鵜呑みにするのは違うと思うけれど、少なくとも「大学院生の学業が就活により阻害されている」という問題はもっと認識すべきだと考える。今後、理系の院生の意見、そして学部生の意見にも目を通してみたい。

「大学院生の学業が就活により阻害されている」という問題をもっと認識すべきだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村   
このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事

就活生相手に優位な立場から適当なことを吐き散らす「論客」なんていらない

常見陽平さんと飯田泰之さんは、2012年に海老原嗣生さんと「ニコ生×BLOGOS特別編 飯田泰之×常見陽平×海老原嗣生 "就活の"真実"~マスコミ報道と通説を徹底検証~」という対談を、つい最近に田中秀臣さんと「飯田泰之 × 常見陽平"饒舌大陸" 田中秀臣さんと語る"2013年、就活の真実"」という対談をそれぞれ行っている。ここで、どちらの対談にも「就活の真実」という言葉があることを強調したいのだが、それぞれの対談の「学生時代に頑張ったこと」・「自己PR」に関する捉え方を見比べてみると面白いことが分かる。


まず、去年の対談の内容について。そこでは、次のようなやり取りがなされていた(http://blogos.com/article/44854/?axis=&p=3)。

飯田:これから就活生は何を求められていくのでしょう。雑誌やメディアでは、「これからは新しい自分の売りを」とか、「人に誇れる能力を」とか、「人がしていない経験を」とか言われている。でも俺、大学時代に他の人が体験していないようなことは何もしていないですよ。普通にバイトして、サークル行ったり、旅行したり、合コンしたり。普通の人生でした。特別な体験を語らなきゃいけないプレッシャーって結構多いと思うんですよ。

常見:僕はよくないなと思ってて、人事は「何をやったか、よりもどうやったか」を見ているんですよ。今は結構、誤解されている部分だと思う。凄い体験が必要だといって、被災地に行って、ボランティアしている様子をガッツポーズして写真をとったりとか。不純な動機から始まる善意とかもあるとは思うんだけどね。

このようなやり取りを受けて、対談を文字起こししたBLOGOSのページには「面接で語れる”特別な体験”なんて必要ない」という見出しが設けられている。


さて、一方でつい最近行われた対談について。少々長いが、対談の中から「学生時代に頑張ったこと」・「自己PR」に関するやり取りの部分を引用したい(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36013?page=3)。

常見: 何社も落ちている人って、エントリーシートによく「私は学生時代にアルバイトでコミュニケーション能力を磨きました」なんて書いてるけど、それはダメです。何も言っていないのと一緒だから。面接でそんなことを言うのも、もちろんダメ。

飯田: バイトとサークルの話は要らない。

田中: そうなんです。面接では、自分が学生時代にやったこととして、バイトとサークル、あとボランティアの話をする学生が本当に多い。面接官は、その手の話を聞き飽きてうんざりしているんだよ。とにかく、他の人と同じことばかり言っている就活生が本当に多い。そうなると、通る確率は、言うまでもなく低くなります。

(中略)

飯田: 逆に、書いた方がいいことを書かない就活生も多いんですよ。たとえば僕は、よくゼミの学生を、自分が出演するテレビ番組にも連れていくし、被災地でのイベントを一緒にやったりもしています。少し前には、学生たちと「オールニートニッポン」というウェブラジオ番組をやったりもしていた。他の学生と違う経験なんだから、就活では十分、売りになる話なんですよ。でも、なぜかエントリーシートにそれを書かない学生が多くて。

田中: なんで書かないんだろう? 個性的で良いエピソードなのに。

飯田: それが個性的だということが、うちのゼミにいると、たぶんわからないんでしょうね。

田中: 飯田さんの教え子だからこそできた経験だったのに、もったいない!

飯田: そうそう、ある男子学生を某参議院議員の選挙運動の手伝いに行かせたことがあるんです。独自の良い経験になったと思うんですが、彼は、やはりそのことをエントリーシートに書かなかったそうです。

常見: ええっ? そんな貴重な話を書かないで、何を書いたの?

飯田: 「サークルで会長をしていました」って(笑)。就活マニュアル本にそう書けと書いてあるから。それ以外のことを書いてはいけないと思っているんですよ。

田中: そういえば、Twitterで僕に絡んできた学生がいたので、リアルに呼び出して説教したことがありますよ。あれも彼にとっては貴重な経験なんだろうなぁ。エントリーシートに書けるよね。

常見: すげー面白いじゃないですか。いいなあ。

田中: よし、許可しよう。あのときの早稲田の学生、俺に面と向かって怒られた話をエントリーシートに書いていいぞ。いや、書けよ。

ここで語られているのは、面接に通る可能性を高めるためには他の就活生との差別化が求められてくるということ。そして僕が強調した飯田さんの発言によると、その「差別化」は「他の学生と違う経験」を語ることによってなされるべきだということになっている。このようなやり取りから、対談を文字起こしした現代ビジネスのページには「面接でバイト、サークル、ボランティアの話はするな」という見出しが設けられている。


去年の対談では「人事は"何をやったか、よりもどうやったか"を見ている→だから、特別な体験は必要ない」という結論に、今年の対談では「面接官はバイトとサークル、ボランティアの話を聞き飽きている→だから、他の就活生と違う経験を話そう」という結論に達している。どちらの対談もタイトルは「就活の真実」なのに、到達した結論はまるで異なるという・・・(笑)


仮にこの2つの対談のメンバーがまるっきり違うなら到達した結論に差が出るのも分からなくはない。何をもって「就活の真実」とするかについて、人によって解釈が異なるということは十分あり得るからだ。しかし、この2つの対談のメンバー構成はほとんど変わらないわけで、それでいて何でこんなに結論が違ってきちゃうの?と思う。片方の対談のみに参加している田中さんはともかく(そもそも、この話題に関する発言をしていない海老原さんは除く)、常見さん・飯田さんはプリンシプルがないと言われても仕方がない。


加えて常見さんは、今年の対談の「他の就活生と違う体験を話そう」という結論に関して、以前ポストセブンの「"意識の高い学生w"はもはや大学では公害で人害と識者」という記事で「就活のネタをつくるためにやたらと変わった体験をしようとする学生」を「意識の高い学生w」であると批判している。こうなってくると、もう就活生からしたら八方塞がりだとしか思えないんじゃないか。


就活生が就職に苦しんでいる一方で、就活生相手に優位な立場から適当なことを吐き散らす「論客」と言われる人たち。こういう人たちが存在するということは、もっと広く知られるべきではないかと考えている。ちなみに僕がそうした人たちに対して望むことは「頼むから、とっとと消えてくれ」ということです(笑)

就活生相手に優位な立場から適当なことを吐き散らす論客さんたちは、もう引退してくださって結構です。お疲れ様でした。という意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村   
このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事

茂木健一郎さんの「新卒一括採用」に対する見解を理解し損ねる飯田泰之さん

茂木健一郎さんが「新卒一括採用」という採用方式に異議を唱えていることは今さら詳しく説明するまでもないが、茂木さんの立場に対して飯田泰之さんが次のような疑問を発している(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36011?page=5)。

飯田:茂木さんは就活について何と言っているんですか?

常見:簡単に言うと、「新卒一括採用は人権侵害だ。なぜ年齢で区切らないといけないのか」というのが彼の主張です。まず、事実認識からして違っているのが痛かった。僕が「経団連に所属している企業でも、採用で『既卒者OK』にしている会社が7割です」と言っても、全然聞いてくれませんでした。

飯田:企業だって、別に強制されて新卒一括採用をしているわけじゃない。自発的にやっているわけです。ということは、新卒一括採用に、企業は何らかの利点を見出しているんですよね。不思議なのは、新卒一括採用に反対する論者の多くが、その点を無視すること

もしかすると、飯田さんと同様の疑問を持つ人も中にはいるかもしれない。しかし、茂木さんの立場を一応知っている僕からすると、むしろ飯田さんのツッコミがずれているように感じられる。


というのも、飯田さんの発言以前に茂木さんは次のようにつぶやいているからである。茂木さんはこのつぶやきで明確に「(新卒一括採用の是非の判断は)効用の問題ではない」と述べている。また別のツイートも見てみると、茂木さんは「年齢やキャリアで就職制限をすることが、今日の人権原則に照らして許されるのか」という観点から新卒一括採用を批判していることが分かる。


即ち、茂木さんは「年齢やキャリアで就職制限をする」という要素をもって「新卒一括採用」という採用方式を一発アウトだと評価しているのである。だから、彼のような立場の人たちは新卒一括採用の利点に目を向けないのだ。


茂木さんと同じ意見だと思われるものとして、ジャーナリストの牧野洋さんという方が書いた「新卒一括採用は"年齢差別"」という記事が挙げられる(この記事が載ったページにアクセスできないので、牧野さんの記事を取り上げた別のブログをご紹介http://blogs.yahoo.co.jp/sabetsu5555/31865380.html)。牧野さんは「新卒一括採用は採用対象者を新卒者に限るため、事実上の年齢差別を招く慣行だ。だが、日本には"年齢制限=差別"という意識が希薄で、当局が年齢差別を摘発することもない」と述べている。


新卒一括採用が法的に問題であると捉える茂木さんや牧野さんに「でも、新卒一括採用には~なメリットがあるじゃないですか!」なんて言っても、絶対に「メリットがあれば差別していいの?」と返されるに決まっている。だから、もし彼らの主張を批判するのならば、それは「新卒一括採用の利点を語る」という形ではなく、法律論を語るという形でなければ話が全く噛み合わないこととなる。当ブログの過去記事「厚労省"労働者一人一人に均等な働く機会が与えられるよう雇用対策法を改正し、募集・採用における年齢制限を禁止した。ただし、例外アリ"」で述べたように、現行の法律上は新卒一括採用が違法だとは思えないが、それでも「現在は合法でも、今日の人権規則に照らせば今後違法にしていくべきではないか?」という議論は十分成り立つので、そのような議論になった場合は新卒一括採用の利点に触れるのは不適切だ。


恐らく新卒一括採用を巡る議論は長く行われてきたのだと思うけれど、飯田さんの発言を見ると、未だ賛成派・反対派がそれぞれ何を考えているのかという点について理解が共有されていないことに驚く。「コミュニケーション能力」といえば就活生に求められる能力という印象が強いけど、所謂「論客」と言われる人たちにも、もう少しそういう能力の向上を求めてもよいのではないだろうか。


「新卒一括採用」の是非について、もういい加減に「まともな議論」をするべきなんじゃないか?という意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村  
このエントリーをはてなブックマークに追加  
関連記事

海老原嗣生さん「若者が絶望するほど昇進は難しくない」 VS 常見陽平さん「企業は役職の無い人たちで動いている」

ある主張の説得力の有無を判断する際に「根拠」に着目する人は多いと思う。そもそも主張に根拠が備わっているのか、根拠が備わっているとしてその根拠は主張を支えるに足るものなのか。僕は記事を書く際に就活・労働問題を取り上げた文献に目を通すことが多いけれど、これらの点に注意しながら、参考にすべき主張とくだらない主張を見分けている。


ただたまに困るのが、相反する2つの主張を目にし、且つ一応それぞれの主張に根拠が備わっている場合である。こういうのを目にすると、単に根拠が備わっているだけで安心せず、その根拠の中身まで判断しなければいけないのだと実感する。


その一つの例が「昇進」に関する話である。海老原嗣生さんと常見陽平さんの主張をそれぞれ紹介したい。


海老原さんの立場は「若者が絶望するほど昇進は難しくない」というもの。彼は著書「若者はかわいそう論のウソ」にて、「リクルートエージェント転職市場定点調査」の09年度版にある特別調査を根拠に、正社員の男性が「30代前半になると次々と係長になり、その結果34歳の時点で役職者比率が5割を超える。同様に30代後半では課長が増え出し、42歳で課長比率が5割を超える」、「40代末には約7割が課長以上に昇進している」と主張している。さらにデータの数字をもとに「このデータは大卒に限ったものではない。大卒限定でしかも年齢を55歳まで上げると、やはり8割以上が課長職についているのではないかと推測できる」と述べている。


一方で常見さんの立場は「企業は役職の無い人たち、つまりジムのような人たちで動いている」というもの。彼は著書「僕たちはガンダムのジムである」にて、「日本労働組合連総合会"連合2011年春季生活闘争 賃金レポート 役職別の人員構成と賃金"」を根拠に「大卒の男性50~54歳で見てみると、非役職者が35%である(中略)この年次においても課長、係長どまりどころか、非役職者が35%いるというのは注目すべき事実だ」、「男性大卒35~39歳においては非役職者は65%である」と主張している。


二人の主張の相違点をまとめると、海老原さんは「34歳の時点で役職者比率が5割を超える」と主張しているのに対し、常見さんは「男性大卒35~39歳においては非役職者は65%である(=役職者は35%)」と主張している。また、海老原さんは「40代末には約7割が課長以上に昇進している」と主張しているのに対して、常見さんは「大卒の男性50~54歳で見てみると、非役職者が35%である」と主張している。2人が参照しているデータはそれぞれ年度が違うけれど(海老原さんは09年度版のデータを、常見さんは2011年度のデータを参照している)、その違いを差し引いても、2人が挙げる数字には随分と違いがある。


このように、2人の著書をさらっと読むだけだと「あれ、昇進はそんなに難しくないのか?それとも難しいのか?」と混乱してしまう。この混乱をもって2人のどちらか、あるいは双方が嘘をついていると判断するのは早計だが、一方で主張を鵜呑みにもできないのも確かだと思う(ちなみに海老原さんのデータの解釈に対しては城繁幸さんが自身のブログで批判しているhttp://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/8beb5acf05dc3d44ce822c0667fb8bfb)。文献に目を通しているとしばしばこういうことがあるので「専門家の言うことを鵜呑みにするのはどうなのか?」という批判精神を共有するために、今後もこのブログで同じようなケースを紹介したい。


「専門家」の言うことも案外信用できなさそうだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村  
このエントリーをはてなブックマークに追加  
関連記事

「社会問題を解決したい。でも、いざ問題が解決に向かうのは困る」という矛盾した感情~「自らの手で強引に問題を作る」動きに歯止めをかけよう~

分野を問わず社会問題の解決のための活動に携わる人は多くいると思う。それはNGO・NPOという形かもしれないし、学生団体という形かもしれないし、あるいは就活デモのように一時的に共通の目的の達成に向けて共に活動するという形かもしれない。いずれにしても、そのような活動に携わる人たちは世の不条理に憤りを覚え、その不条理の撲滅を目指していることは間違いない。


ただ、就活デモに携わった経験を持つwilliam yaminさんから次のようなコメントを頂いた。

別に誰がという話ではなくあくまで一般論ですが、もっと深刻な状態として、ある問題に対する政治活動なり執筆活動なりで一度生活が成り立ってしまったら、むしろこのまま問題が解決しない方が自分にとっては得だという心理状態に陥っても不思議じゃないだろうな、というのも就活デモやってた時に感じたことです。社会問題の解決や啓発などを本業にするのはなんだかかっこいいし、やりがいもあるかもしれませんが、皮肉なことに自分が解決したいと思っている問題のお陰で食べられるという構図も生まれてしまう

このコメントを見た際に真っ先に思い浮かべたのが「め組の大吾」という漫画で主人公の朝比奈大吾が抱いた葛藤である。朝比奈大吾は消防士として活躍し、且つ仕事にも誇りを持っている。しかし一方で「もしこの世から火事が無くなったら、自分の存在価値は無くなるのではないか?」という葛藤を抱えていた時があったのだ。その葛藤を同僚に吐露した際には同僚と殴り合いの喧嘩に発展してしまうが、朝比奈大吾が抱いたような思いに共感できる人も少なからずいるのではないだろうか。


william yaminさんは「皮肉なことに自分が解決したいと思っている問題のお陰で食べられるという構図も生まれてしまう」と述べたわけだが、これが進むと「自らの手で強引に問題を作ってしまう」という構図も生まれかねない。どういうことかというと、一般的には「それは、さほど問題じゃないでしょう」と捉えられる事象をわざわざ「問題」として規定するという行為が起きかねないということだ。


そんなことをして何のメリットがあるのかというと、活動者が「社会問題の解決に取り組む自分」をより長期的に維持できるという点が挙げられる。実際に活動に取り組んだwilliam yaminさんが「社会問題の解決や啓発などを本業にするのはなんだかかっこいいし、やりがいもあるかもしれない」と述べているので、そのような状態に身を置ける時間を長引かせれば、それが自分の幸せにつながってしまうという側面があると言えるのではないか。且つ、朝比奈大吾が抱いたのと同じような「この社会問題が解決されたら、自分の存在価値は無くなるのではないか?」という不安からも解放される。


ここまで他人事のことのように考えを述べてきたけれど、他ならぬ僕も就活問題に関して「自分で強引に問題を作っている」動きをやってしまっている可能性がある。実際、過去記事の「"ウチが第一志望ですか?"いう質問を1次面接の段階でするのはおかしくないか」には「私は別にそこまで不自然さは感じませんが……」、「タテマエがバカバカしいのは分かるんだけど、セクハラみたいに就活生を傷つける質問ではないしねえ・・・」というコメントが寄せられている。言うまでもなくこれらは「あなたが指摘していることって、別に取り立てて問題にすることじゃないですよね?」という趣旨のコメントだ。僕としては「"ウチが第一志望ですか?"という質問を1次面接の段階ですること」という行為を問題に感じたからこそ記事で取り上げたという意識なのだが、もしかすると無意識のうちに「"就活問題を批評する自分"をできるだけ維持するために、多少強引にでもこの行為を問題視してしまおう」と感じていたのかもしれない。


「自らの手で強引に問題を作る」動きを活発化させている当の本人が、自分の問題提起のおかしさに気づいていないということは十分あり得る。加えて問題提起をした当の本人からすれば「普通の人が気づいていない問題を自分は可視化することが出来ているぞ・・・」というバカな自己評価をしている場合がある・・・ということが自分のブログ執筆という経験から言える(笑)だからこそ誰かが行った問題提起をすべて是とするのではなく、問題にする必要性が感じられない主張を却下するという、問題提起に対するフィードバックが非常に重要となる。そうすることで「検討・解決すべき問題」と「取り立てて議論する必要がない問題」の仕分けが進み、重要性が高い事項に関する議論が進むのではないだろうか。

「自らの手で強引に問題を作る」動きに歯止めをかけようという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村  
このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事

常見陽平さんは「意識高い系(笑)」の代表格なんじゃないか

少し前に書いた「百田尚樹さんが若者に対してカッコつけている件」という記事を読んで、百田さんに対して「お前が言うな」と感じた人は結構いるのではないかと想像する。改めて記事を読み返してみても、「百田さんの若者に対する説教の内容」と「百田さん自身が歩んできたキャリア」の間にギャップがありすぎるからだ。


中でも驚いたのが、百田さん自身は「大学を中退して、ぶらぶらしているときに"遊んでるんやったら、テレビ番組作る手伝いやってみいへんか"と声をかけられた」ことをきっかけとして職に就いたのに、若者に対しては「今の若い人は仕事を〝自己実現〟の道具と考え、“自分探し”と称して就職しなかったり、職を転々としたりする人もいるでしょう」と説教していたこと。どう考えても、中退してぶらぶらしてた人にそんな説教をされる筋合いは無い。


僕としては百田さんに「"お前が言うな"大賞」を与えてもよいのではないかと考えるが、一方でもう一人の候補者が頭に浮かぶ。それは、このブログでよく批判されている常見陽平さんである。彼のブログを数日分読んでみただけでも、どうも「意識高い系(笑)」を批判している肝心の常見さん自身が「意識高い系(笑)」の筆頭格なのではないかと感じられたのである。ゆえに常見さんも僕の中での「"お前が言うな"大賞」にノミネートされている。


例えば常見さんは、著書の「"意識高い系"という病」の冒頭で「時に滑稽に見え、痛いなと思ったり、ウザいなと感じたりする人」の例として「芸能人でもないのに、かっこよすぎるプロフィール写真を撮る"自分大好き"な奴!」を挙げている。ところが、常見さんのブログの「ロックの日だと言うけれど」を見てみると、記事の冒頭でいきなり、芸能人でもない常見さんがベースを手に取りアーティストを気取っている写真が出現する。「別に常見さんの画像なんか見たくない」という人が多いとは思うけれども、実際に画像を見ていただかないと僕の文章の説得力が半減するので(笑)、ぜひ見ていただきたい!


また常見さんは、「時に滑稽に見え、痛いなと思ったり、ウザいなと感じたりする人」の例として「将来のビジョンについて、ムダに熱く語る奴!」をも挙げている。しかしこれに関しても、常見さんの「生きることの凄まじさ 負けることの清々しさ」という記事における「思わず、書斎で泣いたけど、明日からまた生きようという気になってきた。目の前にあるゼミのレジュメをなんとか完成しないといけないし、原稿の締め切りは私を待ってくれない。猛反省したところで、やはりまた生きることの凄まじさを体感するのだけど。とはいえ、生きることの凄まじさから逃げずに、負けることを怖がらずに、またがんばろうか。発表まであと9時間ある。最後まで戦おう」という記述を見ると、「常見さんも十分、無駄に熱いんじゃ・・・」と思わずにはいられない。


しかも面白いのが、上述の「生きることの凄まじさ 負けることの清々しさ」という記事によると、常見さんはゼミのレジュメや原稿の締め切りが迫っている中なぜかブログを更新したことが伺えるけれど、その結果として翌日の記事で「ゼミの準備もボロボロ。だめだこりゃ」なんて言っている(http://blog.livedoor.jp/yoheitsunemi/archives/54515385.html)。一体何を考えてるんだ。これは斎藤大地さんが示した「意識高い系(笑)」の特徴、「パフォーマンス先行で中身がない(外部には"自分、頑張ってます!"とアピールしているけども、その頑張りの実態がボロボロ)」に合致すると言えるのではないか。


加えて常見さんは「意識高い系(笑)」を批判する文脈の中で「まずは目の前の仕事をしろ」と読者を諭すことをよくやるけれど、そんな常見さんも上述の「生きることの凄まじさ 負けることの清々しさ」という記事にて「人というのは、見ているもので、尊敬、信頼している方から、助言のメッセージを頂いた。正直、書くペースが早く、同じことのリピートや矛盾も多くなってきていないか、と。まったくその通りである」と言っている。常見さんの本の内容がおかしいことはこのブログでも度々指摘したのでその点に驚きはないのだが、ただ「矛盾も多くなってきていないか」という指摘を「まったくその通りである」と認めているのには驚いた。そこを認めてしまったら、即ち常見さんが(少なくとも作家業では)適当な仕事で生計を立てていることを認めることになるのだが・・・。そうなると、なんでこんな人がキャリア論を語れているんだろう?という疑問が浮かぶし、常見さんの文章に対してますます「お前が言うな」と感じる。


常見さんにしても、百田さんにしても、彼らの主張をネタとして楽しめることは事実だ。しかし彼らの問題提起・説教の問題は、彼らが自分と同類のしょうもない人を批判しながら、且つ自分がその「しょうもない人」に当てはまらないかのようなスタンスでいることにあると思う。常見さんは「"意識高い系"という病」のラストで「意識高い系(笑)を批判する理由を「私はただ、以前の自分のように、踊らされて、疲れることになる若者の身を案じているだけなのだ」と説明しているけれど、常見さんが「意識高い系(笑)」であるのは別に過去の話ではなく、この記事で示してきたように現在も同様だ。誰か「常見さんも十分"意識高い系(笑)"ですよね」と指摘しないのだろうか。なんだか「王様は裸だよ」と言った子供になったかのような気分だ。

常見陽平さんは「意識高い系(笑)」の代表格なんじゃないかという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村  
このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事

指原が1位なんてウソだろうが!!

AKBの総選挙をテレビで見た。総選挙の楽しみ方はトップ争い以外にも「あのメンバーは64位までに入れるのか」、「選抜に入れる16位に滑り込むのは誰か」など様々なものがあるのだが、それでも今年の総選挙に関していえば「速報で1位だった指原がそのまま逃げ切るのか」というトップ争いに最も大きな注目が集まったことは間違いない。


そして結果として、まさかの指原1位ということに・・・。なぜ「まさか」と書いたのかというと、次のツイートにあるような事情が影響している。僕がakbのメンバーだったら、絶対これと同じようなことを思った自信がある(笑)「え、あんなスキャンダル起こした人が1番支持されるんですか?投票した人は一体何を考えてるんですか?」と。ファンの人から見れば指原は魅力あるメンバーなのかもしれないけれど、そうでない僕から見るとなぜこの人が1位なのかが全く分からず、投票した人に何を考えて投票したのかを聞いてみたいくらいだ。


akbの総選挙は、1人1票ではないとはいえども、一応どのメンバーが多くのファンから評価されて、どのメンバーがそれほど評価されていないのかが明るみにされるイベントである。そして去年も少し考えたけれど、ファンから評価されるメンバーと評価されないメンバーの差は一体どこにあるのかという点が気になる。「人による人物評価」の訳の分からなさを体感しようとしているのだ。なぜあのメンバーが上位に入って、同じくらい魅力がある(と僕は感じた)あのメンバーがそこまで評価されないのか・・・というように。


なぜそのようなことを考えるのかということをこのブログの存在に引き付けて言うと、これは就活の場面においても当てはまる問題意識だからである。「なぜあの人が企業から評価されて、同じくらいの実力の人になかなか内定が出ないのか?」というように。このブログのコメント欄にも「普段そこまで真面目に講義や実習を受けてないやつに内定が出るのはなんでなんだろう」と、人物評価に疑問を抱く意見が寄せられたことがある。


この点、ビートたけしさんは著書「間抜けの構造」で芸能人の評価について次のように述べている。

なぜ芸能人が占い師とか怪しい神様にはまるのかというと、どうして売れたかが自分でもよくわからないからなんだ。理由なんていくら考えてもわかるはずがない。


「実力があったから」なんて言う人もいるけど、実力なんてたかが知れている。だったら、実力があっても売れない奴の説明がつかない。実力以上の何かがないと、そこそこは売れるかもしれないけれど、大ブレークはしない。嘘でもその理由を教えてほしくて、怪しいスピリチュアルとかにはまるんだよ。


同じくらいの実力だと思っていたやつがいて、なんであいつが売れてこっちが売れないんだとか、その逆とかさ。「なんか絶対理由があるはず」と思っているとどうしても目に見えない怪しいものに理由を求めて、すがっちゃうんだろうね。

akbの総選挙に「やらせ」といった裏事情が無ければ、もしかすると指原も「いくらなんでも私が1位はないだろう!」だとか「票数多すぎるだろう!」と内心思っているかもしれない。


特に票数について言えば、指原には150570票入った訳だけれど、その半分でも7位の松井玲奈さん(73173票)に勝ててしまうというのはいくらなんでもおかしいだろうと思う(笑)あるいは開票前に「指原さんに負けているところが見つからない」と言ったこじはるも(そして、実際負けているところはないと僕も思う笑)指原の半分以下で約8万票差の67412票に留まっている。つまり現実には「松井玲奈×2+α」や「こじはる×2+α」が指原の評価なわけで(前述の通り1人1票ではないから、本来は一概にこうは言えないのだが、いろいろ考えるのも面倒なのでそういうことにしときます笑)、一体「人物評価」とは何なんだと思わずにはいられない。単純に1位という順位自体も十分おかしいと僕は思うけれど、加えて票数のぶっちぎり具合もおかしいのである。


指原にたけしさんの言う「実力以上の何か」があるということなのだろうか・・・。評論家でakbにはまっている濱野智史さんや宇野常寛さんあたりに、指原が持っているであろう「実力以上の何か」を言語化してほしいものである。

指原が1位なんてウソだろうが!!という意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
にほんブログ村 就職バイトブログ 大学新卒の就職・就職活動へ
にほんブログ村  
このエントリーをはてなブックマークに追加  
関連記事
main_line
main_line
ブログランキング
おかげさまで、ブログ村の「就職バイトブログ」のカテゴリで「1位」を取ることが出来ました。この場を借りて、お礼を申し上げます。これからも記事を多くの人に読んでいただけたらと思いますので、もし宜しければ、今後ともランキングへのご協力を宜しくお願いいたします。
RSSリンクの表示
follow us in feedly 
最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
リンク
FC2カウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
プロフィール

Author:lingmu
FC2ブログへようこそ!

最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。