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就活を巡る議論には、もっと「極論」が必要だと思う

再び、「面接において『○分間で自己PRをお願いします』なんて会話はいらない」という記事への補足となるが、この記事に対して「自己PRが不要か否かという2極論は分かりやすいですが、単純過ぎる」とのご意見を頂いた。これは恐らく、「『○分間で自己PRをお願いします』という会話にも~な意義があるので、一概に不要とは言えないのではないか?」との問題意識が背景にあるご意見だと思う。


感覚として、一般的に「極論」を主張することが良しとされることが少ないのは分かる。しかし僕は、目的さえしっかりとしていれば極論を発することに問題は無いと思う。このことを裏付ける材料として、落合博満・前中日ドラゴンズ監督の著書「采配」の「『極論』から物事の本質を見直してみる」という章が挙げられる。これは、「ファンにとって観戦価値の高い日本シリーズを提供するためにはどうすれば良いのか」を考えることを目的として、万全と思われる現在のルールにあえて「極論(レアケース)」をぶつけることの重要性を語る章だ。誤解しないで欲しいが、落合さんは「極論」を通すこと自体が目的ではなくて、「極論」を通じて議論を活発化させることを意図している。


同じことが就活を巡る議論でも言える気がしている。単に「就活に嫌気が差している人を扇動する」ことを目的とした極論の提出は望ましくないだろうが、「企業・就活生双方が満足する就活のあり方を考える」との目的をもって「就活において、当たり前とされていること」に極論をぶつけることには意義があると僕は考えている。


前回・前々回の記事で取り上げた「面接において『○分間で自己PRをお願いします』なんて会話はいらない」という極論(こんなのが「極論」といえるのか、と言いたい人の気持ちは分かります・・・)は「面接では自己PRを語るのが当たり前」との常識を相対化するものだ。その結果「そもそもなぜ、面接官は自己PRを語らせるのか」、「自己PRをすることは、就活生が自分の能力・適性をアピールするのに役立ち、且つ面接官が就活生の能力・適性を審査する際に役立っているのか」、「自己PRを語らせること自体はおかしくないけれど、もっと良いやり方があるかもしれない」などの思考が生まれ、ひいては議論の活性化につながる。


他にも、例えば「企業は就活生を対象に、会場を借りて会社説明会を開く」という常識に対して「そもそも会社説明会は必要ないのでは?」との「極論」をぶつけることを考えてみる。そうすることで「会社説明会は一体何のために開かれるのか」などの根本的な話を見つめ直すことにもつながるし、もしかすると「今までは会場を借りて会社説明会を開いてきたけれど、会社概要を理解してもらうという目的を果たすためだったら、採用ホームページ上に従来より詳細な情報を載せれば足りるな。会社説明会を開かない分、社員と就活生間の座談会を増やそう」などの結論に達する企業が出てくるかもしれない。これは「会社説明会を開くか否かは企業の判断次第」との結論に始めから飛びついてしまっては到達できない境地だと思う。極論の主張者に他者の意見に耳を貸さない姿勢があるならばそれはマズいが、極論を語ること自体には意味があるのに、単に一度極論を主張しただけで「単純だ」との批判がなされるのは勿体無いことだ。


現在の就活には非合理的なプロセスがかなり組み込まれているが、それにも関わらず、そのような非合理性が常識として定着しているというもどかしさを感じている。どのようなことを非合理的だと感じるかは人それぞれだが、僕の感覚では、過去記事の「会社説明会に履歴書・エントリーシートを持ってくることを求める企業はおかしい」が30拍手以上獲得していることから(有難うございます!)、説明会に履歴書・エントリーシートの持参を求める企業の姿勢に違和感を覚えている人は少なくないのだと認識している。勿論、これは単なる一例に過ぎず、他にも非合理的な慣習はあるだろう。それを浮き彫りにするためにも、「就活における当たり前」に疑いの目を向ける「極論」を提出することが重要だと思う。


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No title

 どうも、良い感じです。

 根本的な事、物事の本質を捉える手法として、極論を用いる、という解釈でよろしいでしょうか。

 根源に近づく、根源を考えるため、アプローチのため、ひとつの方法として、また、おっしゃる
ように、常識や通例となっている事柄の、根元から思考するためのアプローチの方法として、
確かにひとつの手法としてあり、と感じました。

Re: No title

>良い感じ さん

こんばんは、コメント有難うございます。

>根本的な事、物事の本質を捉える手法として、極論を用いる、という解釈でよろしいでしょうか。

はい、その通りです。極論を用いることで、当たり前・万全とされてきたルール・慣習の意義を疑い、より良いあり方を模索するのが重要だと言うのが落合さんの主張であり、僕もそれに賛成の立場です。

No title

流石にこちらにもコメントしておかなければならないと感じました

極論にも意義があるということは理解していました
しかし恥かしながら、その意義の捉え方が間違っていました
俺は意義を「分かりやすさ」と捉えて、管理人様が「分かりやすさ」を重視して極論をぶつけていると考えたものの、「分かりやすさ」よりも「単純さ」の方が大きいと感じ
「分かりやすいですが、単純過ぎる」
とコメントしていたのですが(「短絡的」という表現を使わなかったのはこのためです)
「極論」を通じて議論を活発化させること」が意義だったのですね
申し訳ございませんでした

だとすれば実際にコメント欄で議論がより活発になったことから、その意義は果たされましたね
「単純だ」「短絡的だ」という主張もきちんと自己PRにも意義はあるという意見を内包していれば立派な反論ですし、賛成意見と反対意見、両方が出ているコメント欄だと感じます

Re: No title

> カクさん さん

こちらの記事にもコメントを有難うございます。

「極論」を通じて議論を活発化させることも勿論考えていましたが、極論をぶつけた一番の理由は、やはりその極論が一番妥当な結論と自分の中で結論付けたためです。なので記事の結論に対して「問題を単純化している」などのツッコミはなされるかもしれないとは思っていましたが、傍から見ると「単純な問題提起・結論」に見えても、それが一番妥当な見解ならば「単純だ」との理由で潰されることは不合理です。このような考えから、「単純だ」「短絡的だ」とのコメントをくださった「カクさん」さん「黒 紅 茶」さんに具体的な批判をするよう求めていたわけです。

しかし、「面接において『○分間で自己PRをお願いします』なんて会話はいらない」についたコメント数がすごいことになりましたね!(笑)有難うございます。

No title

「大きさがゼロで分子間の相互作用がない」

そんな現実には有り得ない極端な分子を想定することで、気体の圧力や体積、温度の関係が明瞭に見えてくるものです。初学者にいきなり全てを補正した正確な数式を見せてもチンプンカンプンに違いありません。

Re: No title

> ムツゴロウ さん

お久しぶりです、コメント有難うございます。

>現実には有り得ない極端な分子を想定することで、気体の圧力や体積、温度の関係が明瞭に見えてくるものです

理系でも「極論」の大切さが謳われているんですね。あくまでも考えを深める過程においては、現実を無視した精度・慣習を考えてみるのが良いのかもしれませんね。
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