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能力があったり、努力をしたから内定を取れるのではなくて、内定を取れた結果としてその人の能力や努力が後付けで肯定される・・・?

カリスマ内定者に限らず、就活本で就活の成功体験記を語っている学生は、大概、自分の「内定を取るに至るプロセス」がいかに優れていたかを語り、だからこそ内定をとれたのだというストーリーを作る。一方で、リクナビ編集長は現在の就活を次のように語っている。
この五十嵐さんがリクナビ編集長という訳ではないので誤解の無いように(笑)「入試じゃなくて、恋愛結婚と考えてください」ということは、就活において相性に比して能力の重要性が低いことを意味している。これは、大学1、2年生や高校生からしたら驚きのことだろう。


実は、現在の就活の特徴が五十嵐さんの言う「評価軸不在の全人格的評価」であることを理由に、「能力があったり、努力をしたから内定を取れるのではなくて、内定を取れた結果としてその人の能力や努力が後付けで肯定される」と考察する論者がいる。例えば、「若者を見殺しにする国」などの著書で有名な赤木智弘さんは「本来的な意味での"メリトクラシー(能力主義)"に沿った選抜など実現されず、"業績"を得た結果として"能力+努力"があとづけで肯定されるという、因果関係が真逆の偽メリトクラシーでしかなかったと考えています」と述べている。


また、「大卒就職の社会学」などの著書を出し、多分日本で一番就活を学問的見地から考察しているであろう学者である本田由紀先生は、「軋む社会」という本で赤木さんと同じようなことを述べている。例えば、次のような記述がある。

企業の採用面接の際に、いかなる振る舞い方がもっとも適切とされ、高く評価されるかは、面接官の好みや経歴によって左右される。同じ大学の出身であることによって話が合い採用されたとしても、それは応募者の「意欲」や「コミュニケーション能力」が高かったからだと説明される。それゆえ、ハイパーメリトクラシー的な評価や選抜には、常に不当な差別や不公正さが入り込む。にも、関わらずそれらは隠蔽される。

「ハイパーメリトクラシー的評価」とは、頭の良さとかよりも、意欲や対人関係能力、創造性など人格や感情の深部、人間の全体に及ぶ能力を評価の遡上に載せる評価形式のことで、五十嵐さんの言う「全人格的評価」と同じような意味と考えてもらえれば良い。また、別のページにも同じような記述があった。

「人間力」という概念そのものが怪しげなものであり、相対的に有利な社会集団が「ゲームのルール」を自らにとって都合の良いものにするために打ち出した恣意的な評価基準を、そう名づけているに過ぎない可能性がある。(中略)このよく分からない選考基準を真に受けて、それに振り回されすぎてはいけない。

就活における「相対的に有利な社会集団」とは既に働いている社会人や、競争率の高い企業の内定を得た人たちのことを指すと考えて良いだろう。本田先生の言葉に従えば、彼らは自分の価値を高めるために、本当は自分がなぜ内定したかもよく分かっていないのに、あるいは厳格に能力を審査されたのではなく単に他愛も無い話をして内定をとったに過ぎないのに、「自分には"人間力"があったから内定を取れた。内定を取れていない人には"人間力"が足りていない!」とか「自分は面接で熱意を見せた結果、内定を取れた。内定を取れていない人は熱意が足りないんじゃないの?」などの構図を作り上げていることになる。これは想像だが、もし本田先生が就活本に書かれている就活成功体験記を読んだら「あたかも自分が努力したから内定を取れたという風に書かれているけど、面接官があなたを評価した理由は努力の中身じゃなくて、単にあなたと話が合ったからというだけかもしれないですよ」と思われるかもしれない。 


勿論本田先生に対して、「面接官は、ちょっと話が合ったからって内定を出すほどバカじゃない。一体、あなたは面接の実態をどのくらい知っているのか」と反論したくなる人がいてもおかしくないだろうなとは思う。ただ、面接官全体に占める割合は分からないが、就活生のポテンシャル云々よりも単に自分の好みを優先して選考に通す人を決める面接官が一定数いることは恐らく間違いない。正直、昨日取り上げた大手銀行内定のカリスマ内定者も、別に能力や考え方が評価されたのではなく、単に彼が纏う「雰囲気」が面接官に好まれて内定を勝ち取ったに過ぎないと僕は想像している。はっきり言って、彼の物事の考え方は最低のレベルなので・・・(「大きな会社で歯車になりたくない」「人に使われたくないから起業する」なんて僕から言わせれば負け犬の遠吠えです、なんて言っている人なので)。もしかしたら、面接では必死にキャラを誤魔化していたのかもしれないが。


現時点で赤木さんや本田先生の考察をどのくらい信頼してよいかは僕には分からない。ただ、仮にこの考察の信頼性を高められれば、中々内定を取れずに苦戦している人への風当たりを弱めることが出来ると感じた。例えば、大前研一さんなんかは「20社受けても内定を取れない、優秀でない学生への支援のために税金を使うな」と主張していたけれど(http://news.livedoor.com/article/detail/5068028/)、このような主張を黙らせることも出来るようになる。「こんな意見を発する大前さんこそ、実は優秀でもなんでもないんじゃないですか」と言えるようになれば理想だ。


「能力があったり、努力をしたから内定を取れるのではなくて、内定を取れた結果としてその人の能力や努力が後付けで肯定される」という考え方はあながち間違っていないのではないかとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。肝心の僕はまだ考え中ですが・・・(笑)
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自分を偽って内定を取ってしまったが最後、偽ったまま入社し、偽ったままその会社で何年も働かなければならない…


いくら内定を得たところで、納得のいく就職が出来なきゃ意味無いですよね。


カリスマ内定者って「内定=ゴール」っていう考えの人が多いような気がするんです。


一つでも多く他人より内定を取り、少しでも大きな会社の内定を勝ち取る。


就活がいつの間にかレースの一種と化しているんですよ。


本来は自分にとって分相応な会社を探す活動なのに…

Re: タイトルなし

> 雨宮さん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

カリスマ内定者が面接において自分を偽っていたかは分かりませんが、本には「内定をもらったのは1社ですが、人気ランキングbest5のところ。量より質ですね」みたいなことを言っているカリスマ内定者はいました(笑)

No title

私も最近同じようなことを考えていました。
人間力って言葉についてちょっと考えてたんですが、この言葉は曖昧すぎて本当は使わないほうがいいのですが、乱用されているということはそれなりに何か効用があるのでしょう。

人間というのは様々な要因の結果のはずなのですが、「人間力がある」といってしまえばその様々な要因の説明をせずにまるで何かすごい人かのようなハッタリが使えてしまいます。

「私には人間力があります」と言えば就活生なら100%落とされますが、採用側は「我が社員には人間力があります」と言ったら、どんなブラック企業であれ、結果のみに注意を向けさせ(説明会などの場合は出ている社員にあたります)人をひきつける事ができます(相手が何も知らない就活生なら特に)。

「実績が既にある人に対して使う言葉」という点でlingmuさんの言う後付け肯定の典型なのかも・・・と思いました。
雑文失礼しました。

Re: No title

> ささくれさん

お久しぶりです、コメント有難うございます。同じようなことを考えていたと言うことで、記事を書いた身としては少々ほっとしています(笑)

「私には人間力があります」なんて何かを言っているようで何も言っていないフレーズであり、本当に自分の能力、あるいは自分がしてきた努力に自信があるのなら、そんな曖昧なフレーズを頼る必要は無いはずです。この言葉が乱用されている現状がもしあるとすれば、それは自分を必要以上に大きく見せようとする見栄っ張りが多いことの証なのかもしれません(笑)

真相の確認が

求職者が面接する時は、その求人企業側の、採用時の特色を研究しているかが、多少は採否を別けていると感じています。

採用面接者の好みや経歴によって左右されるなら、面接する社員が代わったら、(採用される求職者の)選考体質も変わるの?

納得行く聞き取り調査をしないと、「本当」は見えません。

また、本田教授の調査データ-に基づいた研究案内の記載と、今回、管理人様が引用し、まとめられた解釈とが少し異なる気がしました。
出版社の色付けと教授の研究指針とのズレか、読み方のそれかも知れません。
そこは、分かりません。

Re: 真相の確認が

> 『うたって・ゴー』さん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>納得行く聞き取り調査をしないと、「本当」は見えません。

そうですね。

>また、本田教授の調査データ-に基づいた研究案内の記載と、今回、管理人様が引用し、まとめられた解釈とが少し異なる気がしました。

そうですか?このコメントを見て、改めて記事を読み返してみましたが、僕には特にズレがあるようには思えませんでした。すみません・・・。

No title

能力や努力という言葉もこれまた評価軸不在だと思うがな。

能力基準だと就業経験もなく大半が業務に直結する資格・スキルを持たない文系学生を評価することは到底無理だし、
努力基準こそほぼ全ての大学生が(それこそ勉強やゲームやスポーツや恋愛や)何がしら努力しているのを評価して優劣つけるのも不可能だよね。

そもそも「全人格的評価」とやらで就活に成功している人は、それこそ他人に感情的に訴えかける部分で能力を持ってたり、努力をしていると言えるわけで、それは恋愛で容姿や性格や面白さが一種の能力であるのと同じ話。

何の能力もない何の努力もしてないのに運で人事と気が合って大手企業の内定までこぎつけられた人ってどちらかというと超少数派だと思うのだが。

Re: No title

> のさん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>そもそも「全人格的評価」とやらで就活に成功している人は、それこそ他人に感情的に訴えかける部分で能力を持ってたり、努力をしていると言えるわけで、それは恋愛で容姿や性格や面白さが一種の能力であるのと同じ話。

何をもって「能力」と捉えるかですよね。恐らく、赤木さんや本田先生は「他人に感情的に訴えかける部分で能力を持ってた」ということを「能力」と見なしていないような気がします。

>何の能力もない何の努力もしてないのに運で人事と気が合って大手企業の内定までこぎつけられた人ってどちらかというと超少数派だと思うのだが。

僕もそう思います。赤木さんや本田先生の考察は大手企業内定者を貶めるために使うのではなく、学生生活を一生懸命過ごした人でも面接官のお眼鏡にかなわず就活に苦戦している場合がある、ということを論じるために使うのが良いかと。記事本文でカリスマ内定者を批判しておいてこんなことを言ってもあまり説得力はありませんが(笑)
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