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常見陽平さんは「意識高い系(笑)」の代表格なんじゃないか

少し前に書いた「百田尚樹さんが若者に対してカッコつけている件」という記事を読んで、百田さんに対して「お前が言うな」と感じた人は結構いるのではないかと想像する。改めて記事を読み返してみても、「百田さんの若者に対する説教の内容」と「百田さん自身が歩んできたキャリア」の間にギャップがありすぎるからだ。


中でも驚いたのが、百田さん自身は「大学を中退して、ぶらぶらしているときに"遊んでるんやったら、テレビ番組作る手伝いやってみいへんか"と声をかけられた」ことをきっかけとして職に就いたのに、若者に対しては「今の若い人は仕事を〝自己実現〟の道具と考え、“自分探し”と称して就職しなかったり、職を転々としたりする人もいるでしょう」と説教していたこと。どう考えても、中退してぶらぶらしてた人にそんな説教をされる筋合いは無い。


僕としては百田さんに「"お前が言うな"大賞」を与えてもよいのではないかと考えるが、一方でもう一人の候補者が頭に浮かぶ。それは、このブログでよく批判されている常見陽平さんである。彼のブログを数日分読んでみただけでも、どうも「意識高い系(笑)」を批判している肝心の常見さん自身が「意識高い系(笑)」の筆頭格なのではないかと感じられたのである。ゆえに常見さんも僕の中での「"お前が言うな"大賞」にノミネートされている。


例えば常見さんは、著書の「"意識高い系"という病」の冒頭で「時に滑稽に見え、痛いなと思ったり、ウザいなと感じたりする人」の例として「芸能人でもないのに、かっこよすぎるプロフィール写真を撮る"自分大好き"な奴!」を挙げている。ところが、常見さんのブログの「ロックの日だと言うけれど」を見てみると、記事の冒頭でいきなり、芸能人でもない常見さんがベースを手に取りアーティストを気取っている写真が出現する。「別に常見さんの画像なんか見たくない」という人が多いとは思うけれども、実際に画像を見ていただかないと僕の文章の説得力が半減するので(笑)、ぜひ見ていただきたい!


また常見さんは、「時に滑稽に見え、痛いなと思ったり、ウザいなと感じたりする人」の例として「将来のビジョンについて、ムダに熱く語る奴!」をも挙げている。しかしこれに関しても、常見さんの「生きることの凄まじさ 負けることの清々しさ」という記事における「思わず、書斎で泣いたけど、明日からまた生きようという気になってきた。目の前にあるゼミのレジュメをなんとか完成しないといけないし、原稿の締め切りは私を待ってくれない。猛反省したところで、やはりまた生きることの凄まじさを体感するのだけど。とはいえ、生きることの凄まじさから逃げずに、負けることを怖がらずに、またがんばろうか。発表まであと9時間ある。最後まで戦おう」という記述を見ると、「常見さんも十分、無駄に熱いんじゃ・・・」と思わずにはいられない。


しかも面白いのが、上述の「生きることの凄まじさ 負けることの清々しさ」という記事によると、常見さんはゼミのレジュメや原稿の締め切りが迫っている中なぜかブログを更新したことが伺えるけれど、その結果として翌日の記事で「ゼミの準備もボロボロ。だめだこりゃ」なんて言っている(http://blog.livedoor.jp/yoheitsunemi/archives/54515385.html)。一体何を考えてるんだ。これは斎藤大地さんが示した「意識高い系(笑)」の特徴、「パフォーマンス先行で中身がない(外部には"自分、頑張ってます!"とアピールしているけども、その頑張りの実態がボロボロ)」に合致すると言えるのではないか。


加えて常見さんは「意識高い系(笑)」を批判する文脈の中で「まずは目の前の仕事をしろ」と読者を諭すことをよくやるけれど、そんな常見さんも上述の「生きることの凄まじさ 負けることの清々しさ」という記事にて「人というのは、見ているもので、尊敬、信頼している方から、助言のメッセージを頂いた。正直、書くペースが早く、同じことのリピートや矛盾も多くなってきていないか、と。まったくその通りである」と言っている。常見さんの本の内容がおかしいことはこのブログでも度々指摘したのでその点に驚きはないのだが、ただ「矛盾も多くなってきていないか」という指摘を「まったくその通りである」と認めているのには驚いた。そこを認めてしまったら、即ち常見さんが(少なくとも作家業では)適当な仕事で生計を立てていることを認めることになるのだが・・・。そうなると、なんでこんな人がキャリア論を語れているんだろう?という疑問が浮かぶし、常見さんの文章に対してますます「お前が言うな」と感じる。


常見さんにしても、百田さんにしても、彼らの主張をネタとして楽しめることは事実だ。しかし彼らの問題提起・説教の問題は、彼らが自分と同類のしょうもない人を批判しながら、且つ自分がその「しょうもない人」に当てはまらないかのようなスタンスでいることにあると思う。常見さんは「"意識高い系"という病」のラストで「意識高い系(笑)を批判する理由を「私はただ、以前の自分のように、踊らされて、疲れることになる若者の身を案じているだけなのだ」と説明しているけれど、常見さんが「意識高い系(笑)」であるのは別に過去の話ではなく、この記事で示してきたように現在も同様だ。誰か「常見さんも十分"意識高い系(笑)"ですよね」と指摘しないのだろうか。なんだか「王様は裸だよ」と言った子供になったかのような気分だ。

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(´・ω・`)

どこに書いていいか分からないので、適当にここに書くのだが、

このブログには弱点があって、
それは、就職活動に関して意見を述べているブログ主が
どういう人物なのか正確にはよく分からない点だとおもう。

どこかに書いてあるのだったら、ごめんなさい。

でも、ブログのプロフィール欄に、年齢や学歴、社会的地位、経緯などを
ある程度は書いておくべきではないだろうか。
ブログ主がどういう人なのか20分ぐらい記事を踏んでたのだが、
見つからなかった。

意見というのは立ち位置がはっきりしていないと、聞き手も相手にしようがない。
自分の中で適当に「話し手は、
このぐらいの身長体重で、こんな年齢で、こんな感じの人が言ってるんだろうな~~」
って脳内で妄想せざるを得ない。


ブログ主は他者への批判も辞さない立ち位置で意見を書いている訳だから、
自分自身がどういう人間なのか正確に記述したほうがより説得力があるのではないだろうか。

重ね重ねだが、
どこかにプロフィールが正確に書いてあるならごめんなさい。
個人的には「プロフィール」欄に書いてあれば一目瞭然だと考えるのだが。

Re: (´・ω・`)

>(´・ω・`) さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>このブログには弱点があって、それは、就職活動に関して意見を述べているブログ主がどういう人物なのか正確にはよく分からない点だとおもう。どこかに書いてあるのだったら、ごめんなさい(中略)重ね重ねだが、
どこかにプロフィールが正確に書いてあるならごめんなさい。個人的には「プロフィール」欄に書いてあれば一目瞭然だと考えるのだが。

このブログでは特にプロフィールを詳細に書いているページがあるわけではないので、(´・ω・`)さんが見落としたということではありません。したがって、「どこかに書いてあるのだったら、ごめんなさい」と謝罪する必要も全くないです(笑)むしろ、探させてしまって申し訳ありません。

一応、少なくとも現時点では「リアルの自分」と「ブログの自分」をほぼ完全に分けるというスタンスを採用しているということもあってプロフィール欄はほったらかしにしていたのですが、おっしゃる様な感想を抱くのならば、後で簡単に書くかもしれません。ただ、

>意見というのは立ち位置がはっきりしていないと、聞き手も相手にしようがない。

これは言いたいことは分からないでもないのですが、一方で「文章の論理展開を見て、説得力の有無を判断していただけないだろうか」とも感じるのが正直なところです。ただ、このような感じ方があるということは参考にさせていただきます。色々アドバイスありがとうございました。

No title

リンク先のブログ見ましたが、持ってるのはギターじゃなくてベースですね。参考までに。


本やコラムを社会から必要とされて書くのは素晴らしいことだと思います。しかし常見氏や石渡氏について僕が前々から感じているのは「自分が生活を営む上での必要に迫られて書いてないか?」という点です。そんなに細かくチェックしてるわけではないですが、新刊が出ていれば立ち読みはします。特に真新しいことは書かれていないので買うことはないですが、社会のニーズという観点からはこれわざわざ出版する必要あるか?とその度思います。(著者の考えとは別に出版社の思惑もあるとは思います)

以前就活デモやってる時に一部の政治活動家に対しても似たような疑問を抱いたことがあります。問題を解決するという目的に対する手段としての政治活動が、いつしか政治活動をすること自体が目的になる、みたいな。理由は色々でしょうが。

石渡氏のブログに興味深い記述があります。http://reiji0.exblog.jp/18220957/
要約すると「自分は本の出版が本業だが、印税だけで充分な年収になるほどのヒットは飛ばしてないので収入はそんなに多くない、だから生協を訪問したりして本を売るのに熱心になるのは当たり前」といったところでしょうか。これなんかは明らかに自分の生活上の必要性に迫られて本を書いてそして売っていると解釈出来ると思うんですが。

あまりに発信が多いとその中で矛盾も出てくるだろうし、同じネタの使い回しにもなるでしょう。結局何を言いたいのかよく分からないみたいなことにもなりかねません。本人がいくら熱心でもやり方がまずくて問題の解決という目的からすると結果的にはマイナスということだって有り得るわけです。

そしてこれは別に誰がという話ではなくあくまで一般論ですが、もっと深刻な状態として、ある問題に対する政治活動なり執筆活動なりで一度生活が成り立ってしまったら、むしろこのまま問題が解決しない方が自分にとっては得だという心理状態に陥っても不思議じゃないだろうな、というのも就活デモやってた時に感じたことです。社会問題の解決や啓発などを本業にするのはなんだかかっこいいし、やりがいもあるかもしれませんが、皮肉なことに自分が解決したいと思っている問題のお陰で食べられるという構図も生まれてしまう。

時間等の制約があれど、僕は就活問題・雇用問題に真摯に関わる為にこそこれらを本業にはしたくないなとそれ以来思うようになりました。

なので就活デモが実行委員会をその都度解散することについては外部からの批判が多いですが、僕は少なくとも自分が所属した実行委員会に関しては解散して正解だったと思ってますね。解散することは別にメンバーが就活問題に興味がなくなったことを意味するわけではないし。物凄くエネルギーを必要とする活動だったので、何かと並行して続けるのは難しく、専念するか、止めるか(解散する)という選択肢しかなかったのだと思います。本業にすることのデメリットはこれまで述べた通りです。就活を終えていたり、あるいは就活を止めたりで時間のある大学4年生が中心に進めたから短期集中というかたちで成り立っただけであって。就活デモも続けていたらいたで矛盾が露呈したり同じネタの使い回しだと非難されるような事態に陥ったかもしれませんね。

話が逸れました。繰り返しになりますが、僕は活動自体が目的化してしまうのはなんとしても避けたいので、ライターなのか活動家なのかはともかく就活問題・雇用問題を本業にするつもりはないです。今もそうですけど、別に本業を持ちながら啓発活動を続けて行くのが当面の目標です。そしてそれらを本業にしている方々には、情報発信の必要に迫られるあまり矛盾した情報を発信して混乱を真似いたり問題の解決を後退させるようなネガティブな印象を与えるぐらいなら、別に本業を持って、必要な時に必要なだけ発信を行うようにして欲しいと勝手ながら思っています。

No title

もっと言うと、これはどんな分野にもあてはまることでしょうが、ある問題を取り上げたりしている人が必ずしもその問題に関して少しでも事態が好転して欲しいと思ってるかどうかは分からないですけどね。別に就活の抱える問題点を紹介する本を書いてるからといって、筆者が就活の問題改善を願っているとは限らない。ただ金になるからやってるのかもしれない。心理としては理解出来ますが。実はあんまり興味がないし、言ってることやってることもおかしくてむしろマイナス、というパターンが最悪です。

まあこんなことを言い出したら、問題解決にたいして興味はないけど分析や啓発は的確な人と、問題の解決を心から願っているけれども現場分析や提案する解決策はトンチンカンな人、どっちがマシか?みたいな話にも繋がりますが。

Re: No title

> William Yaminさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>そしてそれらを本業にしている方々には、情報発信の必要に迫られるあまり矛盾した情報を発信して混乱を真似いたり問題の解決を後退させるようなネガティブな印象を与えるぐらいなら、別に本業を持って、必要な時に必要なだけ発信を行うようにして欲しいと勝手ながら思っています

おっしゃる通りだと思います。常見さんはブログでさらっと書いてますけど、勝手に書くペースを速めて、その結果として矛盾した情報を発信すること、且つ論者本人をそれを自覚しているというのはおかしいでしょう。この記事はネタとして書いた側面が強いですけど、少なくともこれに関してはシャレにならないと思っています。僕も常見さんの本は何冊か買っている身なので・・・。この点、William Yaminさんは

>本人がいくら熱心でもやり方がまずくて問題の解決という目的からすると結果的にはマイナスということだって有り得るわけです

と書いていて優しいなと思いました(笑)僕は常見さんの文章を見て「こんな適当な文章を書いてて、"熱心"に仕事をしているわけがない。単に就活・労働ネタが金になるから適当に文章を粗製濫造しているだけだ」という感想しか持てなかったので・・・。


>もっと深刻な状態として、ある問題に対する政治活動なり執筆活動なりで一度生活が成り立ってしまったら、むしろこのまま問題が解決しない方が自分にとっては得だという心理状態に陥っても不思議じゃないだろうな、というのも就活デモやってた時に感じたことです。社会問題の解決や啓発などを本業にするのはなんだかかっこいいし、やりがいもあるかもしれませんが、皮肉なことに自分が解決したいと思っている問題のお陰で食べられるという構図も生まれてしまう

これに関しては書きたいことが多すぎるので、コメント返信ではなく次の記事で詳しく書きます(笑)

Re: No title

>William Yamin さん

またまたコメントありがとうございます。

>実はあんまり興味がないし、言ってることやってることもおかしくてむしろマイナス、というパターンが最悪です。

そのパターンはひどいですね。ただ僕はさらに上を行く「一見問題解決に興味を持っていそうだが、実はあんまり興味がないし、言ってることやってることもおかしくてむしろマイナス、というパターン」が思い浮かびます(笑)

>、問題解決にたいして興味はないけど分析や啓発は的確な人と、問題の解決を心から願っているけれども現場分析や提案する解決策はトンチンカンな人、どっちがマシか?みたいな話にも繋がりますが

その2択だったら前者の方が良いんじゃないですかね。実際苦しんでる人からすれば、その苦しみを除去するための提言がなされるのが一番ありがたいのではないかと思いますし。

No title

常見陽平さんが40にもなって大学院に通うのは博士号の学位がないと大学教授に採用されないからだそうです。大学教授になりたくて、そんな歳で院に通いはじめるなんてこの人だれかが言っていた「意識高い系」~と思ってたら、常見さんが言い始めたフレーズとあとで知って失笑してしまいました^^;。






Re: No title

> ぺぺろっち さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>大学教授になりたくて、そんな歳で院に通いはじめるなんてこの人だれかが言っていた「意識高い系」~と思ってたら、常見さんが言い始めたフレーズとあとで知って失笑してしまいました^^;。

僕は40になって大学院に通い始めることは良いと思っていますが、それだったら「意識高い系(笑)」なんて概念も作らなくてよかったんじゃないのかとも思っています。
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