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「既卒者カフェは"傷の舐めあい"ではないか」という批判が非常に稚拙だといえる理由

最近podcastで「未来授業」という番組を聴いている。番組の公式ホームページによると、この番組は「日本が世界に誇る各界の"知の巨人""次世代の知のフロントランナー"を講師に迎え、未来の日本人たちへ送るアカデミックな授業」とのこと。「日本が世界に誇る」という記述は少々オーバーじゃないか?という気がしつつも(笑)、確かに各界の論客たちがそれぞれの専門分野について話をする時間は濃密なものだ。


この記事で取り上げたいのは、荻上チキさんの講義。荻上さんは東日本大震災を大きなテーマに据え、その上で具体的に「東日本大震災でソーシャルネットワークがが果たした役割」、「今後の災害に備える"支援訓練"」などのトピックについてお話をされていた。その中で僕の興味を惹いたのは「人と人をつなぐメディア」というトピック。これは、大震災後の日常において「コミュニティ」の存在が無いと被災者の方々が日々磨耗してしまうため、いかにして被災者間のコミュニケーションを促進する居場所を生み出すか、ということを語った講義だ。荻上さんの講義を一部文字起こししたい。

日常生活においてコミュニティの存在が無いと日々磨耗してしまうという状態が続いてしまうので、いかに被災した人たちの"居場所"をつくるのかが非常に重要な問題だったりするわけですね。例えば僕が取材したケースですと、仮設住宅の住民たち同士のコミュニティをいかに作るのか。また、仮設住宅が作られている地域の住民と仮設住宅の住民とのコミュニケーションの場をいかに作るのかが非常に大きな課題になっているわけですね。そういったものを解決するためにどのような試みが行われていたのかといえば、例えば一つはお祭りをする。下らないことでいいんですよ。(中略)ギター弾ける人がギターを弾いたり、カラオケ大会を2時間やってみたり、あるいは出し物をやってみたり、ダーツ大会とかビンゴ大会とかをやってみたり、それをやりながらお酒を飲んだりお話をすることによって交流をすることで居場所を作ったりするわけですね。そういうことをすることによって不安感を共有したり、「~でこうなったらしい」という情報を共有したりとか。また、どの避難所でも仮設住宅でも目立っていたのは、ベンチなどを置くことによって避難生活をしている者同士が日常的にお茶を飲みながら会話を出来るという場所というのがあちこちにあってですね。そうしたところで日常的に情報を交換しながら、避難生活をしているというストレスを少しでも軽減するという役割をそうした場所が担っているというのはありましたね。

見ての通り、「被災者の"居場所"」を作ることの必要性・効用について荻上さんは語っていた。そして僕はこの講義を聞いた時、まさに既卒者カフェの存在を思い浮かべた。既卒者カフェが誕生した背景には、発案者の山口さんがtwitterで「親からの就職のプレッシャーが凄い。」、「友人たちは皆働いていて疎外感を感じる。」、「アルバイト先でも話が合わずに孤立しがちだ」と嘆く既卒者の声を目にしたことにある(http://ameblo.jp/laugh11/entry-11336204211.html)。そして、「既卒者カフェ」という居場所を作ることで、主に既卒で就活をする人たちがそのコミュニティに集い各々の不安感や就活に関する情報を共有する場として機能していることは、僕自身一度会に参加させていただいたので自信をもって言える。また、山口さんも参加者の方から「同じ境遇の人がいて安心した」という言葉を多く頂いているそうだ。既卒者カフェという「居場所」を創出することで既卒者のストレスの軽減につながっているという効果を発揮したという点において、荻上さんが語っていた「被災者の居場所作り」のエピソードと重なるところがあると言えないだろうか。


しかし一方で、既卒者カフェに対する批判的な声もある。次のツイートを見て欲しい。
ここでいう「土曜日のイベント」は当然既卒者カフェのことだ。これは僕のイメージだが、既卒者カフェが就職が出来ない人たちの慰めあいの場として捉えられていることが伺えるツイートである。


また、山口さん自身も既卒者カフェの活動に対して「安心感を得られるのはわかる。でも、働かないと結局意味ないでしょ?」という批判を受けている(http://ameblo.jp/laugh11/entry-11336204211.html)。これも多分、既卒者カフェを傷の舐めあいの場として捉え、ゆえに「同じ既卒者同士で集まって、そろって現実逃避してるんでしょ?」というようなことを思った上で発せられた発言だと思う。どうも「傷の舐めあい」と表すると、「不安感の共有」という表現に比べてネガティブなイメージが強く、あまり良い気持ちはしない。


個人的な意見を述べれば、これらの批判は「居場所」が出来ることの効用を無視している、あるいはその効用を単に「参加者が安心感を得られる」ことに限定していることから、非常に稚拙なものと評価せざるを得ない。前者のスタンス(「居場所」が出来ることの効用を無視している)は完全に論外として、後者のスタンスに対しては「情報の共有という効能もある」ということ、そして「参加者が安心感を得られることの効果を、もう少し掘り下げて考えたほうが良い」と述べたい。


上で紹介した山口さんが目にした既卒者のツイートを改めて見ると、既卒者が親からのプレッシャーや疎外感に苛まれていることが分かる。そんな状況下では当然表情も暗くなるだろうし、あるいは日常的な会話数も減るため、どんどんコミュニケーション能力は落ちていく。これでは面接の通過可能性は落ちる一方のはずで、既卒者のストレスがさらに増していくことは容易に考えられる。しかし、既卒者カフェはこのような負のスパイラルに歯止めをかける場として機能するのではないか。既卒者カフェはさすがに親からのプレッシャーは除去できないけれど既卒者の疎外感は解消できるし、また自分の悩みを吐露することも出来、これがストレスの軽減につながると考えられるからだ。加えて、単純に参加者間で普通の会話を笑いあってすることで、いざ面接を受けたときに「そもそもしばらく人と話していないし、面接官とちゃんとコミュニケーションをとれるだろうか」という不安を抱くことを防止できるという効能も見込まれる。


また、既卒者カフェに参加することで「自分を受け入れてくれる人は誰かしらいる」という自信を形成できることも既卒者カフェの意義の一つだと思う。現在の就活は良くも悪くもスキル重視ではなく人間性重視。ゆえに、選考に落ちるたびに「自分という人間は、そもそも社会に必要とされていないのではないか」という気持ちを味わうことになる。そして、この気持ちは落ちる会社数が増えれば増えるほど強くなる。確か心理学でも「思い込み」がパフォーマンスを左右すると証明されていたような気がするので、このようなネガティブな気持ちに囚われている人が面接官から「一緒に働きたい」と思われるかというと、それは難しい。この点、既卒者カフェという居場所があることで「自分を受け入れてくれる人は誰かしらいる」という自信を回復するチャンスを手に入れることが出来、それが結果として面接でのパフォーマンスの向上につながる。少なくとも、一人で塞ぎこんでいる状況と比べれば、明らかにパフォーマンスは向上する。


これらのような効能があるのに、既卒者カフェを「傷の舐めあい」と表して批判することは非常に安易だと思う。まぁ、どんな活動をしていようが何かしらの批判を受けることはもう仕方が無いことなので、いっその事下らない批判には耳を貸さないというアプローチを採っても良いだろう。僕は既卒者カフェは就活生をケアするアクターとして小さくない意義があると思うし、だからこそブログでも取り上げているわけだ。実はこのブログで既卒者カフェを知ったという人も知っているので(笑)、今後も既卒者カフェの動向を可視化して、多くの方に会の存在を認知してもらえるよう力を注いでいきたいと思っている。

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No title

早速ですが、書き込みます。僕も上記の記事に賛成です。
てか「傷の舐めあい」の何が悪いのって感じですね。
どうせ就職しなきゃいけないでしょ?→んな事わかってるっつーの。
なんか批判している人の中に「孤独に戦って、自立している俺に比べてお前らは・・・・」みたいな変な感情があるように思います。
僕は既卒就活ってイギリスの若者支援センターみたいな印象を受けました。
イギリスでは失業している若者とかが集まってスキルを磨いたり雑談する国営の施設があるそうです。なんかこれに似ているな、と。

あと僕はホームレス支援の仕事をしていた事がありますが、集まる場って本当に大事ですよ。
情報交換になるし、たとえ自分の気持ちを吐露できる場があるのは精神的な安心感が違うんです。
前向きになりやすいですしね。

No title

こんにちは。

私も以前リレーブログに書いたように、
まさに「既卒者カフェなんて傷の舐めあいだろ?」
みたいなことを、twitterで言われたことがあります。

“傷の舐めあい”って誰が考えたのか、
ほんとにイヤな言葉ですよね。(苦笑)


就職活動を続けるなかで
自分の自信を保ち続けることは、
なかなか難しいです。
でもその自信が揺ぎ無いと、
肝心の面接でもうまくいかない…。

特に既卒で就職活動をしている人には
揺らぎ続けている自信の回復こそが、
スキル云々以前に実は、
とても必要ではないかと思います。

No title

こんにちは。

たしかに、「社会で自分は必要とされていない」という思い込みが、
既卒者を追い込んでしまうのだと思います。

そこで、極論ですが、
「社会で必要とされることに意味があるのか」
と考えてみたいと思いました。

「人生は自分のためにあるもの、
他人や社会に必要とされることだけが能じゃない」……。
それが認められるようになれば、
もっと生きやすい社会になる気がします。

Re: No title

> takeshi さん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>イギリスでは失業している若者とかが集まってスキルを磨いたり雑談する国営の施設があるそうです。なんかこれに似ているな、と。

そうなんですか!他国の取り組みも参考に出来るところはどんどんした方が良いですよね。何か「欧米では・・・」とか言うとすぐ「欧米も良いことばかりじゃない!」と批判してくる人がいます。しかし何も欧米のやり方を全て真似るのではなく、部分的に必要な取り組みを参考にするというアプローチはとって損はないはずです。

>情報交換になるし、たとえ自分の気持ちを吐露できる場があるのは精神的な安心感が違うんです。
前向きになりやすいですしね。

こういう話も「居場所」の大切さを裏付けますよね。僕は荻上さんの話を根拠として引用しましたが、こういう実体験が根拠となっていると説得力が増すはずです。

Re: No title

> もじゃみさん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>特に既卒で就職活動をしている人には揺らぎ続けている自信の回復こそが、スキル云々以前に実はとても必要ではないかと思います。

山口さんのブログ記事を読むと、山口さんがまさに同じようなことを考えていることが分かります(http://ameblo.jp/laugh11/entry-11336204211.html)。中には「もっと、就職できるようにするためのスキルを身につける場でなきゃいけないんじゃないの?」と批判する人がいるかもしれませんが、そう感じる人は自分でそのような場を作ればいいじゃんとしか僕には思えないです。一つの組織が、ありとあらゆる役割を担うことは出来ないですからね。

Re: No title

> 金兵衛さん

お久しぶりです、コメント有難うございます。

>そこで、極論ですが、「社会で必要とされることに意味があるのか」と考えてみたいと思いました。

これは良い考え方だと思います。 人がなぜ精神的に苦しむのかと言うと、多分自分の理想と現実にギャップがあるからです。だから「他人からなかなか承認されない」という現実を抱える人は、いっそ「別にこんな社会に必要とされることなんて何の意味も無い」と思うのは一つの策だと思います。

一瞬ドキっとしました(^^;)

当時は既卒者カフェの概要を詳しく話したわけではないのですが、
(自分も初参加前だったので)
恐らく今説明しても理解は得られないと思います。
今の自分の状況では何も言い返せない側面があるんですけどね(^^;)

『根本的な解決にはならない』という事は自分も理解していますが…。
でも、傷を舐めあえば仕舞いには治るんじゃない?とか、勝手に思ってます(笑)
舐めあう気持ちすらないってのは、優しさに欠けるとも考えられますしね。

傷の舐め合いすらさせて貰えないとは…

まぁお父さんが言いたくなる気持ちは分からなくもないですが(笑)
一言程度は言わせてやってください。

傷を舐め合うにしろなんにしろ
人が集まって協力していく事で何か新しい価値が生まれる事もあると思います。
ネガティブな力でも既存の何かを壊してくれ!!
と思ってしまいます。

大人や識者は批判の前にそんな組織ができる時代を作った自分達を悔いろ!!
と、思います。
いや、自省します…

No title

傷を舐めあって就職活動関連から生じる自さつやニートになることを多少なりとも防げたり、そうなる可能性を低くする事ができれば、傷の舐めあいにも意義はあると思います。

正直な所、就職活動に失敗した結果自さつしても、アルバイトや派遣等の非正規雇用になっても、ニートになっても、場合によっては普通に既卒者として就活をしていても、誰かすら批判する人はいますし、結局批判されるなら何か行動を起こして批判された方が良いように思います。
(仮に、妥協してブラック企業に入って案の定すぐ辞めても、誰か批判する人はいるでしょうし)

既にご存じかもしれませんが、著名なニートのphaさんが書いた「集まっているとしににくい」という文章を今回の記事を読んで思い出しました。
http://text.pha22.net/neetest/156shininikui.html

Re: 一瞬ドキっとしました(^^;)

> けいすけさん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。やはり、twitterの「keisuke」さんと、このブログにコメントをくださる「けいすけ」さんは同一人物だったのですね!

>傷を舐めあえば仕舞いには治るんじゃない?とか、勝手に思ってます(笑)

そうですね。「傷を舐めあう」・・・というか参加者間で不安感を共有することこそが「根本的な解決」に近づくための有効な手段だと僕は思うんですけどね。

No title

似たようなこと仰ってる人もいるけど
「いくら傷の舐め合いと受け止められようが何だ」って気概は持つべきだよね。
別に論理的に反論しなくてもいい。

偏見かもしれないけど就職で過度に悩んだり病んでる人は「社会の価値観」に縛られすぎて
仮に就職できたとしても他のコンプレックスで同じように苦しむだけなんじゃないかなー?


ちなみにウチは既卒者カフェに参加したことないからどうとも言えないけど
以前のブログ主さんの記事の

>今回の記事で取り上げるのは、「SPI対策が大変だ」という訴え。
>これは14日の既卒者カフェで、現在既卒として就活をしている3人が皆同意する訴えだった。
(中略)
>僕はこれらの理由付けに全く賛成できなかったので、空気が悪くなる可能性を自覚しつつ、実際に会の中で反対意見を述べた。

のくだりを見る限り単なる傷の舐め合いではないんだなーって感想。

Re: タイトルなし

> スクラップ さん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>人が集まって協力していく事で何か新しい価値が生まれる事もあると思います。

僕の考えでは、特に参加者間の「協力」という要素は無くても、共通の問題を抱える人たちが集まる「居場所」があること自体、それは価値があるものと評価してよいと思っています。もっとも、参加者間の連携によって、スクラップさんが仰る「既存の何かを壊してくれ!! 」という叫びが現実のものとなると良いですよね。

Re: No title

> 11卒業務未経験無職 さん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>既にご存じかもしれませんが、著名なニートのphaさんが書いた「集まっているとしににくい」という文章を今回の記事を読んで思い出しました。

僕は全然知りませんでした(笑)ご紹介有難うございます。「少数派にあたる人間はこの多数派だらけの世界の中で、死なないために仲間を作って協力したり情報交換したりしていくことが必要になる」・・・その通りだと思います。

Re: No title

> の さん

お久しぶりです、コメント有難うございます。

>「いくら傷の舐め合いと受け止められようが何だ」って気概は持つべきだよね。

そうですね。既卒者カフェの発案者の山口さんがそうだというわけでは断じてありませんが、「外野から批判されたから活動を終了する」という人がもしいるとすれば、その人の熱意がその程度だったと評価して問題ないでしょう。

>偏見かもしれないけど就職で過度に悩んだり病んでる人は「社会の価値観」に縛られすぎて仮に就職できたとしても他のコンプレックスで同じように苦しむだけなんじゃないかなー?

これは確かにそうかもしれません。「社会の価値観」に縛られている人に対しては、例えば一般的なレールを外れた人との交流の場を設けるなどの策は講じられることは出来るでしょう。しかし、やはり最終的には本人が意識改革をするか、あるいは嫌っていた「社会の価値観」を一定程度受け入れるか、そのどちらかをしないといけないですね。

No title

傷口に塩を塗って、俺は正しい、と偉ぶる考えはひどく多い。
お前は第二次世界大戦の歴史から何を学んだのだと言いたくなる。

Re: No title

> 傷口に塩を塗って、俺は正しい、と偉ぶる考えはひどく多い・・・というコメントをくださった方へ

はじめまして、コメント有難うございます。僕も、こうした考えはとても悲しいものだと感じています。こんな考えは傷口に塩を塗る側の人が自己満足をするだけで、何も生産性が無いと思います。

No title

初めまして。以前から様々な記事を興味深く読ませてもらっていたのですが、今回あまりにも共感したのでコメントさせていただきます。

結果から言うと、ここで言う「傷の舐め合い」は、既卒者にとって大きな意味のあるものだと私は思います。
私は現在契約社員として働いていますが、少し前まで既卒者という立場で長い間就活をしていました。
親からのプレッシャーが大きく、家でも居場所がないと感じる。しかし、外に出ても自分はどこにも属していないという意識があるからか酷い疎外感がある。
それが一時的なものだったとしても、既卒者の「居場所」として機能するという意味で、既卒者カフェの存在は素晴らしいものだと思います。
同じようなことで悩んだり迷ったりしている人がいるという事実だけで人は安心するものです。私もそうでした。

この記事を読んで、私が学校を卒業して数カ月後に行われたクラス会に参加した時のことを思い出しました。
周りはみんな就職していて入社して数か月経ったという時期なので、話題は必然的に会社のことになりました。当然私はまだ就活中なので話すネタがありません。
この時感じた大きな疎外感と劣等感は今でも忘れません。あまりの虚しさに帰り道泣きながら歩いたことも忘れません(笑)
既卒者という立場の人は、少なからずみんなこの時の私のような気持ちを胸に抱いているのではないかと思うので、そういった意味でも「仲間(似た立場の人)との傷の舐め合い」は大いに意味のあることだと思います。

互いに傷を舐め合いながらゆっくり歩いてもいいと私は思っています。

Re: No title

>ユキシロさん

はじめまして、コメント有難うございます。

>この記事を読んで、私が学校を卒業して数カ月後に行われたクラス会に参加した時のことを思い出しました。
周りはみんな就職していて入社して数か月経ったという時期なので、話題は必然的に会社のことになりました。当然私はまだ就活中なので話すネタがありません。
この時感じた大きな疎外感と劣等感は今でも忘れません。あまりの虚しさに帰り道泣きながら歩いたことも忘れません(笑)
既卒者という立場の人は、少なからずみんなこの時の私のような気持ちを胸に抱いているのではないかと思うので、そういった意味でも「仲間(似た立場の人)との傷の舐め合い」は大いに意味のあることだと思います。


記述がすごく具体的で、これは既卒者カフェの存在意義を補強するエピソードであると感じました。有難うございます。既卒者カフェは「既卒就活中」じゃなくても参加できる会なので、もしご都合が合えば一度参加してみてはいかがでしょうか。既卒者カフェのツイッターアカウントに会の開催予定が告知されていますので、ぜひご確認ください。

どうも、ロースクールの記事以来、久々にコメントさせて頂きます。

ただ今新卒に混じっての就活真っ最中で、色々と飛び回っていますが、既卒者の方と出会うことはないですね。
私は物事を楽観的に捉えるタチですのであまりストレス等はないですが、そうでない方が萎縮してしまったり、ストレスに苛まれるのは無理からぬことかと思います。

そうした中で、同じ境遇の人たちと悩みを共有し合い、ストレスを吐き出せる既卒者カフェの意義は大きいと思います。
たとえ傷の舐め合いの側面があったとしても、それがプラスの効果を生むのであれば何ら問題ないはずです。

今は忙し過ぎて無理ですが、説明会やES提出が一段落したら私も参加しようかとも思っています。

Re: タイトルなし

> G.K さん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>私は物事を楽観的に捉えるタチですのであまりストレス等はないですが、そうでない方が萎縮してしまったり、ストレスに苛まれるのは無理からぬことかと思います。そうした中で、同じ境遇の人たちと悩みを共有し合い、ストレスを吐き出せる既卒者カフェの意義は大きいと思います

そうですね。ただ、元々「物事を楽観的に捉えられる人」でも就活の進捗状況によって心のバランスを崩す可能性は十分ありえるので、そういう状況に陥った人の受け皿としても機能するのではないかと思っています。

>たとえ傷の舐め合いの側面があったとしても、それがプラスの効果を生むのであれば何ら問題ないはずです。
本当そうですよね。なぜ、マイナス面だけ見ることをもって取り組みを否定するのか。僕には理解できません。

>今は忙し過ぎて無理ですが、説明会やES提出が一段落したら私も参加しようかとも思っています。

既卒者カフェのツイッターアカウントが会の開催予定についてつぶやいていることが多いので、ぜひチェックしてみてください。

No title

シャカイジン(社会人)でも、赤提灯で一杯やりながら傷の舐めあい=相互ケアはやっていますね。一方で、50代の管理職は孤立気味になります。同じくらいの立場の人間は、役員目指して皆ライバルで、本音を吐ける場所が無い。規模が小さい会社だとそもそも同じ立場の人間自体いない。そういう立場からは、「『責任を負っていない・しかもレールから外れた・既卒者』のくせに、傷の舐めあいなんてしてるんじゃねーぞ」というやっかみが出てきてしまうのです。

Re: No title

> 名無しさん

はじめまして、コメントありがとうございます。

>一方で、50代の管理職は孤立気味になります。同じくらいの立場の人間は、役員目指して皆ライバルで、本音を吐ける場所が無い。規模が小さい会社だとそもそも同じ立場の人間自体いない。そういう立場からは、「『責任を負っていない・しかもレールから外れた・既卒者』のくせに、傷の舐めあいなんてしてるんじゃねーぞ」というやっかみが出てきてしまうのです。

なるほど。そのやっかみを肯定するつもりは全くありませんが、気持ちとしては分かるような気がします。

もっとも、「傷の舐めあいなんてしてるんじゃねーぞ」と感じたのは上の世代だけでなく若い世代も同様だったと記憶しています。「傷の舐め合いなんかしてる暇があれば、1社でも多く受けるべき」という意見もツイッターで見たことがあります。
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