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「"就社志向"の研究」から見られる「マッチポンプ」という視点(2)

常見陽平さんは2010年に出した「くたばれ!就職氷河期」という本で「就活断層」という概念を提唱した。この概念が示す現象は次のようなものである。

大手企業は学生全てに「私の会社は~な良いところがあります!」とPRするが、実際には一部の上位大学の学生しか採用する気がない。にも関わらず、上位大学の学生のみならず中位・下位大学の学生も大手企業を目指そうとして、中小企業には目を向けない。人が欲しい中小企業はあるのだが、大手志向の学生は中小企業に目を向けないので、そこですれ違いが発生してしまっている

新聞などで、リクルートワークス研究所のデータを参照した上で「大企業はともかく、中小企業の求人倍率は高い」と主張する文章を目にしたことがある人は少なくないだろう(例えば、日経の「中小企業への就職を促そう」という記事など)。ここでいう「中小企業の求人倍率は高い」という文言は就活生が中小企業を志望しない傾向があることを暗に訴えているし、「就活断層」も就活生が中小企業に目を向けないことを前提とするコンセプトと言える。


常見さんはこの「就活断層」が存在することを証明するにあたって、本の中で「学生は大手企業・有名企業しか受けない」という見出しを設け、学生がいかに中小企業に目を向けていないかを論証した。その論証の際に根拠として使われた資料の一つが、上記の新聞記事でも参照されたリクルートワークス研究所のデータである。本で言っていることも新聞と同じで、「大手企業の求人倍率は厳しいけれど、中小企業の求人倍率は高い。学生は大手・人気企業志向だね」という主張だ。常見さんはこのデータに触れた上で次のように述べる。

この人気企業ランキングと規模別の求人倍率で考えるならば、学生は大手企業、人気企業を中心に就活をしていることが顕著となる。「就活が上手くいかない学生は、憧れから総合商社や広告代理店を一通り受けて全滅。5月になって持ち駒がなくなり、就活にも疲れ、活動を辞めてしまう」という声をよく耳にする。

つまり常見さんの話をまとめれば「学生は大手志向であり、その大手を落ちた結果として疲れて就活を止めてしまう(つまり、中小企業を受けずに終わる)」ことになっている。本には他にも「"大学関係者によると、納得して中小企業を受ける学生はまだまだ少ない"ということだ」という記述があり、いかに学生が中小企業を敬遠しているか、それが問題の根幹(の一つ)であるかを強調していると言える。


「学生は大手企業・有名企業しか受けない」ことを主張してきた常見さん。しかし、こうした論調に疑問を呈する声もあり、それは当ブログにもアップされた。「11卒業務未経験無職」さんという方は「大企業志向で中小企業を受けないことが就職難の原因か」という記事を書いてくださり、常見さんが言ったような主張に対する疑問を表現した。


その記事で指摘されたのは、「調査データ(※リクルートワークス研究所のデータのこと)のp.10の一番下に、*で、各従業員規模と各業種への就職希望率は、第一希望の情報をもとにしていると記載されています。そりゃあ、第一希望を聞かれたら、内心では大企業に入るのは難しいと思っている人でも、高望みして答えてもおかしくないのでは」・「この調査の対象なっているのはリクナビ会員で、実施時期が就活が本格化しはじめる2月6日~3月15日頃の調査となっていますが、掲載料等の関係から大企業が利用していると言われているリクナビを就職活動本格化する時期から利用していて、尚且つこういった調査アンケートに答える層というのは少なくとも就活に対する意識が平均以上にある人たちだと思います。そういった人たちにアンケート就活が本格し始める段階で、第一希望の企業規模を質問すれば、そりゃあ企業規模が大きいところを選ぶのではと思います」という点。簡単にまとめると、リクルートワークス研究所のデータ上「学生が大手志向で中小企業は敬遠しがち」という結果が出るのは、そのデータの調査形式・調査時期に拠るところが大きいのではないか?という主張だ。これは納得できる指摘ではないか。


僕個人はこの指摘を受けて「指摘はもっともだな。一方で常見さんの分析はおかしい」と思っていた。しかし、ここ最近ブログで取り上げている常見さん著の「"就社志向"の研究」を読んだことで認識が変わる。具体的には、常見さんの論調に変化が見られたのだ。「"就社志向"の研究」には次のような文章がある。

また、毎年、このデータ(※リクルートワークス研究所のデータのこと)で話題になるのは学生の大手志向、さらには人気企業志向であり、安全・安定志向であり、セットで中堅・中小企業の志望者の増減が話題になるのだが、これもほぼ不毛な議論である。というのも、若者は最終的には中堅・中小企業に進んでいるからである。あくまで就活が始まる初期段階でのデータなのだ。その段階では大手企業しか認知することができないわけで、当然そうなるのだ。(p.97)

特に「あくまで就活が始まる初期段階でのデータなのだ」という点はまさに「11卒業務未経験無職」さんが指摘していたことだ。したがって、この主張自体には異論はない。


問題なのは、リクルートワークス研究所のデータを根拠に学生の大手志向・中小企業の志望者の少なさを話題することを「ほぼ不毛な議論である」と評している他ならぬ常見さんこそ、こうした議論を展開した張本人の一人だったはずだという点。それは、この記事の前半部を読み返してもらえれば分かるはず。「くたばれ!就職氷河期」と「"就社志向"の研究」の記述を見比べると「これ、本当に同じ人が書いたのか?」と疑問に思ってしまうくらいだ。


繰り返すが、「"就社志向"の研究」で展開されている主張そのものは妥当だと僕は思う。よって、この主張のみを目にした人が「常見さんは問題を的確に分析している」と感じてもおかしくないと思う。しかし、「くたばれ!就職氷河期」で展開していた主張を知ると、常見さんに対して「自分こそリクルートワークス研究所のデータを根拠に"学生が大手志向で中小企業を受けない"ことを主張してきたのに、ここにきてそ知らぬ顔でその主張を"不毛な議論である"とか言ってるんじゃないよ」という気持ちが芽生える。僕としては「これはただのマッチポンプじゃないか?」と思わずにはいられない。

リクルートワークス研究所のデータを根拠に学生の大手志向・中小企業の志望者の少なさを話題することを「ほぼ不毛な議論である」と評している他ならぬ常見さんこそ、こうした議論を展開した張本人の一人だったはずだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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「"就社志向"の研究」から見られる「マッチポンプ」という視点

前回の記事で常見陽平さん著の「就社志向の研究」のレビューを掲載し、本の内容を酷評した。ただ、僕はこのブログで常見さんを何度も批判している身であり、彼に対する嫌悪感が本を不当に評価することにつながっている可能性がないとは言い切れない(勿論、自分としては出来る限り純粋に「本の中身」に着目して本を評価したつもりだけれど)。


ここでいう「彼に対する嫌悪感」とは「マッチポンプしやがって」という反感と言い表すことができる。wikipediaによると、マッチポンプとは「問題や騒動について、自身でわざわざ作り出しておきながら、あるいは自身の行為がその根源であるにもかかわらず、そ知らぬ顔で巧妙に立ち回り、その解決・収拾の立役者役も自ら担って賞賛や利益を得ようとする、その様な行為を指して用いられる表現」のことを言う。最近書いた「常見陽平さんによる"就活生紹介"との付き合い方」という記事も、常見さんがポストセブンで「意識の高い学生(笑)」の波が来ていることを報告しておきながら、後に自身の著書で「思わずいじりたくなる意識高い系の人たちというのも、絶対数はどうやらそれほど多いわけではなく、象徴的な行動だけが独り歩きしていることを伝えたかった」という火消しに走っている、即ちマッチポンプを批判した内容である。


「就社志向の研究」のレビューには書かなかったけれど、実はこの本の中でも「常見さんはマッチポンプをしているのでは?」と疑問に思わせる文章が見られる。具体的には次の記述。

「新卒一括採用」や「就活」に関しては、俗にいう都市伝説のような情報が流布する。例えば「体育会は有利」・「サークルの会長は有利」・「アルバイトの体験はアピールしない方がいい」・「浪人・留年は2年までじゃないと不利」・「有名大学は有利だが、文学部・教育学部辺りは不利」・「資格を持っていた方が有利」・「ビール会社は酒が飲めないと内定が出ない」・「カタイ金融機関でも私服で面接に行って内定することは可能」・「美談美女は有利」などである。私自身、メディアでこの手の言説にコメントを求められたことはよくあるし、過去の著書でも一部は言及してきた。これらの言説は実に面倒である。というのも、就職活動をする学生たちやその取り組みを紹介するメディアは要約して一つの法則を伝えようとするが、一般論として成立しにくい(p.56-58)

一応「私自身、メディアでこの手の言説にコメントを求められたことはよくあるし、過去の著書でも一部は言及してきた」とあるけれど、どこか他人事のようにメディアを評しているのは気のせいだろうか・・・。常見さん自身も就活に関して「要約された一つの法則」という「面倒な言説」を積極的に発信していたじゃないかと僕は思っている。


例えば、ポストセブンの「Fラン学生が一流企業に内定 必ず読んでる本は司馬遼太郎」という記事。元々常見さんは「就活の栞」というサイトで「内定が出る就活生は司馬遼太郎を読んでいる!?の法則」という記事を掲載し、そこで「(前略)私は"きたー!"と思いました。"内定が出る就活生は司馬遼太郎を読んでいる"の法則は現在も生きているのだと確信したのでした」という訳が分からないことを言っていたのだが、このポストセブンの記事もその発言と関連する内容となっている。

この間Fラン(偏差値が極端に低い大学)学生で一流企業の内定を取った学生に取材していたんですが、彼が内定した理由は、司馬遼太郎を読んでいたことでした。彼に限らず、就職戦線でキツそうな大学の子でも大企業に就職した子の鞄には必ず司馬遼太郎が入っています(中略)なぜ司馬遼太郎かというと、面接官のおじさんたちも好きだからです。就職試験で不安なのは学生だけではありません。面接する側も「この人はどういう人なんだろうか」という気持ちが底にある。学生と自分の「接点」を見つけようとエントリーシートを眺めていったときに「司馬遼太郎が好き」とあると、嬉しくなって「あの作品はどう思う?」と会話が弾む。「竜馬がゆくのなかで誰が好き?」という質問を通してその人の人間観、組織感を把握することも出来る

このような記事を書いた人が、現在他人事のように「就活」に関する都市伝説のような情報の流布を危惧しているというのは中々おかしなことである。仮に「メディアの取材に答えた結果、情報が単純化されて発信されてしまった」という話なら常見さんを責める余地は殆どなくなるけれど、このように自ら積極的に「都市伝説のような情報」を発信してきた人がここにきて「これらの言説は実に面倒である」と他人事のように言っているのには違和感がある。


また、同じくポストセブンに掲載された「高校名重視の面接官 灘→東大最強、慶應内部生に疑問抱く人も」という記事も同様の例として挙げられるかもしれない。

面接官の間で、昔から使われているテクニックがあります。それは、「高校名に注目しろ」というものです。大学は一流でなくても、名門高校に通っていた学生は地頭がいいのではないかというわけです。名門高校は自由な校風のところも多くて遊び呆けてしまう人もいるわけです。逆に受験勉強がガチガチに厳しく、ドロップアウトしてしまう人も。だから、有名大学ではなくても、高校が名門校なら優秀じゃないかと考えるわけです。上場IT企業の採用責任者は「いまや、一番信頼できるのは高校名では?」と語ります。

見ての通り、「どのくらいの企業が実際に"高校名"を見ているのか」・「高校名を見ているとして、それがどれだけ評価に影響するのか」という点が検証されておらず、特に「偏差値が低い高校から有名大学に進学した就活生」を不安にさせる記事となっている。この記事を読んだ人の中には「また常見か。こいつは就活を面白おかしく煽って稼ぐクズ」と述べる人すらいる(http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-4602.html)。繰り返すけれど、その常見さんは現在「就活」に関する都市伝説のような情報の流布を危惧する立場に回っている。


僕はこの「就社志向の研究」に星1つをつけた、即ち最低評価を下した身なので、立場としては「そもそも、この本の購入を薦めない」というものである。しかし、もし本を購入した人がいるならば、そうした人には読書の過程で「冷静に事態を分析しているように見えるけど、これはマッチポンプじゃないか?」という視点を持ってもらいたいと思っている。実は今回取り上げた箇所以外にも、もう一つマッチポンプと思われる箇所がある。「本を読み直したところ、僕の勘違いでした」なんてことにならない限り、その点についても文章を書けたらと思う。

「就活」に関する都市伝説のような情報の流布を危惧する常見さんも、そうした情報を積極的に発信してただろうという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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「"就社志向"の研究」・「ブラック企業完全対策マニュアル」のレビューを書きました

先週から僕が書いた「就活問題・労働問題・教育問題に関する本」のアマゾンレビューの紹介を始めていますが、今回は常見陽平さん著「"就社志向"の研究 なぜ若者は会社にしがみつくのか」・古川琢也さん著「ブラック企業完全対策マニュアル」のレビューを転載します。「"就社志向"の研究」のレビューがかなり長いので(星1つをつけるにあたっては、やはりそれなりの理由は書かないといけないと思うので・・・)、興味ない人は読み飛ばして「ブラック企業完全対策マニュアル」の書評の方に目を通してもらえればと思います。

●「"就社志向"の研究 なぜ若者は会社にしがみつくのか」(評価:星1つ)

「海老原嗣生さんの仕事の劣化バージョン」

P.9にも書かれていますが、本書の目的は働き方・就活に関する事実・問題が何なのかを整理することにあります。本書を手に取る前に認識していただきたいのが、本書には著者なりの「では、どうすればよいのか?」という考えが示されているわけではないということです。


本書を読み終えても、結局のところ著者が就活をどう改善するべきと考えているのか、そのための策は何だと考えているのかが見えず、その点に不満を感じました。著者は本書でたくさんの「ダメ出し」を行います。「企業の採用改革はダメ」・「就活時期の繰り下げはダメ」・「新卒一括採用批判はダメ」・・・。


もっとも、じゃあ著者は「現状維持で良い」と考えているのかというと、「実際の学生が取り組む就活の肥大化・煩雑化、さらには企業と学生が出会えない構造こそが問題なのである(p.83)」・「学生が取り組む活動としての就職活動、企業が取り組む採用活動双方にとって肥大化し、負荷のかかるものになっていること、構造的な問題を抱えていることの方を問題として直視したい(p.105)」と述べているので、そういう訳でもないようです。しかし、本書では問題を直視したいと言って話が終わっています。本書の目的が事実・問題の整理であることは分かりますが、正直読み終えて「散々ダメ出ししておきながら、自分なりの解決策は示さないのか」という苛立ちを覚えました。本書と同様に、雇用問題の事実を丁寧に捉えることを目的とした仕事は何年か前に海老原嗣生さんという方も行い「就職、絶望期」などの著書を出しているのですが、彼が事実の整理に留まらず「問題の解決策の提示」もセットで行ったことを鑑みると、本書の存在意義に大きな疑問を抱きます。


もっとも、本書の目的は事実・問題の整理であるのだから、本書の評価はその目的を達成できているか否かで決めるべきだという意見もあるかもしれません。ただ、本書の中身に関してもいくつか不満がありました。その中で2つだけ記します。


第一に、著者が依拠するデータの信頼性に関する説明が不親切だったことです。この点、海老原さんは「就職、絶望期」という著書において、自身の主張を支えるデータを紹介する際に「大小約2500社にアンケートを実施した大規模な調査なのだが、とりわけ5000人以上の超大手企業の捕捉率がすごい」・「大量のアンケートとグループインタビューをもとに、就職開始から学生の志望軸がどのように変わっていくか」など、データの信頼性をも説明していました。勿論、全てのデータについて一々そのデータの信頼性を論証する必要は無いと思いますが(特に公的データを用いる際には、そういう説明は不要と思いますが)、本書では特に「HR総合調査研究所」のデータを用いる際にそのような姿勢が欠けており、著者が依拠するデータをどこまで信用していいのか疑わしい箇所もあります。例えば、著者は「HR総合調査研究所」のデータを根拠に「ターゲット校を設定する企業が52%にのぼる」ことを論証していますが、その調査に参加した企業数は書かれておらず、どこまで調査結果を鵜呑みにしてよいのかが分かりませんでした。データを信用してよいのか分からないということは著者が言う「事実」が本当に事実なのかを疑問に感じることにつながる訳で、本書を読んでも自分の中で事実が整理された感覚は芽生えませんでした。


第二に、「なぜその事実を伝えようとしているのか?」という目的意識が感じられないことです。本書における議論には脈絡が欠けている箇所が散見されます。例えば、新卒一括採用の是非について議論しているかと思えば、いきなり「雇用契約の特殊性」について解説を始めたり。また、本書の冒頭で「学生にとっての就活対策本ではない」と言いながら、第5章の初めで「最終面接で落ちてしまう理由」を解説し始めたり。あるいは、なぜか唐突に「意識の高い学生の出現」について解説を始めたり。もしかすると著者は就活に関する事実を網羅的に伝えようとしていたのかもしれませんが、読み手からすると「この事実を読者に伝えることで、何がしたいんだ?」という疑問を抱きます。この点、海老原さんの主張の流れは「若者は世間で言われているほどかわいそうではない→でも、問題もある→その問題の解決策は~だ」とすっきりしている、即ち事実を整理することの目的意識がはっきりしていると言え、本書と比べると質が高いものと言えます。


自分がここまでで書いた文章を読むと、全体を通して本書を批判して海老原さんの本を持ち上げる構成になっていると感じます。以上より、本書は「海老原嗣生さんの仕事の劣化バージョン」と表現できるかと思います。正直個人的には海老原さんの論考にもおかしな点が多いと感じているのですが、本書と比べれば質は高いです。就活・雇用問題について1冊手に取るなら海老原さんの本を取る方が良く、本書に目を通す価値は乏しいというのが私の評価です。


なお、本の副題に「なぜ若者は会社にしがみつくのか」とありますが、この点に関する考察は皆無です。「会社にしがみつきたがる若者が増加中」という主張の論証は一応あるのですが、なぜ若者が会社にしがみつきたがる傾向が高まったのか、その理由に関する考察はありません。本書でも取り上げられている労働政策研究・研修機構の「第6回勤労生活に関する調査」では、「複数企業キャリア」を支持する20-29歳が2007年時に42.9%だったのにも関わらず、2011年時には28.2%に急落したという結果が出ました。個人的にはなぜそのような結果となったのかが知りたかった(少なくとも、専門家の考察を知りたかった)のですが、本書にそのような視点はありません。本書の副題は「嘘」だと思った方が良く、この副題に関心を持った人は注意してください。


●「ブラック企業完全対策マニュアル」(評価:星5つ)

「ブラック企業の問題点・ブラック企業に立ち向かう術をコンパクトにまとめた良書」

P.3に書かれている通り、本書は「ブラック企業の実態を知ってもらうと同時に、それらとの闘い方を知ってもらうこと」を目的として書かれた本です。


本書の長所は、第一に、ブラック企業に関する実情・様々な論点を網羅していることです。本書では、ブラック企業の見分け方・ブラック企業がどのような手口で労働者を追い詰めていくか・ブラック企業に対抗するにはどうすれば良いのか・専門家を頼る際に注意すべきこと・・・などブラック企業について考える際に知っておくべき知識がコンパクトにまとまっています。それでいながら、解説の質も十分担保されています。


第二に、ブラック企業に立ち向かうための術・姿勢が具体的に書かれていることです。この点、今野晴貴さん著の「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」には労働者に「(ブラック企業に立ち向かうために)戦略的思考をせよ」と提言する箇所がありますが、その「戦略的思考」とは何かが本書を読むと伝わってきます。例えば、著者曰く「労基署を動かすにもコツがいる」らしく、闇雲に労基署に訴えることの意義があまり大きくないことが分かります。労基署を動かすには「証拠」が必須なのですが、その「証拠」の集め方にも注意すべきポイントがあることが本書を読むと分かります(ここで、第一の長所を説明した際に「解説の質も十分担保されています」と書いた意味を分かっていただけるのではないかと思います)。労働者が勝手に「これが戦略的な策だ」と思い込みながら企業に対抗しようとしてもあまり意味は無く、専門知に裏打ちされた効果的な行動をとる必要性を実感します。


上記のような長所があり、且つ個人的には特に不満を感じる部分も無かったことから星5つとしました。ちなみに、ブラック企業問題を扱った本として今野晴貴さん著の「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」が有名ですが、この本が「ブラック企業に関するエピソード・ブラック企業を存在させる構造」について力を入れて考察しているのに対して、本書はタイトルにある「完全対策マニュアル」という文言から分かるように、ブラック企業に立ち向かうための具体的な術・姿勢の説明に多くのページ数を割いているという特徴があります。どちらも読めればベストですが、1冊だけ購入するならば各々の関心に沿った本を手に取ると良いと思います。 

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脱社畜ブログ流「やりがい搾取」批判のおかしさ

これまでこのブログでも何度か触れたことがある「やりがい搾取」という概念。この概念をどのように理解しているかは人により異なるかもしれないが、一応この概念を生み出した本田由紀先生の説明を参考に概念の定義を説明する。この概念は、企業が職場に①趣味性②ゲーム性③奉仕性④サークル性・カルト性といった要素を用意することを通じて、労働者が自己実現のために長時間労働に従事するための仕掛けを作り、ひいては企業が「安定雇用の保障や高賃金という代価なしに、労働者に高水準のエネルギー・能力・時間を動員させる」という意味で労働者からの「搾取」を実行することを言う。


このような企業が得をして労働者が損をする概念に対して、日本の労働環境・仕事観に異議を申し立てる「脱社畜ブログ」は当然憤りを覚えている。実際「給与・待遇に比例しない責任がなぜ正当化されるのか」という記事は、ヨーカ堂の「正社員半減」に関するニュースを「要は"どれだけ安い給料で、見返り以上の仕事をさせられるか"の限界値を探っている、という話である。あまりにも典型的な"やりがいの搾取"であり、小学校・中学校あたりで注意喚起のために進路指導の時間に教材として使ったらいいんじゃないか、と思うぐらいである」と評している。最近の記事でも、「やりがい搾取」について否定的な立場を示す記述がある(http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2013/11/18/204709)。


ここで脱社畜ブログが「企業が労働者に給与・待遇に比例しない責任を課すこと」・「企業が労働者に安い給料で見返り以上の仕事をさせること」を「やりがい搾取」として批判していることが分かる。この点、「企業を叩き、労働者を擁護する」という意味では脱社畜ブログのスタンスは何もおかしくないと言えるかもしれない。しかし過去記事の内容と照らすと、脱社畜ブログがヨーカ堂の取り組みを責める形で「やりがい搾取」を批判するのは筋が通らないのではないか?と思える。


問題となるのは、脱社畜ブログの「経済合理的に行動することが、なぜ批難されなければならないのか」という記事である。その記事は去年起きた「埼玉県の公立学校教員110名が、退職手当減額の前にかけこみ退職を希望した」ニュースを扱っているもので、早期退職を希望した教員を「無責任だ」と責める声に対して次のように述べている。

「学年の途中で教員が辞めたら、生徒は混乱する」という意見はごもっともだが、これで辞めた教員を批難するのは筋違いだ。退職希望を出している教員は、ただ単に合理的に行動したに過ぎない。批難すべきは、経済合理的に行動すると学年の途中で教員の交代が生じざるを得ないようなシステムの方である。

僕はこのニュースを巡る詳しい事情を忘れてしまったので脱社畜ブログの記事を確認したところ、早期退職をせずに働き続けるよりも早期退職をした方が70万円多くもらえるという状況があったらしい。だからこそ脱社畜ブログでは、早期退職を希望した人は単に経済合理的に行動したのに過ぎないのであって、それは当然であると考えていたという訳だ。


この記事では埼玉県の教員たちの行動の是非を検討したいわけではない。取り上げたいのは、上述の脱社畜ブログの記事における「退職希望を出している教員は、ただ単に合理的に行動したに過ぎない。批難すべきは、経済合理的に行動すると学年の途中で教員の交代が生じざるを得ないようなシステムの方」という記述。なぜならこの記述に照らすと、上述のヨーカ堂が行った「"どれだけ安い給料で、見返り以上の仕事をさせられるか"の限界値を探っている」という行為も経済合理的に行動したものとして肯定するべきなんじゃないか?もしその結果ヨーカ堂の労働者が損をするとしても、それはヨーカ堂が経済合理的に行動したら労働者が損をするシステムが悪いのであって、ヨーカ堂を責めるのは筋が違うのではないか?このような疑問が浮かぶからである。


これは「やりがい搾取」を提唱した本田先生の理論の問題点だと思うのだが(そして、これまでこの問題点をスルーしてきた僕の問題でもあるのだが)、「やりがい搾取」を批判する人は企業が「仕事に見合わない低い賃金・待遇」しか労働者に与えない行為を責めながら、その「低い賃金・待遇」がどういうものなのかをはっきりと示さない。確かに「この仕事だったら、普通はこれくらい金をもらえるだろう」という相場があるのは分かるし、その相場を下回ることを「搾取」というのも気持ちとしては理解できる。しかし仮に企業の待遇が相場を下回っていたとしても、それも「合法」だったら企業を「搾取している」と責めるのは筋が違うのではないか。つまり、企業が労働者に高水準のエネルギー・能力・時間の提供を求めていても、それが最低賃金法などの法律に違反していなければその企業を責める余地は無いのではないか?


勿論「法律に反してなくても、問題視すべき行為をやっている主体を批判する余地はあるだろう」という理屈は考えられる(そして、その理屈に沿って「やりがい搾取をしている」と問題視し得る企業もあるだろう)。というか、「法律に反しているわけでもない行為をする主体を批判するべきではない」とここで僕が主張しだしたら、これまで書いてきた採用担当者・面接官批判の記事は何だったんだという話になる。ただ脱社畜ブログの場合は、上述のように、早期退職を希望した教師に対する「無責任だ」という声に対して「経済合理的に行動したら、早期退職するに決まっているでしょ」と擁護して批判の矛先を教師からシステムに向けるべき立場を示していた訳で、その立場に立っていながら(法律などのシステムではなく)経済合理的に行動することで他者(労働者)に不利益をもたらす行為をしている「企業」という主体を批判するのはダブルスタンダードといえる。


脱社畜ブログでは上記のように「批難すべきは、経済合理的に行動すると学年の途中で教員の交代が生じざるを得ないようなシステムの方である」と言ったり、他にも「人を責めるのではなく、システムを変えよう」と題した記事を書いたりしているが、実際にその「システム」にメスを入れた記事があったかというとちょっと思い浮かばない。しかし考えるべきは「企業が経済合理的に行動したら、労働者が不利益を被るシステム」の存在である。「そのシステムを改めれば良いじゃないか」と言っても、労働者の待遇を保証するようにすれば今度は企業が厳選採用に走る危険性を生み出しそうである。「システムを変えよう」・「システムを考え直そう」・・・言うのは簡単だが、実際に落としどころを見出すのは難しい。

脱社畜ブログ流「やりがい搾取」批判はおかしいという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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「新卒一括採用」を狭義で考えるか広義で考えるか、整理して話さないと議論が噛み合う訳が無い

前回の記事で、amazonで書いた「若年無業者白書」・「いま、先生は」のレビューを当ブログに転載した。来週も同様の試みをするため、ただいま常見陽平さん著の「"就社志向"の研究」という本を読んでいる。この本を読んでいて改めて、「新卒一括採用」という言葉の捉え方が人によって異なることを実感した。


常見さんは本書で「現状の慣行をまとめると、次のような定義になるだろう」と述べた上で「新卒一括採用」を次のように定義している。

企業が年度毎に大卒者を中心に、ほぼ毎年、ほぼ同じ時期に定期採用をして、翌年の新しい期のスタートと同時に大学卒業後すぐに組織に迎え入れる行為

中には、常見さん流の定義をすんなりと受け入れる人もいるかもしれない。しかし僕は「大卒者を中心に」という箇所が気になった。その気になった点を述べる前に補足を書くと、ここで「大卒者を中心に」とあるが、それだったら「学生」という立場で就活をする人が少数派であるというあまりにも実態からかけ離れた結論が導き出されるため、常見さんは恐らく正確には「大卒見込み者を中心に」と言いたかったのだと思う。よって、ここからは勝手に(笑)「大卒者を中心に」という言葉を「大卒見込み者を中心に」という言葉に置き換えたい。


常見さんは新卒一括採用における採用対象者を「大卒見込み者を中心」と考えている。そしてここでいう「中心」という文言から、卒業見込み者「のみ」が採用対象になっているわけではないとみなしていることも伺える。実際常見さんは、「既卒者」を採用対象に含めることにし、「新卒一括採用をやめ、"志"一括採用に移行する」という姿勢を示したエイベックスの採用方式を「"新卒一括採用をやめ、志一括採用に変える"と言いつつ、"条件を緩和したユニークな新卒一括採用"にしか見えないのは、私だけだろうか」と評している。エイベックスは「既卒者」を採用対象に含めているにも関わらず、常見さんによるとそれも「新卒一括採用」であるという。この点に違和感を覚える人はいるのではないかと思うし、僕個人もこの考え方にはモヤモヤしている。


この点に違和感を覚える人は、wikipediaやposse流の「新卒一括採用」の定義に納得感を得るのではないだろうか。wikipediaでは「新卒一括採用」が「企業が卒業予定の学生(新卒者)を対象に年度毎に一括して求人し、在学中に採用試験を行って内定を出し、卒業後すぐに勤務させるという日本独特の雇用慣行」と定義されている。また、ブラック企業問題に取り組むNPO法人・posseも、「特集 <シューカツ>は終わらない?」という雑誌において「日本で就活といえば、大学在学中に就職活動をして内定をもらい、卒業と同時に働き始めるというスタイルが一般的です。多くの学生がいっせいに就職活動をはじめ、職種とは関係なく、人事部が一括して学生の採用をおこなうことから、このような企業への参入の仕方は"新卒一括採用"と呼ばれ(以下略)」と新卒一括採用を説明している。これらはどちらも、新卒一括採用を「在学中の学生のみ」を対象にした採用方式であるとみなしていることが分かる。


本田由紀先生は、上述の「特集 <シューカツ>は終わらない?」で「新卒廃止論については、"新卒一括採用"を狭義で考えるか広義で考えるか、どこを問題点と見なすか、どこがどう変わったら廃止と呼ぶかをちゃんと整理して話さないと、すれ違うばかりになってしまいます」と述べている。本田先生の発言から新卒一括採用には「広義」・「狭義」の2種類の捉え方があることが伺える。確かにここまでで書いたことから考えると、「学生だけではなく、既卒者も採用対象に含まれる」という意味で広義の「新卒一括採用」、「学生のみが採用対象となる」という意味で狭義の「新卒一括採用」があると言えるのではないだろうか。一言で「新卒一括採用」と言っても、それが広義での意味なのか、あるいは狭義での意味なのかを捉えないと訳が分からない議論になることは想像に難くない。


例えば、新卒一括採用に関する議論において頻出の主張である「就活が学業を阻害している」という主張。狭義の新卒一括採用を思い浮かべる人は新卒一括採用を「学生のみが採用対象となる」方式だと捉えているため、その認識に基づき、在学中の学生に就活をさせる新卒一括採用を「学業を阻害している」と批判することになるだろう。一方で、常見さんのように広義の新卒一括採用を思い浮かべると「企業は既卒者に門を開いているから、新卒一括採用という採用方式から学業阻害の問題は生じない(学生は卒業後に就活をすることが出来るから)」という主張が生まれやすくなる。新卒一括採用をどう定義するかで、新卒一括採用の是非、賛成・反対の論拠が全く変わってくるし、それを揃えないと議論は噛み合わないのではないだろうか。

「新卒一括採用」を狭義で考えるか広義で考えるか、整理して話さないと議論が噛み合う訳が無いという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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「若年無業者白書」・「いま、先生は」のレビューを書きました

出来ればこれから週に1回、「就活問題・労働問題・教育問題に関する本」のアマゾンレビューをこのブログで紹介したいと思います。先週は「若年無業者白書」・「いま、先生は」という本のレビューを書いたので、これらのレビューを転載します。それを目にして、各々が自分にとって興味深い本を見つけられたなら幸いです。また、僕以外のレビューに目を通してみるのも面白いかもしれません。

●「若年無業者白書 その実態と社会経済構造分析」(評価:★3つ)

「若年無業者の実態を印象論ではなくデータで捉えようとする試み」

無業者のうち求職活動をしている「求職型」733人、無業者のうち就業希望を表明しながら求職活動をしていない「非求職型」636人、無業者のうち就業希望を表明していない「非希望型」367人の計2291件の若年無業者のデータを基に、それぞれの型の特徴について考察した白書。例えば「若年無業者のPCスキルの有無」・「就活のためのスーツを持っているか否か」といった就活リソースの現状や、若年無業者の相談相手に関するデータなどが載っています。また本白書は単にデータの紹介に留まらず、どのような要因が無業期間の長短に影響を与えているのかといった分析もなされています。


若年無業者の実態を印象論ではなくデータで捉えようとする試みは非常に意義のあるものだと思います。精度の高い現状認識を得ることは、より実効性のある解決策を生み出すことにつながるはずです。


不満点としては、例えば「"体調が良い"と答えるのは求職型がもっとも多い」などの調査結果を見た際に「そりゃそうだろう」と感じたこと。勿論その「当然のこと」を数字の形で示すことが大事で、だからこそ白書が作られているわけですが、読み手の側からすると正直読んでいて面白みに欠けた箇所がそれなりにあったのも事実です。


また白書の最後の方で、白書作成者の一人である西田亮介さんが「今回使用したデータは、育て上げネットの事業所への来所者を対象としたものです。ここで既に支援機関に相談に来た人を対象にしているわけで、今回の結論が若年無業者一般についての結論が言えるかというと、そうは言い切れないところがあります。データ収集の時点でバイアスがかかっているからです」と述べているように、本白書の調査結果が「完璧」とは到底言えません。今後さらに精度の高い分析がなされることを期待したいです。


●「いま、先生は」(評価:★4つ)

「"労働問題"として教師たちの現状を見つめることの必要性を感じさせる1冊」

教師の労働環境について描写した一冊です。主な内容は酷な労働環境に苦しむ(苦しんだ)教師に関する具体的なエピソードですが、ベネッセ教育開発センター・OECDなどの統計データも紹介されており、鳥瞰図・虫瞰図双方の視点をもって問題を考察した本と評価できます。


本書を読み、教師の労働環境を観察する際には単に労働時間を機械的に読み取るのではなく、子供・保護者への対応に伴う精神的なプレッシャーをも考慮に入れる必要性を再確認しました。勿論、教師という仕事を選んだ以上はそうしたプレッシャーとある程度向き合うべきだと思いますが(向き合うことが無理そうなら、そもそも教師という仕事を目指すべきではない)、一方でそうしたプレッシャーを緩和する策を考えていく必要があります。例えば「日本では暴れる生徒を教師が押さえつけなければなりませんが、アメリカでは学校に警備担当職員がいて、彼らがその仕事をする」というコメントを私が運営するブログに頂いたことがありましたが、これも教師の負担を緩和するための一つの方法と言えるでしょう。


勿論、労働時間の問題も考えなければなりません。この点についても解決策を考えるにあたって海外の事例に目を向けることが有益だと考えます。なぜなら本書には「2009年時点で日本の小学校の教員がOECD平均より年間で236時間多い1899時間働いている」というデータが載っていますが、これは日本の教師の負担の大きさを示していると同時に、海外ではそこまで教師の労働時間が長くない国があることをも示しているからです。海外のやり方をそのまま日本に直輸入するのは妥当ではないかもしれませんが、一考の余地はあるでしょう。本書にはそういう点に切り込んでほしかったと感じましたが、実際には他のレビューにもある通り本書には「問題を解決する指針」という要素が乏しいです。その点が少々物足りなかったです。 

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常見陽平さんによる「就活生紹介」との付き合い方

常見陽平さんが書いた「就活女子 "20時退社"が"キラキラ"とこだわり持つ人多数」という記事がポストセブンに載っていた。その記事によると、女子大生が企業選びの新基準として「キラキラ20時退社」というものを設けているとのこと。定時に仕事が終わるのはなんだか働いていない気がしてしまい、逆に21時以降の退社だと自らを「社畜」と感じてしまうので、「20時」というタイミングで退社することが適度に充実感をもって仕事に取り組めている気がするという意味で理想的なのだそうだ。


この常見さんの記事を読んで呆れたのは、記事のタイトルには「こだわり持つ人多数」と、記事本文には「この最新トレンド(つまり「流行がある」ということ)をご紹介しましょう」とあるのに、その記事の半ばで「サンプル数の少ない、インタビュー調査ではありますが、ただ、気持ちは分かります」と書いてあったこと。サンプル数が少ないんだったら、その結果から「20時退社」「キラキラ」を就活女子全体のトレンド(あるいは「就活女子にはそういう人が多い」)とは言えないはずだろう。ちなみに、常見さんの記事に対するコメントの中に「現役で女子大の4年生だが、まわりは20時退社にこだわりを持つ人なんていなかった。バリバリ総合職狙いか一般職狙いだったなあ」というものがあったのには笑った(http://netnavi.appcard.jp/e/119wf)。


この「キラキラ20時退社(を求める就活女子)」に限らず、ポストセブンには常見さんによる「こんな就活生がいますよ」という紹介記事が掲載されることがしばしばある。それ自体は別に良いのだが、個人的には常見さんの就活生紹介はどうも「針小棒大」という印象を受ける。前述のように、「キラキラ20時退社」も元々は「サンプル数の少ない、インタビュー調査」でしか確認されていない事象に過ぎないのに、ポストセブンのタイトルや常見さんの記述を見ると、それがあたかも就活女子全体の趣向であるかのように紹介されていた。


また、ポストセブンに載っている常見さんの就活生紹介の記事と言えば「意識の高い学生w」ネタも欠かせない。例えば一昨年に書かれた「就活"意識の高い学生ww"の根っこはヤンキーと同じと専門家」は文字通り「意識の高い学生w」について触れている記事であるが、その記事の冒頭には「"意識の高い学生ww"の波がきています」と、就活現場で「意識の高い学生w」がトレンドになっていることを示すかのような記述がみられる。


ところが、昨年に出た常見さんの著書「"意識高い系"という病」の最後の方には次のような記述がみられる。

「意識の高い人(笑)」と言われる人、あるいはそう認定される行動をしている人たちは、いったいどれくらいいるのか?正確な数は分からない。それこそ、首都圏を中心とした文化や、よっぽどネット好きの人の文化だったりする。日本全体から言うと、ごく一部に過ぎないのだ(中略)「意識の高い人(笑)」の構造も全く同じで、彼らはごく一部の盛り上がりを参考にし、それを真似して、意識の高い行動パターンをとる。一定の広がりを見せるものの、全体で言うならばほんの一部の話であるわけだ(中略)思わずいじりたくなる意識高い系の人たちというのも、絶対数はどうやらそれほど多いわけではなく、象徴的な行動だけが独り歩きしていることを伝えたかったのである

つまりポストセブンで「意識の高い学生(笑)」の波を報告した他ならぬ常見さんが、後に「意識の高い人(笑)」がそんなに存在したわけではないことを言っているという、なかなかおかしなことになっているわけである(僕はこれらの記述を目にしたときは「この人、今更何を言っているんだ?」と感じた)。「"意識高い系"という病」の記述だけを見ると常見さんが冷静に実情を分析しているかのような印象を受けるかもしれないが、そもそも「意識の高い人(笑)」発生の話題を無駄に盛り上げたのも常見さんだったじゃないかと僕は思っている。


この「意識の高い学生w」ネタについての文章からも伺えるように、常見さんが「波が来ています」と言っていても、実際には全然来ていない(というよりは、来ていても全然大したものではない)と受け取るくらいで丁度よいのではないか。そうなることで、批判の矛先が「最近の就活女子はバカだ」と就活生に向かうのではなく「常見さんの記事は内容が酷い」と常見さんに向かえば良いと思っている。

常見陽平さんによる「就活生紹介」には「針小棒大」という言葉がよく似合うという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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