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<書評>「軋む社会」(本田由紀著)

この記事では、本田由紀先生著の「軋む社会(河出文庫)」の書評を書いていく。本田先生の学生時代の専攻は教育社会学であり、一見すると教育分野のみに関心を持つ人のように見える。しかし、本田先生は研究を進めるにつれて、教育の出口としての「仕事」、教育の入り口としての「家族」の分野にも関心を示すようになり、僕が知る限り「仕事」に関する論考を数多く発表している。


このように、本田先生の関心は家族―教育―仕事の3領域にまたがっている訳だが、本田先生の認識によれば、現在この3領域間の関係に様々な形で「軋み」が現れているとのこと。そして、その「軋み」の音が社会に響き始めた原因となった要素の一つとして「日本固有の"学校から仕事への移行"に関する慣行や雇用・処遇の慣行」、言い換えれば「シューカツ」が挙げられている。


本書は、本田先生が様々な媒体に寄せた文章や、識者との座談会の記録がランダムに収録されているものであり、1冊を通じて特定のテーマを取り扱うといった性質のものではない。この書評では本の全体像を解説するのではなく、本の中から「就活生が直面している困難」について取り上げられている箇所についてのみ触れ、その部分について記述の紹介、評価を行いたい。


第一に、第2章の「ポスト近代社会を生きる若者の"進路不安"」という論文を取り上げる。この論文では、本田先生が提唱したとされる「ハイパー・メリトクラシー(超業績主義)」についての解説がなされている。ハイパーではない単なる「メリトクラシー」は「文字や数字、法則などを正確に適用し、操る能力」という認知的な能力が評価の対象となるのに対して、「ハイパー・メリトクラシー」は意欲や対人関係能力や創造性など、不定形で柔軟な能力が評価の対象になることをいう。後者の能力が重視されることにより、就活生は企業からの要求水準の高度化、評価の恣意性などの不条理に晒されることとなる。この話題に関連するものとして、既卒者カフェの次のツイートが挙げられるだろう。
ここでいう「よく分からない総合職力」というのが本田先生が述べる「ハイパー・メリトクラシー」が評価の対象とするもの。このような評価基準の不明瞭さから、「内定を得る」、「仕事で成果を出す」という成功体験は能力があったから成功したのではなく、成功した結果能力が後付けで肯定されているに過ぎないのではないか?という疑問も提起されている(本ブログ記事「能力があったり、努力をしたから内定を取れるのではなくて、内定を取れた結果としてその人の能力や努力が後付けで肯定される・・・?」参照)。企業から求められる能力があまりにも漠然としていることで、就活生の立場からすれば、自分はどのような方向に向かって努力していけば良いのかを掴むことが出来ずに苦労することとなる。


第二に、単行本には無く文庫本に増補として収録された「シューカツという理不尽」という章を取り上げたい。本章では、就活生が「内定をとれない」という苦しみ以外に、企業の理不尽な採用活動の進め方が原因の心理的負担に晒されていることを指摘している点が特徴的である。具体的には、企業が応募者の「忠誠心」を試すためにわざと無駄な選考プロセスを組み込んだりすること、圧迫面接の存在、選考結果を通知する期日を企業から告げられないまま長期間放置されることがあること等が指摘されている。勿論、多くの会社から落とされることにより生じる就活生の苦しみについても、金子元久さんの「就職活動は単に多大な時間を要するだけでなく、学生が企業によって自分の価値を否定され続けるプロセスであるともいえる」という意見を引用することで、問題の所在を明らかにしている。この章では、就活をしたことがある人ならば共感できる問題点が多く列挙されており、この章を親に見せるだけでも、現在の就活問題の根深さを理解させることが出来ると思う。


第三に、5章に収録されている「若年労働市場における2重の排除―<現実>と<言説>」という論文を取り上げたい。ここでは、「現在の先進諸国ではリスクや困難を抱える他者や集団に対する不寛容さが高まり、彼らを社会から排除する作用が強まっている」というジョック・ヤングの学説を出発点に据え、その上で日本では正社員以外の「非典型労働者」や「無業者」が社会から排除される存在に該当することを本田先生は指摘する。これは「新卒一括採用」のデメリットとしてよく語られる論調だが、日本企業が正社員の採用を新規学卒者・他者で正社員の経験を持つものに限定する傾向が強いために、「非典型労働者」や「無業者」が労働市場に参入することが著しく困難な状況が出来上がっている。加えて現状、職務を遂行する上で必要なスキルは企業におけるOJTを通じてしか学ぶことはできず、ゆえに企業で正社員として働いていない「非典型労働者」や「無業者」はいつまで経っても職業能力を獲得することが出来ない。今、日本の大学生が新卒での就活を必死でやるのは、既卒無業者になるとこのような不利な状況に置かれる可能性が高くなることを大いに分かっているからだろう。このような「新卒を逃すことのプレッシャー」も就活生が味わう苦痛の一つで、この点についてはこの章が的確に論じていると思う。


以上より、本書は現在の就活の問題点を浮き彫りにする役割も十二分に果たしているものと評価できる。本書に弱点があるとすれば、文章全体から本田先生が「若者は悪くない、悪いのは社会だ」という立場に断固として立っていることが伝わってくるため、中には「いや、そうはいっても若者の自己責任の部分もあるでしょ」と反発心を抱く読者がいてもおかしくないということだろうか。後は、本書でなされている提言が理想論に走りすぎている面もあることも挙げられる。例えば、恐らく学生の勉強時間を確保することを目的として「在学者に対する募集や選考の禁止」という提言がなされているが、これは「実現可能性が乏しい、実効性を欠く提言だ」との批判に晒されてもおかしくないと感じた。このような欠点もあるが、総じて言えば、現在の社会の「軋み」の声を発見でき、就活について勉強する際にも示唆に富む記述が多く書かれていている良書だといえる。

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No title

こんばんは。


「軋む社会」、このタイトルからしてすでに見過ごせない気迫がありますね。
いままで当然のようになされてきた
学校から仕事への移行、このシステムに
大学生の頃は抗おうという気持ちは塵ほどもなかったのですが・・・

こうして既卒者になって初めて現行のシステム・慣習の数々が、
就職活動をしている立場の人間だけではなく、
徐々に社会基盤全体をも歪ませているのではないかと。


企業が、現在の慣習悪習は改善した方が
いいのかもということに気づけないのなら、
いずれは自分たちの首もしめる結果になる、かもしれませんね。


No title

この記事にある「ハイパー・メリトクラシー」こそ
日本における成果主義の導入失敗だと思います。

そして私の仕事における一番嫌いな部分です。

アメリカは職務給と言って仕事の難易度や責任の度合いに応じた制度を採用します。
なので事前に職務を詳細に分析して職務のレベルを決めます
その職務に応じて賃金が決定し、
成果主義導入にはその仕事で何ができたらいくらというのが決まってくるみたいですね。

この仕事ができたらいくらと分かりやすいです。同一労働同一賃金って奴です。
デメリットは決められた仕事以外しないとか、職務分析にコストがかかることだそうです。

日本は同一能力同一賃金の職能給が多いです。とゆーか職能給のとこしか知りません。。。

職能給は職務遂行能力で賃金が決まります。
この職務遂行能力をどうやって決めるんだ―ってとこで
どこの会社も都合よく、上司が決めてます・・・
マシな会社だと、資格手当とかで決まりますが
メインの基本給は
コミュニケーション能力がある、とか
提案力がある とか
客観性に欠ける、数字にしにくい上司の好感度で決まることが多いですよね
ノルマ制でなきゃ、たくさん売上あげてても、その仕事に必要が無い
社内のコミュニケーション能力が足を引っ張って評価されないこともあります・・・
「成果」の意味が会社と労働者で剥離があることを感じるのでこの日本の成果主義が大っきらいです(笑)

日本じゃ異動が当たり前ですぐ配置転換をするので
仕事に応じてより、能力に応じてが都合がいいらしいです

アメリカが専門職志向、日本が総合職志向という違いがあるのに
形だけ真似して成果主義って・・・

こういう自社が取っている人事制度を入社前に説明してくれたらいいのにと思います。
そうすればミスマッチも減るでしょうに・・・
ちなみに私は
人事部の募集に対し、面接に行き、人事制度を聞いても
答えてもらえなかったです。
後、100%不採用でした。。。

まぁこんなめんどくさい奴雇ってくれるとこはあんまりありません(笑)

Re: No title

> もじゃみさん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>企業が、現在の慣習悪習は改善した方がいいのかもということに気づけないのなら・・・

日本における「学校から仕事への移行」のシステムには問題が山積みであることは明らかです。しかし、以前就活デモを行った人からコメントを頂いたのですが、「就活のバカヤロー」の著者である石渡嶺司さんは「改革のコストやリスクを考えたら現状維持がマシ」というスタンスだそうです(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-186.html#cm)。じゃあ、なんでこの本書いたんだよって話ですが。

Re: No title

>スクラップ さん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>この職務遂行能力をどうやって決めるんだ―ってとこでどこの会社も都合よく、上司が決めてます・・・(中略)ノルマ制でなきゃ、たくさん売上あげてても、その仕事に必要が無い社内のコミュニケーション能力が足を引っ張って評価されないこともあります・・・

本田先生も本の中で「ハイパー・メリトクラシー的な評価には常に不当な差別や不公正が入り込む」と述べています。たくさん売上あげても、つまらない要素で減点されるのは働く側からすればやってられないでしょう。この「つまらない要素」を無くすために、スクラップさんがブログでやろうとしている「【皆で決めよう】コーナー(http://scrapbuild007.blog.fc2.com/blog-entry-64.html)」が有効なのではないでしょうか。

No title

既卒者カフェさんのツイートに俺が噛みついていたのをご覧になっていたかもしれませんが、俺はハイパー・メリトクラシーは確かに嫌なものかもしれませんが、絶対に必要な評価だと考えます

分かりやすく言えば、
例えば俺、或いは以前このブログで色々やらかしてくれた人達がいたと思いますが、そんな俺たちが仮にメリトクラシーの基準は満たしていたとして、じゃあそれで一緒に働きたい・働けると思いますか?
ということです

おそらく多くの方々の答えはNoです
結局両方大事だと思います

Re: No title

> カクさん さん

こちらの記事にもコメント有難うございます。

>既卒者カフェさんのツイートに俺が噛みついていたのをご覧になっていたかもしれませんが、俺はハイパー・メリトクラシーは確かに嫌なものかもしれませんが、絶対に必要な評価だと考えます(中略)例えば俺、或いは以前このブログで色々やらかしてくれた人達がいたと思いますが、そんな俺たちが仮にメリトクラシーの基準は満たしていたとして、じゃあそれで一緒に働きたい・働けると思いますか?

すいません、思いっきり見てました(笑)

そして僕の結論は、「カクさん」さんと同様「結局両方大事だと思います」というものです。ただ、半年ほど前に書いた「入社後に必要となる資格・能力をエントリーの要件にしてみてはどうか?(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-176.html)という記事でも記したように、企業はエントリーを受け付ける段階で各就活生がメリトクラシーの基準を満たしているか否かをもっと厳密に判定したほうが良いと僕は考えています。その上で面接を通じて、基準を満たした人たちの中で一緒に働きたい人を選ぶという形にすれば、「この人、能力は満たしてるけど、どうも一緒に働きたくないな」と感じる人と働くことになる可能性も自ずと消えるはずです。
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