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採用担当者「就活生には英語力を求める!え、具体的にどういう能力が必要なのかって?それはちょっと・・・」

昨夜、ニュースJAPAN&すぽると!で就活生の英語力について放送されたようですね。僕自身は見逃したのだけれど、この放送に関するツイートがまとめられていたので、どのような内容だったのかは大体把握できた(http://togetter.com/li/230352)。


番組の中では、「英語力を標準装備」という表現が使われていたらしい。想像になってしまうけれど、いまや英語力は特別な価値ではなく、全ての就活生が当然備えていなければならない価値であると言うことだろうか。本当に企業も良いご身分ですね。仮に、英語力が出来ない社員は容赦なく解雇されるなどの状況があれば(あり得ないけれど)、就活生に高い基準を設けるのも分かるんですけどね。余談だが、このブログ「就活生に甘える社会人」というタイトルの背景の一つとして、おっさん社員が自分たちのことを棚にあげて、就活生ばかりに高度な能力を求めているという事情に対する怒りがあります(笑)


しかし、そもそも「英語力」という言葉の定義が僕には分からない。番組の中で「TOEIC800点は欲しいですねー」という女性が登場したらしいけれど、その女性の努力の方向性は本当に正しいのだろうか?「英語力」という言葉の意味。それは、TOEICで900点以上取れることなのか?それとも、入社後に海外の大学に留学させるから、それに備えてTOEFLのスコアが求められるということか?あるいは、パーティーなどで外国人の人とも談笑できるようなレベル?TOEICの点数などは低くても、外国人相手に啖呵を切れる姿勢があれば十分・・・?突き詰めて考えていけば、キリが無い。「就活生の英語力をどのように見極めるか」という点について、企業は確固たる哲学を持っているのだろうか?


一つ当然のように考えられるのは、企業がTOEICの点数を参考にしていると言うことだ。多くの企業のエントリーシートには、大概TOEICの点数を書きこむ欄がある。また、武田薬品工業のように、TOEICの点数を脚きりに使う企業もある。


しかし僕は、企業がTOEICの点数を参考にすることに違和感を覚える。そもそも、最低限の英語力(この場合、特に英語の聞き取り&英文読解能力)を備えている人は、TOEICで900点以上などの高得点をとることの価値なんて大したものじゃない(満点はすごい気がする)ということに、絶対に気がついている。各セクションの攻略法が既に確立され、問題もパターン化している以上、英語力はさほど無くても案外簡単に高得点は取れてしまう・・・というのがTOEICというテストの特徴だ。失礼なことを書くが、そのようなテストで高得点が取れないのは、勉強が足りないか、あるいは英語力が相当低いかのどちらかだと思う(誤解しないで欲しいが、英語が出来ないからといって、能力が低い人間である訳ではないのは当然のことだ)。


就活生の中にも「TOEICなんて意味無いだろ」と思う方が多くいるだろうけれど、それでも企業の採用担当者さんがTOEICという物差しで就活生の英語力を測ろうとする以上、TOEICという茶番に付き合わないといけない。多分、企業は真に英語力がある人が欲しいのではなくて(勿論、そういう人を実際に採用できればベストだが)、採用された者が後に海外勤務で結果を出せなかったときの「言い訳」の材料が欲しいのだと僕は思っている。採用担当者「よーし、失敗の言い訳できた・・・」(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-32.html)という記事にも書いたけれど、人事部はとにかく保守的な部署で、問題がある社員を採用してしまって問責を受けたとしても「○○という素質があったので・・・」というエクスキューズが成り立つような社員を採用する・・・と元採用担当者の方が言っている。このケースで言えば、採用担当者が「いや、この人はTOEIC900点あったので、大丈夫だと思いました!」という言い訳を用意しようとしている可能性がある。


どうしても英語の試験の結果を通じて英語力を測ろうとするのならば、まだTOEFLの方がましな気がするけれど・・・。しかし、そうすると、就活生の「英語の勉強に割く時間」が増してしまい、ただでさえ大きい負担がさらに大きくなってしまいますね。受験料も高額なので、一人暮らしの学生には特にキツくなる。難しいですね。英語の資格試験(TOEICでも良い)の結果と、英語面接の結果を総合的に判断するという方式がベストなのだろうか。


以上のような、「就活生の英語力をどのように見極めるか」というトピックも大事であろう。しかし、僕がより重要だと考えるのは、やはり「就活生には、高度な英語力が求められます」という採用担当者のメッセージの発信の仕方だ。あまりにも抽象的過ぎるという点で問題だと思っている。こんなメッセージを発する採用担当者が、一体どうして、就活生の「私には、コミュニケーション能力があります」という発言を笑えるのだろう。就活生の発言の抽象さを注意する採用担当者自身も、就活生に対して意味が分かりにくい抽象的なメッセージを発しているのだから、訳が分からない。もし採用担当者が就活生に混じってグループディスカッションに参加したら、言葉の定義を明確化すること無しに議論に参加しようとして、案外就活生の足手まといになっちゃったりして。


採用担当者は、もし採用試験にエントリーする就活生に英語力を求めるというのならば、自分の企業において必要となる「英語力」の定義を明確に示すべきだ。「就職難」という状況を背景に、就活生も「企業の求める能力」に関連するメッセージを受け止めることに敏感になっている。このような状況下では、企業の採用担当者の発するメッセージは、もはや単なる一採用担当者のつぶやきにとどまらず、各就活生の努力・訓練の方向性をも決定付ける重要なものとなっているのではないか。採用担当者の発するメッセージが抽象的であることを背景に、例えば、本当は「TOEICの点数などは低くても、外国人相手に啖呵を切れる姿勢」が重要なのに、面接に現れるのが就活に備えてTOEIC対策を中心にやってきた者ばかりだったら、どうなるか。「全く、近頃の若者は何も分かっていない!」と説教したい社会人の方はともかく、普通の感覚だったら、それは社会にとっても損失だと考えるはずだ。勿論、就活生側も安易にTOEICに飛びつかないで、言葉の定義を考える必要はあるだろうが・・・。


企業の採用担当者も、あるいは採用担当者の声をニュースで取り上げるマスコミも、言葉の定義を明らかにしたうえで就活生に向けたメッセージを発するべきだ。放送を見ていないのであまり大きなことは言えないけれど、仮に今回の放送が「いやー最近の就活生は大変なんですね!頑張ってください!」というメッセージを発しただけじゃなかったのなら良いのだけれど・・・。まぁ、例えばマスコミが役に立たないのなら、マスコミの放送の仕方に疑問を抱いた人がブログなどでより問題の詳細を掘り下げることが出来る。このブログでも、「視聴率につながらない」、しかし重要と思われる問題、視点について書いていけたらと思っている。

採用担当者は、もし採用試験にエントリーする就活生に英語力を求めるというのならば、自分の企業において必要となる「英語力」の定義を明確に示すべきだとの考えに賛成してくださる方は、もし宜しければランキングへのご協力をお願いします。 
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No title

働く意欲も能力も無いから「学生」という身分に逃げ込んでいる人間が「企業のエクスキューズは許さない」というのは非常に滑稽です。
自分の権利は主張して、相手の権利は認めないなどという不平等が許されると思いますか?

「ボクはこんなに頑張ってるのに認めてもらえない!
世の中は間違ってる!!」
という被害者面した恫喝は不愉快で迷惑です。

No title

↑こういう手合いは話が通じないから無視したほうがいいよ、ブログ主さん。

No title

ネットでも上記のコメントのような社蓄的発言(発言を感情論で否定して既存の仕組みを再生産しようとしたりする)って結構多いよね。
価値観まで補正してしまう日本的雇用の恐ろしさを見たり。

Re: No title

> ↑こういう手合いは話が通じないから無視したほうがいいよ、ブログ主さん。というコメントをくださった方へ

コメント有難うございます。そして、アドバイス有難うございます、嬉しかったです。
「む」さんは以前にも批判コメントをくださったのですが、なんでクソみたいな主張が載っていると考えるブログをわざわざ読みに来るのか不思議でなりません・・・。一応、今回の「む」さんのコメントに関しては少し誤解があるので、それだけ修正しておこうと思います。

重ね重ね、アドバイス有難うございました。

Re: No title

> ネットでも上記のコメントのような社蓄的発言(発言を感情論で否定して既存の仕組みを再生産しようとしたりする)って結構多いよね。というコメントをくださった方へ

コメント有難うございます。
このブログに限らず、確かに「労働」問題に関して批判的な意見を書くと、その意見に向けて社畜的発言をもって非難する人が多いような気がしますね。日本型雇用を取り巻く「空気」の恐ろしさを感じますが、その空気の実態を明らかにすることが出来ればと思います。

とりあえず、山本七平著の「空気の研究」という本を買ってみたので(「空気を読め」というフレーズでおなじみの「空気」の実態を明らかにすることを試みた本らしいです)、読破してみたいと思います!

Re: No title

> む さん

コメント有難うございます。
あくまで今回の記事では、企業のエクスキューズを「許さない」とまでは言ってないつもりなのですが・・・。ただ、採用担当者が「言い訳」を作ろうとする姿勢があるんじゃないか?という推測を書いただけで、その推測に「採用担当者は言い訳を用意するのを止めるべきだ!」という意味をつけたつもりは、僕としてはありません。正直に言えば、馬鹿馬鹿しいなとは思いますが。

僕の感覚では、TOEICの結果を見ることで英語力が測れるとは思えません。英語が堪能な社員を多く有している企業の側も、TOEICという試験で英語力を測れるわけがないことは気づいていると思っています。それにも関わらず、企業がTOEICの点数を評価の対象に加える理由は、TOEICには「点数」という分かりやすい指標があることで、「なぜこの人を採用したのか!」というクレームに対して説明がしやすくなる・・・という事情があるのではないかと考えただけです。勿論、この考えは間違っているかもしれませんが、本当に英語力を確かめたかったら、TOEFLの結果を見たり英語面接を積極的に導入するはずだと僕は思うので。

ただ、企業がTOEICの点数を見るのを止めろ!とまで言ってるわけではありません。止めた方がむしろ企業のためにもなるんじゃないですか?とは思っていますが、企業がどうしても「TOEICの点数を見る!」と言うのなら、それはそれでどうでも良いことです。

No title

企業が明確に採用の基準や考え方を持つべきに賛成です。

ただ、基準を明確に示す必要はないと考えます。
それを当てることこそが能力の一端です。営業やコンサルで契約を取ろうと思えば、相手の課題を調べたり、推測する能力が必要です。自らの課題を教えてくれる企業などまずありません。むしろ、顧客が気づいていないポイントを指摘して自社の商品がそれを解決するとして売り込むようなスキルが求められます。
就職活動においても、相手企業が求めるものは何かを調べたり、推測することは重要な選別過程だと思うのです。
商社であれば、その商社に勤める人にあって、どのような業務があってどのように仕事をしているかを聞くべきでしょう。
企業が用意した枠の中だけを就職活動と考えるのは、範囲が決まっていてそれを満たせばよいという中学校の定期試験のようなものです。

大学ではそれ以上のことを学んでいるはずです。『現代の教育』のようにテーマが与えられるだけで、自分でエッセイを考えます(本来はテーマも自分で決める)。どのように書けば正解か、どのような結論が高評価になるかは決まっていません。
このように、正解のないテーマに対して、自分で動き、自分で考えることこそが大学に行った者が備えておくべき能力ですし、取り組みべきことです。これを放棄するような「中学の定期試験のように企業が明確に条件をしめせ」というのは大学自体を否定しているようにも思えてしまいます。

No title

単純な疑問なんですが、「勉強したい!!」と言っている人間が(TOEICの点数はともかく)「英語を勉強しない」のは何故ですか?
勉強していれば英語は必要になってくると思いますが、論文や原書を読まずに何を勉強するつもりですか(大学生ですよね)?

「私は(主に経済的理由により)TOEICは受けていませんが、これだけ論文を読みました」と言えば、少なくともTOEIC一点張りの学生達よりは「個性」を発揮できると思いますが。
勉強の内容が企業に合えば採用されるし、合わなければ採用されない。
それだけです。

Re: No title

> 吊られた男さん

いつもコメント有難うございます。

実のところ、吊られた男さんのご意見にも賛成です。確かに、社員との懇談会・OB訪問などを通じて、その会社で必要となる素養を就活生の側から積極的に見極めていくことが重要だとは思います。それが出来ないのは、就活生の側に落ち度があるとすら思います。

しかし一方で、記事にも書きましたように、企業の「採用の基準」に関するメッセージの発信の仕方にも検討の余地があるのではないかと考えます。確かに採用担当者が、企業で必要な能力を手取り足取り教える必要は無いと思います。しかし同時に、ニュースJAPAN&すぽると!での就活生の英語力について放送に関するツイートのまとめの中で、「TOEICやんなきゃなー・・・」というようなツイートが多く見てからは、企業ももう少し具体的なメッセージを発信すべきなんじゃないかという気持ちが収まらなかったのです。勿論、これは就活生の側の考えが足りないといってしまえばそれまでなのですが・・・。

就活格差という本の中で、1950年代のソニーの「求める人物像」が紹介されていまして、そこには「英語でタンカのきれる日本人求む!」と書かれていたそうです。このような、中身がはっきりしているキャッチコピーがありますと、就活生の側が「この会社は本当に英語力が必要なんだな」という企業のスタンスを理解しやすくなり、実際に採用試験を受けるか受けないかの判断がしやすくなります。また、OB訪問などで「こんなキャッチコピーがありますが、実際に外国人を相手に交渉を進めることの大変さなどを具体的に教えてください」など、明確なキャッチコピーを話の種にして、仕事の中身を具体的に掘り下げることにも役立つかと思います。ひいては、ミスマッチの危険性を減らせることが出来、就活生・社会人双方にとってプラスなのではないでしょうか。

もっとも求める人物像の中身を就活生に教えすぎてしまっては、吊られた男さんの仰るとおり「中学校の定期試験レベル」になってしまいます。ただ私の感覚では、各採用担当者は自社の求める人物像を、もう少し具体的なレベルで発信する努力が必要なのではないかと思っています。

Re: No title

> む さん

いつもコメント有難うございます。

そもそも、「英語を勉強しない」のは何故ですか? という疑問がよく分かりません。別に、企業が就活生の英語力を確認すること自体は全然構わないです。仮に、年配の社員の人たちが全く英語が出来ないのに就活生にばかり英語力を求めるとすれば、それはセコイなぁ・・・と思いますが。それでも、企業への就職を望む以上はそれは仕方が無いことだと思います。その場合、年配の社員の情けなさを反面教師にするしかないと思っています(勿論、社員全てが英語力の向上を図っているという事情がある中で、就活生にも英語力を求めると言う場合なら、それはすごく納得がいきます)。

むしろ記事では、<(英語力を確認するためには)英語の資格試験(TOEICでも良い)の結果と、英語面接の結果を総合的に判断するという方式がベストなのだろうか。>と書きましたから、むしろ英語力を見たければ見てくださいという風に読み取れるかと思うのですが(ただ、TOEFLの場合は試験の難易度、経済的負担などを考えて、採用の際にチェックする指標としては少し不適切な可能性はあると僕は思いますが・・・。それでも企業がTOEFLの点数を見たいというのなら、それは仕方が無いことです)。宜しければ、この辺の箇所をもう一度読んでいただければと思います。

No title

ペーパー試験で能力を測ろう!っていう魂胆がすでに終わってるんだけど...
かく言う私はTOEICとか英検とかペーパー試験嫌いなので勉強しないダメ人間ですが。

そもそも本当に英語力ある人は日本企業目指さないでしょ、第一に。
日本企業の労働環境はクソである、という認識が広まり出しているのにさ。メリットがない。英語力あるかないかは、英語面接・メール・電話対応などなどやれば言い訳だし?すげー意味ねー

思うことは、どの企業もこうこうこういう人材が欲しいっていう軸がないから、
英語力=TOEIC提出とかこぞってやりだすんじゃないのかな?
ESだってそうだったから(ソニーがやり始めて広まった)。
それで優秀な学生が確保できると本気で思っているんじゃないかなーと。

TOEICの点数を就活生に求めるのは別にいーけど、
我が社には今どういう人間が必要か、そして、"この条件だけは絶対に譲れない"というものを作る方が先なんじゃないかなーと思う。(別件かもしれないけど、プログラミングやったことないのにPGに配属される人とかいるみたいだし、やっぱしなんかおかしいなーと)

コメに気になった一文があったから批判してみよう。
「私は(主に経済的理由により)TOEICは受けていませんが、これだけ論文を読みました」と言えば、少なくともTOEIC一点張りの学生達よりは「個性」を発揮できると思いますが。
by む

上記の内容はぶっちゃけ意味ない。「これだけ英語論文を読みました」というのは「私は1年間で300冊の本を読みました!」と言っているのと一緒で、普通の人間からしたら「で?」で終わるぜ?"英語をきちんと使っている"ということを面接官にアピールしたいなら、その方法は愚策だよ。

論文も書物も情報源でしかない。それは日本語英語その他関係ない。その情報源から自分の仕事にとって重要な情報を抜きだし、自分の生産性を高めるというのが本質だよ。数読んでも仕方ないのよ。こういう論文を読んでこういう論文を書き、学会発表したとか、こういう本を読んで感銘し、こういうことを実践して、こういう成果につなげましたとか、アピールするならそういうエピソードは必要だぜ。読むだけだったら誰にでもできる。それわかって言ってるのかなぁ。

追記:
アピールする関係なく、本の大量多読はどうしたって必要。数読まないと良書にはたどり着けない。私は1年で平均100冊程度(クソ分厚い技術書も読むからこのくらい)読むけど、コレは良書だ!と言えるのは5冊あればいいほう。まだまだ本当は良書なのに見過ごしてるものあるだろうから、未熟です。もう少し量増やしたい。
皆が薦める良書より安直なビジネス本を薦める理由(ビジネス本マニアックス-働くひとのための… |ttp://d.hatena.ne.jp/bizmania/20080923)に書いてあることは本当だと思うので、日本語英語関係なく大量多読はいる。



No title

>就活生の「英語の勉強に割く時間」が増してしまい、ただでさえ大きい負担がさらに大きくなってしまいますね。

英語を勉強していない/したくないから「負担」に感じるわけで、中高、大学2年の8年間何を勉強してきたんですか?
就活が始まった途端、勉強したくなったんですか?

「負担」という発想からは「勉強なんかしたくない!!」という魂の叫びが聞こえてきます。

No title

前回のコメを編集しに来ただけだけど、何やら不穏なコメがあるぞ~
このコメ、自分は英語を8年間マジメに勉強してきました!、他とは違うんです。英語使えます!ってことを褒めて欲しいのかな。ぶっちゃけそう聞こえる。
確信はないけど、コメ主の主張はlingmuさんが書いた記事に対し、なんらかのズレがあると思われ。このコメ主は木を見て森を見ず、の状態に陥ってるような気もする。おそらく、ブログ主さんがコメ返しても不毛に終わる可能性高いから無視が一番かなーと伝えてみる。

No title

>企業が明確に採用の基準や考え方を持つべきに賛成です。
ESでTOEICスコアを書かせるってのことが一種の採用基準や考え方なんじゃないかな。
TOEICなんて対策すればある程度点は取れるし、喋られなくても大丈夫だからその程度でいいってサイン
武田薬品さんみたいに足切りあるところは大量に人見れないから絞るための一基準って扱い

個人的にはスコアなんて選考に殆ど影響しないと思うけどね。
本当に英語に自信がある人が英語重視の企業受けるならいきなり外国人の方と英語で小会話させられることぐらい覚悟すべきだと思うし、逆に英語できる人を重視する企業なら面接官に外国人を用意するでしょ。

No title

とらしまさん、はじめまして、むです。
論文云々というのは例えであって、勉強の道具として英語を使っていることを自分の言葉で説明すればよい、という意味です。とらしまさんと同じことを言っていると思うんですが、ことばが足りなかったみたいですね。

>自分は英語を8年間マジメに勉強してきました!、他とは違うんです。英語使えます!ってことを褒めて欲しいのかな。ぶっちゃけそう聞こえる。

勉強していれば英語は必要になると言っているだけで、それが何故「負担」になるのかが解らない、という意味です。

Re: No title

> むさん、とらしまさん

コメント有難うございます。

とらしまさんのコメントが、僕が記事の中で言いたかったことを、より的確に示してくださっています。「我が社には今どういう人間が必要か、そして、"この条件だけは絶対に譲れない"というものを作る方が先なんじゃないかなーと思う」という意見に同意します。この記事では「英語力」というトピックを扱いましたが、ひいては「企業って、本当に採用活動を進めるにあたって、どのような人材が欲しいのかというビジョンを明確に持っているのか?」という問題意識を読み取ってくださる方がいれば嬉しいと思っていました。

とらしまさんが仰るように、どの企業もこうこうこういう人材が欲しいっていう軸がないために、思考停止してとりあえず英語力=TOEIC提出という策に逃げているように思えます。一方でニトリでは、英語面接を行っているようです。しかし、重要なのは「欲しい人物像を明確にして、そこから逆算して選考プロセスを導き出す」という思考であり、TOEICのスコア提出も英語面接も「なんとなく」やるだけでは意味が無いのではないかと感じています。企業が就活生の英語力を確認したいと考えること自体は納得できるのですが。

むさんは、僕がこの記事を「英語を勉強したくない!」と叫びたいがために書いた記事だと受け取っているようですが、その点について誤解を解いていただければ幸いです。

Re: No title

> の さん

こちらの記事にもコメント有難うございます。

仰るとおり、少なくとも武田薬品さんに関しては、730点以上のスコアが取れてれば、現時点ではそれで十分」という考えかもしれませんね。真に英語力を確認すると言うよりも、脚きりとしての材料という意味が強い・・・という。さすがに、英語力が堪能な社員を多く有しているであろう企業が、TOEICのスコアで英語力を確認できると考えているとは思えませんからね・・・。ただ、例えばマスコミなんかは武田薬品工業の方針を見て「これからは英語力が大事!」という煽り行為に精を出しそうな気がしますね(笑)

それにしても、各日本企業が、日本人の就活生が持つ「英語力」というツールの価値について実際どのように考えているのか、興味があります。

No title

>ひいては、ミスマッチの危険性を減らせることが出来、就活生・社会人双方にとってプラスなのではないでしょうか。

この視点には大いに賛成です。
12/25の【企業の採用活動見通し「苦戦」の理由を、就活生だけのせいにするな】でも触れられていますが、内定者の「質・量とも満足」している企業の割合は40.1%という理由の一端が企業側の採用活動のミスがでしょう。
それを直すためには企業がよい情報公開や宣伝をして人員を募集することが良いことだと思います。

ただ、アホな企業はいい人材を集められないという市場原理が働くだけですので、「情報を的確に出さなくてはならない」いうのは少し違うのかなと思うのです。「情報を的確に出せば、いい人材を集められる。情報を的確に出さなくてもいい。でもそうするといい人材が集まらないから会社が傾くよ」という話なのだと思います。
大企業も含めて企業自身も、情報を出していないのではなく、情報の出し方が分からないというところが事実に近いでしょう。やり方が分からない人間に対して正しくやれというのはお門違いだと思うのです。そういうことを言うのであれば、そのような企業に対して「正しい採用情報の発信の仕方」をコンサルしてあげた方が良いのではないかと思ったりもします。(私も自分の部署の中途採用の募集要項作成にかかわったことがありますが、適切な表現は如何に難しいか・・・)

※皆(特に学生)の頭の中は大企業ばかりのイメージになりますが、多くの企業は中小企業です。求める人材像を正確に提示できる中小経営者がそう多いとは思えません。

Re: No title

> 吊られた男さん

コメント有難うございます。
そして、お返事が遅くなりまして申し訳ありませんでした。

全体的に、私の中で欠けていた視点が多く含まれているコメントで、大変勉強になりました。有難うございました。特に、「情報を的確に出せば、いい人材を集められる。情報を的確に出さなくてもいい。でもそうするといい人材が集まらないから会社が傾くよ」「(情報の出し方が分からない)企業に対して「正しい採用情報の発信の仕方」をコンサルしてあげた方が良いのではないか」というのは、確かにその通りだと感じました。

常見陽平さんの「就活格差」という本には、社内のエース級の社員へのヒヤリングを行ったうえで、求める人物像の抽出を行った企業の例が紹介されていて、それも一つの有効な手だなと私は感じました。あとは、日本語力の問題なんですかね。しかし僕も、記事の中では偉そうに言いつつも、考えてみれば確かに適切な表現を発見するのは一筋縄ではいかない作業だということが容易に想像できますね・・・。他社との差別化のために、その点についての努力を重ねる必要があるのではないかは思いますが・・・、難しいですね。
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