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「企業は就活生に不採用理由を伝えるべき」という問題提起はもう見飽きた

開沼博さん著の「フクシマの正義」という本のサブタイトル「"日本の変わらなさとの闘い"」に惹かれて本を手に取った。その本には「日本はなぜこんなに変わらないのか」と題した章がある。その章の中で、僕が就活・労働問題に関する言論に対して抱いていることをそのまま言語化したかのような次の文章があった。

何で新聞とかテレビとかで言われている問題、「こんな悪いことがある、変えなければならない」って言ってることってなかなか変わらないのかという思いがあった(中略)「悪」の存在を暴露し告発することで社会が変わる、よりよくなるということはあるだろう。そういうことなら、それはそれで頑張ればいい。だとしても、「結局変わらない社会問題」に対して、ずっと同じ切り口でのアプローチをしてきて飽きてこないのか

開沼さんは、「(問題提起がなされても)結局何も変わっていないこと」、変わっていないその原因を検証しようともしないメディアや民意に対して憤りを覚えている。開沼さんが就活・労働問題についてどのくらいの見識があるかは知らないが、もし詳しいようなら、この分野の言論にも苛立ちを覚えるかもしれない。


ブログを書いてきて、あるいはブログを書く過程で文献に目を通してきて思うのは、就活・労働問題について述べる言論のフォーマットが決まりきってきたなということだ。勿論、例えば問題に関心を持ち始めた人にとっては「紋切り型の問題提起」が理解を深めるにあたって重要である場合が考えられるので、一概に決まりきった切り口でのアプローチが悪いとは言えない。しかし、その「紋切り型の問題提起」が反論に晒されたにも関わらず、その反論を踏まえずに繰り返し同じ形での問題提起がなされるケースは、議論が進歩しないという意味で有害と言って良いだろうと思う。


その典型が「企業は就活生に不採用理由を伝えるべき」という趣旨の問題提起である。最近でも、「就活生が不満"お祈りメール" 学生に"不採用の理由"を聞く権利はないのか?」という記事がニコニコニュースにアップされた。これも、「不採用の理由を聞いてきた学生」に対して不採用理由を伝えることを企業に求める問題提起と言える(まさか、「就活生が企業に対して不採用の理由を質問できればよく、その質問に企業が答えるか否かは自由」という無意味にも程がある主張はしていないだろう)。一見、こうした記事は就活生の立場を改善するという観点から有益だと言えるように思える。


しかし、「企業は就活生に不採用理由を伝えるべき」という主張にはこれまで多くの反論がなされてきた。僕自身もこのブログで「企業は就活生に対して面接で落とした理由を説明する必要は無い」・「不採用の理由が分からずに苦しむ就活生をサポートする役割を担うべきなのは企業ではない」という記事を書いた。また、記事にコメントをくださったブロガーの方も「企業は就活学生に"落とした理由"を伝える必要無し」という記事を書いていたりしている。この他にも、確かtwitter上でもこの問題提起に対する異論を唱える声をいくつか見かけた気がする。


なぜ反論をしているのか。誤解しないでほしいが「就活生が不採用の理由が分からずに苦しもうが勝手でしょw」というクソみたいな主張はしていない。端的に言えば、その問題提起により就活生が利益を得るとも思えないし、場合によっては不利益すら被るという認識に基づいて反論をしている。具体的に言えば「"そもそも企業は当たり障りのない理由しか伝えないだろう"という実効性の無さが予測できる(=就活生は利益を得ない)」、「落とされた理由を聞かされたら心が折れる学生が増える(=就活生が不利益を被る)」という内容の反論である。


「企業が就活生に不採用理由を伝える」というのはそれ自体が「目的」ではなく、あくまでも就活生が置かれている状況を改善するための「手段」に過ぎない。まさか「就活生がどうなろうが知ったことではなく、企業が不採用理由を伝えることこそが大事なのだ」という主張をする人はいないだろう。即ち、その「手段」を採用することによって就活生が利益を得ない・不利益を被るということなら、その手段をボツにするべきだ。


僕はこのように考えているわけだが、もちろん僕の考えが妥当ではない可能性もある。仮に上で記したような、企業が就活生に不採用理由を伝える場合に考えられる問題点を克服した問題提起がなされているならば自分の考えを変えたいと思う。しかし、上述のニコニコニュースの記事はこれまで何度もなされてきた紋切り型の問題提起に留まっているため、賛成できないという意見と同時に「既に異論が続出しているのに、それでもまだ紋切り型の問題提起を続けるのか」という憤りも覚える。


開沼さんが言う「"結局変わらない社会問題"に対して、ずっと同じ切り口でのアプローチをする」行為に対する批判を強める必要があるのではないだろうか。さもなければ、社会問題は「結局変わらない」ままで終わると思う。

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No title

書きこむのは2回目になります。以前1度非公開コメントを書きました。
ブログをよく読んでおり、楽しみにしております。

将棋でいうところの「勝手読み」ってやつです。
自分の1手目に対して、都合のいい2手目を自分勝手に想像し、理想的な3手目を期待することです。
当然、都合のいい2手目を相手が打ってくるとは限らないわけです。
思い込みが激しいひとが考えることで、あまつさえ、利己的な2手目を打つ社会が悪いかのように思うこともあります。
新制度を作って、うまく機能しないのを、制度の趣旨が浸透してないからだと、制度の理念は正しいのに、理解していないひとのほうが悪いかのようにいうこと。

物事がうまくいかない理由に、
改善・修復が可能な理由と、身もふたもない理由とがあっても、前者のことしか想定していないんでしょうね。

自分に不都合な「2手目」を想像しようとしないから、何度も同じ問題を提起するのではないでしょうか。

Re: No title

> えむけい さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>ブログをよく読んでおり、楽しみにしております。

ありがとうございます。

>将棋でいうところの「勝手読み」ってやつです。自分の1手目に対して、都合のいい2手目を自分勝手に想像し、理想的な3手目を期待することです。

そういう言葉があるんですか・・・。

>自分に不都合な「2手目」を想像しようとしないから、何度も同じ問題を提起するのではないでしょうか。

それはあると思います。問題提起の弱点を認識した方が、より充実した議論が出来ると思うんですけどね。

No title

開沼さんのことは名前を聞いたことがある程度でどういった方なのかもあまりよく知らず、また「フクシマの正義」という本も読んだことがなく大変申し訳ないですが、コメントさせて下さい。


僕自身も数年に渡って就活問題に関心を持ってきましたが、確かにその間聞き飽きたような主張がさも新しいことを言っているかのように繰り返され、過去に論破された理論がゾンビのように蘇ってくる様子を見聞きしました。なので開沼さんとlingmuさんが憤っている気持ちはすごくよく分かります。


開沼さんは社会学者として幅広いフィールドを持っている方のようなので、それら全てを含めた上で”「結局変わらない社会問題」に対して、ずっと同じ切り口でのアプローチをしてきて飽きてこないのか”と今回疑問を呈しているのだと思います。原発問題などそれ以外の分野については何も言えませんが、少なくとも就活問題において、何故「紋切り型の問題提起」が繰り返されるのか、という点に関しては僕は全く異なる意見を持っています。


恐らくlingmuさんが「紋切り型の問題提起」と呼ぶ言説のほとんどは、そもそも問題提起ですらないのだと思います。強いて言うなら芸能ニュースのような類ではないでしょうか。


まず供給側の問題として、情報の出し手はその社会問題の解決を望んでいて解決する為のアプローチとして情報を発信していわけではなく、視聴率を稼ぎたい、アクセス数を上げたい、本を売りたい等の私的な理由で就活問題を取り上げていることが多いのではないでしょうか。芸能人のスキャンダルやスポーツの試合結果など、ただ単に旬なニュースとして就活問題を取り上げている。これだとある程度注目されれば問題の解決自体が目的ではないので、わざわざ情報の出し方や問題へのアプローチの仕方などを工夫しようと思わないでしょう。


それだと同じことを言ってるばかりなので飽きそうですが、加えて需要側、すなわちそういったニュースを受け取る側の問題として、新卒就活生の大部分が毎年入れ替わって新たに問題の当事者が大量生産されるという構造が大いに関係していると感じます。就活問題はこの点が他の問題と決定的に異なります。労働問題との一番の違いでもあると思います。


僕らみたいに何年もこの問題を追いかけている人間は「またかよ…」と感じてしまうわけですが、そういう人はむしろ少数派。それを新鮮だと思う人が毎年一定数いて、しかも一時的とはいえ就活生の間では就活問題は最優先の死活問題になるわけですから、そういう意味で就活問題は情報の出し手にとってはいつまで経っても「おいしいコンテンツ」なのではないでしょうか。受け手は受け手で、自分の就活が終わってしまえば他人事になる人が大半でしょうし。


なので、「異論が続出している」とか「紋切り型」だというのは知らないあるいはどうでもいいという人達が多いから、というのが何度も同じ主張が聞き飽きるほどに繰り返される理由ではないかというのが僕の考えです。就活問題に関しては。

No title

記事では職を求める側から職を提供する側や社会へのアプローチについて触れられていますが、逆の場合はどうなんでしょうか。企業等が求職者に対して言っていることも全くと言っていいほど変わっていないように感じます。

議論が進むようにアプローチを変えるのには賛成です。しかし、その糸口が双方ともに非常に見つかりづらいということでしょう。そもそも問題解決には問題の提起が必要なわけですし、アプローチがなされているだけ現状はマシなのではないのですか。

少なくとも、双方ともに誹謗中傷・人格攻撃が目的になるよりははるかにマシです。

Re: No title

>william yaminさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>そもそも問題提起ですらないのだと思います。強いて言うなら芸能ニュースのような類ではないでしょうか。情報の出し手はその社会問題の解決を望んでいて解決する為のアプローチとして情報を発信していわけではなく、視聴率を稼ぎたい、アクセス数を上げたい、本を売りたい等の私的な理由で就活問題を取り上げていることが多いのではないでしょうか。芸能人のスキャンダルやスポーツの試合結果など、ただ単に旬なニュースとして就活問題を取り上げている。これだとある程度注目されれば問題の解決自体が目的ではないので、わざわざ情報の出し方や問題へのアプローチの仕方などを工夫しようと思わないでしょう(中略)「就活問題は情報の出し手にとってはいつまで経っても「おいしいコンテンツ」なのではないでしょうか

確かにそう捉えた方が妥当ですね。結果として、いつまでも問題が存在し続ける方が得をする人たちがいるというわけですね。仕方がないことと言ったらそれまでですが、少々釈然としないですね・・・。

Re: No title

> 記事では職を求める側から職を提供する側や社会へのアプローチについて触れられていますが、逆の場合はどうなんでしょうか~とコメントしてくださった方へ

こんばんは、コメントありがとうございます。

>企業等が求職者に対して言っていることも全くと言っていいほど変わっていないように感じます

確かに、例えば「コミュニケーション能力」という言葉は定義が不明瞭であるという批判がなされていますが、それでもこの言葉が死語になっているかというとそうではないですね。

>議論が進むようにアプローチを変えるのには賛成です。しかし、その糸口が双方ともに非常に見つかりづらいということでしょう。

確かに難しい場合もあるのかもしれませんが、この記事で書いたような<「紋切り型の問題提起」が反論に晒されたにも関わらず、その反論を踏まえずに繰り返し同じ形での問題提起がなされるケース>については、「反論に応える」・「反論を認めて、主張を取り下げる」というアプローチが出来ると思います。
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