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茂木健一郎さんの「日本の大学教育・大学入試」に対する憤りはもっともだ

昨夜、「日本の大学教育はこれでいいのか?茂木・常見のデスマッチ」と題した、茂木健一郎さんと常見陽平さんの対談を開始20分過ぎくらいから見た。この2人の間には新卒一括採用・大学入試に関する考え方に相違があって、常見さんは著書「意識高い系という病」で約10ページにわたって茂木さんを批判していたので、そんな2人が対談をするということに興味を持った(http://blog.nicovideo.jp/niconews/ni038645.html)。

<追記>
対談の動画がyoutubeにアップされていたので、紹介したいと思います。最初の15分くらいまでは、茂木さん・常見さん共にキレていて、ちょっと面白い。


本来ならば、茂木さん・常見さんの間で意見が衝突したトピックを記事で取り上げるのが妥当だろう。しかし、対談を見ていた人は分かると思うが、どうも常見さんの話がめちゃくちゃで、且つ一つ一つの話が無駄に長く、コメントにも「常見チェンジ」、「(一応同席していた)池田信夫と代われ」という意見が殺到していたくらいだったこともあって(そして、常見さんはコメントを見て怒り出し、茂木さんらに「コメントなんか気にしなくていい」と諭されていた・・・)、そのような形で記事を構成するのは少々難しい。そこで、茂木さんと池田さんの話を取り上げたい。


対談の中で茂木さんが怒りをあらわにしていたことの一つが、僕の言葉で表現すると「社会が学生に、何の役にも立たない知識を身につけることを求めていて、そのことが学生の可能性を奪っている」点であるといえると思う。歴史の細かい年号の丸暗記だとか、英文和訳・和文英訳をするだとか、「大学で学ぶ」、「仕事をしていく上で役に立つ」という観点から全く無駄なタスクを学生に課している点が問題であるという。


どういう意味で無駄なのかというと、例えば「英文和訳・和文英訳」については茂木さんの過去記事「日本の大学入試、英語問題の改革を」における「時代がかわって、インターネット、グローバル化の時代になった。このような時代には、英語をいったん日本語に直して理解、処理していたのでは、スピードが間に合わない。英語で読み、英語で話し、英語で書くという"直接性の原理"の中に自らを投げ込まなければならない。このような時代に、日本の大学の英語の入試は、すっかり時代遅れとなった」という記述が参考になる。これはつまり「英文を日本語で表現する」という能力を身につけることがこれからの社会を生きていく上で何か役に立つのかというと役に立たないということ。にも関わらず、大学入試がこのような能力を備えることを学生に求めている現状があるということが伺える。また、歴史の年号を入試で問うことに関して、茂木さんは以前次のようにつぶやいている。加えて、予備校が作成する「偏差値」によって、茂木さんが「無駄」と評するタスクを高レベルでこなせる人こそが優秀だという価値観が根付き、受験生もその「偏差値」を高めることで希望の大学に入ろうとすることを目標としてしまっている現状がある点に茂木さんは憤りを覚えている。学生が茂木さんのいうところの「古い学力」の鍛錬に時間を費やし、その分これから生きていくにあたって必要な能力の鍛錬に割く時間が削られる、あるいは一切時間が割かれない現状がもしあるとすれば、それは確かに問題ではないだろうか。


かくいう僕自身、以前「就活が茶番な訳は、企業が就活生に求める努力のベクトルがおかしいからではないか?」という記事を書き、そこで「別に就活生に求めるハードルを上げるのは仕方がないけれど、一方で就活生に"PCではなく、時間がかかっても手書きでエントリーシートを書き上げなさい!"といった"そのタスクをこなすことが入社後に何か活きてくるのか?"という疑問を感じざるをえないようなタスクを課すのは止めるべきだ」という主張をした。この点については、茂木さんと問題意識は同じかもしれない。


ただ、池田信夫さんがおっしゃったこととしては、池田さん自身が記した「霞ヶ関の権威と権力」という記事の内容と同様のもので、「(科挙は)特定の専門的な成果(performance)を問う試験ではなく、任意の問題を処理する能力(competence)を問うシグナリングなのだ。この場合、問題の内容には意味がなく、それを解くコストが小さいことをシグナルできればよい。この伝統は日本の大学入試や就職試験にも受け継がれ、企業は学生がどんな専門知識をもっているかは意に介さない。偏差値の高い学生は、つまらない仕事でもこなせる順応性が高いことをシグナルしているのである」ということだ。つまり、茂木さんは入試問題に対して「なぜ、そんな無駄な問題を作るんだ!」と憤っていたわけだけれど、池田さんの話からすれば、日本企業が必要としているのはその「無駄な問題」に文句を言わず付き合えるかどうかであり、むしろ問題の内容に意味があっては困るとすらいえると思う。


ただ池田さんも、そして勿論茂木さんも、このような形の入試がもはや限界であることは実感されているように僕個人は感じた。茂木さんのいうところの「学力観が古い」入試問題を再考し、学生が無駄な能力を養うことに時間を費やす現状は改めていくべきではないだろうか。

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非公開コメント

僕も見たかったですね、常見さんの取り乱すところ(笑)それはともかく、僕が問題だと思うのは、「答えは必ず1つで、それ以外の答えや合っていたとしても、考え方(数式など)が違っていると無下にはねられる」日本の教育そのものなんです。そう教えられた生徒や学生は自分たちが試験や受験で失敗するのが嫌だからその答えに疑問を挟まない、というより挟めないようになってしまい、一言で言えば、融通の利かない大人になってしまう。その結果として、紋切り型の回答しか出来ない学生や所謂「意識の高い学生」が生まれてしまうと思うんですね。この「右へならえ」状態を結局日本の教育システムが産み出しているとしか思えません。政治家や教育の専門家の皆さんには、すぐにでもこのシステムの改良を申し立てたいと思うのですがどう思われますか?

Re: タイトルなし

> たろうさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>僕も見たかったですね、常見さんの取り乱すところ(笑)

かなり面白かったんですけど、一方で常見さんのことを「可哀相だ」と思ってしまうほど、コメントは厳しいものが多かったです・・・。

>僕が問題だと思うのは、「答えは必ず1つで、それ以外の答えや合っていたとしても、考え方(数式など)が違っていると無下にはねられる」日本の教育そのものなんです

これはよく、日本の教育の問題点として指摘されるものですよね。確かに、これは問題だと思います。教育に関しては、他国から学べるところは学んで良いのではないかと思います。その上で、具体的にどう改良するか、そのプロセスを考えていくことが重要となるでしょう。

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No title

いやいや、茂木さんあんた本当に東大卒?
少なくともある程度のレベル以上の大学入試で、年号や語句なんて
中学や高校の小テストみたいな些細な問題で合否決める大学なんてないでしょ。
過去問みりゃわかるけど、そんな重箱の隅みたいなことより、
人文系なら論理的に自説を述べる能力、理科系なら法則なり公式なりに基づいて証明や解答に導く能力の方が重要で、予備校も学校もそう教えてると思いますけどね。
仮に暗記だけで入試突破できたところで、そんな学生は入ってからもなかなか成功できないだろうし。
正直この手(画一的とか知識偏重とか)の教育批判って、茂木や池田に限らず何十年も前から言われてきたことで、もはや「批判のための批判」になってるような。
わかっててあえて紋切り型の日本的教育批判してるとしか思えませんねー。

>たろうさん
>答えは必ず1つで、それ以外の答えや合っていたとしても、考え方(数式など)が違っていると無下にはねられる
いやいや、少なくとも高等教育においては、
「正解はない」ってのが大前提だと思いますけど。
算数や数学の塾だって、面白い教師はいろんな解法を生徒に提示してみせますよ。

たろうさんが言っている内容は、学科教育よりも、教師や先輩には絶対服従という体育会系的道徳教育の方に反映されてると思う。

No title

私の言いたいことの半分はApassionさんが言ってくれました
今の入試問題は思考力を鍛えるうえで非常に良くできてて、これをなくすことはかえって退化になってしまうと思います。

ただ、筆記試験の問題がいかに良問でも測れない能力ってのは確実に存在します。
この部分をどう測るかが非常に悩みの種で、企業の採用担当も頭を悩ませ、
面接で変な質問をしたり圧迫したり工夫してるのでしょうね。

ただ、どうも上手くいってるようには感じません。
今の離職率をみても、面接偏重にして特に良い事があったようには感じないです。
だからどうしたらいいって、何かアイデアがあるわけではないんですが。。

No title

Apassionさんの意見に激しく同意です。

また、茂木さんの記事にある、京都大学は、というのは、確かに京大の入試は紋切り型だそうです。
知り合いの東大生によると、京大の入試の問題は紋切り型が多く、東大の入試の方が思考力を問うものが多いそうです。自分は東大だから合格できたけれど、京大だったら合格できなかっただろう、とその人は言っています。(でも、なぜか、研究者は京大の方が優れて目立っているのですが。)
しかし、京大の例をあげて全体を言うのは反則というか、京大のような入試が一般的とは思えません。むしろ、今の大学入試は非常に多彩になっていると思います。センター試験利用のようにマークシートだけでよいものや、学力を問わない面接入試などなど。

茂木さんの記事のうち、TOEFLを入試に、というのは今、自民党が検討していることですが、これについては和田秀樹氏が反対しています。茂木さんはTOEFLと普通の英語の入試の両方をしてみるといい、と言っているのでいいのですが、TOEFLだけだと受験料がかかり、貧しい受験生は不利です。
まあ、TOEICが猛反発するのは目に見えているのですが(TOEICに政治献金しろと言っているのか、と疑ってしまう)。

No title

(続き)
その茂木さんの京都大学の入試問題から始まる記事を読んで思い出したのですが、
京大の入試は紋切り型、という批判は東大生が京大を批判する言い方で、これはもうずっと昔からあるまさに紋切り型の京大批判なんですね。
なのに、思考力が問われる東大よりも京大の方がどうも研究では勝っている。なぜか。
おそらく、京大の紋切り型入試は記憶力理解力などの基礎能力の高い人をとるためで、そういう基礎能力の高い人を中でしっかり教育して、応用力や思考力を身につけさせる。
一方、最初から思考力の高い学生をとる東大は、入ったら、先生、何もしないです(東大は大学院だけ行った)。
学生はほうりっぱなし、なので、勉強する人はすごく勉強するが、東大に入って安心した人は何も勉強せず、当然、頭はからっぽに(企業の人が東大卒は使えない、というのはこういう人のこと?)。
英語も、東大の英語は丸暗記や紋切り型の入試ではないですが、東大に入って安心して英語をまったく勉強しなくなり、それで東大生は英語ができない(と、東大の学部から院に来た人が言っていた)。

以上は、私がかなり昔に東大の院にいたときの話をもとにしてますので、話半分に聞いておいてください。また、京大に関してはまったくの憶測です(行ったことないので)。ただ、京大の入試問題を批判するのはずっと昔からあったことというのだけは本当です。
でも、結果的に、京大の方が研究では勝っているみたいなんですから、京大型入試問題は本当に悪いのか、と思ってしまいますね。

Re: タイトルなし

> 非公開コメントをくださった方へ

はじめまして、コメントありがとうございます。また、当ブログを数ヶ月にわたって読んでくださっていたとのこと、嬉しく思います。

>大学入試に社会で生かせる実学を課すべき=高校教育では実学を学ばせるべき、ということになると思うのですが、年号を覚えるのは確かに社会で役に立たないと思うのですが、教養として知っていてもいいと思うんです
理由がこれだけなので現行の入試賛成の説得力は弱いですが、特にこのままで問題があるとはあまり思わないのです

このコメントの後に、同じく「現在の入試にはそれほど大きな問題はない」という趣旨のコメントが多数寄せられましたね(笑)ちょっと茂木さんの意見に引きずられ過ぎてしまった感があり、反省ですね・・・。

>今、東大で面接のある推薦入試の導入が決定されましたが、変に主観の絡む入試制度にすると、就活のような不満が出そうですね

同様の批判が「脱社畜ブログ」というブログの「東大に推薦入試なんていらない(http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2013/03/13/204449)」という記事でなされているので、興味があればぜひ読んでみてください。ちなみに僕は今のところ、「筆記試験のみによる入試も行われる」という条件が備わっている状況下における推薦入試の実施には賛成という立場です。

Re: No title

> Apassion さん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>少なくともある程度のレベル以上の大学入試で、年号や語句なんて中学や高校の小テストみたいな些細な問題で合否決める大学なんてないでしょ。過去問みりゃわかるけど、そんな重箱の隅みたいなことより、人文系なら論理的に自説を述べる能力、理科系なら法則なり公式なりに基づいて証明や解答に導く能力の方が重要で、予備校も学校もそう教えてると思いますけどね。

茂木さんが言っているのは「別に合否に大きく影響しないとしても、そういう重箱の隅をつつくような問題を出すべきではない」という主張だと僕は理解していますが、一方でApassionさんがおっしゃっているように、大学が入試において重視しているのは「重箱の隅をつつく問題に正解すること」というよりは「基本的な問題をきちんと解けるか」だと僕も感じるので、それを踏まえると現在の大学入試をそこまで批判する必要性もないのかなという考えに至っています。上の非公開コメントへの返信にも書きましたが、今回の記事は茂木さんの考えをかなり鵜呑みにした上で書いてしまったので、そこは反省です・・・。

Re: No title

> とも さん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>ただ、筆記試験の問題がいかに良問でも測れない能力ってのは確実に存在します。この部分をどう測るかが非常に悩みの種で、企業の採用担当も頭を悩ませ、面接で変な質問をしたり圧迫したり工夫してるのでしょうね。

ただ、どうも上手くいってるようには感じません。今の離職率をみても、面接偏重にして特に良い事があったようには感じないです。だからどうしたらいいって、何かアイデアがあるわけではないんですが。。

「だからどうしたらいいか」は正直僕もよく分かっていません(笑)多分わかっている人はほとんどいないのではないでしょうか。一つ言えるのは、入試にしても面接にしても、「なぜ~な課題・質問を課すのか」という目的意識だけは最低限持っておくべきだということくらいですかね・・・。

Re: No title

> ななしさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>また、茂木さんの記事にある、京都大学は、というのは、確かに京大の入試は紋切り型だそうです。知り合いの東大生によると、京大の入試の問題は紋切り型が多く、東大の入試の方が思考力を問うものが多いそうです。

なるほど。僕は東大を受けていないので、ドラマ「ドラゴン桜」を見た記憶に頼るしかないのですが(笑)、確かにドラマで桜木先生は受験生に細かい知識を覚えることを求めていなかったような・・・。・・・なんか、すごく頭悪い文面になってしまいましたね(笑)すみません。

>茂木さんの記事のうち、TOEFLを入試に、というのは今、自民党が検討していることですが、これについては和田秀樹氏が反対しています。茂木さんはTOEFLと普通の英語の入試の両方をしてみるといい、と言っているのでいいのですが、TOEFLだけだと受験料がかかり、貧しい受験生は不利です。

「TOEFLを入試に」というのは理想論としてはアリかと思いますが、おっしゃるとおり受験料の問題と、あとは難易度の観点からも妥当ではないと感じます。僕もTOEFLを受けたことがありますが、海外経験のない高校3年生が解けるレベルとは到底思えません。僕が高校生だったら「TOEICすらまともにできないおっさん・おばさんたちが、僕らにTOEFLを課すなよ」と感じるだろうなぁ・・・と想像します。

>おそらく、京大の紋切り型入試は記憶力理解力などの基礎能力の高い人をとるためで、そういう基礎能力の高い人を中でしっかり教育して、応用力や思考力を身につけさせる。一方、最初から思考力の高い学生をとる東大は、入ったら、先生、何もしないです(東大は大学院だけ行った)。学生はほうりっぱなし、なので、勉強する人はすごく勉強するが、東大に入って安心した人は何も勉強せず、当然、頭はからっぽに(企業の人が東大卒は使えない、というのはこういう人のこと?)。

なるほど。この東大に関する見解が正しいとすれば、その状況下で推薦入試をやるのも相当微妙な気がしますね・・・。ポテンシャルがある人が入学したとしても、その人を放置してしまったら、伸びるものも伸びなくなってしまうでしょうね。「話半分に聞いておいてください」とありますので鵜呑みにはしませんが、一つの意見として面白かったので頭に留めておきたいと思います。

No title

入試問題についていえば、確かに多くの割合を占める私大文系学部の入試は「知識暗記型」の問題が多く、早慶などでも入試問題を見る限り特に地歴の問題でその傾向にありますね。一方、東大や一橋大など、国立大学は論述問題が中心になっているようで、そもそも地歴を入試に課す大学があまりないようです。

私は入試の時点では理系だったので、あまり詳しいことはわからないのですが、少なくとも、私大文系受験生については、トップレベルの受験者でも「ただひたすら暗記に苦闘している」印象を受けましたし、詰め込み教育を強いられている感じは理系よりも遥かに強い気がしました。

ただ、理文に関係なく、思考よりも知識吸収が求められる場面が多いというのは非常に感じます。私大は受験者が多い都合上、マークシート採用率も多いですし、入試の密度を求めるのもなかなか難しいですね…

Re: No title

> 文転就活生さん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>確かに多くの割合を占める私大文系学部の入試は「知識暗記型」の問題が多く、早慶などでも入試問題を見る限り特に地歴の問題でその傾向にありますね。一方、東大や一橋大など、国立大学は論述問題が中心になっているようで、そもそも地歴を入試に課す大学があまりないようです

対談の動画を貼り付けましたが、その中で茂木さんは早稲田の政経の入試で出題された「年号の並び替え」問題を嫌っていることを述べてましたね(何分くらいかは忘れましたが・・・)。茂木さんが国立大学の入試を好意的に述べている声も特に聞いたことがありませんが、彼からすればどちらかというと国立のやり方を支持しそうな気がしますね。

>少なくとも、私大文系受験生については、トップレベルの受験者でも「ただひたすら暗記に苦闘している」印象を受けましたし、詰め込み教育を強いられている感じは理系よりも遥かに強い気がしました。

おっしゃるとおり、特に歴史を勉強する際には細かい知識を少なからず頭に入れておくことを意識しないといけなかったですね。もう殆ど何も覚えていないですけど・・・(笑)

No title

動画見ました。思った事は以下です。

①まず新卒一括採用は年齢差別である、という茂木さんの質問に常見さんは答えていない、という事。→明らかに違法でしょ。
②茂木さんはエリート論としてはOKだと思うけど、一般論としてはちょっと・・・。
③新卒一括採用は弱者(まあFランク大学とかかな?)を救うという常見氏の意見は本当かよ?
④なんだかんだで池田氏が一番、言ってる事がまともだと思いました(笑)

エリート論はエリート論として議論すべき。社会は何を求めているか具体的にしてそれに対する教育を整備すべきといういつもの感想しか思い浮かばなかったなー。
ツイッターより↓

外国人名言集@GLOBALPOWER

『日本人の人生の分岐点って会社選びじゃないですかー?チェコやドイツ、イギリスは、学校の専攻選びが分岐点なんですよ。専攻によってほぼ仕事が決まるんですよ。例えば心理学専攻だったらマーケティングか人事ですね』チェコ出身男性より


Re: No title

> takeshi さん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>動画見ました。思った事は以下です。

動画を見た多くの人は「茂木さんはエリートのための、常見さんは"普通の人"のための教育論を語っていた」という感想を抱いたようですね。僕は、茂木さんが「エリート論」を語っているとはそれほど感じなかったんですけどね(笑)茂木さんが言っていたのは「無駄なことを受験生に課して、彼らの邪魔をするな」ということに尽きると思っていて、その問題提起で利益を得るのは、所謂「エリート」だけじゃないと思ったので・・・。

>エリート論はエリート論として議論すべき。社会は何を求めているか具体的にしてそれに対する教育を整備すべきといういつもの感想しか思い浮かばなかったなー。

「社会は何を求めているか具体的にしてそれに対する教育を整備すべき」という視点は、茂木さんも常見さんも一応持っていたのではないかと僕は感じました。茂木さんはこれからの社会は「情報を暗記する能力」よりも「情報はふんだんにある時代だから、それを総合して、どのように自分の見解にまとめるかという能力」を求めているわけだから、そういう能力を持っている人が評価されるようになることを考えているという立場なわけで・・・。常見さんは「実用的な職業教育」の重要性を語っていたので(http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51850043.html)、その視点は踏まえている。別にどちらもそれほど間違っているわけではないと思うので、個人的に不思議だったのはなぜ常見さんが茂木さんに噛み付いていたのかということですね(笑)ただの価値観の違いに過ぎないと思ったので。

No title

こんにちは。

この対談て、きっかけこれ↓なんですねw
http://togetter.com/li/474387

あと、POSSEはいろいろとヤバイですorz
http://togetter.com/li/469164

Re: No title

> 通りすがり さん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>この対談て、きっかけこれ↓なんですねw
http://togetter.com/li/474387

そうみたいですね。このやりとりを見ると、対談が始まってからしばらくの間、茂木さんと常見さんが互いにギスギスしていたのも頷けますね(笑)傍から見てる分には面白かったです。

>あと、POSSEはいろいろとヤバイですorz
http://togetter.com/li/469164

そうみたいですね。僕はposseの本を読むことは勧めますけど、posseの内部に入って活動することはちょっと勧め難いと感じています。

何も出来ない無機能人が社会を劣化させる

茂木さんの問題提起には賛否両論ありそうですが

昨今の大学は何を教えているのか?

時々ふと考えてしまいます。

というのは月平均約ふたり

「大学を出ているのに何もできない無機能人」に遭遇し

いったい此の人は大学で4年間何をやってたんだろう

と思い巡らすからです。

本当は何も出来ないのにまともな人間のふりして周囲を欺いている面々は

自身が社会の足枷になっている現実に気がついていません。

偏差値をなくすことは喫緊の課題でしょう。

偏差値をなくしたあとには

是非大学総定員数を減らし

何もできない大卒者を社会から一掃してもらいたいと切望する次第です。









Re: 何も出来ない無機能人が社会を劣化させる

>前科者 さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>昨今の大学は何を教えているのか? (中略)是非大学総定員数を減らし何もできない大卒者を社会から一掃してもらいたいと切望する次第です。

「大学が増えた→これまでなら大学に進学しない層も大学に進学するようになった→大学生全体のレベルが下がった」という問題を海老原嗣生さんなどが語っています。「偏差値を無くすこと」がこの問題の解決に資するのかは分かりませんが、「大学総定員数を減らす」という道は十分採り得ると思います。

No title

何もできない大卒を減らしたところで、何もできない高卒が増えるだけ

できない人間ができるようになるわけではありません。
もうちょっと前向きな解決策はないですか?

Re: No title

>何も さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>もうちょっと前向きな解決策はないですか?

例えば「DSS」というNPOは、企業が大学成績を参考にしながら採用活動が出来る環境を作ることで、学生はより学業に打ち込み、大学はより教育に力を入れるようになることを目指そうとしています(http://www.npo-dss.com/index.html)。こうした取り組みは「前向きな解決策」の一つと言えると思います。
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