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時間を費やし、借金をしてまで大学・大学院に通う意味はあるのか?

読売新聞に「司法予備試験、今年の出願は最多1万1255人」というニュースが載っていた。現在、司法試験の受験資格を得るためには原則として法科大学院を卒業しなければならないが、予備試験はこの原則の例外に当たり、試験に合格すれば法科大学院の卒業者と同様に司法試験の受験資格を得ることが可能となる。


読売新聞によると、法科大学院の今年度の入学者数は定員4261人に対し3000人程度に留まり、過去最低を更新する見通しとのことだ。実は何気にこのブログで最高の拍手数を得ている過去記事「法科大学院の存在なんか無視して、予備試験の合格者数を増やしていくべきではないか」のタイトル、及び記事本文で記したようなことを多くの人も思っていたということだろうか。


予備試験を受験する人が増え、且つ法科大学院を敬遠する理由は「2~3年もの時間を費やし、高い学費を払わなければ行けない割に、得るものが少ない」という点に尽きるのではないだろうか。予備試験を目指せば金銭面での負担がだいぶ軽減できるし、仕事をしている人は仕事と両立しながら受験勉強に取り組めるし(実際、司法試験予備校の「伊藤塾」のホームページには、フルタイムの仕事をしながら予備試験に合格した人の声が掲載されているhttps://www.itojuku.co.jp/voice/2012/yobi/index.html)、予備試験の合格を目指すことが結果として司法試験で結果を出すことにもつながるだろうし、とにかく良いこと尽くしだ。


「進学する意味が無いから、あるいは進学することが逆にデメリットとしか思えないから進学しない」というのは何も法科大学院に限った話ではなく、今後一般の大学にも当てはまり得る話と言えるかもしれない。勿論中には「~な分野を学びたいから○○大学に進学した」という人も多数いるだろうけれど、一方で「とりあえず大卒にならないとろくな仕事が見つからないからなぁ」という消極的な姿勢から大学への進学を決める人もいるということは明らか。即ち、大学に行く必要性が無い環境がある程度整えば、あるいは大学に行かずに生計を立てる手段を身につけるロールモデルがどんどん可視化されていけば、大学に進学しない・大学を見限って途中で辞める人が増えてもおかしくはない。


そのロールモデルの具体例として、例えばイケダハヤトさんの著書「年収150万円で僕らは自由に生きていく」で紹介されている、受験に失敗したからではなく、能動的に「大学に行かない」という選択をした19歳の若者が挙げられる。その上田和真さんという人は「今は5年前と違って、ソーシャルメディアで人とつながれるし、学ぼうと思えば自分で学べる。金銭的に苦しいのなら大学に行かない選択肢を採るのもありだと思う。よほど研究したいなら別だけれど、借金してまで大学に行く必要はないんじゃないか」と述べ、「ソーシャルメディアを通じて知り合ったデザイナーに弟子入りし、そこでスキルを身につけ、プロとなる」、「同じく大学に行かないことを決めた若者と企業を運営する(https://taxbox.jp/company)」という道を歩んでいらっしゃる。


また、すぐ上で記した「同じく大学に行かないことを決めた若者」のインタビューが日経ビジネスに載っていて、その乾夏衣さんという方も、インタビュアーのイケダハヤトさんからの「大学にいく意味って何だと思いますか?」という問いに対して「うーん・・・、大学って何をやるんだろうなぁ。研究設備が必要なら分かるけど、そうでもなければ、勉強したかったら自分でやったらいいんじゃない?と思います。でも、大学に行かなくて不利になることもあるという意見も正しいと思います。僕自身も、他人には(大学に行かないことを)安易に勧めるつもりはないんです。こんなことが言えるのは、自分がエンジニアで、今は需要がある時期だからだと思っています」と答えている(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32998?page=3)。これも、自分が進みたい道を歩むにあたって「大学進学」が必要ないと判断すれば、後に不利になる可能性を考慮しても進学しないというケースの一つといえる。


イケダハヤトさん曰く「プログラミングやウェブデザインを学びたい有志が集まる私塾」、「"TED"、"まなびー"といったweb上のデジタル教材」など、世には格安・無料で学ぶ機会が溢れているらしい。この情報も考慮すると、例えば「高校を卒業して、自分が興味あるNGO・NPOにボランティアとして参加し、活動に慣れてきたらインターンとして責任ある仕事に取り組みつつスキルをつけ、必要に応じて外部の勉強会・デジタル教材を通じて知識を仕入れ、後に自分のスキル・知識を売りにしてNGO・NPOでの活動を続けるか、学歴にとらわれない企業の採用試験を受ける」という道を選択する人が現れても、あるいは現在すでにいてもおかしくない。見てのとおり、この道には「大学進学」という過程は無い。しかし「大企業に就職したい」という想いを特に抱いていないのならば、この道は下手に大学に行くよりも、結果として自分の生計獲得能力を高めるような気がする(さすがに大企業は、いくらスキルや経験があっても、大学に行っていない人を採用するということは無さそう)。そして、高額の学費も払わなくて良い。


正直、上田和真さんや乾夏衣さんのケースは、単に「ただの特例に過ぎないじゃないか」と片付けることもできる。しかしそれよりは、彼らの考え方を出発点に据えて大学の存在意義を問い直したり、大学に「やばい、うちら見限られてる・・・」という危機感を与えて教育サービスの向上を促したりすることを図る方が生産的だと思っている。


上田和真さんや乾夏衣さんのケースから「時間を費やし、借金をしてまで大学・大学院に通う意味はあるのか?」を考えてみることは有用だという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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まさに僕のことですね(笑)。僕もはっきり言って特に何か学びたくて大学に入学した訳では無く、入った後に若干悩みました。しかしながら、大学には様々な学部や学科があり、他の学部等の学生と触れあえる機会があったり、またはクラブやアルバイト先で自分と違う価値観を持った人々と出会うことでさらに見聞を広めていくことも可能だと思うんです。まあ、別に大学だけに限った話ではありませんけど、少なくとも、自分の人生決定に何らかの要素を加えることも出来ると思います。

No title

私の場合は、化学系の会社に勤めたいという理由で、大学を選びました。

高校の時に先生が、大卒以降でないと行けない企業があると聞いていたというのと、
高校卒業年が今から5年前でリーマンショックが起きたときなので、

「4年後なら経済変わっているんじゃないの?」

と考えていたのが理由です。

今思えば、化学系の会社に勤めたいという理由ですが
「何となく学士をとる」「みんなそうだから」が主だったのかもしれません。

皮肉ながら、就活のおかげで変に(敏感に)、礼儀正しくなってしまったので
一部の上司にウケがいいのは役に立っています(笑)

No title

この「大学に行かない」シリーズは、去年の7月にこの第1回があって、その後、続きがないのですね。
しかも、上の記事に名前があがっている2人の青年は、どちらも同じ会社の関連の人のようで、つまり、事例は1件しかない、ということになります。
また、乾さんという方は高専を5年目で中退して起業した方のようですから、短大2年目に退学したのと同じことになります。決して高卒ではない、と。
しかも、高専ですから、高いスキルを持っているのでしょう。
会社は資本金300万円とのことなので、バックにスポンサーもいると思います。
普通の人なら、300万円あればとりあえず大学に入学はできますから、その金で起業した、と考えるとわかりやすい気がします。

大学時代しか出来ないことって? その1

大学に通う意味を考えるにあたっては大学時代でないと出来ないことは何かを考えることが重要だと思います。

世間で大学時代でないと出来ないみたいに言われていることの中には、本来は大学時代でなくても出来るはずなのに、日本の様々な雇用慣行や労働者の意識のせいで大学時代でないと出来ない、または大学を卒業してからだと大幅に機会が制限されるものが数多く含まれているように感じます。それらのせいで大学に進学することの価値が必要以上に吊り上がっているのではないか、自分達の意識や慣行を見直すことによって少しでも大学進学の価値が必要以上に吊り上がるのを防げるのではないかという疑問をもっと投げかけるべきではないでしょうか。

例えば「社会人になったら海外旅行なんて行けないよ~」と吹き込む社会人がいます。こういった発言は少なからず中学生や高校生の大学進学に対する姿勢に影響を与えると思いますし、現役の大学生も含め「海外旅行=大学時代にしか出来ないこと」といった発想に繋がる可能性があると思います。

確かに働き始めるとなかなか海外旅行(特に長期間や遠方)に行く時間は取れないだろうし、行けても近場で東アジアみたいな話になりがちなのかもしれません。しかしこれは考えようによっては長期の夏季休暇を取る習慣がなかったりだとか有給休暇を思うように取得出来ないといった日本独特の雇用慣行・労働環境に起因するわけです。

他にも留学なんかも大学時代じゃないと出来ないみたいに言われますが、これは現地の大学に通って地元学生に混じってみっちり勉強に励むという意味の留学なら大学時代じゃないと難しいかもしれませんが、ワーキングホリデーとかホームステイとか現地の語学学校に通うとかいう話なら別に大学時代でないと出来ないことではありません。

じゃあなんで留学が大学時代じゃないと出来ないみたいに言われるかというと、やっぱり新卒重視の日本の採用慣行があるために大学を卒業してから留学に行くリスクが高いからなんだろうと思います。僕の親なんかを見ていると、同じワーキングホリデーでも大学を休学して行ったら「留学」と呼んで高く評価し、大学に行かなかった人、あるいは大学を卒業した人が行ったら「プラプラしている」「遊んでいる」みたいな言い方をして見下す傾向があります。こんな人少なくないのではないでしょうか。

大学時代しか出来ないことって? その2

それから同じ文脈で僕が最近特に気になっているのが「学生のみを対象にしたインターンシップ」が広く普及していることです。以前大学時代しか出来ないこととして留学などと並んでインターンシップを挙げている人がいてすごく驚いたんですが、それもそのはず、学生のみを対象にしたインターンシップの多いこと。そもそも「学生インターン」という呼称を用いる団体もあるほどです。大学生しか応募出来ないのであれば確かにインターンシップは大学時代しか経験出来ませんよね(笑)

例えばインターンシップ仲介の大手?のETICではエントリーシートの必須項目に大学・学部名があります。下記の議員インターンも同様です。サイト内のページや宣伝文句を読んでも参加者として学生しか想定していないのがよく分かります。
http://www.etic.jp/about/is
http://www.dot-jp.or.jp/contents.php?id=198
まあ実際に問い合わせたわけではないので実は学生以外でも応募出来るルートがあるのかもしれませんが。

僕が実際に問い合わせた例としてはNPO法人NEWVERYのインターンシップがあります。
http://www.newvery.jp/about/recruit
このNPOはHP上で「学生インターン」を募集していますが、このことについて以前代表の山本氏にtwitterで質問したことがあります。

山本氏によると学生以外の応募は受け付けていないそうで、理由は学生以外が応募する動機が想定出来ないからといった解答でした。想定出来ないことはないでしょ、と僕がしつこく詰め寄ると、日本は新卒主義だから学生限定、とか、まず問い合わせるというのは仕事の基本だから社会人としての基本が備わっているかをチェックするハードルだ、といった答えが返って来ました。

そこで引き下がってしまったことを今は後悔しています。結局なんで学生限定なのかという疑問に対する納得のいく答えは得られてないままです。先日は文部科学省のインターンの案内がtwitterで流れてきて、これも対象者が学生限定になってたので情報の発信者(文部科学官僚の方でした)に何故学生限定なのかと尋ねてみたところ、担当ではないので正確なところは分からないということでしたが、問い合わせ窓口を教えてもらったので休みが明けたら問い合わせてみようかと思います。

ちなみにこれらはボランティア(長期間に渡って特定の組織に所属して従事する形式のボランティア)についても似たようなことが言え、詳細は省きますが僕の身近な事例でも「学生限定のボランティア」というものがいくつかあり、実際になんで学生限定なのかと問い合わせたこともあります。

ウィル・スミス主演の「幸せのちから」という映画があります。実在する人物の半生を描いた作品で80年代のアメリカが舞台なんですが、ウィル・スミスが演じる主人公が6カ月間無休の研修期間の後採用されるのは1人だけという過酷な証券会社の養成コースに自分の才能を信じて身を投じる、という話なんですが、多分期間や待遇に差はあれどインターンシップって元々はこういうののことですよね?


僕の問題意識をまとめると、まず幸せのちからの例とは異なりたとえ正社員登用や採用プロセスとは直接関係無い単なる職場体験の日本的なインターンシップだったとしても、インターンシップは就職・転職の為に役に立つ貴重な経験を得られる場になり得るので学生以外でも応募する動機は潜在的には十分にあると僕は考えていますし、制度運用上対象者が学生でないといけない理由はほぼないのではないかと思います。だったらわざわざ学生限定にするようなことはせず、既卒だろうが社会人だろうが幅広く門戸を開放するべきではないか?といった感じになります。ボランティアに関しても同様です。小さいことかもしれませんが、わざわざそんなことをするから必要以上に大学進学の価値が高騰するんじゃ?と思いますね。

ついでに言うと、これまで「学生」限定の、といった表現を多用してきましたが、ここで言う「学生」というのは大学生のことです。多くのインターンシップが対象を「学生」としながらも、実際に想定しているのは大学生のみだからです。こういった機会を学生以外に開放することも重要ですが、同時に専門学校生や高校生じゃダメなの?という問いを発することも必要ではないでしょうか。高校生でもインターンに参加出来るとなれば、大学進学の価値に影響を与えるのではないでしょうか。(そういう意味では上で触れた文部科学省のインターンは高校生はおろか中学生まで対象にしているのでそれだけでも十分先進的な試みと言えます)

インターンを学生限定にするというのは社会的に新卒重視の風潮を補強するということも意味します。別に新卒主義で既卒の就職チャンスが狭いままの社会、あるいはなんでもかんでも(今回挙げた3項目以外にも思い当たることは色々あります)大学時代にしか出来ないことにして時間と膨大なお金を費やして大学に進学する社会でも良いという人とは相容れない意見かもしれませんが、働き方や雇用慣行を見直すことによって大学の価値も変わるというのも悪くないシナリオではないですかね?

Re: タイトルなし

> たろうさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>大学には様々な学部や学科があり、他の学部等の学生と触れあえる機会があったり、またはクラブやアルバイト先で自分と違う価値観を持った人々と出会うことでさらに見聞を広めていくことも可能だと思うんです。まあ、別に大学だけに限った話ではありませんけど

ここでいう「別に大学だけに限った話ではありません」という要素が結構大きくて、それは「大学で得られるものがあるのは否定しないけれど、それを高額の学費を払って"大学"という場で得る必要はあるのか?」という疑問につながりやすいと思います。

Re: No title

> PIROさん

こちらの記事にもコメントありがとうございます。

>高校卒業年が今から5年前でリーマンショックが起きたときなので、「4年後なら経済変わっているんじゃないの?」 と考えていたのが理由です。

「そりゃ、大学行くに決まってるだろ」という感じですね(笑)

>「何となく学士をとる」「みんなそうだから」が主だったのかもしれません

このような気持ちが主だとし、同じような気持ちを抱く人が多数を占めるとすると、大学に行く必要性が無い環境がある程度整っても「みんな大学に行っているから」という理由で大学に進学する人は絶えない、つまり何だかんだで大学は生き残ると言えそうですね。

Re: No title

> ななしさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>この「大学に行かない」シリーズは、去年の7月にこの第1回があって、その後、続きがないのですね。

それは僕も気になっていました(笑)

>また、乾さんという方は高専を5年目で中退して起業した方のようですから、短大2年目に退学したのと同じことになります。決して高卒ではない、と。 しかも、高専ですから、高いスキルを持っているのでしょう。

はい、だから「高専」だろうが、「プロに弟子入りする」という形であろうが、結果として力をつけられれば、別に「大学進学」という選択をしなくても生計を立てていける場合があるという話をしています。

Re: 大学時代しか出来ないことって? その2

>William Yaminさん

> 世間で大学時代でないと出来ないみたいに言われていることの中には、本来は大学時代でなくても出来るはずなのに、日本の様々な雇用慣行や労働者の意識のせいで大学時代でないと出来ない、または大学を卒業してからだと大幅に機会が制限されるものが数多く含まれているように感じます。それらのせいで大学に進学することの価値が必要以上に吊り上がっているのではないか、自分達の意識や慣行を見直すことによって少しでも大学進学の価値が必要以上に吊り上がるのを防げるのではないかという疑問をもっと投げかけるべきではないでしょうか。

これは面白い視点ですね。

>僕の親なんかを見ていると、同じワーキングホリデーでも大学を休学して行ったら「留学」と呼んで高く評価し、大学に行かなかった人、あるいは大学を卒業した人が行ったら「プラプラしている」「遊んでいる」みたいな言い方をして見下す傾向があります。

特にこの記述に現れているように、何かに取り組むにしても「大学生」という身分を得ていないと肩身が狭くなるというのは言えると思いますね。よく「大学生が必要以上に増えすぎた」という論調が語られますけど、それに対しては「高卒の求人は少ないし、かといって身分無しで何かをやろうとしたら、どうせ"プラプラしている"とか言うでしょ・・・」と言い返せそうです。

>それから同じ文脈で僕が最近特に気になっているのが「学生のみを対象にしたインターンシップ」が広く普及していることです(中略)が実際に問い合わせた例としてはNPO法人NEWVERYのインターンシップがあります。


思い出しました、僕もこのやり取りを目にしましたよ。正直、山本さんの理屈の意味はよく分からなかったです。もしかしたら、「学生」ではない「既卒」の人がインターンに応募しても何だかんだで受け入れられる可能性はあると思いますが、その想定を考慮しても、インターンの募集を「学生限定」にする必要はないと僕も思います。なお、山本さんのような考えを持つ人が多くいるとすれば、僕が記事の第7段落で書いたシナリオが崩壊するという・・・(笑)

>。(そういう意味では上で触れた文部科学省のインターンは高校生はおろか中学生まで対象にしているのでそれだけでも十分先進的な試みと言えます

これは興味深いですね。

No title

すごい久しぶりの書き込みです。

現在は、去年内定を頂いていた会社に入社し、4月から様々な場所で研修を行っています。
ということで、つい最近卒業したものとしての意見を少し。

大学院を卒業したのですが、実は博士課程を卒業しました。
もしも修士を卒業して就職していたらどうだったか、それが学士だったら、高卒だったらどうだったかは選ばなかった道なのでわかりませんが、自分は博士課程まで行って良かったと思っています。
なぜなら、博士課程でなければ経験できなかったことがあったからです。

卒業後、アカデミックの道ではなく企業へ就職という道を選んだわけですが、今まで大学で行ってきた研究とは全く違う研究をすることになりそうです。
しかし、専門的な知識だけを得てきたわけではないので、博士課程で得たもの全てをこれからの仕事に生かそうと思っています。
というか、どんな学歴であろうとも、得てきたものを生かせるかどうかは本人次第かと。

Re: No title

> KKさん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>自分は博士課程まで行って良かったと思っています。なぜなら、博士課程でなければ経験できなかったことがあったからです

博士課程まで進まれたという事実は、KKさんがある分野に関する目的意識を強く持っていたということを意味していると思いますが、実際に博士課程で学ぶことで得るものが多かったならばそれは素晴らしいことですよね。

>というか、どんな学歴であろうとも、得てきたものを生かせるかどうかは本人次第かと

そうですね。ただ、博士課程ならともかく学部の段階だと、そもそも「これを得るために、高い金を払って大学という場に身を置く必要はあるのか?」と悩む人がいてもおかしくないとは思いますが。

No title

大学でしかできないことは少ないだろうけど、
現実的には大学に行く年齢(ティーン末から20代前半まで)のうちにしかできない人生経験は多いだろうなあ。
(名門)大学に行きたがるのは、まあ身分の保証みたいなもんでしょう。

しかし、既卒で留学だのインターンだのが普通の風潮になったところで
ストレートに大学に進学することの価値が下がるかな?
若いことが一つのアドバンテージなのは否定しようがないんだから、
ストレートに大学在学中に色んな経験積むことで相対的に自分の価値を高めようとする人が続出して
結果として今とおんなじようにしかならない気がするのですが。

Re: No title

> のさん

こちらの記事にもコメントありがとうございます。

>大学でしかできないことは少ないだろうけど、現実的には大学に行く年齢(ティーン末から20代前半まで)のうちにしかできない人生経験は多いだろうなあ

その人生経験を大学以外の場で積めるならば、「大学に行かない」という選択は依然としてそれほど問題ないもののように思えます。

>しかし、既卒で留学だのインターンだのが普通の風潮になったところでストレートに大学に進学することの価値が下がるかな?若いことが一つのアドバンテージなのは否定しようがないんだから、ストレートに大学在学中に色んな経験積むことで相対的に自分の価値を高めようとする人が続出して結果として今とおんなじようにしかならない気がするのですが。

「若いことが一つのアドバンテージなのは否定しようがないんだから」とありますけど、記事で紹介した2人はそもそも大学に行かないという選択をした、つまり「大学卒業見込み」の人よりも「若さ」というアドバンテージを有しているわけです。「時間とお金をかけて大学に4年間通うよりも、大学という場にこだわらずに何かをしよう(そして、大学卒業見込みの人より先に就職しよう)」と考える人が出てきても全然おかしくないと思いますけども。

そして、結果としてそのような人たちの出現が特例だとしても、僕の立場は最終段落で書いたように「上田和真さんや乾夏衣さんのケースは、単に"ただの特例に過ぎないじゃないか"と片付けることもできる。しかしそれよりは、彼らの考え方を出発点に据えて大学の存在意義を問い直したり、大学に"やばい、うちら見限られてる・・・"という危機感を与えて教育サービスの向上を促したりすることを図る方が生産的だと思っている」というものなので、「結果として大学に行く人はそんなに減らないんじゃないの?」という指摘はあまり意味の無いもののように感じられます。

No title

>ブログ主さん

(日本の)大学を見返したいのであれば、まだ海外大進学外資企業就職者を例にしたほうがいいと思う。
入学制度変えようとしてる東大がそんな感じなのかな?

記事で挙げた二人のケースだと、どちらかというとフリーランスのススメのような感じがします。
完全に自己責任で自分の能力だけで生きようとするライフスタイルはそれはそれでありなんだろうけど、
一定の組織で雇われとして働きたいと感じ、そもそも自活できるスキルのない大多数の若者とは一線を画するタイプなのは事実。
実際におふた方も大学に行かない選択肢はあまりお勧めできないと言っているじゃない。
特例だから無視しろというのではなく、特例な人間タイプを参考にして人生判断を決めるのはいかがなものかという感じかな?
企業にせよ、組織なんだから優秀だろうが一匹狼の人間を雇用しようとは思わないしね。

そもそも、若いと言ってもただ若いだけじゃなくて一定の能力の証明がないと意味ないわけで。
大学名以外で客観的に優秀だと認められる能力基準を有している人が果たしてどれほどいるのか。

No title

まったく、のさんの言うとおりで、上のお二人を基準に大学に行かなくても、と言うことは、イケハヤさんと安藤さんを基準にしてノマドを薦めることの何倍も危険だと思うのです(つか、誰も本気にしないか)。
ノマドの薦めは一応、大学生や社会人、つまり大人が相手ですが、大学へ行かないことの薦めの相手は未成年者ですからね。
あるいは、ビル・ゲイツが大学中退だからといって、それを基準に大学中退を薦めるとか、天才は天才のままにしとけ、凡人の参考にするな、というのが私の考えです。

なお、現実的な話をすると、高卒で就職あるいは専門学校へ行くという選択肢は今でもあって、それでうまく行っている人もいますが、高卒で就職がない、となると、大学へ行くか専門学校へ行くかですが、大学だと奨学金が借りられる、というので、安易に借りて行く人はちょっと待てよ、というアドバイスならわかります。
大学に行かなくても大丈夫、というのは危険ですが、大学へどうやって行くかを考えた方がいい人たちはいます。

Re: No title

> のさん

こんばんは、またまたコメントありがとうございます。

>記事で挙げた二人のケースだと、どちらかというとフリーランスのススメのような感じがします

2人のケースはあくまでも「例示」なので、「大学に行かない人はフリーランスとして生きていくべし!」という主張をしているつもりはありません。

そもそも僕は前回のコメント返信でも述べたように、記事で「大学の存在意義を問い直そう」という主張をしているわけですが、「の」さんは僕が「大学に行かない生き方を薦めている」という主張をしていると捉えているように感じられます。この認識が正しいとすれば、それは誤りです。ゆえに「若いと言ってもただ若いだけじゃなくて一定の能力の証明がないと意味ないわけで。大学名以外で客観的に優秀だと認められる能力基準を有している人が果たしてどれほどいるのか」といった指摘をこの記事の内容に対してするのは妥当ではないと思っています。

Re: No title

> ななしさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

このコメントへの返信ですが、書きたいと思ったことが「の」さんへのコメント返信に既にほぼ書かれているので、そちらをご覧いただければ幸いです。

No title

 全く同じ人間で、大卒と非大卒の2人がいると世間では前者の方が評価が上なんですよね。
 まぁ全く同じというのはないと思うので現実で考えるなら「同じスキルが持ってる」とか「同程度の仕事ができる」とかそういう表現になると思いますが、どちらにしろおかしい話だと思います。

 これがまかり通る理由は「採用する側が大卒だから」と考えました。
 人間は互いの同じ部分を探して仲間と思うようにするという側面がありますし、自分とは違う人間に不信感を感じているのではないでしょうか。
 そうだとしたら非大卒が採用側に回らない限り、非大卒が報われるのは本当に例外になります。大学で得るものが少ないと決まった訳じゃないですが、「なかったとしても通った方が良い」なんて非合理的な考えが常識になるとしたら私は嫌ですね。

 私は情報系の大学に通ってましたが心理学やら法学やらありまして(選択授業ですが取らなければ単位が足りないので)、それらが役に立たないとは言いませんけど内心では「馬鹿じゃないの」と思いました。

Re: No title

> 通りすがり さん

はじめまして、コメントありがとうございます。

>これがまかり通る理由は「採用する側が大卒だから」と考えました。人間は互いの同じ部分を探して仲間と思うようにするという側面がありますし、自分とは違う人間に不信感を感じているのではないでしょうか

これも大きいと思います。もしかすると「大学に行かないでふらふらしていた人間は、自分とは違ってどこか変だ」という意識が採用する側にある場合が多いかもしれません。加えて、「"大学を出た"ということは、ある程度育ちのよさが推定できる(高額の学費を払って、大学に進学できているという意味で)」と考えることも十分可能かと。

>大学で得るものが少ないと決まった訳じゃないですが、「なかったとしても通った方が良い」なんて非合理的な考えが常識になるとしたら私は嫌ですね。

現在はどうも大学の位置づけがうやむやになっている気がしていて、それは大きな問題だと思っています。

>私は情報系の大学に通ってましたが心理学やら法学やらありまして(選択授業ですが取らなければ単位が足りないので)、それらが役に立たないとは言いませんけど内心では「馬鹿じゃないの」と思いました。

本来専門分野のみを学びたいのであれば専門学校に通うのが望ましいのかもしれませんが、大卒と比べて就職が不利になり得ることを考えると、事実上それでも大学に進学せざるを得ないでしょうからね。難しいところだと思います。

ひどい制度

 検索したら出会ったので、投稿日から1年以上経過していましたが、コメントをかいてみました。

 旧帝ローを修了した29歳・職歴なし・司法試験をあきらめた者ですが、いったい何をしにいったんだろう、という気分でいっぱいです。

 実務が勉強できるという触れ込みでスタートした学校でしたが、全然勉強できなかったし。バイリンガルの方で国際私法ができる方、ないし、司法試験500番以内で合格する方以外は、行かない方が良いです。金と時間と人生の無駄です。

 もっとも、司法試験500番以内のような優秀な方は、予備試験の方が良いです。働きながら、勉強できますから。また、バイリンガルの方は、学歴ロンダリング以外の使い道はありません。

 法科大学院は究極のブラックでして、修了するのにすごく大変(心身ともに壊した人を何人も見てきた)・(満足いく)就職先はほぼない・金はかかる・実務は勉強できない、という素晴らしい学校です。学位をもらってステップダウンするってのは、やっぱりおかしいです。

 大手企業の就職ブースでへらへらしながら「あなた、人生崖っぷちじゃないですか」と言われたことがあります。これってたしかにその通りなんですが、社会人が言うことなんですかね。
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