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「選考に落とされ続けている人は、企業から心を踏みにじられている」という分かりやすい構図を掲げて問題提起をする姿勢、もう止めるべきでは?~就活に関する議論が不十分な点が問題だ~

「自分という存在を全否定されたような気がして……。心が壊れちゃいました」


2月24日の朝日新聞デジタルに掲載された「否定され続け、壊れる心〈シューカツは今〉」という記事は、ある学生のこのような発言から始まっている。就活を始めて1年が過ぎ、(恐らく)50社以上受け続けたにも関わらず内定をもらえなかったことから、精神的に限界を迎えていたという。


この記事では、題名どおり、主に就活がうまくいかないことを苦に心を病む人たちの存在にスポットを当てている。具体的には、全国の「新卒応援ハローワーク」にいる臨床心理士に対して月に約500件の相談があるという事実や、「就職失敗」を理由に自殺した大学生・専門学校生が2010年に53人(2007年の約3倍)となった事実などが取り上げられている。


記事には、多くの人を精神的に苦しめる現在の就活に異議を唱える人の声も載っている。それが、去年の秋に行われた「就活ぶっこわせデモ」の実行委員長である小沼克之さんの声である。彼は「わずかな面接時間に、自分の何を判断できたのかと疑問を感じた」、「就活がうまくいかないと努力が足りないと言われるが、働きたい学生の心を押しつぶす就活の仕組み自体がおかしい」 と述べる。3月中旬には国会内で就活に関する集会を行うらしい。


朝日新聞の書き方が悪いのか、それとも小沼さんの訴え自体が悪いのかは分からないが、どうも「選考に落とされ続けている人は、企業から心を踏みにじられている。そのような状況を是正するべきだ」というメッセージが記事に込められているように見える。僕は「現在の就活がおかしい」という姿勢には賛成なのだけれど、そのおかしさを証明するための主張として「選考に落とされ続けている人は、企業から心を踏みにじられている」というものを掲げるのはおかしいと思っている。


確かに「何十社もの選考に落とされる」のは辛いに決まっている。しかし、就活というのは企業が応募者を「選抜」する場である以上、どうしても落ちる人というのは出てきてしまう。ひいては、何十社もの選考に落とされる人が生まれてしまうのは仕方が無いと思う。企業からしても、採用試験を受けに来た応募者を落とす権利があるのは当然のことだ。このような考えから、「選考に落とされ続けている人は、企業から心を踏みにじられている」という訴えには「甘さ」があるのではないかと感じる。


以前コメント欄で「デモの主張にも企業側に改善の余地ありの点と企業側に文句言っても仕方ない点とがあるかと思いますが、その選択もせず毎年デモやっては解散して・・・の繰り返しだとまともに相手されないのも当然です」というご意見をいただいたことがある(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-149.html#cm)。僕もこの意見に賛成で、自分たちの請求を通すために必要な訴えを絞り込まずに、「選考に落とされ続けている人は、企業から心を踏みにじられている」という分かりやすい構図を掲げて問題提起をする姿勢はもう止めたほうが良いのではないかと思っている。純粋に問題解決のために逆効果だと思うし、それがひいては就活問題を訴える人たちの心をも疲弊させると思うから。


「企業側に改善の余地あり」の要素を確定するに当たっては、「現在の就活には問題がある」と考える人の主張と「現在の就活には問題は無い」と考える人の主張をぶつけ合うことが有効だと思う。しかし、僕の感覚では就活に関する「議論」は依然として不十分である。それぞれが、それぞれ言いたい意見を言っているだけで終わっているような気がする。


例えば「新卒一括採用」の件に関して、就活デモでは「新卒一括採用反対」という訴えが主になされていたと思うけれど、一方で「新卒一括採用反対論」に対する反論を主張している有識者もいる。もうデモが終わってからしばらく経っているわけだし、その反論に対する再反論をしても良いんじゃないかと思うけれど、実際には就活デモ関係者はその反論を無視するに留まっている印象がある。これでは、主張が通らなくても仕方が無い。


就活のあり方を変えるためにデモ・国会内での集会という行動をとれることは確かに凄い。しかし、行動だけではなく妥当性のある主張が表現されないと、現在の就活に異議を唱える活動に対する疑念の目は消えないと思う。


ただ、一番説得力が無いのは朝日新聞ですね。今日取り上げた記事には、

「学生がブラック企業の誘いになびいてしまうのは、企業の新卒重視の採用方式が一向に変わらず、『就職は新卒の時期を逃すと、チャンスがぐっと狭まる』という不安が大きいためでもある」

という記述がある。しかし、朝日新聞社の採用ホームページを見ると、応募資格の項目に「2013年3月に大学または大学院を卒業・修了見込みの方が中心」と書かれていることが分かる。やはりマスコミの就活報道は「奇麗事」の寄せ集めに過ぎないのだなと実感した。


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よくいますよね


「僕は50社落ちた」
「俺なんか100社以上落ちた」

と、さも自慢げに語り出す勘違いバカ野郎がwww


そいつらに言ってやりたいですよ


お前らが受けた所は全部本当に入りたかった所なのか?と


そんなの社畜のサビ残自慢と大して変わんねーんだよwww

No title

何十社落ちってどうせ「無い内定」のことだろうし(一社だけ本当に行きたいところ決まりましたはないわな)、企業に踏みにじられるっていうか社会に踏みにじられるじゃね?
前回のコメントもそのつもりで書いたが

フジテレビ一社しかエントリーしなくても内定貰うことのできる人もいれば
何十社と受けても何をやっても内定が出ない人もいるわけで
普通はどこかから内定が出て大学卒業後働いて生計を立てるんだし、就職先がないなんて世の中から必要とされてないんじゃねってなってるところが大きいのかと

Re: タイトルなし

> 雨宮さん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

僕は、たくさんの会社の選考に落とされて辛いという気持ち自体は否定すべきものではないと考えています。しかし、仮にその辛い気持ちが「自分はこれだけ苦労しているんだ」という(言葉は悪いですが)「不幸自慢」のようなニュアンスになってしまっては、雨宮さんの仰るように「社畜のサビ残自慢」と大して変わらなくなってしまうのではないかと思います。

Re: No title

> のさん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

確かに、「世の中から必要とされてない」という感覚を味わうことで、ひいては(企業というよりは)社会から心を踏みにじられているという思いを抱いているのかもしれませんね。このような思いを抱く人が増えることで、去年のこの時期に起きたような「就活生によるバスジャック事件」のような犯罪が起こる危険性も高まるでしょうし、何か対策が考え付けばよいのですが・・・。勿論、就活生側がメンタルの強さをきちんと持つことも大事になってくるんでしょうけどね。

No title

雨宮さんの意見はまさにその通りだと思います。

私の通う大学の同級生の中には、「“練習”で企業の選考受けて行く!」という輩がけっこういます。そういう人間をみて思うんです。

彼らははたして本当に働きたいのか? と。

私にはどうも単に大学や周囲から発破をかけられていやいや就職活動をやっているようにしか思えないのです。

業種、職種を選ばなければ、就職はかならず出来るはずです。景気が悪いとか、企業はあまり人材をとらないとか…新聞とかで色々話題となっていますが、もし本当に景気が悪く、かつどの企業も人材を採用できない状況にあるならば、求人情報誌は儲かっていないでしょう。短期でも日雇いでも働こうと思えば働くことができるはず……いわゆる“3K”の分野では人材が常に不足しているのです。

はたして、

「俺、50社も落ちたよ(泣)」

とか言ってる人は本気で就職するための活動を行ってるのでしょうか???




選考&採用において企業にも落ち度が色々とあるでしょう。だからといって選考に落ちた学生は“被害者”的な存在なのかというと、そうではない。学生にも少なからず問題があるはずです。企業の人事担当だってかなり辛いと思います。自分たちの判断が下手をすれば選考にやってきた学生の人生を歪めるかもしれないからです。
その点では裁判官と同じです――責任の重さは違えども。






根本的な問題ですが、就職活動って…就職って一体なんなのでしょうか? また、何のために私たちは働いているのでしょうか? この問いに誠実に答えられる人間が何人いるでしょうか?



これは精神論的な言い方になりますが、“働くことの意義”ひいては“生きることの意義”を語る人間が見かけられないのも、現在の問題――就職活動のみならず、様々な分野において――だと私は考えます。

No title

昔の就活のやりかたで企業に入った中年には今の就活のやりかたなんてわかるわけがない

そこまで言うなら就活して内定取れよ

群れの中の競争知らず

男性視点で言えば、一輪の花をどの女性にプレゼントするか。
女性視点で言えば、ひとつのチョコをどの男性にプレゼントするか。

企業視点で言えば、限られた席をどの学生に座ってもらうかです。
面接の中身に関してはさておき、就活とはこの席を取り合う競争であると、学生は認識すべきです。

身の丈に合わない人気・有名企業ばかりを受けて「内定が取れない」と嘆く人もいるのではなかと思いますが、学生のみなさん、身に覚えはありませんでしょうか?


一人っ子であるがゆえ、自分が欲しいと言う前に親から与えられ、兄弟・姉妹間の競争も知らずに育った世代。
全ての人がそうではありませんが、こういった傾向が強いのを、普段学生と接していて感じます。

確かに初めての競争は厳しいでしょうし、「どうして与えてくれないんだ!」と思うこともあるでしょう。
でも、これが学生の知らない『大人の世界』なわけで、二十歳を過ぎても競争を知らなければただの子供です。
社会に出れば、今よりもっと、嫌というほど競争に巻き込まれます。

今のように、子供のようにカンシャクを起こしたくもなるでしょう。


10名の採用枠で100人の応募があり、90人が不満の声を上げた結果その90人も採用しました。
もしそんな企業があれば、結局社内でその100人の競争が始まるわけです。
現状の訴えが何かの間違いで飲まれたら、結局同じような現実が待ち構えていることでしょう。

なぜそんな浅はかな考えを再考できずに無駄な時間を就活批判に費やすのか。

そんな時間があるのなら、誰も目に付けないような、かつ、自分に合いそうな企業を探して選考に参加した方がよっぽど建設的だと思いますよ。


どうもこの手の就活批判を見ていると、欲しい物を買ってもらえない子供がダダをこねているようにしか見えません。


群れるから、より激しい競争が生まれるというのにそれでも群れる。

群れから外れたら不安なのは分かりますが、就活の中のブルーオーシャンをとにかく見つける努力をしてください。

No title

>おたけさん

自分はむしろ学生が競争意識を強く持ってると思ったな。だって受験戦争経験してるんだし
確かに推薦で大学に入る人もいるけど、一方で小学・中学受験者だっている。
後者だと幼稚園~小学校時から将来を考えて競争に参加してるわけで。
就活が受験の延長戦扱いだからこそ、何十社とエントリーして「練習用」作るのかと。

ただ「自分に合いそうな」企業選びも難しいよね。
特に学生時代までの経験が皆同じようなもんで、かつ専門性がそこまで求められない文系就職だと、企業どころか自分に合う業界や職種を探す段階になるし。
よっぽど太い「軸」を持ってる人ならともかく、それ以外の人はとりあえず人気だとか優良だとか高給の企業を見つけては自分の軸をその企業に「近づけてる」のが現状ではないかな。

>黒紅茶さん

就職活動就職活動とはいうけど、(ホワイトカラー職の)就職活動だからなぁ。
「3K」の仕事に携わってる人の待遇・社会的評価だって周知されてるし(こないだも海底トンネル事故があったが)、「就活弱者は大人しく3Kに行けよ」というのも暴論だろう。

Re: No title

> コメントをくださった皆様

コメント有難うございます。一人一人にコメントを返すという形式ではなく、この記事に関する僕なりの補足を書かせていただきたいと思います。

僕は「現在の就職活動に問題がある」という批判自体は良いと思っています(そうでなければ、このようなブログは書かないです笑)。ただ、「選考に落とされ続けている人は、企業から心を踏みにじられている」という形での問題提起はまずいのではないかと思っています。その理由は記事にある程度書いてありますが、もう一つ理由を付け加えるとすれば「就職活動の問題が、内定率の問題に限定されてしまう危険性があるから」というものが挙げられます。


以前、「就活ぶっこわせデモ」、「カルト就活やめなはれデモ」の訴えが就活の問題点の全てではない(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-83.html)という記事を書きまして、「就職活動のあり方が改善された」とは、具体的にどのような状態を意味するのか?この言葉には実に多様な意味があるんじゃないか?・・・という問題提起をしたことがあります。詳しくは記事を読んでいただけたらと思いますが、要は、「就活の問題が解決された状態=みんなが内定をとれる状態」とは限らないですよ・・・ということを言っています。


記事で取り上げた「小沼さん」は就活ぶっこわせデモの代表であり、その「就活ぶっこわせデモ」のスタンスとしては「内定くれよデモではない」というものだったはずなのです。それでも、朝日新聞の記事を読む限りでは、どうも「就活に異議を唱える活動=内定をくれよ活動」という風に捉えられている気がして、それは違うのではないか。「内定をくれよ」という形で問題提起をしても、殆ど効果は無いのではないか・・・というのがこの記事で書きたかったことです。分かりにくくてすみません。
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