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「僕には"誰も傷つかない記事"を書くことなんて出来ません」

今日は就活の話題とは関係なく、「ブログ記事における表現」について僕が思うことを書かせていただきたい。少し前にコメント欄でなされたやり取りを経て、今後もブログを書いていくにあたってこれを曖昧にしてはいけないと感じたからだ。


このように思うに至ったきっかけとなったのが「<既卒者カフェ取材 後編>~既卒者カフェが抱える課題と、その課題への対策~」という記事のコメント欄におけるやりとり。既に読んだ方も多いだろうが、当初僕が記事で用いていた「処方箋」という言葉が特定の人の心を傷つけるものとして、その使用に苦言を呈するコメントが見られる(現在は「処方箋」という言葉を用いるのをやめ、「対策」という言葉に変更している)。


僕が「処方箋」という言葉を用いたことに特に深い意味は無い。記事のコメント欄に「"課題"に対して"処方箋"という言葉がそもそも日本語としてよくないですよ。"課題"は病気じゃないんだし、仮に病気のたとえにするとしても、その場合は"治療法"で"処方箋"じゃないでしょ?処方箋というのは、単に、医者が薬を指示するだけの書類。治療法でも改善法でもないんだけど」というツッコミが来たけれど、現在多くの評論家などが処方箋という言葉をほぼ「対策」という意味で用いているので、僕もそれを倣ったに過ぎない。例えば、現在存在感を高めている評論家・荻上チキさんは最新の著書「日本の難題をかたづけよう」の前書きで「複雑な現実を前に、エヴィデンス(根拠)を丁寧に提示しながら、社会問題や社会現象の背景にある要因を特定し、効果的な処方箋を提示していきます」、「課題を把握し、原因を突き詰め、処方箋を検討し、その効果を測定し、次なる課題を模索する。効果を得られた処方箋をさらに分析し、他の課題にも援用できないかを探り、メソッドを共有していく」と、頻繁に「処方箋」という言葉を用いている(http://synodos.livedoor.biz/archives/1955263.html)。他にも、僕が知る限り鈴木謙介さんの「カーニヴァル化する社会」、赤木智弘さんの「"当たり前"をひっぱたく」という本でも「処方箋」が「対策」という意味で使われている。なぜ彼らが「対策」と言わず、わざわざ「処方箋」という単語を用いているのかは分からない。多分、あまり深い意味は無いのだろうし、少なくとも今回この言葉を用いた僕に深い考えは無い。


このように「処方箋」という言葉を用いる書き手には特に深い意図は無いのだが、一方で「ウツ・自律神経失調症・不安性障害・適応障害等々の精神障害になっている方々」からすると、この単語は非常に忌々しいもののようだ。僕は未だこの言葉の持つ刃の存在に鈍感だが、「診断書をもらう迄は、"処方箋"=人の心を傷つけるなんて考えてもいませんでしたが、現実は違っていました」というコメントに従えば、精神障害になってしまった方々からするとこの言葉の受け止め方が精神を病む前と後で全く変わってくるようだ。


ここからが本題なのだが、僕はこのようなコメントを頂いたにも関わらず「そんなツッコミをされても困ります」と返した。これに対して、「求職者の方々の中には、病のひとも大勢いらっしゃる。知らないうちにそう言う方々を管理人様が気付かない間に傷付けているなら大変」、「文章を書く人間は常に自分の言葉の使い方を気をつけなければいけないんだけどね。自分では気のきいた言葉使ったと思っても、読む人は全然違うふうに受け取るものなんだってことは覚えておいたほうがいい」というコメントが寄せられてプチ炎上状態になった。結局は「処方箋」という言葉を別の言葉に変更したけれど「そんなツッコミをされても困ります」という気持ちは今でも変わっていない。今後も僕が書いた記事における表現に対して批判がなされることはあると思うので、この記事を通じて、このブログの管理人である僕が「ブログ記事における表現」についてどのように考えているのかを示したい。そして、それを踏まえて、このブログを読んでくださっている皆さんに今後もこのブログを読むか否かを各自で判断していただきたい。


第一に、僕は記事を書く際に「社会常識に照らして不適切な表現」を避けることは出来ても、「一般的にはそれほど問題ないが、特定の人が嫌な思いをする表現」を避けることまではできないと考えている。これは本当に誤解しないで欲しいが、僕は自分の言葉の使い方に関して無頓着で良いと考えているわけではない。例えば、犯罪予告であったり、あるいは他人のプライバシーを暴露するなど、社会常識・・・という言葉は定義が曖昧で嫌いだけれど、社会常識に照らして不適切な表現は極力控えていきたいと思っている。しかし、この度問題になった「処方箋」という言葉のように、一般的には問題ないけれども特定の人からすれば不愉快な言葉を用いないようにする、と心がけるのは僕には無理だ。そういうレベルまで意識しだしたら、つまり「この言葉は一般的には問題ないんだろうけど、もしかすると傷つく人がいるんじゃないかな・・・」とまで考え出したら、とてもじゃないが文章なんか書けやしない。僕に限らずブログを書いている人が各自「もしかすると、この表現は特定の人を傷つけるかもしれない」との考えから表現の自主規制をすることで文章を読んで傷つく人は減るかもしれないが、その代償として自分の考えを文章を通じて表現する自由が制限される。


このような僕の意見に対して「あなたは"他人を傷つけないこと"より"自分の書きたいことを書く"方を優先するのか!」と批判したくなる人がいるかもしれない。しかし、僕がこのブログを読んでくださっている皆さんに記事を送りつけてそれを強制的に読ませているのならともかく、実際にはもし文中に気に入らない表現を見つけたのならば、その際に読者には記事を読み進めるのを止める権利がある。別に「このブログを読まないと、日常生活に支障をきたすんです!」という事情がある人はいないだろうし、わざわざ不愉快な思いをしてまで記事を読み進める必要は無いはずだ。また、仮に「一瞬たりとも自分にとって不愉快な表現を目にしたくないんです」と訴える人がいるとすれば、その人には精神衛生上ネットにアクセスするのを止めることをお薦めしたい(少なくとも、何が書いてあるか分かったもんじゃない"個人ブログ"にはアクセスしない方が良いのではと思う)。僕はこのような考えを持っているので、表現をする際には最低限のマナーには従うけれど、「自分とは違う考えを持つ特定の層」に配慮して言葉を選択することは無い。まず、この点を明らかにしておきたい。


第二に、「処方箋」という言葉が特定の人の心を傷つけるものという指摘を頂いたにも関わらず、その指摘への対応に億劫であった理由を詳しく説明しておきたい。これは、一度このような批判に対応すると今後も「あなたは問題ないと思っている表現、私にはキツいんですよ」というような批判が来るかもしれないが、そのような批判に常に対応していたらキリがなくなってしまう・・・と僕が考えている事に拠る。


「文章を書く人間は常に自分の言葉の使い方を気をつけなければいけない」という指摘は一見もっともなものだ。しかし、もしこれが「自分の言葉の使い方に気をつけ、他人を傷つけてはいけない」という結果の達成まで求める趣旨の指摘であるならば、僕はこのような考えはただの「机上の空論」に過ぎないと思う。なぜなら、どんなに気をつけて文章を書こうが、どんなに表現の選択に心を配ろうが、その文章・表現によって傷つく人は必ず出てくるはずだからだ。これについては、「顔に塗りたくるドミグラスソース」というブログの「誰も傷つかない文章」に僕の書きたいことが大体載っているので、もし良かったらそちらの記事にも目を通して欲しい。


大卒の就活に絡めて自分なりの具体例を挙げると、例えば「僕は企業から急にリクルーター面接に呼び出された。企業はもう少し学生の都合を考えるべきではないか」という主張があったとする。一見特に反発を招かない文章と思われるかもしれない。しかし、言葉は悪いが学歴が高くない人たちは「リクルーター面接に呼ばれるだけいいじゃないか。こっちは学歴の関係で企業の眼中に無いんだから。なんて贅沢な問題提起をするヤツなんだ」と思う可能性はある。他にも「親が自分の就活に過剰に口出ししてきて困る」という訴えも特に問題は無さそうだが、これも両親を早くに亡くした人が見たら「親がいるだけいいじゃないか。別に喧嘩になっても良いから自分も両親と色々な話をしたかった・・・」と落ち込むかもしれない。以上のようにこの2つの訴えは特定の立場の人たちを傷つける可能性があるもので、他にも特定の人を傷つける表現はあるのだろうけど、それらの訂正を求める訴えに一つ一つ対応していたらキリが無い。かといって、ブログの表現により傷つくであろう人たちの気持ちを事前に想定して問題提起を自粛しようとしたら、究極的には人は何も書けなくなってしまうのではないだろうか。だからこそ先に述べたように、嫌な表現を見つけたら読むのを止める、という読み手側の自己防衛的な行動が必要だと僕は思っている。


極端な話、主に大学新卒の就職活動に絞って問題点を取り上げているこのブログの存在そのものによって傷つけられている人もいるかもしれないと僕は思っている。この点、もはや「大学新卒の就職活動の問題点」は社会問題として世間に認知されているし、それについて語ることは問題ないだろうと感じる人も多いと思う。しかし、例えば家庭の事情などで大学に行けなかった人からすると「私は経済的理由から大学にも行けなかった。大学新卒の就活が大変って言うけど、大学に行けなかった人からするとそもそも"大卒予定者"として就活できることすら贅沢。それなのに、こんなに問題点ばかり挙げて・・・不愉快です。すぐにブログを止めてください!」と感じるかもしれない。あるいは、大学を卒業して数年経っている人たちや、俗に言う「ネットカフェ難民」として生きる人たちは「そもそも企業にエントリーできるだけマシだろう。こっちは年齢制限でエントリーすらできないんだ。それなのに、問題点ばかり挙げ連ねて何を考えているんだ」とブログを見て傷つくかもしれない。もし本当に、ブログを読んでこのように思われた方がいたら申し訳ない。しかし、その人たちに配慮して僕がブログを止めることはない。また、「この表現を改めてください」という訴えに対しても、その表現が社会常識から逸脱していない限りは訂正しない。それは、僕がブログを止めたり表現を訂正したりしなくても、このブログを不愉快に感じる人がブログを読むのを止めればそれで話はお終いだと思っているからだ。


以上のような考えから、仮に今後「この表現を用いることで傷つく人がいるかもしれないじゃないですか!」という批判がきても、そのような批判には原則として対応しない。もっとも、これも誤解されそうだから述べておくと、これは「記事の主張を批判するな」と言う意図を込めているわけではない。建設的な批判コメントは嬉しい。


現時点の僕の「ブログ記事における表現」に関する見解はこんなところだろうか。余談だが、恐らくこのブログを読んでいる方の中には自分自身でブログを書いている人も少なくないと思う。本来僕が偉そうに言える事ではないことを自覚しながらあえて言わせていただくと、「文章を書く人間は常に自分の言葉の使い方を気をつけなければいけないんだけどね」という良くあるツッコミなんか「クソくらえ」と思うくらいで丁度良いんじゃないかと言いたい(あ、「クソくらえ」という言葉は社会常識に照らして適切なのだろうか。うーん・・・)。どうせ、どんなことを書いたってその文章によって傷つく人が一定数出る可能性は常にあるのだから、「僕には、私には"誰も傷つかない記事"を書くことなんて出来ません」と開き直って、自分の書きたいことを書きたいように書くのが良いと僕は思っている。


どんなことを書いたってその文章によって傷つく人が一定数出る可能性は常にあるのだから、「僕には、私には"誰も傷つかない記事"を書くことなんて出来ません」と開き直って、自分の書きたいことを書きたいように書くのが良いとの考えに共感してくださる方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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No title

とは言っても「学生」「卒業予定者」→「応募者」「就活生」みたいに本題に関連するワードだと極力配慮されてるよね。
就活ブログを書く身としての限界のようなものは感じられた。

No title

確かに、人によっては敏感になってしまう可能性のある言葉に関しては、気を付ける必要があるかもしれませんが、それは「気を付けなければ」という意識を持つ程度の姿勢で十分なのではないかと思います。読者はブログを見るか見ないかの選択権がありますし、どうしても許せない表現や記事があればそれを見ないということもできますから。

特にネット上で不特定多数に情報を発信する際には、見る側が圧倒的に強い立場ですし、一般人が書いた文章に対して批判的な目ばかりを向けていれば、いくらでも粗は見えてきてしまいます。
批判するのは一瞬でできても、記事を書くには時間がかかりますからね。文章を書くにあたって完璧にすべての事情について配慮したものをかくのはほぼ不可能でしょうし、たった一つの言葉だけで、ブログを書く姿勢や管理側の人格までもを否定されたらとてもやっていけないと思います。

どうしても物事の評価について「減点法」的視点を向けられてしまうというのは、ブログ以外にもよくあることですし、クレームはある意味仕方がないと割り切るしかないんでしょうね。

表現、叱ってくれる同僚いないのか?いてもブログと同じ自己正統性を語るから離れて傍観か。一言で人間関係崩壊した経験がないな。

No title

私のコメントを文脈を無視して引用しているのでかちんときたけど、まあ、それはいい。
うたってゴーさんの、処方箋と自殺についてのコメントには、確かに言葉狩り的側面があると思う。
言葉狩りというのは、1980年代頃、いわゆる障害者に関する言葉の一部(め*ら、つ*ぼ、び*こ、き*がい、など)に対して、ある団体が積極的にマスコミに批判を向け、その批判のやり方がかなり激しかったので、マスコミはびびってそれらの言葉を使わなくなった。
さらには、盲目、聾唖、精神病といった言葉まで狩られて、使えなくなった。
その後、ある種の反省の時期が来て、文脈で見て使ってよい場合はいいというふうに変化してきた。
ネット以前は公の場所で文章を書くのはごく限られた人、プロまたはセミプロの人ばかりだったので、プロやセミプロなら言葉に気をつけるのは当たり前、という考えから、私が言ったような、言葉を使う以上、気をつけるべき、というのが常識となった。
しかし、やがてネットで誰も彼もが公に文章を書ける時代が来た。そして、そういう場所では人を傷つける言葉がまかり通っている。

うたってゴーさんが、これはDQNブログではないのだから、と書いたのは、そういう、人を傷つける言葉でも何でもありのサイトと、このサイトは違う、だから、という意味だと思う。

私は処方箋という言葉がうつの人たちを傷つけるとは知らなかったし、実感もない。しかし、処方箋という言葉を気安く使うべきではないという意識はある。
たとえば、「刑事コロンボ」に殺人処方箋というタイトルの回があるが、処方箋とは、どこかマイナスのイメージを持つ。それは病気に関することだからだろう。
私が違和感を持ったのは、既卒者カフェが抱える課題とその処方箋という言葉に、まるで既卒者カフェが何か病を抱えていて、処方箋が必要みたいな印象を受けたからだ。
そのどこか病を連想させるマイナスな感覚が、うたってゴーさんを過剰に刺激したのではないだろうか。私は単に、既卒者カフェに対して失礼なタイトルだなと思っただけだが。
評論家たちが処方箋という言葉を使うとき、そこに病のようなイメージがないかどうか検討してみてほしい。もちろん、既卒者カフェが病を抱えていると思うのなら、処方箋という言い方はむしろ適切だ。

うたってゴーさんに1票という名前で投稿したのは、まず第一に、言葉をもっと吟味しないと、今回よりずっと大きな問題にぶち当たるだろうと思ったからだ(余計なお節介ですまん)。
第二に、うたってゴーさんのコメントに対するブログ主さんの反応が非常に感情的で、その反応の方が本文よりずっと人を傷つけるものになっていたからだ(これまた余計なお節介だね)。

自分はアマチュアなんだから、プロ並みのことを要求しないでくれ、アマチュアなんだから至らないところもあるし、いやなら見るな、というのもわかるが、苦言を呈する人は、あなたをアマチュア以上だと思っているからなんだ。でも、この文を見ると、自分はアマチュアだからそんなことまでいちいち言われても困る、いやなら見るな、と言っているのと同じなので、これからはアマチュアの戯言だと思ってスルーします。

ただ、アマチュアの戯言では、あなたがやっている就職問題提議のブログは、ただ愚痴言うだけのブログになってしまうんだけどね。

いずれにしろ、余計なお節介だったとは思ってる。その点は謝罪します。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

誰かと同は?

管理人様。
誰かも描いているから自分もOK。
結局、読まなきゃいい。と開き直りですか?


例が悪くて申し訳ありませんが、相模原市で、中学3年生が小学2年生の男の子を泣かすY*uTubeを投稿した輩達の処分をご存知でしょうか?
見なきゃいいやない!!では済まされないのです。


だから、表現の自由を語るのなら、文章にはそれなりの「大人の責任」が生じて来ますよ。

だから、わたくしは、DQNブログじゃない求職者応援の大切な!ブログなんだからこそ、(見知らぬ管理人様に)苦言したのです。

もちろん、主治医とかに聞いて裏取しているのです。
一個人の見解なら「私論」って書込みしていますよ(ブログを見せたりしているのでは有りません)。

☆苦言って言われるより言う方が何百倍も嫌だって分かって欲しいです!

それも、わたくしのアドレスは、このブログは誰が閲覧しても一発で欄で解るでしょ。



管理人様の(ブログ)活動に反対なら、苦言はしません。
それだけは理解して下さい♪

忘れ物を

書込み忘れてしまいました。

どうするか?ですが、これこそ私論レベルです。
苦言や反論に対しては、管理人様の今まで通りで良いと思います。
ただ、例示して言い訳とかはしないで、気を付けられたらそれでいいのでは。

また指摘されたら、また気を付ける。

それで、表現力は格段に豊かになります♪

活動応援しています!

いつも他者のせい。自分の意見は押し通すなんて何年生?報道機関から取材させたい作家ナンバーワン((((;゜Д゜)))

No title

すみません
上から3番目のコメントの意味が本当に分かりません
どなたか分かる方、翻訳をお願いします

素朴な疑問

ご質問。管理人様はこのブログでご自分が得られる(汚い言葉だと「得する」)事が有るのですか?


完全にボランティアでは、これだけの時間やカフェ参加の交通費を割いて難しい課題を論じるのは-、と感じましたので。

前・誰かの欄コメントで、人気が出たら出版とか…は否定されていらしたけれど。
それに、スタート迄に長期間自己研鑽されていらしたようにも見えません(ごめんなさい)し。
公開して頂けるのならで良いですから。


それから、作家にメールとかで何故その単語を用いるのか?聞かれましたか?また、そういった確認しようという気持が湧きませんでしたか?

☆このままでは対象者である求職者や学生の皆さんが心の病になるよ!!といった奥に潜む意味を込めていると理解出来るから、障害者団体・報道機関も騒がないのです。

繰り返しですが、低俗ブログのツッコミのつもりで苦言しているのでは有りませんよ!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

「処方箋」という言葉を別の言葉に変更したけれど「そんなツッコミをされても困ります」という気持ちは今でも変わっていない。
ならネットで炙り出

社会常識に照らして不適切な表現は《極力》控えていきたいと思っている。しかし、この度問題になった「処方箋」という言葉のように、《一般的には問題ない》
《》自体ブログを使う資格が全く無い証拠を管理人が暴露しとるな!
絶対控えろ!
誰が一般的に問題無いと言ったんじゃおい!誰が一般的に問題無いと言ったんじゃおい!誰が一般的に問題無いと言ったんじゃおい!

何回も失礼

管理人様の最後下線のコメント。そう思いますか?の箇所ですが。


ひとを一人も傷付けにくい文章や実際の会話は、顧客にひどく叱責されたり、取引を失ったりしながら体得していく位、難しい道のりです。

管理人様も、いつか町内会や自治会の役員とかされたら、協力しないが文句(苦言や反論では無い)は言う住人を相手にしないといけません。

前・コメントしましたが、本件も管理人様。
必ず出来るようになりますから、出来ないなんて諦めてはいけませんよ!



わたくしは現場主義です。疑問点は、本人かその人を知る方に聞きます(悪い噂は信じない)。

☆今回の二つの苦言。
1:処方箋
2:自△したかったら自△していいよ
も、わたくしの判断を超えているので、プロに聞いてから、止めた方が良いですね。
だったのです。
分かって頂けましたか?

1票さんへ

処方箋という言葉に関して

本記事に対する1票さんのコメントで、俺は初めて処方箋という言葉を気安く使うべきではないという価値観に納得できました
非常に分かりやすい説明、有難うございます
只、それはつまり、申し訳ないことに俺の理解力では前回のコメントの『「課題」は病気じゃないんだし』からだけではそこまで読み取れなかったことを意味します
もし管理人さんも同じように、本記事を書いた段階ではそこまで読み取れていなかったのであれば、同様に貴コメントを読んで、気安く使うべきではないという価値観に納得するかもしれないのかなと感じました
なので再度ここは見解を示していただきたいと俺も思います
もし納得したならば、それで解決ですし、納得できなければ更に議論して価値観を擦り合わせる流れになるのでしょう



うたってゴーさんに対する反応に関して

主観的な問題ですが、俺は逆に凄く機械的に感じたので結構認識が食い違いますね
俺は確かに処方箋という言葉を気安く使うべきではないという価値観に共感しましたが、それはうつ等の患者云々ではなく、既卒者カフェに対して失礼だという1票さんの説明に納得したからです
管理人さんも同様に納得できなかったのであれば、表現の自由と比較衡量した結果、あのように淡々と冷たく、無難な返信になるのも俺は理解できるのです
只、本ブログのスタンスに関する部分は俺も同じように考えていて、管理人さんに改めて示してほしいと思います

尚、俺の主張は「相手が理解できないのは100%伝える側の責任」「相手が納得できないのは伝える側の責任」という価値観に基づいています

どんなに気をつけて文章を書こうが、どんなに表現の選択に心を配ろうが、その文章・表現によって傷つく人は必ず出てくるはずだからと誰が言った!
誰ならはっきり言え!誰ならはっきり言え!誰ならはっきり言え!持論ばっかの恥

死人に口無さんへ

1点質問させてください

《極力》や《一般的には問題ない》ということが何故ブログを使う資格が全くないことの証拠になるのでしょうか?

《極力》の意味は「力の限りを尽くすさま。できる限り。」であり、俺には絶対との違いが分からなく、特に問題がないように思えるのですが・・・

又、「誰が一般的に問題無いと言ったんじゃおい!」と3回書いてますが、《一般的》の意味は、「特殊な事物・場合についてでなく、広く認められ行き渡っているさま。」であり、その本質は特定の誰かが言うものではないと俺は思います
本記事にもあるように多くの方々が広く一般的に使っていることから、一般的には問題ないと管理人さんは判断されたのでしょう

死人に口無さんへ

>どんなに気をつけて文章を書こうが、どんなに表現の選択に心を配ろうが、その文章・表現によって傷つく人は必ず出てくるはずだからと誰が言った!

はいhttp://dvosorezan.blog122.fc2.com/blog-entry-13.html
きちんと管理人さんがURLを張ってくれているのだから、それくらい目を通しましょうよ・・・

それと本記事最後の纏めに「どんなことを書いたってその文章によって傷つく人が一定数出る可能性は常にある」とあるように、本質は可能性だと思います
可能性は「絶対に」存在するでしょう

カクさんさま《》の二つの意味からでないです。
管理人が努力する姿勢無し!開直り精神の偉そうな考えが垣間見えブログ管理失格判定を二つ死人から入れたの

カクさんさまへ2

はりつけブログならまあ許せるけど、そんな感覚のブログなん?これって?は管理人さん回答ね

伝える側のお話。カクさんさまの意見同意です!

うたって・ゴーさんへ

正直コメントを躊躇っていましたが、書きます

上記コメントにもあったように、申し訳ないことに時たま理解し切れないことがあるので、より読みやすいコメントをお願いします
例えば句点を少なくしたり、文末を丁寧に終わらせたり、口調を整えたり、不意の話題転換をしない等論理展開を分かりやすくしたりすれば、管理人様にもより理解・共感し易く、適切な返答が貰えると思います

又、時折使われる♪等には何か特別なこだわりはありますか?
もしないのであれば、場合によっては他者を逆撫でする可能性もありますし、使われるのは控えた方が無難だと思います

管理人さんも毎回これだけ真摯に書いているのですから、僕たちコメントする側も送信前に隅々まで見直したり、より丁寧さを心掛けましょう

音符の意味

カクサン様。
先ず音符の意味ですが、ハンドルネーム由来から意図的に用いていました。
それをご覧のカクサン様が嫌な思いをされるなら止めます。

また、文章表現については、より分かり易くします。
自慢になってしまいますが、わたくしでも、特に、偏見・差別的記載についての自治会文書の査閲をしていました。(体調の良かった頃)

ご指摘ありがとうございます。
勝手に本欄使い管理人様すみません。

皆さん、コメント有難うございます。この記事に関しては個別にコメントに返信すると言うよりも、僕のスタンスをコメント欄を通じて今一度明確にするという形のほうが有意義だと思うので、いくつかに分けて記事の補足を書きます。

①記事で「処方箋」という言葉を用いたことについて

これに関しては、「カクさん」さんの「本記事にもあるように多くの方々が広く一般的に使っていることから、一般的には問題ないと管理人さんは判断されたのでしょう」という推測で合っています。もし「処方箋」という言葉がありとあらゆる人を傷つける「社会常識から逸脱した不適切な表現」ならば、本でそのような単語が用いられるはずが無い、ということを考えてこの表現を選択しました。このような考えから、まさにコメント欄で1票さんが述べた「うたってゴーさんの、処方箋と自殺についてのコメントには、確かに言葉狩り的側面があると思う」という思いを僕は実際に感じて、その返信が冷淡なものになりました。その点については、特に「うたって・ゴー」さんにお詫び申し上げます。


1票さんの「私が違和感を持ったのは、既卒者カフェが抱える課題とその処方箋という言葉に、まるで既卒者カフェが何か病を抱えていて、処方箋が必要みたいな印象を受けたからだ」という指摘は僕の考えになかったものです。しかしこの点、1票さんのコメントの前に既卒者カフェ山口さんが普通にコメントを残してくださっているので(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-277.html#cm)、この言葉で既卒者カフェを傷つけたということは多分無いと思っています(勿論、山口さんが気を使ってくださっただけかもしれませんが)。


また、1票さんは「処方箋とは、どこかマイナスのイメージを持つ。それは病気に関することだからだろう」と仰っていて、それは正しいはずなのですが、一方で本などを通じてあまりにも「病気」と全く関係ない文脈で「処方箋」という言葉が使われるのを見てきたので、1票さんのコメントに少し戸惑いを覚えたのも事実です。言葉の本来の使い方からすれば1票さんの言うことのほうが完全に正論なんですけどね・・・。


そんなわけで、相変わらず僕は「処方箋」という言葉の持つ刃に無自覚です。批判されるかもしれませんが、そこは否定しません。もし、どうしても「処方箋」という言葉を撲滅すべきだと考える人がいるならば、単に僕を批判するのではなく、それこそ荻上さんなどに直接「あなたは"処方箋"という言葉をよく使っているけど、その言葉でどれだけの人が傷ついているか分かっているのですか!」とクレームをすれば良いと思います。荻上さんは「SYNODOS」という組織に属する人ですが、その組織に属する芹沢一也さんや飯田泰之さんも自身の著書で「処方箋」という言葉を用いています。その組織にクレームを入れたことをきっかけに荻上さんらが「処方箋」という言葉を安易に使うことの危険度を伝えれば、その影響力も大きいと思いますし、僕みたいに「処方箋」という言葉を安易に使う人も減り、素晴らしいことだと思います。

死人に口無さんへ

社会常識に照らして不適切な表現は《極力》控えていきたいと思っている。しかし、この度問題になった「処方箋」という言葉のように、《一般的には問題ない》

↑の文ですが、理解・納得・共感し切れないという立場で考えれば、表現そのものはこのようになっても仕方ないと思います
そこに至る迄の理由等も述べているため、正直俺には開き直りとは捉えられませんし、努力する姿勢がないようにも思えません
何にせよ、管理人さんが見解を再度示すのを待った方が良いでしょう



又、貼り付けに関してですが、URLを貼るのは相手先のことを考えれば義務です
それに対する説明もありますし、文章量を考慮すると今回はアリだと思います



それとうたって・ゴーさんに対するコメントにも書きましたが、死人に口無しさんも文末を丁寧に終わらせてくださいますようお願い申し上げます

No title

もうコメントしないつもりだったけど、一言。

既卒カフェに失礼、というのと、既卒カフェの人が傷ついた、というのは全然意味が違う。
でも、管理人さんは、今の段階では、その違いがわからないだろう。
いずれわかるかもしれないが、今はわからないと断言できる。
結局、この言葉の不自由さが、すべての原因なんだ。
処方箋という言葉を撲滅しろなんて言ってない。
使い方を考えた方がいいと言っているが、使い方を考えろ、というと、撲滅しろ、と聞こえてしまうわけだ。
でも、そう聞こえてしまうのは、今の段階ではしかたないんだろう。

ブログはブログ主が王様だから、どんなコメントが出ても、最後はブログ主の好きな方向へ持っていける。でも、どの方向へ持っていったかで、ブログ主の本質がわかる。
今の段階では、私が何を書いても、ブログ主さんは曲解する。すべて、自分の都合のいいように持って行く。もちろん、自分では気づいていない。

上から3つめのコメント、表現で叱ってくれる同僚はいないのか、自己正当性を語るから傍観か、というのは、もちろん、私のコメントではない。でも、たぶん、その意味は、ブログ主さんに言葉のことで注意する人がいない、いても上の記事みたいに何でも自分に都合のいいようにしてしまうから、注意する人がいなくなる、ということだと思う。
多くのブログでは、ブログ主に都合のいいコメントをする人ばかりが集まっている。ここもしだいにそうなっていくのかもしれない。ブログ主さん自身が、それを望んでいるから、こういうエントリーが生まれたのだ。

1票様の解釈が正しいです。

嘘を並べて綺麗事を言い絶対正しいと捉える幼稚な考えで就活生や障碍者をバカにした感覚が見える。
何歳か知らんがそれに気づかない管理人は社会から信用を失った。もはや誰も相手にしない。巻き込まれるから。

誰しも一度も人に迷惑をかけたり傷つけずに生きていくなんて不可能ですよ


ブログで語弊があっても徐々に修正していけばいいのではと…


まあ今の日本は他人に迷惑をかけない事に必要以上に力を入れてますからね


それが生きづらさを生み出してるんですけど…

No title

ここで批判をしている方々は誰が見ても違和感や不快感を感じないようなブログをかけるのだろうか。

「読者」さんへ

私は文章を書けば必ず誰かを傷つけると思っています。
いや、傷つけるは少し言いすぎか。不快にさせる、の方がいいでしょう。
ちなみに、私のコメントを確認してもらえばわかると思いますが、私は「傷つける」ことに対してはあまりこだわっていません。「処方箋」についても傷つける言葉だとは言っていません。

問題は、文章を書けば必ず誰かが不快に思う、ときには誰かを傷つける、という意識を持って、文章を書くかどうか、なのです。
ブログ主さんは、今回、ようやくそのことに気づいたわけですが、それについての反応が、「人を不快にしたり傷つけたりするかもしれないから、言葉の選び方に気をつけよう、それでも多少は不快に思ったり傷ついたりする人が出るのはしかたない、おわびすべきときはおわびしよう、どうしてもこの言葉を使うべきだと思ったときはきちんと説明しよう」というスタンスではないんですね。

私は、今回の件で、一番傷ついたのはブログ主さんだと思っています。その点、お気の毒に思っています。
ブログ主さんは、「処方箋と言う言葉がうつの人を傷つける」という指摘にまず傷つきました。
続いて、私の「気のきいた言葉を使ったつもりだろうけど」という言葉に傷つきました。
この件でのブログ主さんのコメント欄での感情的な反応、特に自分はうつの人に向けてこれを書いているんじゃない、そういう人は詠むな、といわんばかりの反応は、ブログ主さんが傷ついたからです。
その後、ブログ主さんは、今回のエントリーを書くことで、なんとか傷を癒そうとしましたが、逆に反発を呼んでいます。
一部の人が指摘しているとおり、このエントリーは、言葉のことでいちいちツッコミを入れるな、そういうやつはここを見るな、と言っているのです。
その言い方に、今度は別の人たちが不快に思い(傷ついたというほどのレベルではない)、コメント欄で書いているわけです。

弁護する方は、こういうことをしっかりと考えてくれないと、弁護する人が今度は別の人を不快にします(傷つけるというレベルではない、念のため)。

とにかく、この件でのブログ主さんの対応が非常にまずいのは事実です。
正直、「ブログ主さんの病とその処方箋」というタイトルで何か書きたいくらいですが、ああ、また人を傷つける表現をしてしまいましたね。

ブログ主さんの問題についての処方箋は、うたってゴーさんが何度かに分けて書いてくれています。

もうコメントしない、と書きましたが、「読者」さんの意見(非常に的外れです)がブログ主さん擁護派の代表的な意見ではないことを期待して、コメントいたしました。

傷つくようなら先に改めている→自分はブログ主や!正当性をぐじぐじ言い訳ばかりで努力しないの哀れな大人。

No title

一票様の仰ることは分かりますし、妥当な意見だと思います。
別に私は特定の人を擁護するつもりもありませんし、他人の考え方を否定するつもりもありません。
上のコメントはやや感情的に聞こえるかもしれません。不快感を与えてしまったことをお詫びするとともに、的外れなコメントをしてしまったことを申し訳なく思います。

ただ個人的な意見としては「ブログ」という場である以上、書き手それぞれの性格や姿勢が記事に表れる性質がありますし、基本的なスタンスに関しては、良い面も悪い面も含めて、書き手の個性が表れていると解釈するのもありなのではないかと思うのです。

特定の表現や記事内容が、一部の読者の方に不快感を与えてしまっている状況は、もちろん私も好ましくないと考えていますが、ブログというのは無数に存在しますから、一つ一つを見ていくと、管理人の対応や書き方も様々だと思うのです。反論や指摘をされたいお気持ちも分かりますが、そこで書き手の姿勢の落度を徹底的に追及し、無理矢理改めさせるということが必ずしも適切であるとは言えない気がするのです。

「言葉は必ず誰かを傷つける」という認識は必要なことだと思いますし、私も気を付けたいと思います。しかし一票様のコメントを見ていると、物事を断定的に書かれている部分も多いですし、自分の意見を押し付けているような感じもしました。ご自身が不快に思われたことを主張しすぎるあまり、他人を傷つけることもあるのではないでしょうか。

ご勝手にどうぞなら苦言しません(繰返し)

11:15読者様。雨宮様。 のコメントが管理人様にご理解頂きたかった点です。

もちろん、推敲を重ねて不特定多数の色んな方々が見ても、(不快にさせてしまっても)傷付けない文章は訓練すれば作成出来ます。


ただ、管理人様の強い自己正当性の感覚からは、本来のブログの目的を担うだけの「ブログ」では無い事が理解出来ました。

地方からですが応援はさせて頂きます。

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No title

人間もブログも、長所も短所もあるのが自然

相手が間違ってて自分の意見が正しいことを主張するのがそんなに必要かね

本だろうが歌だろうが、表現活動には人を傷つけてしまう要素が必ずある。

読み流せばいいものを、過干渉する人や荒らす人がいて、色んなブログが消えていく

ネットこそスルースキルが必要だな

管理人さん。
学生や就活生の生の声を聞いていませんねというコメントがありましたが、実際に精神的な病気になっている人に自分で聞いてから言っているのですか?
聞いてもいないで述べているのなら低俗ブログにしたらいかがですか?FC2は殺してくれ・死・自殺・頭狂い病何でもすり抜ける。

ネットこそスルースキルだ?
少年法でも逮捕される事を知らんのか!
常識を知らない常識に固執する宗教団体の集まりだ!アレフよか恐ろしい!

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No title

支配欲の強い人に目をつけられるとブログも書きにくくなるなあ(笑)
獲物を捉えるように構えられちゃ、記事1つ書くのも一苦労だwww
妥協できない人は危険だ、に一票

獲物を捉えるように構えられちゃ、記事1つ書くのも一苦労だwww
この手の屑輩を人権団体が炙り出す。発信元を特定する!

辛い罰則は「氏名等を含む個人名の公表」で、これが行われれば近所からの白眼視、職場や学校での寒い居心地などが待っているでしょう・・・。

Re: No title

皆さん、コメント有難うございます。非公開コメントを含め全てに目を通させていただきました。

コメント欄で補足を書こうと思いましたが、ちょっと長くなりそうなので、最新記事で補足をしようと思います。書き上げるまで少々お待ちください。

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Re: タイトルなし

最新記事を書く前に一つだけ書いておくと、「見たくないなら読むなとの一連発言は、私どもを見下していると判断しました」との非公開コメントを頂いたので、その点だけこの場を借りて補足させていただきます。


「見たくないなら読むな」、正確には僕は「実際にはもし文中に気に入らない表現を見つけたのならば、その際に読者には記事を読み進めるのを止める権利がある」という表現を使いましたが、これは人を見下す意図は無く、単純に読みたくない人は読むのを止めれば良いのではないでしょうかという提案に過ぎません。不愉快な思いをされてまで、こんなブログを読み進めて欲しくないからです。そして、それこそが読者の皆さんの精神衛生上にも良いのではないかとの考えでこのような記述を書きました。重ね重ね、人を見下す意図は無いことを明らかにさせてください。ご理解よろしくお願いします。

管理人さんは一票様のコメントを歪曲した解釈しか出来ないという点において、自ら認めていると理解出来ました。

No title


もうこのくらいでいいのではないですか?
管理人さんは今回の件について、言葉の持つ影響は理解している上で、ご自分のブログの方針を示されているのですから、それはこのブログのやり方ということで、それ以上追及しても意味がないと思います。どうしても納得できない方がいらっしゃるのであれば、このブログの批判をするよりも、読まないという選択肢を取る方がお互い良いのではないですか?

今回の件についてはかなりコメントなどにおいて批判が目立ちましたし、ブログというものを考えるきっかけになったのは一つの成果だと思いますが、コメントをしている人以外にもこのブログを読んでいる人はたくさんいて、その中にはこのブログをきっかけに色々と就活や今の世の中について考えている人や、記事を楽しみにしている人もいるんです。このエントリーを「不快」だと仰る気持ちは分かりますが、せっかく楽しくみているブログが「管理者の姿勢と一部読者の姿勢の不一致」で険悪な雰囲気になってしまうというのも、楽しく見ている側としては「残念」ですし「不快」な部分もあります。

「1つの就活ブログの在り方」として、割り切るというのはどうでしょう。

ブログ主は王様だ!どこかの中学生がいじめの投稿して言い訳するのと同じ程度のブログですな。宗教団体らしいコメントを見たら怖くなった。

No title

また補足記事を書くつもりなのかな
書いたところで今回の記事と似たようなコメントしか続かないと思うがな
今回のブログ主さんの対応というか姿勢には必ずしも賛同できん部分もあるけど
毎度拝見してる身としては今回のような記事に限って何十件もコメントがつけられてるのは何というか悲しい

「1つの就活ブログの在り方」として、割り切るというのはどうでしょうの意見についてです。
管理人は成人だからそれなりのぺナルティは本人の為にも必要です。私は罰則規定の適用『氏名住所等公表』に賛成する。

おかあちゃんにみせてもらいました。
しょうがいしゃもにんげんななのに、やさしくしてくれるうたってさんにひどいことした。なみだがでました。わるくてこわい大人きらいです。びょうきをうつしてやりたい。

子供を泣かす大人はブログをやめろ!次のコミュニティーセンターの集いで弁護士議員の先生に公開しよう。

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罰則規定の適用『氏名住所等公表』にわたし達も賛成します。

管理人は成人だからそれなりのぺナルティは本人の為にも必要です。罰則規定の適用『氏名住所等公表』に俺達地獄就活生も賛成している!

支援者を差別して子供心を傷付けたなんて許さない!!!
賛成するのも許さない!親としてEテレに相談してます。
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