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「何者」の著者・朝井リョウさんの記事「なぜ僕たちは就活におびえるか」を読み、つくづく「社会人」という言葉は邪魔だと思った

就活を題材にした朝井リョウさんの小説「何者」が直木賞を取り、正直同じく就活を題材にした文章を書いている僕としては若干の嫉妬心がある(笑)しかし、これで現在の就活事情に関心をもつ人が増え、ひいては「就活の~な点は変えていったほうが良いよね」という案が出されたり、このブログへのアクセス数が増えたりすると良いなと思っている(今回の記事のタイトルは、若干「朝井リョウ 何者」で検索してこのブログにヒットするようになることを狙っています笑)。まだ「何者」は読めていないのだが、出来れば今週末を利用して読破したい。


その代わりと言っては何だが、中央公論の最新号「大学と人材─"育てる""求める"の乖離」に収録された朝井さんの記事「なぜ僕たちは"就活"におびえるか」には既に目を通した。記事には、例えば「日本には自分のことを良く言う文化があるとはいえないのに、就活では自分の良いところを言い続けなければならない」など、就活生が「就活」という営みに戸惑いを覚える理由がいくつか記されている。


記事を読み、朝井さんが一番伝えたかったことは、「学生と社会人の壁」を良い意味で壊していくべきだということなのだと僕は感じた。朝井さんによると、大学生活の中で大学生としか付き合っていない人は「大人も実はたいしたことない。普通の人だ」という事実に気づくことができず、ゆえに面接でも「面接官はすごい人なのだから、普通のことをしゃべるだけでは足りないのでは・・・」と思ってしまいがちになるという。そのような事情がひいては、就活生・面接官間のコミュニケーションを歪ませてしまうということだろう。


誤解しないで欲しいが、これは「社会人は全然たいしたことないんだから、就活生は彼ら・彼女らを見下していって良い」という主張ではない。朝井さんの考えは「学生対社会人という触れ合いではなく、もっと人間対人間の触れ合いができれば良い」というものだ。この考えに反対する人は、恐らくいないのではないか。


もっとも朝井さん自身、どのようにその考えを具体化していくかという点については頭を悩ませている。単純に考えれば「大学生活の中で社会人と関わる機会を設ける」というアイディアが思い浮かぶだろうし、それは僕も考えてみたことだったが、そのアイディアについて朝井さんは「大学生活の中で社会人と関わる機会を増やせばいいか、というと、それはきっと実行されたその瞬間に別の意味になってしまうと思います。例えばインターンを促すとか、有名会社の若手エリート社員を講師に呼んで講演会を催すとかになると、入り口から違ってしまう。学生と社会人としての出会い方では、学生は初めから社会人を見上げてしまいます」と実効性の無さを指摘している。


朝井さんの言う「人間対人間の触れ合い」が実現されるためには、その人間同士が互いに「この人も同じ人間であり、対等だ」という意識を持つ必要があるはずだ。しかし現在、そのハードルとして「社会人」という言葉の存在が挙げられるように思え、つくづくこの言葉は邪魔だなぁと感じる。というのも、「社会人」という言葉には「会社など、どこかで働いてから初めて"社会に出た"といえる=学生は"社会に出ている"とはいえない」という暗黙の了解が感じられ、それがひいては「社会人が上・学生が下」という上下関係を生み出していると僕は考えているからだ。かといって、「"社会人"という言葉を無くしていこう」という、何かを言っているようで何も言っていないことを書いてもしょうがないわけで、僕もこの点に頭を悩ませている。


ただ、「社会人」という言葉自体を無くすことはできなくても、せめて「社会人」という言葉のイメージを変えることはできると思う。その例として、かつて海外ニートさんが述べたような「人は誰でも生まれた瞬間から"社会人"なんだぜww」という発想を導入することが挙げられる。この発想をもって、例えば学生・現在無職の人らが「自分は今は働いているわけじゃないから・・・」と自虐的になることを防ぎ、企業で働く人を過度に崇めるのを止めさせることができるのではないかと考える。この発想方法が適切かどうかはわからないが、少なくとも「学生と社会人の壁」を壊すためのアプローチがもっと検討されるべきだということは確信している。


「学生と社会人の壁」を壊すためのアプローチを検討することが必要だという考えに共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします。
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No title

就職活動関連の本を読んだり、セミナーに参加してみると社会人(特に面接官や人事)の人を過度に優秀だと思わせすぎているのではという面があると思います。
勿論、社会人の人がダメだというわけではないです。
逆に今のこういった時代に正社員なわけですから、一昔前の社会人よりも優秀だと思います。
ですが、社会人や面接官万能説とまではいきませんが、妙に持ち上げられているというか……

また、就職活動をなかなか始められない人の中というのは、lingmuさんが何回か記事を書いた主体性の問題もあると思いますが、私は妙に就活に対するハードルが高いことも原因だとも思っていますが、更にその要因として、上記のような事もあると思います。

言いがかりに近い形になりますが、就職コンサルタントの方や就活関連の仕事をしている人は社会人は凄い、人事の人はなんでも見抜ける位にしておいた方が社会人で元人事の私は凄いんですと学生等に言え、尚且つ仕事もしやすくなるから社会人(特に人事関係の人)を必要以上に持ち上げるのかもしれませんが。

Re: No title

> 11卒業務未経験無職 さん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>就職活動関連の本を読んだり、セミナーに参加してみると社会人(特に面接官や人事)の人を過度に優秀だと思わせすぎているのではという面があると思います(中略)ですが、社会人や面接官万能説とまではいきませんが、妙に持ち上げられているというか……(中略)私は妙に就活に対するハードルが高いことも原因だとも思っています

適切な分析だと思います。実際、以前takeshiさんという方が「就活で自分が落ちるのがわかるからなかなか行動しない」人の存在を教えてくださいました(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-390.html)。

>言いがかりに近い形になりますが、就職コンサルタントの方や就活関連の仕事をしている人は社会人は凄い、人事の人はなんでも見抜ける位にしておいた方が社会人で元人事の私は凄いんですと学生等に言え、尚且つ仕事もしやすくなるから社会人(特に人事関係の人)を必要以上に持ち上げるのかもしれませんが。

いやー、クソですね(笑)実際、就職コンサルや就活関連のライターなんかはただ「自分の主観」を垂れ流しているだけの場合がほとんどだと思いますが。

No title

社会人をやっている面々に対して優れている思うのはその場その場への「適応力」ですね。

別に思考力とか学力とか持ってる資格とか人を見抜く力とか人格とかがすごいとは思いません。
(もちろんそこがすごい人も中にはいますが)
個で発揮する力はあまり問題ではないような感じです。

ただ、その場の空気を読んでどんな態度でどういう役割をとればいいのか、どうすれば自然と自分の立場や評価を守れるのか。孤立しないか。相手を刺激しないか。
あとは仕事の質や量に対して自分の好き嫌いがあっても疲れも飽きも見せず平然とこなせるとか。
そういう力なんだな。という印象です。

そういうとにかく器用な人が生き残るって当然なような納得いかないような。。。どうなんでしょうね。

Re: No title

> とも さん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>別に思考力とか学力とか持ってる資格とか人を見抜く力とか人格とかがすごいとは思いません。
(もちろんそこがすごい人も中にはいますが)

直木賞をとった「何者」の著者、朝井リョウさんも「大人も実はたいしたことない。普通の人だ」と言っていますね。

>そういうとにかく器用な人が生き残るって当然なような納得いかないような。。。どうなんでしょうね。

器用さも一つの力ですし、「当然」といって良いのではないかと僕は思います。

妙案

「おい、デュエルしろよ」
TCGなど老若男女入り乱れて遊べばええねん
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