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「面接ではありのままの自分を表現してください」という言葉の偽善

ツイッターにて、ある採用担当の方が「採用担当者の本音」として「(面接で)ありのままの自分を表現すること(が大事)」と書いていた。恐らくこのツイートの趣旨は、就活生のマニュアル本依存に対する警鐘。そもそも就活生の「ありのままの自分」が面接にて表現されていない場合には面接官としても評価の仕様が無く、結果として落とすことになるらしい。


普通に読めば、これは就活生に対する優しいアドバイスだ。しかし、穿った見方をすれば「面接ではありのままの自分を表現すると良い」というアドバイスは、これ以上ない偽善のようにも思える。


第一に、面接にて「ありのままの自分」を表現したら落とす場合も結構ありますよね?という疑問が浮かぶことが挙げられる。例えば、圧迫面接。本当に「ありのままの自分」を表現することが大事だったら、面接官から失礼なことを言われて笑っている人よりも、面接官の言動に対して怒りを露にする人を採用しないとおかしい。人から失礼な振る舞いをされたら怒る方が自然であり、笑顔で受け流す人こそむしろ「マニュアル」に依拠しているような気がするし。しかし、実際に怒ったら「ストレス耐性がありません」と判断されて落とされる訳で。


志望動機にしても、「お金が欲しいからです」なんて言ったらアウトだろう。誤解しないで欲しいが、「お金が欲しいからです」というフレーズを志望動機として掲げる人、面接官から失礼な振る舞いをされて怒る人等を採用すべきだという話ではない。ただ、実際には「面接において言ってはならないこと、やってはならないこと」など暗黙のタブーがあるにも関わらず、面接にて「ありのままの自分」を表現することが素晴らしいかのような風潮があることには、おかしさを感じている。


第二に、どうも「面接ではありのままの自分を表現すると良い」というアドバイスをする人の頭の中には「ありのままの自分を出せば、必ずどこかの企業が認めるであろう」人の存在しか想定していないのではないか?という疑問が挙げられる。具体的には「明るくて友達が多い人」、「勤労意欲に満ち溢れている人」、「自分の長所を語ることを厭わない人」などの存在しか想定しておらず、明らかに企業ウケしない人たちの存在を無視しているように思えてしまうのだ。多分、「夢なんかない、普通に働いていければ良いんだ」と考えている人なんかは、「面接ではありのままの自分を表現すると良いですよ」というアドバイスに対して「そんなことしたら、落ちるんだよ!」という憤りを覚えているのではないか。


他にも「自分の長所を語るなんて、何か変。しかも、面接官だって『学生の語る自己PRなんて大したこと無いでしょ(笑)』とか思っているだろうし・・・」という感覚を抱く人にとっては、面接において「ありのままの自分」を表現することなんか出来ない。面接官から自己PRを言うように求められた時点で「こんなことするの、おかしいと思うんだけどなぁ・・・」ということを思うわけだから。


実際、「面接ではありのままの自分を表現すると良い」というアドバイスには相当の無責任さが内包されている。例えば「性格が暗い」+「ブサイク orブス」の特徴を備えている人が「ありのままの自分」を出したら採用される可能性は「0」だろうけど、その人たちに対しても「ありのままの自分を表現することが大事です」なんて言えるのか。僕は疑問だ。このような事例を考えただけでも、ありのままの自分を表現することの重要性を説くアドバイスには、どこか胡散臭さを感じてしまう。


繰り返しになるが、「面接ではありのままの自分を表現してください」とアドバイスをする人には悪気は無く、就活生に対する単なる親切心しかないと思う。しかし、その聞こえの良いアドバイスには「偽善」、「企業ウケしない人に対する残酷さ」という側面があるように僕には思える。


「面接ではありのままの自分を表現してください」という言葉には、残酷な一面もあるのではないか?という考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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非公開コメント

こんにちは。

こんにちは。お久しぶりです(^-^)
自分も同じような事を思っていたので思わすコメントしてしまいました。
人間、面接官も、家の外にでたら、絶対、「ありのままの自分」じゃなくなると思います。というか、社会にでてありのまま振る舞うって逆におかしくないですか?それは、就活に限らず行けていく上でも、嫌な事があっても笑ってなくちゃいけない場面って多々あると思うんです。だから、圧迫面接で笑顔の学生を採用するというのは、逆にいえば「ありのままでない」人を採用してるのであって、そういう面でもやっぱり「ありのままの自分を表現する」というアドバイスには疑問を持ちます。ただの偽善、全くその通りだと思います。

No title

はじめまして。
非常に良い論点だと思います。
が、私の見解は少し違いましたので、コメント致しました。
不躾であればすみません。

これは『ありのままの自分』と言う意味をどう捉えるかだと私は思います。
これをそのままの自分と捉える方には、非常に危険な事だと私も思います。
しかし、ありのままの自分を表現すると言うのは、自分で自分をプロデュースする事
だと思っています。
そう考えると、それは意味ないものではなくなります。
自分のプランで表現できるという自由を与えられたという事です。

逆にこうした方が良い、というマニュアル本の方が無責任です。
読み手がどんな人かも分らずに、最善の策など練ることができないからです。
冷静に相手の矛盾を指摘できる能力のある人が、仮にマニュアル本で
面接では反論してはいけないという記述があってそれに従ったら、
その人の長所は活かされるのか?といえば逆に殺されます。

ありのままの自分でも、ある任意の状況で言うべき事と言うべきではない事を把握し
適切に対処しなければならないのは、暗黙の了解の内です。
それを理解できるか否かは、今迄生きてきた中で培われたコミュニケーション能力の差異です。

日本はとかく出来ない人間に合わせて制度を作ったり、或いは救うのが良いという
プロパガンダに酔っているように思います。
それは必要である事もありますが、全体がそういう傾向になれば劣化するのは当然です。
合否を決める以上、相手が設定した基準をクリアするか否かは当然ですし
それが意味無いものでも対応できる順応性があるか否かで結果は確実に違います。

そのままの自分と捉える人は、恐らく厳しい戦いになると思いますが、多くの人は
適切に理解していると思います。
『出来ない人』の立場に立って考える事も必要ですが、そうならないために努力しなければ
甘えるのはどちらになるでしょうか?

圧迫面接は良くないという考えもありますが、それも多角的視野で見た意見ではありません。
むしろ私はこう思います。
予めマニュアルなどで用意された鎧を打ち砕き、素のリアクションを見るための手段だと。
そう考える方が自然です。
余裕がないときは素の人間性が表れやすいものです。
たとえば地震が来た時に我先に逃げる人か他人を助けようとする人か。
普段は見せない本質が表れます。

マニュアル化されているからこそ圧迫面接が存在し、マニュアル化されているからこそ
ありのままの自分に注目が行く。
そのマニュアルは、読み手の性格を見ての最善のものではなく単なる統計でしかない。
当然の流れです。
そのキーワードを解いたものが、初めてステージに立って面接官と互角の戦いが出来る
と私は思います。

自分を客観視することから始める就活

偽善だと言い切る前に、まずはそう思われる根拠を考えてみたいと思います。

「ありのまま」という言葉の意味は学生・面接官の双方で同じものの、“ありのままをどう見るか”については相違があると思っています。この言葉を受け取る側がどう捉えるかを考えない限り、lingmu様の仰る通り軽々しく口にするのは無責任ですし、私自身にも言い聞かせているところです。


まず、面接官には面接をする上で二通りの判断があります。
それは、ポジティブ判断とネガティブ判断です。

【ポジティブ判断】 母集団が少ない場合、見合う能力を持った学生がいない場合
 →学生の良さをなんとか引き出さなければならないときの判断。

【ネガティブ判断】母集団が多く篩いがけが必要な場合、厳選採用の場合
 →一部の優秀な学生を残すために粗探しをする判断。


どちらも“素”を見ることに変わりありませんが、“採用のための判断 / 落とすための判断”という点で違います。

すると、学生の言う「たかだか数十分の面接で何が分かる。ありのままの自分を見てくれ!」という訴えは、自ずと人気企業の術中にはまることになり、「ありのままを出したのに落ちた」となりかねません。

このネガティブ判断の存在が、「ありのまま」という言葉が偽善的に感じられる所以ではないでしょうか。
(素直に自分の力を認めて、ダメもとで大手に行くという無駄なことをしないというのも賢い手だと思いますが)


私は情報収集のために合同説明会や街ナカで学生に声をかけてよく話を聞くのですが、面接で何を言おうか困っている方が多いです。しかし、実に素直な想いを持っている学生も多です。ほんの些細なきっかけ(出版業界に行きたい場合、紙が好きなど)で業界を選ぶことに負い目を感じていたりする。そして、マニュアルに助けを求める。これが非常にもったいない。

私はこの学生に、「紙が好きなことも十分な動機になる。では、どれだけ好きなのか、好きなものをどうしたいのか、電子書籍が注目されている中で紙媒体はどうすれば良いと思うのかなど、本当の自分の考えをアピールすれば良いじゃないか」と伝えました。せっかくの素の自分の想いをマニュアルで打ち消そうとしていたからです。

これもまたlingmu様の仰る通り、“みんな同じで秀でない”という状況が生まれている中で、ポジティブに判断する方もネガティブに判断する方も、判断材料に欠くわけです。正直な話、面接官からすれば“部活で部長でした”という事実は大して重要ではなく、学生が自分の言葉で語る“団体行動の中での自分の振舞い”や“自身の考え・考え方”を聴き、社内で働く姿を想像しています。

マニュアルではない、自分の考え・実体験を語ることによって自分の言葉になり、それは説得力・リアリティとなって面接官に届くのです。


もちろん、お金のため、生活の手段として仕事を見ている学生もいるでしょうが、私はそれでいいと思っています。

「結局自己責任かよ!」などと言われそうですが、そうではありません。
就活に向かなかったのだから、それでいいじゃないかという考えです。

アルバイトから経験を積んでやりたいことが見つかることも多々ありますし、現役内定しなかったからといって正規雇用の道が閉ざされるわけではありませんから。現役内定が全てのような風潮に対して、私は批判的です。学生がそんな風潮にプレッシャーを感じていることも知っています(論点がずれてきたのでこの辺で(汗)。

性格や見た目に自信がなくとも自分の考えは発言できますし、マニュアル通りにやるのなら“多くの中の一人”で終わるだけです。自己啓発のようになってしまって嫌なのですが、就活であれ社会人になった後であれ、自分を飲み込めなければ、開き直らなければ人の心は動かせませんし、何より自分の言葉になりません。

太っているからといって暗くいるより、開き直って明るくいた方が、印象が良いのは明白です。
また、ありのままを出して不採用だったのなら、その会社にたまたま合わなかっただけです。

とにかく自分を認めましょうよ。


私の言う「ありのまま」は、バカ正直に何でも話せということではなく、“自分を認めて(開き直って)、自分の言葉で、自分の考えを言うこと”に集約されます。
(自分の趣味や好きなことを人に語ることと一夜漬けの政治知識を人に語ること、このときの話し方の差と同じものを面接官は感じているのです)

背伸びして入った会社では、結局その後も背伸びし続けないといけないんです。
だったら、ありのまま(自然体)の自分を認めてくれた会社に入社して、ありのまま(自然体)で働けた方が未来は明るいと思いますがいかがでしょうか。
(背伸びして成長したいと思うなら、それはそれで良いと思います)


「ありのままを出そう」とアドバイスする人に出会ったら、「どうして?」と聞いてみたら良いと思います。
その言葉に根拠がなければ、そこで初めて偽善になるのではないでしょうか。

Re: こんにちは。

> yummys01c さん

お久しぶりです。去年書いた、京都の就活デモに関する記事にコメントをくださいましたよね。その節は有難うございました&今回の記事にもコメント有難うございます。

僕もまさにyummys01cさんが仰ってくださっている違和感を抱いていて、その違和感を言語化したのが今回の記事になります。ゆえに、yummys01cさんのコメントには全面的に賛成です・・・と言いたいところなのですが(笑)、下のとんぷーさん・おたけさんがご指摘してくださっているように、「ありのままの自分」という言葉を聞いてどのようなことをイメージするかによって、「面接ではありのままの自分を表現してください」という言葉の受け取り方に違いが出てきそうですよね。僕自身は、お二人のコメントで新たな気づきを得られた気がします。

Re: 自分を客観視することから始める就活

> とんぷーさん、おたけさん

コメント有難うございます。非常に長文のご意見をくださり、記事を書いた身としては感無量です(笑)ただ、お二人に対する返信の文章が未だまとまらないため、とりあえずお二人に対して共通して述べたいことを簡単に書かせていただきます。

とんぷーさんの仰る
>『ありのままの自分』と言う意味をどう捉えるかだと私は思います。

そして、おたけさんが仰る
>「ありのまま」という言葉の意味は学生・面接官の双方で同じものの、“ありのままをどう見るか”については相違があると思っています。

というご意見が特に重要ではないかと僕は感じています。おたけさんの仰る「相違」が埋められれば、就活の茶番感(「茶番感」なんて言葉は無いでしょうが、適切な表現が思い浮かばなかったのでお許しください・・・)を薄めることにつながるような気がしました。

僕の感覚では、日本ではとにかく「本音」を語ることが大事だという風潮があるように思えます。その風潮が「ありのままの自分」を「そのままの自分」と捉える人を生み出しやすくしており、とんぷーさんの仰る「ありのままの自分でも、ある任意の状況で言うべき事と言うべきではない事を把握し適切に対処しなければならない」ことを暗黙の了解だと認識しにくい状況があるように感じています。

とんぷーさん、おたけさんのご意見は一つの重要な論点になりそうなので、もしかしたら新たに記事の形で考えをまとめるか、あるいは、今後このコメント欄に僕の考えを追記していく形を採るかもしれません。
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