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日野瑛太郎さんが謳う詐欺レベルの「脱経済成長論」

前回の記事で、脱社畜ブログ管理人・日野瑛太郎さんの著書「脱社畜の働き方」のレビューを書いた。ただ、当ブログがこの本の内容について触れたのはこれが初めてではない。過去記事のコメント欄で、「脱社畜の働き方」の第5章の内容が話題になったことがあったのである(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-512.html)。


この第5章は、日野さんが考える「これから、こういう社会になっていけばいいな」という理想を記した内容となっているのだが、その中で「経済成長からの卒業」について触れた記述がある。

もしかしたら、「成長」という言葉が持つ美しい響きに騙されているのかもしれない。「成長」という言葉だけ聞くと、無条件にいいもので失うものは何もないかのような印象を受けそうになるけど、実際には経済成長によって僕たちが失っているものはたくさんある。「成長」を支えるために働きすぎて命を落とす人が出たり、家族と過ごす時間が無くなって家族の絆が弱まったり、あるいは育てる時間が無いことを心配して子供を産むことを躊躇してしまったりするのは、明らかに「成長」による「損失」だ。そろそろ僕たちは、経済成長から卒業をしなければならないのではないだろうか。何だかんだ言って右肩上がりのグラフは気持ちがいいし、「もうこれ以上成長しない」と決めてしまうのは後ろ向きに見えなくもない(後略)

この「後略」の後、日野さんは「ずっと経済成長をしていくことを考えるのは現実的ではないだろう」ということも言っている。ただ引用した記述を見ると、日野さんが経済成長の実現可能性を抜きにしても、経済成長を追求することに嫌悪感を感じていることが分かる。逆に、経済成長を止めることで過労死する人が減ったり、家族と過ごす時間を増やすことが出来たり、安心して育児に時間を費やすことが出来たりと良いことが起こるというスタンスであるらしい。


しかし一方で、例えば「経済成長ってなんで必要なんだろう?」という本を出し、経済成長の必要性を訴えている荻上チキさん・飯田泰之さんの「シノドス」コンビの文章に照らして日野さんの文章を見ると、実はかなりとんでもないことを言っていることが伺える。まず、荻上チキさんは著書「僕たちはいつまでダメ出し社会を続けるのか」という本で次のように述べる。

ここでイメージしていただきたいのは、マイナス成長の世界とは「減り続けるパイの奪い合い・削り合いが加速する世界」だということです。どんどん商品・サービスが売れなくなっていく社会で、僕らはより一層の価格引き下げ競争を強いられ、企業は利益の確保に走ります。人を切ったり、正社員を解雇し、非正規雇用が増加する。貧しい人からどんどん苦しくなっていく。格差がどんどん拡大していく社会です。一言でいえば、低成長・脱成長とは、漠然とした風潮としての「競争社会を止めること」どころではなく、むしろ「パイを減らすことで、過当競争を全国民に強いる、「過酷な椅子取りゲーム」のことなのです(p.74)。

この文章の前に、荻上さんは「低成長・脱成長論」に「みんなで分け合う温かい社会」というニュアンスが含まれていると評価している。その上で、実際のところ経済成長を止めて起きる可能性が高い事象は、限られたパイを奪い合う「弱肉強食」の世界なんじゃないか?と指摘しているというわけだ。日野さんが謳う脱経済成長論からも「温かい社会を実現する」というニュアンスを感じ取った人は多いと思うけれど、本人が自覚しているかしていないかはともかく、実際は結構えげつないことを言っているということだ。


これだけでも十分えげつないけれど、そのえげつなさを更に高めるのが飯田泰之さんの指摘だ(http://blogos.com/article/30256/?axis=&p=3)。そもそも日野さんは「職場の雰囲気」という文脈での話であるが本の中で「足の引っ張り合いはもうやめよう」・「他人の幸せにもっと寛容になろう」と主張している。「職場での足の引っ張り合いはダメだけど、一般論としては足の引っ張り合いもOK」というスタンスは考えにくいのでこれを一般論として考えると、飯田さんが呆れる人物像が誕生する。

ゼロ成長で足の引っ張り合いもない社会を目指すべきだというのは、「いま金持ちな人は永久に金持ち、いま貧しい人は永遠に貧乏」という階層固定を認めよというのと同じです。現時点で十分功成り名を遂げた人が、「ゼロ成長でよい」と「足の引っ張り合いはよくない」という主張を同時に語っているのをみると、なんだか微笑ましいですね。本人には悪気はないのでしょうが、それって「何もしなくても俺が(相対的に)裕福なままでいられる社会にしろ」と主張しているのと同じことですから(笑)。

日野さんは「"成長"という言葉が持つ美しい響きに騙されているのかもしれない」と言っているけれど、一体騙しているのはどっちなのか、大いに疑問に思うところである。


さて、この記事のタイトルにて僕は日野さんの脱経済成長論を「詐欺レベル」と評しているけれど、これには2つ理由がある。第一に、日野さんの議論が「経済成長によって失われるもの」は検討しているのに「経済成長をやめることで失われるもの」を検討していなかったからというものが挙げられる。上述のように日野さんは「"成長"という言葉だけ聞くと、無条件にいいもので失うものは何もないかのような印象を受ける」と述べた上で経済成長を追求することのデメリット面を検討したのに、なぜか自身の脱経済成長論についてはデメリット面を記さないでいる。日野さんの文章を見ると経済成長から卒業することで「過労死を防げる」・「家族と過ごす時間を増やせる」というメリットがあり、且つ失うものは何もないかのような印象を受けそうになるけれど(デメリット面が書かれていないので)、実際には大きな問題が起きるのは荻上さんらが指摘した通り。メリットだけを説明して、デメリットを考えないというのはちょっとまずいんじゃないだろうか。


第二に、日野さんの文章には「"成長"という言葉が持つ美しい響きに騙されているのかもしれない」・「何だかんだ言って右肩上がりのグラフは気持ちがいい」とあり、あたかも経済成長を支持する人がノリで成長を支持しているかのように見えるけれど、僕が知る限り経済成長支持者はそんなスタンスではないというものが挙げられる。むしろ「経済成長」は一人でも多くの人が裕福な生活を送ることができるようにするための基礎で、切実に実現が求められているものという論調を目にする。それは、上述の荻上さんの文章を見れば分かるのではないか(なお、飯田さんも同じことを指摘しているし、また評判が良い経済学の入門書「高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学」という本でも荻上さんと同様の指摘をしている箇所がある)。端的に、日野さんは「経済成長支持論」を歪めているように思えるし、それは明らかにいただけない。日野さんの文章に魅力を感じた人は、一度経済成長を支持する言説を確認してほしい。

日野瑛太郎さんが謳う「脱経済成長論」は詐欺レベルという意見に共感してくださった方は、もし宜しければクリックをお願いします
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新刊

新刊を出されるみたいですよ。
http://t.co/25F6rqEqo5

正直、彼のブログが前作発売の数ヶ月前あたりから明らかにネタ切れを起こしてるなと思っていたので、一体どんな中身になっているか興味深いところですね。

婚外子と生活保護について延々と書いてたりして(笑)

No title

「脱経済成長」を唱える人の考えは
ここのブログがわかりやすい
今、社会が労働豊作貧乏時代になっているワケ
http://snowymoon.hateblo.jp/entry/2012/12/04/235443

第一次産業→第二次産業→第三次産業ときたが
サービスの消費は余暇が必要であり、「余暇」は有限(一人1日最大24時間)なのであっさりと限界がくるという考え方

そして豊作貧乏になる

>「パイを減らすことで、過当競争を全国民に強いる、「過酷な椅子取りゲーム」
ここでいうパイが問題、経済のパイ=実体の物、サービスではない
別に農作物の供給が低いから、農業が低成長なわけではない。むしろ溢れすぎてるからこれ以上の成長が難しい。

実体の物、サービスが不足するなら大問題だが
実体の物、サービスの供給され過ぎの結果、豊作貧乏なら
労働を減らして供給制限って考え

Re: 新刊

> 虎さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>正直、彼のブログが前作発売の数ヶ月前あたりから明らかにネタ切れを起こしてるなと思っていたので、一体どんな中身になっているか興味深いところですね。

遅ればせながら「脱社畜の働き方」を読みましたが、それを読む限りそこまで中身がある本になるとは思っていません。ただ、「脱社畜ブログ」ファンは楽しみにしていることでしょう。

Re: No title

> 「脱経済成長」を唱える人の考えはここのブログがわかりやすい~とコメントをしてくださった方へ

こんばんは、コメントありがとうございます。

>第一次産業→第二次産業→第三次産業ときたが サービスの消費は余暇が必要であり、「余暇」は有限(一人1日最大24時間)なのであっさりと限界がくるという考え方

紹介してくださった記事を読んだのですが、統計も何もなく、「あぁ、もしかしたらそうかもね」という感想以上のものは持てなかったのですが・・・。

>ここでいうパイが問題、経済のパイ=実体の物、サービスではない

僕が言った「パイ」というのはGDPのことを意味していたのですが・・・。それで「成長がない=GDPが伸びないということは、誰かが豊かになれば、その分誰かの所得が減るという、ゼロ・サムをずっと続けることになります」という話になるわけですね(http://abc60w.blog16.fc2.com/blog-entry-767.html)。

No title

少し横やりを入れるようですが、
三面等価の原則が成立し、GDPで、総供給、総需要、総所得がいずれも100とします。
総供給は、労働者の頑張り、生産性の向上などを想定
総需要は、購買意欲の向上、余暇の充実、などを想定
総所得は、法人所得、個人所得を想定

・総供給の余力が120とか150あったとしても、総需要が100しかなければ
 20や50は過剰供給となり、結果として無駄な努力になってしまいます。
 だから供給制限するとか、頑張りすぎなくてもいいのでは、というのは、
 (諸手をあげて賛成ではないが)理解はできます。
・総所得が100とこれ以上成長しないからといって、働くのはやめよう!
 というのは私は反対です。それでは100は維持できなくなると思います。
・総所得が100とこれ以上成長しないと、格差が固定化するか、
 パイの奪い合いになるか、たぶん実際はどちらかだろう。
 または、強制的に所得の再配分をしてほしいなと考える者がでてくる。
・総所得100をこれ以上増やそうとするのに、総供給を増やそうとするのは
 私はあまり賛成できません。需要がなければ無駄な努力になります。
 総需要を増やすほうを優先すべきと考えます。労働だけでいえば、
 労働者にもっと頑張ってもらい総供給を増やすよりも、労働時間を減らし、
 休暇を増やすことで、総需要を増やすほうがよいと私は考えます。

さしでがましいようで、すみません。

Re: No title

>えむけいさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>・総所得が100とこれ以上成長しないからといって、働くのはやめよう!というのは私は反対です。それでは100は維持できなくなると思います。 ・総所得が100とこれ以上成長しないと、格差が固定化するか、パイの奪い合いになるか、たぶん実際はどちらかだろう

同感です。脱成長論は「殺伐とした社会にしよう!」というメッセージと同じだと思っています。

>総所得100をこれ以上増やそうとするのに、総供給を増やそうとするのは私はあまり賛成できません。需要がなければ無駄な努力になります。総需要を増やすほうを優先すべきと考えます。労働だけでいえば、労働者にもっと頑張ってもらい総供給を増やすよりも、労働時間を減らし、休暇を増やすことで、総需要を増やすほうがよいと私は考えます。

元々僕も「経済成長のためなら、長時間労働も仕方がない!」という立場ではありません(勿論、「えむけい」さんが僕の意見をそういう風に受け取っているとも思っていません)。労働時間の規制はあった方が良いと思います。

No title

日野瑛太郎さんのポジションがよくわからないのよね
>「成長」を支えるために働きすぎて命を落とす人が出たり、家族と過ごす時間が無くなって家族の絆が弱まったり

総需要は「満たされている」とい立場の場合
「成長」を支えるために働きすぎてという文章はおかしい
働きすぎることが「成長」を支えることにつながらない
働きすぎても「成長」しない。無駄な努力はやめようというべき

脱社畜ブログを読む限り
総需要は「満たされている」とい立場だと思うが
http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2012/11/05/211137
社内ニートになりたいとかなりたくないとかいう話は置いておいて、仮にこの話が本当だとするならば、そろそろ社会の仕組みを考えなおす時期なのではないかと僕は思う。仕事をしていない人がそんなにたくさんいる状態でも世の中が回るんだったら、そろそろ週に5日働くという常識を考えなおしてはどうだろうか。具体的には、週休三日制を導入してみるというのはどうだろう。.

Re: No title

> 日野瑛太郎さんのポジションがよくわからないのよね~とコメントしてくださった方へ

こんばんは、コメントありがとうございます。

>日野瑛太郎さんのポジションがよくわからないのよね

一応「脱社畜の働き方」で言っていることは「所得は増えなくていいから、余暇を増やそう」という主張だと思っています。

>働きすぎることが「成長」を支えることにつながらない 働きすぎても「成長」しない。無駄な努力はやめようというべき

「働きすぎ」によって各人の消費活動が停滞する側面があり得るので、労働時間をやや抑えることで人の活力を高めればもっと消費活動が活発化して成長するんじゃないか?という話ですよね。日野さんはただ「成長から卒業しよう」と言っているので、恐らくこういう立場ではないのでしょう。


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