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「自分に合ったコミュニティを探す訓練」の機会を充実させることが必要かもしれない

100社受けてすべて落ちる就活生もいる一方で、全く行動しない就活生もいる」という記事には、一部の就活生が企業に全く、あるいは殆どエントリーしない理由が色々と寄せられた。その中で、「カクさん」さんの「これまでの人生全て受け身で、主体的に行動したことがない」という理由が目に付いた。


「カクさん」さんと同様、僕もこのケースは「就活をするにあたって主体的に行動しない」という決定をした就活生の自己責任ということで片付けてもあまり問題はないと思っている。ただ一方で、最近読んだ「希望論」という本では、現在の日本の教育は集団内の空気を読む訓練に偏っており、本来必要なはずの「自分に合った箱(※コミュニティのこと)を探す訓練」が十分になされていないことを問題視する議論がなされている。


本の著者である宇野常寛さんは、この問題を象徴する例として「小学校におけるクラブ活動の選択」を挙げる。学校によって異なるかもしれないが、宇野さんによれば(加えて僕が通った小学校の例では)現在の日本のクラブ活動は小学校の高学年からスタートし、且つ一度入ったらクラブを変更できず、また複数のクラブに属することも出来ない。これに対して宇野さんは、小学校低学年からのクラブ活動を奨励し、且つ2つ以上のクラブに入れるようにして、子供の自己責任で「どのクラブと、どの程度関わるか」を決定させることを促すようなシステムを提案している。


また宇野さんは、中学生くらいからソーシャルメディアを通じて趣味の仲間を見つける訓練を積ませるべきだとも主張する。これらの主張の根底にある宇野さんの問題意識としては、現在の社会を生きていくにあたっては「自分で自分が属するコミュニティを選ぶ能力」、「自分が"合わない"と感じるコミュニティを自己責任で離脱する能力」が必要であり、これらの能力を育む機会を義務教育の段階から提供すべきであるというものである。


宇野さんがこのような問題意識を持つに至った背景には、宇野さんが2000年前後に行った「大学サークルの人間関係」に関する調査がある。その調査の結果、高校までは普通に友達がいてそこそこうまく人と付き合ってきたけれども、大学ではうまく人間関係を築けずに孤立する人が結構な数発見される。この結果を受けて宇野さんは、このタイプの人は「学級」という学校側が与えてくれるコミュニティの空気を読むことには長けているが、「自ら自分に合ったコミュニティを選択する能力」に欠けているのだと分析する。そしてその能力の欠如の背景として、学校教育が「自ら自分に合ったコミュニティを選択する能力」を磨く機会を生徒に提供できていないという事情が挙げられるという訳だ。


上記の「カクさん」さんのコメントを見る限りでは、宇野さんの調査・問題提起は「就活をしない人」の存在を考えるにあたっても参考になる。「自分に合ったコミュニティを探す能力」の中には「自分の欲望を認知する力」が含まれると考えられるが、これまでの人生全て受け身で主体的に行動したことがない人は肝心の「自分の欲望」を感じ取り、それを言語化することに慣れていないのかもしれない。だから志望動機が思い浮かばずに、エントリーを控えてしまう。この想像が正しいとして、宇野さんの言う教育改革案がどこまで事態の改善に効果があるかは未知数だし、正直あまり効果はない気がする(笑)しかしそれでも、やらないよりはやったほうが良いだろうし、少なくとも「現状は"自分に合ったコミュニティを探す訓練の機会"が十分に提供されていないのではないか?」、「その訓練の中身をどのようなものにすれば良いだろうか」ということを考えてみる価値はあるはずだ。


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非公開コメント

No title

えーと、個人が自分の好きな事を選べるように、選択肢を多く提示する事は賛成です。ただそれが「主体性」を育成するかどうかは疑問ですが。

そもそも企業側の求める主体性って・・・・・
→それは経団連用語の「主体性」を誤解していますね http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-acc6.html
だったりするんですよね。

>これは、組織の一員として自分が組織を背負ったつもりで、地位は平社員であっても社長になったつもりで、まさに自分自身を組織の主体と考えて行動できる性質のことです。島耕作的主体性とでも言いましょうか。


言葉で説明しにくいですが海外の「主体性」ってある範囲内、枠組み、目標のなかで目的を達成できるか、どうかという感じがします。ゴールが明確なんですよね。
アメリカとかだったら露骨に就職試験のためにインターンするけどそれは就職でそれが求められてるからだし、ドイツの職業訓練だって資格認定のためやる気があろうがなかろうが、与えられた事に取り組み証書を得て就職に取り組むだけだし。

日本は神風特攻隊的な「何が目的なのか不明確」なまま行動するのが主体的という感じがするんです。それは就活に限らず働き方もそうですが・・・・・・・

→May_Romaさん連続Tweet:幹部の仕事は成果評価指標の「設計」です。

>日本の伝統的な企業は業務評価指標の設計が全然できていません。仕事の多くはなぜか突発的に降ってくる物で、中長期の計画がいい加減です。幹部には戦略がありません。現場の社員が突発的な仕事を長時間の残業でなんとかこなしやっている状態ですね。人的資源の計画もメチャクチャです。
>日本の外の先進国のそこそこの規模の企業はなぜ残業が無いかというと、まず、幹部は戦略を作ってそれを従業員に十分伝えます。次に戦中長期のかまり細かい戦術(どうやってやるか)に落とし込み細かいスケジューリングを作ります。それに沿って予算や人員をみっちり計画するのでうまく運営できるのです

結局、「日本的」な主体性のない人は、無能さんの本を読んだり、一回性の頃から就活の事を熟知して、人よりも多く就活対策をするしかない、と僕は思いますけどね。もうそれぐらい露骨にやってもいいと思います。

No title

カクさんのいう受身の人というのは、指示されたとおりにしか動けない人、マニュアルどおりにしか動けない人、のことだと思います。

エントリーも、そばにエントリーの仕方を教えて強制的にでもエントリーさせる人がいないと、自分からは何もしない。
親や親戚が、ここに就職しろ、と言えばすなおに就職して社畜になるけど、そういってくれる人がいなければ自分から仕事を探さない。
ナビサイトとハロワ以外で仕事を探せない。

まあ、こんなとこですかね。
とりあえず、上に当たらない人は、なんとかなるんじゃないかな。
上に当たる人は、まわりがなんとかしてやれるケースと、できないケースがあって、できないケースが深刻です。中には引きこもり予備軍もいると思います。その場合はカウンセラーが必要かもしれません。

宇野さんの提案は、これからの日本人を主体的な人間に育てるという全体的な提案としては大いに有意義だと思いますが、今の就活問題とは直接関係はないです。これから生まれる子供が就活するときは日本はどうなってるかなんかわかりません。ましてや、今、就活に困ってる人にとってはまったく無関係。

確かに昔は黙って親のいうことを聞いて、親の紹介する会社、あるいは親のあとをついで農業や商店とか、そういう、受身でも十分やっていける仕事がありましたが、今は親が子供に就職を斡旋できない時代になっています。
その一方で、別の記事のコメント欄にあったような、親が子供を箱入りにしているとしか思えないケースも多いようで、大学出るまで親や学校が子供を箱入りにして、マニュアルどおりに行動させ、いきなり就活できびしい社会に放り出すわけです。これはもう、学校時代にきびしい社会に触れておく、免疫を作っておくしかないのではないでしょうか。
親も、お金があっても、大学生のうちにアルバイトくらい経験しておかないと社会に出たときに困る、と思って、小遣いは出さない、適度にアルバイトをしろという、くらいでないとだめですね。
親も学校も過保護になりすぎている一方で、社会はどんどん過酷になり、自己責任が問われる時代になっている気がします。

No title

追記です。
「就活をするにあたって主体的に行動しない」ということを「主体的に」つまり「自分の強い意志で」決めた人は、それはその人の自由なので、他人がとやかく言うことではないと思います。
ただ、そういう人たちは本当に「自分の強い意志で」そうしているのか、いやむしろ、強い意志などもてない人たちなのだ、だからなんとかしなければ、と思っているので、みんな、いろいろ書いているのだと思います。私もそういう観点で、上のコメントをしました。

また、私は宇野さんの提案は就活とは無関係、とコメントしましたが、にもかかわらず、このエントリーの拍手数、ツイート数が多いのに驚いています。
就活とは別に、今の学校教育のあり方に疑問を持っている人が多いのでしょうか。
あるいは、私と違って、宇野さんの意見が就活問題と関係が深いと思う人が多いのでしょうか。
私も、クラブ活動は自由に入ったり出たりしていいものだと思っていますし、クラブ活動が課外活動だったときはそうだったのですが、教育の一部になってからこうなってしまったのでしょう。
現在の教育のあり方については私も言いたいことが山ほどありますが、それはこのブログの趣旨とは違うテーマなので、差し控えます。

主体性の定義

主体性という言葉について調べてみました。
自分の意志で行動する、というのはどうやら哲学の世界の主体性のようです。
一方、心理学では主体的と反応的が対になる言葉で、それは次のように説明されていました。

<反応的な人>
・すぐに気分を害する
・人を非難する
・腹を立て、後で後悔するようなことをつい言ってしまう
・愚痴を言う
・何かが起きるのを待っている
・そうせざるを得ないときだけ変わる
・~が~だから、僕はこうなった、こうしたと行動の原因が他にある

<主体的な人>
・すぐに気分を害さない
・自分で選んだことに責任を持つ
・行動する前に考える
・何かあってもすぐに立ち直る
・必ず方法を見つけて事を起こす
・自分に出来ることに目を向けて、出来ないことは気にしない
・行動の原因は自分の選択にあると分かっている

このほか、ビジネスの世界では、ある出来事や刺激に対して最良の反応を選ぶことができるのが主体性といわれていました。

心理学やビジネスの定義だと、主体的な人は少数派になってしまいますね。自分を反省しつつ。

Re: No title

> takeshi さん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>えーと、個人が自分の好きな事を選べるように、選択肢を多く提示する事は賛成です。ただそれが「主体性」を育成するかどうかは疑問ですが。

宇野さんが述べた「小学校低学年からのクラブ活動」に関して言えば、受動的な子供は「どこか適当にクラブを決めて、そのまま卒業まで過ごそう」と考えそうな気がしますね。

>言葉で説明しにくいですが海外の「主体性」ってある範囲内、枠組み、目標のなかで目的を達成できるか、どうかという感じがします。ゴールが明確なんですよね(中略)日本は神風特攻隊的な「何が目的なのか不明確」なまま行動するのが主体的という感じがするんです。

よく「職務が決まっている海外(ジョブ型)」と「そうでない日本(メンバーシップ型)」と対比されますよね。これに関しては海外の方が良いと思うんですけどね・・・。

Re: No title

> ななしさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>上に当たる人は、まわりがなんとかしてやれるケースと、できないケースがあって、できないケースが深刻です。中には引きこもり予備軍もいると思います。その場合はカウンセラーが必要かもしれません

ベーシックインカムといった策が実施されれば「引きこもる」という選択もありかもしれませんが、現実問題働かないと暮らしていけないですからね・・・。カウンセラーの活用も含めて、対策を考える必要がありそうです。

>親も学校も過保護になりすぎている一方で、社会はどんどん過酷になり、自己責任が問われる時代になっている気がします。

この見方は妥当だと思いますね。

>宇野さんの提案は、これからの日本人を主体的な人間に育てるという全体的な提案としては大いに有意義だと思いますが、今の就活問題とは直接関係はないです。これから生まれる子供が就活するときは日本はどうなってるかなんかわかりません。ましてや、今、就活に困ってる人にとってはまったく無関係(中略)また、私は宇野さんの提案は就活とは無関係、とコメントしましたが、にもかかわらず、このエントリーの拍手数、ツイート数が多いのに驚いています。

一応このブログとしては教育の問題は就活の問題と絡む点が多いと思っているので、「就職活動と教育」というカテゴリを設けてたまに記事を書いています。ちなみにこの記事のツイート数が多いのは、学者の本田由紀先生がtwitterでこの記事を取り上げてくださったからです。

No title

自分に合ったコミュニティを探す訓練の必要性に関しては確かにないよりはあった方が良いと思います
只、探して見つけたとしても、コミュニティに入ることができなければ意味がないため、一歩進んでその訓練も又必要なのではないかと思います
俺は幼い頃から引越を繰り返してきたため新しいコミュニティで0から始めることに慣れていたのですが、地元で一貫して育ち、常に誰か友人ないし知人がいるという状況にいた人にはその経験がないため、結果自分に合っていそうなコミュニティを発見しても、躊躇ってしまうことがあるように感じました
大学で孤立する人が結構いるのも、実は探す力よりも入る力の方がその要因ではないかと俺は分析します
実際、大学における人間関係は入学して最初の1ヵ月が大きくそのウェイトを占めています
0の状態から短期間のうちに動きまくることが必要なわけです

又、「探す」ということも、単に明確に提示された選択肢から選ぶだけではなく、非常に多数で不透明な中から選んだり、場合によっては自ら選択肢を創り出すことも「探す」ことであると認識しておかなくてはなりません
クラブの例だと、野球やバスケ等既存のメジャーなクラブから選ばせるのではなく、新規創設も当たり前のように認めるといった具合でしょうか

No title

尚、俺は主体性を「自分の意思・判断で行動すること」という意味で使っていました
しかし皆さんのコメントを見て改めて考えてみると「自分の意思・判断で」「0から」「行動すること」
なのかなと思いました
済みませんでした
未だきちんと固まっていなくて申し訳ない限りですが、どれかに重きを置いているわけではなく、どれもが学生生活ないしは就活、ひいては企業において重要であると感じます

Re: No title

> カクさん さん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>只、探して見つけたとしても、コミュニティに入ることができなければ意味がないため、一歩進んでその訓練も又必要なのではないかと思います。俺は幼い頃から引越を繰り返してきたため新しいコミュニティで0から始めることに慣れていたのですが、地元で一貫して育ち、常に誰か友人ないし知人がいるという状況にいた人にはその経験がないため、結果自分に合っていそうなコミュニティを発見しても、躊躇ってしまうことがあるように感じました。大学で孤立する人が結構いるのも、実は探す力よりも入る力の方がその要因ではないかと俺は分析します

正直、「一歩進んでその訓練も又必要なのではないかと思います」という記述を見た瞬間はそこまで必要なのかなぁと感じましたが、その後の文章を見て納得できました。ただ僕としては、その訓練が実現できるとして内容は具体的にどのようなものになるのか、全然イメージできていません(笑)

>「探す」ということも、単に明確に提示された選択肢から選ぶだけではなく、非常に多数で不透明な中から選んだり、場合によっては自ら選択肢を創り出すことも「探す」ことであると認識しておかなくてはなりません
クラブの例だと、野球やバスケ等既存のメジャーなクラブから選ばせるのではなく、新規創設も当たり前のように認めるといった具合でしょうか

新規創設を認めるというのも良いアイディアですね。ただこれは多分、ある程度能動的に行動できる人の能力をさらに伸ばすことにはつながると思うのですが、その能力に欠けている人に対してどのような効能をもたらすのかというと疑問です。このような疑問は「カクさん」さんだけでなく宇野さんのアイディアにも抱いています。

>尚、俺は主体性を「自分の意思・判断で行動すること」という意味で使っていました
しかし皆さんのコメントを見て改めて考えてみると「自分の意思・判断で」「0から」「行動すること」
なのかなと思いました
済みませんでした

いえいえ、なにも謝ることはないですよ!そもそも僕が「カクさん」さんの言葉の使い方を勝手に判断してますからね(笑)一言「主体性」と書いても、そこで思い浮かべるイメージが各人でかなり異なっていることが伺えましたし、改めて文章を書くのは難しいと感じました。
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