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法科大学院に関わる専門家が謳う「法科大学院存続の意義」がよく分からない

昨日ブログへのアクセス数が異常に増えていて驚いたけれど、その理由は、過去記事「法科大学院の存在なんか無視して、予備試験の合格者数を増やしていくべきではないか」がyahooニュースに載ったことにあったことが分かり二重に驚いた。僕の記事は、東京新聞の「新司法試験 法科大学院離れ拍車」という記事の補足として「新司法試験の結果をどうとらえるか」という視点の一つとして掲載されている。


東京新聞の記事は、以前毎日新聞が報じたように、予備試験を「学費が払えない、仕事を辞められないといった事情で法科大学院に通えない人の救済」、「金と時間を節約する抜け道」と位置づける見解を紹介している。本当は法科大学院に進学して「人間的に豊かな法曹」となるための素養を身につけなければいけないのに、予備試験経由者はただただ受験勉強に特化している・・・現在法科大学院に関わる専門家はこのような現状認識でいるようだ。


僕は当然「弁護士」ではなく、依頼を受ける側ではなく弁護士に依頼する側の人間の訳だが、そういう素人目線でこの問題を見てみると、専門家が謳う法科大学院存続の意義がよく分からないと感じる。例えば第一に「人間的に豊かな法曹」の養成が法科大学院の教育を通じて実現できると言う意味が全く分からない。そもそも「人間的に豊かな法曹」という言葉の定義が不明瞭。また、法科大学院入試で「あなたはどんな法曹になりたいですか?」という設問がよくステートメントで課されることは知っているけれど、以前G.Kさんがコメントしてくださったように、こういうステートメントを書いて入試を乗り切っても「自分が将来どのような法曹になりたいのかという視点が抜け落ちてしまい」と告白する人が現れるのだから(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-309.html)、結局のところ法科大学院の学生の多くは、とりあえず奇麗事を言ったり書いたりして体裁を整えているだけということは明らかだと思う(これはG.Kさんを批判しているわけではなくて、単にこういう事実があると言う指摘に過ぎません)。この点は、志望動機がさほど無いにも関わらず、企業にエントリーシートを出す就活生の行動に似ている。


加えて、現在の法曹養成システムは、本来「人間的に豊かな人」から豊かさを奪うものではないかとすら思える。このブログでも何度か書いてきたけれど、現在法曹を目指すと言うことは「多額の借金を抱えながら、且つ就職先は中々見つからない」という状況に置かれることを意味する可能性が高いわけで、自分の生活が危なくなったら、「社会的に必要だけど、あまり儲からない仕事」に着手する人はいなくなるのではないか。あるいは着手しても、案件の数を稼ぐためにいい加減に仕事をしたりするとか。確か「離婚弁護士」というドラマで、天海祐希さん演じる主人公は「離婚関係は儲からないから嫌だ」と言っていたような・・・。


第二に、専門家は法科大学院存続の根拠として、例えば四宮啓教授が読売新聞の取材に答えたような「『法廷活動する法曹を育てる』という従来の考えから脱却し、多様な人材を輩出する」という理屈が挙げられることがある。確かに法科大学院の中には社会人を受け入れるために夜間に講義を行うところもある。例えば、菊間千乃さんはフジテレビの仕事と並行して大宮法科大学院に通っていた。


しかし、本当に多様な人材を集めるべきなら、むしろ金銭面のハードルが高く、そして卒業後のキャリア保障があまりにも脆弱な法科大学院制度はむしろ逆効果ではないか。僕は「多様な人材を集める」という言葉の意味は事実上「学生だけでなく、企業などで働いている人を集める」というものだと思っているのだが、それだったら旧司法試験みたいに、大学を卒業していれば(正確には、大学で一般教養科目の単位をある程度取っていれば?)誰でも受験できる試験の方が社会人も受験しやすいだろう。わざわざ法科大学院制度を導入する意味は無い。


新聞やネットで司法制度改革について調べた範囲では、専門家は法科大学院の意義を述べているけれど、その具体的な中身がまるで伝わってこなかったり、「その意義を実現するんだったら、むしろ法科大学院は無いほうが良いんじゃないの?」という気がどうしてもしてしまう。多分、現在法科大学院に在学している学生や、法科大学院を卒業したばかりの新人弁護士を受け入れた実務家の話を聞けば、ますます専門家が謳う理念が法科大学院により実現されるという言説の説得力は失われていくだろう。それにも関わらず、現在法曹志願者は自分の希望する職業に就くために無駄なお金・時間を費やすことを殆ど強制されているわけで、一体なんでこんな不条理なことが起きているのか疑問で仕方が無い。法律家は「正義」を追及する仕事だと(とりあえず建前として)言われているが、その法律家を養成するシステムが不条理に満ちていることはなんとも皮肉な話だ。


しかし、これだけおかしなシステムでも、マスコミも法科大学院廃止の必要性を訴えるというよりは「予備試験の登場で法科大学院が危ない!」、「とりあえず、法科大学院制度を見直そう」だとか、あくまでも法科大学院存続を前提とした記事を書くことが多いように思える。これは、マスコミ的にもタブーなネタなのだろうか・・・。僕は、自分の友人が何人も法科大学院に進学したと言うこともあってこの問題について考えることにかなりモチベーションがあるので、ブログが消されない範囲で法科大学院廃止や、少なくとも「受験資格を得るためにあたって、法科大学院進学が原則」という現在の風潮を批判したいと思う。


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No title

どうも、記事内でもご紹介にあずかりましたG.Kです。
先日はコメントへの返信ありがとうございます。

私も実はステートメントで将来なりたい法曹像について書いたのですが、おっしゃる通り奇麗事やその大学院が特に売りにしている分野(例えばビジネス法であったり国際法であったり)に特化した内容に終始してしまっていたのが実情です。
それに、大学院入試で重視されるのは適性試験と二次試験での論述なので、ステメンはあまりにも適当なことを書かなければそれでオッケーだったりします(まあ、この点は基準が分かりやすくて企業の選考よりもいいと私は思いますが)。

少なくとも、私が大学院内で同期の人達と話した限りでは、明確に将来の自分の法曹像をイメージできている人はほとんどいませんでしたね。
せいぜい漠然と「こういった分野で働きたい」と思っている程度でした。
大学院の方も既に法曹になっている方の講演会を開くなどして、学生に将来のイメージをより具体化してもらおうとはしているのですが、日々の勉強が忙しい学生はあまりそこまで考える余裕はないのではないか、というのが正直な感想です。

また、一部の教授が主張する「人間的に豊かな法曹」やら「多様な人材」やらの輩出についてですが、おそらく大半の教授の方は奇麗事に過ぎないと考えておられるのではないかと思います。
そのような理想に力を注ぎすぎて合格率を下げてしまうことは、大学にとっても学生にとっても望ましいことではありませんから、自然と授業内容も授業の方針も「試験に受かること」を目標とするようになります。
もちろん、これは現在の合格率を考えれば仕方のないことなのですが、現状の法科大学院は、大学の延長線上の存在というよりは、予備校の延長線上の存在になってしまっているというのが実情です。
そのような中でどうすれば「人間的で豊かで多様な人材」を輩出できるというのか、記事に出ておられた四宮啓教授には是非教えていただきたいものですが(苦笑)。

余談ですが、前期に某法の授業を担当されていた教授は、現状の制度に苦言を呈しておられたので、教授陣の中でも意見が割れていたのに、一部の教授陣のごり押しで決められてしまったのが新司法試験制度の実態なのではないかと私は思っています。

Re: No title

> G.K さん

こんばんは、コメント有難うございます。記事の中ではG.K さんを多少disってるような感じに読める気がして少し不安でしたが、こうしてコメントをいただけた事で少々安心しています。有難うございます。

>少なくとも、私が大学院内で同期の人達と話した限りでは、明確に将来の自分の法曹像をイメージできている人はほとんどいませんでしたね。せいぜい漠然と「こういった分野で働きたい」と思っている程度でした。

正直、まずは試験に受からないとどうしようもないですからね。無理も無いと思います。

>一部の教授が主張する「人間的に豊かな法曹」やら「多様な人材」やらの輩出についてですが、おそらく大半の教授の方は奇麗事に過ぎないと考えておられるのではないかと思います。そのような理想に力を注ぎすぎて合格率を下げてしまうことは、大学にとっても学生にとっても望ましいことではありません

確か早稲田の法科大学院は、はじめは理想を求めて未修者を多く取ったけれども、合格率の低さから既習者の入学枠を広げる方向にシフトしたという話を聞いたことがあります。

>余談ですが、前期に某法の授業を担当されていた教授は、現状の制度に苦言を呈しておられたので、教授陣の中でも意見が割れていたのに、一部の教授陣のごり押しで決められてしまったのが新司法試験制度の実態なのではないかと私は思っています。

ここでいう「一部の教授陣」とは、恐らく佐藤幸治先生のことですね!(笑)正直、法科大学院について調べれば調べるほど「佐藤先生は終わってる」と思わずにはいられませんでした。

問題の多い法科大学院と司法試験

 初投稿です。司法改革の目玉とも言われていた法科大学院ですが、今や理想とはかけ離れた中途半端で法曹志望者を苦しめるだけの制度に成り果てています。少なくともたった三回の受験資格を得るためだけのものならば、法科大学院修了の要件は過大、過酷すぎます。時間、労力、経費はほとんど天井知らず。厳しい成績評価がなされ一つでも単位(必修)を落とせばたちまち留年です。世間には「法科大学院なんて簡単に修了できる」と考えている人もいるようですが、そんな甘いものではありません。少なくとも修了したこと自体がきちんと社会的に評価されるべきです。司法試験に受からなければ「スティグマ」扱いという現状はあまりにもひどい(なお、法務博士スティグマ論を説いたのは中央大の安念教授です。ただし、この方は合格者数の増加と三振制度の撤廃を説いているので筋は通ります)。

 私も現状では法科大学院制度を維持する理由を見出せません。今のロースクールは性質の悪い予備校のようなものになっています。「受験指導はするな。でも、合格させろ」と言われているようなものですから。結局、予備校等で二重学習を強いられる結果となっており、受験生をさらに苦しめています。特にある意味理想を貫こうとしていた初期の段階(司法試験がどんなものになるかも定かではなかった時点)のロースクール生が一番ひどい目に遭いました。せめて五年で三回しか受けられないという受験制限だけは撤廃してほしい。今の合格率でこの制度は過酷過ぎます。

 さて、この問題については龍谷大の戸塚悦朗教授が2009年の段階で「頓挫した『司法改革』をどうするか」という論文を書いておられます(ネット上にもあります)。この論文は法科大学院制度や新司法試験の抱える問題の核心を衝いたものでした(新司法試験の廃止というラディカルな提案もある)。特に合格できなかった修了生の立場にも配慮し救済策も考えており、そこがすばらしいです。ほとんどの学者さんも実務家も大量発生する「法科大学院修了、司法試験不合格者」をどうするかという問題は歯牙にもかけていませんから(まるで問題自体がないものとして扱われている)。

Re: 問題の多い法科大学院と司法試験

>  ワイルドキャット さん

はじめまして、コメントありがとうございます。

> 初投稿です。司法改革の目玉とも言われていた法科大学院ですが、今や理想とはかけ離れた中途半端で法曹志望者を苦しめるだけの制度に成り果てています。

本当ですね。正直、民間企業の就活の何倍もえげつないと思います。

>「受験指導はするな。でも、合格させろ」

僕もこれは意味がわからないと思っているので、今度書くかもしれません。

>せめて五年で三回しか受けられないという受験制限だけは撤廃してほしい。

これも意味不明です。詳しくは覚えていませんが、この点に関して浜辺陽一郎先生が「法科大学院で何を学び、司法試験をどう突破するか」という本で三線制度を擁護していたのですが、その理屈がかなり腐りきっていました。僕の記憶違いがあるかもしれませんが、宜しければ本を立ち読みしてみると良いと思います。

>ほとんどの学者さんも実務家も大量発生する「法科大学院修了、司法試験不合格者」をどうするかという問題は歯牙にもかけていませんから(まるで問題自体がないものとして扱われている)。

僕もこれは不思議です。「僕は学者や実務家よりもこの問題を検討しているんじゃないか?」とすら思います(笑)


>皆さん
ここで一回コメント返信を打ち止めします!続きはまた明日にでも。返事が遅れてしまってすみません・・・。
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