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脱社畜ブログに続いて脱社畜を考える人が読むべき「ニートの歩き方」

ついこの間、phaさん著の「ニートの歩き方」を読み終えた。この本の帯には、人気ブロガー「ちきりん」の「働かないことに罪悪感を持つ時代はもう終わり。必要最小限だけ働いて、あとは気ままに生きていこう。そんな気になれる本だと思います」という文章が載っていて、実際そういう本であった。


本を読んでいて感じたことの一つは「脱社畜ブログに書いてあったことと内容が似ている点が多いな」ということだった。もっとも、「ニートの歩き方」の発売の方が「脱社畜ブログ」の開設より先なので、本来は脱社畜ブログに対して「これ、ニートの歩き方に書いてあることと一緒じゃないか」と感じるべきである。例えば両者の「やる気」についての見解を見比べてみると・・・

・寝たい時は寝たいだけ寝れば良いし、だらだらしたい時は何もせずひたすらだらだらしていればよいと思う。やる気がしない時にも無理して頑張って何かをしようとする人がいるけれど、そういう時は素直に休めば良いんじゃないかな(中略)それに、放っておいたら大体の場合、人間は自然に何かをしようとするものだ。特にやることがなく時間も体力も気力も余っていて余裕があれば、大抵の人間は自然に何かをしたくなってくる。だから人間は無限に怠惰でいられない。そういった、自分の中から湧いてくる自発的な行動こそが本来人間がするべきことだし、つらいのを我慢して無理に何かをする必要はないのだ(中略)もし自然に何もしたくならない時は、精神のバランスを崩していたり肉体が疲れていたりするときなので、そういうときは可能な限り何もせずに休んでいればいい。(ニートの歩き方 p.141-142)

・やる気が出ない時に一番してはいけないことは、無理にやる気を出そうとすることだ。やる気を出そう出そうと焦ってしまうと、やる気が出ない自分が許せなくてますますやる気が出なくなったりする。これは、眠れない夜に無理に眠ろうとして、逆にどんどん眠れなくなってしまうのに似ているような気がする。やる気は、放っておけば勝手に戻ってくるものだと思って、やる気がない時はダラダラ過ごせばいい(中略)ずっとやる気がある状態が続くわけがないのと同様に、ずっとやる気が無い状態が続くということも普通はない。特にやる気を出すために名言を読んだり映画を見たりしなくても、やる気は時間がたてばそのうち戻ってくる。そう信じて、やる気がなくなったらノンビリと過ごしていればいい。やる気がなくなる、というのはもしかしたら自分の体から出る「休め」というサインなのかもしれない(脱社畜ブログ「やる気が出ない時に一番してはいけないこと(http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2013/06/15/154041)」)

主張内容も、主張を支える理屈も似通っていて「あなたたちは双子なんですか?」と言いたくなるくらいだ。これ以外にも主張内容が似ているところはいくつかあり、両者の問題意識は本当に共通しているのだなと感じた。即ち、「脱社畜ブログ」を心地よく読める人ならこの本を読んでハズレということはまず考えられない。
 

加えて、やはり有料だけあって「ニートの歩き方」には無料で読める「脱社畜ブログ」には欠けている長所が備わっている。一つ挙げるならば、できるだけ働かずに生きていける術が相当具体的に書かれており、その中には「そんな選択肢があるのか!」と思わずにはいられない術も紹介されている点といえる。


そもそも「ニートの歩き方」にしても「脱社畜ブログ」にしても、もし、例えばブラック企業で働いたりすることで会社勤めが苦痛だと感じた場合、周りのことなど考えなくて良いからとにかく逃げるべきだと主張している。

・仕事なんかで悩んで死ぬなんて本当に馬鹿馬鹿しい。死ぬくらいだったら無責任でも何でもいいからすべてを捨てて辞めて逃げれば良かったのに。死なないこと以上に大事なことなんて人生にはない(ニートの歩き方 p.141-142)

・僕は、その人自身がしんどくて、もう「限界だ」と思ったのであれば、責任とか周りへの迷惑なんてことは全部放り出して、逃げてしまうべきだと思っている。たとえそれで仕事が大変なことになろうとも、それはあなたのせいではない。あえて誰のせいか指摘しろと言うのであれば、それはそんな状況にあなたを追い込んだ、周りのせいだ。そんな周囲の人間に対して、配慮する必要なんて全然ない(脱社畜ブログ「逃げる」のススメ (http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2013/02/28/202641))

ただ、少し前に話題になった堀江貴文さんの「ブラック企業なんかやめれば良い。起業すれば良い」という発言への反応を見れば分かるように「企業から逃げろ」というアドバイスは無責任なものとして受け取られることがある(http://togetter.com/li/523701)。堀江さんはツッコミに対してことごとく「(その意見は)思い込み」と返したわけだが、「ニートの歩き方」を読んでいても「そんな選択肢なんかあるわけないだろ」という自分の「思い込み」が粉砕されることが多かった。「出来るだけ働かないで生きる」と言うとインターネットを活用して「サイト作り」や「せどり」で生計を立てるという姿を想像する人が多いと思うし、事実「ニートの歩き方」ではこれらについても具体的に書かれているのだが、中には「こんな手もあるのか!」と驚かされる策もある。


例えば「居候」。phaさんによれば「一人暮らしは寂しいし、ちゃんと居候力がある居候なら家にいてほしい、という需要はけっこうある(中略)家に一人くらい余計に住んでも邪魔にならないような家は探せば割とあって」とのことだ。「本当にそんな家あるのかよ」と正直思ったけれど、これも僕のただの「思い込み」に過ぎなかったということかもしれない。


また、「ダメ人間でも出来そうな小銭稼ぎ」という話も面白かった。「新商品を試して感想を言うだけで何千円かもらえる商品モニター」、「飲食店でご飯を食べて感想を言うモニター」、「パチプロに雇われて指定された台でパチンコを打つだけの打ち子」という求人誌には載っていない小銭稼ぎが案外転がっていたりするらしい。これは「口コミ」で回ってくる仕事ということで人とつながることが必要となるが、それに成功すれば僕らが想像もしていないようなアルバイトに巡り合えるということなのかもしれない。


他にも、phaさんは、自分よりもお金がなさそうな人や困っている人などにお金をあげたりすることもあるという。phaさん曰く「一般的な生き方のレールから外れても、ものすごいダメ人間でも、なんとかギリギリ死なない」範囲の生活レベルらしいが、ニート同士でつながりをもって困った時に助け合う関係ができることで、とりあえずは生きていくことなら可能となっているとのこと。「働きたくないけれど、こういうギリギリの生き方はさすがに嫌だ」という人や、phaさんが言う生活に根本的に向いていない人もいるだろうけれど、一つの選択肢としてこういう生き方が成り立っていることを知るのも悪くない。


さて、ただいま「脱社畜ブログ」の「会社を辞めました」というエントリーが話題になっている。これに触発された人もいるだろうけれど(もっともこのエントリーには「"会社を辞めろ"とか"ノマド礼賛"とかそういう趣旨のエントリでは決してないです」という留保がついている)、一方で会社を辞めた後、あるいはそもそも会社に勤めずに生きていく術のイメージが湧かないという場合もあるだろう。そういう人にとって、「ニートの歩き方」は最適な教科書の一つとなるはずだ。

「ニートの歩き方」は面白そうだという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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非公開コメント

脱社畜ブログも同時に見ている者です。
流石にちょっと気になりましたので。日野瑛太郎(電脳くらげ)さんに何か恨みでもあるんですか。
前の記事だと選民思想がある認定までして。
そのような異常に過激な事をブログ開設間もない一年近い前の記事を持ち出してまでして。
しかも前回取り上げた記事は前後の記事も読みましたがわざと扇動的に書いた記事に思えます。
今回も無料で個人がやっているブログと商用でプロの多数の校正が入った記事を比べて…
具体案を出せてない等という事なら正直このブログも同じだと思います。
自分は脱社畜ブログは起業と社員を両方経験した物の実体験談語りとして個人がやってる物としては十分中身があると思います。
もちろんここで指摘されたようなことは全く思わないわけではないです。
取りあげ書かれた内容はわからないではないですが、それでも正直異常だと思います。
わざわざ人を咎めなくては記事を書けないのですか。

No title

上の方と同じく、脱社畜ブログも見ている者です。海外ニート氏のブログもよく読んでいました。
この数ヶ月の当ブログと「脱社畜」さんの論争を静観していましたが、そろそろ頃合いかと思い筆を執ります。


結論から言って、私にはlingmu氏の行なっている「批判」は議論とは呼べず、ただ相手を潰すためのものとしか思えません。ディベートという特殊な場ではそれでも良いのでしょうが、同じ作法をこのような場で披露する意味がどこにあるのでしょうか。

lingmu氏の行う「批判」は"社畜"の定義への批判など納得できるものも多くありますが、その批判の結論の向け方が「だから貴方(脱社畜ブログ)は口を閉じて黙すればいい」という方向へ向かっています。「選民思想」という発言がまさにそれです。私は貴方が脱社畜ブログさんの「働かないことが自然だ」という意見に反対であることには口を挟もうとは思いません。しかし、それを取り上げて「選民思想」というレッテル貼りをすることに、議論の発展などありえません。そこにあるのは、ただ相手に対する人格否定です。素直に「私は~~の理由でその考えには同意できない」と終わらせることが、何故できないのでしょうか。

「私は貴方の考えには反対だ。だが、貴方が発言することには反対しない。」
これが、議論のあるべき姿だと私は考えています。

私には日本の労働問題に関して貴方や社畜ブログさん、そして海外ニート氏が積み上げてきた膨大な知識や議論にどうこう口を挟めるほどの教養はありません。しかしだからこそ、相手の考えを―それが自分にとって納得できるものであれ、そうでなかれ―まずは議論点として認めることから始めることが、相手と議論をする上での最低限のマナーだと考えています。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

もしかしたらご存じで、あえて記事内では触れなかったのかもしれませんが、
そもそも日野瑛太郎(電脳くらげ)氏が脱社畜ブログを始めたきっかけが「ニートの歩き方」だそうです。
(それに関しては脱社畜ブログの"2012年を振り返る"という記事の中に書いてあります)

Re: タイトルなし

> ベル さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>前の記事だと選民思想がある認定までして。そのような異常に過激な事をブログ開設間もない一年近い前の記事を持ち出してまでして

「選民思想を持っている」という評価は異常なことなんですね。僕は、この記事(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-457.html)にある「ななし」さんの「選民思想の持ち主であるということは、むしろ肯定的に捉えられるのですけどね。それが人格批判とは驚きました」という意見に比較的共感していたので(「肯定的に捉えられる」という点はちょっとピンと来ないのですが、「人格批判とは驚く」という点には共感しています)、ベルさんのコメントを見て驚いたというのが正直なところです。


>今回も無料で個人がやっているブログと商用でプロの多数の校正が入った記事を比べて…

だから記事本文では、あえて「やはり有料だけあって"ニートの歩き方"には無料で読める"脱社畜ブログ"には」という言い回しを用いたのです。単に「"ニートの歩き方"には"脱社畜ブログ"には欠けている長所が備わっている」と書いたら、それは「商品として売り出されているものと、個人でやっているブログを比べたら前者が勝つに決まっているだろ」という話になります。そのような話になるのを避けるためにあえて冗長な言い回しを用いたのですが・・・、こちらの文章力が足りず伝わらなくて申し訳ありません。

>流石にちょっと気になりましたので。日野瑛太郎(電脳くらげ)さんに何か恨みでもあるんですか。

このようなコメントは、前に別の方からも頂いたことがあります(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-457.html)。それに対して僕は「特に恨みはないですけど、純粋に主張内容がおかしいと思っているだけです」と返しまして、その思いは今でも変わっていない、いや脱社畜ブログを読み進めてみてますますその思いは強まっています(ちなみに、その「おかしい」と感じる点は「具体案を出せてない」というものではありません)。僕はその「おかしい」と感じたポイントをブログに書いていくだけです。ただ、人格批判と受け取られてもおかしくないような表現は避けていくことを心がけます。

Re: No title

> nanashiさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>lingmu氏の行う「批判」は"社畜"の定義への批判など納得できるものも多くありますが、その批判の結論の向け方が「だから貴方(脱社畜ブログ)は口を閉じて黙すればいい」という方向へ向かっています。「選民思想」という発言がまさにそれです

僕の「選民思想」に関する考えは「ベル」さんへのコメント返信をご覧ください。

>私は貴方が脱社畜ブログさんの「働かないことが自然だ」という意見に反対であることには口を挟もうとは思いません。しかし、それを取り上げて「選民思想」というレッテル貼りをすることに、議論の発展などありえません。そこにあるのは、ただ相手に対する人格否定です

これは、一つ前の記事における「今となっては僕のこの記述は"どう見ても選民思想はあると思います。僕が間違ってました"と訂正しなければならないだろう」という記述を受けてのコメントですよね。その記述の少し前に「起業家(起業経験者)を"王者"に例えているのに対して会社員は"奴隷"という扱いになっているのがすごい」と書きましたが、僕が「脱社畜ブログ」に選民思想があるのではないか?と考えた理由はそれが理由ですよ。


「働かないことが自然だ」という意見などから「脱社畜さんの問題点は、働かない方が上だという選民思想があるのに、それを否定しようとしていることです」と言ったのは「ななし」さんという方であり、そのコメントを読んだ段階では僕は「僕は"脱社畜ブログ"が"選民思想"を抱いているとまでは思いません」と言っています(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-457.html)。

>「選民思想」というレッテル貼りをすることに

上述のように僕は「起業家(起業経験者)を"王者"に例えているのに対して会社員は"奴隷"という扱いになっている」記述を取り上げた上で、「"どう見ても(※脱社畜ブログには)選民思想はあると思います。僕が間違ってました"と訂正しなければならないだろう」と書いたわけですが、これはレッテル貼りなのでしょうか?レッテル貼りというのは「偏見に基づいてある人や物事をなんらかの一言で片づけ、ステレオタイプに押し込むことで、対象を単純化・矮小化する行為全般」を指すと僕は認識しているのですが(http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AB%E8%B2%BC%E3%82%8A)、僕は脱社畜ブログにおける「事実」を示したうえで「脱社畜ブログに選民思想があるだろう」旨を述べています。これは単なる「評価」であって「レッテル貼り」とは思えないですし、ゆえにnanashiさんの「だから貴方(脱社畜ブログ)は口を閉じて黙すればいい」という方向へ向かっています」という記述は妥当ではないとこちらとしては考えています。

Re: No title

> ズーさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>もしかしたらご存じで、あえて記事内では触れなかったのかもしれませんが、そもそも日野瑛太郎(電脳くらげ)氏が脱社畜ブログを始めたきっかけが「ニートの歩き方」だそうです。

脱社畜ブログが「ニートの歩き方」に共感していることは知っていましたが、ブログ開設のきっかけが「ニートの歩き方」であるということは認識していませんでした。ただ、「脱社畜ブログが"ニートの歩き方"に共感している」という知識があったことを差し引いても、脱社畜ブログにあったのとほとんどそのままの主張・論理展開を「ニートの歩き方」で見たときは驚きましたね。「こんなに問題意識が一緒なんだ!」と。

Re: No title

> 非公開コメントをくださった方へ

こんばんは、コメントありがとうございます。

おっしゃる様な「仮説」ですが、それは事実ではありません。そもそもそのような「仮説」を立てられた前提として、僕が「選民思想」というレッテルを脱社畜ブログに貼って、人格批判をしているというものがあったのではないかと思いますが、こちらとしては、その前提が異なるということを「ベル」さん・「nanashi」さんへのコメント返信を通じて表現したつもりです。その表現をどう評価するかは結局のところ読者の方に委ねるしかありませんし、むしろ「評価」とは他人がするものである以上委ねるべきなのですが、一応僕としてはコメント返信に書いたようなことを考えていたということです。

No title

lingmuさん
返信を読ませて頂きました。

長くなりますが返信させて頂きます。

まず選民思想について。
lingmuさんの場合、選民思想という言葉をどのような意味で使われていますか。
自分の場合ハッキリとこうだ!と言えません。調べてもどこも抽象的でよくわかりませんでした。なのでコメ欄「ななし」さんの言っていることもよくわかりません。
ただ次のURLのベストアンサーや回答No.1に近いイメージはあります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1436356254
「自分はとてつもなく尊いと思っていて、気に入らない物は強く排除する。」理不尽な強い攻撃性がある者(達)という感じ、でしょうか。昔のナチスの思想のイメージと言いますか。
レッテル張りや中傷に使われる場合このような過激な意味で使われる場合が多いように思います。
ですのでそのような言葉で断定したことに対しては、あまりにも過激と思った次第です。
指摘の記事やその他の記事をどう読んでもそこまでの思想を日野さんにあるかと言えばない、と自分は感じますので。

「やはり有料だけあって"ニートの歩き方"には無料で読める"脱社畜ブログ"には」とすればどう書いてもいいと言うわけではないと思います。というより「やはり有料だけあって」と書いて有る所から「やはり無料の脱社畜ブログはダメなのだ」と言っているようにも読めます。
…特に今回の記事ですが、脱社畜ブログを絡める必要ありますか?中身が非常に似ている事を書のは別に良いと思うのですが「「脱社畜ブログ」には欠けている長所」等の文言は必要ですか?最後の段落でも「中身が無い脱社畜ブログより本を読もう」と暗に貶してますよね。他にもそう感じ取れる所があります。
今回の記事の趣旨は何ですか?自分はphaさんの本の紹介と見せかけた、日野瑛太郎(電脳くらげ)さんのブログを貶す事が主目的の記事だと感じました。
nanashiさんも同じように思われてコメントを残されたのではないでしょうか。

>「特に恨みはないですけど、純粋に主張内容がおかしいと思っているだけです」(中略)脱社畜ブログを読み進めてみてますますその思いは強まっています。
以前もわざわざ前後編で2日にかけて批判記事を展開し、今回も2日にかけて、1つは古い記事を持ちだし、2つ目は中傷記事としか思えないようなものを出してるわけで恨みと言うものとは違っても何かとてつもない負の感情があるのは強く感じます。他にも少々他人を貶す記事は見受けられますがここまで同じ人で続く事は無かったと思いますし。
ますます強まっているという何らかの思いがあるという事でしたら、変に小出しにせず一つの記事で纏めてその思いをはっきりと書かれたほうがよろしいのではないでしょうか。今のままでは正直何にそこまで執着しているのかわらないので恐ろしいです。

Re: No title

> ベルさん

こんばんは、またまたコメントありがとうございます。

>まず選民思想について。lingmuさんの場合、選民思想という言葉をどのような意味で使われていますか。

僕のイメージでは、ベルさんが引用したURLにある「簡単に言えば"自分たちが選ばれた(優秀な)存在である"とする(+特定の層を劣っているとみなす)思想」という意味ですね。この意味に従って「脱社畜ブログのエントリーでは起業家(起業経験者)を"王者"に例えているのに対して会社員は"奴隷"という扱いになっている→起業家の方が上だという選民思想がある」という考えを経て、記事本文にあるような表現を用いました。

>「自分はとてつもなく尊いと思っていて、気に入らない物は強く排除する。」理不尽な強い攻撃性がある者(達)という感じ、でしょうか。昔のナチスの思想のイメージと言いますか

「昔のナチスの思想のイメージ」とありますけど、ベルさんが参照されたURLのベストアンサーには「歴史上、最も極端な"選民思想"を持っていた連中を挙げるなら"ナチス"だね」とありますよね。これは即ち「もっとも極端な」選民思想には「理不尽な強い攻撃性がある」という要素が絡んでくるけれども、単に「選民思想がある」というだけでは、そこに「理不尽な強い攻撃性がある」という要素は絡んでこないのではないでしょうか。僕としては脱社畜ブログの文章からは「起業家>会社員」という優劣関係は見られると考えていますが、だからといって彼の文章に「理不尽な強い攻撃性がある」とまでは思っていないし、そのような意味を記事本文に込めたつもりもありません。(続く)

Re: No title

> ベルさん

コメント返信の続きです。

>「やはり有料だけあって"ニートの歩き方"には無料で読める"脱社畜ブログ"には」とすればどう書いてもいいと言うわけではないと思います。というより「やはり有料だけあって」と書いて有る所から「やはり無料の脱社畜ブログはダメなのだ」と言っているようにも読めます。

確かに記事本文では「できるだけ働かずに生きていける術が相当具体的に書かれており、その中には"そんな選択肢があるのか!"と思わずにはいられない術も紹介されている点」に関して、「ニートの歩き方」が「脱社畜ブログ」を上回っていると書いていますし、この評価は間違っていないと思っています。しかし、この点に関して「脱社畜ブログ」が「ニートの歩き方」に劣っていると言ったからといって(まぁ、前のコメント返信でも述べたように、商品として売り出されているものと個人でやっているブログを比べたら前者が勝つに決まっているので、この点について劣るのは仕方がないのですが)、それが「脱社畜ブログ」の文章すべてを批判していることにはまったくならないと思うのですが。繰り返しますが、僕が言ったのはあくまでも「できるだけ働かずに生きていける術が相当具体的に書かれており、その中には"そんな選択肢があるのか!"と思わずにはいられない術も紹介されている点」に関して「ニートの歩き方」が「脱社畜ブログ」を上回っているということだけです。

>…特に今回の記事ですが、脱社畜ブログを絡める必要ありますか?中身が非常に似ている事を書のは別に良いと思うのですが「「脱社畜ブログ」には欠けている長所」等の文言は必要ですか?

「脱社畜ブログとニートの歩き方の問題意識が共通している」という点を紹介すれば、その後脱社畜ブログを見てみることで実際に「ニートの歩き方」を買うか否かを読者の方が判断しやすくなるだろうと考えていました。僕があれこれ説明するよりもあっちのブログを直に見てもらった方が「ニートの歩き方」の問題意識も分かりますからね。

「"脱社畜ブログ"には欠けている長所」という文言ですが、「ニートの歩き方」と「脱社畜ブログ」の質が全く同等ならば「じゃあ、脱社畜ブログだけ読めば良いじゃん」という話になりそうだと思ったので、「ニートの歩き方」ならではの長所があることを示すために用いました。


>最後の段落でも「中身が無い脱社畜ブログより本を読もう」と暗に貶してますよね。他にもそう感じ取れる所があります。

全く意味が分からないので、「暗に貶してます」という中途半端な批判じゃなくて、僕の文章のどの文言から「中身が無い脱社畜ブログより本を読もう」という解釈が導けるのかを説明していただきたいです。印象論じゃなくて、きちんと説得力のある主張を展開されることを望みます。

>今回の記事の趣旨は何ですか?

趣旨は「ニートの歩き方」の紹介ですよ。加えて、その紹介の過程で「①脱社畜ブログと問題意識が共通している②できるだけ働かずに生きていける術が相当具体的に書かれており、その中には"そんな選択肢があるのか!"と思わずにはいられない術も紹介されている」ことの2点を示すことを図りました。

>自分はphaさんの本の紹介と見せかけた、日野瑛太郎(電脳くらげ)さんのブログを貶す事が主目的の記事だと感じました

これもただの印象論ですから、僕としてはこれに対して何を言ってよいのかわからないですね。

>nanashiさんも同じように思われてコメントを残されたのではないでしょうか。

それは無いと思いますよ。彼が批判しているのは「僕が脱社畜ブログの文章を批判した際に"選民思想"という表現を用いたこと」です。即ち、nanashiさんが問題視しているのは、一つ前の「"会社員=社畜"という見方はおかしくないか」という記事における文章の訳です。勿論nanashiさんの真意はわかりませんが、現在コメント欄にある文章を読む限りでは「nanashiさんも同じように思われてコメントを残されたのではないでしょうか」というのは全く根拠に欠ける決めつけでしかないと言わざるを得ません(続く)

Re: No title

> ベルさん

これでラストです。文章が長くなりそうだったのでコメント返信を分けています。この点について気に障ったなら申し訳ありません。

>ますます強まっているという何らかの思いがあるという事でしたら、変に小出しにせず一つの記事で纏めてその思いをはっきりと書かれたほうがよろしいのではないでしょうか

申し訳ないのですが、①一つの記事で複数のトピックを扱うのは望ましくない(読み手が混乱するので)②1つの記事の文字数があまりにも長くなると読み手に優しくないと考えますので、それについては「よろしくないです」としか言いようがないです。

>以前もわざわざ前後編で2日にかけて批判記事を展開し

これもすぐ上に書いたことと関連するのですが、以前前後編に分けて脱社畜ブログの文章を批判したのは、あの時点で脱社畜ブログの文章に対して批判したいポイントが2つあり、その2つを1つの記事にまとめると結果として「主題がはっきりせず、何が言いたいのかよく分からない記事」になる危険性があったから、且つ文章量が多くなり過ぎるというデメリットもあったからです。

>今回も2日にかけて、1つは古い記事を持ちだし、2つ目は中傷記事としか思えないようなものを出してるわけで

「古い記事を持ち出し」のくだりはまだ理解できなくはないのですが「脱社畜ブログに続いて脱社畜を考える人が読むべき"ニートの歩き方"」が中傷記事という捉え方は正直理解できません。一つ前のコメント返信で書きましたが、「ベル」さんの言っていることは印象論ばかりなので、なぜこの記事が「中傷記事」と捉えられるのかをちゃんと説明していただかないと僕の方としてもなんとも言いようがありません。

>他にも少々他人を貶す記事は見受けられますがここまで同じ人で続く事は無かったと思いますし

当ブログの「常見陽平さん・海老原嗣生さんなど"就活に関する論客"批判(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-category-36.html)」というカテゴリを見ていただければ分かりますが、そのカテゴリに属する記事では常見さん・海老原さんが複数回にわたって継続的に批判されていますので、このご指摘は明らかに単なる事実誤認です。

>今のままでは正直何にそこまで執着しているのかわらないので恐ろしいです。

これまでこのブログで脱社畜ブログの文章を批判したことは3回あると思っています。それは「脱社畜ブログと社畜は結構似た者同士なんじゃないか 前編(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-456.html)」、「脱社畜ブログと社畜は結構似た者同士なんじゃないか 後編(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-457.html)」、「"会社員=社畜"という見方はおかしくないか(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-474.html)」です(「脱社畜ブログに続いて脱社畜を考える人が読むべき"ニートの歩き方"」は僕の中では批判記事とは思っていません)。そして各記事ではそれぞれ異なる批判をしています。それを読めば「何にそこまで執着しているのかわらない」という疑問は解けるのではないかと思います。以上です。
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