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なぜ「大学で専門知識を学んでいない人」の利益を考えて、新卒一括採用を支持するのか

就活の現状を評価する際に、あるいは改善案を考える際に重要になるのが「現状の慣習を貫くことで、あるいは特定の案を実行することで、誰にどのようなメリットがあるのか?」という視点を意識することだと思っていて、実際にプロ・アマチュア問わず就活について意見を述べる人はこの視点を多かれ少なかれ意識していると思う。そして「誰のメリットを一番考慮すべきか」という価値判断の違いが原因で、就活を巡る議論はしばしば混乱する。


例えば「新卒一括採用」の話について。新卒一括採用を否定する人の代替案は様々なものがあるのだが、ここでは「新卒一括採用はダメ。大学卒業後に就活をするような仕組みにするべきだ」との主張を取り上げる。この主張をもう少し詳しく言うと「これまで企業は採用選考で学業の成果を軽視してきたけれど、今後は企業が在学中の学生を選考することを止めて、学生が在学中に学業や、留学などのその他活動に専念できる環境を整える。その分大学で何を学んできたのかを厳しく問う形式にする」というものになる。


それに対して、新卒一括採用の良さを主張する人は「新卒一括採用という慣行があるからこそ、大学で専門知識を学んでいない人が採用される可能性がある」と反論する。実際に常見陽平さんの著書「くたばれ!就職氷河期」にこのような理屈が書かれている。加えて常見さんは「大学4年間を、就活のことなど考えずに学業やその他活動に専念し卒業後に能力開発を行う、海外を旅して知見を広げるなどの行為は人間を豊かにする。この考えを私は否定しない。ただし普通に考えれば分かると思うが、これができるのは、もともと自立していて意欲が高く、それなりの経済力がある学生である。勝ち組が、ますます勝ち組になるという構造になる」とも述べる。常見さんの議論は「新卒一括採用」を支持する理屈の代表的なものといって差し支えないと思う。


前者の主張は「大学できちんと学業を修めた人や、その他活動に打ち込んだ人」が「採用選考の場で、活動の成果がきちんと評価される」という利益を受ける。その他にも「全就活生」が「企業の求める人物像が曖昧な状態の、ふわふわとした就活に時間を費やさずに済む」という利益を受ける(面接官という「人」が就活生という「人」を評価する以上恣意的な要素を完全に排除することは出来ないが、それでも恣意的な要素の介在を薄めることはできる)。それに対して後者の主張は「大学で専門知識を学んでいなかったり、特に何もしてこなかった人」が「面接で人間性を評価されれば職を得ることができる」という利益を受けることができる。


どちらの主張も一理あるかもしれないが「卒業後就活」と「新卒一括採用」は両立しないわけで、どちらの主張がより優れているかの価値判断をしなければならない。この点について個人的には、新卒一括採用を支持する議論を耳にする際にいつも思うのが「え、なんで大学で何かに打ち込まなかった人の救済を第一に考えなければいけないんですか?その価値判断、おかしくないですか?」ということ。要は新卒一括採用支持者は「大学で専門知識を学んでいなかったり、特に何もしてこなかった人」のメリットを考えた上で自己の主張を展開しているように僕には思えるのだけれど、なぜそのような人たちのメリットを考える必要があるのかについての理屈をきちんと考えているかが疑わしいのだ。


もう一度常見さんの理屈を引用すると、卒業後就活にすると「もともと自立していて意欲が高く、それなりの経済力がある学生(勝ち組)が、ますます勝ち組になるという構造になる」ことを危惧しているが、それの何が問題なのか。自立していて意欲が高い人材が評価されて、そうでない人は評価されない構造はフェアだろう。経済力に関しての話は分からなくは無いけれど、経済力が無ければ企業が魅力を感じる有意義な体験が出来ないかと言えばそうではないと思うので、あまり説得力を感じないというのが正直なところだ。


誤解しないで欲しいが、今までの話は「大学時代に何もしない人は、職を得られないことで苦しんで当然」との主張ではない。加えて上では述べなかったのだが、常見さんは「卒業後就活」を導入することで「大学を卒業した職務未経験者が職探しの際に第二新卒者と競合することになる」との問題点も挙げていることも、議論をフェアにするために述べておきたい(上で挙げなかったのは少し卑怯でしたかね・・・)。とりあえず大学時代に怠けて職を得られなかった人について述べると、彼ら・彼女らに対しては職業訓練・既卒インターンシップなどのフォローが必要で、加えてそうしたフォローに携わる企業が得をするような仕組みを充実させることが必要だと思う。ただ、あくまで原則としては「学生時代に一定の活動に打ち込んだ人や、成果を出した人がより評価されやすいような仕組み」である方が就活生にも、そして就活生の意欲・能力をなるべく正確に測りたい企業にとっても良いと思う。


現在の就活は少なからず只の「嘘つき大会」になってる側面があって、それは「自分は大学で何もしていないけど、嘘をつくことで何とか就活を乗り切りたい!」、「大学ではとにかく遊びまくって、就活は先輩からアドバイスをもらって適当に乗り切ればいいやー」等と思っている人が得をする可能性が高い形になっていることを意味する。そして、そういう人たちの利益を尊重すべきかを考えた時に僕は「そんな必要は無い」としか思えなかったので「卒業後就活」を割と推している。第二新卒者との競合についての話については、ちょっと考えてみます(笑)


今回は「新卒一括採用」を取り上げたけれど、他にも「誰のメリットを一番考慮すべきか」という価値判断に接した際に「え、なんでそんな人の利益を第一に考えた慣習を支持されるんですか?」と疑問に感じずにはいられないことがあるかもしれない。ある主張がなされるに至った価値判断の背景にツッコミを入れると、案外日本の就活を巡る議論も錯綜せずに済むだろう。


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学業で成果を得られない人はコミュニケーション能力(以下コミュ力)を上げるしか生き残れる道がないのに、なぜかそういう人達を重宝したがる企業社会。

まあこのコミュ力も日本では間違った解釈をされているんですけどね。

・上司へのおべっかや太鼓持ち

・妙に弁が立つ話し方

・根拠無いのに自信満々過ぎる態度

就活で成功しそうな奴ってこの3つのいずれかに入るか複数当てはまると思います。

本来のコミュ力は相手の意思をしっかりと把握し自分の意思を正確に伝えるという意味のはずなのに、今の日本企業はそこから道を外してるような気がしてなりません。

Re: タイトルなし

> 雨宮さん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

「コミュ力」の言葉の定義が広すぎるとは思っています。「相手の意思をしっかりと把握し自分の意思を正確に伝える」というポジティブな文脈も、「上司へのおべっかや太鼓持ち」というネガティブな文脈も同じ「コミュ力」として語られるのはどうにかならないものか。もう「コミュ力」という言葉は消えるべきだと思っています(笑)
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