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日野瑛太郎さんは言葉を恣意的に解釈することで、強引に企業を悪者に仕立て上げようとしていないか

ここ2・3日「脱社畜ブログ」と検索して当ブログにアクセスする人が急増しているけれど、その理由は東洋経済オンラインで脱社畜ブログ管理人・日野瑛太郎さんの連載がアップされているからだと思われる。連載のタイトルは、来年1月に出される新刊のタイトルと同じで「あ、"やりがい"とかいらないんで、とりあえず残業代ください」である。


前回の記事で脱社畜ブログに対する批判が増えている旨を書いたけれど、この連載の内容に対しても批判の声が多く上がっている。連載の第2回は「経営者目線」について取り上げたもので、そこで日野さんは「経営者目線を持て」という言葉を「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」というように解釈しているのだが(http://toyokeizai.net/articles/-/26314?page=2)、これに対して「これだからアスペは…」というツッコミがなされている(http://b.hatena.ne.jp/entry/toyokeizai.net/articles/-/26314)。


このツッコミをした人は、具体的には「("経営者目線を持て"というメッセージは)"細分化された目先の社内向け作業に没頭するばかりではなく、時には客から金を頂くという基本に立ち返り、外から儲ける話を考えよう"程度の話だろ」と言っており、要は日野さんの「経営者目線を持て」というフレーズの解釈が穿っている旨を指摘している。他にも「経営者視点というのは大局的な経済の流れを意識しろということだろう」というコメントもある。


勿論、これらの指摘が一般論として正しいのかは疑問の余地がある。しかし一方で、日野さんの記事にも別に「経営者目線を持て」という号令をきっかけに「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」という規範が社内に出来た例が書かれているわけではないので、日野さんの解釈に怪しさを感じたり、「"経営者目線"という言葉の解釈がおかしい」と批判したりすること自体は妥当だと思う(誤解しないでほしいが、「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」という環境の会社自体はあるだろうが、その環境が「経営者目線を持て」という号令を元に作られたものかは日野さんの記事からは分からないということ)。


個人的にはこの他にも脱社畜ブログの内容も含め、日野さんは言葉を恣意的に解釈することで強引に企業を悪者に仕立て上げることがあるように思う。例えば当ブログでも最近触れたが、日野さんは文脈や会社の労働環境の実態を踏まえることなく、ある社長が発した「社会に出ると辛いことが多い。でも、絶対に逃げてはいけない」というメッセージを「"当社はブラック企業です!"と言っているようなもの」と評価したりしている(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-535.html)。詳しくはリンク先の過去記事を読んでもらいたいが、簡単に言えば「社長は"仕事が上手くいかなくても諦めるな"程度のことしか言っていないのかもしれないのに、安易にブラック認定するのは如何なものか?」という疑問を呈している記事である。


あるいは、脱社畜ブログの「学生気分は永遠に抜かなくていい」という記事も例として挙げられると思う。この記事は「学生気分が抜けていない」という説教文句を題材にして「"学生気分が抜けていない"という説教があるけど、学生気分を持ち続けると"組織の一員であることを絶対視せず、組織と自分を切り離して考えられる"、"人間関係や仕事が辛くなったら、さっさと逃げることができる"という効能がある」という主張を展開したり、「学生気分が抜けていない、と一括りに言われると、過去の学生生活が全否定されたようで僕は非常に悲しくなる」と嘆いたりするものである。これに対してはてなブックマークのコメントの中に「"学生気分"云々は基本的ルールを守れないことを指している。この記事は曲解して脱社畜と言いたいだけ」と日野さんの言葉の解釈がおかしい旨を指摘するコメントがある(http://b.hatena.ne.jp/entry/dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2012/10/27/144110)。要は「普通"学生気分が抜けていない"というフレーズは、別に学生生活を全否定する意味じゃないでしょ」というツッコミがなされているということ。こうした例を見ると、日野さんの言葉の解釈に注意深くなる必要性はあるように思える。


誤解しないでほしいが、日本の労働環境に問題が大いにあることは事実なので、企業の問題ある行為はきちんと批判するべきだ。しかし、仮にその批判が言葉を恣意的に解釈することで展開されたのならば、その批判は「妥当性に欠ける」として切り捨てるべきではないだろうか。企業を叩いている言説だからと言ってそれを雰囲気や印象論で支持するのではなくて、各主張の妥当性をきちんと検証する姿勢を持つ人が増えてほしいと思う。最近のはてなブックマークのコメントを見る限りそういう姿勢を持つ人が皆無という訳ではないことが分かるので、そこに希望を感じている。 

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No title

自社を顧みる際の一つの視点としてはアリ、という程度のブログだと思うんですが、自分の言葉で考えられない人が不満の矛にしちゃうこと、そういう人を扇動して利そうとしてる(ように見える)ことは愉快ではありませんね
あ、この感情が嫉妬か義憤かはわかりかねます笑

Re: No title

>自社を顧みる際の一つの視点としてはアリ、という程度のブログだと思うんですが~とコメントしてくださった方へ

こんばんは、コメントありがとうございます。

>自社を顧みる際の一つの視点としてはアリ、という程度のブログだと思うんですが、自分の言葉で考えられない人が不満の矛にしちゃうこと、そういう人を扇動して利そうとしてる(ように見える)ことは愉快ではありませんね

同感です。はてなブックマークで脱社畜ブログを批判するコメントが増えているのは、そういう感情を抱いている人が増えてきていることの現れだと思います。

>愉快ではありませんね。あ、この感情が嫉妬か義憤かはわかりかねます笑

想像ですが、ここでいう「愉快ではありません」とは「問題提起すること自体は意義があるけど、何もオーバーな主張をしなくてもいいんじゃないの?(まぁ、そのオーバーな主張も自社を顧みる際の一つの視点としては役に立つかもしれないけど)」という気持ちなのではないでしょうか。もしそうならば、抱いている感情は嫉妬ではなく義憤だと思いますよ。 

脱社畜ブログはショック療法

前回の記事でコメントした者です。脱社畜ブログはショック療法のような位置づけでいいんじゃないかと思っています。あなたの視点から見ると脱社畜ブログは極端に見えるかもしれない。しかし私の視点から日本の労働環境を見ると極端に悪い。

私はアメリカ在住で、誰でも必ず聞いたことのある会社で仕事をしています。ニートではありません。一度現地の日系企業で仕事をしたことがありましたが、1年と持ちませんでした。聞いたところによると、私のいた海外支社は日本の精神論的なルールが緩い方で、日本ではもっと厳しいそうです。

そういう私の視点で見た脱社畜ブログは、妥当な主張に思う。ただ、あなたたちから見たら極端に感じるのも分かる気がする。そういう意味で、拒絶反応を示す者がいるということは、脱社畜ブログが功を奏しているのかもしれない。本当に価値のない馬鹿話は誰も相手にしませんから。

Re: 脱社畜ブログはショック療法

>ワニゲーターさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>脱社畜ブログはショック療法のような位置づけでいいんじゃないかと思っています。

「2039」さんという方が「脱社畜ブログのおかしさは、所謂ブラック企業と呼ばれるような最も劣悪なケースをさも普遍的な事であるかのように語っている点でしょう」と評価していますが(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-538.html#cm)、僕はこの評価の方が適切だと思いますね。ここでいう「さも普遍的な事であるかのように語っている」という文言は「脱社畜ブログの文章は、問題提起されている内容が普遍的な事象であることが証明できていない(にも関わらず、さも普遍的な事であるかのような語り口になっている)」ということを意味していると思います。問題提起の内容が普遍的な事ならばそれが分かるように文章を書くべきという話になりますし、普遍的なことでないならばそれがさも普遍的な事であるかのように語るのは止めるべきという話になるでしょう。 

No title

①反論があるとなんなの?
②結局、日野さんにどうして欲しいのか

このブログを眺めていてずっと抱いてる疑問です。

まず①ですが、「100%正しい、完全無欠でスキのない論理」なんてものは(とりわけ社会科学の世界では)存在しないので、「こうこうこういう批判の声が上がっている」といくら書かれたところでだからなんだって話です。何より問題なのは「Aという意見に反論がある」と「Aという意見は間違ってる(だろうから考慮しなくていい)」を実質的に同一視してしまっていることです。
今回の記事ですと、「日野さんの記事に反論がある」から「日野さんの記事に怪しさを感じるのは妥当である」と論理の飛躍をしています。
というのも、

ワタミ過労死についての海外反応
http://megmy97.blog83.fc2.com/blog-entry-127.html

「外国人の君たちも、サービス残業を行っているのか?」 [海外掲示板]
http://wthjapan.blog.fc2.com/blog-entry-89.html

のように、「日本では」異常なまでにサービス残業が横行しています。(「海外にもあるかもしれないだろ」と反論しますか?一体何のために?事の矮小化?相対化?)実際、日本で「サービス残業反対デモ」なんてのは起こった試しがありませんし、未だにサービス残業が無くなる気配もありません。
とすれば、原因の「一つ」として「経営者目線」(=自分の時間や健康を犠牲にしてでも企業に尽くすべきだ)を挙げることはおかしくないでしょう。もちろん、まともな経営者目線(=従業員を気遣い、企業の環境をより良いものにしていく)を持ってる人もいるでしょうが。
日野さんの解釈A(「経営者目線」)と批判者の解釈B(経営者目線)が食い違っただけなのに、なぜ反論があっただけでいきなり解釈Aを疑うのかが理解不能でした。上のURLにあるような事例は管理人さんにどう写ってるのか。あなたは反論があるたびに立場を変更するのか。

②に行きましょう。
当たり前ですが、日野さんも僕も管理人さんもエスパーじゃありません。「他人がどんな意図を持って行動しているか」を厳密に証明するのは無理です。
だから、

>誤解しないでほしいが、「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」という環境の会社自体はあるだろうが、その環境が「経営者目線を持て」という号令を元に作られたものかは日野さんの記事からは分からないということ

なんてことを堂々と主張されたって困ります。「その会社の環境が何を元にして作られたか」なんて日野さんの記事どころか何を見たって、誰が調査したって、その企業に入社したとしても分かりませんよ。少なくとも自然科学のようには。
結局、管理人さんは日野さんに何を求めてるのか。エビデンスに基づいた妥当性のある主張?それが無理なのは先ほど申し上げたとおりです。百歩譲って可能だとしても、それは一会社員に過ぎない日野さんではなく国の役目でしょうに。

No title

ブラック企業経営者、ホワイト企業経営者では
同じ言葉を言っても全く意味が異なる言葉がある

そういう言葉はホワイト企業経営者はあきらめてもらうしかない(本人が悪意がないのは知ってるが)
なぜなら、ブラック企業経営者が悪乗りするから

絶対という言葉はダメ
「"辛くても絶対に逃げない"ということを肝に銘じて欲しい」
は、ブラック企業が悪乗りしないように
「仕事が上手くいかなくても諦めるな」といってほしい

http://blogos.com/article/76320/?axis=&p=4
「労働法よりも頑張ることを教えろよ!」とちゃんとしている企業が言うのはわかるんですが、それに対してブラック企業が相乗りして「そうだ!そうだ!」というわけです。

「いやいや、労働者がわがままいっているだろ」と、優良企業の経営者が言ってしまうとこれにブラック企業が悪乗りしてくるんですよ。「そうだそうだ。そういう奴いるだろ。ブラックとか言わせるんじゃねぇよ」と。ブラック企業の経営者はそういう展開にもちこみたいんですよ。

これについては、もうブラック企業が存在しているわけですから、優良な企業に諦めていただくしかない。

Re: No title

>thepedagogueさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>今回の記事ですと、「日野さんの記事に反論がある」から「日野さんの記事に怪しさを感じるのは妥当である」と論理の飛躍をしています(中略)日野さんの解釈A(「経営者目線」)と批判者の解釈B(経営者目線)が食い違っただけなのに、なぜ反論があっただけでいきなり解釈Aを疑うのかが理解不能でした

そもそもこの理解がおかしいと思います。なぜなら僕は本文で「しかし一方で、日野さんの記事にも別に"経営者目線を持て"という号令をきっかけに"薄給でも我慢して働くべき"・"我慢してサービス残業をするべき"という規範が社内に出来た例が書かれているわけではない」と書き、このことが日野さんの記事に怪しさを感じるのが妥当である理由の一つである旨も述べているからです。

>日本では」異常なまでにサービス残業が横行しています(中略)とすれば、原因の「一つ」として「経営者目線」(=自分の時間や健康を犠牲にしてでも企業に尽くすべきだ)を挙げることはおかしくないでしょう

勿論「自分の時間や健康を犠牲にしてでも企業に尽くすべきだ」という風土の会社は一定数あるのでしょうが、それが「経営者目線を持て」という呼びかけ・意識に基づいて作られたものかどうかは日野さんの記事もthepedagogueさんのコメントも証明できていないですね。


>「その会社の環境が何を元にして作られたか」なんて日野さんの記事どころか何を見たって、誰が調査したって、その企業に入社したとしても分かりませんよ。少なくとも自然科学のようには。

でも日野さんは上司や先輩、あるいは経営者が発する「経営者目線を持て」という言葉を「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」というように解釈できる旨を主張している訳ですよね。だとすれば、その主張の根拠として実際に「経営者目線を持て」という号令に基づいて「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」という規範が社内に出来た例を挙げられないとおかしくないですか。それがなされていない、あるいは出来ないのならば「日野さんが勝手にこのように解釈しているだけ」と評価されても仕方がないと思うんですけど。「自分側から主張を持ち出すときには、その主張についてきちんと立証しなければならない」というのは、主張を述べる際の基本的な姿勢ではありませんか(http://sdsdann.web.fc2.com/SDSkouza/kouza3-1.html)。

>結局、管理人さんは日野さんに何を求めてるのか。エビデンスに基づいた妥当性のある主張?それが無理なのは先ほど申し上げたとおりです。百歩譲って可能だとしても、それは一会社員に過ぎない日野さんではなく国の役目でしょうに。

「エビデンスに基づいた妥当性のある主張」を求めています。もし主張をするに際して主張を裏付ける根拠を挙げることが不可能というなら、そもそもそういった主張(根拠を挙げられない主張)をもっともらしく語るべきではないと思います。

Re: No title

>ブラック企業経営者、ホワイト企業経営者では同じ言葉を言っても全く意味が異なる言葉がある~とコメントしてくださった方へ

こんばんは、コメントありがとうございます。

> ブラック企業経営者、ホワイト企業経営者では同じ言葉を言っても全く意味が異なる言葉がある

そうですね。「日本の労働環境を巡る意識のすれ違いが、ブラック企業を巡る議論の停滞やまともな経営者のメッセージの曲解につながり得る(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-535.html)」という記事で仰る様な事を書きました。

>そういう言葉はホワイト企業経営者はあきらめてもらうしかない(本人が悪意がないのは知ってるが)なぜなら、ブラック企業経営者が悪乗りするから。絶対という言葉はダメ「"辛くても絶対に逃げない"ということを肝に銘じて欲しい」は、ブラック企業が悪乗りしないように「仕事が上手くいかなくても諦めるな」といってほしい
それはちょっとホワイト企業経営者への要求が過ぎると思うんですけど・・・。 

No title

>そもそもこの理解がおかしいと思います。なぜなら僕は本文で「しかし一方で、日野さんの記事にも別に"経営者目線を持て"という号令をきっかけに"薄給でも我慢して働くべき"・"我慢してサービス残業をするべき"という規範が社内に出来た例が書かれているわけではない」と書き、このことが日野さんの記事に怪しさを感じるのが妥当である理由の一つである旨も述べているからです。

規範明文化・可視化されてるどうかは知りませんが(まずされてないでしょうけど)、日本にサービス残業が存在すること自体は紛れもない「科学的事実」なわけで、だとしたら日野さんの主張も一概におかしいとは言えないでしょう。日野さんを疑うのであれば、管理人さんは日本からサービス残業がなくならない理由をどうお考えなのでしょうか。

>勿論「自分の時間や健康を犠牲にしてでも企業に尽くすべきだ」という風土の会社は一定数あるのでしょうが、それが「経営者目線を持て」という呼びかけ・意識に基づいて作られたものかどうかは日野さんの記事もthepedagogueさんのコメントも証明できていないですね。

そんなのどうやって証明するんですか。方法があるならこっちが知りたいくらいです。現実の社会では証明不可能で推測するしかないようなことだって無数にあります。「わからないから黙ってます」じゃ物事は進展しません。


>でも日野さんは上司や先輩、あるいは経営者が発する「経営者目線を持て」という言葉を「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」というように解釈できる旨を主張している訳ですよね。だとすれば、その主張の根拠として実際に「経営者目線を持て」という号令に基づいて「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」という規範が社内に出来た例を挙げられないとおかしくないですか。それがなされていない、あるいは出来ないのならば「日野さんが勝手にこのように解釈しているだけ」と評価されても仕方がないと思うんですけど。

では管理人さんは日本でサービス残業が横行する理由をどのように捉えているのか。

>「自分側から主張を持ち出すときには、その主張についてきちんと立証しなければならない」というのは、主張を述べる際の基本的な姿勢ではありませんか(http://sdsdann.web.fc2.com/SDSkouza/kouza3-1.html)。

>「エビデンスに基づいた妥当性のある主張」を求めています。もし主張をするに際して主張を裏付ける根拠を挙げることが不可能というなら、そもそもそういった主張(根拠を挙げられない主張)をもっともらしく語るべきではないと思います。

ディベートの原理を実際の社会問題に持ち込むのは無理があります。なぜならば、現実には圧倒的な力の不均衡(資金、人脈、知識、権力など)があり、僕たち一般人には十分なエビデンスを集められる能力はまずないからです。
たとえば水俣病はメチル水銀による中毒ですが、工場では無機水銀を使用していたため、患者側に「無機水銀がメチル水銀になるエビデンス」を要求しました。専門家でもない一般人にそんなことができますか?できるわけないでしょう。管理人さんが要求しているのはそういうことです。
結局、患者側が「エビデンスに基づいた妥当性のある主張」をできなかったということで、厚生省は患者が出ていながら三十年もの間何も手を打ちませんでした。
「何かする」ためにエビデンスはあります。「何もしない」ためにあるわけではありません。

私の疑問は、科学的な厳密性というものはそんなに必要なのかということです。ここで出てきている「科学的」ということは、対応を行わない根拠として使われているのです。私は統計学者として、こういう問題に対してモノを申したい!と強く思っています。人の命が関わっているときに、「科学的なデータがないから何もできません」という論理が通用するのでしょうか。
(環境の世紀VIII-環境学におけるデータの不充分性と意思決定(http://www.sanshiro.ne.jp/activity/01/k01/schedule/6_08a.htm)より引用)

ええと、このくだりなんですが

「脱社畜ブログのおかしさは、所謂ブラック企業と呼ばれるような最も劣悪なケースをさも普遍的な事であるかのように語っている点でしょう」

私のアメリカナイズされた視点からですが、日本で所謂ホワイト企業と呼ばれているような企業でも、私から見れば結構ブラックです。

一度カリフォルニアの日系企業にでも転職すれば、日本の当たり前と言われる労働環境がいかに酷いか分かると思いますよ。

Re: No title

>thepedagogue さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>規範明文化・可視化されてるどうかは知りませんが(まずされてないでしょうけど)、日本にサービス残業が存在すること自体は紛れもない「科学的事実」なわけで、だとしたら日野さんの主張も一概におかしいとは言えないでしょう

だから「日本にサービス残業が存在すること」は分かるけれども、上司や先輩、あるいは経営者が「経営者目線を持て」という言葉を発した際に、それが「サービス残業をしろ」ということを意味しているものなのかが日野さんの記事からは分からないと言っているんですけど。理解能力が無さすぎです。

>そんなのどうやって証明するんですか。方法があるならこっちが知りたいくらいです

でも日野さんは上司や先輩、あるいは経営者が発する「経営者目線を持て」という言葉を「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」というように解釈できる旨を主張しているのだから、それを証明できないとおかしいですよね。証明できないのならできないでいいんですけど、それならそれで「じゃあそもそも、なんでそんな主張をしたんですか?主張に説得力が感じられないです」という話になるでしょう。

>なぜならば、現実には圧倒的な力の不均衡(資金、人脈、知識、権力など)があり、僕たち一般人には十分なエビデンスを集められる能力はまずないからです。たとえば水俣病はメチル水銀による中毒ですが、工場では無機水銀を使用していたため、患者側に「無機水銀がメチル水銀になるエビデンス」を要求しました。専門家でもない一般人にそんなことができますか?できるわけないでしょう。管理人さんが要求しているのはそういうことです

水俣病のようなケースだったら「一般人には十分なエビデンスを集められる能力はまずない」と言えるでしょうが、水俣病のケースと今回の例を一緒にしようとしているのが意味不明です。「圧倒的な力の不均衡」と言いますけど、例えば著書「あ、"やりがい"とかいらないんで、とりあえず残業代ください。」の著者説明にもあるように(Amazonのページです)、日野さんは「経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づいた人」として書籍や東洋経済オンラインで意見発信をする立場の人の訳ですよね。そのような人が経営者・社員の発言(「経営者目線を持て」)の意図を解釈する際に「圧倒的な力の不均衡」に直面するのでしょうか。「直面します。だから、エビデンスを示せません」と言うんだったら、そもそもそういう立場として本を出したり東洋経済オンラインで連載したりするのはおかしいんじゃないの?という話になると思うんですが。


なお、前回のコメント返信の際にThepedagogueさんに紹介したurl(http://sdsdann.web.fc2.com/SDSkouza/kouza3-1.html)には「立証責任」に関する説明がありますが、そこには「ここでいう"証明"とは、数学でいうそれとは異なります。数学的証明は100%の真を示すものですが、裁判での有罪・無罪の判断を見ても分かるように、社会的判断については100%の正しさは必ずしも必要ありませんし、またそのような正しさを求めることはできません(中略)ですから、ここでいう"証明"とは、一応確からしいと思われる程度に説明することだと考えてください」とありますよね。僕が言った「エビデンスに基づいた妥当性のある主張」も「根拠に基づいた、一応確からしいと思われる程度に説明されている主張」という意味です。即ち、科学的厳密性なんてものまでは初めから求めていないということです。 

Re: タイトルなし

> ワニゲーターさん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>日本で所謂ホワイト企業と呼ばれているような企業でも、私から見れば結構ブラックです。一度カリフォルニアの日系企業にでも転職すれば、日本の当たり前と言われる労働環境がいかに酷いか分かると思いますよ。

以前「海外ニート」さんという、日本の労働環境の問題点を指摘しつつ海外(シンガポールやオーストラリア)の労働環境のまともさを紹介したブロガーがいらっしゃったんですが、「ワニゲーター」さんもそういうブログを書けば面白いかもしれませんね。脱社畜ブログを見れば分かる通り日本の労働環境を批判する言説はウケますし、加えて海外の事例も紹介されれば興味を持つ人は相当いると思いますし。

No title

あー。ついに管理人さんを怒らせちゃったかな?

>だから「日本にサービス残業が存在すること」は分かるけれども、上司や先輩、あるいは経営者が「経営者目線を持て」という言葉を発した際に、それが「サービス残業をしろ」ということを意味しているものなのかが日野さんの記事からは分からないと言っているんですけど。理解能力が無さすぎです。

まともな経営者の発言なら意味しませんし、まともでない経営者の発言なら意味するでしょう。
日野さんを批判するならするで結構ですが、(おそらく)彼の目的は「日本からサービス残業が無くならない理由の『推測』」なわけで、日野さんの主張が根拠薄弱なら、管理人さんは日本からサービス残業がなくならない理由をどうお考えなのでしょうか(二回目)。 「エビデンスに基づいた妥当性のある主張」をお待ちしています。

>でも日野さんは上司や先輩、あるいは経営者が発する「経営者目線を持て」という言葉を「薄給でも我慢して働くべき」・「我慢してサービス残業をするべき」というように解釈できる旨を主張しているのだから、それを証明できないとおかしいですよね。

そもそも日本に企業は百万社以上あるわけで、その一つ一つを丹念に検証する作業が不可能であることは管理人さんにも理解していただけるはずです。となれば、推測(荒っぽく言えば好き放題ぶちまける)以上のことは無理です。
いや、こうこうこうすればエビデンスを集められる、というのであれば次回の脱社畜ブログ批判で教えて下さい。「こういう風にすればデータ収集が可能なのに、日野さんは未だエビデンスに基づかない主張を繰り返しています」みたいに。
まあ、だったら管理人さんがやれよ、なんで今までやらなかったんだ、って話ですが。まさか自分が出来もしないことを日野さんに要求なんてしてませんよね?

>日野さんは「経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づいた人」として書籍や東洋経済オンラインで意見発信をする立場の人の訳ですよね。そのような人が経営者・社員の発言(「経営者目線を持て」)の意図を解釈する際に「圧倒的な力の不均衡」に直面するのでしょうか。「直面します。だから、エビデンスを示せません」と言うんだったら、そもそもそういう立場として本を出したり東洋経済オンラインで連載したりするのはおかしいんじゃないの?という話になると思うんですが。

データ収集には膨大な費用と人員と期間が必要なわけで、普通の人にできるものではありません。
「一般人には権力のおかしさを指摘出来るだけの十分な証拠を集められない」というのが力の不均衡です。権力者(政治の第一線に関わる人間)でない限りは必ず直面します。ましてや「サービス残業」は科学の概念ではないので、「なぜサービス残業が起こるか」を証明することは不可能です。

Re: No title

>thepedagogue さん

こんばんは、コメントありがとうございます。


>日野さんの主張が根拠薄弱なら、管理人さんは日本からサービス残業がなくならない理由をどうお考えなのでしょうか(二回目)。 「エビデンスに基づいた妥当性のある主張」をお待ちしています。


そもそもこの記事で問題視しているのは「日本からサービス残業がなくならない理由」ではなく「日野さんは"経営者目線を持て"という言葉を"我慢してサービス残業をするべき"と解釈できる旨を主張しているけれども、その主張に根拠が無いんじゃないか?」ということです。そして僕が「日本からサービス残業がなくならない理由」の論証に成功しようが失敗しようが、別に日野さんの主張の根拠薄弱さが変わる訳じゃない(「日野さんの文章に、彼が述べる主張を支える根拠がない」という事実は変わらない)ので、なんでこのような質問をしてきているのかが正直よく分かりません。


一応答えると、厚生労働省は「賃金不払残業の原因は、経営者が人件費を抑制するために指示している場合もありますが、労働時間管理が適切でないことや、職場が残業の申請をしづらい風土となっているといった場合もあります」と説明していますので(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002lrsc-att/2r9852000002lsc5.pdf)、これらが日本においてサービス残業が横行し続けている主な理由なのでしょう(厚生労働省が主要な理由を差し置いてマイナーな理由を紹介することは考えにくいですからね)。なお「経営者が人件費を抑制するために指示している」という点が引っかかったかもしれませんが、この指示が「経営者目線を持て」という言葉をもってなされる場合があることが論証されない限り、日野さんの主張に妥当性は備わってきません。


>そもそも日本に企業は百万社以上あるわけで、その一つ一つを丹念に検証する作業が不可能であることは管理人さんにも理解していただけるはずです。となれば、推測(荒っぽく言えば好き放題ぶちまける)以上のことは無理です。


確かに全企業の事情を正確に把握することは無理でしょう。しかし、それは「荒っぽく言えば好き放題ぶちまける以上のことは無理」というエクスキューズを肯定する事情とはなりません。前回のコメント返信で「"証明"とは、一応確からしいと思われる程度に説明することだと考えてください」という文章を紹介しましたが、もし読者に説得力を感じてもらいたいなら(あるいは読者から「この主張、怪しいんじゃないか?」と疑われたくないなら)完璧ではなくとも一定程度の証明は必要になるでしょう。


>いや、こうこうこうすればエビデンスを集められる、というのであれば次回の脱社畜ブログ批判で教えて下さい(中略)データ収集には膨大な費用と人員と期間が必要なわけで、普通の人にできるものではありません


そして「一定程度の証明」をするための手段ですが、そもそも「thepedagogue」さんのコメントで違和感を覚えるのは、「自分の主張を支えるエビデンスは、常に1から自分の手で作らなければならない」という考えが伺える点です。確かに「データ収集には膨大な費用と人員と期間が必要」というのは正しいのですが、別に自ら調査を行わなくても国や団体が行った調査結果を援用したり、あるいは国が発表した報告書などを根拠に据えたりすることは十分可能のはずなんです。僕はこのコメント返信で「サービス残業が横行している理由」を考察した際に厚生労働省の発表を根拠として挙げましたよね。他にも、例えば海老原嗣生さんという雇用に関する有名な論客は、主張をする際によく国の統計データを根拠に挙げています。僕も海老原さんも一つ一つの企業に足を運んで調査をしているわけではないですし、そもそもそんなことは不可能なわけですが、それでも国が「膨大な費用と人員と期間」をかけて行った調査結果などに頼ることは出来るという訳です。


もっとも「経営者目線を持て」という言葉の意味に関する統計データは恐らくないでしょうから、日野さんがそれに頼ることは出来ないでしょう。ですから、本来日野さんは自分の体験、あるいは人の体験を基に「"経営者目線を持て"という言葉を持ってサービス残業を強いられた」例を(可能ならば複数)挙げないといけなかったわけですね。そうすれば読者も「自分が理解している"経営者目線を持て"という意味とは違うけど、一方で"経営者目線を持て"という言葉を使ってサービス残業が求められる場合もあるんだな」と思えますから。ただ実際には日野さんの記事にはそういう例が挙げられていなかったわけで、それでは読者から「"経営者目線を持て"って本当にそういう意味なの?」と疑問に思われても仕方がないでしょう。根拠が挙げられていない主張に説得力を感じるのは無理ですから。
 

No title

>一応答えると、厚生労働省は「賃金不払残業の原因は、経営者が人件費を抑制するために指示している場合もありますが、労働時間管理が適切でないことや、職場が残業の申請をしづらい風土となっているといった場合もあります」と説明していますので(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002lrsc-att/2r9852000002lsc5.pdf)、これらが日本においてサービス残業が横行し続けている主な理由なのでしょう(厚生労働省が主要な理由を差し置いてマイナーな理由を紹介することは考えにくいですからね)。

あれ、おかしいですね。
「職場が残業の申請をしづらい風土となっている」ということの「論証(どうやってするのか知りませんが)」はpdfに書かれていませんよ。
「厚生労働省が◯◯と言っている」には無批判で、「日野さんが◯◯と言っている」には厳密性を要求するだなんて、いくらなんでもそれはおかしいのでは?

>なお「経営者が人件費を抑制するために指示している」という点が引っかかったかもしれませんが、この指示が「経営者目線を持て」という言葉をもってなされる場合があることが論証されない限り、日野さんの主張に妥当性は備わってきません。

「言葉をもってなされる」かどうかは知りませんが、サビ残反対デモが起こらない、サビ残を拒否して帰る人が少ない以上、好む好まざるに関わらず「多くの日本人は経営者サイドに立ってる(経営者にとって都合がいいから)」とみなすのが論理的な帰結じゃないですか?それこそ、中には「サービス残業するのが当然」と考えてる人(いわゆる社畜)だっているわけですし。なので、厳密には日野さんの記事のタイトルを「従業員に『経営者サイド』に付くよう要求される謎の空気」とした方が誤解が少なくて済んだのかもしれませんね。
上記のように、日野さんの主張はそこまで的外れではない(サービス残業や社畜の存在を疑うなら別ですが)のに、些細な枝葉にこだわって「言葉を恣意的に解釈することで、強引に企業を悪者に仕立て上げようとしていないか」と記事に書く管理人さんの方が「言葉を恣意的に解釈することで、強引に日野さんを悪者に仕立て上げようとしていないか」と思います。

Re: No title

>thepedagogue さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>「厚生労働省が◯◯と言っている」には無批判で、「日野さんが◯◯と言っている」には厳密性を要求するだなんて、いくらなんでもそれはおかしいのでは?

「実際にサービス残業の取り締まりを行っている(つまり、サービス残業の実態に精通している)厚生労働省」と、「経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づいた日野瑛太郎さん」の信頼度が同じだと思いますか?というか、そもそも「公的機関による事実の公表」と「一個人の主張」を同列に捉えるのはおかしいのでは・・・。


厚生労働省がサービス残業が横行している理由の一つとして「職場が残業の申請をしづらい風土となっている」が挙げていることについてですが、これは「サービス残業の取り締まりを担当し、実際に1年間に1000企業以上を是正している当の厚労省がそう発表しているのだから、まず間違いないだろう」と事実の信憑性の高さを認めることが出来ます。一方で、日野さんが語る「"経営者目線を持て"という言葉の意味」については、厚労省にあった「事実の適示・意見を信じるに足る事情」が日野さんに無いんです。「thepedagogue」さん自身、前に「専門家でもない一般人にそんなことができますか?できるわけないでしょう」と日野さんのことを擁護し、即ち日野さんのことを「専門家でもない一般人」と評していましたよね。そのような人が発する根拠なき主張を信用できますか?これで「信用できます!」という人は普通はいないと思いますし、少なくとも僕は信用できないので、日野さんの文章に説得力を備えるための根拠が無いことを批判していた訳です。

>「言葉をもってなされる」かどうかは知りませんが、サビ残反対デモが起こらない、サビ残を拒否して帰る人が少ない以上、好む好まざるに関わらず「多くの日本人は経営者サイドに立ってる(経営者にとって都合がいいから)」とみなすのが論理的な帰結じゃないですか?

日野さんは記事の序盤で「日本の会社で働いていると、上司や先輩から"経営者目線を持って仕事をしろ"と言われることがあります。経営者自ら、全社員に"経営者目線を持て"と呼びかけることも少なくありません」と言ってから、その「経営者目線を持て」という言葉が「我慢してサービス残業をするべき」という意味である旨を主張していた訳です。にも関わらず、日野さんの記事を読んだthepedagogueさんという読者から「"言葉をもってなされる"かどうかは知りません」という反応が出てしまった時点で、やはり今回の日野さんの記事はダメだったという話になりますね。

>厳密には日野さんの記事のタイトルを「従業員に『経営者サイド』に付くよう要求される謎の空気」とした方が誤解が少なくて済んだのかもしれませんね。


そうですね。これならまだ話は分かります。


>些細な枝葉にこだわって「言葉を恣意的に解釈することで、強引に企業を悪者に仕立て上げようとしていないか」と記事に書く管理人さんの方が「言葉を恣意的に解釈することで、強引に日野さんを悪者に仕立て上げようとしていないか」と思います。

日野さんの記事において「経営者目線を持て」という言葉の解釈は些細な枝葉どころかメインパートですよ。勿論「thepedagogue」さんにおける重要な点は「サービス残業がなくならない理由」であって「"経営者目線を持て"という言葉の解釈」はあくまでも些細な枝葉なのかもしれませんし、実際社会にとって有益なのは後者ではなく前者でしょうけども。ただ僕としては、仮に日野さんが「サービス残業がなくならない背景を浮き彫りにする」ことを狙っていたとしても、その狙いのために言葉を恣意的に解釈するのはおかしいと思いますけどね。単純に根拠を基に「サービス残業がなくならない原因」を炙り出し、それを書けばよかったと思います。 

新作の感想

日野さんの新作が昨日発売になったようですが、早速Amazonのレビューは惨憺たるものになってるようですね。
前作からの間隔、最近のブログ内容の劣化から予想されたことですが、お読みになられたら是非感想をお聞かせ下さい。

Re: 新作の感想

>虎さん

こんばんは、コメントありがとうございます。

>前作からの間隔、最近のブログ内容の劣化から予想されたことですが、お読みになられたら是非感想をお聞かせ下さい。

コメントを受けて読んでみましたよ(笑)そして、amazonのレビューにも投稿しました。このコメントを書いている時点ではまだ反映されていませんが、よかったら見てみてください。一つ言えるのは、あの本を買う意義はゼロに近かったということですね(笑)
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