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有吉弘行さん「"寂しい、寂しい"と感じる人は、そもそもそんなに人から好かれていないことに気づくべき」

昨日、NHKの首都圏ネットワークという番組の中の「プロジェクト2030」という特集で既卒者カフェが取り上げられた。この特集は「高齢化、単身化がより深刻になる西暦2030年を見据え、これから社会を支えていく若者に何が起きているのか、また若者たちが将来をどう考えているのか」を描写することを目的としているものだ。


今回のテーマは「ネット社会で感じる“孤立”」というもの。まずは既卒者カフェではなく、多数のSNSに登録し、twitterで1000人以上のフォロワーを有していても孤立を感じる若者が登場する。「他人からよく思われたい」と願うばかりにネット上で理想の人格を形成し、ゆえにネット上でのつながりに実感を持てないという。それでも「自分が認められていないのではないか」という気持ちを味わったり、「相手との関係が切れる」ことには恐怖感を抱くらしい。


その次に登場する若者は、facebook上で200人もの友達とつながっているけれども、自分が送ったメールに対して友人が書いたtwitterの書き込みに傷ついた経験から、なかなか「本当の自分」を出せずに悩んでいる女性。この人も、最初に登場した人と同様に「関係を壊したくない」という気持ちを強く抱いているらしい。「人に嫌われることほど怖いことは無い」「一人ぼっちは寂しいじゃないですか。それはやっぱり嫌だなと思う」と述べて彼女へのインタビューは終わり、既卒者カフェへの紹介に移る。


個人的には、この2人の気持ちはあまり理解できなかった。確かに友達は大事だけれど、同時に「別に一人だったら一人でいいや」とか「なんか関係こじれてるし、もうこの人との関係はいいか」とも感じる、つまりそこまで過度に人間関係を大事にしないタイプなので(勿論、このような考えはプライベート上の付き合いに対するもので、仕事上の付き合いには当てはまらない)。こう思うようになったのは、有吉弘行さんの「お前なんかもう死んでいる」という本を読んだ体験が大きい。


有吉さんはまず「1人でいることに慣れちゃうと、実はそんなに寂しくないんじゃねーかなっていう」と述べる。そこらの人と比べたら1人でいる時間を比較的長く取っている僕からすれば、この感覚には頷ける(むしろ、なんで皆そんなに人と連絡を取るんだ?とかなり不思議に思っている)。勿論、これに同意できない人もいるだろうけれど、そういう人もその次の「そもそも、"寂しいから"って自分から人を誘って来てもらうぐらいなら、"そんなにそいつに好かれていないんじゃねーかな"って思うし。もし好かれていたら、もっと向こうから誘ってくるだろ!って思うんですよ。それが"寂しい"って思うぐらいに人から誘ってもらえないってことは、そもそもそんなに人に好かれて無いだろって。そこに気づいたほうが良いと思うんですよね」という記述には納得出来るのではないだろうか。


誤解しないで欲しいが、有吉さんは"一人ぼっちで寂しい"と感じる人を突き放しているわけではない。有吉さんは「別にそんなに自分のこと好きだと思ってもいないようなヤツ誘って寂しさ紛らわせてもしょうがないと思うんですよね」と述べていて、これは本当にその通りだと思った。有吉さんが本で言っていることは「そんなに自分のこと好きだと思ってもいないようなヤツとの飲みでお金を無駄遣いするな」ということなのだが、この考え方はこの度NHKの番組に登場した若者にも向けることは出来る。例えば「自分が送ったメールに対して友人が書いたtwitterの書き込みに傷ついた経験」を持つ女性について言えば、メールへの文句を女性本人に言わずtwitterでこそこそと書き込んでいる時点で、その「友人」は番組に登場した女性のことをそんなに好きだと思っていないことが伺えるし、そういう友人と付き合って寂しさを紛らわせてもしょうがないのではないかという気は確かにする(番組はhttp://www.nhk.or.jp/shutoken/2030/index.htmlで見れるので、エピソードを詳しく知りたい方はこちらへ)。それだったら、facebookの友達数やtwitterのフォロワー数は減るかもしれないけれど、自分のことをある程度は好きだと思ってくれている人と関わる事を大事にすればそれで良いのではないだろうか。


勿論、自分の性格を抜本的に改造したり演技したりして「超社交的人間」として振る舞い、とことん沢山の人と交流するのも一つの道ではある。むしろ、以前「文転就活生」さんが「極端な話ですが"SNSに参加していない人=コミュニケーションが苦手な人=ダメな人"という認識が完成されつつあるような気がします(特に学生の間で)」とコメントしていたことを鑑みると、「SNS上の友達が少ない人=コミュニケーションが苦手な人=ダメな人」という共通認識も若者間であるのだろうし、恐らく友達を減らすという選択をする人はあまり多くなく、「相手との関係が切れること」に恐れながらコミュニケーションを続ける人が多数派なのではないかと思う。いつか誰かしら精神的にパンクしそうな気がするのは僕だけだろうか・・・


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No title

僕はそもそも一人で行動する事が大好きなんでさびしいという気持ちがわからないんですよ。
だから大学時代に友達といちいち学食でご飯を食べる約束してる人が気持ち悪くて、同じ意見の人と「授業が同じなら昼休みは一緒に食べよう。それ以外でわざわざ連絡をとって食べるのはやめよう」と暗黙の了解をたてていました、だからぼっち飯も結構ありました(笑)

えっとこの記事を読んで思ったのは、これNHKが凄く単純な物語を作ってインタビューの二人をあてはめたように思えました。
現代の若者は人間関係が希薄でかつ本当の自分をだせない人が多いのかも→よし!それを番組の企画にしよう!→二人のインタビューをとる。みたいな。

なんか教育学者の人が、テレビ局の人に「ゆとり教育を受けた甘やかされた世代」というタイトルで番組を作りたいので教え子についてインタビューをさせてくださいと言われたケースを思い出しました。

まあそれに人間関係を維持する・作るのにSNSってそんな流行ってますかね?という疑問もあります。

Re: No title

> takeshiさん

>だから大学時代に友達といちいち学食でご飯を食べる約束してる人が気持ち悪くて、同じ意見の人と「授業が同じなら昼休みは一緒に食べよう。それ以外でわざわざ連絡をとって食べるのはやめよう」と暗黙の了解をたてていました、

僕は友達に誘われたら違う授業をとってても合流して一緒にご飯に行きますが(笑)、ぼっち飯もすごく好きですね。

>NHKが凄く単純な物語を作ってインタビューの二人をあてはめたように思えました。
現代の若者は人間関係が希薄でかつ本当の自分をだせない人が多いのかも→よし!それを番組の企画にしよう!→二人のインタビューをとる。みたいな。

多分NHKに限らず、マスコミはどこもまずはストーリーを作って、そのストーリーに合う人から話を聞き、ストーリーの説得力を高めていくという手法を採っているのではないかと思います。

>まあそれに人間関係を維持する・作るのにSNSってそんな流行ってますかね?という疑問もあります。

これは、まぁまぁ流行っているのではないでしょうか。もし企業がエントリーの要件として「facebookの友達数○人以上」というものを設けてきたら、この流行りはさらに加速するでしょう。

No title

この番組は既卒者カフェの山口さんが主役で、最初の2人は前座にすぎないのです。
特に2番目の女性は、テレビに顔出してあんなこと話したら、その友達にバレるわけで、だからこれはすでに過去の話か、ある程度のやらせが入ってる可能性もあります。
でも、番組のテーマは、山口さんの言う、本音を言ったら人とつながれた、ということなんです。
この記事の文章やコメントだと、前座の方がテーマみたいに見えてしまうので、誤解を生むと思いました。
というより、視聴者が前座の方ばかり注目して、本命のテーマに気づかないとしたら、番組失敗ですね。
なお、この番組は、金曜は就職できない若者の孤独がテーマでしたし、来週火曜は内向きのシューカツ生がテーマのようです。つまり、既卒者カフェはこの2本のプロローグだったわけですが、なのに前座の方に注目が行ってしまったのなら、ほんと、大失敗。そうじゃないことを祈りますが。

Re: No title

> この番組は既卒者カフェの山口さんが主役で、最初の2人は前座にすぎないのです。というコメントをくださった方へ

はじめまして、コメント有難うございます。

>つまり、既卒者カフェはこの2本のプロローグだったわけですが、なのに前座の方に注目が行ってしまったのなら、ほんと、大失敗。そうじゃないことを祈りますが。

僕も、あの番組でのメインテーマは既卒者カフェだったということは分かっていますが、「既卒者カフェ」と検索をかけてみれば分かるように、僕はこれまでこのブログで既に既卒者カフェについて取り上げたことがあるので、今回の記事では前座のエピソードに焦点を当てたと言うことに過ぎません。それでも、

>この記事の文章やコメントだと、前座の方がテーマみたいに見えてしまうので、誤解を生むと思いました。

という懸念は残るわけですが、実際に番組を見た人なら誰もが「今回は既卒者カフェがメインだな」ということは分かるはずなので、そこはそんなに気にしなくても良いのではないかと僕は思います。

No title

こんにちは。前回は私のつたないコメントにお返事を頂きありがとうございました。

今回の記事を受けて、アメリカで現在流行(?)している人間性評価の提言を思いだしました。結構有名なので知っている方も非常に多いとは思いますが、一言で言うと「内向的な人と外向的な人は持っている能力が違う。外向性への偏重をやめて、各々の良いところバランスを取って人々の能力を最大限活用すべき」という提言です。

この提言をしたスーザン・ケインさんのスピーチの書き起こしです。
http://bit.ly/QC9pIS

この提言はアメリカ社会に向けてされたものですが、現代の日本にも当てはまる考え方のではないでしょうか。
以前の日本では「沈黙は金」という言葉が好まれていたように、内向的な人の能力は認められ活躍していたはずです。
ところが現代では性格の明るさや人脈を作るコミュ力を重視しすぎる傾向になり、能力のある内向的な人間は排除され大きな精神的負担を背負っているのではないでしょうか。日本の成長という観点からみても損をしていると思います。特に日本ではムラ社会的な組織構造が残っていて違う個性を排除する暗黙の圧力が強いこともあり、無理に組織に残ることで精神を病む方も多いのではと私は感じています。

魂をぶつけあい 真実を語るのだ

「SNS上の友達が少ない人=コミュニケーションが苦手な人=ダメな人」とかいわれちゃうと
ツィッター2年ぐらい使っててもフォロワー22人の自分はどうすればいいのか(笑)

放送局がシナリオを作っているであろう部分もあるとしても、
子供でもよくいそうですが「人に嫌われるのが怖い」と模範的キャラを演じているとか
ある意味では器用な話だなあとは思いますが、(自分にはそんなマネは出来ません)
どこか不健康ですよね。
そんなんでフォロワー、友達、マイミクなどの人数が多くなってみたところで
実感が持てないのも、もっともでしょう。
それに数字上多くの人とつながってるように見えても、その繋がりの内容によっては
人数多けりゃ健全で偉いとは一概にいえなくなってきますね、facebookであっても。

自分のスタンスとしては・・
いわゆる模範回答でない、「自分の言葉」でものを語って
それで噛み合わんかったり離れていくようであれば、
離れていった人はそれまでのものでしかなかったということで。

No title

俺も動画を見ました
尚、俺自身は各SNS間で重複はあるものの、ミクシで200、ツイッターはアカウント2つで100、FBで300近い繋がりを有しており、内ツイッターのアカウント1つ以外は必ずリアルでの繋がりを前提にしています



さて本記事ですが、俺みたいな人間が書くような内容で正直意外に感じました
よって内容そのものには概ね納得できて凄く共感するのですが・・・・本当にいいのかなwと思いました

例えば「自分のことをある程度は好きだと思ってくれている人と関わる事を大事にすればそれで良い」とありますが、これはそのような人の存在を前提にしている考え方です
只、「そもそもそのような人がいるのであれば、自分のことをそんなに好きだと思っていないような友人を誘って寂しさを紛らわせたりはしないのではないか」、「実際はそのような人がいないからこそ、そのようなことをしているのではないか」と俺は思います
動画に出てきた人達に実際いるかどうかは分かりませんが、少なくとも俺が言うような人も幾何かはいるはずです

すると、自分のことをある程度は好きだと思ってくれている友人も、自分のことをそんなに好きだと思っていないような友人もいない、どこにも居場所のない社会的に孤立した人のことも考えなければならなくなるでしょう

そして彼らを批判することは、「社会的に孤立しがちな既卒者にとっての居場所」をコンセプトの1つにしている既卒者カフェに沿わないものになってしまうのではないかと思うのです



最後に一応繰り返しますが、「寂しい、寂しい」と感じる人は、そもそもそんなに人から好かれていないことに気づくべきという本主旨等に関しては共感し、同意しています

No title

上でコメントした名無しです。
カクさんのコメントで納得できました。
この記事読んで、なにかもやもやとした不満を感じて、それは最初の2人に視聴者の注目が行ってしまう番組の作りが悪いのかな、と感じてコメントしたのですが、最初の2人をディスってしまったら、既卒者カフェの意義につながらない、ってことなんですね。最初の2人をディスりたくなるような作りにした番組にも責任がありますが。

最初の2人は、私は俳優による再現じゃないかな???と疑ってるんですが、というのは、寂しい人がテレビに顔を出して寂しいとは絶対に言わないと思うんですよ。
だって、寂しい人って、悪いイメージですよ。寂しい人って思われたくないから、フォロワー増やしたりしてるわけで。

にーさんへ

「各々の良いところバランスを取って人々の能力を最大限活用すべき」という一般論に関しては完全に同意します

只、現状「能力のある内向的な人間は排除され」ているとは俺は思いません

例えば学生時代の後輩に凄く内向的な奴がいましたが、そいつは能力があったため100人を超える部活の部長を務め上げ、今では某銀行で働いています
他にも俺の知り合いには内向的な人達はチラホラいますが、能力がある人達は皆うまくやっているようにみえます
かく言う俺自身も内向的で、勤務時間中必要ない時は黙々と仕事していますし、俺の直属の上司も似たような感じですが周囲からの評価は高いようにみえます

蓋し、内向的・外向的という「気質」とコミュ力等の「能力」は切り離して考えるべきです
内向的だからといってコミュ力等の外向的な能力が要らないというわけではなく、やはりある程度は必要でしょう
しかしそれを満たして尚且つ素晴らしい内向的な能力があれば、その需要があるところにおいて、気質を理由に排除されるとは俺は思わないのです

にーさんへ2

それと『以前の日本では「沈黙は金」という言葉が好まれていたように、内向的な人の能力は認められ活躍していたはず』という点に関しても俺は懐疑的です

「以前」が具体的にいつ頃を指すのかは分かりませんが、少なくとも戦後は今よりも余程体育会系で、内向的な人が認められ活躍していたようには俺は思えません
もっとも、これは完全に俺個人のイメージなので何か資料等を提示していただければ、あっさり退けます
只、「沈黙は金」という言葉自体は近代になって外国から輸入されたものであり、更にその後に「雄弁は銀」と続くことから、それほど昔ではなく、沈黙のみならず両方できることが大事であると思います

多分それがコミュ力だと思うんですよね

カクさんへ

目からウロコのコメントの連続で、大変役に立ちます。
Silence is goldは確かに英語由来の言葉。
日本はむしろ、高倉健のような、男は黙って、とか、男は背中でものを言う。
でも、高倉健(の演じる人物)はコミュ力がないかというと、そんなことはないですね。
口がうまいのがコミュ力じゃない、口をきかなくても心が通じるコミュ力もある。背中でものを言うのは背中のコミュ力。
でも、面接のような短い時間だと、口先だけのコミュ力で選ばれるのではないか、と多くの人が思ってしまうし、実際、そうかもしれない。

高倉健が出たついでに、渥美清演じる寅さんは口がたっしゃで外向的だけど、普通の社会でうまくいかないですね。就職によいコミュ力って、いったい、なんでしょうね。

古い映画の話ですみません。

あと、1つだけ、カクさんのご意見で?と思ったことを。
内向的な人も排除されていない、ということですが、カクさんの言う内向的は、内向的な性格で悩んでいる人の内向的ではない気がします。
高倉健(の演じる人物)のような人は悩まないです。
単に寡黙な人が内向的ではないと思います。

最後に、日本の会社は、どういう人を採用したいかというと、その職場にフィットする人を採用したいのですが、フィットするものは何かというと、コミュ力だったり能力だったり人脈だったりいろいろで、特に決め手はないのが現実ではないでしょうか。
学閥やコネが有利なのは、大学のつながりやコネのつながりが人をフィットさせるという傾向が日本は顕著だからだと思います。
つまり、職場にフィットする能力が非常に重要視されていて、それがコミュ力という言葉になっているのかな、という気がします。

「カクさんへ」の追記

にーさんのいう、昔は能力があって内向的な人も排除されなかった、というコメントへの外野からの補足ですが、

かつてはひたすらこつこつ物を作るようなタイプの製造業に、いわゆるコミュ力のない寡黙な人がたくさんついていました。
しかし、機械化が進み、また、工場の海外移転などで、こうした仕事が激減し、かわりに営業やサービス業のような、寡黙な人の苦手な仕事が増えました。

つまり、にーさんの言う、能力があって内向的な人=寡黙な職人や労働者の職場がなくなってしまったのです。
かつてはこうした職業は中卒や高卒でついていましたが、彼らに求められる能力は大学教育で得るものではないので、彼らが中卒や高卒だから能力がないとは言えません。
しかし、今、高卒の仕事が減り、誰もがとりあえず大学へ行くようになったのは、こうした仕事が激減したからです。

にーさんのいう、内向的だけど能力のある人は排除されていなかった、というのは、こういう職種の変化のことであると思います。

大学を出て居酒屋の店員になる、という言い方がありますが、まさにそういう時代になっていて、しかも外食産業などのサービス業は寡黙で内向的な人には最初から勤まりません。おまけにブラックだといわれている。

居酒屋にしか就職できない人は能力がない、というのは簡単です。
でも、かつては、彼らのような人は高卒で工場に正社員で入り、まじめに勤め上げて工場でそれなりの地位についていたのです。
しかし、今は、工員になるということは、不安定な期間工になるということです。
にーさんのいう、能力があり内向的な人とは、部長になり、銀行に就職できる人のことではないと思います。

誰もが偏差値50以上になることはできません。
努力で能力を上げれば、全体は上がりますが、それでも半分の人は偏差値50以下です。
もちろん、努力はすべきですが、努力して能力を上げれば誰でも、というわけにはいかないでしょう。

Re: No title

> にー さん

こんばんは、またまたコメント有難うございます。

スーザン・ケインさんのスピーチの書き起こしのご紹介、有難うございました。とても興味深かったです。このコメントを読んだ直後はコメントの内容に全面同意しそうになりましたが、後の「カクさん」さんの「内向的・外向的という"気質"とコミュ力等の"能力"は切り離して考えるべきです」というご指摘を見て、確かにそうだなと思いました。まぁ、外向的な人の方が企業が求める能力を持つ傾向が強く、逆に内向的な人は企業が求める能力に欠けている傾向が強いという、一定の相関関係は何となくありそうな気はしますけども。

Re: 魂をぶつけあい 真実を語るのだ

> L_z_m_i さん

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>いわゆる模範回答でない、「自分の言葉」でものを語ってそれで噛み合わんかったり離れていくようであれば、離れていった人はそれまでのものでしかなかったということで。

逆に「自分の言葉」でものを語って、それに共感してくれる人とは波長が合うということですから、そういう人とのつながりを大切にすれば良いと思います。もちろん「最初は相性が悪いと感じても、関わっているうちに相手の人間性を誤解していたことに気づいた」みたいなケースもあるでしょうが、一方で「別に全ての人と仲良くする必要は無い」という考え方も大切のはずです。

Re: No title

> カクさん さん(「俺も動画を見ました」からはじまるコメントへの返信)

こんばんは、いつもコメント有難うございます。

>例えば「自分のことをある程度は好きだと思ってくれている人と関わる事を大事にすればそれで良い」とありますが、これはそのような人の存在を前提にしている考え方です

現時点の人間関係で「自分のことをある程度は好きだと思ってくれている人」が存在しなくても、例えば既卒者カフェなどのイベントに参加することで、新たな人間関係、自分にとって心地よい新たなコミュニティの存在を見つける可能性は開かれています。このような行動をとった上でなお、大して充実した人間関係を築けない人もいるかもしれませんが、これに対しては僕としてもどうしたら良いかよく分からないです。

Re: No title

> ななしさん

またまたコメント有難うございます。

>最初の2人をディスってしまったら、既卒者カフェの意義につながらない、ってことなんですね

「カクさん」さんへの返信でも少し書きましたが、僕としては「最初の2人をディスる=既卒者カフェの意義否定」という構図は必ずしも成り立たないと思っています。記事で否定しているのは「別にそんなに自分のこと好きだと思ってもいないようなヤツ誘って自分の寂しさを紛らわせること」なので、既卒者カフェへの参加のように、寂しさから何かイベントに参加して新たな人間関係を築こうとする動きは否定してませんので。


>最初の2人は、私は俳優による再現じゃないかな???と疑ってるんですが、というのは、寂しい人がテレビに顔を出して寂しいとは絶対に言わないと思うんですよ。

俳優かどうかは分かりませんが、少し怪しいですよね(笑)女性の方なんか、「人に嫌われることほど怖いことは無い」と言っておきながら、まさに友達から嫌われるエピソードを話してますからね。もしかしたらその友達とはもう関係が切れているのかもしれず、だからエピソードを話せたと言うことかもしれませんが。

Re: にーさんへ2

> カクさん さん(「にーさんへ」「にーさんへ2」への簡単なコメント返信)

「にー」さんへのコメント返信で「カクさん」さんのコメントを好意的に引用したので、あまり書くことが無い・・・(笑)「向的・外向的という"気質"とコミュ力等の"能力"は切り離して考えるべきです」という指摘は参考になりました。

Re: 「カクさんへ」の追記

> ななしさん(「カクさんへ」、「「カクさんへ」の追記」への簡単なコメント返信)

ななしさんが仰るご指摘は、当ブログでは「"リア充はみんな死んでしまえ"~"人とのつながり"が重視される現在の就活の落とし穴~(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-151.html)」という記事で、また「能力があって内向的な人=寡黙な職人や労働者の職場がなくなってしまったのです」というくだりに関しては「コミュニケーションがボトルネックとなった社会(http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20120208/p1)」というブログ記事や、海老原嗣生さんという論者も指摘したりしています。もし宜しければ、ご覧下さい。

ななしさんへ

「俺の言う内向的は、内向的な性格で悩んでいる人の内向的ではない」との指摘ですが、俺含め、実際彼らはイラつき位は見せても、そこまで悩んだりしていないように見えるので多分仰る通りだと思います

只、では「内向的であるが故に何に悩んでいるのか」が正直よく分からなくなってきました
そして「様々な人が混在し得る企業という組織においてその悩みが根本的に解決できるのか」に関しても悩み始めました

そもそもの始まりはにーさんの提示された「能力のある人間が内向的を理由に排除され大きな精神的負担を負う」ことです
俺個人としては、「能力のある人間が内向的を理由に排除されること」は確かに重大な問題であるものの、逆に言えばそれさえなくなれば大きな精神的負担を負うこともなくなると捉え、それで十分なのではないかと考えます
つまり、「内向的であるが故に何に悩んでいるのか」は掴みかねていますが、それが少なくとも排除によるもの以外、例えば同じ職場にいる外向的な人と相性が合わない等であれば、それは甘受し得る程度であり、そこまで問題ではないと思います

長文になって申し訳ありませんが、解釈等に誤りがあったらお手数ですがご指摘お願い致します

ななしさんへ2

ななしさんが他に仰っていることは、俺も書きたいと思っていたものの文章量の都合等で割愛した部分が多く、概ね同意します

内向的な人の職場の話ですが、ななしさんが挙げた製造業の他にも、俺が今している事務職も割と内向的な人が多かった職種だと思いますが、こちらも同様に減少しています
皮肉なことにパイが減少した分、内向的な人程、その気質とは裏腹に、相当積極的に就職活動をしなければならないのが現状だと思います

あとは、昔は日本人内のみでやりとりが完結していたため、以心伝心の言葉のように「背中で語るコミュ力」も一コミュ力として確立していたのに対し、グローバル化が進む今ではそうもいかなくなっているのも、内向的な人の需要を相対的に小さくしている要因でしょう

只、これらは時代の流れであり、誰が悪いというものではないと俺は考えます
幾ら小さくなっても能力がある内向的な人の需要がなくなるわけではありませんし、企業等の誰かに無理に何かを強いさせるのは良くないというのが俺の価値観です

管理人様へ

返信ありがとうございます

「現時点の人間関係で「自分のことをある程度は好きだと思ってくれている人」が存在しなくても、例えば既卒者カフェなどのイベントに参加することで、新たな人間関係、自分にとって心地よい新たなコミュニティの存在を見つける可能性は開かれています。」

上記の文に関してですが、仰る通りだと思います
まさしくこの文章がほしかったです
流石にあの主旨等だけでは少々厳しいかなと思いましたので・・・w

Re: 管理人様へ

> カクさんさん

またまたコメント有難うございます。確かに、この文章を本文に挿入しておくべきでしたね(笑)この文があるのとないので、記事の温かさがだいぶ変わってくる気がしました。

No title

カクさんへ

カクさんのいう内向的な人は寡黙な人で、口下手で人と話すのがとにかく苦手というような人のことではないな、と思ったので、ああいうレスになりました。
具体的には、口下手で内定がとれない人の悩み、ということです。
人と話すのが苦手、というのは訓練で直すしかないし、口をきかずに生きるのはむずかしいですから、ある程度は本人の努力で直すべきではあります。
そうした努力の上で、どんな人でも仕事を得て生きる権利があるわけで、特に高い能力がなくても仕事をして生きる権利を与えられるべきなわけですが、不況や社会の変化もあって、そういう人にチャンスが非常に少なくなっていると、そういう意味です。

これは時代の変化、社会の変化が大きく関係しているため、企業や個人の努力だけでは解決できないように思います。
ただ、落ちこぼれていく人が増えれば増えるほど、社会は不安定になります。
能力のない人は自己責任だから、と言う人がいますが、私は社会が不安定になることに危機を感じるので、セーフティネットのようなものが必要ではないかと思います。

ななしさんへ

返信遅くなって申し訳ありません
口下手で人と話すのがとにかく苦手という定義、把握しました
只、これは内向的・外向的という気質・性格の本論から離れて、完全に能力の問題になっていると思います
仰ることはその通りだと思います

コメント欄キモいな

Re: タイトルなし

> コメント欄キモいな というコメントをくださった方へ

こんばんは、コメントありがとうございます。

> コメント欄キモいな

そうですか・・・。様々な意見を目にすることができるので、僕は好きなのですが(笑)まぁ、人それぞれ感覚は違いますからね。

No title

すみません文盲なもので、これは有吉弘行さんがおっしゃっているのでしょうか。

「「寂しい、寂しい」と感じる人は、そもそもそんなに人から好かれていないことに気づくべき」
とありますが、

そういう人は時間がある人、バイトなり学生なり出会う可能性が高い環境なりにいる人の事を言っているのではないでしょうか。

では早くから社会に出た人はどうなるんでしょうか。
時間もなければ出会いもない、学生生活で確実に友達を作らなければ、もしくは好かれる人間にならなければならなかったのか。

そういうところも念頭に置いて発言したほうが良さそうな気もしますが。

追記

また社会にいざ出てみて、友達が多かったとしましょう。

社会人となった現在、友達、友達と甘いことはいってられません。

そういった環境の中、はたして友達と繋がっていられるでしょうか。

それこそ友達はいるけど、広く浅くになってしまい。
深い友達はいなくなるのではないでしょうか。

また、現在の高齢の方を見る限り友達の少ない方は非常に多いと見受けられます。
または過去からの友達がいない。

こういった方が多い現実が物語ってはいないでしょうか。

Re: No title

> 透徹 さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>すみません文盲なもので、これは有吉弘行さんがおっしゃっているのでしょうか。

はい、第5段落にそう書いてあります。

>「「寂しい、寂しい」と感じる人は、そもそもそんなに人から好かれていないことに気づくべき」とありますが、そういう人は時間がある人、バイトなり学生なり出会う可能性が高い環境なりにいる人の事を言っているのではないでしょうか。

はい。この記事の趣旨はそういう人たち(バイトなり学生なり出会う可能性が高い環境なりにいて、且つ知り合いが多くいる人)が発する「寂しい」という声に対して「"寂しい"って思うぐらいに人から誘ってもらえないってことは、そもそもそんなに人に好かれて無いだろ」という有吉さんのツッコミをぶつけるのが適切だという考えを示すことにあります。


>では早くから社会に出た人はどうなるんでしょうか

この記事ではそういう人たちのことについて言及しているわけではないので、ツッコミの意味がよく分からないのですが・・・。

こいつ、なんでも言えば名言になると思ってる お前は寂しいと感じたことないのか?人間としての感情が剥がれてしまったかswwwwwwwいや、元々、日本人は利己主義だから 自分が得すればいいと思ってる

Re: タイトルなし

> Nihondion さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>お前は寂しいと感じたことないのか?人間としての感情が剥がれてしまったかswwwwwww

この記事は「人が"寂しい"と感じたとき、その感情をどのように受け止めるのが良いのか」ということを書いたものなんですけどね。

No title

有吉は視聴者の求める答えを答えてるだけだから、言葉を丸呑みして友人を増やさず独身貫くとバカみるよ。
あの人老後は先輩たちと暮らすため貯め込んでるし、孤独とは無縁の人だから

Re: No title

>有吉は視聴者の求める答えを答えてるだけだから、言葉を丸呑みして友人を増やさず独身貫くとバカみるよ~とコメントしてくださった方へ

こんばんは、コメントありがとうございます。

>有吉は視聴者の求める答えを答えてるだけだから、言葉を丸呑みして友人を増やさず独身貫くとバカみるよ。

ここでいう「バカを見る」の具体的な内容がよく分からないですが、有吉さんの言う「自分のこと好きだと思ってもいないようなヤツ」と無理に関係を続けても別にいいことは無いんじゃないですか。 

内向的でも外交的でも自分らしければそれでいいじゃない 誰に迷惑かけるでなし 世の中みんな同じじゃ少しつまらない 個人的にはいつもいつも独りぼっちはつまらないしいつもいつもツルむのも草臥れる 仕事以外ならば自分の好きにするのが一番良いよ 人生は短い

Re: タイトルなし

>私さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>個人的にはいつもいつも独りぼっちはつまらないしいつもいつもツルむのも草臥れる 仕事以外ならば自分の好きにするのが一番良いよ

そうですね。まぁ、「自分が望む生き方」と「現実」とのギャップに苦しむ人もいそうですどね。 

有吉は言ってる事は普通の常識

正直、有吉の言ってる事は普通の常識だと思いますね。SNSの友達が多いほどコミュニケーションがうまい?SNSを使ってないやつほどダメなやつ?何の統計かと思いますね。こんなのにいちいち気を取られる若い世代が出てきたのは直さなければいけない部分だと感じます。そしていかに嘘をついて人間関係を作り上げていっているかが現れていると思います。正直な人間関係なら無駄なものは付属してこないですもん。会話というものが捻じ曲げられているんです。だから話すこと自体が怖いんです。原因はただひとつ、「素直に質問できない事」。質問するという事は相手に対し不快感を与えたりや楯つく事を意味する場合があります。意見の対立の対処方法(つまり普通の返し。又は自分の意見。)の概念がまず悪とされているのも大問題だと感じます。しかも大部分がそれを常識としてるために双方にストレス無く進む方法に気づかない環境に置かれている人は大勢いるます。そしてついついそれが当たり前の生活だと思い込んでしまい自分で自分を潰す傾向が強いと感じます。それがぼっちの正体です。サッカーの本田圭佑が「強いメンタル」を持っていると騒がれていますが、彼は一般的な常識を踏まえた上で、極普通に自分を正直に表現しているだけであり、特に「強いメンタル」を持っているわけではないのです。ですがそれが持て囃されている今の日本社会はやはり深刻な問題を抱えていると感じます。この問題は発想を壊すという事ですから伸びしろはあまり無いと思います。結論として腹を割って話す姿勢を取れない人は死ぬまで寂しい人生の中で生きると思います。人間は嘘をつけませんし、人間関係にも嘘はつけません。一番幸せなのは正直な事だと私は考えますね。しかし無差別に正直というわけではなく、あくまで常識を踏まえた上での正直者だという事を勘違いしてはいけないと考えます。そして本当はそれが普通で、それでいいという事です。根性論を否定する傾向が強い割にそこら辺の能力が欠如してるために起こっている、ねじ曲げられているコミュニケーションの時代に生きている事に気づかないといけないと強く訴えたいです。抜け出す方法は、ビビらずに聞く事・言う事をしてみるといいだけの事なんですけどね。

Re: 有吉は言ってる事は普通の常識

>ペン&紙さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>会話というものが捻じ曲げられているんです。だから話すこと自体が怖いんです

「人に嫌われたくない」という思いから、自分の考えを伝えるのを控える(あるいは「ペン&紙」さんが仰ったような「素直に質問すること」を控える)人もいるのかもしれませんね。

>結論として腹を割って話す姿勢を取れない人は死ぬまで寂しい人生の中で生きると思います。

だからこそ「腹を割って話す」ことができる人との関係性を大事にし、そうでない人とのつながりは程々にするのが良いのかもしれません。人は皆にいい顔は出来ませんから、優先順位をつけることが必要ですね。

いい事言うね

有吉さんは偉そうと思っていたけど ただ真がしっかりしてるんですね
僕は病気でいろいろ考え込みガチだけど文見ていてすかっとしました

Re: いい事言うね

> 有吉さんは偉そうと思っていたけど ただ真がしっかりしてるんですね~とコメントしてくださった方へ

こんばんは、コメントありがとうございます。

>僕は病気でいろいろ考え込みガチだけど文見ていてすかっとしました

今回の記事で取り上げた文章について言えば、特に人間関係に悩みを抱える人を大いに前向きにさせてくれるものだと思います。

No title

まわりがコミュ力コミュ力言ってきていじってくるのでうざい。俺は自分に自信があるからわざわざ喋る必要もないから黙ってるだけ。俺は人目を気にしない強い人間だ。

Re: No title

>あ さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>まわりがコミュ力コミュ力言ってきていじってくるのでうざい。俺は自分に自信があるからわざわざ喋る必要もないから黙ってるだけ

コメントを読んだ限りでは「あ」さんへのいじりには悪意がありそうだと感じました。そんないじりは無視しつつ、もし「あ」さんが話したいと感じたならばその時は話せば良いのではないかと思います。

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No title

一人でいいやと簡単に思えないんです。
好かれてないのはわかっていてもどうすれば好かれるのかさえわからない。
人間関係は難しいパズルのように思えてならないです。

No title

ぼっちだからって、有吉みたいな天邪鬼ポジションに感情移入してんじゃねえよ
お前は、馬鹿であることを自覚したほうがいい

No title

SNSで友達多い人、誘ってもらえる人が、
「寂しい、寂しい」という感情を感じていないか?っていったらそうではないと思うし、
SNSの人数で人間のコミュニケーション能力、価値は決まるものではない。

不特定多数の人間が閲覧できるネット社会でわざわざ個人情報やブログをアップしたくない人だって多数いるし、
SNSの友達が全員本物の友達かっていったらそうじゃない人の方が多い。

その前に、人間の感情として、
友達多かろうと、人気者であろうと、
どんな人でも内的に 寂しい という感情は湧くものではないか?

人間は死ぬまで孤独な生き物なんだから。


寂しい寂しいと思うまで孤独 = 人に好かれてないことを悟るべき などと、
イコールではないだろう。

その要素はあったにせよ、一つだけの理由で断定はできないだろうし、
マイナス要素で自分を貶めているだけにしか感じない。


人それぞれ寂しさを感じる要因、基準は違うだろうよ。




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