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何十社もの選考に落ちて努力できなくなった人がだらしないというより、何十社も落ちてなお努力できる人が凄すぎるだけではないか

昨日の産経新聞に「内定もらえず努力放棄の学生増加 "コネ入社できる企業はないですか?"」という記事が載っていた。これは内定塾の塾長・宮川洋さんが書いた記事である。


現在は5月も終わりに差し掛かっているということで、内定塾に、何十社と選考を受けながらも未だ良い結果が得られていない学生からの相談が多く寄せられているらしい。そして宮川さん曰く、何十社もの選考に落ちた学生をさらに①努力をせずに内定を獲得しようとする学生②ひたむきに努力をして内定を獲得する学生の2タイプに分類することが可能とのこと。当然、宮川さんは②の学生を高評価している。


一方で宮川さんは①の学生を「今まで何社、何十社と選考に落ちたことで、自信をなくし、他人に頼ることしか考えない」、「自分自身で努力することを考えず、他人に頼ったり、"楽な方法"を模索したりしていた」と評している。この点、就活当初から楽をすることしか考えていない就活生が苦労したり、あるいは企業などから低く評価されたりすることには何も同情の余地はない。


しかし、もし「何十社もの選考に落ちた」結果として楽な方法を模索するようになったのならば、それを非難するのはどうなのかと思う。このように思う理由は「学習性無力感」という概念の存在だ。


これは米国の心理学者マーティン=セリグマンが1967年に発表した、「努力を重ねても望む結果が得られない経験・状況が続いた結果、何をしても無意味だと思うようになり、不快な状態を脱する努力を行わなくなること」を証明した心理学理論である(http://kotobank.jp/word/%E5%AD%A6%E7%BF%92%E6%80%A7%E7%84%A1%E5%8A%9B%E6%84%9F)。例えば、監禁の被害者が逃げようとしたけれども加害者に見つかって暴行されたということが何度も続いた場合、後に客観的に見れば容易に逃げられる状況が出来ても、被害者はもはや過去の経験から「逃げても無駄だ」ということを学習してしまったから逃げるのを放棄したというケースが「学習性無力感」の一例と説明される。


ここでこの概念を就活に引き付けて考えてみると、就活における「不快な状態」とは「就職が決まらない状態」で、「努力を重ねても望む結果が得られない経験・状況が続いた」とは「何十社もの選考を受けたが、内定を得られない状態が続いた」と言えると思う。平たく言ってしまえば、就活生が何十社もの選考に落ちた結果「努力しても無駄でしょう」という無力感に囚われるということが「学習性無力感」という概念を参考にすると理解できる。


宮川さんは自身の記事で②のタイプの学生、具体的には「150社もの選考に落ちたにも関わらず企業にエントリーシートを出し続け、その結果6月に3社の内定を獲得した女子大生」の例を紹介して彼女を高評価しているが、それはその女性のメンタルが異様に強すぎるという話なのではないかと僕は思っている。つまり「学習性無力感」という概念を踏まえると、何十社もの選考に落ちて努力できなくなった人がだらしないというよりも、何十社も落ちてなお努力できる人が凄すぎるだけと捉えるのが適切なのではないかと考える。この女性はある意味では、競争率の高い選考を勝ち抜いた大手・有名企業の内定者よりもキャパがあるといえるレベルなんじゃないか。


勿論いつまでも「たくさんの会社に落ちた人がやる気を出せないのは仕方がないんだ」と擁護するわけにもいかない。しかし、もし多くの会社に落ちた人から気力が感じられないという状況に直面した場合、いきなり「この人はもともとだらだらと物事に取り組む人なんだな」だとか「努力を止めるなんて、しょうもない人だな」という考えに飛びつく前に、まずはその人が「学習性無力感」に囚われている可能性を検討してみるべきではないだろうか。

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非公開コメント

そりゃ精神的に疲弊するのももっともだ

お久しぶりです。

脳筋志向で想像力が低い人なんか、よく根性論優先で語ろうとするでしょうが
「努力できなくなった人→だらしない人」
「そこで疲れているようでは、社会人になっても仕事を面倒くさがるようになるだろう」
などとというような決め付けで思考が止まっているような手合いはホントどうかと思います。

職を得る活動をするのにも精神的に疲弊すれば、
やがてはまっとう前向きな思考が難しくなってくるのももっともです。
「お祈り」にしても心から祈ってくれている人もいるんだよ、とか言っても
必ずしも当人の心に響くとは限らないでしょうし。
また、どこまで完璧な人間でなければ社会的にダメなのか、と世を疑うようにもなるでしょう。

今正社員としてやっている人(特に職場で採用に意思決定権を持つ立場)でも、
この「学習性無力感」という概念を入れて
自身の求職してた期間がもっと長びいていらどうなっていただろうと
想像してみるぐらいはしてみてもいいと思いますね。

No title

個人的に自分のやり方である程度以上やった結果、結果が出ないため他者を頼るという手段をとったというのが努力不足だというのは正直疑問を感じます。
(先日、コメント欄でWilliam Yaminさんも書いていましたが、就活の場合採用基準が曖昧だと言われているわけですし、何をすれば良いか分からなくなる部分が大きいと思います)
勿論、最初から他人頼みは自分もどうかなと思いますが。
就活に対するアドバイスの中には自分や両親、教授や知り合い等の人脈からコネを探してみようというようなものもあったりするわけですし。
多分、本当に努力不足の人は、そんなに企業を受けないし、コネ探しや就活塾等の他者への相談もしないのでは?という気もします。

lingmuさんが何度も書いていますが、結局内定があるかというか結果が出ているかどうかなんじゃないかなと思います。
これは就活に限ったことではないと思いますが。
(この記事で言えば仮にAさんが内定を取れて、Bさんが内定を取れなかったとなれば、自分だけでやるのではなく、コネや人脈を当たってみようとか他者に積極的に相談しようとか就職塾を使おうとかいう主旨の記事にもできるわけですし)

選り好みをしないようにして、数十社と受けて内定がない人に対しては、企業研究や自己分析をしてないんじゃないか?と言う人もいると思いますし、逆にきちんと自己分析や企業研究をして、受験した企業数が少ない内定ないの人には選り好みだという人がいると思いますし。
更に言えば前回の記事の本音と建て前の話とも多少繋がりますが、仮に選り好みをせずにひたすら建て前の回答で選考に通り内定を得た結果、結局入った会社がブラック企業だったり、あわなかったりしてやめれば企業研究不足だとか根性がないとか言う人はいると思いますし、じゃあそういう事を避けようと思った結果内定が取れなかったとしたら、選り好みするからだという人は必ずいると思います。
仮に入社して良い企業だったとしても、倒産して再就職先が見つからなかったとしたらつぶしの効かない職業を選んだのが悪いという人がいると思いますし……

No title

コネは悪だという風潮も強い中で「コネで入れる企業はありますか」と質問したAさんはむしろメンタルが強いのでは?

元の記事によれば例にあがった女子大生は「スポーツ推薦で大学に入学」とあり、ならば当然厳しい体育会系の部活に入ったはずです。
スポーツ推薦なら途中で部活をリタイアすることは不可能です。すなわち厳しい部活を続けることが出来た。メンタルが異様に強すぎるというのは(先天的か後天的かは別としても)正しいでしょう。

その「異常に強いメンタル」は「彼女特有の強み」故に「めちゃくちゃ努力できた」はずなのに、元の記事はあたかも「誰もがその強みがある前提で、努力出来る」かのように書かれています。


今回のケースのような「前向きにひたむきに努力さえすれば誰だって内定はとれる」というのは

「人には潜在的にあるすごい能力が眠っていて、科学的根拠がないことも多い自己啓発をすればそのすごい能力が使いこなせる」というような「可能性の錯覚」ではないかと思います。
発言の影響力が強い内定塾の塾長やマスコミが可能性の錯覚に惑わされて、正しいとは思えない精神論を語っているのはあまりにもまず過ぎます。

ところで、努力しろと言うからには努力の方向性とか戦略とか、無駄な努力コストを最小限に抑えることも大事なはずですが。
元の記事は「楽な方法」を模索することを一方的に「悪いこと」と決めつけてるような書き方なので、記者は努力コストを削った分楽になったら=悪であり、そういうことを全て放棄してただひたすら苦しいだけの努力こそが「真の努力」とでもいうのでしょうかね。
「内定3つ」という結果こそ全て!なら何も言いません。






確かに、僕も大学生の頃から就活という、半ば強迫観念めいた状態が3年半近く続いていますけど、何十社と落ち続けているのがあたかも普通であるかのように感じていたため、あまり疑問を抱かずに続けてきました。というより、疑問を抱き始めた時点で、緊張の糸が切れてしまうのでは、という恐怖感もあったんだと思います。その結果、就職がゴールになって燃え尽きてしまって、就職した後のキャリア育成に情熱を注げず、結局は転職を繰り返すようになってしまうのではないか、とも考えてしまいます。

Re: そりゃ精神的に疲弊するのももっともだ

> L_z_m_i さん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>職を得る活動をするのにも精神的に疲弊すれば、やがてはまっとう前向きな思考が難しくなってくるのももっともです。

僕も元々そう思っていたのですが、これまではその考えを支える根拠がなかったのでもやもやとしていました。しかし「学習性無力感」という概念を知ったことですっきりしましたね。

>今正社員としてやっている人(特に職場で採用に意思決定権を持つ立場)でもこの「学習性無力感」という概念を入れて自身の求職してた期間がもっと長びいていらどうなっていただろうと想像してみるぐらいはしてみてもいいと思いますね。

そうですね。ただ「きちんとした人はそもそも就職活動の期間が長引くはずがない!」と考え、おっしゃる様な想像を試みようとすらしない人も結構いそうですが・・・。

Re: No title

> 11卒業務未経験無職さん

お久しぶりです、コメントありがとうございます。

>結局内定があるかというか結果が出ているかどうかなんじゃないかなと思います。これは就活に限ったことではないと思いますが。(この記事で言えば仮にAさんが内定を取れて、Bさんが内定を取れなかったとなれば、自分だけでやるのではなく、コネや人脈を当たってみようとか他者に積極的に相談しようとか就職塾を使おうとかいう主旨の記事にもできるわけですし)選り好みをしないようにして、数十社と受けて内定がない人に対しては、企業研究や自己分析をしてないんじゃないか?と言う人もいると思いますし、逆にきちんと自己分析や企業研究をして、受験した企業数が少ない内定ないの人には選り好みだという人がいると思いますし。

所詮「後付け」でいろいろ語られてしまうということですね。コメントを見て「能力があったり、努力をしたから内定を取れるのではなくて、内定を取れた結果としてその人の能力や努力が後付けで肯定される・・・?(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-269.html)という過去記事の存在を思い出しました。

Re: No title

> コマンドー さん

こちらの記事にもコメントありがとうございます。

>その「異常に強いメンタル」は「彼女特有の強み」故に「めちゃくちゃ努力できた」はずなのに、元の記事はあたかも「誰もがその強みがある前提で、努力出来る」かのように書かれています。

記事を読むと「その女子大生をスタンダードにしちゃうのかよ」と思わずにはいられないですよね。もちろん「早く就職を決める」という観点からは、その女子大生のような行動が出来ることが望ましいわけですが。

>努力しろと言うからには努力の方向性とか戦略とか、無駄な努力コストを最小限に抑えることも大事なはずですが。元の記事は「楽な方法」を模索することを一方的に「悪いこと」と決めつけてるような書き方なので、記者は努力コストを削った分楽になったら=悪であり、そういうことを全て放棄してただひたすら苦しいだけの努力こそが「真の努力」とでもいうのでしょうかね。

記事で取り上げられた「"楽な方法"に逃げている学生」は「どこの企業を受けたら良いですか?」、「受かりやすい企業を教えていただけないですか?」という質問を発したらしいですが、内定塾の宮川さんからすれば、恐らく「もう少し自分でどうしたらよいかを考えて、その上で相談してくれよ・・・」と考えたのではないかと想像します。ひたすら苦しいだけの営みを是とするのは確かにまずいですが、(仕方がないとはいえ)この学生が批判されてもおかしくない問いを内定塾の人に発したのは否定できないと思います。

Re: タイトルなし

> たろうさん

こんばんは、いつもコメントありがとうございます。

>確かに、僕も大学生の頃から就活という、半ば強迫観念めいた状態が3年半近く続いていますけど、何十社と落ち続けているのがあたかも普通であるかのように感じていたため、あまり疑問を抱かずに続けてきました。というより、疑問を抱き始めた時点で、緊張の糸が切れてしまうのでは、という恐怖感もあったんだと思います。

たろうさんは「学習性無力感」に陥らなかったようですが、無意識のうちに「疑問を抱いたら、無力感に囚われて行動できなくなってしまう」という風に考えていたのでしょうね。ちなみにオードリーの若林さんが著書で「ネガティブをつぶすのはポジティブではない。没頭だ」と言っていましたが、これは「学習性無力感」を回避するために有効な考え方の一つだと思いましたね。もっとも「ネガティブな気持ちに囚われたら、そもそも何かに没頭することが出来なくなるんじゃ・・・」という気もしていますが。

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Re: No title

> 非公開コメントをくださった方へ

はじめまして、コメントありがとうございます。

自分の自己PRが面接の場で馬鹿にされる、しかもそのエピソードも経済的な事情からやむを得ずなされたものなのに、単に一笑に付されて話が終わるというのはやりきれないとお察しします。安易に奨学金という名の借金を背負うよりも、アルバイトで必要な費用を稼ぐというのは決して否定されるべきものではないと思うのですが・・・。まぁ、「往復5時間の通学」という点に面接官が冷めるようなら、そこはあえて隠した方が戦略としてよいのかもしれないですね。

No title

というより、

>「自分自身で努力することを考えず、他人に頼ったり、"楽な方法"を模索したりしていた」

これが非難されるのはおかしいですよねぇ
楽な方法を模索するって“最効率”かつ“最善”の手を模索するってことと同義だと思うんですが
努力しなくても思い浮かぶ楽な方法があるなら今すぐ知りたいところです(笑)

Re: No title

> というより、「自分自身で努力することを考えず、他人に頼ったり、"楽な方法"を模索したりしていた」これが非難されるのはおかしいですよねぇ とコメントしてくださった方へ


こんばんは、コメントありがとうございます。

>楽な方法を模索するって“最効率”かつ“最善”の手を模索するってことと同義だと思うんですが、努力しなくても思い浮かぶ楽な方法があるなら今すぐ知りたいところです(笑)

上で「11卒業務未経験無職」さんが述べているように、「内定があるかというか結果が出ているかどうか」で同じ行動をとっても評価がまるで変わるということかもしれません。内定をとった人が楽な方法を模索している姿は「闇雲に努力するのではなく、効率的な手を探している」と評されるのに対して、内定がない人が同じ事をしたら「何、楽しようとしてるの?そんな甘い考えで上手くいくわけないでしょ?」と評されるということなのでは。すごくバカバカしいですけどね。

もうすぐまた一つ歳を取りますが(苦笑)

 就活で結果を出せない内に歳を取ってしまう、と言うのも精神的に疲弊する一因なのでしょうか・「ますます間口が狭くなる」歳を取る毎にそういう強迫観念が強くなります。そんな中でモチベーションを維持できる人は凄いと思います。
 あと数十分でまた一つ加齢しますが、できるだけ前を向いてやれることをするしかありません、と頭では解っているのですが・・・

Re: もうすぐまた一つ歳を取りますが(苦笑)

> KYさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>就活で結果を出せない内に歳を取ってしまう、と言うのも精神的に疲弊する一因なのでしょうか・

正直この記事を書く際にはおっしゃる様な要因は想定していませんでしたが、確かに場合によっては、年をとることが就活にて不利になることを実感し、誕生日を迎えることに精神的苦痛を覚えるということはあるかもしれません。

No title

ずいぶん前に数回コメントをしていたものです。お久しぶりです。
結果的に、私は3月上旬というギリギリの時期に内定をいただけました。誕生日は面接でしたw
15か月就活をした身としては、今回取り上げられている「学習性無力感」は痛いほどわかります。
実は私は2012年11月まで1次面接を通ったことがありませんでした。
どんなに振り返りを行っても、大学のキャリアセンターで見てもらっても、何をしても通らず、親を含め様々な人たちからバカにされ、にらまれ、最終的に「努力しても無駄」を通り越して「こんなに価値がないなら生きてること自体無駄なのでは」と考えるまで追い詰められました。
この宮川とかいう人には是非同じような状況を味わった上でコメントしてほしいですねw
精神論だけでなんとかなるのなら、こんなに多くの人が追い詰められる状況にはならないはずです。

Re: No title

> あぷりこっと さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>結果的に、私は3月上旬というギリギリの時期に内定をいただけました。誕生日は面接でしたw 15か月就活をした身としては

お疲れ様でした、本当におめでとうございます!

>今回取り上げられている「学習性無力感」は痛いほどわかります。実は私は2012年11月まで1次面接を通ったことがありませんでした。どんなに振り返りを行っても、大学のキャリアセンターで見てもらっても、何をしても通らず、親を含め様々な人たちからバカにされ、にらまれ、最終的に「努力しても無駄」を通り越して「こんなに価値がないなら生きてること自体無駄なのでは」と考えるまで追い詰められました。

「学習性無力感」の具体例としてとても適切なものだと思います。「あぷりこっと」さんからすれば、最近当ブログに投稿された「<ライターページ>面接の合否は"印象"で全て決まってしまうのか?(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-471.html)」に書いてある話にも大いに共感できるのではないでしょうか。記事を投稿してくださった「ヤクルト」さんは「最近では"努力したって人に嫌われるんだ"という気持ちしか湧いてこず、人に会うのも億劫になってしまいました」と仰ってますから・・・。
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