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あなたがその論客を支持するのは、論客の主張を誤解しているからかもしれない

このブログにある「ダメな就活生・労働者擁護論」というカテゴリで何度も書いてきたのは「企業を叩いている言説だからと言ってそれを雰囲気や印象論で支持するのではなくて、各主張の妥当性をきちんと検証する姿勢を持つ人が増えてほしい」という趣旨のことだった。そして、こうした主張を書く際にはよく「なんでこんな妥当性に欠けた文章に違和感を覚えることなく、支持しちゃう人たちがいるんだろう?」という疑問を抱いていた。


当初は、「主張が自分にとって心地よいものだったから、何も考えずにその主張を鵜呑みにしちゃっているのかな」と漠然と思っていた。ただ、ここ最近頂いた「kato」さんのコメントなどを見て、そもそも「書かれている文章をどう理解するか」について人によって大きな差異があり、この違いにより主張を問題だと感じるか、それとも妥当だと感じるのかが異なってくるのだと感じるようになってきている。


僕と「kato」さんで文章の理解が異なっているのは、内田樹さんが書いた「内田 樹の"ぽかぽか相談室"第17回」という記事。これは「ブラック企業の見分け方」をテーマにした記事なのだが、「kato」さんは内田さんの主張を「入ってみてやばい会社だと思ったらさっさとやめろって意味でしょ」と捉えていて、それゆえに「まっとうなことを言ってるように思えるけど」と主張を評している(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-497.html)。確かに内田さんが本当に記事においてそういう主張を展開しているのなら、それを「まっとうなことを言ってる」と受け止めるのも分からなくはない。


しかし僕の理解では、内田さんの記事ではそんな主張はなされていない。仮に内田さんに「ブラック企業に入ったら、さっさと辞めちゃった方が良いですかね?」と聞けば彼は「うん、辞めた方が良いね」と答えるような気はするけれど、あくまでも当該記事においては内田さんは「ブラック企業に入ったらどうすべきか」と言う点については何も言っていないように思える(この点については、「内田さんの記事に飛んで確かめてみてください」としか言えない・・・)。


では内田さんが何を言っているのかと言うと、それは内田さん流の「ブラック企業の見分け方」に他ならないと思う。というのも上述のように記事のテーマがそれだし、加えて記事には「まともな企業とブラック企業の区別なんて、皮膚感覚でわかるはず」・「就活する人はそういうまともな経営者を生物的直感で探り当てるしかない」という記述がある。即ち、内田さんの記事は「kato」さんが理解したような「ブラック企業に入ったらどうすべきか」というレベルの話をしているのではなく、あくまでも「就活の時点で、"皮膚感覚・生物的直感を働かせる"という手段をもってブラック企業を避けよう」という話をしているのではないか。だからこそ僕が言ったような「ブラック企業の見分け方が分からないでいる人が、内田さんの答えのようなもので納得するわけがない」だとか、あるいはposseの坂倉さんが言ったような「一見した印象がまともな企業でも、ひどいブラック企業はある」といった批判が内田さんの記事に対してなされた訳で、僕としてはこちらの理解の方が正しいと思う。


以上より、僕の中では「kato」さんが内田さんの記事をまっとうだと感じた原因は「kato」さんが内田さんの主張を読み違えたことにあるという理解になっている。正確にいえば「読み違えた」というよりは「書いてないことを勝手に読み取った」という表現の方が適切だろうか。この点、こんなツイートがある。 言うまでもなくこのブログは「現代文のテスト」とは何の関係も無いけれど、このツイートに示されている考え方は主張の妥当性を判断するにあたって重要なものだと思う。僕としては「書いてないこと」に思いを巡らせること自体は問題ないと思うけれど(「この文章にこう書いてあるから、多分この人はこんなことも思っているだろうな」といった具合に推測してみるのは良いと思う)、「書いてないこと」に囚われて本来の主張の意味を理解し損ねるのは宜しくない。


ブログや本などで表現されている考察を見てそれに賛同する、あるいはその考察を述べた論客を支持するということは多くの人にあることだと思う。「賛同できる考察を見つけた」・「信用できる論客を見つけた」というのは素晴らしいことだが、穿った見方をすれば、人がある考察や論客を支持する理由が「その論客の主張を誤解しているから」という場合も大いにあるかもしれない。

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日野瑛太郎さんによる「経営者目線を持て」という言葉を巡る考察の支離滅裂度合いが凄すぎる

日野瑛太郎さんによる「経営者目線を持て」という言葉を巡る考察は、はっきり言ってこれまで僕が読んできた就活・労働関連の文章の中でも最低のクオリティであると思っている。その理由はこれまでのブログ記事で述べてきたような「解釈の裏付けがない」・「企業が従業員に経営者目線を持たせることの必要性を理解していながら、その理解を隠して企業を叩いているふしがある」といった要素があるからだが、もう一つ、「"経営者目線を持て"の解釈がぶれている」という要素も挙げられる。そして「解釈がぶれている」という要素があることに伴い、日野さんの問題提起がわら人形論法と化していると考える。


例えば、東洋経済オンラインの記事には次のような問題提起がある(http://toyokeizai.net/articles/-/26314?page=2)。

従業員が「経営者目線」を持って仕事をしなければならないとしたら、本当の経営者はいったい何の仕事をするのでしょうか。会社の立場で物事を考え、意思決定をするのは、経営者の仕事のはずです。それを雇われにすぎない従業員に求めるというのは、ある意味で経営者の「甘え」とも言えるのではないでしょうか。

この文章によると「経営者目線を持て」という言葉が発せられた時、ただの雇われの身である従業員に経営者がすべき次元で物事を考えたり、意思決定をしたりする必要性が発生する旨を主張している。そして日野さんはそれに憤っているわけだけれど、面白いことにこの文章の直後に日野さんは次のように書いている(http://toyokeizai.net/articles/-/26314?page=3)。

日頃から社員に「経営者目線を持て」と言っている経営者であっても、社員が本当に経営者のように振る舞い始めたら、それはそれで困るはずです。たとえば、経営者目線を持った社員が経営戦略を自ら考えて、社長に直訴しに行っても、普通は相手にしてもらえないでしょう。「お前は黙って自分の仕事をやっておけ」と、言われてしまうかもしれません。経営者がするような意思決定を現場の従業員が勝手にし始めたら、大騒ぎになるでしょう(中略)「今は会社の業績がよくないから、残業代が出ないのも仕方がない。それが会社のためだ」というような「経営者目線」を持つことは大歓迎ですが、具体的な経営戦略の範囲まで社員が口出しするようなことは、求められていないのです

上述のように、先ほどまで日野さんは「なんで経営者がすべき意思決定を雇われの身である従業員がしなきゃいけないんだ!」と怒っていたはずだ。それなのに、この引用箇所によると「経営者がするような意思決定を現場の従業員が勝手にし始めたら、大騒ぎになる」・「具体的な経営戦略の範囲まで社員が口出しするようなことは、求められていない」のだそうな。


ということは、そもそも「経営者目線を持て」という言葉は、経営者がすべき次元で物事を考えたり意思決定したりすることを従業員に対して求めるものではないということになるのでは?そしてそうなると、「経営者目線を持つことを、雇われにすぎない従業員に求めるというのは、ある意味で経営者の"甘え"だ」と言っていた日野さんの憤りは全く見当違いなのではないか?ただのわら人形論法と言っていいだろう。


他にも、日野さんは次のように述べている(http://toyokeizai.net/articles/-/26314?page=2)。

ある部分において、経営者の利益と従業員の利益は、明確に対立しています。それなのに、従業員に対して「経営者目線」を持てと言うことは、利益を放棄しろと言っているのと同じことです。

見ての通り、従業員に対して「経営者目線」を持てという言葉が発せられた時、その言葉が「お前の利益を放棄しろ」という意味を込めている旨を主張している文章である。ところが、記事の最後の方ではこの解釈が変化している(http://toyokeizai.net/articles/-/26314?page=4)。

そこで最後は、経営者目線を持っているフリをするためのコツを伝授しましょう(中略)経営者が言っていることを、自分もそのまま同じように言えばいいのです。たとえば、社長が「人材の育成が大きな課題だ」と、日頃、言っているのであれば、自分も「我が社は、人材の育成にもっと力を入れなければならないと思います」と、同じ内容の発言をすればいいのです。それだけで、自分も「経営者目線」を持ったことになります(中略)会社で現実に求められる「経営者目線」というのは、結局は「経営者の方針に賛成する」ということです。経営者と同じことを言っておけば、怒られることはまずありません。

ここでは「経営者目線を持て」が「経営者の方針に賛成する」という意味合いだということになっている。この点、経営者の方針が「従業員に利益を享受させない」という方向性のものではなく、上に書かれているような「人材の育成を充実させる」というものであった場合、従業員が自分の利益を放棄するということは特にない(というか、むしろ利益になるのでは?)。即ち、「従業員に対して"経営者目線"を持てと言うことは、利益を放棄しろと言っているのと同じこと」とは言えないじゃないか?という話になり、この問題提起もわら人形論法と言っていいと思われる。


異なる記事の間で矛盾が生じているどころか、それほど長いとは言えない一つの記事の中でここまで言葉の解釈がブレブレなのも珍しい。正直、ここまで支離滅裂な文章が書かれていること、その文章が東洋経済オンラインに載っていること、そしてその文章に「いいね!」が3500程ついていることのすべてが信じられないし、まともじゃないと思う。ブラック企業を問題視する言説を今後も絶やさないようにするのは当然のこととして、それと並行しておかしな企業叩きをする人、おかしな企業叩きに加担するメディア、及びそれを支持する人たちを批判する言説をも増やしていかなければいけないのではないだろうか。

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日野瑛太郎さんは企業が従業員に経営者目線を持たせることの必要性を理解していながら、その理解を隠して企業を叩いているのではないか

このブログでは過去に日野瑛太郎さんが書いた「従業員に"経営者目線を持て"という謎の要求」という記事を批判したことがある。そして最近「クソログ」というブログの「リスクを取らない人間にハイリターンはない」というエントリーにおいて日野さんの記事が取り上げられたことで久しぶりにそれを目にした。


僕が過去にした批判は、簡単に言えば「"経営者目線を持て"の解釈にきちんとした裏付けがなく、それでいながらその言葉を発した人を悪者扱いしてるのはおかしい」というものだった(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-561.html)。この考えは今でも変わっていないのだが、実はもう一つおかしい・・・というか日野さんを卑劣な人だなと思うポイントがある。それは「日野さんは、企業が従業員に経営者目線を持たせることの必要性を理解していながら、その理解を隠して企業を叩いているのではないか?」というもの。


この点、東洋経済オンラインの「従業員に"経営者目線を持て"という謎の要求」を見ると、「単なる雇われにすぎない一従業員が、"経営者目線"を持って仕事をしなければならない理由って、何なのでしょうか。雇われは雇われとして、自分の仕事を淡々とこなすという姿勢では、なぜいけないのでしょうか」、「従業員が"経営者目線"を持って仕事をしなければならないとしたら、本当の経営者はいったい何の仕事をするのでしょうか。会社の立場で物事を考え、意思決定をするのは、経営者の仕事のはずです。それを雇われにすぎない従業員に求めるというのは、ある意味で経営者の"甘え"とも言えるのではないでしょうか」といった記述があり、要は従業員が「経営者目線」を持たされるということに全否定的な態度が見られる。ところが、東洋経済オンラインの記事を離れて日野さんの著書「あ、やりがいとか~」を見てみると、p.140で次のような記述が見られる。

「経営者目線」を一切持つな、というわけではありません。会社の方針などは、仕事を進める上である程度理解しておいた方が良いでしょうし、仕事によってはそういう視点における判断を避けては通れないという場合もあります

このように、東洋経済オンラインの記事では従業員が「経営者目線」を持つということに完全に否定的だったのに、著書では一転して従業員が経営者目線を持つべき場合を肯定している。このブログのコメント欄には過去に日野さんの記事を「防御網をこらすのも毎回周到で感心します」と評した人がいたけれど、今回はその防御網(「"経営者目線"を一切持つな、というわけではありません」の文章のこと)が日野さんの文章の嫌らしさを裏付けてしまっている感がある。


その嫌らしさとは上で書いたように「日野さんは、企業が従業員に経営者目線を持たせることの必要性を理解していながら、その理解を隠して企業を叩いているのではないか?」というもの。東洋経済オンラインの記事で日野さんは「単なる雇われにすぎない一従業員が、"経営者目線"を持って仕事をしなければならない理由って、何なのでしょうか」と疑問の声を上げているけれど、その答えが「会社の方針などは、仕事を進める上である程度理解しておいた方が良い」・「仕事によってはそういう視点における判断を避けては通れないという場合もある」と、他ならぬ日野さんの本に書かれているというのはおかしなことだ。日野さんの著書における該当箇所(p.140のこと)を読んだ上で東洋経済オンラインの記事に目を通してみると「この人、何とぼけてるんだろう?」と思わずにいられない。


前にはてなブックマークのコメントで「日野氏は"社畜"を商売にしている。一種の貧困ビジネスだな。若い社会人の不満を焚き付けビュー数を稼ぎアフリエイトと出版でマネタイズする。注目こそ金なので何でもするのさ」と言っていた人がいたけれど全く同感だ(http://b.hatena.ne.jp/entry/lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-539.html)。前回は日野さんの「本の売り方」を「やり方が汚い」と評したけれど、文章そのものに対しても「やり方が汚い」と言えると僕は感じている。僕はこれまで就活・労働関連の論客の中では常見陽平さんの文章が最低だと思ってきたけれど、日野さんの酷さは常見さんのそれをも上回るレベルかもしれない。

日野瑛太郎さんは企業が従業員に経営者目線を持たせることの必要性を理解していながら、その理解を隠して企業を叩いているのではないかという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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