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「正直者がバカを見る」と感じる就活生たち

今年の3月に、自殺対策支援に取り組むNPO法人・ライフリンクが実施した「就職活動に関わる意識調査」が公開された。その調査によると、調査に答えた就活生の半数以上が日本社会に対してマイナスイメージを抱いていたという(http://www.lifelink.or.jp/hp/Library/130330_shukatsu_01_kekka.pdf p.9)。そのマイナスイメージの具体的な中身の一つとして「正直者がバカを見る」というものが挙げられる。「正直者が報われる社会だ」と答えたのが3割程度だったのに対して、「正直者がバカを見る」と答えたのが約7割近くとなっていたのである(ただ調査に答えたのは120人程度なので、この調査結果が就活生全体の意思を反映していないことが明らかであることには注意が必要)。


就活において「正直者がバカを見る」ことの具体例としては、「webテストの不正」というものが挙げられるだろう。ここでいう「不正」とは「替え玉受験」のことを指す。企業が課す筆記試験を自分よりも優秀な友達にやってもらったり、あるいは友達同士で協力し合ったりして、選考を突破しようとする行為が横行しているのである。例えば過去には、webテストの不正受験をツイッターでつぶやく人が続出し、それがtogetterでまとめられたことがあった(http://togetter.com/li/104295)。勿論webテストの不正受験も問題だが、そのことをツイッターでつぶやく神経もおかしなものである。


最近でも「ココが変だよ、日本の就活。webテストで大半をふるい落とす会社って? 」という記事が、webテストの不正に関する問題を指摘していた。言っていることの一つとしては、「小ずるい学生が得をする、不正したもの勝ちのシステムはおかしいのではないか?」ということ。この主張の前提としては「小ずるくない、"正直者"な学生が相対的に損をするのはおかしい」という価値観があるように思われる。


確かに現実として、一就活生の行動としてはわざわざ時間を割いてwebテストの勉強をするよりも、テストは友達にやってもらい、それで浮いた時間を別の作業に割り振る方が合理的ではあることは事実である。また、明らかに不正が可能なシステムを企業が採用しているということは、実質的に企業が「webテストの替え玉受験」を黙認していると評価することも可能だ・・・という考え方も分からなくはない。しかし一方で、直感的に「なんでズルをする人が評価されるようなシステムになっているんだ?」と感じる人も多くいるだろう。特にライフリンクの調査で「正直者がバカを見る」と答えた人はこのシステムに憤りを覚えているのではないだろうか。


ライフリンクとしては「正直者がバカを見る」と感じる就活生が多いことを発信することで、社会を「正直者が報われる」方向に近づけていこうとしているのだと思われる。つまり、就活生に対しても「正直者でいていいんだ。正直者が生きにくい社会がおかしいんだ」というメッセージを発信していると感じられる。確かに、この方向性は基本的には間違っていない。


しかし、もしこのメッセージの発信がいわゆる「処世術」のようなものを批判する方向に働いてしまったら、それは就活生にとってもマイナスな非現実的で妥当ではない発信といえてしまうと思う。例えば、バカで失礼な面接官に憤りを覚えた場合にも、その企業で働きたい(働かざるを得ない)場合には、その面接官に対して自分の憤りを隠す必要は生じるだろう。あるいは、普段はあまり愛想が良くない人でも、面接では一定程度笑顔を作ることが求められるだろう。


つまり、「正直者がバカを見る」というメッセージが「常にバカ正直であれ!」という意味を込めるようになってしまうことは避けなければならない。そのような意味を込めてしまっては、かえって就活生にとって不利益になってしまうのではないだろうか。このことから、「正直者の就活生がいい!」というメッセージは、そのメッセージに込められている意味にもよるけれど、基本的には半分正しく、半分現実的ではないといえるのだと思う。

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人事が就活生にfacebookの友達申請をすることがあるだって?

30日の朝日新聞の記事「シューカツ、人事担当者から"友達"申請 FBで情報戦」という記事が息が詰まる内容だった。内容はタイトルの通りで、今年就活をした人がIT企業の人事担当者からFBの「友達」申請が届いたということがあったとのこと。その就活生は承認を迷ったらしいが、その企業を受けるにあたって不利にならないように、結果として承認したらしい。


この朝日新聞の記事には、他にも集団面接で面接官から「あなたのFBページ、見ましたよ」、「一昨日は飲み会に行ったんだね」と言われたケースが載っている。つまり、就活生のプライベートが面接官に筒抜けになっているということ。就活生は心理的なプレッシャーに悩まされたと思う。


去年の11月に掲載された「週プレNEWS」の「人事部は就活生たちのFacebookのココを見ている」によると、人事が就活生のfacebookを確認する理由として、やはり「面接じゃわからない就活生の素の様子を知る」ことが挙げられている。具体的には、友達の数・あるいは友達の質(他大学や社会人、外国人など多様な人とつながりがあるかが大事)を確認するとのこと。そこまで確認するなら、もう面接なんかやらなくていいんじゃないか。


ここで朝日新聞の記事に戻ると、「就活生の素の様子を知りたい」と考える人事の目論見を裏切る取り組みがなされていることに気づく。どういうことかというと、記事に載っている写真が「フェイスブックの活用法を伝授する就活講座」の様子を写したものだからだ。つまり、就活生も無防備に素の自分を見せる気は無くて、企業から見て印象が良いように準備しているということ。この就活講座の内容は知らないが、去年の4月にNHKの「おはよう日本」で取り上げられた「企業から好印象を持たれる為のfacebook就活対策セミナー(http://matome.naver.jp/odai/2133479644087065801)」によると、企業から好印象を持たれる為のコツとして「プロフィールアイコンは笑顔でアップの写真を使う」、「友達は50人以上フォローする」、「週に2回以上前向きな書き込みをする」というものが挙げられているので、一部の就活生はそのアドバイスに従った形で自身のfacebookページを編集しているものと思われる。 


僕が思いつかないだけで、もしかするとやり方次第ではfacebookを活用することで、企業・就活生双方が得をする形ができるのかもしれない。しかし現時点の僕の考えでは、ここまで書いてきた内容を踏まえると、次の2点の理由から人事担当者が就活生にfacebookの友達申請をしたり、面接でfacebookの書き込みについて触れることは妥当ではないと思っている。


第一に、そもそも人事が就活生のfacebookを見ることの趣旨は就活生の素の様子を知ることにあったはずだが、「フェイスブックの活用法を伝授する就活講座」というものがある以上、当初の目的をもはや達成できるわけがないと考えることが挙げられる。むしろ人事・面接官が丁寧に作られた就活生のfacebookページの内容に先入観を持って、面接できちんと人物を評価出来なくなるという弊害が考えられる。「面接ではおとなしいけど、facebookでは友達に囲まれてたし、本来は明るい人のはずだろう」・・・というように。これでは企業にとって不利益となる。


第二に、仮に採用活動に際して就活生のfacebookを確認することが企業にとってプラスに働くとしても、そのプラス面以上のマイナス面が就活生に押し付けられてしまうと考えることが挙げられる。朝日新聞の記事でも、就活生が考えるfacebookを使う際のデメリットとして「プライベートな内容も人事担当者に見られる可能性がある」というものが挙げられている。そのデメリット面を考慮すると、企業が就活生のことを知るための策はエントリーシートや面接に限られるべきで、その機会を通じて互いに理解しあえるのがベストなのだと思う。


Facebookの活用で企業・就活生双方が不幸になるのはおかしなことだし、もしよりよく活用できる方法論があるならばそれが広く伝わればいい。もしそのような方法論が無いのなら、上で書いた理由から、企業は採用活動に際してfacebookに頼るのを控えた方が良いのかもしれない。

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「ハローワークの求人票に嘘がある」という苦情が全国のハローワークに相次いで寄せられているらしい

NHKの取材により、ハローワークの求人票の記載内容と実際の労働条件が違うなどとしてハローワークに寄せられた苦情の件数が、昨年度、全国で少なくとも6641件に上ることが明らかになった(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130731/t10013418031000.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter)。苦情の具体的な内容としては、①賃金が求人票の記載内容より大きく下回っている②社会保険に加入できなかった③正社員として募集しながら、実際はアルバイト契約だったというものが挙げられている。


NHKによると、厚生労働省はこの問題について、企業が人を集めるために求人票に嘘の内容を記載したり、雇用契約を結ぶ際に法律で義務づけられている労働条件の説明を怠ったりしているという事情を説明している。以前海老原嗣生さんが「新卒はハローワーク行ってください。数万件あるはずだから。そこから50社とか受けたら、大企業みたいに門前払いしないから30から40くらいは面接まで行けますから」と言っていたけれど(http://blogos.com/article/44854/?axis=&p=4)、今回のようなニュースが報じられると海老原さんのアドバイスに従う気が失せる就活生が現れても仕方がないだろう。


調べてみたところ、求人票の記載内容と実際の労働条件の差異が生じていること自体は問題ではないらしい。例えば厚生労働省は「求人誌を見て就職しましたが、求人誌に書いてあった給料や勤務時間などの条件と実際の条件が違っていました。これは労働基準法違反ではないのですか?」という問いに対して次のように答えている(http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/faq_kijyunhou_5.html)。

労働基準法第15条には、労働条件の明示が定められていますが、この条文で言う労働条件の明示とは労働者個々人に対して書面で明示される労働条件のことです。つまり、求人誌やハローワークに掲載されている求人票はあくまでも募集の際に提示する労働条件の目安であり、労働基準法第15条で定める労働条件の明示には該当しません。なお、ハローワークに掲載されている求人票の条件と実際の条件が異なる場合は、まずはハローワークにご相談ください

太字で強調したように、ハローワークの求人票に掲載されている内容はあくまでも「目安」なので、それが実際の労働条件を必ずしも正確に反映していなくても良いということらしい。加えて、八重洲測量事件という東京地裁の判例でも「募集要項については、あくまで採用側からの申込みの誘引に過ぎず、この求人票に記載された労働条件がそのまま労働条件になることを保障したものではない」という判断が下されている(http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/51724772.html


しかし、そもそも「目安」とは「おおよその基準」のことを意味する言葉。この意味に従えば、NHKが報じた「賃金が求人票の記載内容より大きく下回っている」というケースに関して言えば、もはやその求人票が労働条件の「目安」を記載しているとは言えないのではないか。


そして事実、前述の八重洲測量事件の東京高裁の判決では「賃金に関しては、求人票に記載されているのは見込額です。しかし、"見込額"として当事者を拘束し、求人者はみだりにこの見込額より著しく下回る額で賃金を確定すべきではないが、反面やむを得ない事情があれば"見込額"と異なる賃金を決定しても差し支えない」という判断がなされている(http://www.pref.fukuoka.lg.jp/d09/kongetunoroudousoudan2205.html)。例外はあるようだけど、原則として企業が求人票に記載した条件と比べて著しく悪い労働条件を設定することは法的にも問題があるようだ。


求人票と実際の労働条件が著しく異なる場合、当然求職者が戸惑ったり、「こんな条件だったら、この会社の採用試験受けに行かなかったのに・・・」という徒労感を感じたりすることが容易に予測できる。このような求職者の戸惑い・徒労感は求職者の就活・仕事に対する意欲を減退させるだろう。求職者一人一人が安心して仕事探しができる環境を整えるためにも、少なくとも「実際の労働条件が求人票の記載内容と比べて著しく悪い」という事態を是正していくことが必要だ。

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国家一般職試験に「人事院面接」は必要なのか?

「就活開始時期の繰り下げ」というと民間企業の採用活動のあり方の変更を思い浮かべる人が多いと思う。しかし、20日の時事通信の記事「"官庁訪問"8月以降に=公務員採用、地方に影響も―政府」を読むと、国家公務員採用試験についても選考時期が繰り下げになる方針であることが分かる。具体的には、各府省が面接を行う「官庁訪問」の開始時期を現行の6月下旬から8月以降に繰り下げる方向で検討に入っているらしい。


これまでこのブログで公務員試験の選考のおかしさを指摘したことは恐らく一度もないと思う。ただ、前述の時事通信の記事を受けて現状の国家公務員試験の流れを調べてみたところ、ある違和感を覚えた。それは「国家一般職試験に"人事院面接"というものは必要なのか?」という疑問だ。 


前提として、国家一般職試験の流れを簡単に書きたい。まず、1次試験として全受験者が筆記試験を受ける。そして1次試験の合格者は2次試験として「人事院面接」というものを、そして人事院面接と並行して「官庁訪問」という各府省が実施する面接を受ける。公務員として働くためには①人事院面接を通過し、ひいては試験に最終合格すること②官庁訪問をして、志望の府省から内定をとることの2点を満たす必要がある。ちょうど今の時期に、人事院面接や官庁訪問が行われている。


ここで問題になると思われるのが、官庁訪問で内定をもらっていながら人事院面接で不合格になった場合である。ソースが2chになってしまいますが(笑)、例えば「もし内々定もらえて喜んでも人事院面接で落ちればこの努力はチャラって考えるとこわい」、「行きたい官庁訪問する以上準備してくのは当たり前だけど内々定もらっても人事院面接落ちたら終わりとか実質官庁訪問で決まってるなら採用面接の意味がないとかそういうとこが分かり辛いって言いたかったのね」という受験生の声が見られる(http://desktop2ch.tv/govexam/1342163063/)。現行の採用試験のシステムは、受験生に無駄な負担を強いるものとなっているのかもしれない。


認識が正しいか分からないが、ある受験生「Aさん」がいたとする。そして「Aさん」は官庁訪問を通じて「B庁」で働きたいと考えるようになり、且つ「B庁」の職員も「Aさん」と一緒に働くことを望むという相思相愛状態が発生していたとする。それならば、もう「Aさん」が「B庁」で働けるようにすれば良いと考えるのが自然だと思うが、ここでもし「Aさん」が人事院面接で評価されずに国家公務員試験に最終合格できなかった場合、「Aさん」と「B庁」の意思は合致しているにも関わらず「Aさん」は「B庁」で働けなくなる。これはおかしくないか。


僕は、①人事院面接を無くして、官庁訪問で内定を取れればその府庁で働けるようにする②国家総合職試験のように官庁訪問前に一律に人物試験を行い、試験の最終合格者のみが官庁訪問をできるようにする(http://www.jinji.go.jp/saiyo/shiken11_2.pdfhttp://www.jinji.go.jp/saiyo/25_sougou_kantyouhoumon.pdf)という2つの内のどちらかの案を採用し、現行の採用試験を改めた方が良いのではないかと考えている。正直今回の記事は、そもそも僕が公務員試験の現状を正確に認識できているかどうかに自信が無いので(笑)不正確なところもあるかもしれない。ただ、もし「受験生に無駄、且つ過度な負担を強いる」要素が現行の試験において見られるならば、その要素を是正する姿勢が必要だと思っている。

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「意識高い系(笑)」を企業が評価するから「意識高い系(笑)」が続々生まれるんじゃないか?

BLOGOSに掲載された「意識高い系(笑)は社会性低い系(笑)かつ無意識低い系(泣)」という記事を見つけ、「まだ、"意識高い系(笑)"が話題になっているのか」と驚いた。意識高い系(笑)の特徴に関する考察を試みる動きはまだまだ絶えないようである。


BLOGOSに掲載された記事もそうだけど、僕が知る限り、どうも「意識高い系(笑)」批判は「こんな痛い、香ばしい若者がいますよ~!」というバカな分析・宣伝に留まりがちだ。しかし中には「意識高い系(笑)」に関して、そのような薄っぺらい見方とは異なる視点を提出する見解もある。それが、斎藤大地さんという方による分析だ。


一般的に、「意識高い系(笑)」に関する議論を提起した人として常見陽平さんを思い浮かべる人が多いと思われる。何せ、彼は「"意識高い系"という病」という本を出しているくらいなので。しかし、現代思想の4月号「就活のリアル」を読んで驚いたのだが、「意識高い系(笑)」の考察を試みたのは常見さんがはじめてではない。精神分析学を専門とする樫村愛子さんの論考「"何者"と"就活デモ"を結ぶ線」によると、2011年の時点で、当時早稲田大学に在籍していた斎藤さんが「意識高い系(笑)」の考察を行っていて、しかも討論イベントの開催を通じて実際に「意識高い系(笑)」の学生と直接バトルをすることをも試みようとしていたらしい。


斎藤さんは「意識高い系(笑)」に当てはまりそうな学生団体の代表者から聞き取りを行い、その特徴を抽出していることに成功している。その特徴は3つあり、①「活動のための活動」(意識高い系が行う社会貢献等は目的というより、自分たちが楽しむための手段と化している)②「成長のための活動」(マネジメントや営業の力をつけたいとしビジネスコンテストなどにも応募するが、ほとんど中身がない)③「権威のための活動」(誰かと知り合いであること、自分たちが"ハブ"であることを誇示し、借り物で勝負しようとする点で中身がない)という点にあるとのこと。これらを一言でまとめれば「パフォーマンス先行で中身がない」と表現できるが、このような点は常見さんも、あるいは冒頭に紹介した記事も指摘している。


ただ斎藤さんの分析で目を引くところは、樫村さんの表現によると「自己啓発・自己実現系のノリに対してつく(笑)について、それは一方で就活に求められるものと符合しており、いわば日本社会全体に(笑)がつけられる状況で意識高い系(笑)学生たちはそれを引き受けている(引き受けてくれている)」という点にある。さらに斎藤さんは「実際には社会が"茶番"を求めておりそれに自分たちも巻き込まれている以上、意識高い系(笑)の人たちを笑えないのではないか」という自己反省を展開したという。「痛い」、「香ばしい」と評される意識高い系(笑)は社会に適応しようとしているのであって、それを笑っている人は単に自分の適応能力の無さを棚に上げて僻んでいるだけという視点を提供した訳だ。


斎藤さんの分析は、「<ネタ>"意識高い系"という病という本の記述が"いちゃもん"のオンパレードだった件」のコメント欄に寄せられた「の」さんの意見によって補強することが可能と思われる。「の」さんは「意識の高い学生が出てくるのは実績経験そのものよりもそれをどのように話すかに重きを置いた弊害と言えるかもしれないがな。実績なんかなくても嘘や誇張で何とでも言えるから、何かを成し遂げたフリをする奴が増えるというオチ」と述べている。実際、常見さんも著書で「前のめりに目立つ取り組みをしている学生は見栄えがいい(中略)見栄えだけでジャッジする面接官がいたら、不当に過大に評価されて残っていく」と言っているので、「の」さんの分析は当たっているのではないかと思う。


そして斎藤さんや「の」さんの分析が正しいとすれば、若者の意識というよりは、そもそもの日本の就活の在り方・面接官のスキル不足こそ「意識高い系(笑)」を出現・増加させるもっとも大きな要因と言えるのではないだろうか。見栄えを評価する企業・面接官が多数いるならば、就活生もとりあえず見栄えを良くするに決まっているのだから。こう考えると、「意識高い系(笑)」をめぐる議論で若者が批判の対象から外れるとまでは言えないが、最も標的にすべきは「意識高い系(笑)」を評価してしまう上の世代の方々と言えそうだ。

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