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朝井リョウさん「就活の時期は、人を測る目盛りが"内定がある・内定がない"というたった一つだけになる」

朝井リョウさんといえば、就活小説「何者」もすごく面白いけれど、中央公論「大学と人材─"育てる""求める"の乖離」に掲載されている「なぜ僕たちは"就活"におびえるか」というエッセーもとても面白い。


そのエッセーの最後の方で「就職活動中はみんな人間的に少し歪むようなところがあります」という記述がある。そして、朝井さんはその理由として「それまで(就活の前)は、勉強ができるとか、スポーツができるとか、面白いとか、その人を測るための様々な目盛りがあったのに、この期間(就活中)の目盛りは"内定がある・内定がない"というたった一つだけになる」というものを挙げている。漠然とこのような違和感を覚えている人は少なからずいるだろうけれど、このように違和感の中身をきちんと言語化してもらえるとやはりすっきりする。


そういえば、前回に記事で取り上げた「ぱらすてるの神託」というブログの「就活感想日記」という記事でも、就活前と後で人間がすっかり変わってしまった「"ぱらすてる"さんの友人」が登場する。友人の言動の変わりっぷりがとても笑えるので、それをそのまま引用する。

(内定前)「ぱらすてるさん、何かおすすめの就活本無い?」
「エントリーシート見せ合って添削しようよ!」
「説明会一緒に行かない?」
「就活ホント怖い……」
「一緒に頑張ろうね!」
「理系はまだ研究室始まってないし、面接で話すことがないので辛いよ……」



(内定後)「ぱらすてるさん理系なのにまだ就職決まってないの?wwww」
「グループディスカッションで周りの奴らみんな頭悪くて困ったわwwww」
「理系なのに就活決まってない人、本当に煽りたいわww」
「(僕の大学院進学がなんとか決まった時)なんだー。もうぱらすてるさんを煽れないじゃんwwwww」

これを読んだ当初は、単に「"ぱらすてる"さんの友人ダサすぎワロタ」としか思わなかったのだが、朝井さんのエッセーと合わせて読み返してみると、これも就活中の時期における人の評価が「内定が出る・出ない」という1点において決まるという例の一つなのだという見方が出来るようになった。さすがに、この例は極端なものだと思いたいが・・・。


当たり前だが、内定が出ている人・内定が出ていない人共にそれぞれ「長所」、「短所」双方がある。しかし、朝井さんの言うように人を評価する際の目盛りが「内定が出る・出ない」という単一のものになることによって、内定を得ている人は「長所ばかりを備えている人間」とみなされ、逆に内定を得ていない人は「努力を怠って、短所ばかりある人間」とみなされる傾向が少なからずあるのではないか。そして、そのようなものの見方が、就活がなかなか決まらない人を精神的に追い詰めていくのではないか。


このような見方に陥らないために、これまた朝井リョウさんの「何者」における記述が参考になる。「サワ先輩」という登場人物が、主人公に次のように述べる場面がある。

お前、こんなことも言ってたよな。「メールやツイッターやフェイスブックが流行って、みんな短い言葉で自己紹介をしたり、人と会話するようになったって。だからこそ、その中でどんな言葉が選ばれているかが大切な気がする」って。俺、それは違うと思うんだ。だって、短く簡潔に自分を表現しなくちゃいけなくなったんだったら、そこに選ばれなかった言葉の方が圧倒的に多いわけだろ。だから、選ばれなかった言葉の方がきっと、よっぽどその人のことを表しているんだと思う(中略)ほんの少しの言葉の向こうにいる人間そのものを想像してあげろよ、もっと

勿論、これは「内定が出る・出ない」という話云々とは直接関係するものではない。しかし僕の理解では、朝井さんはこの「サワ先輩」の言葉を通じて「人の言動・置かれている立場の一部分を見て、即ち単純な目盛りをもってその人を評価することがなぜおかしいのか」を伝えようとしたのではないかと思っている。単純な目盛りで人を判断しようとする自分がいると感じたとき、一度「何者」、「なぜ僕たちは"就活"におびえるか」をそれぞれ読んでみると良いかもしれない。


「内定がある・内定がない」という目盛り「だけ」で人を評価する流れに歯止めをかけるべきだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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初めて書き込みします

初めまして、ダルシムと申します。この記事に思うところがありましたので初めて書き込みさせて頂きます。

ぱらすてるさんの友人が中学時代の友人に似ていてびっくりしました。

就活を始めた1月の初旬頃はセミナーや合説に誘ってくれて就活の不安やアドバイスをし合ってたのに、友人が6月に内定を出した途端、まだ決まってないの?や自己PR自慢などを聞かされるようになりました。

一番酷かったのは私が既卒になってから友人に相談した時、「俺はボーナス貰えるけどお前はバイト並みのやっすい給料で頑張れよ(笑)」などと煽られたことでした。

私が思うに、内定が出てる人はNNTの知り合いを見て自分が優れた人間だと感じてしまうのでは
ないでしょうか。

現に私の友人も内定が出てからはフリーターや求職中の同級生を見下してる感じがしましたし。

正社員になりにくいといわれている状況下で内定をとることは凄い=自分は優れた人間と思うのは仕方ないことだと思いますが、私は手のひらを返すANTの人達を見て、選民思想すら
感じます。

なぜ、日本の就職活動はここまで捻じ曲がってしまったのでしょうか?

この問題に関しては、やはり必要以上に不安を煽るマスコミやその尻馬に乗る評論家の要素も大きいですし、それ以上に煽られる学生の親にも問題があると思いますね。

Re: 初めて書き込みします

>ダルシム さん

はじめまして、コメントありがとうございます。

>一番酷かったのは私が既卒になってから友人に相談した時、「俺はボーナス貰えるけどお前はバイト並みのやっすい給料で頑張れよ(笑)」などと煽られたことでした。

ダルシムさんのご友人のことを悪く言うのは失礼かもしれませんが、その友人の方は相談に乗る立場の人としては、とにかく無能だと思いました(笑)

>なぜ、日本の就職活動はここまで捻じ曲がってしまったのでしょうか?

この点に関しては、就活が悪いのか、それとも人を見下し出す個人が悪いのか、ちょっと答えを出しかねています。

Re: タイトルなし

> たろうさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>この問題に関しては、やはり必要以上に不安を煽るマスコミやその尻馬に乗る評論家の要素も大きいですし、それ以上に煽られる学生の親にも問題があると思いますね。

ダルシムさんへのコメント返信でも書きましたが、僕はこれが就活の慣習・システムに関する問題なのか、それとも単に人を見下す個人の問題なのかがあまりよく分かっていません(笑)今日の記事を叩き台にして、もう少し考えてみようと思っています。

No title

このことは就活の問題なのか、個人の問題なのか、答えを出しかねている、という管理人様のスタンスに共感します。

私自身、研究職への就活で、就職できた人の残酷さを見てきて、それは個人の問題でもありますが、就活の中で勝ち組になった人は、負け組に対して残酷になる、というのは事実だと思います。
そういう人は、もともと、人間的によい人ではなかったのは確かなのですが、勝ち組になるまではいやなやつではなかったのに、勝ち組になったとたん、異常な優越感に浸り、相手を見下すのです。
私はそういう人たちに対し、「あなたの言葉には思いやりがない」とはっきり言ってやりましたが、それに対する彼らの反応は、「あなたのように物をはっきり言う人は日本では就職できない、アメリカでも行けば」とか、「あなたのことは優秀な研究者だと尊敬していたけど、そういうことを言われて残念だ」とかいったことでした。もちろん、そこでつきあいは終わりました。

彼らのような態度ではない人たちもいたので、これは個人の問題なのだろう、という気はするのですが、就活によってあらわになる人間性であることは確かだと思います。

私自身、ああいうことを言った人たちは、研究者として尊敬できる人でなかったし(実際、彼らはコネで就職したので、業績はたいしたことなかった)、人間としてもどうかな、と思うところがあったので、ああいう人たちとつきあったのが間違いだったと、今は思っています。

追記です

上のことに関連して、就活生に残酷なことを言う面接官も、個人の問題なのか、就活の問題なのか、考えてみる余地はありそうですね。
面接でひどいことをいうやつは、ふだんからひどいことを言って、人から嫌われている、と私は思っていますが、ふだんはそれほどひどいことを言わない人も、面接の場になると残酷になってしまう、というケースもあるのだろうか、と。
面接官も社内では上司や同僚からいじめにあっているかもしれないわけで、ふだんはいじめられる側が、面接では強い立場なので、いじめる側になってしまう、とか。
いずれにしろ、個人の問題であることには変わりないのですが、就活のような強者と弱者がはっきりする場所だと、そういう人の残酷さが出てしまう、というのはありそうです。

No title

そりゃ内定が無い側の人間の目線からは、就活(内定の有無)と人間性がリンクしやすいんだろうけど・・・。
実際、こういうの他の人生イベントでいくらでも言えると思うぜ?
受験、恋愛、部活動、出世、結婚、育児などなど

いずれにせよ徹底的に勝ち負けに拘って、自分未満を見下したがる人はどこにでもいるのです。
別に内定の有無の問題じゃなくて内定先同士でも優劣つけたがる人なんで、無内定だから追い詰められるんだ、ってことはない。

すぐに「追い詰められてる」と考え込む人は他人の目を意識しすぎなんじゃないか?
就活の人生イベントでの重要性が増しているから今回槍玉に上げられたのだろうが、
いずれにせよ社会制度というよりかは個人が弱いからなんじゃないかなー。

Re: No title

> ななしさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>彼らのような態度ではない人たちもいたので、これは個人の問題なのだろう、という気はするのですが、就活によってあらわになる人間性であることは確かだと思います。

「就活によってあらわになる」という表現を見て、個人的には結構すっきりしました。これはどちらかというと個々の人間性の問題であり「就活の~な点を是正すべきだ」という話へと発展していく余地はほとんどないと思いますが、就活が人の「自分未満を見下したがる気質」を顕在化させる側面があるということは一応一言述べておく必要性がある話だと思います。

>就活生に残酷なことを言う面接官も、個人の問題なのか、就活の問題なのか、考えてみる余地はありそうですね(中略)面接官も社内では上司や同僚からいじめにあっているかもしれないわけで、ふだんはいじめられる側が、面接では強い立場なので、いじめる側になってしまう、とか。

確かにそういう側面はあるかもしれませんね。

Re: No title

> のさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

「ななし」さんへのコメント返信で、「の」さんに書きたかったことも大体書いてしまいました(笑)僕自身「個々の人間性の問題としての側面が強い」と結論づけたので、多分その点で意見は一致しているのではないかと思います。

確かに友人との会話で就活の話になるとNNTの人にとって辛いものがありますよね・・・。

それがうつ病や自殺に繋がる場合があるので、もはや日本のガラパゴス就活は立派な社会問題ですよ。

もうこれは法律で定めない限り良くはならないんじゃないだろうか?

例えば企業は卒業が決まった学生しか筆記試験や面接することができないとか。

そうすれば学生は勉強に集中できるし、企業も学生がちゃんと卒業できるか気にせず採用活動できる。

Re: タイトルなし

> 雨宮 さん

こちらの記事にもコメントありがとうございます。

>もうこれは法律で定めない限り良くはならないんじゃないだろうか?例えば企業は卒業が決まった学生しか筆記試験や面接することができないとか。

あまりに規制の程度を強めると、今度は企業の採用活動の自由が過度に侵害されてしまいます。かといって、企業が好き勝手に行動すれば就活生側が精神的な損害などを被りやすくなりますし・・・。両者の利益の調整が難しいところです。
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