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大学院生の学業が就活により阻害されているという問題

就活時期の議論に関する資料を探していたら、とんでもないものが見つかった。それは、レジェンダ・コーポレーションの資料(http://www.leggenda.co.jp/knowledge/knowhow/comment/pdf/voice-01_01.pdf)。何が「とんでもない」のかというと、就活時期に関する意見が2072件も載っているということ。しかも、各意見には意見を述べた人の大学(大学院)名・文系か理系かという点も記されているため、それも含めて勉強になりそうである。


難点なのは、意見が2072件も載っているということで、pdfファイルが85ページもあるということ。当然、簡単に読み切れるわけがない(笑)そこでまずは、ポイントを絞ってみることにした。


僕が注目してみたのは「文系の大学院生」の意見だ。なぜなら、第一にその層ならば全2072件のうちそこまでの数を占めていないと考えられたため、短時間ですべての意見に目を通すことができると判断したことが挙げられる。理系の院まで含めるとさすがに膨大な数となるので、まずは「文系」に絞って意見に目を通してみた。


第二に、以前理系の院生の方から「就活中は殆ど研究室に来ることが出来ません。実験系は研究室に来ない限り、何も出来ません(過去の論文を読むことは出来ますが、それは本人の実績にはなりません)。修士の場合、二年間しか時間はありません。時間との勝負なのに、就職活動で半年とか消えてしまうのです」とのコメントを頂いたことが頭に残っていたことが挙げられる(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-191.html)。他にも、非公開コメントで文系の院生の方から、授業と就活の両立はできたけれども、自分の研究テーマを勉強する時間がほとんど取れなかったことを嘆く意見を頂いていたことも大きい。


「就活による学業阻害」というと、どうしてもまずは「学部生」のことが頭に浮かんでしまう。しかし、学業に取り組んでいるのは院生も同様だ。加えて、例えば就活が上手くいかなかったことを理由になんとなく大学院に進んだ人はともかく、院生は特別に学びたい分野があったからこそ大学院に進んだわけで、そういう人たちの学業が就活により阻害されているとすれば、それは可能な限り是正されなければいけないと思う。


レジェンダ・コーポレーションの資料に載っている意見を見ても、例えば青山学院大学大学院に進んだ女性は「修士のため学部生と同じだけ就活に時間が割けない。そのため、効率的にやる事を意識してはいる。しかし、説明会などが授業とかぶることも少なくなく、特に志望している企業の説明会には授業を欠席して行く様な状態である。勉強がしたくて修士に進んだのに、勉強に集中しきれない現状で、悲しい」と述べている。また、慶應義塾大学大学院に進んだ男性も「修士の人(特に留学生)にとっては、入学して一年間足らずに就活を始めなければならないのはちょっときついです。勉強のために来たのか、就活のために来たのか、わからなくなっちゃう」との葛藤を表現する。さらに国際基督教大学大学院に進んだ女性は「大学院生は本当に忙しく、課題だけでなく自分の研究も進めなければなりません。しかし、2年しかない修士のうち、半分以上が就職活動でつぶれてしまう予定です。研究もおろそかに、せっかく入学したのに勉強に集中できません」と問題点を指摘する。引用はこれくらいにしておくが、他にも立教大学大学院に進んだ女性もこれらと同様の意見を述べている。


勉強がしたくて大学院に入ったのに、ただでさえ大学の4年間より短い2年間の大学院生活が就活に費やされることになることに苛立ちを覚える人は確かにいる。かといって、企業が新卒を好む傾向が少なからずあるはずの現在の状況下では、大学院では研究に専念して卒業後に就活をするという選択はし辛いだろう。すぐ上で取り上げた、国際基督教大学大学院に進んだ女性は「大学院生は1年生のうちの就職活動による内定か、2年生最後に2~3か月集中的な就職活動か、なにか別の方法があるとよいと感じています」と、企業が院生の採用を学部生とは別の形で行うことを提案している。


この女性の意見を即鵜呑みにするのは違うと思うけれど、少なくとも「大学院生の学業が就活により阻害されている」という問題はもっと認識すべきだと考える。今後、理系の院生の意見、そして学部生の意見にも目を通してみたい。

「大学院生の学業が就活により阻害されている」という問題をもっと認識すべきだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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No title

「院生と言えば修士」という前提も、そろそろなくなって欲しいです。シュウカツ市場では圧倒的にマイノリティですが、企業に就職したければ、学士修士と同様のタイミングで同様の時間をかける必要があるのが現状です。寧ろ「博士は採らない」とハッキリと門前払いする企業もある分、不利かも知れません。

それなのに「有名大学なら推薦で一発だろ?」「博士ならアカデミアって逃げ道があるじゃん」「大学の先生になるんでしょ?」「色々勉強してきたんでしょ、なら大丈夫だよ」とか軽く言われると、なかなか辛いものがあります。

No title

文系大学院生の就活の問題よりも、
文系大学院へ行くことのリスクを先に論じるべきですね。
行っても無駄なのは法科大学院も他の文系も同じ。
大学院行っても詳しいのは文学や哲学や歴史じゃ、民間企業は学部卒をとりますよ(経済なら多少は違うか?)。
しかも2年じゃ、研究に没頭したって、せいぜい学部卒に毛が生えた程度。

昔は文系大学院生は修士でも門前払いでしたが、変に新卒カードがありそうに見える分、被害者が増えてるのじゃないかと危惧します。
大学も、授業料目当て、教授のポスト確保目的で学生を院に行かせたりしますからね。
学生も、本気で研究したかったら、民間企業への就職目当てで文系の院に行ったりしませんよ。
2年で修士出て民間企業に就職しようとする時点で、研究をなめてます。

上はあくまで文系の院の話。理系はまた別の世界なので。

No title

いつもブログを読み、勉強させていただいています。

文系大学院生です。
管理人様(筆者様)が大学院生の問題を取り上げてくださり、嬉しく思います。

今回ご指摘されている就活時期の話とは少しずれてしまうのですが、
思うことがありコメントさせていただきます。

それは「大学院生に対する企業の方の扱いと社会からの『自己責任論』」です。

私自身、就職活動を昨年12月にはじめ、まだ就職が決まっていません。
就職がうまくいかず、論文が疎かになり、一時期は本当に精神的に参ってしまいました。
このままでは修士論文に支障をきたすと考え、6月からは就職活動を少し休み、
修士論文に集中しています。

学部時に就職活動がうまくいかず院への進学を決めたわけではなく、
学びたいこと、研究したいことがあり進学しました。
しかし、就職がうまくいかないことに関して、それは「修士課程に進んだ私の『自己責任』」で片づけられることが多々ありました。

勿論、自分に非がないとは全く思いません。
大学院生の就職活動の現状を調べ、相当な覚悟を持ったうえで進学したかと問われれば、
甘かったとも思っています。

ただ、大学院では学会発表なども含め、研究に私なりに懸命に取り組んできたつもりです。

それでもある企業の面接で就職活動があまりうまくいっていないという話をすると
「ほかの人より2年間好きなことやってたんだから仕方ないよね。それなりの苦労をしないと」と言われたことがあります。」

大学院生でも内定をいただいている人はたくさんいます。
内定がなかなか出ないのは、「大学院生」という理由ではなく「私自身」であることも承知しています。

ただ、企業の方に
「文系大学院生は2年間遊んでいる人がほとんど」(そのまま言われました)と言われたり、
周囲から「自分から大学院に進んだのだから『自己責任』」と言われたりすると、
少し悲しくなります。

今も、修士論文を書きながら、将来への不安でいっぱいです。

No title

lingmuさん、お久しぶりです。

現役の大学院生は、大学院や教授のことをあまり悪く言わないものだということを考慮して読んだ方がよいのではないかと思いました。実際に、この資料で意見を述べている人の多くは、研究がしたくて大学院に進み、教授の言うことを信じて研究に励んでいる人なのではないでしょうか。もう修了して働いている私は、現在の日本の大学院のあり方について、もう少し批判的な立場です。

私は、修士課程のプログラムの中身を変える必要があると思います。修士課程を修了して就職するという進路を目指す人がこれだけ増えているのにも関わらず、日本の大学院の多くは「教育機関」というよりは「研究機関」として学術界の価値ややり方を学生に押し付けるだけのところが多いと思います。そして、研究に真面目に取り組んでいる人ほど、就職活動がうまくいかなかったり、就職後に産業界の新しい価値観に適応できなかったりします。

2年間という短い期間に研究や就職活動などを行わなければならない修士課程だからこそ、人を育てて社会に送り出す教育機関としても機能するように、プログラムを設計する必要があると思います。

No title

文系院生を救済する方法を敢えて考えるとすれば、文系院卒の推薦制度を少しずつ広めていくことかな。
「そんなので就職できる奴は普通に就職出来るだろ!」っていう、前回のコメと矛盾してるけどw

前回のブログ主さんへのレスをも兼ねるけど
学生:就職するための具体的な目標が多少見える(そこに到達できるかはさておき)のでプラス。
企業:文系で専門性持ってる人材を採用したい企業にとっては
教授の箔がついて一定の優秀さが担保されてるのとあわせてプラス。
他の就活生:人材の性質としての土俵が違うので「席を奪ってる」というマイナスにはなりにくい。
大学院:注目度が上がるのでプラス。
ついでにリクルートだとかの就職産業が介在しないのもプラスw

てなわけで、ブログ主さんらが掲げる「就活の合理化」を強いて挙げるとすればこんなもんじゃないかなと。

院での専攻内容はどうなんだ、推薦漏れしたらどうするんだ。という疑問には知るかとしか言えないけど

Re: No title

> パクさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>「院生と言えば修士」という前提も、そろそろなくなって欲しいです。シュウカツ市場では圧倒的にマイノリティですが、企業に就職したければ、学士修士と同様のタイミングで同様の時間をかける必要があるのが現状です。

「院生の就活生」というとどうしても修士の人が多くを占めるため「院生と言えば修士」という前提が広まってしまうのでしょうが、おっしゃる通り博士課程に進んだ人も就活をする場合はあるわけで、そこを見落としてはいけないと思います。

>「有名大学なら推薦で一発だろ?」「博士ならアカデミアって逃げ道があるじゃん」「大学の先生になるんでしょ?」「色々勉強してきたんでしょ、なら大丈夫だよ」とか軽く言われると、なかなか辛いものがあります

ポストセブンでも「高学歴プア 東大院卒就職率56%、京大院卒はゴミ収集バイト」という記事が載っていたりしますし(http://www.news-postseven.com/archives/20130110_165134.html)、高学歴ワーキングプアの問題を少しでも知っていたら、そんなに気軽に「大丈夫だよ」、「逃げ道があるじゃん」なんてことは言えないはずなんですけどね・・・。

Re: No title

>ななし@No title さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>文系大学院生の就活の問題よりも、文系大学院へ行くことのリスクを先に論じるべきですね

「企業は若い学部生の方を好むに決まっているから行かない方が良いよ」で話が終わりそうな気がするんですが(笑)もしそのリスクの存在について論じるなら、sinitiainenさんが仰っているように「修士課程のプログラムの中身の改善」にまで話を広げないと、中身がある意見が出てくることはないと思います。

>学生も、本気で研究したかったら、民間企業への就職目当てで文系の院に行ったりしませんよ。2年で修士出て民間企業に就職しようとする時点で、研究をなめてます

「研究」というのはずいぶん敷居が高い営みなんですね。

Re: No title

> いつもブログを読み、勉強させていただいています・・・というコメントをくださった方へ


こんばんは、コメントありがとうございます。

>それでもある企業の面接で就職活動があまりうまくいっていないという話をすると 「ほかの人より2年間好きなことやってたんだから仕方ないよね。それなりの苦労をしないと」と言われたことがあります。」(中略)企業の方に 「文系大学院生は2年間遊んでいる人がほとんど」(そのまま言われました)と言われたり、

文系大学院生への印象、ひどいですね・・・。中には確かに大学院に籍を置きながら遊んでいる人もいるんでしょうけど、一方で自分が学びたい分野を探求する意欲ある学生もいるのではないかと思うのですが・・・。

>周囲から「自分から大学院に進んだのだから『自己責任』」と言われたりすると、少し悲しくなります。

なぜ「学びたいこと、研究したいことがあり進学する」という行為にそこまで高いハードルが設けられなければいけないのか、僕には理解できません。「学部で就職するか」・「本格的に研究者の道に進むか」という両者の中間の選択肢があってもよいと思うのですが。

Re: No title

> sinitiainenさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>日本の大学院の多くは「教育機関」というよりは「研究機関」として学術界の価値ややり方を学生に押し付けるだけのところが多いと思います

そうなんですか。「大学院ごとに事情は違うのではないか?」という超当たり前のことが一瞬頭に浮かびましたが(笑)、こちらのエントリー(http://skchura.blogspot.jp/2011/01/blog-post_31.html)では研究内容よりも指導教員に好かれることの方が大事という趣旨のことが書かれている、即ち教員が押し付けてくる価値を受け入れられるかどうかという点が大事だということになっている現状が記されていますね。

>2年間という短い期間に研究や就職活動などを行わなければならない修士課程だからこそ、人を育てて社会に送り出す教育機関としても機能するように、プログラムを設計する必要があると思います

むやみに海外のやり方を礼賛するのは嫌いですが、この点については、海外の大学院から学べるところは学んだ方が良いでしょうね。

Re: No title

> のさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>文系院生を救済する方法を敢えて考えるとすれば、文系院卒の推薦制度を少しずつ広めていくことかな

いや、考え方としては賛成です。もちろん、実現可能性だとか「教授が恣意的な評価をするのではないか?」とか懸念は考えられますけど、検討の余地はあるのでは。

ななしさんのコメントにある「大学も、授業料目当て、教授のポスト確保目的で学生を院に行かせたりしますからね」、ポストセブンの記事にある「"大学院生を増やして食い扶持を維持したい"という大学側の思惑がある」という記述を見ると(http://hamusoku.com/archives/7674931.html)、教授も大学院生の就職状況について、およびそれをどう改善するかについて少しは考えてほしいものと感じます。

No title

>「研究」とは敷居の高い営みなんですね。

ここまで研究をばかにした言葉は久しぶりに聞きました。
研究に対するリスペクトも何もない。

現在の文系大学院にある学科で、民間企業に就職して役に立つ技能を身につけられるところは非常に少ないでしょう。
今の文系大学院を変えるのではなく、新たに新しい大学院を作る、ということになりますが、これは結局、文部科学省や大学関係者の利権で動くに違いないので、あまり意義を感じません。

修士課程は新卒カードのためと割り切ってしまうのも一案ですが(文系大学院は授業が2年間で8コマくらいとればいいので、就活に影響ない。遊んでいるといわれるのは、授業以外は遊んでる人もいるから)、それで修士修了者が有利になると、お金のある人が有利になり、お金のない既卒者が気の毒。お金のない人が院へ行ってさらに奨学金の借金を背負うはめにもなる。

もともと文系大学院はオタクの行くところで、研究は狭く深く学ぶオタクによって支えらてきたところがあり、民間企業に向かない人が行きたがる傾向あり(私がそうです)。

なお、リンク先の女子大教員のブログに書かれていることで、指導教員に気に入られないとうんぬんは文系だけの話ではなく、理系もそうです。
ただ、これはまさに研究の世界の話で、教授は自分の研究の助けになる人を優遇する傾向にあるので、自分に都合のいい院生を優遇し、そうでない人は冷遇する、というのは文系理系問わずあります。理系の場合、大学だけでなく、民間企業への就職も研究職への就職なので、これが問題になってくるのですが、文系修士の場合はこれは当てはまりません(文系修士で企業に就職するのは研究職でないどころか、文系の学問とは無縁な職種が多いはず)。ここを混同しないでほしいです。

女子大教員のブログの最後に書かれていること、大学院へ行くなら欧米の院へ行け、というのはまったく同感です。欧米の院へ行けば、研究の敷居も高く、企業に就職してから役に立つスキルも身につくし、なにより、英語のスキルが格段にあがりますから。欧米の院で修士号や博士号をとるというのは、研究をなめていたらできないし、お金さえあればできることでもないですから。

最初の言葉にかえると、確かに日本の大学院は今、相当にレベルが下がっているらしく(私がいた頃も低かったですがそれよりさらに)、研究は敷居が低いと思って院に入るのが普通なんでしょうね。「そんな考えでは研究をなめている」と言う人もいなくなったのですね(言った私がばかだったとはわかっていますが)。

No title

勉強や研究をすることよりも、いかに満足のできる就職ができるかということが、多くの人の関心を集めている以上、この傾向はなかなか変わらないような気がしました。もちろん建設的な意見が出されて現状が少しでも変われば私も嬉しいです。

最近では就職難がますます騒がれるようになっていますから、学生のみならず保護者も「学業よりも就活の結果はどうなんだ?それが就活に有利になるのか?そっちが心配だ」という考え方になってきているでしょうし、大学の進学相談会や説明会でも、注目されるのは「就職率」ですから、就職というのが他のことを圧迫するほど大きな存在になってきているのかもしれませんね。

特に文系の場合は専攻内容と職業の結びつきが薄いこともあってか「もっと勉強したい」という主張さえも「好き勝手やっている・わがまま」と捉えられる傾向もあるんじゃないかと思います。

私の学生時代も、学部3年になると、どこへ行っても話題になるのは「就活」でしたし、「就活に有利なことはやる。そうじゃないことは無駄」というような発言をする人も普通にいましたから、「勉強すること」自体のイメージが変わらない限り、難しいんじゃないかなあと感じます。

ただ私は幸いにも鈍感だったためか、卒論とか勉強もマイペースにやっていましたけどね(笑)

Re: No title

>ななし@No title さん

またまたコメントありがとうございます。

>ここまで研究をばかにした言葉は久しぶりに聞きました。研究に対するリスペクトも何もない。

「ある分野を極めること」は敷居が高い営みだと思うのですが、「自分が知りたいと思うことを探求する」ことの敷居はそんなに高くあるべきではないだろうと僕は思っています。ゆえに、「2年で修士出て民間企業に就職しようとする」ことをもって「研究をなめてます」という見方は、個人的にはあまり共感できません。別に「なめてる」とか言わなくてよいでしょと思っています。


もし、ある修士が「私は~な分野を極めたぞ!」なんて言っていたら、それには「研究なめんな」と言ってよいと思いますが、実際に学ぶ意欲を持っている人でそんなことを言う人はいないと思いますけどね。ブログ書いてても思いますけど、通常学ぼうとすれば学ぼうとするほど分からないことに直面するはずですしね。


その他の記述は、大学院の現状の理解につながって勉強になりました。ありがとうございました。

Re: No title

> 文転就活生さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>勉強や研究をすることよりも、いかに満足のできる就職ができるかということが、多くの人の関心を集めている以上、この傾向はなかなか変わらないような気がしました

多数派の意見に配慮するというのも一つの考えですが、一方で「多くの人が勉強・研究にそれほど関心を持ってないと言えども、その多数派に合わせる必要はない」という考えを定立することも可能だと思っています。

>特に文系の場合は専攻内容と職業の結びつきが薄いこともあってか「もっと勉強したい」という主張さえも「好き勝手やっている・わがまま」と捉えられる傾向もあるんじゃないかと思います。

その通りだと思いますし、上にある「いつもブログを読み、勉強させていただいています。文系大学院生です」から始まるコメントは、 文転就活生さんのご意見の正しさを証明しています。そういえば、とある大学院で「人文科学のような金にもならないし、世の中にも役立たないことをなぜするのか?」という問題が出題されたようですね(笑)http://blog.livedoor.jp/jusa_log/archives/27868745.html

No title

本筋とは関係ありませんが。


>ただでさえ大学の4年間より短い2年間の大学院生活が就活に費やされることになることに苛立ちを覚える人は確かにいる

このことに対して憤りを感じるというのはよくわかりません。大学の4年間と大学院の2年間は質的に違うものなので、この2つを比較して長い短いと判断するのは適当ではないと思います。

それでは何故この2つを比較しているのでしょうか?



管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

補足

上のコメントで言いたかったことは、僕が引用した部分の表現に違和感がある、ということです。

確かに院生は忙しく時間がないとは思いますが、それを表現するのに「大学の4年間より短い2年間の大学院生活」という比較はどうなのでしょうか?

学生という点では同じですが、活動の内容や量が違うので時間だけを比べても意味がないと思います。

結局、院生は忙しいと言いたいだけなので、この指摘は本質的ではありませんが。

以上補足でした。

Re: No title

>William Yaminさん


こんばんは、コメントありがとうございます。tolemyさん宛のコメントを拝見いたしましたが、なぜか非公開で投稿されていましたので、ここで改めてWilliam Yaminさんのコメントを公開いたします。


tolemyさん

気になったので管理人さんに先駆けてリプさせてもらいますが、学部と大学院が質的に同じか違うかというのはここでは関係ないのではないでしょうか。なぜなら、パクさんが最初のコメントで
「企業に就職したければ、学士修士と同様のタイミングで同様の時間をかける必要があるのが現状です。」
と書かれているように、いくら学部と修士と博士がそれぞれ質的に違うものだとしても、現状それぞれの学生は結局同じ時期に同じように就活をせざるを得ないからです。

学部生が3年の秋から就活を始めないといけないのであれば、修士は1年の秋から始めないといけないことになります。3年目の秋から始めるのと1年目の秋から始めるのとでは意味合いが異なります。また仮にそこから就活に計1年を要したとすれば、同じ1年間でも、4年制の学部生にとっての1年間と、2年制の修士課程の学生にとっての1年間ではまた意味合いが異なる、という話です。

本来は学部も修士も博士も質的に異なるので就職活動のあり方も質的に異なるべきだという主張はあり得るのですが(それはそれでメリット・デメリットの両方があると思います)、あくまでも今のところは採用する企業側の理論で同じように行動せざるを得ないという現状が前提になっているのだと思いました。突き詰めれば、4分の1と2分の1では2分の1の方が大きいというような単純な話ではないでしょうか。違ったらすいません。

Re: No title

> tolemy さん、William Yaminさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

tolemyさんの疑問ですが、結果としてWilliam Yaminさんの文章が疑問への答えになっていますので、こちらとしては特に付け加えることがない・・・(笑)特にWilliam Yaminさんがおっしゃった「同じ1年間でも、4年制の学部生にとっての1年間と、2年制の修士課程の学生にとっての1年間ではまた意味合いが異なる、という話です」という理屈が、本エントリーにおける「勉強がしたくて大学院に入ったのに、ただでさえ大学の4年間より短い2年間の大学院生活が就活に費やされることになることに苛立ちを覚える人は確かにいる」という文章を書いた理由となりますね。

No title

> lingmu さん、William Yaminさん

確かにそうですね。4年間の勉強を3年間でするのなら密度が1.3倍ですが、2年間の勉強を1年でするのなら密度は2倍ですから。

変に勘ぐりすぎたようです。

Re: No title

> tolemyさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>確かにそうですね。4年間の勉強を3年間でするのなら密度が1.3倍ですが、2年間の勉強を1年でするのなら密度は2倍ですから。 変に勘ぐりすぎたようです。

いえいえ、疑問が解けたのならよかったです。
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