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最高裁「入学式は教育上の特に重要な節目となる儀式行事」

17日の毎日新聞にて、公立中学教諭が「のど自慢」に出演するために担任のクラスの授業参観と学校行事を欠席していたことが報じられた。毎日新聞の記事でも触れられていたけれど、このニュースは先月大いに話題になった「自分の子どもの入学式に参加するため職場の入学式を欠席した教諭」の議論を思い出させるものである。


過去記事に書いた通り、僕は教諭の行動の是非論よりも「学校側が"入学式だから"という理由で時季変更権を行使することは可能なのだろうか?」という点に関心を持ち、その点を考察してきた。考察の過程では労働法の本の記述や弁護士の方のツイートを参照し、その結果としては「微妙な問題だ」というつまらない結論に達してしまったのだが、最近憲法学者の木村草太先生が書いた「憲法の創造力」という本を読んだことで、この件について少し考えが深まった。具体的には、裁判所が「入学式」という行事をどのように捉えているかについての理解が深まったのである。


そもそも僕が過去記事(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-560.html)にて引用した弁護士の方のツイートには次のような記述があった。 このツイートの言葉に照らせば、仮に裁判所が「式典の重要性」を強調する立場なら、それは即ち学校側の時季変更権の行使が有効に傾くと言えそうである。そして上述の木村先生の本を読む限り、僕の理解では、裁判所は「式典の重要性」を認識しているように思えた。というのも、木村先生は本の第1章にて平成23年に出された「一般の教員に"起立・斉唱"を命じた職務命令を合憲とする判決」を取り上げているのだが、その中で最高裁が次のように述べていたからだ。

学校の卒業式や入学式という教育上の特に重要な節目となる儀式行事においては、生徒などへの配慮を含め、教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。

なお、木村先生が取り上げている判決は「君が代不起立問題」に関するもので、「入学式の日に担任教諭が有給を取ろうとした」というケースとは全く別種のものではある。しかしそれでも、裁判所が入学式・卒業式という式典をどう評価しているのかを理解するにあたっては参考になるかと思う。


そして見ての通り、最高裁は卒業式や入学式を「教育上の特に重要な節目となる儀式行事」と評しており、且つ「教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要」とも述べている。この記述を踏まえると「入学式である」という理由で時季変更権を行使することが認められる可能性は高いのではないかと考えられる。上記のツイートをした方は「どちらかというと、時季変更権の行使は認められなさそう」という趣旨のことを言っていたし、また「ブラック企業対策プロジェクト」に参加している佐々木亮弁護士も「報道で知る限りの事情では、この件で時季変更権は認められないものと思います」と言っていた(http://bylines.news.yahoo.co.jp/sasakiryo/20140416-00034557/)。しかし、僕としては上述の通り「時季変更権を行使することが認められる」という解釈の方が妥当なのではないかと考えている。


もっとも、最高裁の「入学式」に対する評価を踏まえたとしても、例えば「教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図る」という点に着目すれば「代わりの教諭がいるならば、別に秩序は乱されないだろう」と考えることは可能かもしれない(つまり、学校側の時季変更権の行使を認めないということ)。しかし一方で、「自分の子どもの入学式に参加するため職場の入学式を欠席した教諭」に対する非難の声がそこそこあったことを鑑みると、学校側が「入学式の日に担任に休まれると、式典の最中に文句を言う保護者が現れかねず、そうなれば式典の円滑な進行が妨げられる」と考えて時季変更権を行使することも出来そうである。つまり、結局のところどちらの立場に立っても一定の理がある「微妙な問題」と言えるのかもしれない。

「学校側が"入学式だから"という理由で時季変更権を行使することは可能なのだろうか?」という点は判断が難しいという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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トンチンカンな企業批判をする方もする方だけど、それに理解を示す方も示す方

これは前回の記事について言及するツイートである。その中に「文脈を考慮することだけが重要とは思わない。判断材料の一つ」という文があるけれど、これは前回の記事で述べた「ある言葉の意味を解釈する際にはその言葉単体を抜き出して判断するのではなく、言葉が発せられた文脈を考慮することが重要だろう」という主張にかかった批判だと思う。批判を頂いた僕からすれば、これは「読解力不足」・「ただのいちゃもん」と感じているのだが、この記事では僕がそう感じた理由を書いていくことを通じて前回の記事の補足としたい。


まず「読解力不足」についてだけれど、そもそも僕は前回の記事では「"経営者目線を持って仕事をしろ"がどういう場面で言われ、その言葉によってどういう行為が求められたのかに触れることで、その文脈から言葉の意味をある程度判断できるはずだからである」・「そうすることで自ずと"つねに経営者目線を持って仕事をしろ"という言葉をより合理的に解釈できたはずだ」と書いていた。これらの記述を踏まえれば、僕が「文脈を考慮すること」の万能性を説いていた訳ではなく「こうすることで、よりマシな解釈が出来る」と主張していたことは分かるはずだ。そういう主張に対して「文脈を考慮することだけが重要とは思わない」なんて反対意見を言われても「別に"文脈を考慮することだけが重要"だなんて言ってませんけど」としか思えない。


もう一つ「ただのいちゃもん」という点についてであるが、これは「文脈を考慮する」という手法が万能とは限らないとしても、決定的に重要であることは間違いないと考えることによる。前々回・前回の記事で取り上げている「経営者目線を持って仕事をしろ」はそれ単体で見れば「マジックワード」と評してよい抽象的な言葉なので、その意味を判断するにあたっては、言葉がどういう場面で言われたか・その言葉を発することによって何を求められたのかなどの「文脈」を判断することは必須事項だろう。むしろ、これ以上に考慮しなければいけない事項など想像がつかない。もっとも仮に「velvetten」さんが、「"文脈を考慮すること"は~な理由でそんなに重要じゃない」だとか「"文脈を考慮すること"以上に~な要素を考慮するのが妥当で、日野さんはそれをやってるから彼の主張は妥当だ」などと批判していたのならば僕も考えを改めるけれど、実際にはそんな批判はなされておらず単に「文脈を考慮することだけが重要とは思わない」とケチをつけているだけ。だからこそこれは「ただのいちゃもん」と片づけて良いものと僕は判断している。


「文脈」を考慮することで、仮に「経営者目線を持って仕事をしろ」といった抽象的な言葉の意味を確定することが出来なかったとしても、少なくともトンチンカンな解釈をするのを避けることは可能になるだろう。例えば、東洋経済オンラインの「社長のスピーチは、思考停止ワードだらけ?」という記事に書かれている、社長が(「経営者目線を持って仕事をしろ」と同じ意味と言えるであろう)「経営マインドを持つ」という言葉を発する場面。

グローバル化の中、会社の力が真に試される時代となりました。ここ数年、わが社の業績が思うように伸びなかったのは、まことに遺憾です。わが社は、今年度が正念場。この未曾有の危機に、“組織一丸となって”立ち向かわねばなりません!そのためには、会社組織が一体とならねばいけません!今年はトップも不退転の決意で臨むつもりであります。それを受けて、従業員の皆さんも一人ひとりが経営マインドを持って、頑張ってほしいと思います!上司も部下も心をひとつにしてほしいのです!トップが決めたことを、素早く間違いなく実行できるようにしていただきたい。グローバル化では、何よりもスピードが大切です。今までのように、会議に時間を使っていてはいけない。状況に素早く対応して、必要な態勢を組んでいかなくてはいけません!上の命令を部下が間違いなく理解して、一糸乱れずに行動する。そういう正確さが必要なのです!

正直、個人的には文脈を考慮しても「経営マインドを持つ」の意味を確定するのは困難だった。しかしそれでも「今までのように、会議に時間を使っていてはいけない。状況に素早く対応して、必要な態勢を組んでいかなくてはいけません!」という発言を踏まえると、要は「だらだらやるのではなくて、会社全体の利益を考えて動いて」という意味であるような気はするし、少なくとも日野さんが言っていたような「サービス残業をしろ」・「有給をとるな」という意味だと捉えることは無理筋だということは分かるかと思う。この社長の発言に対して「もっと分かりやすい表現をしろよ」と批判するのはアリだと思うけれど、一方でいくら社長の発言に不明瞭な点があるからといって、聞き手がトンチンカンな解釈をしてよいのかというとそれはダメだろう。


「文脈を考慮したけど、よく分からなかった」なら話は分かるけれど、そもそも「文脈を考慮しない」という姿勢は論外だと思うので、この「velvetten」さんはよくそんな姿勢を見せている日野さんを擁護できるなと思う。トンチンカンな解釈をする方もする方だけれど、それに理解を示す方も示す方で、他ならぬ「velvetten」さんの言葉を借りれば「一定の知性がない(https://twitter.com/velvettened/status/463939865734688768)」と感じる。別にブラック企業が批判されることは「当然」だと思うけれど、「一定の知性がない人」がトンチンカンな批判をしたり、それを支持したりするという動きに関しては企業側を擁護せずにはいられない。

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「経営者目線を持って仕事をしろ」の意味は、その言葉が発せられた文脈を考慮した上で解釈すべきではないか

前回の記事に対して、次のように言及している人がいた。 まさか前回の記事を読んでなお「解釈の一つだとは思う」・「解釈されても仕方がない所はある」なんて言う人が現れるとは思わなかった。そういう訳で、簡単に前回の記事の補足を書きたいと思う。


僕が前回の記事で書いたのは「日本の職場でよく言われているとされる"経営者目線を持って仕事をしろ"という言葉の意味を、抽象的な解釈論をもって勝手に判断するべきではない」という主張だった。これは即ち、「"経営者目線を持って仕事をしろ"という言葉の意味は、(抽象的な解釈論ではなく)具体的なエピソードを持ち出すことを通じて考察すべき」ということも意味している(前回の記事の最後から2番目の段落でも「日野さんは、"経営者目線を持って仕事をしろ"という言葉が発せられたエピソードを持ち出すべきだった」という趣旨のことを書いている)。なぜこのように考えるのかというと「経営者目線を持って仕事をしろ」がどういう場面で言われ、その言葉によってどういう行為が求められたのかに触れることで、その文脈から言葉の意味をある程度判断できるはずだからである。


確かに「経営者目線を持て」という言葉だけを抜き出してその意味を考えようとしても、にっちもさっちもいかないことは間違いない。しかし、「経営者目線を持て」という言葉が発せられるに至った文脈によって、その言葉の意味は明解になるはずである。例えば前回の記事でも書いたけれど、仮に「有給を取ろうとした際に"経営者目線を持って働けよ"と言われて有給が取れなくなった」というケースが紹介されていたならば、その場合は「"経営者目線を持って仕事をしろ"という言葉に"有給をとるな"という意味が込められている場合があるんだな」と理解できる。あるいは、またまた前回の記事で書いたようなものだけれど(今回の記事はかなり手抜きですね・・・)、「経営者目線を持て」という言葉の前後に瀧本哲史さんが言った「言われたことを単純にやるのではなくて、本質的に自社を成功させるためにはどうすればいいか、真剣に考えて行動することです」というような発言があったならば、文脈からしてその「経営者目線を持て」の意味が「言われたことを単純にやるのではなくて、本質的に自社を成功させるためにはどうすればいいか、真剣に考えて行動すべし」だと分かるはずである。


このように文脈から言葉の意味を見出すことは可能であり、且つ日野さんは「"つねに経営者目線を持って仕事をしろ"日本の職場では、なぜかよくそう言われます。本当にいろんなところで何度も何度も言われる」と言っているのだから、その言葉がどういう文脈で(どういう場面で)言われたのかを説明できたはずだ。そして、そうすることで自ずと「つねに経営者目線を持って仕事をしろ」という言葉をより合理的に解釈できたはずだ。前回の記事で日野さんの考察を「アスペか!」と評した声を紹介したが、そう評した人は「言葉を一通りにしか解釈できず、より合理的な解釈をしようとしてない辺りが特に」とも言っている。これは僕の推測だけど、その人は日野さんが「文脈から言葉の意味を判断する」という「より合理的な解釈」をしないで、自分勝手に「言葉を一通りに解釈」していることをバカげたことだと感じていたのではないか。もしこの理解が正しければ、僕はこの見解に全面的に同意する。


ちょっと笑ったのが、この「velvetten」さんは嘗てこのブログの過去記事に「まずご自身がいつも批判だけしてる方々を理解しようとした方が良い気がする」というコメントを残したことがあるということ(http://b.hatena.ne.jp/entry/lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-535.html)。これは「もう少し、人の真意を察そうとしろよ」という批判コメントと言えるけれど、こうしたコメントこそ日野さんの解釈に向けないとおかしい。即ち、「"経営者目線を持て"という言葉を発した人の真意を理解しようとした方がいい」というように。こういう批判コメントを残しておきながら、日野さんの自分勝手な解釈について「解釈の一つだとは思う」・「解釈されても仕方がない所はある」と理解を示すのは自己矛盾のように思える。


「まずご自身がいつも批判だけしてる方々を理解しようとした方が良い気がする」という指摘を受けた側の僕が言うのもおかしな話だが、ある言葉の意味を解釈する際にはその言葉単体を抜き出して判断するのではなく、言葉が発せられた文脈を考慮することが重要だろう。これは即ち、「言葉を発した人の真意を理解しようとする」と言い換えられる。そして、そのような姿勢に欠けた言説は批判に値すると思うし、だからこそ僕は日野さんによる「経営者目線を持って仕事をしろ」の解釈を批判したという訳だ。

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